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聖子ちゃんの冒険 その6

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御手洗祭の冒険

総天然色の聖子ちゃん

いつものように秘密研究所に高山先生、林君、松谷先生がいるところに、仕事を終えた森先生がやってきた。そこにこれも授業の終わった聖子ちゃんがやってきた。

「森先生、こんにちは、みなさん、こんにちは」
「聖子ちゃん、君ほど魅力的な女性はこの世にいないね」

と、そこまで言うかというお世辞を平気で言う松谷先生。高山先生と林君は少しあきれた顔で、松谷先生と聖子ちゃんを交互に見た。森先生は恋人が褒められたので、うれしそうであった。

「あら、松谷先生、冗談でもそこまでおっしゃってくださって、聖子、うれしいです」
「いや、冗談ではないだろう、本当のことだ」と森先生。
「先生、私・・・」
「君のような素敵な女性を恋人に持った森先生は、世界一の幸せ男だ、ニャロメ」と古いギャグを言う松谷先生。

「松谷先生、本当のことをおっしゃってくださると、聖子、先生のことが好きになりそうです」

本当のこととは、聖子ちゃんが素敵という部分か、森先生が幸せ男だという部分か、松谷先生は聖子ちゃんの愛すべき厚かましさに、少し辟易したが、この際とばかり続けた。

「僕のことを好きになってくれたらうれしいね。森先生の次でいいよ」
「私は男の人の中で森先生が一番好きで、二番目がお父さんです」

「ほお、君はお父さんが好きか?それは若い娘には珍しいな」
「どうしてです。娘がお父さんを好きなのは当然じゃないですか。お父さんは私のヒーローですよ。とても素敵なのですよ。森先生はもっとすてきだけど」
「普通、若い娘はお父さんのパンツを箸でつまんで洗濯すると聞くよ」と松谷先生。
「なんでです?」と聖子ちゃん。
「女は物心がつくと、父親や兄弟が嫌いになるらしい」と物騒な事を言う松谷先生。
「私には兄弟はいませんが、お父さんは好きですよ」
「ヘェ〜、珍しいな」
「どうしてですか?娘は父親や兄弟を嫌うとおっしゃいましたが、私には訳が分かりません。そんな事って、不自然でしょう」

ここでまた松谷先生は言わずもがなの自然科学的事実を言った。

「生物学的に言うと、むしろ自然なのだよ。妊娠可能になったメスはできるだけ遺伝的に隔たったオスを求めるのだ」
「なぜです」と聖子ちゃん。
「その方が、奇形の子供ができにくいのだ。町に住む雌のネズミは、近くのオスではなく、遥かに離れたブロックに住むオスのネズミを求めて、恋の冒険の旅に出るのだ」
「でも私、近くの森先生が好きですけど?」
「人間では距離的に近い事と、遺伝的に近い事は別だ」
「へええ・・。でもどうして遺伝的に近いか、遠いか分かるのです?」
「匂いだ、体臭だよ」
「体の臭いと遺伝子に何の関係があるのです?」
「生物の体臭というものは、細菌が作り出すのだ。生物が分泌する皮脂などに細菌が繁殖して臭いの元を作るのだ。ところが細菌は個人、個人で異なるので、臭いも人により異なるのだ。ところが遺伝的に近いと、臭いも似ているのだ。それでメスはオスの遺伝子が自分に近いかどうか判定するのだ」

「私はお父さんの臭いは嫌いじゃありませんよ」と聖子ちゃん。
「それじゃあ、遺伝的に遠いのかな?」と、とんでもない事を言い出す松谷先生。
「私がお父さんの本当の子供じゃないと言うのですか?」と、むくれた聖子ちゃん。
「それはお母さんにだけ分かる事だ。男には分からない」
「どういう意味ですか?」

森先生たちは、松谷先生のむちゃくちゃな発言に少しハラハラした。松谷先生もそれに気がついて、話の矛先を少し転じた。

「ともかく、女の子は、小さいうちはお父さんになついて、一緒に風呂に入ったりもするけど、物心つくと、いやになるらしい」と松谷先生。
「なぜです。私はお父さんとずっと一緒にお風呂に入っていましたよ。高校生になる頃までは」
「ほお、森田先生もなんと羨ましい人だ」
「でもお母さんが、もうお父さんと一緒にお風呂に入るのは止めてといいました。お母さん、私に焼きもちを焼いたのかしら」
「君はいい娘だ」と松谷先生。
「私、お父さんの代わりに、森先生といっしょにお風呂に入りたいなあ!」

