科学の散歩道 - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん 知的人材の活用を通じて、科学技術の発展に寄与することを目的に設立されたNPO法人です。 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics.feed 2024-04-27T14:38:54+09:00 Joomla! - Open Source Content Management 動物知能、人間知能、機械知能 2023-04-04T03:19:23+09:00 2023-04-04T03:19:23+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2013-topic206.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p style="text-align: center;">本年(2023年)に入ってからの人工知能、とくにChatGPTに代表される巨大言語モデルの進歩は著しい。ほとんど爆発的とも言える進歩を遂げている。筆者はこれら人工知能における知能の本質を解明したいと思っている。その研究の一環として、そもそも知能とは何かに関して考察した。</p> <p>というより、以下のエッセイは、ほとんどがChatGPT PLUSの生成したものである。そのエンジンは最新のGPT-4である。筆者はChatGPTの吐き出す文章に、たとえば「ですます調」を「だ調」に統一する、目次をつける程度の手を加えたに過ぎない。つまり以下のエッセイの見解はChatGPTのものであり、必ずしも筆者のものではない。しかしChatGPTの能力を見る助けとはなるであろう。</p> <p style="text-align: center;"><strong>知能の定義</strong></p> <p>知能とは、問題を解決し、新しい状況に適応し、経験から学ぶために、知識や技能を習得し、処理し、適用する能力であると定義することができる。知能は、記憶力、理解力、推理力、問題解決能力など、さまざまな認知能力を評価する標準的なテストを通じて測定されることが多い。しかし、何をもって知能とするかについては様々な見解があり、この概念は心理学者や研究者の間で今もなお議論が続いている。ある人は、知能はすべての認知タスクの根底にある単一の一般的な能力であると主張し、ある人は、知能は互いに比較的独立している明確な能力の集まりであると示唆している。</p> <p style="text-align: center;"><strong>動物の知能と人間の知能</strong></p> <p>知能は人間に限らず、多くの動物種がさまざまな認知能力や問題解決能力を有している。しかし、その知能の性質や程度は、生態学的・進化的な圧力によって形成されるため、人間のそれとは異なる場合がある。</p> <p>人間の知能は、その複雑さと柔軟性においてユニークであるとしばしば考えられており、推論、計画、問題解決、抽象的思考、複雑な考えの理解、迅速な学習、新しい状況への適応を可能にする幅広い認知能力によって特徴づけられている。また、人間の知能は言語と密接な関係があり、複雑な思考や考えを伝え、文化を発展させ、伝達することを可能にしている。</p> <p>一方、動物の知能は種によって大きく異なり、特定の作業や生態的ニッチに焦点を絞っていることが多い。例えば、鳥類や霊長類の中には、道具の使用や問題解決に優れた能力を発揮する種もあれば、イルカやクジラのように、複雑な社会的・コミュニケーション的行動を示す種もある。動物の知能と人間の知能を研究することで、心の働きや認知能力の進化について、貴重な知見を得ることができる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>機械知能</strong></p> <p>機械知能とは、学習、問題解決、意思決定、知覚など、従来は人間の知能を必要とするタスクを実行できるコンピュータープログラムやシステムを作るという、現実的で成長中の学問分野である。機械知能は、人工知能(AI)とも呼ばれ、近年、コンピューティングパワー、データの保存と処理、アルゴリズムの開発の進歩により、大きな進歩を遂げている。</p> <p>機械知能には、ルールベースシステム、機械学習、ディープラーニング、自然言語処理、コグニティブコンピューティングなど、さまざまなアプローチが存在する。それぞれのアプローチには長所と短所があり、研究者は機械知能システムの性能と能力を向上させるための新しい手法とテクニックを探求し続けている。</p> <p>全体として、機械知能は、医療や交通から娯楽や教育まで、多くの産業や日常生活の側面に革命を起こす可能性を秘めている。しかし、プライバシーに関する問題、偏見、雇用の喪失など、この技術の倫理的・社会的な影響についての懸念もある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>人間知能と機械知能の違い</strong></p> <p>人間の知能と機械の知能には、いくつかの重要な違いがある。どちらも情報を処理し、推論し、意思決定する能力を持っているが、人間と機械がこれらのタスクに取り組む方法は根本的に異なっている。ここでは、その主な違いをいくつか紹介する。</p> <p>1) 創造性。人間の知能は、しばしば創造性や、問題に対する斬新なアイデアや解決策を思いつく能力と結びつけられている。機械知能システムの中には、アートや音楽などの新しいコンテンツを生成できるものもあるが、それは既存のデータやアルゴリズムに基づいて行われるものであり、人間のような真の意味での創造性を発揮するものではない。</p> <p>2) 文脈の理解。人間は、特定の行動や意思決定がもたらす社会的・感情的な影響など、複雑な状況や文脈を理解し解釈することができる。一方、機械は通常、事前に定義されたルールやアルゴリズムに依存して情報を処理し、意思決定を行う。</p> <p>3) 学習。人間は、多くの場合、試行錯誤や過去の経験をもとに、新しい状況や環境に対して学習し適応することができる。機械知能システムも学習することができるが、その学習は通常、大量のデータに基づいて行われ、特定のタスクやドメインに焦点を絞って行われる。</p> <p>4) 直感。人間は、不完全な情報や限られたデータをもとに、直感的な飛躍や判断を下すことができる場合がある。一方、機械は、効果的に機能するために、正確で具体的な入力を必要とする。</p> <p>全体として、機械知能は近年大きな進歩を遂げたとはいえ、人間の知能が持つニュアンスや複雑な能力の多くに欠けている。しかし、研究者たちは、将来的に人間と機械の知能のギャップを埋めるのに役立つ新しいアプローチや技術の開発に取り組んでいる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>機械知能が人間の知能を追い越す可能性はあるか?</strong></p> <p>機械知能が人間の知能を追い越す可能性があるかどうかについては、今のところ専門家の間でコンセンサスが得られていない。可能性があると考える専門家もいれば、懐疑的な専門家もいる。</p> <p>機械知能が直面する主な課題は、文脈を理解し、感情を解釈し、創造的に考える能力を含む、人間の知能の全領域を再現できるかどうかということだ。機械は特定のタスクを効率よく正確にこなすことができるが、人間の知能のような幅広い理解力と柔軟性に欠けている。</p> <p>しかし、機械知能の進化が進むにつれ、パターン認識やデータ分析など、特定の分野では人間の知能を超える可能性がある。これは、医療、金融、交通などの分野に大きな影響を与える可能性がある。</p> <p>しかし、仮に機械知能が特定の分野で人間の知能を超えたとしても、感情や創造性、直感など、人間の知能に特有の能力や属性の多くが欠けていることに留意する必要がある。さらに、そのような開発が倫理的、社会的にどのような意味を持つのか、慎重に検討し対処する必要がある。</p></div> <div class="feed-description"><p style="text-align: center;">本年(2023年)に入ってからの人工知能、とくにChatGPTに代表される巨大言語モデルの進歩は著しい。ほとんど爆発的とも言える進歩を遂げている。筆者はこれら人工知能における知能の本質を解明したいと思っている。その研究の一環として、そもそも知能とは何かに関して考察した。</p> <p>というより、以下のエッセイは、ほとんどがChatGPT PLUSの生成したものである。そのエンジンは最新のGPT-4である。筆者はChatGPTの吐き出す文章に、たとえば「ですます調」を「だ調」に統一する、目次をつける程度の手を加えたに過ぎない。つまり以下のエッセイの見解はChatGPTのものであり、必ずしも筆者のものではない。しかしChatGPTの能力を見る助けとはなるであろう。</p> <p style="text-align: center;"><strong>知能の定義</strong></p> <p>知能とは、問題を解決し、新しい状況に適応し、経験から学ぶために、知識や技能を習得し、処理し、適用する能力であると定義することができる。知能は、記憶力、理解力、推理力、問題解決能力など、さまざまな認知能力を評価する標準的なテストを通じて測定されることが多い。しかし、何をもって知能とするかについては様々な見解があり、この概念は心理学者や研究者の間で今もなお議論が続いている。ある人は、知能はすべての認知タスクの根底にある単一の一般的な能力であると主張し、ある人は、知能は互いに比較的独立している明確な能力の集まりであると示唆している。</p> <p style="text-align: center;"><strong>動物の知能と人間の知能</strong></p> <p>知能は人間に限らず、多くの動物種がさまざまな認知能力や問題解決能力を有している。しかし、その知能の性質や程度は、生態学的・進化的な圧力によって形成されるため、人間のそれとは異なる場合がある。</p> <p>人間の知能は、その複雑さと柔軟性においてユニークであるとしばしば考えられており、推論、計画、問題解決、抽象的思考、複雑な考えの理解、迅速な学習、新しい状況への適応を可能にする幅広い認知能力によって特徴づけられている。また、人間の知能は言語と密接な関係があり、複雑な思考や考えを伝え、文化を発展させ、伝達することを可能にしている。</p> <p>一方、動物の知能は種によって大きく異なり、特定の作業や生態的ニッチに焦点を絞っていることが多い。例えば、鳥類や霊長類の中には、道具の使用や問題解決に優れた能力を発揮する種もあれば、イルカやクジラのように、複雑な社会的・コミュニケーション的行動を示す種もある。動物の知能と人間の知能を研究することで、心の働きや認知能力の進化について、貴重な知見を得ることができる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>機械知能</strong></p> <p>機械知能とは、学習、問題解決、意思決定、知覚など、従来は人間の知能を必要とするタスクを実行できるコンピュータープログラムやシステムを作るという、現実的で成長中の学問分野である。機械知能は、人工知能(AI)とも呼ばれ、近年、コンピューティングパワー、データの保存と処理、アルゴリズムの開発の進歩により、大きな進歩を遂げている。</p> <p>機械知能には、ルールベースシステム、機械学習、ディープラーニング、自然言語処理、コグニティブコンピューティングなど、さまざまなアプローチが存在する。それぞれのアプローチには長所と短所があり、研究者は機械知能システムの性能と能力を向上させるための新しい手法とテクニックを探求し続けている。</p> <p>全体として、機械知能は、医療や交通から娯楽や教育まで、多くの産業や日常生活の側面に革命を起こす可能性を秘めている。しかし、プライバシーに関する問題、偏見、雇用の喪失など、この技術の倫理的・社会的な影響についての懸念もある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>人間知能と機械知能の違い</strong></p> <p>人間の知能と機械の知能には、いくつかの重要な違いがある。どちらも情報を処理し、推論し、意思決定する能力を持っているが、人間と機械がこれらのタスクに取り組む方法は根本的に異なっている。ここでは、その主な違いをいくつか紹介する。</p> <p>1) 創造性。人間の知能は、しばしば創造性や、問題に対する斬新なアイデアや解決策を思いつく能力と結びつけられている。機械知能システムの中には、アートや音楽などの新しいコンテンツを生成できるものもあるが、それは既存のデータやアルゴリズムに基づいて行われるものであり、人間のような真の意味での創造性を発揮するものではない。</p> <p>2) 文脈の理解。人間は、特定の行動や意思決定がもたらす社会的・感情的な影響など、複雑な状況や文脈を理解し解釈することができる。一方、機械は通常、事前に定義されたルールやアルゴリズムに依存して情報を処理し、意思決定を行う。</p> <p>3) 学習。人間は、多くの場合、試行錯誤や過去の経験をもとに、新しい状況や環境に対して学習し適応することができる。機械知能システムも学習することができるが、その学習は通常、大量のデータに基づいて行われ、特定のタスクやドメインに焦点を絞って行われる。</p> <p>4) 直感。人間は、不完全な情報や限られたデータをもとに、直感的な飛躍や判断を下すことができる場合がある。一方、機械は、効果的に機能するために、正確で具体的な入力を必要とする。</p> <p>全体として、機械知能は近年大きな進歩を遂げたとはいえ、人間の知能が持つニュアンスや複雑な能力の多くに欠けている。しかし、研究者たちは、将来的に人間と機械の知能のギャップを埋めるのに役立つ新しいアプローチや技術の開発に取り組んでいる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>機械知能が人間の知能を追い越す可能性はあるか?</strong></p> <p>機械知能が人間の知能を追い越す可能性があるかどうかについては、今のところ専門家の間でコンセンサスが得られていない。可能性があると考える専門家もいれば、懐疑的な専門家もいる。</p> <p>機械知能が直面する主な課題は、文脈を理解し、感情を解釈し、創造的に考える能力を含む、人間の知能の全領域を再現できるかどうかということだ。機械は特定のタスクを効率よく正確にこなすことができるが、人間の知能のような幅広い理解力と柔軟性に欠けている。</p> <p>しかし、機械知能の進化が進むにつれ、パターン認識やデータ分析など、特定の分野では人間の知能を超える可能性がある。これは、医療、金融、交通などの分野に大きな影響を与える可能性がある。</p> <p>しかし、仮に機械知能が特定の分野で人間の知能を超えたとしても、感情や創造性、直感など、人間の知能に特有の能力や属性の多くが欠けていることに留意する必要がある。さらに、そのような開発が倫理的、社会的にどのような意味を持つのか、慎重に検討し対処する必要がある。</p></div> ついにパンドラの箱は開いた: ChatGPT元年 2023-03-22T09:34:56+09:00 2023-03-22T09:34:56+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2011-topic205.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p style="text-align: center;"><strong>はじめに</strong></p> <p>2022年11月30日、米国の人工知能(Artificial Intelligence=AI)開発企業であるOpenAI(オープンAI)はChatGPT(チャットGPT)を発表した。チャットとはおしゃべりという意味で、GPTはGenerative Pre-trained Transformer(生成的訓練済みトランスフォーマー)の略である。ChatGPTはGPTという自然言語エンジンを使って、人間と人工知能が対話を行う仕組みである。これが現在、大きな話題を集めている。それは人類文明を大きく変えてしまうほどの威力を秘めている。</p> <p>私は2023年をChatGPT元年と呼びたい。ChatGPTは2022年11月末に発表されたのだが、本格的に威力を発揮し始めたのは2023年初頭からであると言って良いだろう。Covid-19も本来は2019年末に発生したのでそう呼ばれているが、世界に大きな影響を与え始めたのは2020年からである。</p> <p> 本記事ではChatGPTとその進化版であるChatGPT PLUS、及びその基礎にあるGPT-3とGPT-4について解説する。</p> <p style="text-align: center;"><strong>生成的人工知能</strong></p> <p>Generative(生成的)とは生成できるという意味である。何が生成できるかというと、文章とか画像、音楽、コンピュータ・コードなどである。最近、生成的AIが爆発的な進化を遂げて大きな話題になっている。生成的AIのひとつとして画像生成AIがある。画像生成AIとしてはOpenAIの発表したDALL-E2(ダリ2)の他にMidjourney(ミッドジャーニー)、Stable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)などがある。これらは現在進行形でアート業界に激震をもたらしているが、その話は別の記事で解説しよう。本記事では文章生成AIであるGPTに話を限定する。</p> <p style="text-align: center;"><strong>トランスフォーマー</strong></p> <p>トランスフォーマー(Transformer)とは2017年にGoogle(グーグル)が”Attention is all you need(注意が必要なことの全てだ)”という論文で発表したDeep Learning(ディープラーニング=深層学習)のアーキテクチャーの一つである。Attention(注意)とは、文章のなかで単語間の関係性の強さを表す量である。トランスフォーマーは当初は翻訳のために用いられたが、その後、Natural Language Processing(NLP=自然言語処理)一般において恐るべき能力を秘めていることがわかり、さまざまな形に発展した。トランスフォーマーのアーキテクチャーがどのようなものかは別の記事で解説したいが、ここでは人工知能の革命的なアーキテクチャーであるということを知れば十分である。</p> <p>トランスフォーマーを単に翻訳だけでなく、自然言語処理一般に用いることができるようにした人工知能GPT-1を、2018年6月にオープンAIが発表した。そのあとグーグルは2018年11月にBERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers=トランスフォーマーによる双方向復号表現)を発表した。これはトランスフォーマー・アーキテクチャーが自然言語処理に実用的に使用された初めての例である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>GPT-2</strong></p> <p>2019年2月にオープンAIはGPT-2を発表したが、それが大きな話題になった。というのもオープンAIという組織の本来の目的はAI研究をオープンに行うというものであったが、GPT-2があまりに危険であるとして、その最大バージョンを非公開にしたからである。つまりオープンAIが実質的にクローズドAIになったのである。なぜ危険かというと、GPT-2はあまりに自然な文章を生成することができるので、フェイク文章を簡単に大量に生成できることが危惧されたからである。</p> <p>もっともオープンAIはその方針をのちに撤回して、モデルのソースコードやそれに用いられているデータは公開しないが、一般の人々の使用を可能にした。</p> <p>ChatGPTが大きな話題になっているのは、それがだれにでもタダで使えるからである。その気になればフェイクニュースを作ることもできるが、それをできないようにしようとオープンAIは苦労している。ここらあたりの話も、いろいろあるのだが、本記事では触れない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>GPT-3</strong></p> <p>2020年5月にオープンAIはGPT-3についての論文を発表した。これらのモデルの能力はその中で用いられるパラメータ数で決まる部分がある。GPT-1, 2, 3の最大モデルのパラメータ数はそれぞれ1.2億、15億、1750億である。いっぽうBERTは3.4億である。GPT-3がいかに巨体なモデルであるかわかるだろう。これらのモデルを総称してLarge Language Model(LLM=大規模言語モデル、巨大言語モデル)とよぶ。もっとも巨大言語モデルのパラメータ数だけに関して言えば、もっと大きなものも存在する。しかしのちの研究で巨大言語モデルの能力はパラメータ数だけで決まるのではなく、学習に使ったデータ数が重要であることがわかった。</p> <p>最近ではトランスフォーマーのソースコードも容易に手に入る。問題はソースコードではなく、学習済みのモデルである。これを作成するためには、例えばGPT-3程度のLLMでは、スーパーコンピュータを何ヶ月も走らせて、数億円の使用料を払わねばならない。しかしごく最近のニュースでは、個人のちょっと大きめのパソコン程度でも、計算できるようになったという。恐ろしい時代になったものだ。  </p> <p style="text-align: center;"><strong>ChatGPT</strong></p> <p>冒頭で述べたChatGPTはGPT-3の改良版であるGPT-3.5を用いている。これが2022年の11月末に公開されて、一部の専門家、愛好家の間に衝撃が走った。あまりに自然な文章を生成するからである。それだけではない。ChatGPTはとてつもなく該博な知識を持っている。その一例として、次の記事ではChatGPT (PLUS)を使って私が書いたエッセイを紹介したい。</p> <p>ChatGPTは発表されてから、少しの間に百万人のユーザー数を達成した。現在では世界で1億人が使っているという。1日の使用者数も1300万人にも達するという。使ってみればわかるが、何か質問すると数十秒程度の時間で回答が帰ってくる。ある時間帯の使用者数を仮に百万人だとしよう。聖徳太子はいちどきに10人の訴えを聞くことができたので天才だという伝説がある。それでいうとChatGPTの頭の回転の速さは聖徳太子10万人分なのである。こんなに頭の回転の速い人間は誰もいない。知能を質(頭の良さ)と量(頭の回転の速さ)でいえば、ChatGPTの知能の質はまだまだ問題があるが、量だけでみれば人間をはるかに超えた超知能であるといえよう。</p> <p>しかし問題も散見された。ChatGPTはときどき、とてつもない嘘を平然というのである。例えば私が試した例では「イヌリンとはなんですか?」と聞くと、それは石垣島に住む鳥類だと無茶苦茶な嘘を平然とついた。イヌリンとは実際は水溶性食物繊維の一種である。このような現象を幻覚とよぶ。</p> <p>もっとも、イヌリンも英語で聞くと正しい答えをした。英語と日本語で試した経験では、ChatGPTは日本語では中学生程度、英語では大学生程度の頭であると考えるのが無難だ。ChatGPTは日本の歴史や文化に関しては、それほど詳しくはない。要するにChatGPTはアメリカ人の人工知能なのである。ChatGPTに対して批判的な人は、日本語で質問してトンチンカンな回答を得たとあげつらう場合があるが、ChatGPTとは日本語もできるアメリカ人だと思うべきだ。アメリカ人なのに、日本語がよくできますねと考えて、ChatGPTを評価しなければならない。もっとも最近のChatGPT PLUSで試した場合は、イヌリンに関しては正しい答えを示した。しかし日本史の質問ではまたまだである。英語での回答は日本語よりはるかに良いが、それでもときどき多少の間違い、とんでもない大嘘をいう場合がある。そのことを知って使う必要がある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>GPT-4</strong></p> <p>GPT-3の改良版であるGPT-4が2023年3月14日に発表されて、現在話題沸騰中である。GPT-4をエンジンとしたChatGPT PLUSは有料で、月あたりの使用料は20ドルである。筆者は先日申し込んで、それ以降ChatGPT PLUSにどっぷりとハマってしまった。</p> <p>ChatGPTのエンジンであるGPT-4はGPT-3やGPT-3.5に比べて大幅に改良されている。その一部の能力は平均的な人間をはるかに超えている。しかしGPT-4の詳細はGPT-3の時と違って、公開されていない。それは業界、あるいは国家間の激しい競争のためであるという。</p> <p>GPT-4の知的能力を測定するためにさまざまな問題を解かせたという研究がある。その結果の要約は以下のようなものだ。米国の大学入試のための共通テストであるSATは高校生の読解力、文書力、数学力を試すものである。GPT-4はSATで上位6%の成績を収めた。また難解なことで定評のある米国の司法試験ではトップ10%であった。GPT-3では下位10%であったので、非常な進歩である。生物、微積分、マクロ経済学、心理学、統計学、歴史に関する高校生の試験問題であるAPではトップであった。MMLUという様々な分野の専門知識を問う4択問題では、GPT-4は86.4%の正解率であった。4択だから適当に選べば25%になる。GPT-4以前の最高性能はグーグルのFlan-PaLMで75.2%であった。GPT-3.5は70%、GPT-3は53.9%、GPT-2は32.4%であった。ちなみに平均的人間の正答率は34.5%である。つまりGPT-4の知識水準は平均的人間をはるかに超えている。</p> <p> </p> <p>このようにGPT-4は多くの局面において、平均的人間の知能を圧倒している。またGPT-3までは入力も出力も文章であったが、GPT-4では画像入力も可能である。もっとも出力は文章である。GPT-4をエンジンとしたサービスは先に述べたChatGPT PLUSであるが、最近マイクロソフトがGPT-4の改良版を組み込んだ検索エンジンであるBingを公開した。これはPDFファイルも読めるという優れものである。現在は筆者は申し込んだが、待ち行列に入っている段階であるので、この使用例はいつか報告したい。</p> <p>ともかくGPT-4の出現で世界は変わったのである。それに関しては今後の記事で取り上げていきたい。   </p></div> <div class="feed-description"><p style="text-align: center;"><strong>はじめに</strong></p> <p>2022年11月30日、米国の人工知能(Artificial Intelligence=AI)開発企業であるOpenAI(オープンAI)はChatGPT(チャットGPT)を発表した。チャットとはおしゃべりという意味で、GPTはGenerative Pre-trained Transformer(生成的訓練済みトランスフォーマー)の略である。ChatGPTはGPTという自然言語エンジンを使って、人間と人工知能が対話を行う仕組みである。これが現在、大きな話題を集めている。それは人類文明を大きく変えてしまうほどの威力を秘めている。</p> <p>私は2023年をChatGPT元年と呼びたい。ChatGPTは2022年11月末に発表されたのだが、本格的に威力を発揮し始めたのは2023年初頭からであると言って良いだろう。Covid-19も本来は2019年末に発生したのでそう呼ばれているが、世界に大きな影響を与え始めたのは2020年からである。</p> <p> 本記事ではChatGPTとその進化版であるChatGPT PLUS、及びその基礎にあるGPT-3とGPT-4について解説する。</p> <p style="text-align: center;"><strong>生成的人工知能</strong></p> <p>Generative(生成的)とは生成できるという意味である。何が生成できるかというと、文章とか画像、音楽、コンピュータ・コードなどである。最近、生成的AIが爆発的な進化を遂げて大きな話題になっている。生成的AIのひとつとして画像生成AIがある。画像生成AIとしてはOpenAIの発表したDALL-E2(ダリ2)の他にMidjourney(ミッドジャーニー)、Stable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)などがある。これらは現在進行形でアート業界に激震をもたらしているが、その話は別の記事で解説しよう。本記事では文章生成AIであるGPTに話を限定する。</p> <p style="text-align: center;"><strong>トランスフォーマー</strong></p> <p>トランスフォーマー(Transformer)とは2017年にGoogle(グーグル)が”Attention is all you need(注意が必要なことの全てだ)”という論文で発表したDeep Learning(ディープラーニング=深層学習)のアーキテクチャーの一つである。Attention(注意)とは、文章のなかで単語間の関係性の強さを表す量である。トランスフォーマーは当初は翻訳のために用いられたが、その後、Natural Language Processing(NLP=自然言語処理)一般において恐るべき能力を秘めていることがわかり、さまざまな形に発展した。トランスフォーマーのアーキテクチャーがどのようなものかは別の記事で解説したいが、ここでは人工知能の革命的なアーキテクチャーであるということを知れば十分である。</p> <p>トランスフォーマーを単に翻訳だけでなく、自然言語処理一般に用いることができるようにした人工知能GPT-1を、2018年6月にオープンAIが発表した。そのあとグーグルは2018年11月にBERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers=トランスフォーマーによる双方向復号表現)を発表した。これはトランスフォーマー・アーキテクチャーが自然言語処理に実用的に使用された初めての例である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>GPT-2</strong></p> <p>2019年2月にオープンAIはGPT-2を発表したが、それが大きな話題になった。というのもオープンAIという組織の本来の目的はAI研究をオープンに行うというものであったが、GPT-2があまりに危険であるとして、その最大バージョンを非公開にしたからである。つまりオープンAIが実質的にクローズドAIになったのである。なぜ危険かというと、GPT-2はあまりに自然な文章を生成することができるので、フェイク文章を簡単に大量に生成できることが危惧されたからである。</p> <p>もっともオープンAIはその方針をのちに撤回して、モデルのソースコードやそれに用いられているデータは公開しないが、一般の人々の使用を可能にした。</p> <p>ChatGPTが大きな話題になっているのは、それがだれにでもタダで使えるからである。その気になればフェイクニュースを作ることもできるが、それをできないようにしようとオープンAIは苦労している。ここらあたりの話も、いろいろあるのだが、本記事では触れない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>GPT-3</strong></p> <p>2020年5月にオープンAIはGPT-3についての論文を発表した。これらのモデルの能力はその中で用いられるパラメータ数で決まる部分がある。GPT-1, 2, 3の最大モデルのパラメータ数はそれぞれ1.2億、15億、1750億である。いっぽうBERTは3.4億である。GPT-3がいかに巨体なモデルであるかわかるだろう。これらのモデルを総称してLarge Language Model(LLM=大規模言語モデル、巨大言語モデル)とよぶ。もっとも巨大言語モデルのパラメータ数だけに関して言えば、もっと大きなものも存在する。しかしのちの研究で巨大言語モデルの能力はパラメータ数だけで決まるのではなく、学習に使ったデータ数が重要であることがわかった。</p> <p>最近ではトランスフォーマーのソースコードも容易に手に入る。問題はソースコードではなく、学習済みのモデルである。これを作成するためには、例えばGPT-3程度のLLMでは、スーパーコンピュータを何ヶ月も走らせて、数億円の使用料を払わねばならない。しかしごく最近のニュースでは、個人のちょっと大きめのパソコン程度でも、計算できるようになったという。恐ろしい時代になったものだ。  </p> <p style="text-align: center;"><strong>ChatGPT</strong></p> <p>冒頭で述べたChatGPTはGPT-3の改良版であるGPT-3.5を用いている。これが2022年の11月末に公開されて、一部の専門家、愛好家の間に衝撃が走った。あまりに自然な文章を生成するからである。それだけではない。ChatGPTはとてつもなく該博な知識を持っている。その一例として、次の記事ではChatGPT (PLUS)を使って私が書いたエッセイを紹介したい。</p> <p>ChatGPTは発表されてから、少しの間に百万人のユーザー数を達成した。現在では世界で1億人が使っているという。1日の使用者数も1300万人にも達するという。使ってみればわかるが、何か質問すると数十秒程度の時間で回答が帰ってくる。ある時間帯の使用者数を仮に百万人だとしよう。聖徳太子はいちどきに10人の訴えを聞くことができたので天才だという伝説がある。それでいうとChatGPTの頭の回転の速さは聖徳太子10万人分なのである。こんなに頭の回転の速い人間は誰もいない。知能を質(頭の良さ)と量(頭の回転の速さ)でいえば、ChatGPTの知能の質はまだまだ問題があるが、量だけでみれば人間をはるかに超えた超知能であるといえよう。</p> <p>しかし問題も散見された。ChatGPTはときどき、とてつもない嘘を平然というのである。例えば私が試した例では「イヌリンとはなんですか?」と聞くと、それは石垣島に住む鳥類だと無茶苦茶な嘘を平然とついた。イヌリンとは実際は水溶性食物繊維の一種である。このような現象を幻覚とよぶ。</p> <p>もっとも、イヌリンも英語で聞くと正しい答えをした。英語と日本語で試した経験では、ChatGPTは日本語では中学生程度、英語では大学生程度の頭であると考えるのが無難だ。ChatGPTは日本の歴史や文化に関しては、それほど詳しくはない。要するにChatGPTはアメリカ人の人工知能なのである。ChatGPTに対して批判的な人は、日本語で質問してトンチンカンな回答を得たとあげつらう場合があるが、ChatGPTとは日本語もできるアメリカ人だと思うべきだ。アメリカ人なのに、日本語がよくできますねと考えて、ChatGPTを評価しなければならない。もっとも最近のChatGPT PLUSで試した場合は、イヌリンに関しては正しい答えを示した。しかし日本史の質問ではまたまだである。英語での回答は日本語よりはるかに良いが、それでもときどき多少の間違い、とんでもない大嘘をいう場合がある。そのことを知って使う必要がある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>GPT-4</strong></p> <p>GPT-3の改良版であるGPT-4が2023年3月14日に発表されて、現在話題沸騰中である。GPT-4をエンジンとしたChatGPT PLUSは有料で、月あたりの使用料は20ドルである。筆者は先日申し込んで、それ以降ChatGPT PLUSにどっぷりとハマってしまった。</p> <p>ChatGPTのエンジンであるGPT-4はGPT-3やGPT-3.5に比べて大幅に改良されている。その一部の能力は平均的な人間をはるかに超えている。しかしGPT-4の詳細はGPT-3の時と違って、公開されていない。それは業界、あるいは国家間の激しい競争のためであるという。</p> <p>GPT-4の知的能力を測定するためにさまざまな問題を解かせたという研究がある。その結果の要約は以下のようなものだ。米国の大学入試のための共通テストであるSATは高校生の読解力、文書力、数学力を試すものである。GPT-4はSATで上位6%の成績を収めた。また難解なことで定評のある米国の司法試験ではトップ10%であった。GPT-3では下位10%であったので、非常な進歩である。生物、微積分、マクロ経済学、心理学、統計学、歴史に関する高校生の試験問題であるAPではトップであった。MMLUという様々な分野の専門知識を問う4択問題では、GPT-4は86.4%の正解率であった。4択だから適当に選べば25%になる。GPT-4以前の最高性能はグーグルのFlan-PaLMで75.2%であった。GPT-3.5は70%、GPT-3は53.9%、GPT-2は32.4%であった。ちなみに平均的人間の正答率は34.5%である。つまりGPT-4の知識水準は平均的人間をはるかに超えている。</p> <p> </p> <p>このようにGPT-4は多くの局面において、平均的人間の知能を圧倒している。またGPT-3までは入力も出力も文章であったが、GPT-4では画像入力も可能である。もっとも出力は文章である。GPT-4をエンジンとしたサービスは先に述べたChatGPT PLUSであるが、最近マイクロソフトがGPT-4の改良版を組み込んだ検索エンジンであるBingを公開した。これはPDFファイルも読めるという優れものである。現在は筆者は申し込んだが、待ち行列に入っている段階であるので、この使用例はいつか報告したい。</p> <p>ともかくGPT-4の出現で世界は変わったのである。それに関しては今後の記事で取り上げていきたい。   </p></div> 太陽光を浴びて幸せになろう 2023-03-13T09:26:13+09:00 2023-03-13T09:26:13+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2005-topic204.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>前回の記事に続いて今回もスタンフォード大学医学部の神経科学専攻のアンドリュー・フバーマン(Andrew Huberman)教授のポッドキャストに基づいて、太陽光を浴びることが生物としての人間にどれほど重要かについて述べる。