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世界征服計画 その18

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18. トリウム型原子炉計画

「それは通商産業大臣である俺の領分だ。俺は大阪湾を囲む一体を、コンピュータを含む一大ハイテク産業基地にしようと考えている。大阪湾はシリコン湾、淡路島はシリコン・アイランドという名前にしようと考えている。そこでは人類補完計画に至る道筋に必要なウエアラブルコンピュータや、その他、諸々のハイテク製品を作る。それを関空に運んで、そこから航空貨物として出荷する。世界中に売りまくるつもりだ。関空の滑走路は深夜も使える。深夜は滑走路2本とも忙しいぞ」

とバルカンは得意げに話し始めた。バルカンはマーズに妻のビーナスを寝取られたことで、オリンポスの神々の間では、気の毒がられもしているが、馬鹿にもされている。しかし今やバルカンは自分の構想を話す場を与えられて、得意満面に話し始めたのだ。

「さきほどアテナが言った、実験施設を北海道とか青森県に置くという案はなかなか良いものだ。北海道では網走市あたりに巨大加速器を置くのも良い案だ。下北半島は原子核施設を置けるものなら置こう」

「置けるものとは?」

と僕は聞いた。

「福島第一原子力発電所の事故の後は、日本国民が原子炉などの核施設に敏感になっているから、そんな核施設を置くことに反対があるかも知れない」

「そうしたらどうするのです?」

「その場合は、東チモールとかバングラデシュ、カンボジアなどの発展途上国に置こうと思っておる」

「そこでも危険なものには危険なのではありませんか?」

「私はウラン型の原子炉は、例えそれが安全でも核廃棄物の点で問題が大きいと思っている。そこでトリウム型の原子炉を早急に開発する。そちらはウラン型よりずっと安全なのだ」

トリウム型原子炉とはどんなものです?」

「簡単に言えばウラン235の代わりにトリウム232を使うのだ。燃料を溶融塩という液体にする。トリウム232はウラン233になって核分裂する。トリウム型は核廃棄物がウラン型の1/1000と少ない。そもそもアメリカがウラン型を採用した理由は、燃料から原爆の材料になるプルトニウムを生産できるからだ。トリウムは原子量が小さいから、プルトニウムができにくい。またこれから原爆を作ることは、きわめて難しい。さらにトリウム型原子炉では、日本に溜まりにたまったプルトニウムを燃やすこともできる」

「でも、新しいものを開発するには時間がかかるでしょう」

「いや、アメリカではすでに60年代にトリウム溶融塩炉を作って、4年間も稼働したのだ」

「それならどうして、今はないのです」

「先に言ったように、アメリカは核兵器の材料になるプルトニウムを作るのに便利なウラン型を採用したのだ。日本やその他の国はアメリカの核政策に従っただけなのだ。トリウム型原子炉は実績があるから、作る気になったら5年で作れる。それに現在、インドではトリウム型の研究用原子炉や商用原子炉が動いている。さらに中国はトリウム型の開発を表明した。しかし日本にはトリウム型原子炉はない。開発計画もない。それはいわゆる原子力村がウラン型で結束して、トリウム型の開発を妨害してきたからだ」

「なんかトリウム型原子炉って良いことずくめのようですが、それでも原子炉は絶対安全と言うことはないでしょう」

「もちろん世の中に絶対安全と言うことはあり得ない。天が落ちてくることだってあるのだ。それを心配することを杞憂という。問題はリスクの計算だ。リスクと便益の兼ね合いだ。君は感情的になっているので、リスク計算が正しくできていないのだ。リスクテーブルによれば、世界で危険なものの順位と人口10万人あたりの死亡数で言えば、順に、1)飢餓(1460)、2)喫煙(365)、3)がん(250)、4)肥満(140)、5)心臓病(127)、6)アルコール(117)、7)自殺(24)、8)職業上の発癌物質(17)、9)交通事故(9)、10)窒息(6.9)だよ。チェルノブイリは最大限に見積もっても13位(5)だし、国連の妥当な評価では29位(0.05)になる。ミネラルウオーター(0.22)やコーヒー(0.2)以下なのだよ。それが客観的なリスクだ」