一同は、聖子ちゃんの天然な発言に感動したが、森先生は真っ赤になった。高山先生と林君はニヤニヤしていた。

聖子ちゃんはさらに追い討ちをかけた。

「お父さんはね、いまでも時々私を抱っこしてくれるのですよ」
「なんと・・・!! 君はいやじゃないのかね?」
「いやじゃあ、ありませんよ。でも私、森先生に抱いてほしいなあ・・・」

森先生はドギマギした。

「君は総天然色だね」
「総天然色って何です?」

ここで松谷先生はぐっと詰まった。本当は聖子ちゃんが天然ボケだといいたいのだが、それをいうとあんまりなので、ごまかした。

「カラー映画の事だ。僕の若い頃は映画はほとんど白黒だったんだ。そのうちに部分天然色という映画がでてきてね。そして全部が天然色の総天然色になったのだ」
「それで私がどうして総天然色なのです?」
「君は総天然色映画のように美しいと言う事さ」
「ああ、そうですか、聖子、うれしいなあ・・・」

森先生、高山先生、林君はニヤニヤしていた。

御手洗祭の冒険

ちょっと物騒な話題になってきたので、松谷先生は話題を転じた。

「ところで今日、7月27日は御手洗祭(みたらしさい)だ。大変な人出だろうね」
御手洗祭とは何ですか?」と林君が聞いた。
「下鴨神社の行事のひとつだよ。足浸け神事ともいう。今年は7月26日から29日まである。下鴨神社に御手洗池という池があるのだが、普段は水が少ない。ところが土用の今頃になると、水があふれてくると言われている。もっとも昨今は、ポンプで注水しているようだがね。人々は御手洗池に裸足で入って、お灯明を灯すのだ。そうしてその年の無病息災を祈願するのだ」と松谷先生。松谷先生は京都の伝統行事や名所に詳しい。

<御手洗祭>

「たのしそうだなあ、それにきれいでしょうね」と聖子ちゃん。
「うん、日中は暑いが、夜になると涼しくなる。それに夜はろうそくの火が揺らめいて、とても幻想的だ」

「わあ、私、森先生と御手洗祭に行きたいなあ」と聖子ちゃん。
「二人の邪魔をしたいわけじゃないが、どうだい、もう夜になったから、みんなで行かないか」と松谷先生。
「それはいい考えですね。僕はまだ行った事がありませんので」と初めて高山先生が口火を切った。林君も同意した。
「そうしましょう」と森先生。森先生は聖子ちゃんと二人だけで行く勇気はまだなかった。

「私、それなら浴衣に着替えてきます。すぐに帰ってきますから、待っていてください」
「じゃあ、僕も浴衣に着替えてくる」と森先生。

こうして二人は嬉々としてマンションに帰って、浴衣に着替えて、再び秘密研究所に戻ってきた。二人ともなかなか似合っていた。松谷先生の得意技がまた始まった。

「聖子ちゃん、浴衣を着た君は、なんという美しさだ。三保の松原の天女もかくありきだ」

良く、そこまで言えるなあと、高山先生と林君はあきれていたが、恋人が褒められた森先生は喜んでいた。聖子ちゃんは

「うれしい・・・」

といって、いきなり松谷先生に抱きついた。松谷先生は驚いたが、べつにいやでもないので、なすがままにさせていた。

「君は、森先生には抱きつかないのかね?」

聖子ちゃんはさすがに恥ずかしそうに

「だって、恥ずかしいじゃありませんか」
「じゃあ、僕には恥ずかしくないのかね?」
「だって、松谷先生はお父さんと同じじゃありませんか」
「うーん、もっと正確に言うと、僕は君のおじいさんの年齢だよ」
「じゃあ、おじいちゃん!!」と、聖子ちゃんは松谷先生に、ほおずりした。
「おじいちゃんか、多少、がっかりだなあ」と松谷先生はおどけてみせたが、聖子ちゃんの髪の毛から漂うシャンプーの香りを楽しんだ。この娘はナイーブすぎるけれど、本当によい娘だと松谷先生は思った。

一同は研究所を後にして、バスで出町まで行った。そこから歩いて、下鴨神社を目指した。参道を歩いてみると、そこはすでにけっこうな人出であった。子供連れが多かった。カップルもいた。若いカップル、中年のカップル、老年のカップル。それに女連れ。男ばかりはほとんどいなかった。われわれも聖子ちゃんがいるから救われていると松谷先生は思った。それでなければ、男ばかりで惨めなものだ。

たくさんの屋台が出ていた。食べ物屋や金魚すくいがあった。聖子ちゃんが言った。

「私、金魚すくいが得意なのです」
「そうか、それじゃあ、あとで金魚すくいをしよう。でも今はまず池に入ろう」と森先生。

池に入る人々の行列ができていた。5人は行列の末尾についた。やがて行列は進み、みんなは靴やぞうりを脱いで、それを備え付けのビニール袋に入れて、手で持った。受付で200円を払って、小さいろうそくをもらう。それから人々の後について、池に入るのだ。聖子ちゃんと森先生は浴衣の裾をからげて、池に入った。