今回フバーマン教授は米国国立精神保健研究所の光と概日リズムに関するセクションのチーフであるサマー・ハタール(Samer Hattar)博士にインタビューしている。だから今回述べることはハタール博士の説である。</p> <p>ハタール博士は、概日時計(サーカディアン・クロック)を決める、目の光感受性ニューロンを発見した数少ないグループの一人である。ハタール博士は明るさの変化と摂食リズムや健康の関係についての新しいモデル(三者モデル)を提案している。ハタール博士によれば、光とくに太陽光は、生物としての人間の気分、学習、摂食、空腹、睡眠などに影響を与える重要な要素である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>本質的感光性網膜神経節細胞(IpRGC細胞)</strong></p> <p>概日周期(サーカディアン・リズム)とは、およそ24時間より少し長いリズムであり、その影響は動物の細胞、体内組織、行動に現れる。太陽光は、概日周期を正確な一日周期(24時間)に調整する。ハタール博士たちの発見した「無意識の視覚」が光の環境の変化を検知して、24時間より長い概日周期を正しく24時間の周期に合わせる。体内時計を調整して概日周期を正しい24時間周期にすることは、野生の生物の生存のために不可欠である。ちなみに現代の人間は人工照明のために、この生物の本質的行動から外れている。それによって生存が脅かされることはないが、生物としての本来の行動から外れることは、健康や幸福感などに微妙に負の影響を与える。</p> <p>2000年、イグナシオ・プロベンシオとデビッド・バーソンらは、昼と夜の情報を脳に伝える細胞のサブセットを発見した。このシステムは、人類が色や形を見るようになる以前の、最も古い視覚の形であると考えられている。本質的感光性網膜神経節細胞(ipRGC=Intrinsically photosensitive retinal ganglion cells)と呼ばれるこれらの細胞は、明るさを感知する細胞であるが、昆虫の目に似ている。 光を電気信号に変換する色素「メラノプシン」は、カエルのメラノフォアで初めて確認された。杆体や錐体がなくても、これらの細胞は光に反応することができることを、デビッド・バーソンは発見した。人間の目はその内部にいわばカエルの皮膚を持っているのだ。</p> <p>盲目であっても、目がある人は、メラノプシンという本質的な光感受性細胞を持っており、明暗のサイクルに合わせることができる。このような人は睡眠と覚醒のサイクルを持つことができるが、昼夜の特定の時間帯に光を見る必要があることに気づかないため、睡眠に問題がある場合がある。昔の医師はこのような人々は盲目であるため、眼球を摘出するべきだと考えていたが、それをすると周期的な睡眠障害を引き起こす。</p> <p style="text-align: center;"><strong>太陽光を浴びる最適な時間帯と時間</strong></p> <p>明るい光、理想的には太陽光を、1日の早い時間に10~30分ほど浴びる。曇っているときは、外にいる時間を長くする。非常に暗く曇っている場合は、もっと長く屋外にいる。</p> <p>北の方に住んでいて雲が多い場合は、人工光源を使用する。概日周期をリセットするために人工光源を使うよりは、実際の太陽光を浴びるのがベストである。しかしそうも言っておれない場合があるので、人工光源の使用も考慮しよう。赤道付近で進化した人類は、赤道付近の光環境に適応している。だから朝だけでなく日中にも明るい光を浴びることは健康によいことだ。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜型人間は時差ボケ人間</strong></p> <p>家に引きこもったり、スマホをやりすぎたり、太陽光を浴びないなどすれば、旅行しなくても重度の時差ボケになる可能性がある。起きるのも寝るのも遅い人、つまり夜型人間は、ある意味で時差ボケ人間であり、うつ病や失敗が圧倒的に多いことが知られている。逆に朝型人間は成功しやすい。夜型人間は社会であまり評価されない。</p> <p>なぜ夜型人間になるのか。それはその人の光の環境が、睡眠覚醒サイクルを決めるからだ。一度夜型のリズムを作ると、朝の太陽光を浴びない限り、なかなか朝型のリズムに戻れない。人間には本来は夜型というタイプはなかった。これは夜の人工照明が作り出したものである。実際、学生を一週間の人工照明なしのキャンプに連れ出した実験では、全員朝型になり、その後、その習慣は崩れなかった。</p> <p>朝日を浴びることは、概日時計のリセットに重要であるが、太陽光の重要性はそれだけではない。日中も、できるだけ明るい光を浴びるのがよい。動物には「光飢餓」という現象があり、これは環境中の食べ物の有無に関係する。また夕暮れ時は、夕日を浴びて1日の終わりを確認して、恒常性維持に役立てることが重要である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>サングラスとコンピュータ・スクリーン</strong></p> <p>光に敏感なipRGC細胞は、青色光に最もよく反応する。だから夜はブルーライトを見るなと良く言われ。しかしipRGC細胞は他の色にも反応する。つまりどんな波長の光の影響も受けるのである。だから夜間にはブルーライトに限らず、どんな明るい光を見ることもよくない。夜間は家を薄暗くし、必要であれば赤色灯を使用する。それも低い位置に置く。なんとか見える最小限の明るさを見つける。目が低い光量に慣れるまで10-15分待つ。夜にコンピュータ・スクリーンを使用することは控えめにする。</p> <p>コンピュータ・スクリーンの明るさはプログラムによって、調節することができる。夜間は画面を最低限に暗くする。夜間は明るい光が目に入らないようにする。夜8時半から9時以降は、携帯電話やiPadを使用しないようにしよう。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜間に明るい光を見ることの危険性</strong></p> <p>午後10時から午前4時までの間に明るい光を見ることは体にとって良くない。とくに気分と学習への悪影響がある。光はすでに述べたように概日時計に影響を及ぼし、睡眠と覚醒に影響を及ぼす。しかし概日時計への影響とは別に、光は人間の気分、ストレス、学習に直接的な影響を及ぼす。</p> <p>その生理学的な機構は以下のようなものだ。光は外側手綱核(perihabenular neucleus)に直接的な影響を及ぼす。その部分は腹内側前頭前野を含む、脳の気分を制御する領域に軸索を投射している。このようにして光は前頭前野に直接的な影響を与える。前頭前野は脳の実行機能、学習、ストレス、および気分を制御する司令塔である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ハタール博士の三者モデル</strong></p> <p>ハタール博士の提案する三者モデルには、概日時計、恒常性(ホメオスタシス)維持、環境からの入力が組み込まれており、光が動物の行動に影響を与えることを説明できる。恒常性維持機能とは、起きている時間が長ければ長いほど、眠くなる機能である。光は気分、覚醒、学習、記憶、恒常性維持機能に対して直接的な影響がある。</p> <p>光は、上に述べたように睡眠覚醒サイクルの調節とは無関係に、気分に直接影響を与える。昼間に明るい光を見ることは気分を高揚させるが夜間には逆にウツ気分にさせる効果がある。この効果には、外側手綱核が関与しているが、その正確な機能はまだわかっていない。ともあれ気分をよくするためには、一日の早い時間に光を見て、日中にもできるだけ明るい光を浴びて、夜間の光を避けることが推奨される。そうすれば一日中、幸福な気分でいられる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>光の食欲に対する効果: 規則的な光と食事時間</strong></p> <p>光の見え方と摂食行動は相互に影響し合い、支え合っている。概日時計に合わせた規則的な食事時間は、空腹と摂食行動を調整するのに役立つ。食事は1日のうち活動的な時間帯に限定し、非活動的な時間帯は避けるべきである。ハタール博士は概日周期に沿って、夜は照明を落としている。日中は活動的であるので、朝食と昼食を一日の主要な食事としている。概日リズムが停止する午後3時以降は重い食事は控える。午後9時に就寝し、午前4時30分から5時の間に起床する。運動は午前中にする。寝る前に運動するのは良くない。理想的な睡眠と食事のスケジュールは、三位一体モデルとの相互作用を理解することで発見された。</p> <p style="text-align: center;"><strong>精神的、肉体的活力の最適な時間帯は年齢により異なる</strong></p> <p>人の朝の活力は、生涯を通じて変化する可能性がある。10代は自然と夜更かしをしたくなる。朝の活力は加齢とともに強くなる。 睡眠・覚醒サイクルを調整する際には、社会的なリズムを考慮する必要がある。</p> <p>クロノアトラクション仮説というものがあり、互いに惹かれ合う人々は睡眠覚醒のスケジュールが異なることが多い。そのため昼夜のサイクルを通して子供の世話をすることができ、穏やかな結婚生活を送ることができる。24時間時計は、実際には24時間プラスマイナス20分であると考えられている。これは、100~200人の一族で外敵から身を守るためであろう。社会リズムは睡眠、覚醒、食習慣に影響を与えるが、体内時計に強い影響を与えるかどうかは分かっていない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>不適切な光環境と病気</strong></p> <p>睡眠の乱れは、精神疾患の症状であると同時に原因でもある。就寝の2時間前にコンピュータ画面を薄暗くし、画面を見ないようにすると、健康に大きな効果がある。携帯電話をポーチに入れることで、光と注意散漫を減らすことができる。</p> <p>光や明暗の周期が適切でない場合、ヒト以外の種では、死亡や交尾の減少につながることがある。 人間では、この逸脱は、肥満、代謝症候群、生殖症候群、内分泌症候群、気分障害、うつ病の原因となる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>時差ぼけに打ち勝つ方法</strong></p> <p>新しいスケジュールに早く慣れるためには、通常より少し早めに光を見ることと、現地の食事スケジュールにあわせることである。夕方の明るい光は体内時計を遅らせ、朝の明るい光は体内時計を進める。 新しいタイムゾーンに移動するときは、午前中の光を避け、食事や運動で調整する必要がある。新しいスケジュールに合わせるには、1日にどれくらいの光のシフトが起こるかを計算し、それに合わせて調整する必要がある。</p> <p>夜中に目が覚める人は、早く寝た方がいいという可能性がある。体内時計が明暗のサイクルとずれている可能性がある。異なるタイムゾーンに旅行した場合、よく眠れても2時間後に目が覚めることがある。 夜中に目が覚めても、明るい照明を使わなければ、通常、再び眠りにつくことができる。光と目覚まし信号の異なる組み合わせは、睡眠覚醒リズムと睡眠維持に影響を与える。</p> <p style="text-align: center;"><strong>季節リズムと気分、ウツ、無気力、生殖</strong></p> <p>自殺の多くは、春4月に発生する。仮説としては、冬の間の光量不足がうつ病を引き起こし、春になると自殺する気力が出てくるというものである。動物が交尾行動や子孫の出産のタイミングを計るには、季節性が不可欠である。アメリカでは人間の出生率が低下している。北欧では季節性うつ病が発生し、冬にはエネルギーレベルが低下し、夏には躁病のエネルギーが発生する。人工照明は人間の季節感を狂わせている。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考</strong></p> <p>本稿を書くにあたって、筆者は下記にあげた2時間14分27秒の動画を視聴した。アレクサ・ゴーディック氏はフバーマン教授のポッドキャストの全てについて、人工知能を用いてその要約を作っているので、その英文を自動翻訳ソフトDeepLにかけて日本語に翻訳した。その文章を元に、取捨選択してまとめて本稿を執筆した。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <p style="text-align: center;"><strong><Dr. Samer Hattar: Timing Light, Food, &amp; Exercise for Better Sleep, Energy &amp; Mood | Huberman Lab #43></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=oUu3f0ETMJQ&amp;t=3665s">https://www.youtube.com/watch?v=oUu3f0ETMJQ&amp;t=3665s</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="http://readthatpodcast.com/resources/43%20Dr%20Samer%20Hattar%20Timing%20Light%20Food%20&amp;%20Exercise%20for%20Better%20Sleep%20Energy%20&amp;%20Mood%20Huberman%20Lab%2043.pdf" target="_blank">参考動画の全書き起こし</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.hubermantranscripts.com" target="_blank">アレクサ・ゴーディク氏によるフバーマン教授のポッドキャストの検索サイト</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.deepl.com/en/translator#en/ja/Intrinsically" target="_blank">自動翻訳DeepL</a></p></div> <div class="feed-description"><p>前回の記事に続いて今回もスタンフォード大学医学部の神経科学専攻のアンドリュー・フバーマン(Andrew Huberman)教授のポッドキャストに基づいて、太陽光を浴びることが生物としての人間にどれほど重要かについて述べる。今回フバーマン教授は米国国立精神保健研究所の光と概日リズムに関するセクションのチーフであるサマー・ハタール(Samer Hattar)博士にインタビューしている。だから今回述べることはハタール博士の説である。</p> <p>ハタール博士は、概日時計(サーカディアン・クロック)を決める、目の光感受性ニューロンを発見した数少ないグループの一人である。ハタール博士は明るさの変化と摂食リズムや健康の関係についての新しいモデル(三者モデル)を提案している。ハタール博士によれば、光とくに太陽光は、生物としての人間の気分、学習、摂食、空腹、睡眠などに影響を与える重要な要素である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>本質的感光性網膜神経節細胞(IpRGC細胞)</strong></p> <p>概日周期(サーカディアン・リズム)とは、およそ24時間より少し長いリズムであり、その影響は動物の細胞、体内組織、行動に現れる。太陽光は、概日周期を正確な一日周期(24時間)に調整する。ハタール博士たちの発見した「無意識の視覚」が光の環境の変化を検知して、24時間より長い概日周期を正しく24時間の周期に合わせる。体内時計を調整して概日周期を正しい24時間周期にすることは、野生の生物の生存のために不可欠である。ちなみに現代の人間は人工照明のために、この生物の本質的行動から外れている。それによって生存が脅かされることはないが、生物としての本来の行動から外れることは、健康や幸福感などに微妙に負の影響を与える。</p> <p>2000年、イグナシオ・プロベンシオとデビッド・バーソンらは、昼と夜の情報を脳に伝える細胞のサブセットを発見した。このシステムは、人類が色や形を見るようになる以前の、最も古い視覚の形であると考えられている。本質的感光性網膜神経節細胞(ipRGC=Intrinsically photosensitive retinal ganglion cells)と呼ばれるこれらの細胞は、明るさを感知する細胞であるが、昆虫の目に似ている。 光を電気信号に変換する色素「メラノプシン」は、カエルのメラノフォアで初めて確認された。杆体や錐体がなくても、これらの細胞は光に反応することができることを、デビッド・バーソンは発見した。人間の目はその内部にいわばカエルの皮膚を持っているのだ。</p> <p>盲目であっても、目がある人は、メラノプシンという本質的な光感受性細胞を持っており、明暗のサイクルに合わせることができる。このような人は睡眠と覚醒のサイクルを持つことができるが、昼夜の特定の時間帯に光を見る必要があることに気づかないため、睡眠に問題がある場合がある。昔の医師はこのような人々は盲目であるため、眼球を摘出するべきだと考えていたが、それをすると周期的な睡眠障害を引き起こす。</p> <p style="text-align: center;"><strong>太陽光を浴びる最適な時間帯と時間</strong></p> <p>明るい光、理想的には太陽光を、1日の早い時間に10~30分ほど浴びる。曇っているときは、外にいる時間を長くする。非常に暗く曇っている場合は、もっと長く屋外にいる。</p> <p>北の方に住んでいて雲が多い場合は、人工光源を使用する。概日周期をリセットするために人工光源を使うよりは、実際の太陽光を浴びるのがベストである。しかしそうも言っておれない場合があるので、人工光源の使用も考慮しよう。赤道付近で進化した人類は、赤道付近の光環境に適応している。だから朝だけでなく日中にも明るい光を浴びることは健康によいことだ。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜型人間は時差ボケ人間</strong></p> <p>家に引きこもったり、スマホをやりすぎたり、太陽光を浴びないなどすれば、旅行しなくても重度の時差ボケになる可能性がある。起きるのも寝るのも遅い人、つまり夜型人間は、ある意味で時差ボケ人間であり、うつ病や失敗が圧倒的に多いことが知られている。逆に朝型人間は成功しやすい。夜型人間は社会であまり評価されない。</p> <p>なぜ夜型人間になるのか。それはその人の光の環境が、睡眠覚醒サイクルを決めるからだ。一度夜型のリズムを作ると、朝の太陽光を浴びない限り、なかなか朝型のリズムに戻れない。人間には本来は夜型というタイプはなかった。これは夜の人工照明が作り出したものである。実際、学生を一週間の人工照明なしのキャンプに連れ出した実験では、全員朝型になり、その後、その習慣は崩れなかった。</p> <p>朝日を浴びることは、概日時計のリセットに重要であるが、太陽光の重要性はそれだけではない。日中も、できるだけ明るい光を浴びるのがよい。動物には「光飢餓」という現象があり、これは環境中の食べ物の有無に関係する。また夕暮れ時は、夕日を浴びて1日の終わりを確認して、恒常性維持に役立てることが重要である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>サングラスとコンピュータ・スクリーン</strong></p> <p>光に敏感なipRGC細胞は、青色光に最もよく反応する。だから夜はブルーライトを見るなと良く言われ。しかしipRGC細胞は他の色にも反応する。つまりどんな波長の光の影響も受けるのである。だから夜間にはブルーライトに限らず、どんな明るい光を見ることもよくない。夜間は家を薄暗くし、必要であれば赤色灯を使用する。それも低い位置に置く。なんとか見える最小限の明るさを見つける。目が低い光量に慣れるまで10-15分待つ。夜にコンピュータ・スクリーンを使用することは控えめにする。</p> <p>コンピュータ・スクリーンの明るさはプログラムによって、調節することができる。夜間は画面を最低限に暗くする。夜間は明るい光が目に入らないようにする。夜8時半から9時以降は、携帯電話やiPadを使用しないようにしよう。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜間に明るい光を見ることの危険性</strong></p> <p>午後10時から午前4時までの間に明るい光を見ることは体にとって良くない。とくに気分と学習への悪影響がある。光はすでに述べたように概日時計に影響を及ぼし、睡眠と覚醒に影響を及ぼす。しかし概日時計への影響とは別に、光は人間の気分、ストレス、学習に直接的な影響を及ぼす。</p> <p>その生理学的な機構は以下のようなものだ。光は外側手綱核(perihabenular neucleus)に直接的な影響を及ぼす。その部分は腹内側前頭前野を含む、脳の気分を制御する領域に軸索を投射している。このようにして光は前頭前野に直接的な影響を与える。前頭前野は脳の実行機能、学習、ストレス、および気分を制御する司令塔である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ハタール博士の三者モデル</strong></p> <p>ハタール博士の提案する三者モデルには、概日時計、恒常性(ホメオスタシス)維持、環境からの入力が組み込まれており、光が動物の行動に影響を与えることを説明できる。恒常性維持機能とは、起きている時間が長ければ長いほど、眠くなる機能である。光は気分、覚醒、学習、記憶、恒常性維持機能に対して直接的な影響がある。</p> <p>光は、上に述べたように睡眠覚醒サイクルの調節とは無関係に、気分に直接影響を与える。昼間に明るい光を見ることは気分を高揚させるが夜間には逆にウツ気分にさせる効果がある。この効果には、外側手綱核が関与しているが、その正確な機能はまだわかっていない。ともあれ気分をよくするためには、一日の早い時間に光を見て、日中にもできるだけ明るい光を浴びて、夜間の光を避けることが推奨される。そうすれば一日中、幸福な気分でいられる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>光の食欲に対する効果: 規則的な光と食事時間</strong></p> <p>光の見え方と摂食行動は相互に影響し合い、支え合っている。概日時計に合わせた規則的な食事時間は、空腹と摂食行動を調整するのに役立つ。食事は1日のうち活動的な時間帯に限定し、非活動的な時間帯は避けるべきである。ハタール博士は概日周期に沿って、夜は照明を落としている。日中は活動的であるので、朝食と昼食を一日の主要な食事としている。概日リズムが停止する午後3時以降は重い食事は控える。午後9時に就寝し、午前4時30分から5時の間に起床する。運動は午前中にする。寝る前に運動するのは良くない。理想的な睡眠と食事のスケジュールは、三位一体モデルとの相互作用を理解することで発見された。</p> <p style="text-align: center;"><strong>精神的、肉体的活力の最適な時間帯は年齢により異なる</strong></p> <p>人の朝の活力は、生涯を通じて変化する可能性がある。10代は自然と夜更かしをしたくなる。朝の活力は加齢とともに強くなる。 睡眠・覚醒サイクルを調整する際には、社会的なリズムを考慮する必要がある。</p> <p>クロノアトラクション仮説というものがあり、互いに惹かれ合う人々は睡眠覚醒のスケジュールが異なることが多い。そのため昼夜のサイクルを通して子供の世話をすることができ、穏やかな結婚生活を送ることができる。24時間時計は、実際には24時間プラスマイナス20分であると考えられている。これは、100~200人の一族で外敵から身を守るためであろう。社会リズムは睡眠、覚醒、食習慣に影響を与えるが、体内時計に強い影響を与えるかどうかは分かっていない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>不適切な光環境と病気</strong></p> <p>睡眠の乱れは、精神疾患の症状であると同時に原因でもある。就寝の2時間前にコンピュータ画面を薄暗くし、画面を見ないようにすると、健康に大きな効果がある。携帯電話をポーチに入れることで、光と注意散漫を減らすことができる。</p> <p>光や明暗の周期が適切でない場合、ヒト以外の種では、死亡や交尾の減少につながることがある。 人間では、この逸脱は、肥満、代謝症候群、生殖症候群、内分泌症候群、気分障害、うつ病の原因となる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>時差ぼけに打ち勝つ方法</strong></p> <p>新しいスケジュールに早く慣れるためには、通常より少し早めに光を見ることと、現地の食事スケジュールにあわせることである。夕方の明るい光は体内時計を遅らせ、朝の明るい光は体内時計を進める。 新しいタイムゾーンに移動するときは、午前中の光を避け、食事や運動で調整する必要がある。新しいスケジュールに合わせるには、1日にどれくらいの光のシフトが起こるかを計算し、それに合わせて調整する必要がある。</p> <p>夜中に目が覚める人は、早く寝た方がいいという可能性がある。体内時計が明暗のサイクルとずれている可能性がある。異なるタイムゾーンに旅行した場合、よく眠れても2時間後に目が覚めることがある。 夜中に目が覚めても、明るい照明を使わなければ、通常、再び眠りにつくことができる。光と目覚まし信号の異なる組み合わせは、睡眠覚醒リズムと睡眠維持に影響を与える。</p> <p style="text-align: center;"><strong>季節リズムと気分、ウツ、無気力、生殖</strong></p> <p>自殺の多くは、春4月に発生する。仮説としては、冬の間の光量不足がうつ病を引き起こし、春になると自殺する気力が出てくるというものである。動物が交尾行動や子孫の出産のタイミングを計るには、季節性が不可欠である。アメリカでは人間の出生率が低下している。北欧では季節性うつ病が発生し、冬にはエネルギーレベルが低下し、夏には躁病のエネルギーが発生する。人工照明は人間の季節感を狂わせている。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考</strong></p> <p>本稿を書くにあたって、筆者は下記にあげた2時間14分27秒の動画を視聴した。アレクサ・ゴーディック氏はフバーマン教授のポッドキャストの全てについて、人工知能を用いてその要約を作っているので、その英文を自動翻訳ソフトDeepLにかけて日本語に翻訳した。その文章を元に、取捨選択してまとめて本稿を執筆した。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <p style="text-align: center;"><strong><Dr. Samer Hattar: Timing Light, Food, &amp; Exercise for Better Sleep, Energy &amp; Mood | Huberman Lab #43></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=oUu3f0ETMJQ&amp;t=3665s">https://www.youtube.com/watch?v=oUu3f0ETMJQ&amp;t=3665s</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="http://readthatpodcast.com/resources/43%20Dr%20Samer%20Hattar%20Timing%20Light%20Food%20&amp;%20Exercise%20for%20Better%20Sleep%20Energy%20&amp;%20Mood%20Huberman%20Lab%2043.pdf" target="_blank">参考動画の全書き起こし</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.hubermantranscripts.com" target="_blank">アレクサ・ゴーディク氏によるフバーマン教授のポッドキャストの検索サイト</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.deepl.com/en/translator#en/ja/Intrinsically" target="_blank">自動翻訳DeepL</a></p></div> 最適な睡眠をとる方法 2023-03-05T08:02:28+09:00 2023-03-05T08:02:28+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2003-topic203.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>今回もスタンフォード大学医学部の神経科学のフバーマン教授のポッドキャストに基づいて最適な睡眠をとる方法について述べる。この記事の内容は以前の記事の内容と重なる部分もあるが、とくに睡眠に焦点を当てている。</p> <p style="text-align: center;"><strong>太陽光を浴びる</strong></p> <p>起床後30~60分以内に外に出て、太陽の光を浴びる。それを夕方、日没前にもう一度行う。太陽が出る前に目が覚めてしまった場合は、できるだけ明るい照明をつけ、太陽が昇ってから外に出る。</p> <p>それではどれだけの時間、太陽光を浴びれば良いのか。雲のない明るい日:午前と午後の太陽を10分、曇りの日:20分、非常に曇っている日:30~60分太陽の光を浴びる。光量の少ない場所に住んでいる場合は、昼間の人工光源をできるだけ明るくすることを検討する。太陽光を浴びる場合、サングラスをかけないこと。しかしコンタクトレンズや眼鏡は問題ない。太陽を直接見る必要はないし、見るのが苦痛になるほど明るい光は絶対に見ないこと。目を痛めると取り返しがつかない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>起床時間と就寝時間</strong></p> <p>毎日同じ時間に起床し、最初に眠気を感じ始めたら眠りにつくこと。深夜に眠くなるのを押して、寝るのが遅くなりすぎるのは、午前3時に目が覚めて、寝付けなくなる原因の一つである。</p> <p style="text-align: center;"><strong>カフェインについて</strong></p> <p>寝る8から10時間前はコーヒーのようなカフェインを含む飲み物はさける。バークレーの睡眠の専門家であるマット・ウオーカー博士はこの時間を12から14時間前とさえ主張している。もっともカフェインの影響は人により様々なので、各自で実験するのが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>自己催眠法</strong></p> <p>睡眠障害、不眠症、睡眠に対する不安がある場合は、睡眠用に自己催眠をかけるReveriというアプリがiPhoneにある。このアプリを週に3回、好きな時間に試してみると、10から15分で神経がリラックスできる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜は明るい光を避ける</strong></p> <p>夜10時から朝4時までは明るい光、特に頭上からの明るい光は避ける。夜中にトイレに行く場合も、照明は安全性を保つ最小限度にする。この時間帯に明るい光を見ると概日周期が乱されるからである。ろうそくの灯りや月の光は問題ない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>昼寝</strong></p> <p>日中の昼寝は学習促進のための効果があるのだが、それでも90分以内にとどめる。30分程度が適切だろう。午後遅くの昼寝は避ける。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜中の目覚め</strong></p> <p>夜中に目が覚めて、それから眠れなくなった場合は非睡眠深部休息(Non Sleep Deep Rest=NSDR)を試みるのも良いだろう。NSDRの手法としてヨガ・ニドラとか先に述べた自己催眠がある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>サプリメント</strong></p> <p>本来は睡眠剤のようなサプリメントに頼りたくはないが、寝られない場合は次のようなものがある。</p> <p style="padding-left: 30px;">● 145mg スレオネートマグネシウムまたは200mg ビストリクシンマグネシウム<br />● 50mg アピゲニン<br />● 100-400mgのテアニン</p> <p style="text-align: center;"><strong>就寝直前1時間前の覚醒</strong></p> <p>就寝時間の1時間前に頭が冴えてくる現象があることを睡眠研究者は観察している。これは自然に起きることですぐに収まる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>部屋と体温を低めにする</strong></p> <p>効率よく寝るためには体温を1から3度下げる必要がある。体温の上昇は目を覚ます原因の一つである。だから部屋は涼しくするのが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>アルコール</strong></p> <p>お酒を飲むとよく眠れるという説があるが、それは間違いで、アルコールは睡眠を乱す。</p> <p style="text-align: center;"><strong>子供</strong></p> <p>人は年齢とともに睡眠の必要性が変化する。15歳で夜型だったのが、年齢とともに朝型になるかもしれない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考文献</strong></p> <p><a href="https://hubermanlab.com/toolkit-for-sleep/" target="_blank">Toolkit for Sleep<br /></a></p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><Master Your Sleep &amp; Be More Alert When Awake | Huberman Lab Podcast #2></strong></div> <div>{youtube}nm1TxQj9IsQ{/youtube} </div></div> <div class="feed-description"><p>今回もスタンフォード大学医学部の神経科学のフバーマン教授のポッドキャストに基づいて最適な睡眠をとる方法について述べる。この記事の内容は以前の記事の内容と重なる部分もあるが、とくに睡眠に焦点を当てている。</p> <p style="text-align: center;"><strong>太陽光を浴びる</strong></p> <p>起床後30~60分以内に外に出て、太陽の光を浴びる。それを夕方、日没前にもう一度行う。太陽が出る前に目が覚めてしまった場合は、できるだけ明るい照明をつけ、太陽が昇ってから外に出る。</p> <p>それではどれだけの時間、太陽光を浴びれば良いのか。雲のない明るい日:午前と午後の太陽を10分、曇りの日:20分、非常に曇っている日:30~60分太陽の光を浴びる。光量の少ない場所に住んでいる場合は、昼間の人工光源をできるだけ明るくすることを検討する。太陽光を浴びる場合、サングラスをかけないこと。しかしコンタクトレンズや眼鏡は問題ない。太陽を直接見る必要はないし、見るのが苦痛になるほど明るい光は絶対に見ないこと。目を痛めると取り返しがつかない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>起床時間と就寝時間</strong></p> <p>毎日同じ時間に起床し、最初に眠気を感じ始めたら眠りにつくこと。深夜に眠くなるのを押して、寝るのが遅くなりすぎるのは、午前3時に目が覚めて、寝付けなくなる原因の一つである。</p> <p style="text-align: center;"><strong>カフェインについて</strong></p> <p>寝る8から10時間前はコーヒーのようなカフェインを含む飲み物はさける。バークレーの睡眠の専門家であるマット・ウオーカー博士はこの時間を12から14時間前とさえ主張している。もっともカフェインの影響は人により様々なので、各自で実験するのが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>自己催眠法</strong></p> <p>睡眠障害、不眠症、睡眠に対する不安がある場合は、睡眠用に自己催眠をかけるReveriというアプリがiPhoneにある。このアプリを週に3回、好きな時間に試してみると、10から15分で神経がリラックスできる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜は明るい光を避ける</strong></p> <p>夜10時から朝4時までは明るい光、特に頭上からの明るい光は避ける。夜中にトイレに行く場合も、照明は安全性を保つ最小限度にする。この時間帯に明るい光を見ると概日周期が乱されるからである。ろうそくの灯りや月の光は問題ない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>昼寝</strong></p> <p>日中の昼寝は学習促進のための効果があるのだが、それでも90分以内にとどめる。30分程度が適切だろう。午後遅くの昼寝は避ける。</p> <p style="text-align: center;"><strong>夜中の目覚め</strong></p> <p>夜中に目が覚めて、それから眠れなくなった場合は非睡眠深部休息(Non Sleep Deep Rest=NSDR)を試みるのも良いだろう。NSDRの手法としてヨガ・ニドラとか先に述べた自己催眠がある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>サプリメント</strong></p> <p>本来は睡眠剤のようなサプリメントに頼りたくはないが、寝られない場合は次のようなものがある。