「そんなこと言ったって、飢餓はともかく、たばこは好きで吸っているのですから、問題ありません」

「喫煙者の家族はどうなるのだね。副流煙というのは結構危険だぞ。それに交通事故だって、運転者は自業自得だが、歩行者は好きこのんで事故に遭うわけではない。当たり屋は別としてね」

「そんなことを言ったって、日本にこれ以上原子炉を作ることには反対です。たとえトリウム型でもね。理屈じゃないのですよ」

「もちろん、日本でこれ以上原子炉が作れるとは考えていない。しかし日本が作らなくても中国は絶対に作る

「なぜです?」

「トリウムはレアアースの採掘の際に副産物として出てくるのだ。中国とインドはレアアースが多いのだ。そのため中国とインドはトリウムの産出が多いのだ。だからトリウム型原子炉を開発するのだ。そうすればアメリカのくびきから逃れることもできる。それを止めることはできない。このままの調子でいくと、日本は脱原発に走り、中国とインドはトリウム型原発をバンバンと作るだろうから、エネルギーの点では、日本は完全に負けるな。日本、西欧が脱原発に走るとすれば、このままでは日本を含む先進国は衰退し、中国とインドなど発展途上国の世界になるな」

「そんなことを言ったって、私は原発には反対です」

「賛成しろと言っていない。ただ発展途上国が原発を設置するのを止めることはできない。そのため日本を含む先進国が衰退して、発展途上国が発展して、均衡がとれるのは、人類の公正、正義の観点から見てよいことではないかね。君たち日本人の生活水準が下がり、一人あたり所得が下がり、その分、発展途上国の分が増えるのは、国際的な正義の観点から見れば正しいことではないかね?我々は宇宙人だから、特にどの国を応援すると言うこともない。ただ君を見込んだだけだ。しかし君も結構、人間的だね」

「それはほめ言葉なのですか、けなし言葉なのですか?ところで、あなたは日本を見限るのですか?」

「それは私に聞くことではないだろう。トリウム型を採用するかどうかは、日本人の選択であり、我々が容喙すべき事ではない。太陽電池や風力発電の再生可能エネルギーに頼ろうというのが日本の選択であればそうすれば良いではないか」

「ドイツやイタリアも脱原発に走りました」

「ははは、日本も含めれば、往事の三国同盟の再来だな。もし米英仏がその路線に乗らないとすると、日独伊はまた米英仏に敗れるな。しかし、多分戦いは先進国間ではなく、発展途上国との間になる。そして日本を含む先進国は負けるだろう」

「そんな、人ごとだと思って。それでは我々はどうするのです」

「だから我々猫の爪は、トリウム型原子炉を東チモールやバングラに作ろうというのだ」

「そんなところで発電しても、電力は日本には輸入できませんよ」

「別に輸入できなくてもかまわんじゃないか。発展途上国の電力生産を増やして、発展途上国に工業を起こして、彼らの所得や生活水準を上げてやろうというのが私の計画だ。日本を助ける気持ちはない」

「冷たいですね」

「何度も言うように、それは君たちの選択だ。我々が強制することではない」

「太陽光発電や風力のような再生可能エネルギーを採用しても、負けるのですか?」

「それは再生可能エネルギーは質が悪いからだ。エネルギー密度が低く、時間的な一定性もない。風任せ、お天気任せだ。それを補完するには、石油やガスなどの化石燃料が必須だ。それも相まって、再生可能エネルギーによる電力は高いものになる。さらに量的に見ても、現在の原子力発電の欠損分を補うだけでも大変だ」

「多少電気代が高くても、我慢すればいいです。それに省エネを推進すればいいです」

「もちろん、省エネを進めることは重要なことだ。電気代が高くてもかまわないだろう。ただし、製造業は日本から逃げるよ。発展途上国にね。自分が経営者だとしてもそうするよ。製造業が日本から逃げれば、不景気になる、雇用が減る、失業者が増える。真っ先に被害を被るのは、非正規雇用者のような弱い立場の労働者からだ。昨今の節電騒動で、もうすでに生じているじゃないか。それから次に被害を被るのは、まだ就職していない学生たちだろう。最後には正社員にも、失業の危機は迫ってくる。政府は税収が減る。こうして日本の生活レベルは確実に下がる。しかし、何度も言うように、その選択は日本人がすればよいのだ。自分たちの生活レベルを下げて、発展途上国のそれを上げることは、正しい選択だと思うよ。私は応援するよ」