「わあ・・・冷たい」と聖子ちゃん。

ここでも松谷先生は、また、いらんことを言った。

「僕は雲の上から落ちそうだ」
「何のことです?」と聖子ちゃん。
「久米の仙人が雲に乗って飛んでいるときに、川で裾をからげて洗濯している若い女の脛を見て、雲から転落したという話だ」
「それと何の関係があるのです」と聖子ちゃん。
「君の素足を見ていると、仙人の僕でもついフラフラとするということさ」
「ほほほほ・・・、そうですか」

あまり冗談を言わない高山先生までもが、松谷先生のきわどい冗談に誘われて言った。

「まるで絶対領域ですね」
「何の事だね? 絶対領域とは」と松谷先生。
「ネットでは女子高生のミニスカートとハイソックスの間の太ももの部分を絶対領域というのです。神の絶対領域ともいいます」と高山先生。
「つまり君は聖子ちゃんの素足が、絶対領域だと言いたいのかね?」
「ええ」
「先生方、あまりそんなことを言うと、セクハラになりますよ」と森先生。
「かまいませんわ、私の足を褒めてくださっているのですから。そんなに魅力的かしら」と、相変わらず天然な聖子ちゃん。

みんなは人々の後を歩いて、池の奥に進んだ。途中に灯明に火をつける大きなろうそくが置いてあった。みんなは手に持ったろうそくに火をつけた。それを持って池の奥にある灯明台にろうそくをさした。風があるのか、消えているものもあった。みんなは手に持ったろうそくを消さないように、灯明台に置いた。

聖子ちゃんはこのとき「どうか、森先生のお嫁さんになれますように」と祈った。森先生は森先生で、なんとか聖子ちゃんとキスできますようにと祈った。松谷先生は世界征服ができますようにと祈り、高山先生はシミュレーション世界で2次元美少女を3次元に拡張できますようにと祈った。林君はリアルドールの詩織さんに命を吹き込みたいと祈った。

みんなはやがて池を出た。階段を上がって振り返ると、たくさんの人々が池にいた。子供たちは嬉がって、池の中を歩いていた。なかには身長が小さすぎて、着物の裾がぬれてべそをかく子供もいた。しかし人々は幸せそうだった。

「ここから見ると、みなさん、幸せそうですね」と聖子ちゃん。
「うん、それは当然だよ」と松谷先生。
「どうして、当然なのですか?」
「それはね、お祭りには幸せな人々しか来ないからさ。不幸せな人は、家に逼塞しているのだよ。天文学で言う選択効果さ。お祭りでは、幸せな人しか観測できないのだ」
「へえ・・・、なるほどねえ」と一同は感心した。
「じゃあ、僕たちも幸せなのか」と高山先生。
「私、森先生と一緒に池に入って幸せです」と聖子ちゃん。森先生はまたドギマギした。

一同は足を拭いて靴や草履を履いた。そして配られる御神水を飲んだ。さらに薄い木でできた足形を買って、そこに年齢と願い事を書き、井上社の前にある水盤に置くのだ。聖子ちゃんはここでも、森田聖子、20歳と書き、その横に小さく、森先生のお嫁さんになれますように、と書いて裏向けにして水の上に置いた。

一同はそれから人々の流れにそって進み、会場の外に出た。参道には屋台がたくさんあった。聖子ちゃんはつかつかと金魚すくいの店に行き、あみを買った。聖子ちゃんは熱心に金魚すくいを始めた。とても上手で、つぎつぎと金魚を掬っては、金属の容器に入れた。

「聖子ちゃん、がんばって」と森先生。
「なかなかうまいものだ」と松谷先生。
「その出目金を捕まえて」とは高山先生。
「出目金を捕まえると、網が破れるでしょう」と林君。

聖子ちゃんはもくもくと金魚を掬って、ついに容器が金魚であふれた。

「持って帰りますか」という金魚屋の言葉に
「いえ、結構です」

と聖子ちゃんは言って、金魚をみんなもとの水槽に戻した。そこを出て歩いているときに、松谷先生は言った。

「君は金魚すくいが上手だね」
「はい、明日から金魚すくいのプロになります」とは聖子ちゃん。
「ははは、君も面白いことを言うね、パチプロというのはいるが、金魚プロとはね・・・」と松谷先生。

それから別の屋台で、みんなは御手洗団子を買って食べた。

「ここが御手洗団子の発祥の地なんだ」と蘊蓄を垂れる松谷先生。

それを食べながら、ともかくみんなは幸せだった。幸せな人しか、祭には来ないのだ。

続く

   
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