</p> <p style="padding-left: 30px;">● 145mg スレオネートマグネシウムまたは200mg ビストリクシンマグネシウム<br />● 50mg アピゲニン<br />● 100-400mgのテアニン</p> <p style="text-align: center;"><strong>就寝直前1時間前の覚醒</strong></p> <p>就寝時間の1時間前に頭が冴えてくる現象があることを睡眠研究者は観察している。これは自然に起きることですぐに収まる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>部屋と体温を低めにする</strong></p> <p>効率よく寝るためには体温を1から3度下げる必要がある。体温の上昇は目を覚ます原因の一つである。だから部屋は涼しくするのが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>アルコール</strong></p> <p>お酒を飲むとよく眠れるという説があるが、それは間違いで、アルコールは睡眠を乱す。</p> <p style="text-align: center;"><strong>子供</strong></p> <p>人は年齢とともに睡眠の必要性が変化する。15歳で夜型だったのが、年齢とともに朝型になるかもしれない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考文献</strong></p> <p><a href="https://hubermanlab.com/toolkit-for-sleep/" target="_blank">Toolkit for Sleep<br /></a></p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><Master Your Sleep &amp; Be More Alert When Awake | Huberman Lab Podcast #2></strong></div> <div>{youtube}nm1TxQj9IsQ{/youtube} </div></div> 神経可塑性を利用した超絶学習法 2023-03-01T01:55:53+09:00 2023-03-01T01:55:53+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2002-topic202.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>今回の記事もスタンフォード大学医学部のアンドリュー・フバーマン教授のポッドキャストを元に、神経科学に基づいた新しい学習法について9項目を解説する。</p> <p>神経可塑性とは脳神経細胞(ニューロン)間のシナプス結合の強さが変化できることをいう。神経可塑性があるから、我々は新しいことを学ぶことができる。神経可塑性を高めるには、一定の手順(プロトコル)に従わなければならない。本稿では神経可塑性を利用した効果的な新しい学習法について述べる。ここでいう学習とは単に勉強だけではなく、楽器の習得とか、運動技術の習得なども含む広い意味で使う。ここで述べる方法は最新の神経科学の研究に基づいたものであり、科学的根拠があるものである。</p> <p>1 注意力を高める</p> <p style="padding-left: 30px;">神経可塑性を高めるには、注意力を高める必要がある。そのためには、まず脳と体内でアドレナリン(エピネフリン)を分泌しなければならない。アドレナリンを分泌させる手法はいろいろあるが(例えば別の記事で紹介した冷水シャワーとか)、勉強前に簡単にできる方法として深呼吸法がある。素早く鼻から息を吸い、口から出す動作を25~30回行い、最後に空気を吐いて肺を空っぽにした後15-60秒間息を止める。次に空気を吸い込み、そして息を止める。どれくらいの時間息を止めるかはできる範囲でよい。無理はしない方が良い。</p> <p>2 集中する</p> <p style="padding-left: 30px;">視覚を利用して集中力を高める。具体的には勉強開始前に部屋の壁の特定の部分やコンピュータスクリーン、あるいは特定の物体の一点を30-60秒間、凝視する。瞬きはしても構わない。それにより脳内にアセチルコリンが分泌されて神経回路の活動が活発になる。集中力をそぐ原因としてスマホやウェブブラウザーがある。スマホは電源を切り、部屋の外に置く。ブラウザーはできるだけタブを閉じておく。</p> <p>3 反復練習を行う</p> <p style="padding-left: 30px;">一回の学習時間内にできるだけ反復を繰り返す。楽器練習や運動練習が良い例だが、数学や語学の学習でも同じことだ。失敗とかエラーを犯すことは問題ない。それについては4を参照のこと。</p> <p>4 失敗・エラーは当然のこととして受け入れる</p> <p style="padding-left: 30px;">危険な場合でない限り、失敗やエラーはむしろ良いことだ。なぜなら失敗したら覚醒度が高まるからだ。成功した場合は、脳は注意を払う必要がない。失敗すると注意力が高まり、むしろ学習効率が高まる。研究によると15%程度のエラー率が最適とされている。</p> <p>5 短時間の休憩をランダムに入れる</p> <p style="padding-left: 30px;">学習中に10秒間程度の短時間の休憩を、2分に一度程度の間隔でランダムに入れる。そうすると脳の海馬と大脳新皮質の神経細胞が、読書、音楽の練習、技能の訓練などを実際に行ったときに起きた神経活動のパターンを休憩中に繰り返す。それは10倍も速いので、休憩中に10倍の神経活動の復習をすることになる。これを「ギャップ効果」と呼ぶが、それは深い眠りの時に起きることに似ている。</p> <p>6 ランダムに報酬を与える</p> <p style="padding-left: 30px;">学習のモチベーションを上げるには報酬、つまり自分にご褒美を与えるのが良い。ただし成功に対して必ず報酬を与えるのではなく、ランダムに断続的に与えるのである。それはラスベガスなどのカジノで、店側が客をギャンブルに引き止めるための手法と同じである。店側は客にランダムに断続的に勝たせると、客はつぎこそ勝つだろうとギャンブルにのめり込むのである。予測可能な報酬では、客はすぐに飽きてモチベーションが低下する。学習も同じことである。</p> <p>7 学習のセッション(勝負)を90分に制限する</p> <p style="padding-left: 30px;">研究によると、学習に対して集中力が持続できる時間は90分が限界である。だから学習は90分以内に打ち切って休憩を取るべきだ。集中的に学習する時間を勝負(バウト)と呼ぶが、勝負間隔は2~3時間が適当である。また1日には3勝負が限度である。</p> <p>8 学習勝負の後は非睡眠深部休息(NSDR)をとる</p> <p style="padding-left: 30px;">非睡眠深部休息(Non Sleep Deep Rest=NSDR)とは、文字通り、寝ないが深く休息する手法である。具体的なやり方はいろいろある。人を対象とした最近の研究によると、学習の後にNSDRや浅い昼寝を取ると、学習の速さと深さを高めることができる。</p> <p>9 学習後は質の高い十分に長い深い睡眠をとる</p> <p style="padding-left: 30px;">学習して一時的に記憶したことは、睡眠中とNSDRの時間内に、長期記憶に移行する。学習勝負の時間は記憶の引き金または刺激と考えるべきであり、記憶が定着したわけではない。実際に神経回路の再配線が行われるのは、睡眠とNSDRの時である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>最後に</strong></p> <p>全ての学習勝負で上記の1-9を全て実行する必要はない。しかし1,2,9は絶対に必要である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考文献</strong></p> <p><a href="https://hubermanlab.com/teach-and-learn-better-with-a-neuroplasticity-super-protocol/" target="_blank">Teach &amp; Learn Better With A “Neuroplasticity Super Protocol”</a></p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><RETHINK EDUCATION: The Biology of Learning Featuring Dr. Andrew Huberman></strong></div> <div>{youtube}Oo7hQapFe3M{/youtube} </div></div> <div class="feed-description"><p>今回の記事もスタンフォード大学医学部のアンドリュー・フバーマン教授のポッドキャストを元に、神経科学に基づいた新しい学習法について9項目を解説する。</p> <p>神経可塑性とは脳神経細胞(ニューロン)間のシナプス結合の強さが変化できることをいう。神経可塑性があるから、我々は新しいことを学ぶことができる。神経可塑性を高めるには、一定の手順(プロトコル)に従わなければならない。本稿では神経可塑性を利用した効果的な新しい学習法について述べる。ここでいう学習とは単に勉強だけではなく、楽器の習得とか、運動技術の習得なども含む広い意味で使う。ここで述べる方法は最新の神経科学の研究に基づいたものであり、科学的根拠があるものである。</p> <p>1 注意力を高める</p> <p style="padding-left: 30px;">神経可塑性を高めるには、注意力を高める必要がある。そのためには、まず脳と体内でアドレナリン(エピネフリン)を分泌しなければならない。アドレナリンを分泌させる手法はいろいろあるが(例えば別の記事で紹介した冷水シャワーとか)、勉強前に簡単にできる方法として深呼吸法がある。素早く鼻から息を吸い、口から出す動作を25~30回行い、最後に空気を吐いて肺を空っぽにした後15-60秒間息を止める。次に空気を吸い込み、そして息を止める。どれくらいの時間息を止めるかはできる範囲でよい。無理はしない方が良い。</p> <p>2 集中する</p> <p style="padding-left: 30px;">視覚を利用して集中力を高める。具体的には勉強開始前に部屋の壁の特定の部分やコンピュータスクリーン、あるいは特定の物体の一点を30-60秒間、凝視する。瞬きはしても構わない。それにより脳内にアセチルコリンが分泌されて神経回路の活動が活発になる。集中力をそぐ原因としてスマホやウェブブラウザーがある。スマホは電源を切り、部屋の外に置く。ブラウザーはできるだけタブを閉じておく。</p> <p>3 反復練習を行う</p> <p style="padding-left: 30px;">一回の学習時間内にできるだけ反復を繰り返す。楽器練習や運動練習が良い例だが、数学や語学の学習でも同じことだ。失敗とかエラーを犯すことは問題ない。それについては4を参照のこと。</p> <p>4 失敗・エラーは当然のこととして受け入れる</p> <p style="padding-left: 30px;">危険な場合でない限り、失敗やエラーはむしろ良いことだ。なぜなら失敗したら覚醒度が高まるからだ。成功した場合は、脳は注意を払う必要がない。失敗すると注意力が高まり、むしろ学習効率が高まる。研究によると15%程度のエラー率が最適とされている。</p> <p>5 短時間の休憩をランダムに入れる</p> <p style="padding-left: 30px;">学習中に10秒間程度の短時間の休憩を、2分に一度程度の間隔でランダムに入れる。そうすると脳の海馬と大脳新皮質の神経細胞が、読書、音楽の練習、技能の訓練などを実際に行ったときに起きた神経活動のパターンを休憩中に繰り返す。それは10倍も速いので、休憩中に10倍の神経活動の復習をすることになる。これを「ギャップ効果」と呼ぶが、それは深い眠りの時に起きることに似ている。</p> <p>6 ランダムに報酬を与える</p> <p style="padding-left: 30px;">学習のモチベーションを上げるには報酬、つまり自分にご褒美を与えるのが良い。ただし成功に対して必ず報酬を与えるのではなく、ランダムに断続的に与えるのである。それはラスベガスなどのカジノで、店側が客をギャンブルに引き止めるための手法と同じである。店側は客にランダムに断続的に勝たせると、客はつぎこそ勝つだろうとギャンブルにのめり込むのである。予測可能な報酬では、客はすぐに飽きてモチベーションが低下する。学習も同じことである。</p> <p>7 学習のセッション(勝負)を90分に制限する</p> <p style="padding-left: 30px;">研究によると、学習に対して集中力が持続できる時間は90分が限界である。だから学習は90分以内に打ち切って休憩を取るべきだ。集中的に学習する時間を勝負(バウト)と呼ぶが、勝負間隔は2~3時間が適当である。また1日には3勝負が限度である。</p> <p>8 学習勝負の後は非睡眠深部休息(NSDR)をとる</p> <p style="padding-left: 30px;">非睡眠深部休息(Non Sleep Deep Rest=NSDR)とは、文字通り、寝ないが深く休息する手法である。具体的なやり方はいろいろある。人を対象とした最近の研究によると、学習の後にNSDRや浅い昼寝を取ると、学習の速さと深さを高めることができる。</p> <p>9 学習後は質の高い十分に長い深い睡眠をとる</p> <p style="padding-left: 30px;">学習して一時的に記憶したことは、睡眠中とNSDRの時間内に、長期記憶に移行する。学習勝負の時間は記憶の引き金または刺激と考えるべきであり、記憶が定着したわけではない。実際に神経回路の再配線が行われるのは、睡眠とNSDRの時である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>最後に</strong></p> <p>全ての学習勝負で上記の1-9を全て実行する必要はない。しかし1,2,9は絶対に必要である。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考文献</strong></p> <p><a href="https://hubermanlab.com/teach-and-learn-better-with-a-neuroplasticity-super-protocol/" target="_blank">Teach &amp; Learn Better With A “Neuroplasticity Super Protocol”</a></p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><RETHINK EDUCATION: The Biology of Learning Featuring Dr. Andrew Huberman></strong></div> <div>{youtube}Oo7hQapFe3M{/youtube} </div></div> 仕事や勉強をはかどらせる5つの方法 2023-02-21T09:44:23+09:00 2023-02-21T09:44:23+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2001-topic201.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>今回もスタンフォード大学医学部で神経科学を専門とするフバーマン教授のポッドキャストに基づいて、自宅やオフィス、カフェなど、どこで仕事をしているかに関わらず、生産性を最適化するための簡単な工夫について述べる。以下は、最も効果的なツールのリストで、いずれも製品や機器を購入する必要はない。以前の記事で述べたことも含まれているし、新しい知見もある。</p> <p style="padding-left: 30px;">1) 注意力を維持し、集中力を持続させる方法。<br />2) 姿勢を良くし、首、背中、骨盤などの痛みを軽減する方法。<br />3) 仕事のために、特定の精神状態(創造性、論理性など)を利用する方法。</p> <p style="text-align: center;"><strong>座るべきか立つべきか?</strong></p> <p>スタンディングデスクいうものがあり、それを好む人もいる。また、座ることを好む人もいる。この件に関するデータは、最適なアプローチは「両方」であることを示している。デスクやワークスペースを整え、ある程度の時間(多くの人は10~30分程度)座って仕事をし、その後10~30分程度立って仕事をし、また座って仕事に戻ることがベストである。また、45分ごとに5~15分の散歩をするとよいという研究結果もある。しかし特にスタンディングデスクを購入する必要はない。非常に優秀な学者である同僚は、机の上に箱と数冊の本を置くだけで、シンプルで効果的なシットスタンドデスクを作り、数十年にわたって驚異的な生産性を維持している。浅い角度の製図台を使い、約30分ごとに普通のデスクに移動して、また戻ってくる。このようなシット・スタンド・アプローチは、首や肩、腰の痛みを軽減し、運動による効果を高めるという証拠もある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>正しい時間帯の使い方</strong></p> <p>これはすでに<span style="text-decoration: underline;">以前の記事</span>で述べたことだが繰り返す。我々の体は神経化学的には、1日のさまざまな時間帯で異なる。そのために1日を3つのフェイズに分類する。最初の時間帯(起床後0~8時間)を「フェイズ1」と呼ぶ。このフェイズ1では、ノルエピネフリン、コルチゾール、ドーパミンといった化学物質が脳と身体で上昇する。覚醒度は、太陽光を見たりカフェインを飲んだりすることでさらに高めることができる。フェイズ1は、分析的な「ハード」な思考や、特に困難な仕事に最適である。</p> <p style="padding-left: 30px;"><a href="jifs/scientific-topics/2000-topic200.html">ドーパミンを賢く利用して充実した1日を送る方法</a></p> <p>「フェイズ2」:起床後9〜16時間。この時間帯は、セロトニンレベルが比較的高く、ブレインストーミングやクリエイティブな作業に最適で、ややリラックスした状態になる。</p> <p>「フェイズ3」。~起床後17~24時間は、眠っているか、眠ろうとしている時間帯である。この段階では、どうしてもやらなければならないこと(試験や締め切りのための詰め込み)を除いて、難しい考えや仕事はせず、環境を暗くするか非常に薄暗くして室温を低く保つのがよい(体が眠りに落ち、眠った状態を維持するためには体温を下げる必要があるからだ)。</p> <p style="text-align: center;"><strong>画面(と視界)を適切な場所に配置する</strong></p> <p>以下に述べる知識は私には目から鱗であった。我々が視線を向ける場所と覚醒のレベルには関係があるということだ。下を向いているときは、落ち着きと眠気に関係するニューロンが活性化される。つまり眠くなる。一方、上を向いているときは、その逆である。だから積極的に仕事や勉強をするときは「上を向く」のがよい。</p> <p>コンピュータのスクリーンを目線より少し高い位置におく。本を読むときも下を向いて読むのではなく、できるだけ高い位置に本をおく。そうして立ったり座ったりしながら仕事をすると覚醒度のレベルが最大になる。つまり眠くならないということだ。コンピュータの画面を目の高さ以上にするには少し工夫が必要だ。私はノートパソコンの下に空箱を置くことにしている。ただしタイプ入力するときは不便だから、箱はどける。そのためには軽いが丈夫な箱が良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>背景音を使う</strong></p> <p>静寂の中で仕事をするのが好きな人もいれば、バックグラウンドノイズを好む人もいる。背景音の種類によっては、特に仕事の成果を上げるのに適したものがある。<span style="text-decoration: underline;">以前の記事</span>で述べたことだが、ホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズを背景にして作業すると、45分までの作業には適している。しかし何時間も続く作業には適していない。これらは、YouTubeやさまざまなアプリで簡単に(しかもゼロコストで)見つけることができる。</p> <p style="padding-left: 30px;"><a href="jifs/scientific-topics/1999-topic199.html">40ヘルツ・バイノーラル・ビートの驚くべき効能</a></p> <p>バイノーラル・ビートは、脳を学習に適した状態に置くための、きちんとした科学的裏付けのあるツールである。バイノーラル・ビートはその名の通り、片方の耳で1つの音(周波数)を流し、もう片方の耳で別の音の周波数を流すというものである。ホワイトノイズなどと違って、バイノーラル・ビートはヘッドホンでしか効果がない。バイノーラルビート(40Hz前後)は、創造性を高め、不安を軽減する可能性がある。正確なメカニズムは研究途上だが、その効果は印象的である。40Hzのバイノーラル・ビートはYouTubeに多くあり、またスマホのアプリもたくさんある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>部屋の正しい使い方</strong></p> <p>「聖堂(カテドラル)効果」と呼ばれる興味深い効果があり、聖堂のような天井の高いスペースで仕事をすると抽象的な思考や創造性が高まる。逆に天井の低い部屋で仕事をすると、視野が狭くなり、思考が「小さく」なる。視野が狭く思考が小さくなることは悪いことではなく、分析的な処理に集中できるということだ。つまり天井の低いスペースで仕事をすると細かい作業がしやすくなるのだ。天井の高さの小さな違いであっても、このような違いがでることが分かっている。だから、集中力を必要とする仕事か、創造性を必要とする仕事かに応じて、部屋を変えるのがよい。さらには屋内、屋外など場所を変えれば、最適な効率が得られる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考文献</strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://hubermanlab.com/5-science-based-steps-to-improve-your-workspace/" target="_blank">5 Science-Based Steps to Improve Your Workspace</a></p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><Optimizing Workspace for Productivity, Focus, &amp; Creativity | Huberman Lab Podcast #57></strong></div> <div>{youtube}Ze2pc6NwsHQ{/youtube} </div></div> <div class="feed-description"><p>今回もスタンフォード大学医学部で神経科学を専門とするフバーマン教授のポッドキャストに基づいて、自宅やオフィス、カフェなど、どこで仕事をしているかに関わらず、生産性を最適化するための簡単な工夫について述べる。以下は、最も効果的なツールのリストで、いずれも製品や機器を購入する必要はない。以前の記事で述べたことも含まれているし、新しい知見もある。</p> <p style="padding-left: 30px;">1) 注意力を維持し、集中力を持続させる方法。<br />2) 姿勢を良くし、首、背中、骨盤などの痛みを軽減する方法。<br />3) 仕事のために、特定の精神状態(創造性、論理性など)を利用する方法。</p> <p style="text-align: center;"><strong>座るべきか立つべきか?</strong></p> <p>スタンディングデスクいうものがあり、それを好む人もいる。また、座ることを好む人もいる。この件に関するデータは、最適なアプローチは「両方」であることを示している。デスクやワークスペースを整え、ある程度の時間(多くの人は10~30分程度)座って仕事をし、その後10~30分程度立って仕事をし、また座って仕事に戻ることがベストである。また、45分ごとに5~15分の散歩をするとよいという研究結果もある。しかし特にスタンディングデスクを購入する必要はない。非常に優秀な学者である同僚は、机の上に箱と数冊の本を置くだけで、シンプルで効果的なシットスタンドデスクを作り、数十年にわたって驚異的な生産性を維持している。浅い角度の製図台を使い、約30分ごとに普通のデスクに移動して、また戻ってくる。このようなシット・スタンド・アプローチは、首や肩、腰の痛みを軽減し、運動による効果を高めるという証拠もある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>正しい時間帯の使い方</strong></p> <p>これはすでに<span style="text-decoration: underline;">以前の記事</span>で述べたことだが繰り返す。我々の体は神経化学的には、1日のさまざまな時間帯で異なる。そのために1日を3つのフェイズに分類する。最初の時間帯(起床後0~8時間)を「フェイズ1」と呼ぶ。このフェイズ1では、ノルエピネフリン、コルチゾール、ドーパミンといった化学物質が脳と身体で上昇する。覚醒度は、太陽光を見たりカフェインを飲んだりすることでさらに高めることができる。フェイズ1は、分析的な「ハード」な思考や、特に困難な仕事に最適である。</p> <p style="padding-left: 30px;"><a href="jifs/scientific-topics/2000-topic200.html">ドーパミンを賢く利用して充実した1日を送る方法</a></p> <p>「フェイズ2」:起床後9〜16時間。この時間帯は、セロトニンレベルが比較的高く、ブレインストーミングやクリエイティブな作業に最適で、ややリラックスした状態になる。</p> <p>「フェイズ3」。~起床後17~24時間は、眠っているか、眠ろうとしている時間帯である。この段階では、どうしてもやらなければならないこと(試験や締め切りのための詰め込み)を除いて、難しい考えや仕事はせず、環境を暗くするか非常に薄暗くして室温を低く保つのがよい(体が眠りに落ち、眠った状態を維持するためには体温を下げる必要があるからだ)。</p> <p style="text-align: center;"><strong>画面(と視界)を適切な場所に配置する</strong></p> <p>以下に述べる知識は私には目から鱗であった。我々が視線を向ける場所と覚醒のレベルには関係があるということだ。下を向いているときは、落ち着きと眠気に関係するニューロンが活性化される。つまり眠くなる。一方、上を向いているときは、その逆である。だから積極的に仕事や勉強をするときは「上を向く」のがよい。</p> <p>コンピュータのスクリーンを目線より少し高い位置におく。本を読むときも下を向いて読むのではなく、できるだけ高い位置に本をおく。そうして立ったり座ったりしながら仕事をすると覚醒度のレベルが最大になる。つまり眠くならないということだ。コンピュータの画面を目の高さ以上にするには少し工夫が必要だ。私はノートパソコンの下に空箱を置くことにしている。ただしタイプ入力するときは不便だから、箱はどける。そのためには軽いが丈夫な箱が良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>背景音を使う</strong></p> <p>静寂の中で仕事をするのが好きな人もいれば、バックグラウンドノイズを好む人もいる。背景音の種類によっては、特に仕事の成果を上げるのに適したものがある。<span style="text-decoration: underline;">以前の記事</span>で述べたことだが、ホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズを背景にして作業すると、45分までの作業には適している。しかし何時間も続く作業には適していない。これらは、YouTubeやさまざまなアプリで簡単に(しかもゼロコストで)見つけることができる。</p> <p style="padding-left: 30px;"><a href="jifs/scientific-topics/1999-topic199.html">40ヘルツ・バイノーラル・ビートの驚くべき効能</a></p> <p>バイノーラル・ビートは、脳を学習に適した状態に置くための、きちんとした科学的裏付けのあるツールである。バイノーラル・ビートはその名の通り、片方の耳で1つの音(周波数)を流し、もう片方の耳で別の音の周波数を流すというものである。ホワイトノイズなどと違って、バイノーラル・ビートはヘッドホンでしか効果がない。バイノーラルビート(40Hz前後)は、創造性を高め、不安を軽減する可能性がある。正確なメカニズムは研究途上だが、その効果は印象的である。40Hzのバイノーラル・ビートはYouTubeに多くあり、またスマホのアプリもたくさんある。</p> <p style="text-align: center;"><strong>部屋の正しい使い方</strong></p> <p>「聖堂(カテドラル)効果」と呼ばれる興味深い効果があり、聖堂のような天井の高いスペースで仕事をすると抽象的な思考や創造性が高まる。逆に天井の低い部屋で仕事をすると、視野が狭くなり、思考が「小さく」なる。視野が狭く思考が小さくなることは悪いことではなく、分析的な処理に集中できるということだ。つまり天井の低いスペースで仕事をすると細かい作業がしやすくなるのだ。天井の高さの小さな違いであっても、このような違いがでることが分かっている。だから、集中力を必要とする仕事か、創造性を必要とする仕事かに応じて、部屋を変えるのがよい。さらには屋内、屋外など場所を変えれば、最適な効率が得られる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>参考文献</strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://hubermanlab.com/5-science-based-steps-to-improve-your-workspace/" target="_blank">5 Science-Based Steps to Improve Your Workspace</a></p> <p style="text-align: center;"><strong>参考動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><Optimizing Workspace for Productivity, Focus, &amp; Creativity | Huberman Lab Podcast #57></strong></div> <div>{youtube}Ze2pc6NwsHQ{/youtube} </div></div> ドーパミンを賢く利用して充実した1日を送る方法 2023-02-18T09:47:50+09:00 2023-02-18T09:47:50+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/2000-topic200.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>ドーパミンは脳内に存在する神経伝達物質であるが、それは快楽、喜びのホルモンであると誤解されることが多い。ドーパミンの役割はそれだけではない。例えばパーキンソン病は手が震えたり、よちよち歩きになったりする病気であるが、それはドーパミン不足によるものである。脳幹の黒質という部分から分泌されるドーパミンが不足すると、大脳基底核が運動をうまくコントロールできなくなる。そこでパーキンソン病の治療法として、ドーパミンの材料となる物質を与える。本項では前回同様、スタンフォード大学医学部の神経科学者フバーマン教授のポッドキャストに基づいて、ドーパミンの別の側面、つまり我々のやる気と集中力を高める作用について述べる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>やる気を持続させるドーパミンをうまく出す方法</strong></p> <p>先に述べたように、ドーパミンは我々のやる気や集中力に密接に関係した脳内化学物質である。ドーパミンレベルが上昇すると、我々は目標に注意を集中して、それを追求する意欲を感じる。それで仕事や勉強がはかどり、充実した人生が送れる。それではどうすればドーパミンのレベルを上げることができるか。</p> <p>まず1日を3つのフェイズに分けることを考える。フェイズ1は起きてから約8時間である。簡単に言えば朝から午前中、午後早くの時間である。この時間帯は頭脳的にも身体的にも最も活力的な時間で、集中して物事を考えるのに適している。フェイズ2は起きてから9時間後から16時間後までの時間である。要するに午後後半から夜にかけての時間帯である。この時間帯はだんだんと疲れてくるので、あまり集中的な仕事や勉強には適さず、ゆったりとして創造的に物事を考えるのに適した時間帯である。フェイズ3は17時間後から24時間後までで、要するに寝る時間帯である。</p> <p>フェイズ1で最も重要なことは、朝日を浴びることである。毎日、日の出を拝むか、遅くとも日の出の数時間以内に、太陽を見ることは動物としての人間の生理にとって極めて重要である。これにより睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑制し、活動のホルモンであるドーパミンとコルチゾールの分泌が始まる。</p> <p>朝日を浴びることは概日周期(サーカディアンリズム)を整えるのに重要である。概日周期とはほぼ24時間の周期であり、体内時計で管理されているが、普通は24時間より長い。だから努力しないと、起きる時間と寝る時間がどんどん遅くなって行く。朝日を浴びることは、この概日周期を24時間に設定し直す効果がある。サーカディアンリズムに関しては以前の記事を参照されたい。</p> <p style="padding-left: 30px;"><a href="jifs/scientific-topics/1966-topic197.html">メラトニンと近赤外線1: 可視光について</a></p> <p>どのくらいの時間、太陽光を浴びる、あるいは見るのが良いのか。(目の安全のため、太陽を直視してはいけない)。それは明るさによる。晴天の場合の典型的な空の明るさは10万ルックス程度、曇天の場合は1万ルックス程度、室内照明で最も明るい場合で1000ルックス程度、普通の照明なら100ルックス以下である。つまり太陽光を見るのと室内照明を見るのでは、千倍以上の違いがあるのだ。太陽光を見るなら数秒から数分、曇天の場合なら数十分、室内ならフェイズ1の全時間で、室内照明を最大限に明るくする必要がある。もっとも、これでも足りないのは先の数字で明らかであろう。</p> <p>ここで読者は疑問に思うだろう。朝日を見ることが大切というが、自分はそんなものは見たことはないし、見なくてもこれまで生きてきたし、これからも生きていけるはずだ。それは確かにそうである。しかし不安やウツを感じたことはないだろうか。集中力がなく、なんかやる気が出ないと感じたことはないだろうか。これからもボケないで元気に長生きできると確信できるだろうか? 冬季ウツとか高緯度帯の人々にウツが多いことと、太陽光の不足が密接に関係していることが知られている。つまり朝日を浴びることは、ウツや不安にならないだけでなく、元気で活力に満ちた人生を送る秘訣なのだ。その生理的な機構がドーパミンと密接に関係しているのである。</p> <p>照明に関していうと、フェイズ1では室内照明はできるだけ明るくする。それも頭上から照らすのが良い。ブルーライトはこの時間帯はむしろ好ましい。</p> <p>フェイズ2ではだんだんと照明を落として行く。とくにブルーライトは避ける。寝る数時間前からはPCやスマホのスクリーンは見ないのがよい。夜の照明はできれば赤い色のものにして、しかも低い位置から照らすのが良い。暖炉の火とかキャンプ・ファイアーの火を思い浮かべればよい。ところで夕日を見るのも良いことだ。それが1日の終わりであることを体に確認させるためである。</p> <p>フェイズ3、つまり寝ている時間帯はできるだけ暗くするのが良い。寝る時は照明を最小限にする。この時間帯に明るい光を見ると、ドーパミンの量が激減する。夜にトイレに行く場合も、照明はつけないのが好ましい。一度、明るい光をみるとメラトニンの分泌が止まってその後に寝付けなくなる。</p> <p>カフェインについて述べる。コーヒー、紅茶などのカフェインはドーパミンを穏やかに上昇させるので、それらを飲むことは悪くない。またカフェインはドーパミン受容体の利用可能性も増加させる。しかし睡眠近くにカフェインを取ることはよくない。コーヒーはどの程度遅くまで飲めるかは人によって様々なので、それは実験して決めるしかない。朝一番にコーヒーを飲むのは、むしろ避けた方が良い。寝たとしても多少は残っている眠気のホルモン、アデノシンの受容体をカフェインがブロックするので、午後になって眠くなる場合があるからだ。また勉強や仕事のはじめにカフェインを取るよりは、終わる直前とか終わった後の方が良い。それは記憶力を強化するからである。</p> <p>朝に冷水浴・冷水シャワーを浴びること。これは別項で紹介した方法である。冷水浴をするとまずびっくりホルモンとでもいうべきアドレナリン、ノルアドレナリンが分泌されて、その後にゆっくりとドーパミンが分泌される。その後の数時間は集中力、気力、記憶力がまし、活力感と幸福感に満たされる。</p> <p>食事からドーパミンの材料を取ることについて述べる。ドーパミンの原材料はチロシンというアミノ酸である。