「なんか、皮肉な言い方ですね」

「はっきり言って、私は船隊大和など、猫の爪配下の人間たちの事だけを考えているのだ」

「なんと冷たい」

「ところで君は太陽光発電と風力発電にえらく期待をかけているようだが、あれは経済的な問題は別としても、今度は新種の公害の元になる可能性があるよ」

「とんでもありません。クリーンなエネルギーですよ」

「それは分からない。風力発電はすでに低周波公害で反対運動が起きているし、バードストライクの問題もあるし、風車設置反対運動も起きている。太陽光発電は電磁波過敏症を起こしている可能性もある。風力発電や太陽電池がたくさん設置されだしたら、大きな問題になるかもしれない。公害反対運動が起きる可能性もあるだろう」

「そんなことは聞いたこともありません。自然エネルギーは自然だからクリーンです」

「自然エネルギーという言葉はあいまいだね。石油やウランだって自然のものだ。人類が作り出したエネルギーなど何もない。それもいうなら再生可能エネルギーと言うべきだろう。石油やウランは、再生可能ではない。無くなればおしまいだから」

「それを言いたかったのです。でもトリウムだって再生可能ではないでしょう」

「それはそうだ。しかしウランよりは、はるかに潤沢だ」

「それが無くなったらどうするのですか」

「ゼウスが説明したように、我々は宇宙において太陽光エネルギーを利用している。だから君たちも最終的には太陽光エネルギーに行き着けばよい」

「そうでしょう。太陽光でしょう。私はそれを言いたかったのです」

「省エネのコンピュータを小惑星内部に設置するなら、それでよい。しかし、現在の人類のようにエネルギーをがぶ飲みしている状態では、地上における太陽光エネルギーでは十分ではないと指摘しているだけだ」

「科学技術が進めば何とかなります」

「まあいいだろう。ところで、話を戻して、トリウム型原子炉と言ってもいろいろのタイプがある。ワシはノーベル賞学者のカール・ルビアの提案している加速器併用型にしようと思っておる」

「それはどんなものですか?」

「トリウム型原子炉には中性子源が必要だ。現在はそれをプルトニウムから取っている。しかし加速器を動かして陽子を作り、それを標的に当てて中性子を作り、それをトリウムに当てるというタイプだ。このタイプは臨界状態を必要としない。だから電源を切ればすぐに、原子炉は停止する。制御棒は必要ない」

「それはよいとしても、福島で問題になったのは崩壊熱です。例え原子炉を安全に停止させても、水で冷却しなければなりません」

「それは軽水型原子炉の問題だ。トリウム型では小型に作ることができる。そして水冷ではなく空冷にすることができる。そうすれば冷却水喪失の問題はない。小型のトリウム型原子炉はそれこそ、新宿に置くことだってできるよ」

「核融合の話はどうなっているのです」

「アメリカでは、慣性核融合を使ってトリウム型原子炉を駆動することを考えている」

「ええっ、核融合をあきらめたのですか?」

「核融合はそんなに簡単なことではない。それより、核融合のために作ったレーザー装置を使って、小規模な慣性核融合を行い、そこで発生する中性子源をトリウム型原子炉に使おうという案だ」

「節操がない!」

「ははは、核融合研究者の生き残り策だ」

私とバルカンの話は平行線をたどった。しかし、バルカンはトリウム型原子炉を日本に作ろうというわけではないので、私には反対する理由がない。それにしても、先進国が衰退して、発展途上国が発展するなんて言われて、日本のことを考えると良い気はしない。それにしても、バルカンは皮肉なものの言い方をする神だ。これではビーナスに逃げられるのも当然かも知れない。たとえ、トリウム型がウラン型よりいくら良くたって、原子炉は原子炉だ。原子炉が壊れれば放射性物質が出る。放射性物質からは放射線が出る。放射線は人体に悪影響を及ぼす。ともかく放射線は怖いのだ。

続く

   
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