それは赤身肉、ナッツ、チーズに含まれるというが、豆腐、納豆、バナナにも多く含まれるので、日本人が普通の食生活を送っていれば、特に問題はないだろう。</p> <p>夜寝られない場合にメラトニンのサプリメントがあるが、これはドーパミンのレベルを低下させるので、あまり使わない方が良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ドーパミンのピークをコントロールする方法</strong></p> <p>ランダムな間欠的報酬タイミング(Random Intermittent Reward Timing=RIRT)を利用する。RIRTとは行動心理学と学習理論で使われる強化学習の手法である。ラスベガスのようなところでギャンブルをして勝利をするとドーパミンが放出されて、客は喜びに満たされる。ところが勝利がランダムで間欠的である場合、客は勝利を予想できずに、次は勝つだろうといくらでもかけて、結果的にはギャンブルにハマってしまう。店の側はこの理論を知っているので、それを利用して確実に儲けるし、客は確実に損をする。この理論を仕事や勉強に利用するのである。仕事や勉強で成果が出た場合、その勝利を祝う、つまり自分にご褒美をあげるのだが、それはいつもというのではなく、時々に気まぐれにするという手法である。そうして仕事や勉強に、あたかもギャンブルであるかのようにハマってしまうのである。つまり勝利を期待するよりは、仕事・勉強自体を期待するのである。</p> <p>集中力を強化する手法として、スポットライト法がある。これは視覚を利用する方法である。視野を狭くすると脳内にドーパミンなどの神経化学物質が分泌される。具体的には特定の点(部屋のどこかとか)に注意を集中する方法である。競走馬がよそ見をしないためのフードをつけるとか、人間が庇のある帽子(野球帽など)をかぶることは、視覚を制限する効果があり、注意力が増す。天井の低い部屋の方が集中力を増やす効果がある。逆に天井の高い部屋は、意識を拡散させて創造的な思考をするのに適している。これを聖堂効果とよぶ。</p> <p>ドーパミン分泌を強化するさまざまな方法がある。たとえばエネルギー・ドリンク、音楽、友人や社会との繋がり、特殊な薬物などであるが、これらを使いすぎないことも重要だ。これらも使いすぎると、ドーパミンが増えた後で激減する現象があり、長期的にはやる気や意欲が阻害されてよくない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>終わりに</strong></p> <p>筆者は冷水シャワーと、朝日を浴びて散歩することを日課として以来、毎日が気力と活力に満ちた楽しい日々を過ごしている。それまでは時折感じていた軽いウツ症状や不安がすっかり解消した。もっともこれらを習慣にすることは、なかなか大変なことは分かっている。次回は良い習慣の付け方について述べたい。</p> <p style="text-align: center;"><strong>文献</strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://hubermanlab.com/tools-to-manage-dopamine-and-improve-motivation-and-drive/" target="_blank">Tools to Manage Dopamine and Improve Motivation &amp; Drive<br /></a></p> <p style="text-align: center;"><strong>動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><How to Increase Motivation &amp; Drive | Huberman Lab Podcast #12></strong></div> <div>{youtube}vA50EK70whE{/youtube}</div></div> <div class="feed-description"><p>ドーパミンは脳内に存在する神経伝達物質であるが、それは快楽、喜びのホルモンであると誤解されることが多い。ドーパミンの役割はそれだけではない。例えばパーキンソン病は手が震えたり、よちよち歩きになったりする病気であるが、それはドーパミン不足によるものである。脳幹の黒質という部分から分泌されるドーパミンが不足すると、大脳基底核が運動をうまくコントロールできなくなる。そこでパーキンソン病の治療法として、ドーパミンの材料となる物質を与える。本項では前回同様、スタンフォード大学医学部の神経科学者フバーマン教授のポッドキャストに基づいて、ドーパミンの別の側面、つまり我々のやる気と集中力を高める作用について述べる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>やる気を持続させるドーパミンをうまく出す方法</strong></p> <p>先に述べたように、ドーパミンは我々のやる気や集中力に密接に関係した脳内化学物質である。ドーパミンレベルが上昇すると、我々は目標に注意を集中して、それを追求する意欲を感じる。それで仕事や勉強がはかどり、充実した人生が送れる。それではどうすればドーパミンのレベルを上げることができるか。</p> <p>まず1日を3つのフェイズに分けることを考える。フェイズ1は起きてから約8時間である。簡単に言えば朝から午前中、午後早くの時間である。この時間帯は頭脳的にも身体的にも最も活力的な時間で、集中して物事を考えるのに適している。フェイズ2は起きてから9時間後から16時間後までの時間である。要するに午後後半から夜にかけての時間帯である。この時間帯はだんだんと疲れてくるので、あまり集中的な仕事や勉強には適さず、ゆったりとして創造的に物事を考えるのに適した時間帯である。フェイズ3は17時間後から24時間後までで、要するに寝る時間帯である。</p> <p>フェイズ1で最も重要なことは、朝日を浴びることである。毎日、日の出を拝むか、遅くとも日の出の数時間以内に、太陽を見ることは動物としての人間の生理にとって極めて重要である。これにより睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑制し、活動のホルモンであるドーパミンとコルチゾールの分泌が始まる。</p> <p>朝日を浴びることは概日周期(サーカディアンリズム)を整えるのに重要である。概日周期とはほぼ24時間の周期であり、体内時計で管理されているが、普通は24時間より長い。だから努力しないと、起きる時間と寝る時間がどんどん遅くなって行く。朝日を浴びることは、この概日周期を24時間に設定し直す効果がある。サーカディアンリズムに関しては以前の記事を参照されたい。</p> <p style="padding-left: 30px;"><a href="jifs/scientific-topics/1966-topic197.html">メラトニンと近赤外線1: 可視光について</a></p> <p>どのくらいの時間、太陽光を浴びる、あるいは見るのが良いのか。(目の安全のため、太陽を直視してはいけない)。それは明るさによる。晴天の場合の典型的な空の明るさは10万ルックス程度、曇天の場合は1万ルックス程度、室内照明で最も明るい場合で1000ルックス程度、普通の照明なら100ルックス以下である。つまり太陽光を見るのと室内照明を見るのでは、千倍以上の違いがあるのだ。太陽光を見るなら数秒から数分、曇天の場合なら数十分、室内ならフェイズ1の全時間で、室内照明を最大限に明るくする必要がある。もっとも、これでも足りないのは先の数字で明らかであろう。</p> <p>ここで読者は疑問に思うだろう。朝日を見ることが大切というが、自分はそんなものは見たことはないし、見なくてもこれまで生きてきたし、これからも生きていけるはずだ。それは確かにそうである。しかし不安やウツを感じたことはないだろうか。集中力がなく、なんかやる気が出ないと感じたことはないだろうか。これからもボケないで元気に長生きできると確信できるだろうか? 冬季ウツとか高緯度帯の人々にウツが多いことと、太陽光の不足が密接に関係していることが知られている。つまり朝日を浴びることは、ウツや不安にならないだけでなく、元気で活力に満ちた人生を送る秘訣なのだ。その生理的な機構がドーパミンと密接に関係しているのである。</p> <p>照明に関していうと、フェイズ1では室内照明はできるだけ明るくする。それも頭上から照らすのが良い。ブルーライトはこの時間帯はむしろ好ましい。</p> <p>フェイズ2ではだんだんと照明を落として行く。とくにブルーライトは避ける。寝る数時間前からはPCやスマホのスクリーンは見ないのがよい。夜の照明はできれば赤い色のものにして、しかも低い位置から照らすのが良い。暖炉の火とかキャンプ・ファイアーの火を思い浮かべればよい。ところで夕日を見るのも良いことだ。それが1日の終わりであることを体に確認させるためである。</p> <p>フェイズ3、つまり寝ている時間帯はできるだけ暗くするのが良い。寝る時は照明を最小限にする。この時間帯に明るい光を見ると、ドーパミンの量が激減する。夜にトイレに行く場合も、照明はつけないのが好ましい。一度、明るい光をみるとメラトニンの分泌が止まってその後に寝付けなくなる。</p> <p>カフェインについて述べる。コーヒー、紅茶などのカフェインはドーパミンを穏やかに上昇させるので、それらを飲むことは悪くない。またカフェインはドーパミン受容体の利用可能性も増加させる。しかし睡眠近くにカフェインを取ることはよくない。コーヒーはどの程度遅くまで飲めるかは人によって様々なので、それは実験して決めるしかない。朝一番にコーヒーを飲むのは、むしろ避けた方が良い。寝たとしても多少は残っている眠気のホルモン、アデノシンの受容体をカフェインがブロックするので、午後になって眠くなる場合があるからだ。また勉強や仕事のはじめにカフェインを取るよりは、終わる直前とか終わった後の方が良い。それは記憶力を強化するからである。</p> <p>朝に冷水浴・冷水シャワーを浴びること。これは別項で紹介した方法である。冷水浴をするとまずびっくりホルモンとでもいうべきアドレナリン、ノルアドレナリンが分泌されて、その後にゆっくりとドーパミンが分泌される。その後の数時間は集中力、気力、記憶力がまし、活力感と幸福感に満たされる。</p> <p>食事からドーパミンの材料を取ることについて述べる。ドーパミンの原材料はチロシンというアミノ酸である。それは赤身肉、ナッツ、チーズに含まれるというが、豆腐、納豆、バナナにも多く含まれるので、日本人が普通の食生活を送っていれば、特に問題はないだろう。</p> <p>夜寝られない場合にメラトニンのサプリメントがあるが、これはドーパミンのレベルを低下させるので、あまり使わない方が良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ドーパミンのピークをコントロールする方法</strong></p> <p>ランダムな間欠的報酬タイミング(Random Intermittent Reward Timing=RIRT)を利用する。RIRTとは行動心理学と学習理論で使われる強化学習の手法である。ラスベガスのようなところでギャンブルをして勝利をするとドーパミンが放出されて、客は喜びに満たされる。ところが勝利がランダムで間欠的である場合、客は勝利を予想できずに、次は勝つだろうといくらでもかけて、結果的にはギャンブルにハマってしまう。店の側はこの理論を知っているので、それを利用して確実に儲けるし、客は確実に損をする。この理論を仕事や勉強に利用するのである。仕事や勉強で成果が出た場合、その勝利を祝う、つまり自分にご褒美をあげるのだが、それはいつもというのではなく、時々に気まぐれにするという手法である。そうして仕事や勉強に、あたかもギャンブルであるかのようにハマってしまうのである。つまり勝利を期待するよりは、仕事・勉強自体を期待するのである。</p> <p>集中力を強化する手法として、スポットライト法がある。これは視覚を利用する方法である。視野を狭くすると脳内にドーパミンなどの神経化学物質が分泌される。具体的には特定の点(部屋のどこかとか)に注意を集中する方法である。競走馬がよそ見をしないためのフードをつけるとか、人間が庇のある帽子(野球帽など)をかぶることは、視覚を制限する効果があり、注意力が増す。天井の低い部屋の方が集中力を増やす効果がある。逆に天井の高い部屋は、意識を拡散させて創造的な思考をするのに適している。これを聖堂効果とよぶ。</p> <p>ドーパミン分泌を強化するさまざまな方法がある。たとえばエネルギー・ドリンク、音楽、友人や社会との繋がり、特殊な薬物などであるが、これらを使いすぎないことも重要だ。これらも使いすぎると、ドーパミンが増えた後で激減する現象があり、長期的にはやる気や意欲が阻害されてよくない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>終わりに</strong></p> <p>筆者は冷水シャワーと、朝日を浴びて散歩することを日課として以来、毎日が気力と活力に満ちた楽しい日々を過ごしている。それまでは時折感じていた軽いウツ症状や不安がすっかり解消した。もっともこれらを習慣にすることは、なかなか大変なことは分かっている。次回は良い習慣の付け方について述べたい。</p> <p style="text-align: center;"><strong>文献</strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://hubermanlab.com/tools-to-manage-dopamine-and-improve-motivation-and-drive/" target="_blank">Tools to Manage Dopamine and Improve Motivation &amp; Drive<br /></a></p> <p style="text-align: center;"><strong>動画</strong></p> <div style="text-align: center;"><strong><How to Increase Motivation &amp; Drive | Huberman Lab Podcast #12></strong></div> <div>{youtube}vA50EK70whE{/youtube}</div></div> 40ヘルツ・バイノーラル・ビートの驚くべき効能 2023-02-08T00:18:25+09:00 2023-02-08T00:18:25+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1999-topic199.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>前回の記事で米国のスタンフォード大学医学部神経科学・眼科学教授のアンドリュー・フバーマン博士のポッドキャストに基づいて冷水シャワーの驚くべき効能について述べた。今回もフバーマン教授のポッドキャストに基づいて40ヘルツ・バイノーラル・ビート(40Hz Binaural Beats)の驚くべき効能について説明する。</p> <p>私はこの話を聞いた時に、また目から鱗であった。というより音の話だから、耳から耳垢ポロリという方が正しいかもしれない。実際、こんな話は聞いたこともなかったし、身近の人も誰も知らなかった。多分、多くの人は知らないと思う。ということは、結構新しい知見であるようだ。知っていて損はない。ぜひ試してみてほしい。</p> <p>まずそもそも40ヘルツ・バイノーラル・ビートとはなんのことか。ヘルツとは周波数の単位のことだ。40ヘルツとは一秒間に40回振動を繰り返すことをいう。ここでは音の話をする。40ヘルツの音は非常に低い音であるが、しかし40ヘルツ・バイノーラル・ビートは40ヘルツの音を直接聞くということではない。バイノーラルとは二つの音という意味だ。それに対して一つだけの音ならモノラルである。ビートとはうなりのことである。例えば400ヘルツの音と440ヘルツの音を足し合わせるとどうなるか。数学的には420ヘルツの音が40ヘルツの振動数でうなるのである。</p> <p>それでは具体的な方法を説明しよう。イヤフォンかヘッドフォンを使って、例えば右の耳から400ヘルツの音、左の耳から440ヘルツの音を聞いたとする。音の感じとしては420ヘルツの音を聞いているように感じられる。ところがこの二つの音は、脳の下部にある脳幹という部分で合成されて40ヘルツの振動として知覚される。そしてそれに相当する脳波が脳内に励起されるのである。要するにバイノーラル・ビートとは特定の周波数の脳波を励起する手法である。</p> <p>だから原理的にはどんな周波数の脳波でも励起することできる。そのなかで特に40ヘルツが着目されているのは、その周波数帯の脳波をガンマ波とよび、人が集中して物事を考えているときは、ガンマ波が励起されるからだ。そこで逆に40ヘルツのバイノーラル・ビートを聞くことで脳内にガンマ波を励起してやれば、集中できるのではないかというわけだ。つまりカル・ニューポートの言う「深い仕事」に集中するために良いという話だ。ニューポートによれば、現代の気の散る環境の中で深い仕事ができる人間だけが成功するという。</p> <p>脳波はその振動数により低い順からデルタ波(1-4ヘルツ)、シータ波(4-8ヘルツ)、アルファ波(8-12ヘルツ)、ベータ波(12-30ヘルツ)、ガンマ波(30-100ヘルツ)に分類される。デルタ波は深い睡眠状態や無意識のときに出る。シータ波はうとうとしている時、瞑想している時、非常にリラックスしている時に出る。アルファ波は起きているが、リラックスして平和な心の状態のときに出る。ベータ波は覚醒していて、精神的に活発に活動していて、問題を解いている時などに出る。ガンマ波は極度に集中して学習している時に出る。</p> <p>だからバイノーラル・ビートの手法を用いると、人を集中させるだけではなく、リラックスさせたり、眠りに誘ったりすることもできる。実際、たくさんある携帯アプリでは、さまざまな効能が謳われている。iPhoneのAppストアなどのぞいてみれば良い。たくさんありすぎて、何を選んで良いか当惑してしまう。本項では特に集中的に勉強したり仕事したりするときに有効な40ヘルツのガンマ波を励起するバイノーラル・ビートの話をする。</p> <p>40ヘルツのバイノーラル・ビートがどのようなものかは簡単に試すことができる。YouTubeにそれこそ山のように動画がアップされている。40Hz Binaural Beatsでググってみれば良い。私は特定のものを推奨するつもりはないが、例えば以下のようなものがある。</p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=MDJC16ShEDM&amp;t=904s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=MDJC16ShEDM&amp;t=904s</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=1_G60OdEzXs&amp;t=809s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=1_G60OdEzXs&amp;t=809s</a></p> <p>私は個人的にはパソコン上のアプリではなく、iPhoneのBrainWaveというアプリを使っている。しかしこのアプリは有料であるので、勧めるわけではない。これが優れているという確証もない。他のものとの比較検討はしていないからだ。皆さんも手軽に試すなら、YouTubeのものを聞かれるのが良いだろう。</p> <p>ただBrainWaveを使った短い経験から言うと、これは様々な脳波を励起するように設計されていて、私はパワーナップ(昼寝)をするのに使っている。そのモードでは、まず眠りを誘うデルタ波を励起して眠りに誘い、その後にベータ波に移行して目を覚まさせる。集中と注意というプログラムではベータ波からガンマ波に移行する。このように一種類のバイノーラル・ビートではなく、複数のものを組み合わせているのが味噌で、そのために有料なのだが、単純な40ヘルツだけで十分だと思う。このアプリではバイノーラル・ビートの他にアンビエンス音として波の音とか雨の音を同時に聞かせるようになっている。しかしフバーマン教授によると、これらのアンビエンス音が効果的であるという実験的証拠はないので無意味だと言っている。私はアンビエンス音を消して使っている。</p> <p>さて40ヘルツのバイノーラル・ビートの使い方だが、集中して勉強したり仕事したりする準備段階として使うのが良いとフバーマン教授は言う。彼自身は最初の5分間だけこれを聞くと言う。論文の実験では30分間ほど使うとか、20分とかいろいろある。皆さんは色々試して見られたら良いだろう。なぜ始めにやるのが良いのか。それは脳のウオームアップだとフバーマンはいう。激しい運動をする場合でも、いきなりするのではなく、ウオームアップから始める。勉強や仕事もいきなり超集中状態に入ることはできない。だんだんと集中するのである。その補助として40ヘルツ・バイノーラル・ビートを使うと良い。それでは勉強中にバイノーラル・ビートを聞くのはどうか。フバーマン教授自身は、それはしないというが、べつにしても構わない。とくに周りの音がうるさくて集中できないばあいなどはそうだ。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズ</strong></p> <p>周りの音が気になる場合に、それに対抗するために音楽を聴くとか環境騒音を聞くとかさまざまな方法があるが、フバーマン教授はホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズを紹介している。ホワイトノイズとは、シャーというような音で、周波数スペクトラムが平坦な音だ。これらもYouTubeで聴くことができる。</p> <div style="text-align: center;"><strong><ホワイトノイズ></strong></div> <div>{youtube}nMfPqeZjc2c{/youtube}</div> <div style="text-align: center;"> </div> <div style="text-align: center;"><strong><ピンクノイズ></strong></div> <div>{youtube}8SHf6wmX5MU{/youtube}</div> <p style="text-align: center;"><strong><ブラウンノイズ></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=RqzGzwTY-6w&amp;t=239s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=RqzGzwTY-6w&amp;t=239s</a></p> <p>ひとつ注意すべきことがある。赤ちゃんを寝かしつけるのにこれらのノイズを使うべきでないとフバーマン教授は言う。なぜかというと、我々が音の高低を聞き分けられるのは、生まれてからさまざまな環境音を聞いて、その特徴を聞き分ける練習をするからである。ホワイトノイズには、特定の周波数に対する特徴がないので、赤ちゃんがいつもこの音を聞いていると、耳が鍛えられないので、育った後で聴覚に異常が生じる可能性があるという。しかし大人には問題はない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>40ヘルツガンマ波とアルツハイマー病</strong></p> <p>40ヘルツのガンマ波を脳内に励起することはアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性があるという驚くべき研究がある。例えば以下のTED講演では、バイノーラル・ビートではなく、椅子に取り付けたスピーカーから40ヘルツの音を出して、体を振動させる。それによってアルツハイマー病を患っていた老婦人が、アルツハイマー病が軽減して、それ以降も進行が遅れたと言う。</p> <p style="text-align: center;"><strong><Music Medicine: Sound At A Cellular Level | Dr. Lee Bartel | TEDxCollingwood></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=wDZgzsQh0Dw&amp;t=0s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=wDZgzsQh0Dw&amp;t=0s</a></p> <p>別のTED講演ではアルツハイマー病に罹患させたネズミに40ヘルツで明滅する光を見せて、病気の進行を遅らせたと言う。ネズミにはヘッドフォンを装着できないので、明滅する光を見せたのだが、それでも効果があったと言う。脳内の振動を調べると、視覚第一野が40ヘルツの光の振動と同期して振動しているだけでなく、体性感覚野(触覚)、海馬、前頭前野なども同期していることがわかった。</p> <div style="text-align: center;"><strong><Could We Treat Alzheimer's with Light and Sound? | Li-Huei Tsai | TED></strong></div> <div>{youtube}AS0K0XOMNwA{/youtube}</div> <p>脳が正しく機能するためには、さまざまな領野が同期して働く必要がある。たとえば人の話を聞いている場合、音を聞く領野と言葉の意味を理解する領野が同期して働く必要がある。認知症の人はこの同期が難しい。つまり言葉の音は聞くことができても、その意味が理解できないのだ。そこで40ヘルツの振動を与えると、脳内にガンマ波が励起されて理解が進むと推測される。</p> <p>これらはあくまでもまだ研究段階なので、実際にアルツハイマー病の治療に使えるようになるには時間がかかるだろう。しかし我々はそんな特殊な椅子とか光パネルを用いなくても、イャフォンで40ヘルツ・バイノーラル・ビートを聞くことは簡単だし、集中力を増すという本来の目的に使っていれば、アルツハイマー病に罹患する可能性を減らせるのではないだろうか。</p> <p>以下はフバーマン教授の40ヘルツ・バイノーラル・ビートに関する講演動画である。</p> <p style="text-align: center;"><strong><What is The 40 Hz Frequency and What Can It Do For You? | with Dr. Andrew Huberman></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=YZWy6Do-vVA&amp;t=1s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=YZWy6Do-vVA&amp;t=1s</a></p></div> <div class="feed-description"><p>前回の記事で米国のスタンフォード大学医学部神経科学・眼科学教授のアンドリュー・フバーマン博士のポッドキャストに基づいて冷水シャワーの驚くべき効能について述べた。今回もフバーマン教授のポッドキャストに基づいて40ヘルツ・バイノーラル・ビート(40Hz Binaural Beats)の驚くべき効能について説明する。</p> <p>私はこの話を聞いた時に、また目から鱗であった。というより音の話だから、耳から耳垢ポロリという方が正しいかもしれない。実際、こんな話は聞いたこともなかったし、身近の人も誰も知らなかった。多分、多くの人は知らないと思う。ということは、結構新しい知見であるようだ。知っていて損はない。ぜひ試してみてほしい。</p> <p>まずそもそも40ヘルツ・バイノーラル・ビートとはなんのことか。ヘルツとは周波数の単位のことだ。40ヘルツとは一秒間に40回振動を繰り返すことをいう。ここでは音の話をする。40ヘルツの音は非常に低い音であるが、しかし40ヘルツ・バイノーラル・ビートは40ヘルツの音を直接聞くということではない。バイノーラルとは二つの音という意味だ。それに対して一つだけの音ならモノラルである。ビートとはうなりのことである。例えば400ヘルツの音と440ヘルツの音を足し合わせるとどうなるか。数学的には420ヘルツの音が40ヘルツの振動数でうなるのである。</p> <p>それでは具体的な方法を説明しよう。イヤフォンかヘッドフォンを使って、例えば右の耳から400ヘルツの音、左の耳から440ヘルツの音を聞いたとする。音の感じとしては420ヘルツの音を聞いているように感じられる。ところがこの二つの音は、脳の下部にある脳幹という部分で合成されて40ヘルツの振動として知覚される。そしてそれに相当する脳波が脳内に励起されるのである。要するにバイノーラル・ビートとは特定の周波数の脳波を励起する手法である。</p> <p>だから原理的にはどんな周波数の脳波でも励起することできる。そのなかで特に40ヘルツが着目されているのは、その周波数帯の脳波をガンマ波とよび、人が集中して物事を考えているときは、ガンマ波が励起されるからだ。そこで逆に40ヘルツのバイノーラル・ビートを聞くことで脳内にガンマ波を励起してやれば、集中できるのではないかというわけだ。つまりカル・ニューポートの言う「深い仕事」に集中するために良いという話だ。ニューポートによれば、現代の気の散る環境の中で深い仕事ができる人間だけが成功するという。</p> <p>脳波はその振動数により低い順からデルタ波(1-4ヘルツ)、シータ波(4-8ヘルツ)、アルファ波(8-12ヘルツ)、ベータ波(12-30ヘルツ)、ガンマ波(30-100ヘルツ)に分類される。デルタ波は深い睡眠状態や無意識のときに出る。シータ波はうとうとしている時、瞑想している時、非常にリラックスしている時に出る。アルファ波は起きているが、リラックスして平和な心の状態のときに出る。ベータ波は覚醒していて、精神的に活発に活動していて、問題を解いている時などに出る。ガンマ波は極度に集中して学習している時に出る。</p> <p>だからバイノーラル・ビートの手法を用いると、人を集中させるだけではなく、リラックスさせたり、眠りに誘ったりすることもできる。実際、たくさんある携帯アプリでは、さまざまな効能が謳われている。iPhoneのAppストアなどのぞいてみれば良い。たくさんありすぎて、何を選んで良いか当惑してしまう。本項では特に集中的に勉強したり仕事したりするときに有効な40ヘルツのガンマ波を励起するバイノーラル・ビートの話をする。</p> <p>40ヘルツのバイノーラル・ビートがどのようなものかは簡単に試すことができる。YouTubeにそれこそ山のように動画がアップされている。40Hz Binaural Beatsでググってみれば良い。私は特定のものを推奨するつもりはないが、例えば以下のようなものがある。</p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=MDJC16ShEDM&amp;t=904s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=MDJC16ShEDM&amp;t=904s</a></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=1_G60OdEzXs&amp;t=809s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=1_G60OdEzXs&amp;t=809s</a></p> <p>私は個人的にはパソコン上のアプリではなく、iPhoneのBrainWaveというアプリを使っている。しかしこのアプリは有料であるので、勧めるわけではない。これが優れているという確証もない。他のものとの比較検討はしていないからだ。皆さんも手軽に試すなら、YouTubeのものを聞かれるのが良いだろう。</p> <p>ただBrainWaveを使った短い経験から言うと、これは様々な脳波を励起するように設計されていて、私はパワーナップ(昼寝)をするのに使っている。そのモードでは、まず眠りを誘うデルタ波を励起して眠りに誘い、その後にベータ波に移行して目を覚まさせる。集中と注意というプログラムではベータ波からガンマ波に移行する。このように一種類のバイノーラル・ビートではなく、複数のものを組み合わせているのが味噌で、そのために有料なのだが、単純な40ヘルツだけで十分だと思う。このアプリではバイノーラル・ビートの他にアンビエンス音として波の音とか雨の音を同時に聞かせるようになっている。しかしフバーマン教授によると、これらのアンビエンス音が効果的であるという実験的証拠はないので無意味だと言っている。私はアンビエンス音を消して使っている。</p> <p>さて40ヘルツのバイノーラル・ビートの使い方だが、集中して勉強したり仕事したりする準備段階として使うのが良いとフバーマン教授は言う。彼自身は最初の5分間だけこれを聞くと言う。論文の実験では30分間ほど使うとか、20分とかいろいろある。皆さんは色々試して見られたら良いだろう。なぜ始めにやるのが良いのか。それは脳のウオームアップだとフバーマンはいう。激しい運動をする場合でも、いきなりするのではなく、ウオームアップから始める。勉強や仕事もいきなり超集中状態に入ることはできない。だんだんと集中するのである。その補助として40ヘルツ・バイノーラル・ビートを使うと良い。それでは勉強中にバイノーラル・ビートを聞くのはどうか。フバーマン教授自身は、それはしないというが、べつにしても構わない。とくに周りの音がうるさくて集中できないばあいなどはそうだ。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズ</strong></p> <p>周りの音が気になる場合に、それに対抗するために音楽を聴くとか環境騒音を聞くとかさまざまな方法があるが、フバーマン教授はホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズを紹介している。ホワイトノイズとは、シャーというような音で、周波数スペクトラムが平坦な音だ。これらもYouTubeで聴くことができる。</p> <div style="text-align: center;"><strong><ホワイトノイズ></strong></div> <div>{youtube}nMfPqeZjc2c{/youtube}</div> <div style="text-align: center;"> </div> <div style="text-align: center;"><strong><ピンクノイズ></strong></div> <div>{youtube}8SHf6wmX5MU{/youtube}</div> <p style="text-align: center;"><strong><ブラウンノイズ></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=RqzGzwTY-6w&amp;t=239s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=RqzGzwTY-6w&amp;t=239s</a></p> <p>ひとつ注意すべきことがある。赤ちゃんを寝かしつけるのにこれらのノイズを使うべきでないとフバーマン教授は言う。なぜかというと、我々が音の高低を聞き分けられるのは、生まれてからさまざまな環境音を聞いて、その特徴を聞き分ける練習をするからである。ホワイトノイズには、特定の周波数に対する特徴がないので、赤ちゃんがいつもこの音を聞いていると、耳が鍛えられないので、育った後で聴覚に異常が生じる可能性があるという。しかし大人には問題はない。</p> <p style="text-align: center;"><strong>40ヘルツガンマ波とアルツハイマー病</strong></p> <p>40ヘルツのガンマ波を脳内に励起することはアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性があるという驚くべき研究がある。例えば以下のTED講演では、バイノーラル・ビートではなく、椅子に取り付けたスピーカーから40ヘルツの音を出して、体を振動させる。それによってアルツハイマー病を患っていた老婦人が、アルツハイマー病が軽減して、それ以降も進行が遅れたと言う。</p> <p style="text-align: center;"><strong><Music Medicine: Sound At A Cellular Level | Dr. Lee Bartel | TEDxCollingwood></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=wDZgzsQh0Dw&amp;t=0s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=wDZgzsQh0Dw&amp;t=0s</a></p> <p>別のTED講演ではアルツハイマー病に罹患させたネズミに40ヘルツで明滅する光を見せて、病気の進行を遅らせたと言う。ネズミにはヘッドフォンを装着できないので、明滅する光を見せたのだが、それでも効果があったと言う。脳内の振動を調べると、視覚第一野が40ヘルツの光の振動と同期して振動しているだけでなく、体性感覚野(触覚)、海馬、前頭前野なども同期していることがわかった。</p> <div style="text-align: center;"><strong><Could We Treat Alzheimer's with Light and Sound? | Li-Huei Tsai | TED></strong></div> <div>{youtube}AS0K0XOMNwA{/youtube}</div> <p>脳が正しく機能するためには、さまざまな領野が同期して働く必要がある。たとえば人の話を聞いている場合、音を聞く領野と言葉の意味を理解する領野が同期して働く必要がある。認知症の人はこの同期が難しい。つまり言葉の音は聞くことができても、その意味が理解できないのだ。そこで40ヘルツの振動を与えると、脳内にガンマ波が励起されて理解が進むと推測される。</p> <p>これらはあくまでもまだ研究段階なので、実際にアルツハイマー病の治療に使えるようになるには時間がかかるだろう。しかし我々はそんな特殊な椅子とか光パネルを用いなくても、イャフォンで40ヘルツ・バイノーラル・ビートを聞くことは簡単だし、集中力を増すという本来の目的に使っていれば、アルツハイマー病に罹患する可能性を減らせるのではないだろうか。</p> <p>以下はフバーマン教授の40ヘルツ・バイノーラル・ビートに関する講演動画である。</p> <p style="text-align: center;"><strong><What is The 40 Hz Frequency and What Can It Do For You? | with Dr. Andrew Huberman></strong></p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=YZWy6Do-vVA&amp;t=1s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=YZWy6Do-vVA&amp;t=1s</a></p></div> 冷水シャワーの効能 2023-02-01T03:43:56+09:00 2023-02-01T03:43:56+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1997-topic198.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p style="text-align: center;"><strong>フバーマン教授のポッドキャスト</strong></p> <p>私は2023年の正月元旦にYouTubeで面白い動画を発見した。スタンフォード大学医学部の神経科学・眼科学のアンドリュー・フバーマン教授(Andrew Huberman)による「意識的寒冷被曝を用いての健康と成績向上(Using Deliberate Cold Exposure for Health and Performance| Huberman Lab Podcast #66)」というものだ。意識的寒冷被曝というといかめしいが、要するに冷水浴とか冷水シャワーを浴びて健康を増進しようというものだ。</p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=pq6WHJzOkno&amp;t=4395s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=pq6WHJzOkno&amp;t=4395s</a></p> <p>私は冷水シャワーをすでにやっているが、この動画に興味を持ったのはその効能を確認したかったからだ。私が冷水シャワーを始めたのはもう10年以上も前になる。当時の主治医の勧めによるものであった。私は長年、潰瘍性大腸炎を患っていた。故安倍元首相も患っていた難病である。この治療法は確立していないが、症状を抑える薬としてプレドニンというステロイド剤がある。これは確実に炎症を抑えるのだが、重大な副作用がさまざまある。そこで服用をやめたいのだが、なかなか難しい。ステロイドホルモンは本来、副腎から分泌されているのだが、ステロイド剤を常用すると副腎のステロイド分泌能力が落ちるという。そこで副腎を鍛えるために冷水シャワーを浴びなさいというわけだ。冷水を浴びるとなぜ副腎が鍛えられるかのメカニズムはのちに述べるとして、ともかく主治医にそう言われて実行していた。しかし真面目にやっていたとは言い難い。結構チンタラとやっていた。</p> <p>ちなみに潰瘍性大腸炎の方は、別の記事で述べたがイヌリンという水溶性食物繊維を摂取することで完治した。だからなお冷水シャワーを浴びる動機が減ったので、チンタラとしていたというわけだ。</p> <p>しかしフバーマンのポッドキャストを聞いて見ると目からウロコであった。もっともこの番組は早口の英語で2時間15分もまくし立てるものだから、30分も聴くとヘトヘトになってしまった。そこで昼寝をして休養し、再度聞いた。三度に分けてようやく聴き終えた。しかし先に述べたように、内容が目からウロコであったので、1月2日に再度全部聞き直した。</p> <p>そのなかでもっとも私の興味を引いたのは、冷水浴・冷水シャワーが健康に良いというだけでなく、簡単にいえば精神を鍛えられるということだ。その生理学的メカニズムが語られているのだがそれは後で述べる。冷水浴が体の健康に良いことはわかるとしても、精神を鍛えられると言うのは聴き始めだし、嬉しいではないか。私はこれで今年は「鉄人」になろうと決意した。ここで言う鉄人とは、筋肉ムキムキの人間ではなく、気力と意志力が充実した人間ということだ。具体的にいえば、集中力を増し、持久力をまし、フバーマン教授のポッドキャストを一度で聴ききるほどになろうと言うのだ。</p> <p>もっともこの点に関しては、フバーマン教授が言うには、一度に集中して作業できる時間(これをバウトという)は90分、さらにその中でも45分で一度5分間の休憩を入れると良いということが話されているが、それは「集中」という主題で別に取り上げたい。</p> <p>フバーマン教授は自分のポッドキャストは、巷にある健康番組とは違い、証拠のあること、具体的にいえば査読論文で証拠が挙げられているものに限定すると言う。私は科学者だから、この言葉は心強い。というのも巷には健康情報が溢れているが、どれが信頼できて、どれが信頼できないかの判断が素人には難しい。だから査読論文で証拠を挙げられたものに限ると言うのは、心強いではないか。</p> <p>調べて見るとフバーマン教授はこの番組をはじめとして100本以上の動画をアップしている。動画はプロが撮影したようで、画質も音質も良い。</p> <p style="text-align: center;"><a href="https://hubermanlab.com" target="_blank">https://hubermanlab.com</a></p> <p>ありがたいことに、早口で話した内容をきちんとPDFの文章にしてアップしている。これもプロの作業だろう。だからこの番組には相当お金がかかっていると思われる。それはスポンサーがついているのでできることだろう。</p> <p style="text-align: center;"><a href="http://readthatpodcast.com" target="_blank">http://readthatpodcast.com</a></p> <p>彼の話のほとんどが最低で1時間半、長いと3時間近くも英語でまくしたてるものだから、よほど意を決して聞かないと一度では聴ききれない。しかしどれも私にはとても興味があるものだから、できるだけ多く聞いてみようと思った。私が特に関心を持ったものを順次紹介していきたい。その最初が冷水シャワーというわけだ。</p> <p style="text-align: center;"><strong>冷水浴・冷水シャワーと安全性</strong></p> <p>まずここで意識的寒冷被曝の方法だが、いろいろある。冷水浴(いわゆる水風呂)、寒中水泳、冷水シャワーなどだ。さらには液体窒素を用いて零下110度にする方法もあるというが、これは装置が大変だから話から除外する。科学的実験は実験条件のコントロールが大事だから、実験はほとんどが冷水浴で行われる。冷水シャワーは実験条件のコントロールが難しい。しかし我々が実際に行うには、冷水シャワーで十分である。</p> <p>まずだれでも気になることが安全性である。冷水を頭から浴びで大丈夫なのか。この点に関しては、フバーマン教授は危険性は無しとはしないという。例えば血圧の高い人がいきなり頭から冷水を浴びたり、冷たい水に飛び込んだりしたら、血圧が上がって危険かもしれない。私は冷水シャワーを浴びる場合は、まずは足にかけて、つぎにお尻にかけて、さらに手にかける。そしてお腹から徐々に上に上げていき胸に行き、背中に冷水をかけて、最後に頭からかぶるなどの順序を踏んでいる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ホルミシス効果</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーがなぜ健康に良いのか。それはホルミシス効果(Hormesis)という言葉で括ることができる。ホルミシス効果とは、人間にとって毒であっても、少量の毒はむしろ体に良いという効果のことである。なぜ毒が少量なら体に良いかというと、体は毒に対抗しようとして、免疫を強化するなど様々なことをするからだ。</p> <p>例えば運動は健康に良いことはよく知られているが、しかし過度の運動は体に良くないことも知られている。激しい呼吸をすることにより活性酸素が発生する。この活性酸素が諸悪の根源である。しかし適度な運動は体に良いのは以下に述べる機構のためだ。</p> <p>放射線は体に良くないこともよく知られている。しかし適度な放射線はむしろ体に良いことも経験的に知られている。例えばラジウム温泉とかラドン温泉というものがあり、それが健康に良いと宣伝されているのも周知のことだ。それもホルミシス効果のせいである。具体的な機構に触れると、放射線は体内の細胞にある水分子と衝突してそれを電離する。するとそこで活性酸素が生成される。活性酸素は周辺の分子と化合して、その機能を阻害する。いわば体が錆びるのである。しかし少量の活性酸素が発生した場合、体はその作用を中和する抗酸化作用のある物質を生み出す。これがホルミシス効果である。つまり少量の毒を与えると、体はそれになれるのである。</p> <p>寒冷ショックも同じようなものだ。人間のような恒温生物は体温を一定に保とうとしている。人間では体温が36-37度程度の範囲に保たれている。外因によりそれから外れようとすると、体は体温を元に戻そうとする。それをホメオスタシスとよぶ。体が冷たくなると震えて筋肉を動かして体温を上げようとする。そのほか様々なことが起きる。その機構に関してはのちに述べる。</p> <p>適度な寒冷ショックが体に良いなら、適度な熱ショック、たとえばサウナも体に良いはずだ。それは確かにそうで、フバーマン教授はサウナのことも取り上げている。しかし我々日本人に取り、サウナはそれほど馴染みがなく、使おうとするとお金がかかる。寒冷ショックの方は冷水シャワーを浴びれば良いだけだから簡単だ。今回は冷水シャワーに話を限る。</p> <p style="text-align: center;"><strong>どのくらい冷たければ良いのか?</strong></p> <p>冷水浴、冷水シャワーが体に良いとして、どれくらい冷たければ良いのか? これに関しては明快な基準はない。フバーマン教授の基準は次のようなものだ。たとえば冷水シャワーを浴びて、寒くてたまらないので早くやめたい、出たい、しかし体には害はないことが体感的には分かる。この程度の寒さにしろというのだ。</p> <p>どのくらいの時間、寒さに晒せば良いのか? それは冷水浴と冷水シャワーでは異なる。また寒い外気にあたるような場合とも異なる。それは水と空気の熱容量の差によるものだ。具体的にいえば冷水浴はかなりな短時間たとえば数秒でもよく、冷水シャワーは例えば数十秒から数分、寒い戸外に出るなら1時間程度はいなくては効果がない。</p> <p>いずれにせよ、温度が低ければそれだけ短時間で良い。どのくらいの時間にするかは、各人が経験的に決めれば良い。私の場合、冬場の冷水シャワー1セッションを、冷暖に数回に分けて冷水を合計2 分間ほどにしている。それで毎日すれば一週間に14分になる。のちに述べるがデンマークの研究者のスザンナ・ソバーク博士によると、1週間に11分でよいという。</p> <p style="text-align: center;"><strong>冷水シャワーが効く生理的機構</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーを浴びると体内にアドレナリン(エピネフリン)、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)などが脳内と体内に分泌される。</p> <p>皮膚の感覚器官が寒さを感じると、その信号は脳に行き、脳幹にある青斑核(Locus ceruleus)という部分からノルアドレナリンが脳内に分泌される。また寒さの刺激を感じると交感神経を通じて副腎髄質に信号が行き、そこでアドレナリンとノルアドレナリンが分泌される。アドレナリンとノルアドレナリンの作用は似たようなものである。動物がストレスにさらされた場合、例えば敵と出会った場合に戦うか逃げるか(闘争・逃走)きめて、それに体が適応するようにする。具体的には血管を収縮させて血圧をあげる、心拍数を増大させる、ブドウ糖の生成を促進するなどである。</p> <p>アドレナリンとノルアドレナリンの違いは、ノルアドレナリンは脳内で生成されるが、アドレナリンはほとんどが副腎で生成される。アドレナリンは血液脳関門に遮られて脳内には行けない。だから脳内の作用たとえば恐怖、怒り、不安、集中、覚醒、鎮痛などに関与するのはノルアドレナリンである。</p> <p>冷水浴・冷水シャワーの効果は先に述べた効果のポジティブな部分、つまり集中、覚醒、鎮痛などの効果を利用しようというものだ。つまり冷水シャワーを浴びた後は、目がすっきりと覚めて集中でき、エネルギッシュになるのだ。運動後の筋肉痛も抑えられる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>精神を鍛える、幸せになる</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーの効用で私が一番注目したのが、精神を鍛える、つまりメンタルを鍛えるという効果だ。冷水シャワーを浴びている最中は頭がほとんどパニック状態になり、早くやめたい、熱い湯に入りたい、それしか考えられない。しかしそこを無理して何かを考えるのである。そのために前頭前野つまり意思を司る部分を働かせなければならない。私は具体的には数を数える、九九の計算をするということをしている。経験では数を数えるのは比較的容易である。しかし九九の計算をするのは極めて大変である。あまりに冷たいので、頭がパニック状態になり、九九の表が思い出せないのである。九九八十一と唱えた時は、もう寒さを通り越して痛みを感じはじめている。</p> <p>こんなことをして何の意味があるのか。人間は人生の中で強いストレスを感じたり、パニックになったりする場合はいろいろあるだろう。例えば事故にあった場合、ショックな知らせがあった場合、相手に怒りで頭に血が上った場合、こんな時に人間は冷静に物事が考えられない。しかしその場合に冷静に物事を考えられたら、難局をうまく乗り切れるだろう。つまり冷水浴・冷水シャワーは頭に血が上った場合に冷静になる練習なのである。</p> <p>そう考えると、武芸者や行者が滝行や水垢離をすることの意味がわかる。彼らは経験的に、それらがメンタルを鍛える、つまり根性を鍛えることができることを知っていたのだ。</p> <p>フバーマン教授が強調するのは、冷水浴・冷水シャワーはアドレナリンとノルアドレナリンを分泌する他にドーパミンも分泌して、幸福感を得ることができるという点だ。ドーパミンの増加は数時間も続く。つまり冷水シャワーを浴びると幸福感を感じることができる、これがあまり知られていない効果である。さらにドーパミンは意欲も増大させるのだ。実際、私の経験でも朝に冷水シャワーを浴びた後の数時間は実に清々しいのである。</p> <p style="text-align: center;"><strong>記憶力が増す</strong></p> <p>これは別の回にも述べたいのだが、冷水浴・冷水シャワーは記憶の定着に良いというのだ。例えば何か勉強した時にそれをよりよく記憶するにはどうすればよいか。巷にはさまざまな記憶法が語られている。一番知られているのは、何度も復習することである。</p> <p>フバーマン教授は科学的に実証された別の記憶法について述べている。それは何かを経験した後にショック与えるのである。ネズミの実験では、飼っている箱の一部に行くと電気ショックが与えられる場所があるとする。一度電気ショックを経験したネズミは二度とそこに近づかない。つまり何度も復習することなく、たった一度の経験で記憶するのである。それはアドレナリンが神経細胞(ニューロン)間の結合つまりシナプス結合を強化するからである。</p> <p>実験的に学生を二群に分けて、それぞれに何事かを記憶させる。一群の学生は、記憶した後に手を氷水に浸す。するとそのグループの方が記憶力のテストで好成績をとった。それから考えると、勉強した後に冷水シャワーを浴びるのは、記憶の定着に良いと思われる。試験の前日など、切羽詰まった場合には良いのではないだろうか。</p> <p style="text-align: center;"><strong>寒さに強くなる</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーを浴びているとだんだん慣れてくる。その生理的機構は何か。それは白色脂肪が褐色脂肪になるからである。ふつう体に溜まっている脂肪は白色脂肪で色が白い。褐色脂肪は褐色である。褐色である理由は細胞内にミトコンドリアが多いからである。</p> <p>ミトコンドリアとは細胞内にたくさんある小さな器官で、そこでエネルギーが生成される。具体的にはATPが作られる。ATPはエネルギーの通貨と呼ばれていて、細胞はATPを使って様々な仕事をする。ミトコンドリアは、食べることで得られた糖分と、空気を吸うことで得られた酸素を用いてエネルギー通貨のATPを作るのである。</p> <p>人が寒さに出会った時に、深部低温が低下しすぎると死ぬので、何とかして体温を上げなければならない。そのための機構が震えである。寒くて体が震えるのは、筋肉がATPを使って収縮を繰り返して、その時におまけに熱を発生させて体を温めるからだ。</p> <p>しかし震える以外にも熱を発生させる機構がある。それはミトコンドリアが直接、熱を発生させるというものである。それが褐色脂肪でおきる。褐色脂肪が多いということは、寒さに強いということである。赤ちゃんは褐色脂肪が多いが、大人にはほとんどない。大人の脂肪はほとんどが白色脂肪である。赤ちゃんに褐色脂肪が多い理由は、赤ちゃんは震えられないからである。なぜなら赤ちゃんは生まれた時は、筋肉の動かし方を知らない。つまり震え方を知らないのだ。赤ちゃんは成長するに従い、筋肉の使い方を学び、震え方も学んでいくので、褐色脂肪は少なくなっていく。</p> <p>大人になると褐色脂肪はほとんどなくなる。太っている人、腹が出ている人は白色脂肪ばかりである。白色脂肪はもしもの時のエネルギー源としての役割はあるが、普通は体に良いものではない。腹が出ていること、太っていることは体に良いものではない。いわゆるメタボである。</p> <p>ところが冷水浴・冷水シャワーを繰り返していると、白色脂肪が褐色脂肪に変わっていく。寒さに強くなるというのはそういうことだ。それにより有害な白色脂肪が有益な褐色脂肪に変わるのだ。メタボの人が冷水浴・冷水シャワーをすればよい理由だ。</p> <p>ウイム・ホフ(Wim Hof)というひとがいる。彼はアイスマンと呼ばれている。様々な動画をアップしているが、氷の海に入ったり氷を満たした風呂桶に入ったりと、とても常人にはできないことをする。まさに鉄人である。彼の体は冷水浴の訓練により褐色脂肪に覆われているのであろう。</p> <p style="text-align: center;"><strong>最後は冷水で締める</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーのやり方はいろいろある。人それぞれの流儀がある。しかしここで重要なことは、最後は冷水で締めるということだ。これをフバーマン教授はデンマークのスザンナ・ソバーグ博士の名をとって、ソバーグ原理と呼んでいる。なぜかというと、体は寒さに会うと温めようとするし、逆に熱に出会うと冷やそうとする。冷水浴・冷水シャワーの最後を冷水で締めると、体は体温を上げようとするので、外に出た時に体がほかほかするので気持ちが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>運動後の回復</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーは運動後の回復に有効である。筋肉痛も抑えられる。ただし問題は、冷水浴は筋力の強化などには逆に働く。だから疲労回復なら冷水浴は直後でよいが、筋肉強化が目的なら数時間は開けたほうが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>冷水浴・冷水シャワーはいつするのが良いか</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーは朝か早い時間が良い。寝る前は控えたほうが良い。その理由は深部体温の日変化にある。深部体温は夜に低く昼は高い。起床の少し前が深部体温は最も低く、朝から昼にかけて上昇していく。夕方ごろに最高に達して、それ以後は低下していく。深部体温が低くないと、眠るのが困難になる。先に述べたように冷水浴・冷水シャワーは、その後で深部体温を上げるので、寝る前にすると就寝を妨げるのである。逆に、寝る前にサウナとか風呂に入ることは、深部体温を下げるので、睡眠を促進することになる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>その他の効果</strong></p> <p>ここでフバーマン教授のポッドキャストから離れてエリック・バーク博士(Eric Berg)の動画に述べられている冷水シャワーの10の効果を列挙しよう。フバーマン教授のあげた点と重なるものもあれば異なるものもある。</p> <ol> <li>免疫を強化する。</li> <li>ノルアドレナリンが出て気分が良くなり、集中力が増し、ウツ気分が減る。</li> <li>褐色脂肪を増やし、新陳代謝が増し、体重を減らすことができる。</li> <li>インシュリン感受性を増大させる。</li> <li>抗炎症作用がある。</li> <li>抗酸化作用がある。</li> <li>神経細胞の保護作用がある。</li> <li>長生きのために有効である。</li> <li>ストレスホルモンのコルチゾールを減らす。</li> <li>運動後の回復を早める。</li> </ol> <div style="text-align: center;"><strong><What Happens after 14 Days of Cold Shower (Part 1)></strong></div> <div>{youtube}-IvJ15Ug6fc{/youtube}</div> <p style="text-align: center;"><strong>優越感に浸れる</strong></p> <p>以上に述べたように冷水浴・冷水シャワーにはさまざまな良い効果がある。だから私はこれを読んでいる皆さんに勧めるか? いや勧めないのである。なぜか?</p> <p>私は冷水シャワーの効果に目覚めて以来、毎日のようにそれをしている。そして周りの人たちにも話した。そうしたらどうなったか? 実際に冷水シャワーを始めた人は、たった二人であった。他の人たちは、数回は試みたが止めてしまったか、やらない理由を色々考えだすか、そもそもまったく試みもしないかである。それを聞いて私が感じたことは「勝った!」である。別に勝ちたいわけではないが、周りが自分で膝を屈していくのである。私の周りの人たちは、とても立派な優秀な人たちで、すくなくともある側面では私にはとても及びがつかない。しかしそんな人たちが、この点に関しては自分で膝を屈していくのである。それを見て私が感じたことは優越感である。</p> <p>Quoraにこんな記事があった。自分は子供の頃は、体力もなく、勉強もできずにいじめられていた。いじめっ子は力も強く、成績も良かった。私は何とかいじめっ子を見返したいと思い、懸垂をして体力をつけたり、一生懸命勉強したりした。大人になった今は、過去の頑張りのおかげでそれなりに成功している。あるとき街で昔のいじめっ子に出会った。彼はなんかしょぼくれた格好をしていて、成功しているようには見えなかった。そこで彼に声をかけて笑ってやろうと思ったのだが、子供がやってきてその男にパパといい、また奥さんもよってきて仲良い家族に見えた。自分はこの家族の平和を乱すのは良くないと思って声をかけるのを止めた。</p> <p>話はこれだけである。私はこれを読んでいじめられっ子には一つの手があると思った。それは冷水浴・冷水シャワーをすることである。それには体力も知力も必要ない。必要なのは気力だけである。どんなに弱くても頭が悪くても、誰にでも少しはある気力を振り絞れば、いじめっ子に、少なくともその点では勝てるのではないだろうか。体力、知力に優れた人たちがそれができないのだとすれば、優越感が得られるだろう。というわけで、成功して自信のある人、知力、体力に優れた人には、冷水浴・冷水シャワーなど必要ないのである。</p></div> <div class="feed-description"><p style="text-align: center;"><strong>フバーマン教授のポッドキャスト</strong></p> <p>私は2023年の正月元旦にYouTubeで面白い動画を発見した。スタンフォード大学医学部の神経科学・眼科学のアンドリュー・フバーマン教授(Andrew Huberman)による「意識的寒冷被曝を用いての健康と成績向上(Using Deliberate Cold Exposure for Health and Performance| Huberman Lab Podcast #66)」というものだ。意識的寒冷被曝というといかめしいが、要するに冷水浴とか冷水シャワーを浴びて健康を増進しようというものだ。</p> <p style="text-align: center;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=pq6WHJzOkno&amp;t=4395s" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=pq6WHJzOkno&amp;t=4395s</a></p> <p>私は冷水シャワーをすでにやっているが、この動画に興味を持ったのはその効能を確認したかったからだ。私が冷水シャワーを始めたのはもう10年以上も前になる。当時の主治医の勧めによるものであった。私は長年、潰瘍性大腸炎を患っていた。故安倍元首相も患っていた難病である。この治療法は確立していないが、症状を抑える薬としてプレドニンというステロイド剤がある。これは確実に炎症を抑えるのだが、重大な副作用がさまざまある。そこで服用をやめたいのだが、なかなか難しい。ステロイドホルモンは本来、副腎から分泌されているのだが、ステロイド剤を常用すると副腎のステロイド分泌能力が落ちるという。そこで副腎を鍛えるために冷水シャワーを浴びなさいというわけだ。冷水を浴びるとなぜ副腎が鍛えられるかのメカニズムはのちに述べるとして、ともかく主治医にそう言われて実行していた。しかし真面目にやっていたとは言い難い。結構チンタラとやっていた。</p> <p>ちなみに潰瘍性大腸炎の方は、別の記事で述べたがイヌリンという水溶性食物繊維を摂取することで完治した。だからなお冷水シャワーを浴びる動機が減ったので、チンタラとしていたというわけだ。</p> <p>しかしフバーマンのポッドキャストを聞いて見ると目からウロコであった。もっともこの番組は早口の英語で2時間15分もまくし立てるものだから、30分も聴くとヘトヘトになってしまった。そこで昼寝をして休養し、再度聞いた。三度に分けてようやく聴き終えた。しかし先に述べたように、内容が目からウロコであったので、1月2日に再度全部聞き直した。</p> <p>そのなかでもっとも私の興味を引いたのは、冷水浴・冷水シャワーが健康に良いというだけでなく、簡単にいえば精神を鍛えられるということだ。その生理学的メカニズムが語られているのだがそれは後で述べる。冷水浴が体の健康に良いことはわかるとしても、精神を鍛えられると言うのは聴き始めだし、嬉しいではないか。私はこれで今年は「鉄人」になろうと決意した。ここで言う鉄人とは、筋肉ムキムキの人間ではなく、気力と意志力が充実した人間ということだ。具体的にいえば、集中力を増し、持久力をまし、フバーマン教授のポッドキャストを一度で聴ききるほどになろうと言うのだ。</p> <p>もっともこの点に関しては、フバーマン教授が言うには、一度に集中して作業できる時間(これをバウトという)は90分、さらにその中でも45分で一度5分間の休憩を入れると良いということが話されているが、それは「集中」という主題で別に取り上げたい。</p> <p>フバーマン教授は自分のポッドキャストは、巷にある健康番組とは違い、証拠のあること、具体的にいえば査読論文で証拠が挙げられているものに限定すると言う。私は科学者だから、この言葉は心強い。というのも巷には健康情報が溢れているが、どれが信頼できて、どれが信頼できないかの判断が素人には難しい。だから査読論文で証拠を挙げられたものに限ると言うのは、心強いではないか。</p> <p>調べて見るとフバーマン教授はこの番組をはじめとして100本以上の動画をアップしている。動画はプロが撮影したようで、画質も音質も良い。</p> <p style="text-align: center;"><a href="https://hubermanlab.com" target="_blank">https://hubermanlab.com</a></p> <p>ありがたいことに、早口で話した内容をきちんとPDFの文章にしてアップしている。これもプロの作業だろう。だからこの番組には相当お金がかかっていると思われる。それはスポンサーがついているのでできることだろう。</p> <p style="text-align: center;"><a href="http://readthatpodcast.com" target="_blank">http://readthatpodcast.com</a></p> <p>彼の話のほとんどが最低で1時間半、長いと3時間近くも英語でまくしたてるものだから、よほど意を決して聞かないと一度では聴ききれない。しかしどれも私にはとても興味があるものだから、できるだけ多く聞いてみようと思った。私が特に関心を持ったものを順次紹介していきたい。その最初が冷水シャワーというわけだ。</p> <p style="text-align: center;"><strong>冷水浴・冷水シャワーと安全性</strong></p> <p>まずここで意識的寒冷被曝の方法だが、いろいろある。冷水浴(いわゆる水風呂)、寒中水泳、冷水シャワーなどだ。さらには液体窒素を用いて零下110度にする方法もあるというが、これは装置が大変だから話から除外する。科学的実験は実験条件のコントロールが大事だから、実験はほとんどが冷水浴で行われる。冷水シャワーは実験条件のコントロールが難しい。しかし我々が実際に行うには、冷水シャワーで十分である。</p> <p>まずだれでも気になることが安全性である。冷水を頭から浴びで大丈夫なのか。この点に関しては、フバーマン教授は危険性は無しとはしないという。例えば血圧の高い人がいきなり頭から冷水を浴びたり、冷たい水に飛び込んだりしたら、血圧が上がって危険かもしれない。私は冷水シャワーを浴びる場合は、まずは足にかけて、つぎにお尻にかけて、さらに手にかける。そしてお腹から徐々に上に上げていき胸に行き、背中に冷水をかけて、最後に頭からかぶるなどの順序を踏んでいる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>ホルミシス効果</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーがなぜ健康に良いのか。それはホルミシス効果(Hormesis)という言葉で括ることができる。ホルミシス効果とは、人間にとって毒であっても、少量の毒はむしろ体に良いという効果のことである。なぜ毒が少量なら体に良いかというと、体は毒に対抗しようとして、免疫を強化するなど様々なことをするからだ。</p> <p>例えば運動は健康に良いことはよく知られているが、しかし過度の運動は体に良くないことも知られている。激しい呼吸をすることにより活性酸素が発生する。この活性酸素が諸悪の根源である。しかし適度な運動は体に良いのは以下に述べる機構のためだ。</p> <p>放射線は体に良くないこともよく知られている。しかし適度な放射線はむしろ体に良いことも経験的に知られている。例えばラジウム温泉とかラドン温泉というものがあり、それが健康に良いと宣伝されているのも周知のことだ。それもホルミシス効果のせいである。具体的な機構に触れると、放射線は体内の細胞にある水分子と衝突してそれを電離する。するとそこで活性酸素が生成される。活性酸素は周辺の分子と化合して、その機能を阻害する。いわば体が錆びるのである。しかし少量の活性酸素が発生した場合、体はその作用を中和する抗酸化作用のある物質を生み出す。これがホルミシス効果である。つまり少量の毒を与えると、体はそれになれるのである。</p> <p>寒冷ショックも同じようなものだ。人間のような恒温生物は体温を一定に保とうとしている。人間では体温が36-37度程度の範囲に保たれている。外因によりそれから外れようとすると、体は体温を元に戻そうとする。それをホメオスタシスとよぶ。体が冷たくなると震えて筋肉を動かして体温を上げようとする。そのほか様々なことが起きる。その機構に関してはのちに述べる。</p> <p>適度な寒冷ショックが体に良いなら、適度な熱ショック、たとえばサウナも体に良いはずだ。それは確かにそうで、フバーマン教授はサウナのことも取り上げている。しかし我々日本人に取り、サウナはそれほど馴染みがなく、使おうとするとお金がかかる。寒冷ショックの方は冷水シャワーを浴びれば良いだけだから簡単だ。今回は冷水シャワーに話を限る。</p> <p style="text-align: center;"><strong>どのくらい冷たければ良いのか?</strong></p> <p>冷水浴、冷水シャワーが体に良いとして、どれくらい冷たければ良いのか? これに関しては明快な基準はない。フバーマン教授の基準は次のようなものだ。たとえば冷水シャワーを浴びて、寒くてたまらないので早くやめたい、出たい、しかし体には害はないことが体感的には分かる。この程度の寒さにしろというのだ。</p> <p>どのくらいの時間、寒さに晒せば良いのか? それは冷水浴と冷水シャワーでは異なる。また寒い外気にあたるような場合とも異なる。それは水と空気の熱容量の差によるものだ。具体的にいえば冷水浴はかなりな短時間たとえば数秒でもよく、冷水シャワーは例えば数十秒から数分、寒い戸外に出るなら1時間程度はいなくては効果がない。</p> <p>いずれにせよ、温度が低ければそれだけ短時間で良い。どのくらいの時間にするかは、各人が経験的に決めれば良い。私の場合、冬場の冷水シャワー1セッションを、冷暖に数回に分けて冷水を合計2 分間ほどにしている。それで毎日すれば一週間に14分になる。のちに述べるがデンマークの研究者のスザンナ・ソバーク博士によると、1週間に11分でよいという。</p> <p style="text-align: center;"><strong>冷水シャワーが効く生理的機構</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーを浴びると体内にアドレナリン(エピネフリン)、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)などが脳内と体内に分泌される。</p> <p>皮膚の感覚器官が寒さを感じると、その信号は脳に行き、脳幹にある青斑核(Locus ceruleus)という部分からノルアドレナリンが脳内に分泌される。また寒さの刺激を感じると交感神経を通じて副腎髄質に信号が行き、そこでアドレナリンとノルアドレナリンが分泌される。アドレナリンとノルアドレナリンの作用は似たようなものである。動物がストレスにさらされた場合、例えば敵と出会った場合に戦うか逃げるか(闘争・逃走)きめて、それに体が適応するようにする。具体的には血管を収縮させて血圧をあげる、心拍数を増大させる、ブドウ糖の生成を促進するなどである。</p> <p>アドレナリンとノルアドレナリンの違いは、ノルアドレナリンは脳内で生成されるが、アドレナリンはほとんどが副腎で生成される。アドレナリンは血液脳関門に遮られて脳内には行けない。だから脳内の作用たとえば恐怖、怒り、不安、集中、覚醒、鎮痛などに関与するのはノルアドレナリンである。</p> <p>冷水浴・冷水シャワーの効果は先に述べた効果のポジティブな部分、つまり集中、覚醒、鎮痛などの効果を利用しようというものだ。つまり冷水シャワーを浴びた後は、目がすっきりと覚めて集中でき、エネルギッシュになるのだ。運動後の筋肉痛も抑えられる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>精神を鍛える、幸せになる</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーの効用で私が一番注目したのが、精神を鍛える、つまりメンタルを鍛えるという効果だ。冷水シャワーを浴びている最中は頭がほとんどパニック状態になり、早くやめたい、熱い湯に入りたい、それしか考えられない。しかしそこを無理して何かを考えるのである。そのために前頭前野つまり意思を司る部分を働かせなければならない。私は具体的には数を数える、九九の計算をするということをしている。経験では数を数えるのは比較的容易である。しかし九九の計算をするのは極めて大変である。あまりに冷たいので、頭がパニック状態になり、九九の表が思い出せないのである。九九八十一と唱えた時は、もう寒さを通り越して痛みを感じはじめている。</p> <p>こんなことをして何の意味があるのか。人間は人生の中で強いストレスを感じたり、パニックになったりする場合はいろいろあるだろう。例えば事故にあった場合、ショックな知らせがあった場合、相手に怒りで頭に血が上った場合、こんな時に人間は冷静に物事が考えられない。しかしその場合に冷静に物事を考えられたら、難局をうまく乗り切れるだろう。つまり冷水浴・冷水シャワーは頭に血が上った場合に冷静になる練習なのである。</p> <p>そう考えると、武芸者や行者が滝行や水垢離をすることの意味がわかる。彼らは経験的に、それらがメンタルを鍛える、つまり根性を鍛えることができることを知っていたのだ。</p> <p>フバーマン教授が強調するのは、冷水浴・冷水シャワーはアドレナリンとノルアドレナリンを分泌する他にドーパミンも分泌して、幸福感を得ることができるという点だ。ドーパミンの増加は数時間も続く。つまり冷水シャワーを浴びると幸福感を感じることができる、これがあまり知られていない効果である。さらにドーパミンは意欲も増大させるのだ。実際、私の経験でも朝に冷水シャワーを浴びた後の数時間は実に清々しいのである。</p> <p style="text-align: center;"><strong>記憶力が増す</strong></p> <p>これは別の回にも述べたいのだが、冷水浴・冷水シャワーは記憶の定着に良いというのだ。例えば何か勉強した時にそれをよりよく記憶するにはどうすればよいか。巷にはさまざまな記憶法が語られている。一番知られているのは、何度も復習することである。</p> <p>フバーマン教授は科学的に実証された別の記憶法について述べている。それは何かを経験した後にショック与えるのである。ネズミの実験では、飼っている箱の一部に行くと電気ショックが与えられる場所があるとする。一度電気ショックを経験したネズミは二度とそこに近づかない。つまり何度も復習することなく、たった一度の経験で記憶するのである。それはアドレナリンが神経細胞(ニューロン)間の結合つまりシナプス結合を強化するからである。</p> <p>実験的に学生を二群に分けて、それぞれに何事かを記憶させる。一群の学生は、記憶した後に手を氷水に浸す。するとそのグループの方が記憶力のテストで好成績をとった。それから考えると、勉強した後に冷水シャワーを浴びるのは、記憶の定着に良いと思われる。試験の前日など、切羽詰まった場合には良いのではないだろうか。</p> <p style="text-align: center;"><strong>寒さに強くなる</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーを浴びているとだんだん慣れてくる。その生理的機構は何か。それは白色脂肪が褐色脂肪になるからである。ふつう体に溜まっている脂肪は白色脂肪で色が白い。褐色脂肪は褐色である。褐色である理由は細胞内にミトコンドリアが多いからである。</p> <p>ミトコンドリアとは細胞内にたくさんある小さな器官で、そこでエネルギーが生成される。具体的にはATPが作られる。ATPはエネルギーの通貨と呼ばれていて、細胞はATPを使って様々な仕事をする。ミトコンドリアは、食べることで得られた糖分と、空気を吸うことで得られた酸素を用いてエネルギー通貨のATPを作るのである。</p> <p>人が寒さに出会った時に、深部低温が低下しすぎると死ぬので、何とかして体温を上げなければならない。そのための機構が震えである。寒くて体が震えるのは、筋肉がATPを使って収縮を繰り返して、その時におまけに熱を発生させて体を温めるからだ。</p> <p>しかし震える以外にも熱を発生させる機構がある。それはミトコンドリアが直接、熱を発生させるというものである。それが褐色脂肪でおきる。褐色脂肪が多いということは、寒さに強いということである。赤ちゃんは褐色脂肪が多いが、大人にはほとんどない。大人の脂肪はほとんどが白色脂肪である。赤ちゃんに褐色脂肪が多い理由は、赤ちゃんは震えられないからである。なぜなら赤ちゃんは生まれた時は、筋肉の動かし方を知らない。つまり震え方を知らないのだ。赤ちゃんは成長するに従い、筋肉の使い方を学び、震え方も学んでいくので、褐色脂肪は少なくなっていく。</p> <p>大人になると褐色脂肪はほとんどなくなる。太っている人、腹が出ている人は白色脂肪ばかりである。白色脂肪はもしもの時のエネルギー源としての役割はあるが、普通は体に良いものではない。腹が出ていること、太っていることは体に良いものではない。いわゆるメタボである。</p> <p>ところが冷水浴・冷水シャワーを繰り返していると、白色脂肪が褐色脂肪に変わっていく。寒さに強くなるというのはそういうことだ。それにより有害な白色脂肪が有益な褐色脂肪に変わるのだ。メタボの人が冷水浴・冷水シャワーをすればよい理由だ。</p> <p>ウイム・ホフ(Wim Hof)というひとがいる。彼はアイスマンと呼ばれている。様々な動画をアップしているが、氷の海に入ったり氷を満たした風呂桶に入ったりと、とても常人にはできないことをする。まさに鉄人である。彼の体は冷水浴の訓練により褐色脂肪に覆われているのであろう。</p> <p style="text-align: center;"><strong>最後は冷水で締める</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーのやり方はいろいろある。人それぞれの流儀がある。しかしここで重要なことは、最後は冷水で締めるということだ。これをフバーマン教授はデンマークのスザンナ・ソバーグ博士の名をとって、ソバーグ原理と呼んでいる。なぜかというと、体は寒さに会うと温めようとするし、逆に熱に出会うと冷やそうとする。冷水浴・冷水シャワーの最後を冷水で締めると、体は体温を上げようとするので、外に出た時に体がほかほかするので気持ちが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>運動後の回復</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーは運動後の回復に有効である。筋肉痛も抑えられる。ただし問題は、冷水浴は筋力の強化などには逆に働く。だから疲労回復なら冷水浴は直後でよいが、筋肉強化が目的なら数時間は開けたほうが良い。</p> <p style="text-align: center;"><strong>冷水浴・冷水シャワーはいつするのが良いか</strong></p> <p>冷水浴・冷水シャワーは朝か早い時間が良い。寝る前は控えたほうが良い。その理由は深部体温の日変化にある。深部体温は夜に低く昼は高い。起床の少し前が深部体温は最も低く、朝から昼にかけて上昇していく。夕方ごろに最高に達して、それ以後は低下していく。深部体温が低くないと、眠るのが困難になる。先に述べたように冷水浴・冷水シャワーは、その後で深部体温を上げるので、寝る前にすると就寝を妨げるのである。逆に、寝る前にサウナとか風呂に入ることは、深部体温を下げるので、睡眠を促進することになる。</p> <p style="text-align: center;"><strong>その他の効果</strong></p> <p>ここでフバーマン教授のポッドキャストから離れてエリック・バーク博士(Eric Berg)の動画に述べられている冷水シャワーの10の効果を列挙しよう。フバーマン教授のあげた点と重なるものもあれば異なるものもある。</p> <ol> <li>免疫を強化する。</li> <li>ノルアドレナリンが出て気分が良くなり、集中力が増し、ウツ気分が減る。</li> <li>褐色脂肪を増やし、新陳代謝が増し、体重を減らすことができる。</li> <li>インシュリン感受性を増大させる。</li> <li>抗炎症作用がある。</li> <li>抗酸化作用がある。</li> <li>神経細胞の保護作用がある。</li> <li>長生きのために有効である。</li> <li>ストレスホルモンのコルチゾールを減らす。</li> <li>運動後の回復を早める。</li> </ol> <div style="text-align: center;"><strong><What Happens after 14 Days of Cold Shower (Part 1)></strong></div> <div>{youtube}-IvJ15Ug6fc{/youtube}</div> <p style="text-align: center;"><strong>優越感に浸れる</strong></p> <p>以上に述べたように冷水浴・冷水シャワーにはさまざまな良い効果がある。だから私はこれを読んでいる皆さんに勧めるか? いや勧めないのである。なぜか?</p> <p>私は冷水シャワーの効果に目覚めて以来、毎日のようにそれをしている。そして周りの人たちにも話した。そうしたらどうなったか? 実際に冷水シャワーを始めた人は、たった二人であった。他の人たちは、数回は試みたが止めてしまったか、やらない理由を色々考えだすか、そもそもまったく試みもしないかである。それを聞いて私が感じたことは「勝った!」である。別に勝ちたいわけではないが、周りが自分で膝を屈していくのである。私の周りの人たちは、とても立派な優秀な人たちで、すくなくともある側面では私にはとても及びがつかない。しかしそんな人たちが、この点に関しては自分で膝を屈していくのである。それを見て私が感じたことは優越感である。</p> <p>Quoraにこんな記事があった。自分は子供の頃は、体力もなく、勉強もできずにいじめられていた。いじめっ子は力も強く、成績も良かった。私は何とかいじめっ子を見返したいと思い、懸垂をして体力をつけたり、一生懸命勉強したりした。大人になった今は、過去の頑張りのおかげでそれなりに成功している。あるとき街で昔のいじめっ子に出会った。彼はなんかしょぼくれた格好をしていて、成功しているようには見えなかった。そこで彼に声をかけて笑ってやろうと思ったのだが、子供がやってきてその男にパパといい、また奥さんもよってきて仲良い家族に見えた。自分はこの家族の平和を乱すのは良くないと思って声をかけるのを止めた。</p> <p>話はこれだけである。私はこれを読んでいじめられっ子には一つの手があると思った。それは冷水浴・冷水シャワーをすることである。それには体力も知力も必要ない。必要なのは気力だけである。どんなに弱くても頭が悪くても、誰にでも少しはある気力を振り絞れば、いじめっ子に、少なくともその点では勝てるのではないだろうか。体力、知力に優れた人たちがそれができないのだとすれば、優越感が得られるだろう。というわけで、成功して自信のある人、知力、体力に優れた人には、冷水浴・冷水シャワーなど必要ないのである。</p></div> メラトニンと近赤外線1: 可視光について 2022-05-27T09:25:01+09:00 2022-05-27T09:25:01+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1966-topic197.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p style="text-align: center;"><strong>概要</strong></p> <p>太陽光を浴びることは体と心の健康にとって重要である.そのことを二つの側面から述べる.</p> <p>第一の側面は概日周期(概日リズム)を整えることは健康にとって重要であるということだ.概日周期は眠りのホルモンであるメラトニンの分泌と密接に関係している.概日周期を整えるためには,まず朝に強力な光を浴びること,夜は光,特にブルーライトを浴びないことが重要である.</p> <p>第二の側面は近赤外線を浴びることは健康にとって重要であることが,近年わかってきたことである.それにともない近赤外線を浴びる療法が発展している.近赤外線は美容,鎮痛,傷の治癒などさまざまな効果があるが,特に重要なのは脳に対する効果である.近赤外線を脳に照射することにより,ウツ,不安神経症,アルツハイマー病,パーキンソン病などが直せることがわかってきた.その理由のひとつとして,近赤外光が細胞内のミトコンドリアに作用して強力な抗酸化物質であるメラトニンの生産を促進することが提案されている.それにより細胞の老化や損傷を防ぐのである.</p> <p>概日周期を決めるメラトニンは脳内の松果体から分泌されるが,近赤外線で生成されるメラトニンは体内のあらゆる細胞にあるミトコンドリアの中にあり,両者は別物である.</p> <p style="text-align: center;"><strong>はじめに</strong></p> <p>太陽光を浴びることは健康にとって重要であることは経験的によく知られている.例えば抗生物質が発見される前は,結核の療養所では日光浴が治療法であった.病気が治る原因として,従来から語られていることは,紫外線に関係した話,とくにビタミンDの生成に関する話である.紫外線は波長の長い部分をUVAといい,それより波長の短い部分をUVBという.ビタミンDの生成に関係しているのはUVBである.ビタミンD不足はコロナに罹患しやすくなることが近年注目を浴びている.それだけでなく,ビタミンD不足はいろんな原因による死亡率をあげることが知られている.ビタミンDは食事から取ることは難しい.だから太陽光を浴びることが難しい冬季とか高緯度地方の住人はサプリメントからビタミンDを取ることが奨励されている.</p> <p>紫外線の中でもUVAはむしろ有害で,日焼けや皮膚ガンの原因になり恐れられている.そのため近年は太陽光を忌避する傾向が強い.しかしそれは健康にとってむしろ良くない.可視光も赤外線も健康に有益な効果を持っているからである.本稿では紫外線ではなく可視光と近赤外線に話を絞って,それぞれの健康への効果について述べる.</p> <p>可視光の重要性は健康オタクならよく知っているであろう.しかし近赤外線の重要性は従来ほとんど語られてこなかった.ところが近年,近赤外線が大きな注目を浴びるようになった.美容,鎮痛,傷の治療などに効果があるだけでなく,アルツハイマー病,パーキンソン病,うつなどを治せるのである.そして赤色光・近赤外光療法とか光バイオモジュレーションとよばれる分野が勃興している.アルツハイマー病などの認知症は医療費の増大に重大な影響を及ぼす.その意味で今回の話は国民経済的にも重要な意味を持っているのだ.</p> <p style="text-align: center;"><strong>シュワルツ博士とMedCram</strong></p> <p>アメリカの医者で研究者であるシュワルツ博士(Roger Seheult)のMedCramという医学系YouTube番組がある.さまざまなテーマを語っているが,2020年以降はコロナ関係の極めて有益な情報をアップしている.そのなかで2022年初めに「太陽光:健康と免疫力を最適化する(光療法とメラトニン)」(文献1)という番組が公開された.1時間56分もの長大な力作である.話の内容はまさに読んでの通りである.話は2部に分かれていて,前半部は太陽光のなかの可視光についての話だ.後半(1:02:30)は近赤外線の話だ.</p> <p>この中でも特に私が注目したのは,太陽光に含まれる近赤外線が細胞内のミトコンドリアに作用して,その内部で強い抗酸化作用のあるメラトニンを生成して,それが健康にとって極めて重要であることを述べた話だ.近赤外線はコロナにも関係するという話を別の番組で展開している(文献2).アメリカの健康系のYouTube番組を立ち上げているバーク博士(Eric Berg)は,シュワルツ博士にインタビューしたときにメラトニンの話を聞いて感動して,自分の動画をシュワルツ博士より前にあげた(文献3).</p> <p>本稿ではまず第一部として可視光のことを論じて,次の第二部で近赤外線について論じる.</p> <p style="text-align: center;"><strong>メラトニン</strong></p> <p>メラトニンという一種のホルモンがある.これは後で述べる概日周期(概日リズム)を調整するホルモンである.脳内の松果体という部分で分泌される.夜になるとメラトニンが分泌されて眠くなる.朝になり光を浴びると,その光刺激が視交叉上核という部分を経由して松果体に働きかけて,メラトニンの分泌が止まる.その代わりに昼のホルモンともいうべきコルチゾールやセロトニンが分泌される.</p> <p>メラトニンの分泌量は年齢により変わり,子供の時にピークになり,年齢とともに減少する.高齢者は微量しか分泌されない.そのために筆者のような高齢者は,睡眠に問題を抱えている.たとえば中途覚醒とか睡眠時間の減少などである.子供や若い人は朝起きにくく,逆に高齢者は早朝に目覚めてしまうのはそのためである.</p> <p>睡眠を促進するためにメラトニンをサプリメントとして飲む方法もあるが,日本では売られていない.</p> <p style="text-align: center;"><strong>概日周期(概日リズム)</strong></p> <p>動物は概日周期という体内時計を持っている.概日周期は英語ではサーカディアン・リズムという.サーカとはラテン語でだいたいという意味でディアンは日という意味である.動物はだいたい24時間の体内時計を持っている.だいたいというのは,人間の場合,概日周期は24時間ではなく24時間10分とか20分,さらには25時間という場合がある.このことは実験的に示されている.人を外部から遮断した地下室で生活させると,生活の周期が遅れてくることがわかっている.日常生活でも,生活リズムを24時間より遅らせること,たとえば遅く寝て遅く起きることは容易であるが,その逆は困難であることは経験的にわかるであろう.</p> <p>体内時計が24時間からずれる原因は様々ある.どうしようもないものとして交代勤務があるが,そのほか夜更かし,運動不足なども原因になる.ところが体内時計が24時間でないと健康に不都合なことが色々と生じる.不眠などが直接的な影響だが,ガンや糖尿病などの生活習慣病の原因にもなる.</p> <p>正しい概日周期に従うと,午前7時半頃にメラトニンの分泌が止まる.午後2時半から5時頃は体調が最高の時間帯であり,夜の7時には体温が最高になる.夜の9時にはメラトニンの分泌が始まる.つまり午前7時半頃にはメラトニンの分泌を止めて,夜の9時頃にメラトニンの分泌を開始するのが正しい概日周期と考えても良いだろう.</p> <p style="text-align: center;"><strong>体内時計を調節するためには</strong></p> <p>先に述べたように体内時計が24時間からずれることは,健康上よくない.それではどうすれば体内時計を調節できるか? それは朝に強烈な光を浴びることである.例えば太陽を拝むことである.それができない交代勤務者はどうするかとか,高緯度に住んでいる人はどうするかという問題はあるが,比較的低緯度の日本に住んでいて,かつ交代勤務でない場合には,夜明け後に外に出て太陽の光を浴びれば良い.太陽を直接見るのは目によくないので,その辺りを見れば良い.そうすれば体内時計がリセットされる.その機構は先に述べたように,目に入った光刺激が視交叉上核を経由して松果体に働きかけてメラトニンの分泌を止めるのだ.これが体内時計の調節,リセットする方法である.</p> <p>また夜にはメラトニンの分泌を開始しなければならない.そのためには夜は光をできるだけ見ない方が良い.とはいっても現代生活ではそれは不可能である.メラトニンの分泌の開始を阻害するのは,特にブルーライトと呼ばれる青い光である.ブルーライトはスマホ,タブレット,PCのモニターなどから主として出る.だから夜はこれらのものは見ない方が良い.特に就寝の一時間前からは禁止すべきである.もっとも本を読むのは問題ない.</p> <p>光を見るとすれば赤い光はブルーライトに比べると比較的問題がない.暖炉の火,焚き火,赤い照明,白熱電球などである.欧米の家の照明は薄暗く,赤っぽいがこれは合理的である.日本に多い蛍光灯とかLED照明はよくない.太陽光を健康的な食事に例えるとすれば,(夜の)ブルーライト,LED照明などはジャンクフードである.</p> <p>ちなみにブルーライトは常によくないのではなく,朝にそれを見ることはメラトニンの分泌を止めて体内時計を調節するので良いのだ.だから夜にスマホを見るのはやめて,朝に見よう.</p> <p>さらに夜の照明の光源の位置も問題で,できるだけ低い方が良い.というのはメラトニンの分泌を止める信号を発するのは,網膜の下の部分にあるからだ.太陽の光は上からくるので,それを網膜の下部で受けて,その信号が松果体に伝わりメラトニンの分泌を止めるのである.人類はその長い歴史の中で,夜は焚き火を囲んで団らんしたであろう.これは睡眠に誘うという意味では良いのである.夕日を見るのも眠りを誘うという意味では良いのだ.</p> <p style="text-align: center;"><strong>朝の散歩</strong></p> <p>健康的な習慣として私は朝の散歩をしている.その目的は二つある.一つは今までに述べたように,太陽の光を浴びて体内時計をリセットすることである.もう一つは,運動は体に良いという話であるが,その点は本稿の目的ではないのでそれ以上触れない.</p> <p>どのくらいの時間,太陽光を浴びれば良いのか.それは明るさによって異なる.光の強さが強い場合は短時間,弱い場合は長時間ということになる.ちなみに太陽光や部屋の照明の明るさはどのくらいだろうか.明るさの単位としてルクスがある.これは1平方メートルの面積に1ルーメンの光束が一様に分布している時というのが正式の定義だが,感じとしては1メートル離れたロウソクの光程度である.晴れた日の直射光は10万ルクス,曇天で2-3万ルクス,早朝夕方で数千ルクス,寝室・廊下で20-50ルクス,室内全般で100ルクス,読書に最適は500-800ルクスである.朝に光を浴びる時間の目安として,明るい太陽光の方向を見るのなら数十秒で十分だが,曇天の場合は数十分程度だろう.</p> <p>朝の散歩をすると非常に幸せになり,1日が生気に溢れる感じがする.幸せホルモンと言われるセロトニンの分泌と関係するのかもしれない.以前,夜中に中途覚醒した時は,非常に不安な不幸な感じがしたが,朝の散歩を日課とするようになりそれはほぼなくなった.</p> <p>以上の話を私は「松田語録:メラトニンと近赤外線(前編)」(文献4)としてYouTubeにアップしているので,関心のある方は視聴されることを勧める.</p> <p style="text-align: center;"><strong>文献</strong></p> <p>1 Roger Seheult, Sunlight: Optimize Health and Immunity (Light Therapy and Melatonin)</p> <p>{youtube}5YV_iKnzDRg{/youtube}</p> <p>2 Roger Seheult, The Case for Sunlight in COVID 19: Oxidative Stress</p> <p>{youtube}2Zzo4SJopcY{/youtube}</p> <p>3 Eric Berg, The MOST POWERFUL Antioxidant is Melatonin, NOT Glutathione</p> <p>{youtube}sNklS0lzlgA{/youtube}</p> <p>4 松田語録:メラトニンと近赤外線(前編)</p> <p>{youtube}vniZeQQLLxI{/youtube}</p></div> <div class="feed-description"><p style="text-align: center;"><strong>概要</strong></p> <p>太陽光を浴びることは体と心の健康にとって重要である.そのことを二つの側面から述べる.</p> <p>第一の側面は概日周期(概日リズム)を整えることは健康にとって重要であるということだ.概日周期は眠りのホルモンであるメラトニンの分泌と密接に関係している.概日周期を整えるためには,まず朝に強力な光を浴びること,夜は光,特にブルーライトを浴びないことが重要である.</p> <p>第二の側面は近赤外線を浴びることは健康にとって重要であることが,近年わかってきたことである.それにともない近赤外線を浴びる療法が発展している.近赤外線は美容,鎮痛,傷の治癒などさまざまな効果があるが,特に重要なのは脳に対する効果である.近赤外線を脳に照射することにより,ウツ,不安神経症,アルツハイマー病,パーキンソン病などが直せることがわかってきた.その理由のひとつとして,近赤外光が細胞内のミトコンドリアに作用して強力な抗酸化物質であるメラトニンの生産を促進することが提案されている.それにより細胞の老化や損傷を防ぐのである.</p> <p>概日周期を決めるメラトニンは脳内の松果体から分泌されるが,近赤外線で生成されるメラトニンは体内のあらゆる細胞にあるミトコンドリアの中にあり,両者は別物である.</p> <p style="text-align: center;"><strong>はじめに</strong></p> <p>太陽光を浴びることは健康にとって重要であることは経験的によく知られている.例えば抗生物質が発見される前は,結核の療養所では日光浴が治療法であった.病気が治る原因として,従来から語られていることは,紫外線に関係した話,とくにビタミンDの生成に関する話である.紫外線は波長の長い部分をUVAといい,それより波長の短い部分をUVBという.ビタミンDの生成に関係しているのはUVBである.ビタミンD不足はコロナに罹患しやすくなることが近年注目を浴びている.それだけでなく,ビタミンD不足はいろんな原因による死亡率をあげることが知られている.ビタミンDは食事から取ることは難しい.だから太陽光を浴びることが難しい冬季とか高緯度地方の住人はサプリメントからビタミンDを取ることが奨励されている.</p> <p>紫外線の中でもUVAはむしろ有害で,日焼けや皮膚ガンの原因になり恐れられている.そのため近年は太陽光を忌避する傾向が強い.しかしそれは健康にとってむしろ良くない.可視光も赤外線も健康に有益な効果を持っているからである.本稿では紫外線ではなく可視光と近赤外線に話を絞って,それぞれの健康への効果について述べる.</p> <p>可視光の重要性は健康オタクならよく知っているであろう.しかし近赤外線の重要性は従来ほとんど語られてこなかった.ところが近年,近赤外線が大きな注目を浴びるようになった.美容,鎮痛,傷の治療などに効果があるだけでなく,アルツハイマー病,パーキンソン病,うつなどを治せるのである.そして赤色光・近赤外光療法とか光バイオモジュレーションとよばれる分野が勃興している.アルツハイマー病などの認知症は医療費の増大に重大な影響を及ぼす.その意味で今回の話は国民経済的にも重要な意味を持っているのだ.</p> <p style="text-align: center;"><strong>シュワルツ博士とMedCram</strong></p> <p>アメリカの医者で研究者であるシュワルツ博士(Roger Seheult)のMedCramという医学系YouTube番組がある.さまざまなテーマを語っているが,2020年以降はコロナ関係の極めて有益な情報をアップしている.そのなかで2022年初めに「太陽光:健康と免疫力を最適化する(光療法とメラトニン)」(文献1)という番組が公開された.1時間56分もの長大な力作である.話の内容はまさに読んでの通りである.話は2部に分かれていて,前半部は太陽光のなかの可視光についての話だ.後半(1:02:30)は近赤外線の話だ.</p> <p>この中でも特に私が注目したのは,太陽光に含まれる近赤外線が細胞内のミトコンドリアに作用して,その内部で強い抗酸化作用のあるメラトニンを生成して,それが健康にとって極めて重要であることを述べた話だ.近赤外線はコロナにも関係するという話を別の番組で展開している(文献2).アメリカの健康系のYouTube番組を立ち上げているバーク博士(Eric Berg)は,シュワルツ博士にインタビューしたときにメラトニンの話を聞いて感動して,自分の動画をシュワルツ博士より前にあげた(文献3).</p> <p>本稿ではまず第一部として可視光のことを論じて,次の第二部で近赤外線について論じる.</p> <p style="text-align: center;"><strong>メラトニン</strong></p> <p>メラトニンという一種のホルモンがある.これは後で述べる概日周期(概日リズム)を調整するホルモンである.脳内の松果体という部分で分泌される.夜になるとメラトニンが分泌されて眠くなる.朝になり光を浴びると,その光刺激が視交叉上核という部分を経由して松果体に働きかけて,メラトニンの分泌が止まる.その代わりに昼のホルモンともいうべきコルチゾールやセロトニンが分泌される.</p> <p>メラトニンの分泌量は年齢により変わり,子供の時にピークになり,年齢とともに減少する.高齢者は微量しか分泌されない.そのために筆者のような高齢者は,睡眠に問題を抱えている.たとえば中途覚醒とか睡眠時間の減少などである.子供や若い人は朝起きにくく,逆に高齢者は早朝に目覚めてしまうのはそのためである.</p> <p>睡眠を促進するためにメラトニンをサプリメントとして飲む方法もあるが,日本では売られていない.</p> <p style="text-align: center;"><strong>概日周期(概日リズム)</strong></p> <p>動物は概日周期という体内時計を持っている.概日周期は英語ではサーカディアン・リズムという.サーカとはラテン語でだいたいという意味でディアンは日という意味である.動物はだいたい24時間の体内時計を持っている.だいたいというのは,人間の場合,概日周期は24時間ではなく24時間10分とか20分,さらには25時間という場合がある.このことは実験的に示されている.人を外部から遮断した地下室で生活させると,生活の周期が遅れてくることがわかっている.日常生活でも,生活リズムを24時間より遅らせること,たとえば遅く寝て遅く起きることは容易であるが,その逆は困難であることは経験的にわかるであろう.</p> <p>体内時計が24時間からずれる原因は様々ある.どうしようもないものとして交代勤務があるが,そのほか夜更かし,運動不足なども原因になる.ところが体内時計が24時間でないと健康に不都合なことが色々と生じる.不眠などが直接的な影響だが,ガンや糖尿病などの生活習慣病の原因にもなる.</p> <p>正しい概日周期に従うと,午前7時半頃にメラトニンの分泌が止まる.午後2時半から5時頃は体調が最高の時間帯であり,夜の7時には体温が最高になる.夜の9時にはメラトニンの分泌が始まる.つまり午前7時半頃にはメラトニンの分泌を止めて,夜の9時頃にメラトニンの分泌を開始するのが正しい概日周期と考えても良いだろう.</p> <p style="text-align: center;"><strong>体内時計を調節するためには</strong></p> <p>先に述べたように体内時計が24時間からずれることは,健康上よくない.それではどうすれば体内時計を調節できるか? それは朝に強烈な光を浴びることである.例えば太陽を拝むことである.それができない交代勤務者はどうするかとか,高緯度に住んでいる人はどうするかという問題はあるが,比較的低緯度の日本に住んでいて,かつ交代勤務でない場合には,夜明け後に外に出て太陽の光を浴びれば良い.太陽を直接見るのは目によくないので,その辺りを見れば良い.そうすれば体内時計がリセットされる.その機構は先に述べたように,目に入った光刺激が視交叉上核を経由して松果体に働きかけてメラトニンの分泌を止めるのだ.これが体内時計の調節,リセットする方法である.</p> <p>また夜にはメラトニンの分泌を開始しなければならない.そのためには夜は光をできるだけ見ない方が良い.とはいっても現代生活ではそれは不可能である.メラトニンの分泌の開始を阻害するのは,特にブルーライトと呼ばれる青い光である.ブルーライトはスマホ,タブレット,PCのモニターなどから主として出る.だから夜はこれらのものは見ない方が良い.特に就寝の一時間前からは禁止すべきである.もっとも本を読むのは問題ない.</p> <p>光を見るとすれば赤い光はブルーライトに比べると比較的問題がない.暖炉の火,焚き火,赤い照明,白熱電球などである.欧米の家の照明は薄暗く,赤っぽいがこれは合理的である.日本に多い蛍光灯とかLED照明はよくない.太陽光を健康的な食事に例えるとすれば,(夜の)ブルーライト,LED照明などはジャンクフードである.</p> <p>ちなみにブルーライトは常によくないのではなく,朝にそれを見ることはメラトニンの分泌を止めて体内時計を調節するので良いのだ.だから夜にスマホを見るのはやめて,朝に見よう.</p> <p>さらに夜の照明の光源の位置も問題で,できるだけ低い方が良い.というのはメラトニンの分泌を止める信号を発するのは,網膜の下の部分にあるからだ.太陽の光は上からくるので,それを網膜の下部で受けて,その信号が松果体に伝わりメラトニンの分泌を止めるのである.人類はその長い歴史の中で,夜は焚き火を囲んで団らんしたであろう.これは睡眠に誘うという意味では良いのである.夕日を見るのも眠りを誘うという意味では良いのだ.</p> <p style="text-align: center;"><strong>朝の散歩</strong></p> <p>健康的な習慣として私は朝の散歩をしている.その目的は二つある.一つは今までに述べたように,太陽の光を浴びて体内時計をリセットすることである.もう一つは,運動は体に良いという話であるが,その点は本稿の目的ではないのでそれ以上触れない.</p> <p>どのくらいの時間,太陽光を浴びれば良いのか.それは明るさによって異なる.光の強さが強い場合は短時間,弱い場合は長時間ということになる.ちなみに太陽光や部屋の照明の明るさはどのくらいだろうか.明るさの単位としてルクスがある.これは1平方メートルの面積に1ルーメンの光束が一様に分布している時というのが正式の定義だが,感じとしては1メートル離れたロウソクの光程度である.晴れた日の直射光は10万ルクス,曇天で2-3万ルクス,早朝夕方で数千ルクス,寝室・廊下で20-50ルクス,室内全般で100ルクス,読書に最適は500-800ルクスである.朝に光を浴びる時間の目安として,明るい太陽光の方向を見るのなら数十秒で十分だが,曇天の場合は数十分程度だろう.</p> <p>朝の散歩をすると非常に幸せになり,1日が生気に溢れる感じがする.幸せホルモンと言われるセロトニンの分泌と関係するのかもしれない.以前,夜中に中途覚醒した時は,非常に不安な不幸な感じがしたが,朝の散歩を日課とするようになりそれはほぼなくなった.</p> <p>以上の話を私は「松田語録:メラトニンと近赤外線(前編)」(文献4)としてYouTubeにアップしているので,関心のある方は視聴されることを勧める.</p> <p style="text-align: center;"><strong>文献</strong></p> <p>1 Roger Seheult, Sunlight: Optimize Health and Immunity (Light Therapy and Melatonin)</p> <p>{youtube}5YV_iKnzDRg{/youtube}</p> <p>2 Roger Seheult, The Case for Sunlight in COVID 19: Oxidative Stress</p> <p>{youtube}2Zzo4SJopcY{/youtube}</p> <p>3 Eric Berg, The MOST POWERFUL Antioxidant is Melatonin, NOT Glutathione</p> <p>{youtube}sNklS0lzlgA{/youtube}</p> <p>4 松田語録:メラトニンと近赤外線(前編)</p> <p>{youtube}vniZeQQLLxI{/youtube}</p></div> 神経新生と自然 2022-05-12T05:13:03+09:00 2022-05-12T05:13:03+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1910-topic196.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>神経新生の話の続きである。今回は自然に触れることの重要性について述べる。人間は動物であり何億年の進化の過程で自然の中で生きてきた。人類の祖先も数百万年も自然の中で生きてきた。だから人間の脳も自然に適応しているのである。都市やその風景、家やオフィスなどの人工的な環境、交通機関、人工的な光などは動物としての人間には不自然なのだ。現在のように多くの人が人工物に囲まれて生活するようになったのはたかだか、ここ百年程度のことだ。つまり人間は人工的な環境には適応していないのである。</p> <p>実際、都市などの人工物でできた風景は直線を主体としてできている。しかし自然界には完全な直線は殆どない。完全な円も殆どない。はっきりとした輪郭もない。自然の光景は複雑なのだ。動物としての人間は複雑な光景を見ることで脳が刺激を受けるらしい。音も同じである。自然の音は1/fノイズという特徴的な周波数分布をしている。これが心が落ち着く要因のようだ。</p> <p>研究によれば自然環境は人工的な環境よりは神経新生を促進する。ネズミや猿を自然な環境の中で飼育すると神経新生が促進される。逆にネズミや猿をかごや檻に閉じ込めると、周りの景色が単調であり刺激に乏しいので、動物園の動物は神経新生が限定される。また気分も鬱になりやすい。自然の環境の複雑さが脳を刺激して、神経新生を促進するからだ。</p> <p>人間も同じことだ。人間を自然環境中に置くとストレスが減り、不安やうつが軽減される。ADDやADHDが軽減する。都市の道路ではなく自然の中を散歩するとストレスホルモンが減少して、若返りホルモンと呼ばれるDHEAが多く分泌される。</p> <p>自然の景色は人工的な景色より複雑であり、刺激に富んでいる。逆にビルの中で、かつ窓際でない建物の内部で働いているオフィスワーカーにはうつやストレイが多い。つまり窓際族はその意味ではラッキーなのだ。窓の外がビル街では自然が望めないが、それでも室内よりは窓の近くのほうが良い。学校でも窓際に座る生徒のほうが、成績が良いという調査もある。</p> <p>病院でも外の自然が見える窓際のベッドのほうが、部屋の奥にあるベッドよりも治りが早いし苦痛も少ないという研究もある。実は私自身、過去に何度も長期に入院した経験があり、部屋の廊下側にあるベッドよりは窓際のベッドのほうが気分が良いことは経験している。</p> <p>オフィスでどうしても部屋の内部に座る場合は、植木鉢などを置くのが良い。家庭でも家の中に植木などをおいて自然を取り入れるのは良いことだ。道路でも街路樹がある方が運転者のストレスを軽減して交通事故が減る。その意味で最悪なのは刑務所であろう。壁の景色が単調だからだ。米国の刑務所では自然の景色を一定時間壁に映す実験がなされている。</p> <p>私は夜になるとYouTube動画で自然の景色を、プロジェクターで壁一面に写して流している。調べてみるとわかるが、膨大な数の自然動画がアップされている。川のせせらぎ、木々の葉の擦れる音、鳥のさえずり、海岸に打ち寄せる波の音、キャンプファイアーのチロチロ燃える音などは心を癒やされる。現実の自然のほうが良いことは当然だが、偽の自然でも何らかの効果はあるかもしれないと期待している。</p> <p>自然に触れることは海馬の神経新生以上の意味がある。子供が育つときにその住居の近くの、植物が生い茂る緑地つまりグリーンスペースに距離的に近いことと、子供の脳の発達が関係するという研究がある。スペインのバルセロナにある国際保健研究所の研究では、7-9歳の学童253人を対象として、生まれてから生涯どれくらい緑に触れたかを測定して、それと脳の白質と灰白質の領域の体積との関係を調べた。その結果は子供が触れた緑の量が多いほど、脳の体積も大きいという結果が得られた。その結果、認知機能も優れている、つまり頭が良いことがわかった。</p> <p>米国のイリノイ大学の景観・健康研究所の研究がある。大規模な公団団地の女性の住人にインタビュー調査をした。あるグループは殺風景な建物や駐車場という風景しか見えない住居に住んでいた。別のグループは木々や草木、花壇が見える住宅に住んでいた。その2つのグループに対して注意力テストや人生の問題に対する対処法などを調べた結果、植物が見える住宅に住む住民の方があらゆる項目で評価が高かった。自然を見ることで注意力が高まり、また元気になるのだろう。</p> <p>ミシガン大学の学生たちにGPSをもたせて歩き回らせた研究がある。植物園を散歩する学生もいれば、繁華街を歩き回る学生もいた。その後で心理テストをした結果、自然の中を歩いた学生のほうが機嫌がよく、注意力テストの成績もよく、記憶テストの成績も良かった。また自然の写真を見るほうが町中の写真を見るよりも、測定できるほどの好成績をとった。</p> <p>クイーンズランド大学の研究では緑のある公園でも、植物の多様性と脳に与える影響には密接な関係があることがわかった。多様な樹木のある公園で過ごした被験者のほうが幸福度は高かった。</p> <p>自然に触れることは単に頭にとって良いだけではなく、体にもよいのだ。実際、自然に囲まれた生活をしていると都会生活よりはコルチゾールというストレスホルモンのレベルが低くなる。コルチゾールレベルが低下するためには、単に自然に浸るだけではなく、散歩などの適度な運動をすることも重要だ。</p> <p>以前にも触れたのだが、森林浴という概念がある。日本人の提案した概念だ。日本の研究では森の中を歩くとコルチゾールのレベルが低下し、血圧、心拍数、ストレスに対する過剰な神経反応が低下した。また免疫力も強化された。その理由は森や林の木々が放つフィトンチッドという香りの成分にある。これは免疫力を増強するのだ。つまり森林浴をすることは神経新生にとって役立つだけでなく、免疫力を増強してコロナに打ち勝つ力を高めるのだ。森林浴のために山に行ければ良いが、それは簡単なことではない。山でなくても森や林、公園、神社、お寺に行くのも良い。</p> <p>個人的な話をすると、私は京都という比較的大都市ではあるが、自然にあふれた街に住んでいる。家の近くの高野川や鴨川を散策すると、たくさんの水鳥を見る。サギとカモが主体である。サギにはシラサギ、アオサギ、ゴイサギがいる。シラサギには大サギ、中サギ、コサギいう種類がある。カモも多くの種類がいる。最近は鵜もよく見かける。鳥だけではない。先日など、河原を鹿が上流に向かってかけて行くのに出会った。人間の背丈ほどもあるダムを軽々と超えて、水を蹴散らしてかけて行った。歩いて行けるところに松ヶ崎山があり、鹿はそこに住んでいるのだ。松ヶ崎山の麓に京都府警察の平安騎馬隊の厩舎がある。ある時、馬の世話係が馬に乗って道路を歩いていた。その道路の下の河原に鹿がいた。上には馬、下には鹿、つまり馬鹿である。なーんちゃって。</p> <p>自然の景色を見たり、自然の音を聞いたりすることは海馬の神経新生に良い影響を与える。自然に触れることは海馬の神経新生にとどまらず、子供の脳の発達や、主婦、学生の認知力や幸福感にまで影響を及ぼす。自然に親しむことは、ストレスを軽減して免疫力を強化する。自然に親しむ最も良い方法は、植物の豊かな山や森林に行くことであるが、公園や神社、お寺を散歩することもよい。家庭やオフィスや病室でも自然の見える窓際がよい。自然が見えなくても、部屋の奥よりは窓際が良い。自然が見えない場合は、室内に樹木を置くことや、自然の景色を映写したり、写真を置いたりするのも次善の策だ。</p></div> <div class="feed-description"><p>神経新生の話の続きである。今回は自然に触れることの重要性について述べる。人間は動物であり何億年の進化の過程で自然の中で生きてきた。人類の祖先も数百万年も自然の中で生きてきた。だから人間の脳も自然に適応しているのである。都市やその風景、家やオフィスなどの人工的な環境、交通機関、人工的な光などは動物としての人間には不自然なのだ。現在のように多くの人が人工物に囲まれて生活するようになったのはたかだか、ここ百年程度のことだ。つまり人間は人工的な環境には適応していないのである。</p> <p>実際、都市などの人工物でできた風景は直線を主体としてできている。しかし自然界には完全な直線は殆どない。完全な円も殆どない。はっきりとした輪郭もない。自然の光景は複雑なのだ。動物としての人間は複雑な光景を見ることで脳が刺激を受けるらしい。音も同じである。自然の音は1/fノイズという特徴的な周波数分布をしている。これが心が落ち着く要因のようだ。</p> <p>研究によれば自然環境は人工的な環境よりは神経新生を促進する。ネズミや猿を自然な環境の中で飼育すると神経新生が促進される。逆にネズミや猿をかごや檻に閉じ込めると、周りの景色が単調であり刺激に乏しいので、動物園の動物は神経新生が限定される。また気分も鬱になりやすい。自然の環境の複雑さが脳を刺激して、神経新生を促進するからだ。</p> <p>人間も同じことだ。人間を自然環境中に置くとストレスが減り、不安やうつが軽減される。ADDやADHDが軽減する。都市の道路ではなく自然の中を散歩するとストレスホルモンが減少して、若返りホルモンと呼ばれるDHEAが多く分泌される。</p> <p>自然の景色は人工的な景色より複雑であり、刺激に富んでいる。逆にビルの中で、かつ窓際でない建物の内部で働いているオフィスワーカーにはうつやストレイが多い。つまり窓際族はその意味ではラッキーなのだ。窓の外がビル街では自然が望めないが、それでも室内よりは窓の近くのほうが良い。学校でも窓際に座る生徒のほうが、成績が良いという調査もある。</p> <p>病院でも外の自然が見える窓際のベッドのほうが、部屋の奥にあるベッドよりも治りが早いし苦痛も少ないという研究もある。実は私自身、過去に何度も長期に入院した経験があり、部屋の廊下側にあるベッドよりは窓際のベッドのほうが気分が良いことは経験している。</p> <p>オフィスでどうしても部屋の内部に座る場合は、植木鉢などを置くのが良い。家庭でも家の中に植木などをおいて自然を取り入れるのは良いことだ。道路でも街路樹がある方が運転者のストレスを軽減して交通事故が減る。その意味で最悪なのは刑務所であろう。壁の景色が単調だからだ。米国の刑務所では自然の景色を一定時間壁に映す実験がなされている。</p> <p>私は夜になるとYouTube動画で自然の景色を、プロジェクターで壁一面に写して流している。調べてみるとわかるが、膨大な数の自然動画がアップされている。川のせせらぎ、木々の葉の擦れる音、鳥のさえずり、海岸に打ち寄せる波の音、キャンプファイアーのチロチロ燃える音などは心を癒やされる。現実の自然のほうが良いことは当然だが、偽の自然でも何らかの効果はあるかもしれないと期待している。</p> <p>自然に触れることは海馬の神経新生以上の意味がある。子供が育つときにその住居の近くの、植物が生い茂る緑地つまりグリーンスペースに距離的に近いことと、子供の脳の発達が関係するという研究がある。スペインのバルセロナにある国際保健研究所の研究では、7-9歳の学童253人を対象として、生まれてから生涯どれくらい緑に触れたかを測定して、それと脳の白質と灰白質の領域の体積との関係を調べた。その結果は子供が触れた緑の量が多いほど、脳の体積も大きいという結果が得られた。その結果、認知機能も優れている、つまり頭が良いことがわかった。</p> <p>米国のイリノイ大学の景観・健康研究所の研究がある。大規模な公団団地の女性の住人にインタビュー調査をした。あるグループは殺風景な建物や駐車場という風景しか見えない住居に住んでいた。別のグループは木々や草木、花壇が見える住宅に住んでいた。その2つのグループに対して注意力テストや人生の問題に対する対処法などを調べた結果、植物が見える住宅に住む住民の方があらゆる項目で評価が高かった。自然を見ることで注意力が高まり、また元気になるのだろう。</p> <p>ミシガン大学の学生たちにGPSをもたせて歩き回らせた研究がある。植物園を散歩する学生もいれば、繁華街を歩き回る学生もいた。その後で心理テストをした結果、自然の中を歩いた学生のほうが機嫌がよく、注意力テストの成績もよく、記憶テストの成績も良かった。また自然の写真を見るほうが町中の写真を見るよりも、測定できるほどの好成績をとった。</p> <p>クイーンズランド大学の研究では緑のある公園でも、植物の多様性と脳に与える影響には密接な関係があることがわかった。多様な樹木のある公園で過ごした被験者のほうが幸福度は高かった。</p> <p>自然に触れることは単に頭にとって良いだけではなく、体にもよいのだ。実際、自然に囲まれた生活をしていると都会生活よりはコルチゾールというストレスホルモンのレベルが低くなる。コルチゾールレベルが低下するためには、単に自然に浸るだけではなく、散歩などの適度な運動をすることも重要だ。</p> <p>以前にも触れたのだが、森林浴という概念がある。日本人の提案した概念だ。日本の研究では森の中を歩くとコルチゾールのレベルが低下し、血圧、心拍数、ストレスに対する過剰な神経反応が低下した。また免疫力も強化された。その理由は森や林の木々が放つフィトンチッドという香りの成分にある。これは免疫力を増強するのだ。つまり森林浴をすることは神経新生にとって役立つだけでなく、免疫力を増強してコロナに打ち勝つ力を高めるのだ。森林浴のために山に行ければ良いが、それは簡単なことではない。山でなくても森や林、公園、神社、お寺に行くのも良い。</p> <p>個人的な話をすると、私は京都という比較的大都市ではあるが、自然にあふれた街に住んでいる。家の近くの高野川や鴨川を散策すると、たくさんの水鳥を見る。サギとカモが主体である。サギにはシラサギ、アオサギ、ゴイサギがいる。シラサギには大サギ、中サギ、コサギいう種類がある。カモも多くの種類がいる。最近は鵜もよく見かける。鳥だけではない。先日など、河原を鹿が上流に向かってかけて行くのに出会った。人間の背丈ほどもあるダムを軽々と超えて、水を蹴散らしてかけて行った。歩いて行けるところに松ヶ崎山があり、鹿はそこに住んでいるのだ。松ヶ崎山の麓に京都府警察の平安騎馬隊の厩舎がある。ある時、馬の世話係が馬に乗って道路を歩いていた。その道路の下の河原に鹿がいた。上には馬、下には鹿、つまり馬鹿である。なーんちゃって。</p> <p>自然の景色を見たり、自然の音を聞いたりすることは海馬の神経新生に良い影響を与える。自然に触れることは海馬の神経新生にとどまらず、子供の脳の発達や、主婦、学生の認知力や幸福感にまで影響を及ぼす。自然に親しむことは、ストレスを軽減して免疫力を強化する。自然に親しむ最も良い方法は、植物の豊かな山や森林に行くことであるが、公園や神社、お寺を散歩することもよい。家庭やオフィスや病室でも自然の見える窓際がよい。自然が見えなくても、部屋の奥よりは窓際が良い。自然が見えない場合は、室内に樹木を置くことや、自然の景色を映写したり、写真を置いたりするのも次善の策だ。</p></div> 良い睡眠は頭と体の健康に重要である 2022-05-06T10:10:47+09:00 2022-05-06T10:10:47+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1909-topic195.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>今回は良い睡眠は頭と体の健康に重要だという話をする。実は私は、本当はこの話には触れたくないのだ。でも最近紹介しているアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」に睡眠の重要性という項目があるのだ。</p> <p>私が睡眠の話に触れたくないのは、睡眠の重要性を知れば知るほど、自分の睡眠不足がきになるからである。そもそも年をとると、睡眠時間が短く、睡眠が浅くなる。それは私もそうだし、家内もそうだ。よく夜中に目がさめるのである。そしてトイレに行きたくなる。夜中に目覚めて、トイレに行く。その後、寝られれば良いのだが、寝られないと辛いものだ。</p> <p>私の睡眠時間はだいたい6時間程度である。コートライトは7時間から8時間の睡眠が必要だという。一般的な常識ではそうだろう。しかし私はそんなに眠ることができない。というか6時間も寝れば十分な気がするのだ。朝起きた時に眠くないのだ。</p> <p>若い人には朝起きるのが辛い人も多いだろう。私にはそんなことはほとんどない。若い人から見れば、朝すぐに目覚めることのできる私が羨ましいかも知れない。学校や仕事に行くのに、早起きするのは良いことだからだ。しかし私はむしろ、朝なかなか起きられない若い人を羨ましく思う。それだけ寝られるからである。つまり寝ることができるというのも、ひとつの能力である。</p> <p>なぜ睡眠が重要か。睡眠不足の害悪をあげよう。まず日中の眠気による交通事故である。また学生なら講義中の眠気は勉学に差し支える。そのほかにも睡眠不足の害悪は、いろいろある。そのひとつに体重増加がある。もっとも私に関して言えば、それは全く心配ない。というのも私はなんとかして太りたいと思っているくらいだからだ。動物実験では、睡眠を妨害された動物はがんの成長速度が速くなる。睡眠不足は心臓病によくない。高血圧になりやすい。鬱になりやすい。高血糖になり糖尿病になりやすい。免疫力が落ちる。とくにこの免疫力に関しては、新型コロナが流行している現在、とても重要だ。</p> <p>それではそもそもなぜ睡眠不足が起きるのか。それは文明のせい、電気のせいである。電気のない昔は、暗くなれば寝るしか他にすることがなかった。人類は長い進化の過程で、暗くなれば寝て、夜明けには起きるという生活を送ってきた。ところが電気が発明されて、夜も赤々と照明できるようになると、夜と昼の区別が消滅したのだ。しかも照明だけでなく、テレビ、パソコンなどが登場してますます寝られなくなった。そしてそれにともなう健康障害が増えてきた。</p> <p>なぜ睡眠が体の健康に重要か。さまざまな要素がある。</p> <ol> <li>日中に使って壊れた筋肉は睡眠中に修復される。</li> <li>内臓器官が修復される。</li> <li>日中に覚えた記憶が長期記憶に転換される。だから徹夜勉強は役に立たないのだ。</li> <li>免疫が強化される。脳内部に生まれた老廃物を綺麗にする。</li> <li>神経新生が活発になる。</li> </ol> <p>特に寝ている間に脳内部の老廃物が綺麗になるということが2013年にわかった。脳以外の体内で生まれた老廃物はリンパ液で流されて綺麗になる。脳の内部は脳血液関門という仕組みで、脳以外とは分離されている。だから脳内で発生した老廃物は、脳独自のクリーニングシステムが必要なのだ。アルツハイマー病ではベータ・アミロイドという蛋白が脳内に溜まる。日中に溜まったベータ・アミロイドは寝ている間に洗い流されるのである。だから睡眠不足で、脳内の老廃物が綺麗に掃除されないと、考える力が鈍り、記憶が減退し、免疫力は落ちて、不安と鬱が強くなり、神経新生が遅くなる。睡眠不足に良いことは何もない。</p> <p>もっとも一晩や二晩の睡眠不足が問題になるわけではない。慢性的な睡眠不足が問題なのだ。睡眠不足が続くとストレスホルモンがたまる。ストレスホルモンがたまると寝られなくなる。悪循環に陥るのだ。日中の眠気を覚ますのにカフェインにたよると一時的には良いかも知れないが、長期的にはむしろ状況は悪化する。</p> <p>睡眠時間は7-8時間必要だという話をした。しかし睡眠には量だけではなく、質も重要なのだ。良い睡眠をとるためには部屋は暗い方が良い。明かりをつけて眠ると神経新生が減少し、認知機能が低下する。だから理想は真っ暗にして寝ることだ。しかしどうしても明かりをつける場合は、赤とかオレンジ色がよく、青い光、ブルーライトは避けるべきだ。だから寝る前はパソコンやスマホの画面を見ない方が良い。</p> <p>メラトニンというホルモンがある。脳内部の小さな器官である松果体から分泌される。メラトニンは睡眠を司るホルモンである。年をとるとメラトニンの分泌が減るので、睡眠不足になるのだ。だからメラトニンをサプリメントとしてとるのが、睡眠不足の一つの解決法だ。良い睡眠をとる方法を紹介しよう。</p> <ol> <li>いつも決まった時間に寝るようにする。睡眠の習慣を体に覚えさせるのである。</li> <li>寝る前は刺激的なテレビや映画を見ない。読書も控える。仕事も控える。興奮しないためだ。</li> <li>寝る30分から1時間前にはパソコンのスクリーンは消す。明るい光はメラトニンの分泌を阻害するからだ。特にブルーライトは良くない。</li> <li>寝る前は食事や飲み物、砂糖類は避ける。というのも血糖値が上がると、睡眠中にトイレに行きたくなるからだ。</li> <li>午後になればカフェインは避ける。もっともこれは人による。カフェインに敏感な人は、午後の早くから止めるべきだ。</li> <li>寝る前にはアルコールは避ける。アルコールは眠気を催すように思えるが、寝てから目覚めやすくなる。</li> <li>ストレスは避ける。これはそう言われても難しいかも知れない。</li> </ol> <p>私の最近の対処法を紹介しよう。寝る前に音楽を聴くのだ。それもだいたいバッハに限定している。歌声の入る曲や、騒々しい曲は寝るためには良くない。眠気を催すような淡々とした曲が良い。私が今よく聞いているのは、バッハのシャコンヌという曲のギター版である。本来の曲はバイオリンで演奏されているが、私はギター用に編曲したものを聞いている。それもたくさんの演奏者のものを連続的に聞いている。バッハの曲は特に意味があるようにも思えず、ただ淡々と流れて行く。精神を落ち着かせるのに良い。</p> <p>実は音楽自体が神経新生の役に立つことが実験でわかっている。ネズミも音楽に反応する。少なくともモーツアルトを含むクラシック曲に反応する。音楽には母親の子宮内にいる胎児も反応するのだ。</p> <p>自然の音もストレス回復の役に立つ。私はYouTubeで森の中の小鳥の鳴き声、川のせせらぎの音、海の波の音などを寝る前に聞く。これらは神経新生の役に立つ。逆に工事の音、車の音などの騒音はストレスであり、神経新生を妨げる。</p> <p>実は音楽や自然の音以上に静寂が神経新生の役に立つのだ。この騒々しい世界で静寂を求めるのは困難かも知れない。例えば家の近くのスーパーに行くと、しょっちゅう音楽が鳴っている。それもスーパーの宣伝の音楽だ。うるさくてたまらない。こんな音の公害を人々が好むとスーパーの店長は思っているのだろうか。それを考えると、静寂は本当に貴重なものである。完全な静寂を得られたとしたら、こんなに贅沢なことはない。</p></div> <div class="feed-description"><p>今回は良い睡眠は頭と体の健康に重要だという話をする。実は私は、本当はこの話には触れたくないのだ。でも最近紹介しているアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」に睡眠の重要性という項目があるのだ。</p> <p>私が睡眠の話に触れたくないのは、睡眠の重要性を知れば知るほど、自分の睡眠不足がきになるからである。そもそも年をとると、睡眠時間が短く、睡眠が浅くなる。それは私もそうだし、家内もそうだ。よく夜中に目がさめるのである。そしてトイレに行きたくなる。夜中に目覚めて、トイレに行く。その後、寝られれば良いのだが、寝られないと辛いものだ。</p> <p>私の睡眠時間はだいたい6時間程度である。コートライトは7時間から8時間の睡眠が必要だという。一般的な常識ではそうだろう。しかし私はそんなに眠ることができない。というか6時間も寝れば十分な気がするのだ。朝起きた時に眠くないのだ。</p> <p>若い人には朝起きるのが辛い人も多いだろう。私にはそんなことはほとんどない。若い人から見れば、朝すぐに目覚めることのできる私が羨ましいかも知れない。学校や仕事に行くのに、早起きするのは良いことだからだ。しかし私はむしろ、朝なかなか起きられない若い人を羨ましく思う。それだけ寝られるからである。つまり寝ることができるというのも、ひとつの能力である。</p> <p>なぜ睡眠が重要か。睡眠不足の害悪をあげよう。まず日中の眠気による交通事故である。また学生なら講義中の眠気は勉学に差し支える。そのほかにも睡眠不足の害悪は、いろいろある。そのひとつに体重増加がある。もっとも私に関して言えば、それは全く心配ない。というのも私はなんとかして太りたいと思っているくらいだからだ。動物実験では、睡眠を妨害された動物はがんの成長速度が速くなる。睡眠不足は心臓病によくない。高血圧になりやすい。鬱になりやすい。高血糖になり糖尿病になりやすい。免疫力が落ちる。とくにこの免疫力に関しては、新型コロナが流行している現在、とても重要だ。</p> <p>それではそもそもなぜ睡眠不足が起きるのか。それは文明のせい、電気のせいである。電気のない昔は、暗くなれば寝るしか他にすることがなかった。人類は長い進化の過程で、暗くなれば寝て、夜明けには起きるという生活を送ってきた。ところが電気が発明されて、夜も赤々と照明できるようになると、夜と昼の区別が消滅したのだ。しかも照明だけでなく、テレビ、パソコンなどが登場してますます寝られなくなった。そしてそれにともなう健康障害が増えてきた。</p> <p>なぜ睡眠が体の健康に重要か。さまざまな要素がある。</p> <ol> <li>日中に使って壊れた筋肉は睡眠中に修復される。</li> <li>内臓器官が修復される。</li> <li>日中に覚えた記憶が長期記憶に転換される。だから徹夜勉強は役に立たないのだ。</li> <li>免疫が強化される。脳内部に生まれた老廃物を綺麗にする。</li> <li>神経新生が活発になる。</li> </ol> <p>特に寝ている間に脳内部の老廃物が綺麗になるということが2013年にわかった。脳以外の体内で生まれた老廃物はリンパ液で流されて綺麗になる。脳の内部は脳血液関門という仕組みで、脳以外とは分離されている。だから脳内で発生した老廃物は、脳独自のクリーニングシステムが必要なのだ。アルツハイマー病ではベータ・アミロイドという蛋白が脳内に溜まる。日中に溜まったベータ・アミロイドは寝ている間に洗い流されるのである。だから睡眠不足で、脳内の老廃物が綺麗に掃除されないと、考える力が鈍り、記憶が減退し、免疫力は落ちて、不安と鬱が強くなり、神経新生が遅くなる。睡眠不足に良いことは何もない。</p> <p>もっとも一晩や二晩の睡眠不足が問題になるわけではない。慢性的な睡眠不足が問題なのだ。睡眠不足が続くとストレスホルモンがたまる。ストレスホルモンがたまると寝られなくなる。悪循環に陥るのだ。日中の眠気を覚ますのにカフェインにたよると一時的には良いかも知れないが、長期的にはむしろ状況は悪化する。</p> <p>睡眠時間は7-8時間必要だという話をした。しかし睡眠には量だけではなく、質も重要なのだ。良い睡眠をとるためには部屋は暗い方が良い。明かりをつけて眠ると神経新生が減少し、認知機能が低下する。だから理想は真っ暗にして寝ることだ。しかしどうしても明かりをつける場合は、赤とかオレンジ色がよく、青い光、ブルーライトは避けるべきだ。だから寝る前はパソコンやスマホの画面を見ない方が良い。</p> <p>メラトニンというホルモンがある。脳内部の小さな器官である松果体から分泌される。メラトニンは睡眠を司るホルモンである。年をとるとメラトニンの分泌が減るので、睡眠不足になるのだ。だからメラトニンをサプリメントとしてとるのが、睡眠不足の一つの解決法だ。良い睡眠をとる方法を紹介しよう。</p> <ol> <li>いつも決まった時間に寝るようにする。睡眠の習慣を体に覚えさせるのである。</li> <li>寝る前は刺激的なテレビや映画を見ない。読書も控える。仕事も控える。興奮しないためだ。</li> <li>寝る30分から1時間前にはパソコンのスクリーンは消す。明るい光はメラトニンの分泌を阻害するからだ。特にブルーライトは良くない。</li> <li>寝る前は食事や飲み物、砂糖類は避ける。というのも血糖値が上がると、睡眠中にトイレに行きたくなるからだ。</li> <li>午後になればカフェインは避ける。もっともこれは人による。カフェインに敏感な人は、午後の早くから止めるべきだ。</li> <li>寝る前にはアルコールは避ける。アルコールは眠気を催すように思えるが、寝てから目覚めやすくなる。</li> <li>ストレスは避ける。これはそう言われても難しいかも知れない。</li> </ol> <p>私の最近の対処法を紹介しよう。寝る前に音楽を聴くのだ。それもだいたいバッハに限定している。歌声の入る曲や、騒々しい曲は寝るためには良くない。眠気を催すような淡々とした曲が良い。私が今よく聞いているのは、バッハのシャコンヌという曲のギター版である。本来の曲はバイオリンで演奏されているが、私はギター用に編曲したものを聞いている。それもたくさんの演奏者のものを連続的に聞いている。バッハの曲は特に意味があるようにも思えず、ただ淡々と流れて行く。精神を落ち着かせるのに良い。</p> <p>実は音楽自体が神経新生の役に立つことが実験でわかっている。ネズミも音楽に反応する。少なくともモーツアルトを含むクラシック曲に反応する。音楽には母親の子宮内にいる胎児も反応するのだ。</p> <p>自然の音もストレス回復の役に立つ。私はYouTubeで森の中の小鳥の鳴き声、川のせせらぎの音、海の波の音などを寝る前に聞く。これらは神経新生の役に立つ。逆に工事の音、車の音などの騒音はストレスであり、神経新生を妨げる。</p> <p>実は音楽や自然の音以上に静寂が神経新生の役に立つのだ。この騒々しい世界で静寂を求めるのは困難かも知れない。例えば家の近くのスーパーに行くと、しょっちゅう音楽が鳴っている。それもスーパーの宣伝の音楽だ。うるさくてたまらない。こんな音の公害を人々が好むとスーパーの店長は思っているのだろうか。それを考えると、静寂は本当に貴重なものである。完全な静寂を得られたとしたら、こんなに贅沢なことはない。</p></div> ボディタッチは頭に良い 2022-04-08T07:06:59+09:00 2022-04-08T07:06:59+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1908-topic194.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>今回もアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」をもとに、海馬の神経新生の話をする。神経新生のためには良い食事が重要だが、その話はした。また運動も重要だがその話もした。神経新生に関係するその他の要素として、ボディタッチ、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然にひたることなどがある。</p> <p>今回はボディタッチの話をする。今後はボディタッチを簡単にタッチと呼ぶ。タッチつまり身体的接触である。ここでいうタッチとは性的な意味だけではなく、体に触れること、身体的接触一般を指す。</p> <p>哺乳類は生まれるとすぐに、舐めたり、抱きしめたり、キスをしたり、ふざけてレスリングしたり、つねに何らかのタッチをしている。一方、爬虫類や魚はタッチを必要としない。</p> <p>哺乳類一般にとってタッチ、つまり身体的接触は非常に重要である。特に人間を含む霊長類は社会的生物であり、タッチが特に重要なのだ。タッチは神経新生を促進する。</p> <p>猿の群れを見ていると分かるが、かれらは常にいわゆるノミ取りをしている。老いも若きも、オスもメスもノミ取りに余念がない。これが猿のタッチなのである。チンパンジーは喧嘩をした後の仲直りのサインとして、互いに抱き合う。猿の群れがなんらかの危険を察知すると、互いに抱き合って不安感を鎮める。タッチは人間を含む社会的生物にとって、社会的な接着剤の役割をするのだ。</p> <p>人間の赤ちゃんは、抱いてあやされないと死んでしまう。孤児になったり入院したりした赤ちゃんは、看護婦さんなどが抱きしめることが非常に大切なのだ。人間はタッチされるように遺伝的に組み込まれているのだ。</p> <p>赤ちゃんが泣くと母親は抱き上げる。赤ちゃんを抱くと、赤ちゃんの神経系とお母さんの神経系が同期して、赤ちゃんの未熟な神経系が癒されるのだ。そして泣き止む。このことは赤ちゃんと母親だけの関係にとどまらない。大人もタッチを必要としている。友人の肩をポンと叩くとか、恋人同士が抱き合うとか、タッチすることにより二人の神経系が同期して、リラックスするのである。</p> <p>もっともタッチには文化的な側面が大きい。あったかい気候のところはハグやキスなどのタッチが文化的に組み込まれている。欧米人は握手をするが、それもタッチだ。その点では日本人を含む東アジアの文明はタッチが少ない。しかしこのことは新型コロナの蔓延を防ぐという非常に皮肉な側面もある。</p> <p>タッチをするとオキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンはいわゆるラブ・ホルモンと呼ばれるもので、互いの愛着とつながりを強化する。オキシトシンは子供を産む時、子供をあやす時、セックスする時、オルガズムの時に分泌される。タッチはオキシトシンの分泌を促進する。オキシトシンはストレスホルモンであるコルチゾールを減らし、血圧を下げて、心臓の鼓動を高め、免疫を促進し、鬱や疲労を軽減し、神経新生を増やす。</p> <p>私の個人的経験だが、はじめて手術したときのことだ。麻酔をしているのだから痛くはないのだが、手術中は不安でいっぱいであった。そのとき、看護婦さんが私の手を握ってくれた。手術の間中、ずっと握ってくれていた。私はそれでどれだけ心が落ち着いたかしれない。多分、看護学の教程で手術中は患者の手を握ると良いと教えられているのだろう。その看護婦さんの手術における役割は患者の手を握ることだったのだ。それほどタッチは重要ということだ。</p> <p>タッチは神経新生を促進する。子供は母親などにタッチされればされるほど、神経新生が促進される。それは大人でも同じことだ。ただしタッチは良いといっても、それは望む場合だけである。嫌な相手にタッチされることは逆効果である。相手を信頼していることが重要なのだ。</p> <p>1940年代と50年代にハリー・ハーローという科学者がした有名な実験がある。生まれたばかりの猿を母親から引き離し、代理の母を与える。そのひとつは針金で母親を形取ったもの、もうひとつは柔らかい布で母親を形取ったものである。ミルク瓶は針金の人形につけておく。すると赤ん坊の猿は、針金の母親ではなく布の母親に抱きつくのである。お腹がすくと針金の母親からミルクをもらうが、飲み終わるとすぐに赤ちゃん猿は布の母親のところに戻る。そのほうが、心が癒されるのだ。大人になった後も、布で育った猿の方が、針金の母親だけで育った猿よりも精神的に安定していた。針金人形に育てられた猿は、より不安感が強く、鬱傾向にあり、免疫力が低かった。もっとも本物のお母さん猿に育てられた猿に比べて、代理の母人形に育てられた猿は、いずれも精神的に不安定であった。</p> <p>現代社会はだんだん個人間の接触が少なくなっている社会だ。例えば赤ちゃんを抱えた母親ですら、時間が許せば赤ちゃんではなくスマホを見ていることが多い。このような社会が今後どのようになっていくのか、壮大な社会的実験である。</p> <p>タッチが神経新生にとって良いということを述べた。そうするとセックスについても触れざるを得ない。セックスは頭によいのか? 答えはイエスである。セックスは適度な運動になるだけでなく、神経新生を通して頭をよくするのだ。これがここ十年の研究の重要な結論である。さらにセックスは免疫力を強化する、心臓発作の危険性を減らす、ストレスを軽減する、良い睡眠に誘う、血圧を下げるなど良いことだらけなのだ。</p> <p>先にも述べたようにセックスの時、さらにオルガズムの時にオキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンは二人の親密度を増すだけでなく、ストレスホルモンであるコルチゾールを減らし、血圧を下げて、心臓の鼓動を高め、免疫を促進し、鬱や疲労を軽減し、神経新生を増やすのだ。つまりよりセックスをすることで、より健康になり、頭が良くなる。</p> <p>このことは外国の研究で、知的労働者ほど、より多くセックスをしているという報告からも言える。頭が良いからセックスするのか、セックスするから頭が良くなるのか? 多分、セックスするから頭が良くなるのだろう。</p> <p>ただしセックスが体と頭に良いと言っても、それは互いが望んだ場合だけである。レイプとか、イヤイヤのセックスは心にも頭にも良くない。ここでも信頼が鍵だ。セックスが良いのは、ひとつにはタッチを通じてだから、私の想像だが一人でするセックスよりは、愛し合っている相手とのセックスの方が遥かに良いと思う。このことは、コートライトは触れていない。</p> <p>しかし、だとすれば、結婚する男女の数が減り、また恋人を持つ男女が減っている現代の日本社会は今後どうなるのだろうか。そのことで神経新生が減り、日本人の体と頭に悪影響を及ぼすとしたら、問題だ。もっともそのような観点で、恋愛、結婚問題を論じた議論を私は知らない。でもコートライトの議論を延長すれば、そういう結論にならざるを得ない。</p> <p>ボディタッチは頭と体の健康に重要である。母親は赤ん坊を抱きしめることにより、赤ん坊の体と精神の健康を促進する。そのことは良いセックスに関しても言える。 </p></div> <div class="feed-description"><p>今回もアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」をもとに、海馬の神経新生の話をする。神経新生のためには良い食事が重要だが、その話はした。また運動も重要だがその話もした。神経新生に関係するその他の要素として、ボディタッチ、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然にひたることなどがある。</p> <p>今回はボディタッチの話をする。今後はボディタッチを簡単にタッチと呼ぶ。タッチつまり身体的接触である。ここでいうタッチとは性的な意味だけではなく、体に触れること、身体的接触一般を指す。</p> <p>哺乳類は生まれるとすぐに、舐めたり、抱きしめたり、キスをしたり、ふざけてレスリングしたり、つねに何らかのタッチをしている。一方、爬虫類や魚はタッチを必要としない。</p> <p>哺乳類一般にとってタッチ、つまり身体的接触は非常に重要である。特に人間を含む霊長類は社会的生物であり、タッチが特に重要なのだ。タッチは神経新生を促進する。</p> <p>猿の群れを見ていると分かるが、かれらは常にいわゆるノミ取りをしている。老いも若きも、オスもメスもノミ取りに余念がない。これが猿のタッチなのである。チンパンジーは喧嘩をした後の仲直りのサインとして、互いに抱き合う。猿の群れがなんらかの危険を察知すると、互いに抱き合って不安感を鎮める。タッチは人間を含む社会的生物にとって、社会的な接着剤の役割をするのだ。</p> <p>人間の赤ちゃんは、抱いてあやされないと死んでしまう。孤児になったり入院したりした赤ちゃんは、看護婦さんなどが抱きしめることが非常に大切なのだ。人間はタッチされるように遺伝的に組み込まれているのだ。</p> <p>赤ちゃんが泣くと母親は抱き上げる。赤ちゃんを抱くと、赤ちゃんの神経系とお母さんの神経系が同期して、赤ちゃんの未熟な神経系が癒されるのだ。そして泣き止む。このことは赤ちゃんと母親だけの関係にとどまらない。大人もタッチを必要としている。友人の肩をポンと叩くとか、恋人同士が抱き合うとか、タッチすることにより二人の神経系が同期して、リラックスするのである。</p> <p>もっともタッチには文化的な側面が大きい。あったかい気候のところはハグやキスなどのタッチが文化的に組み込まれている。欧米人は握手をするが、それもタッチだ。その点では日本人を含む東アジアの文明はタッチが少ない。しかしこのことは新型コロナの蔓延を防ぐという非常に皮肉な側面もある。</p> <p>タッチをするとオキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンはいわゆるラブ・ホルモンと呼ばれるもので、互いの愛着とつながりを強化する。オキシトシンは子供を産む時、子供をあやす時、セックスする時、オルガズムの時に分泌される。タッチはオキシトシンの分泌を促進する。オキシトシンはストレスホルモンであるコルチゾールを減らし、血圧を下げて、心臓の鼓動を高め、免疫を促進し、鬱や疲労を軽減し、神経新生を増やす。</p> <p>私の個人的経験だが、はじめて手術したときのことだ。麻酔をしているのだから痛くはないのだが、手術中は不安でいっぱいであった。そのとき、看護婦さんが私の手を握ってくれた。手術の間中、ずっと握ってくれていた。私はそれでどれだけ心が落ち着いたかしれない。多分、看護学の教程で手術中は患者の手を握ると良いと教えられているのだろう。その看護婦さんの手術における役割は患者の手を握ることだったのだ。それほどタッチは重要ということだ。</p> <p>タッチは神経新生を促進する。子供は母親などにタッチされればされるほど、神経新生が促進される。それは大人でも同じことだ。ただしタッチは良いといっても、それは望む場合だけである。嫌な相手にタッチされることは逆効果である。相手を信頼していることが重要なのだ。</p> <p>1940年代と50年代にハリー・ハーローという科学者がした有名な実験がある。生まれたばかりの猿を母親から引き離し、代理の母を与える。そのひとつは針金で母親を形取ったもの、もうひとつは柔らかい布で母親を形取ったものである。ミルク瓶は針金の人形につけておく。すると赤ん坊の猿は、針金の母親ではなく布の母親に抱きつくのである。お腹がすくと針金の母親からミルクをもらうが、飲み終わるとすぐに赤ちゃん猿は布の母親のところに戻る。そのほうが、心が癒されるのだ。大人になった後も、布で育った猿の方が、針金の母親だけで育った猿よりも精神的に安定していた。針金人形に育てられた猿は、より不安感が強く、鬱傾向にあり、免疫力が低かった。もっとも本物のお母さん猿に育てられた猿に比べて、代理の母人形に育てられた猿は、いずれも精神的に不安定であった。</p> <p>現代社会はだんだん個人間の接触が少なくなっている社会だ。例えば赤ちゃんを抱えた母親ですら、時間が許せば赤ちゃんではなくスマホを見ていることが多い。このような社会が今後どのようになっていくのか、壮大な社会的実験である。</p> <p>タッチが神経新生にとって良いということを述べた。そうするとセックスについても触れざるを得ない。セックスは頭によいのか? 答えはイエスである。セックスは適度な運動になるだけでなく、神経新生を通して頭をよくするのだ。これがここ十年の研究の重要な結論である。さらにセックスは免疫力を強化する、心臓発作の危険性を減らす、ストレスを軽減する、良い睡眠に誘う、血圧を下げるなど良いことだらけなのだ。</p> <p>先にも述べたようにセックスの時、さらにオルガズムの時にオキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンは二人の親密度を増すだけでなく、ストレスホルモンであるコルチゾールを減らし、血圧を下げて、心臓の鼓動を高め、免疫を促進し、鬱や疲労を軽減し、神経新生を増やすのだ。つまりよりセックスをすることで、より健康になり、頭が良くなる。</p> <p>このことは外国の研究で、知的労働者ほど、より多くセックスをしているという報告からも言える。頭が良いからセックスするのか、セックスするから頭が良くなるのか? 多分、セックスするから頭が良くなるのだろう。</p> <p>ただしセックスが体と頭に良いと言っても、それは互いが望んだ場合だけである。レイプとか、イヤイヤのセックスは心にも頭にも良くない。ここでも信頼が鍵だ。セックスが良いのは、ひとつにはタッチを通じてだから、私の想像だが一人でするセックスよりは、愛し合っている相手とのセックスの方が遥かに良いと思う。このことは、コートライトは触れていない。</p> <p>しかし、だとすれば、結婚する男女の数が減り、また恋人を持つ男女が減っている現代の日本社会は今後どうなるのだろうか。そのことで神経新生が減り、日本人の体と頭に悪影響を及ぼすとしたら、問題だ。もっともそのような観点で、恋愛、結婚問題を論じた議論を私は知らない。でもコートライトの議論を延長すれば、そういう結論にならざるを得ない。</p> <p>ボディタッチは頭と体の健康に重要である。母親は赤ん坊を抱きしめることにより、赤ん坊の体と精神の健康を促進する。そのことは良いセックスに関しても言える。 </p></div> 運動は頭に良い 2022-04-05T10:04:43+09:00 2022-04-05T10:04:43+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1907-topic193.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p align="left">アメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」をもとに、海馬の神経新生の話をしている。</p> <p align="left">神経新生を促進する身体的な要素として、コートライトは次のような要素をあげている。運動、体の接触(ボディタッチ)、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然などである。これらについて順次話していこう。</p> <p align="left">まず運動である。ネズミの実験ではネズミに運動させると神経新生が通常の4倍から5倍も増えることがわかっている。しかしこうして増えた新しい神経細胞も、その4割から6割しか生き残らない。新しく生まれた神経細胞が定着するには、豊かな生活環境を与える必要がある。豊かな生活環境とは何か? それが先に述べた運動、ボディタッチ、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然にひたることなどである。</p> <p align="left">まず運動の話をしよう。我々の体は進化の過程で運動するように作られてきた。動物を狩り、植物や貝などを集めて狩猟採集していた我々の祖先は、動き回っていた。特によく歩いた。歩けない、動けない人間は淘汰されて死んでいったのだ。現代では動かなくても生きられる。しかしそれは生物として不自然なのだ。</p> <p align="left">現代人の多くはほとんど運動しない。多くの人は、会社ではずっと椅子に座って仕事している。家に帰ってもソファに座って何時間もテレビを見ている。1日に8時間から12時間も座っている生活は、ごく最近のことである。これが体に良くないことは当然だろう。体に良くないことは頭にも良くないのだ。</p> <p align="left">運動が神経新生に良いことはネズミの実験でわかった。それではどんな種類の運動でも良いのだろうか。そうではなく有酸素運動が頭に良いのだ。運動は大きく分けて、有酸素運動と無酸素運動、それにストレッチに分けることができる。どの種類の運動も体には良いのだが、頭に良いのは有酸素運動だ。</p> <p align="left">有酸素運動とは、歩くこと、走ること、自転車に乗ること、ダンスをすること、泳ぐこと、水中歩行、階段登り、サッカーやテニス、山登りなどである。要するに息が速くなり、動悸が激しくなるような運動である。ちなみに無酸素運動は重いものをあげたりするいわゆる筋トレと呼ばれるものだ。ストレッチは筋肉を伸ばし、関節の可動域を広げる運動だ。</p> <p align="left">なぜ有酸素運動が頭に良いのか。それは有酸素運動が神経新生を妨害する物質を減らすからだ。また有酸素運動をして心臓の動悸が激しくなると、血流が増える。つまり体の隅々に新しい血が届く。神経新生のためには新しい血が必要だ。だから運動すると頭が良くなるのだ。</p> <p align="left">運動の利点は頭が良くなるだけではない。運動は慢性炎症を抑えるので体に良いのである。中年以降に運動することは、海馬を鍛えて認知症になる危険性が減るのだ。</p> <p align="left">運動すれば良いことはわかったが、強制された運動はダメだ。ネズミに運動する輪を与えると、ネズミは喜んで走り続ける。しかしネズミに運動を強制すると逆効果である。つまり楽しく運動をすることが重要なのだ。体に良いからといって無理に運動するのは良くない。楽しみながらジョギングする、散歩する、ダンスをする、テニスをする、これが重要なのだ。</p> <p align="left">運動が良いことは分かったが、普段から運動していない人が、いきなりジョギングを始めるのは難しいだろう。最も簡単な運動は歩くことだ。20分から30分、週に3、4回歩くことは、それほど抵抗はないだろう。一旦歩く習慣をつけたら、少し早歩きをしよう。そして少しずつ歩く距離を伸ばそう。息が速くなり、心臓の鼓動が速くなるのが良い。早歩きをすると血液の循環が良くなる。それが体だけでなく、頭にも良いのだ。また駅ではエレベーターを使うよりは階段を登ろう。</p> <p align="left">私は週に何度か研究所に通っている。バスで6駅ほどの距離で3キロメートル程度ある。歩けば30-40分程度だ。私は後期高齢者なので、京都市では老人に対する敬老乗車証という制度がある。年に5000円払うと、市バスや地下鉄にいくらでも乗れるのである。私は以前は研究所に行くのにバスに乗っていた。でも新型コロナが流行して以来、敬老乗車証を使わずに歩くことにした。バスに乗りたくないからだ。幸いなことに歩く道は、高野川と鴨川の河畔の道である。川にはサギやカモなどの鳥が多くいる。それらを見ながら歩くのは楽しい。自然に触れることは脳に良いことはのちに述べる。</p> <p align="left">運動は頭に良いことは分かったが、ここで注意することがある。頭にダメージを与えないことだ。例えばアメリカンフットボールの選手は40-50台からアルツハイマー症にかかりやすいことが知られている。アメリカでは訴訟沙汰にもなっている。ボクシングも頭には良くない。頭に衝撃を与えるような運動はどんなものでも良くない。実は私自身若い時に、防具をつけて殴り合う日本拳法という武術を練習したことがある。防具をつけていても、頭を殴られると、たとえ痛くはなくても脳に衝撃が走るのだ。とても嫌な感じだ。これは脳に良くないと直感して、しばらくしてやめた。</p> <p align="left">普通の人はアメリカンフットボールやコンタクト系の武術はやらないだろう。ここで問題になるのは自転車による転倒だ。転倒した時に頭を打たないようにヘルメットをかぶることは必要だ。子供はヘルメットをかぶっているが、自転車に乗っている大人でヘルメットをかぶっている人は少ない。</p> <p align="left">私の先輩にあたる女性の科学者がいる。日本物理学会の会長を務めたような人だが、それにしても80歳を超えて新しい分野の研究を始めて、それで論文を書き、国際会議に行って講演して世界で認められるとはたいしたものだ。その元気の秘密はなんだろうか。知的好奇心、人付き合いの好きなことなどだろう。その人は自分の研究所に行くのに自転車に乗っていたのだが、ある時に転倒して頭を打った。それで医者や家族に止められて、今では歩いているという。</p> <p align="left">もうひとつ運動で注意すべきことは、過度な運動は逆に体に良くないということだ。過度な運動が頭に悪いというよりは、免疫力を下げるので良くないのだ。コロナの流行している現在、過度な運動をして免疫力が低下して、コロナにかかっては運動した甲斐がない。走るのも軽いジョギング程度は良いが、マラソンのような過度なランニングは体に良くない。</p> <p align="left">コートライトがジョギングに関して気にしていることは、着地する時に頭に衝撃が行くが、それは大丈夫かという点だ。この問題に関する研究は少ない。日本での研究では足の着地時の適度な衝撃は、むしろ頭に良いということだそうだ。ここでも重要なのは適度なということだろう。なにごともほどほどが良い。</p> <p align="left">海馬に新しい神経細胞を作るためにはさまざまな要素がある。今回は特に運動を取り上げた。適度な運動は体にも頭にも良い。特に有酸素運動が頭に良い。簡単にできる有酸素運動に歩行がある。みなさんも座ってばかりいないで積極的に歩こう。そうすれば80歳を過ぎても、生き生きと生活することができるだろうし頭もボケないだろう。 </p></div> <div class="feed-description"><p align="left">アメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」をもとに、海馬の神経新生の話をしている。</p> <p align="left">神経新生を促進する身体的な要素として、コートライトは次のような要素をあげている。運動、体の接触(ボディタッチ)、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然などである。これらについて順次話していこう。</p> <p align="left">まず運動である。ネズミの実験ではネズミに運動させると神経新生が通常の4倍から5倍も増えることがわかっている。しかしこうして増えた新しい神経細胞も、その4割から6割しか生き残らない。新しく生まれた神経細胞が定着するには、豊かな生活環境を与える必要がある。豊かな生活環境とは何か? それが先に述べた運動、ボディタッチ、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然にひたることなどである。</p> <p align="left">まず運動の話をしよう。我々の体は進化の過程で運動するように作られてきた。動物を狩り、植物や貝などを集めて狩猟採集していた我々の祖先は、動き回っていた。特によく歩いた。歩けない、動けない人間は淘汰されて死んでいったのだ。現代では動かなくても生きられる。しかしそれは生物として不自然なのだ。</p> <p align="left">現代人の多くはほとんど運動しない。多くの人は、会社ではずっと椅子に座って仕事している。家に帰ってもソファに座って何時間もテレビを見ている。1日に8時間から12時間も座っている生活は、ごく最近のことである。これが体に良くないことは当然だろう。体に良くないことは頭にも良くないのだ。</p> <p align="left">運動が神経新生に良いことはネズミの実験でわかった。それではどんな種類の運動でも良いのだろうか。そうではなく有酸素運動が頭に良いのだ。運動は大きく分けて、有酸素運動と無酸素運動、それにストレッチに分けることができる。どの種類の運動も体には良いのだが、頭に良いのは有酸素運動だ。</p> <p align="left">有酸素運動とは、歩くこと、走ること、自転車に乗ること、ダンスをすること、泳ぐこと、水中歩行、階段登り、サッカーやテニス、山登りなどである。要するに息が速くなり、動悸が激しくなるような運動である。ちなみに無酸素運動は重いものをあげたりするいわゆる筋トレと呼ばれるものだ。ストレッチは筋肉を伸ばし、関節の可動域を広げる運動だ。</p> <p align="left">なぜ有酸素運動が頭に良いのか。それは有酸素運動が神経新生を妨害する物質を減らすからだ。また有酸素運動をして心臓の動悸が激しくなると、血流が増える。つまり体の隅々に新しい血が届く。神経新生のためには新しい血が必要だ。だから運動すると頭が良くなるのだ。</p> <p align="left">運動の利点は頭が良くなるだけではない。運動は慢性炎症を抑えるので体に良いのである。中年以降に運動することは、海馬を鍛えて認知症になる危険性が減るのだ。</p> <p align="left">運動すれば良いことはわかったが、強制された運動はダメだ。ネズミに運動する輪を与えると、ネズミは喜んで走り続ける。しかしネズミに運動を強制すると逆効果である。つまり楽しく運動をすることが重要なのだ。体に良いからといって無理に運動するのは良くない。楽しみながらジョギングする、散歩する、ダンスをする、テニスをする、これが重要なのだ。</p> <p align="left">運動が良いことは分かったが、普段から運動していない人が、いきなりジョギングを始めるのは難しいだろう。最も簡単な運動は歩くことだ。20分から30分、週に3、4回歩くことは、それほど抵抗はないだろう。一旦歩く習慣をつけたら、少し早歩きをしよう。そして少しずつ歩く距離を伸ばそう。息が速くなり、心臓の鼓動が速くなるのが良い。早歩きをすると血液の循環が良くなる。それが体だけでなく、頭にも良いのだ。また駅ではエレベーターを使うよりは階段を登ろう。</p> <p align="left">私は週に何度か研究所に通っている。バスで6駅ほどの距離で3キロメートル程度ある。歩けば30-40分程度だ。私は後期高齢者なので、京都市では老人に対する敬老乗車証という制度がある。年に5000円払うと、市バスや地下鉄にいくらでも乗れるのである。私は以前は研究所に行くのにバスに乗っていた。でも新型コロナが流行して以来、敬老乗車証を使わずに歩くことにした。バスに乗りたくないからだ。幸いなことに歩く道は、高野川と鴨川の河畔の道である。川にはサギやカモなどの鳥が多くいる。それらを見ながら歩くのは楽しい。自然に触れることは脳に良いことはのちに述べる。</p> <p align="left">運動は頭に良いことは分かったが、ここで注意することがある。頭にダメージを与えないことだ。例えばアメリカンフットボールの選手は40-50台からアルツハイマー症にかかりやすいことが知られている。アメリカでは訴訟沙汰にもなっている。ボクシングも頭には良くない。頭に衝撃を与えるような運動はどんなものでも良くない。実は私自身若い時に、防具をつけて殴り合う日本拳法という武術を練習したことがある。防具をつけていても、頭を殴られると、たとえ痛くはなくても脳に衝撃が走るのだ。とても嫌な感じだ。これは脳に良くないと直感して、しばらくしてやめた。</p> <p align="left">普通の人はアメリカンフットボールやコンタクト系の武術はやらないだろう。ここで問題になるのは自転車による転倒だ。転倒した時に頭を打たないようにヘルメットをかぶることは必要だ。子供はヘルメットをかぶっているが、自転車に乗っている大人でヘルメットをかぶっている人は少ない。</p> <p align="left">私の先輩にあたる女性の科学者がいる。日本物理学会の会長を務めたような人だが、それにしても80歳を超えて新しい分野の研究を始めて、それで論文を書き、国際会議に行って講演して世界で認められるとはたいしたものだ。その元気の秘密はなんだろうか。知的好奇心、人付き合いの好きなことなどだろう。その人は自分の研究所に行くのに自転車に乗っていたのだが、ある時に転倒して頭を打った。それで医者や家族に止められて、今では歩いているという。</p> <p align="left">もうひとつ運動で注意すべきことは、過度な運動は逆に体に良くないということだ。過度な運動が頭に悪いというよりは、免疫力を下げるので良くないのだ。コロナの流行している現在、過度な運動をして免疫力が低下して、コロナにかかっては運動した甲斐がない。走るのも軽いジョギング程度は良いが、マラソンのような過度なランニングは体に良くない。</p> <p align="left">コートライトがジョギングに関して気にしていることは、着地する時に頭に衝撃が行くが、それは大丈夫かという点だ。この問題に関する研究は少ない。日本での研究では足の着地時の適度な衝撃は、むしろ頭に良いということだそうだ。ここでも重要なのは適度なということだろう。なにごともほどほどが良い。</p> <p align="left">海馬に新しい神経細胞を作るためにはさまざまな要素がある。今回は特に運動を取り上げた。適度な運動は体にも頭にも良い。特に有酸素運動が頭に良い。簡単にできる有酸素運動に歩行がある。みなさんも座ってばかりいないで積極的に歩こう。そうすれば80歳を過ぎても、生き生きと生活することができるだろうし頭もボケないだろう。 </p></div> 頭の良くなる食べ物 2022-03-24T10:02:52+09:00 2022-03-24T10:02:52+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1906-topic192.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>神経新生の話である。神経新生とは脳の神経細胞つまりニューロンが新しく生まれる現象のことをいう。神経新生はとくに脳の奥深くにある海馬とよばれる部分で起きている。海馬は記憶に関係している。海馬の神経細胞が多く失われて、海馬が萎縮すると物忘れが激しくなる。わかっているはずの物の名前が出てこないとか、ちょっとそこに置いたものを忘れる。それが極端になると、認知症になる。</p> <p>また海馬は感情とも関係している。海馬が萎縮すると鬱になる。人生に対する不安や心配が増す。つまり海馬が萎縮すると、頭が悪くなるだけでなく、人生が暗く不幸になるのである。逆に海馬の神経細胞が増えると、物忘れしないだけでなく、人生がイキイキハツラツとして、幸せなものになるのである。</p> <p>従来、脳の神経細胞は20代までは増えるが、それ以降は減る一方だと信じられていた。しかし最近の研究では、そうではなく海馬の神経細胞はいつも新しく生まれることがわかって来た。しかし年齢により、また生活態度により神経新生の速さは異なる。しかも新しく生まれた神経細胞は、そのままほっておくと根付かずに死んでしまう。</p> <p>だからどうしたら海馬の神経新生を促進できるか、さらに生まれた神経細胞を定着させられるかが、中年以降の人生にとって重要なのだ。特に私のような後期高齢者にとっては非常に重要な関心事なのだ。</p> <p>ネズミを使った実験において、ネズミにイキイキとした刺激的な生活環境を与えると海馬の神経新生が増えるという話をした。刺激的な生活環境とは、ネズミが運動するための輪とか、探検する場所とか、新しい巣の材料とか、仲間とくに異性のネズミとかだ。つまりネズミにリア充な生活を送らせると、ネズミの頭が良くなるのだ。</p> <p>ネズミの話は人間にも適用できる。人間もつねに刺激的な生活環境にいることが重要だ。つまり適度な運動をすること、知的好奇心を持つこと、他の人々と楽しく付き合うこと、異性との良い関係をもつことなどが重要なのだ。さらに食べ物の選択も重要である。</p> <p>今回はとくに食べ物の話をする。どんな食べ物やサプリメントが神経新生の役にたつかの話をする。この話はアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」に詳しく書いてある。ここではその本の食事の部分を紹介する。</p> <p>コートライトは神経新生に役にたつ食品とサプリメントの長大なリストを挙げている。それを全部詳しく紹介することはできないが、特に重要な5種類を紹介しよう。それは1)ブルーベリー、2)オメガ3脂肪酸、3)緑茶、4)ターメリック、5)大豆である。これらは比較的簡単に食事から得ることができる。</p> <p>まずブルーベリーである。カートライトはブルーベリーが神経新生にとって最も効果があると述べている。ブルーベリーとは、紫色のベリー、つまりいちごの一種だ。日本ではあまり馴染みがないので、生のブルーベリーを買うのは容易でないかもしれない。しかし冷凍のブルーベリーはスーパーで普通に売っている。私はそれをヨーグルトをかけて食べている。冷凍なので硬いが、冷凍庫から出してしばらくすると柔らかくなる。冷凍ものが手に入らなければ、サプリメントとして摂取する方法もある。</p> <p>ブルーベリーのどんな成分が頭に良いかというと、紫色の元であるアントシアニンというポリフェノールである。植物にはさまざまな種類のポリフェノールがあり、野菜や果物の鮮やかな色の元である。ビッグカラーといい鮮やかな色をした野菜や果物を食べることは、体に良いのだ。</p> <p>ブルーベリーの次がオメガ3脂肪酸である。脂肪酸とはいわゆる脂肪のことである。昔は、脂肪は体に良くないので食べ過ぎないようにと言われていた。しかし現在の栄養学では常識は逆になった。脂肪はどんどん食べろという。脂肪が頭に良いというのは、そもそも脳はその1/3が脂肪からできているからだ。脳を構成する材料である脂肪酸、特にオメガ3脂肪酸は頭に良いのだ。</p> <p>ただし脂肪にもいろいろあり、体に対する作用は異なる。まずバターやラードのような飽和脂肪酸がある。これは常温では固体である。さらに不飽和脂肪酸というものがある。これは常温では液体である。不飽和脂肪酸には一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸がある。オリーブ油は一価不飽和脂肪酸である。多価不飽和脂肪酸はさらにオメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸に別れる。これらは必須脂肪酸と呼ばれていて、体内で合成できない。問題のオメガ3脂肪酸は魚油に含まれる。オメガ6脂肪酸は普通の食用油に多く含まれている。</p> <p>注目しているオメガ3脂肪酸は魚油、つまり魚の油に多く含まれている。具体的にはイワシ、鯖、サケ、タラ、マグロなどである。この中でお勧めはイワシや鯖である。やすいからだ。イワシやサバの缶詰が手頃で良い。</p> <p>普通に油を使った料理を食べると、オメガ6脂肪酸が多くなる。オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の割合は1対1程度が良い。しかし現代の食事ではオメガ6脂肪酸が多すぎるのが問題なのだ。オメガ3脂肪酸を増やすには、意識的に魚を食べる必要がある。</p> <p>料理法も問題である。バターやラードは高温にしても問題ないが、不飽和脂肪酸を高温にすると酸化する。酸化した油は体に良くない。とくに油で揚げたものは問題だ。ポテトチップスやフライなどは大量に食べるのは避けた方が良い。ココナッツ油とオリーブ油は比較的高温に強いとされている。一般的に言って料理はあまり高温でするのは良くない。煮たり焼いたりする程度は良いが、揚げるのは問題だ。とくに焦げは良くない。</p> <p>次は緑茶である。これは日本人ならたくさん飲んでいるだろうから問題ないだろう。緑茶の何が良いかというと、カテキンとくにエピガロ・カテキン・ガレートというながたらしい名前のカテキンである。私がこれに注目したのは、新型コロナやインフルエンザ、風邪予防に効果があるからだ。その機構に関しては別に述べたが、亜鉛を細胞内に取り込んで、細胞内でのウイルスの増殖を妨害するのだ。私はコロナ予防のために亜鉛のサプリメントをのみ、緑茶をたくさん飲んでいる。緑茶が神経新生の役に立ち、さらにコロナ予防になるのなら、飲み物は緑茶にするのが良い。</p> <p>次はターメリックである。ターメリックとはカレーの黄色の元である。東洋医学ではターメリックはウコンと呼ばれている薬草である。ターメリックに含まれるクルクミンという化合物が神経新生の役にたつのだ。</p> <p>皆さんの中にはカレーライスが好きな人も多いだろう。カレーライスはレストランで食べる場合と、自宅で料理して食べる場合がある。料理する場合、普通はカレーのルーを買ってきてそれを入れる。もっと凝ってくると、スパイスカレーと言って、さまざまなスパイスを自分で調合して入れて作る方法がある。私はそうしている。スパイスカレーの作り方だけで、一遍のエッセイがかけるほどだ。そのスパイスの中心はターメリックである。そのほかにクミン、コリアンダー、カルダモン、カイエンペッパーなどがある。カイエンペッパーはカレーが辛い原因である。私はあまり辛いものは好きでないので、少なく入れている。これらをあらかじめ混ぜたガラムマサラを使う方法もある。</p> <p>大豆に関しては特にいうこともないだろう。我々日本人は豆腐、納豆、味噌という形で大豆をたくさん食べている。欧米人と違って、特に大豆を食べるように注意する必要もないだろう。</p> <p>コートライトは以上の他にたくさんのサプリメントを挙げている。朝鮮人参、イチョウ、ケルセチン、ビタミンE、ビタミンD、黒胡椒に含まれるピペリン、などなどである。この中で黒胡椒はターメリックの吸収に役にたつので、スパイスカレーには黒胡椒を入れるのが良い。</p> <p>まとめると神経新生に役にたつ食べ物として、ブルーベリー、オメガ3脂肪酸、緑茶、ターメリック、大豆をあげた。この中でブルーベリー以外は日本人の食生活に馴染んでいる。魚を食べて、緑茶を飲み、カレーを食べて、豆腐・納豆を食べて味噌汁を飲んで入れば頭が良くなるのだ。簡単な話だ。 </p></div> <div class="feed-description"><p>神経新生の話である。神経新生とは脳の神経細胞つまりニューロンが新しく生まれる現象のことをいう。神経新生はとくに脳の奥深くにある海馬とよばれる部分で起きている。海馬は記憶に関係している。海馬の神経細胞が多く失われて、海馬が萎縮すると物忘れが激しくなる。わかっているはずの物の名前が出てこないとか、ちょっとそこに置いたものを忘れる。それが極端になると、認知症になる。</p> <p>また海馬は感情とも関係している。海馬が萎縮すると鬱になる。人生に対する不安や心配が増す。つまり海馬が萎縮すると、頭が悪くなるだけでなく、人生が暗く不幸になるのである。逆に海馬の神経細胞が増えると、物忘れしないだけでなく、人生がイキイキハツラツとして、幸せなものになるのである。</p> <p>従来、脳の神経細胞は20代までは増えるが、それ以降は減る一方だと信じられていた。しかし最近の研究では、そうではなく海馬の神経細胞はいつも新しく生まれることがわかって来た。しかし年齢により、また生活態度により神経新生の速さは異なる。しかも新しく生まれた神経細胞は、そのままほっておくと根付かずに死んでしまう。</p> <p>だからどうしたら海馬の神経新生を促進できるか、さらに生まれた神経細胞を定着させられるかが、中年以降の人生にとって重要なのだ。特に私のような後期高齢者にとっては非常に重要な関心事なのだ。</p> <p>ネズミを使った実験において、ネズミにイキイキとした刺激的な生活環境を与えると海馬の神経新生が増えるという話をした。刺激的な生活環境とは、ネズミが運動するための輪とか、探検する場所とか、新しい巣の材料とか、仲間とくに異性のネズミとかだ。つまりネズミにリア充な生活を送らせると、ネズミの頭が良くなるのだ。</p> <p>ネズミの話は人間にも適用できる。人間もつねに刺激的な生活環境にいることが重要だ。つまり適度な運動をすること、知的好奇心を持つこと、他の人々と楽しく付き合うこと、異性との良い関係をもつことなどが重要なのだ。さらに食べ物の選択も重要である。</p> <p>今回はとくに食べ物の話をする。どんな食べ物やサプリメントが神経新生の役にたつかの話をする。この話はアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」に詳しく書いてある。ここではその本の食事の部分を紹介する。</p> <p>コートライトは神経新生に役にたつ食品とサプリメントの長大なリストを挙げている。それを全部詳しく紹介することはできないが、特に重要な5種類を紹介しよう。それは1)ブルーベリー、2)オメガ3脂肪酸、3)緑茶、4)ターメリック、5)大豆である。これらは比較的簡単に食事から得ることができる。</p> <p>まずブルーベリーである。カートライトはブルーベリーが神経新生にとって最も効果があると述べている。ブルーベリーとは、紫色のベリー、つまりいちごの一種だ。日本ではあまり馴染みがないので、生のブルーベリーを買うのは容易でないかもしれない。しかし冷凍のブルーベリーはスーパーで普通に売っている。私はそれをヨーグルトをかけて食べている。冷凍なので硬いが、冷凍庫から出してしばらくすると柔らかくなる。冷凍ものが手に入らなければ、サプリメントとして摂取する方法もある。</p> <p>ブルーベリーのどんな成分が頭に良いかというと、紫色の元であるアントシアニンというポリフェノールである。植物にはさまざまな種類のポリフェノールがあり、野菜や果物の鮮やかな色の元である。ビッグカラーといい鮮やかな色をした野菜や果物を食べることは、体に良いのだ。</p> <p>ブルーベリーの次がオメガ3脂肪酸である。脂肪酸とはいわゆる脂肪のことである。昔は、脂肪は体に良くないので食べ過ぎないようにと言われていた。しかし現在の栄養学では常識は逆になった。脂肪はどんどん食べろという。脂肪が頭に良いというのは、そもそも脳はその1/3が脂肪からできているからだ。脳を構成する材料である脂肪酸、特にオメガ3脂肪酸は頭に良いのだ。</p> <p>ただし脂肪にもいろいろあり、体に対する作用は異なる。まずバターやラードのような飽和脂肪酸がある。これは常温では固体である。さらに不飽和脂肪酸というものがある。これは常温では液体である。不飽和脂肪酸には一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸がある。オリーブ油は一価不飽和脂肪酸である。多価不飽和脂肪酸はさらにオメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸に別れる。これらは必須脂肪酸と呼ばれていて、体内で合成できない。問題のオメガ3脂肪酸は魚油に含まれる。オメガ6脂肪酸は普通の食用油に多く含まれている。</p> <p>注目しているオメガ3脂肪酸は魚油、つまり魚の油に多く含まれている。具体的にはイワシ、鯖、サケ、タラ、マグロなどである。この中でお勧めはイワシや鯖である。やすいからだ。イワシやサバの缶詰が手頃で良い。</p> <p>普通に油を使った料理を食べると、オメガ6脂肪酸が多くなる。オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の割合は1対1程度が良い。しかし現代の食事ではオメガ6脂肪酸が多すぎるのが問題なのだ。オメガ3脂肪酸を増やすには、意識的に魚を食べる必要がある。</p> <p>料理法も問題である。バターやラードは高温にしても問題ないが、不飽和脂肪酸を高温にすると酸化する。酸化した油は体に良くない。とくに油で揚げたものは問題だ。ポテトチップスやフライなどは大量に食べるのは避けた方が良い。ココナッツ油とオリーブ油は比較的高温に強いとされている。一般的に言って料理はあまり高温でするのは良くない。煮たり焼いたりする程度は良いが、揚げるのは問題だ。とくに焦げは良くない。</p> <p>次は緑茶である。これは日本人ならたくさん飲んでいるだろうから問題ないだろう。緑茶の何が良いかというと、カテキンとくにエピガロ・カテキン・ガレートというながたらしい名前のカテキンである。私がこれに注目したのは、新型コロナやインフルエンザ、風邪予防に効果があるからだ。その機構に関しては別に述べたが、亜鉛を細胞内に取り込んで、細胞内でのウイルスの増殖を妨害するのだ。私はコロナ予防のために亜鉛のサプリメントをのみ、緑茶をたくさん飲んでいる。緑茶が神経新生の役に立ち、さらにコロナ予防になるのなら、飲み物は緑茶にするのが良い。</p> <p>次はターメリックである。ターメリックとはカレーの黄色の元である。東洋医学ではターメリックはウコンと呼ばれている薬草である。ターメリックに含まれるクルクミンという化合物が神経新生の役にたつのだ。</p> <p>皆さんの中にはカレーライスが好きな人も多いだろう。カレーライスはレストランで食べる場合と、自宅で料理して食べる場合がある。料理する場合、普通はカレーのルーを買ってきてそれを入れる。もっと凝ってくると、スパイスカレーと言って、さまざまなスパイスを自分で調合して入れて作る方法がある。私はそうしている。スパイスカレーの作り方だけで、一遍のエッセイがかけるほどだ。そのスパイスの中心はターメリックである。そのほかにクミン、コリアンダー、カルダモン、カイエンペッパーなどがある。カイエンペッパーはカレーが辛い原因である。私はあまり辛いものは好きでないので、少なく入れている。これらをあらかじめ混ぜたガラムマサラを使う方法もある。</p> <p>大豆に関しては特にいうこともないだろう。我々日本人は豆腐、納豆、味噌という形で大豆をたくさん食べている。欧米人と違って、特に大豆を食べるように注意する必要もないだろう。</p> <p>コートライトは以上の他にたくさんのサプリメントを挙げている。朝鮮人参、イチョウ、ケルセチン、ビタミンE、ビタミンD、黒胡椒に含まれるピペリン、などなどである。この中で黒胡椒はターメリックの吸収に役にたつので、スパイスカレーには黒胡椒を入れるのが良い。</p> <p>まとめると神経新生に役にたつ食べ物として、ブルーベリー、オメガ3脂肪酸、緑茶、ターメリック、大豆をあげた。この中でブルーベリー以外は日本人の食生活に馴染んでいる。魚を食べて、緑茶を飲み、カレーを食べて、豆腐・納豆を食べて味噌汁を飲んで入れば頭が良くなるのだ。簡単な話だ。 </p></div> 神経新生と幸福な生活 2022-03-14T06:00:50+09:00 2022-03-14T06:00:50+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1905-topic191.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>神経新生とは脳の神経細胞が新しく生まれることである。神経細胞を新しく作ることは、単に頭をよくするといったことにとどまらず、人生の幸福に関わるという話だ。年を取っても認知症にならずに生き生きとした生活をするには、脳の神経細胞をつねに作り続けなければならない。</p> <p>この話をしようと思ったのは、友人が最近、よく知っているものの名前が出てこないとこぼしていたからである。誰にでもある物忘れというものだが、年をとるとこれがひどくなる。私自身も時々、特定のものの名前が出てこないとか、ちょっとそこに置いたものが見つからないという経験をよくする。</p> <p>そこで気になって、以前に読んだアメリカの心理学者のブラント・コートライトが書いた「神経新生・食事とライフスタイル: The Neurogenesis Diet and Lifestyle」を読み直して見た。また彼の講演を聞き直して見た。この話は私のような年寄りはもちろん、若い人にも重要な話だと思うので再度取り上げる。</p> <p>神経科学に関して、昔からよく言われていた神話がある。脳の神経細胞(ニューロンというが)は20歳代までは増えるが、それ以降は決して増えずに減少するだけである。だから年をとると物忘れは激しくなり、知的能力は減退の一途(いっと)である。</p> <p>しかしここ20年ほどの研究により、そのことは正しくないことがわかってきた。神経細胞はいつになっても新しく生まれてくる。極端に言えば、死ぬまでそうである。ただしその程度は人により大きく異なる。脳に良い生活を送れば、神経新生は活発になるが、脳に悪い生活を送ると、神経は死ぬほうが新たに生まれるより多く、だんだんと認知症になっていく。</p> <p>神経新生が活発だと、その人は単に頭が良いというだけではなく、鬱とか不安にとらわれない、生き生きとした生活が送れる。逆に神経新生の割合が少ないと、その人はたんに物忘れがひどくなることや知的能力の低下だけではなく、不安、ストレス、鬱に苛まれる。また体が不健康になり、免疫力も低下する。つまり神経新生の割合が、単に頭だけでなく、体全体、さらには人生の質自体を決めるのである。</p> <p>それではどうしたら神経新生を促進することができるだろうか。それはネズミの実験からわかった。ネズミを生き生きとした環境下に置くと、海馬という脳の部分の神経新生の速さが4-5倍も促進されるのである。海馬の神経細胞の数全体が1/6も増加したのである。まさに天才ネズミが誕生したのだ。</p> <p>具体的には、ネズミが乗って走れるような回転する輪を与える。ねずみは運動が好きで、強制されなくても、輪に乗って走り続ける。またネズミの檻に探検することができる場所や、寝床の材料を与える。つまりネズミの好奇心をそそるのである。また仲間のネズミを入れる。ネズミに社交をさせるのだ。とくに異性のネズミと一緒にするのがよい。つまりネズミにリア充な生活を送らせるのだ。</p> <p>普通は、神経新生しても生まれた神経細胞はすぐに死ぬ。しかし豊かな環境をネズミに与えると、新しく生まれた神経細胞は死なずに根付くのだ。つまりネズミのライフスタイルを変えることにより、神経新生を促進するのである。単に、ある特定の食べ物を食べさせるとか、運動させるといったことにとどまらずに、ネズミの人生全体を生き生きとした刺激ある環境に置くのである。</p> <p>ところで海馬とはなにか。それは脳の奥深くにあるタツノオトシゴのような形をした器官である。ウインナソーセージのような形をしている。左右に一個ずつある。海馬は記憶を仮に蓄えておく器官だ。記憶は海馬に蓄えられて、そのうち重要な記憶は、大脳新皮質に移行して、長期記憶となる。海馬は記憶以外にも、感情にも重要な働きをする。海馬が萎縮すると、物忘れがひどくなるだけでなく、不安や鬱に苛まれる、免疫力が低下するなど体調が悪化する。アルツハイマー症では、特に海馬がやられる。脳のなかでもとくに海馬は人生そのものと密接に関わっているのだ。</p> <p>神経新生を増強することは、たんに記憶力をよくするだけではなく、不安や鬱を軽減する。このことが発見されたのは、抗うつ剤として有名なプロザックの研究を通じてである。プロザックは選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibiters: SSRI)の一種である。従来、鬱は神経伝達物質のセロトニンが不足するためだと言われていた。</p> <p>神経伝達物質とは神経細胞間の情報伝達にかかわる化学物質である。神経細胞同士はシナプスという構造が相対していて、その間で化学物質をやりとりして信号を伝達する。その化学物質が神経伝達物質だ。神経伝達物質にはたくさんの種類がある。ドーパミンとかギャバという言葉を聞いたことがあるだろう。ドーパミンやギャバも神経伝達物質だ。セロトニンは神経伝達物質のひとつなのだ。シナプス間の隙間をシナプス間隙という。シナプス間隙に放出されたセロトニンなどの神経伝達物質は、使用後はまたシナプスに取り込まれて再使用される。</p> <p>鬱はセロトニンが不足することにより起こると考えられていた。そこでセロトニンがシナプスに再取り込みされるのを防げば、鬱にならないだろうというのがプロザックなどの抗うつ剤のアイデアだ。つまりプロザックなどの選択的セロトニン再取り込み阻害剤を使えば、シナプス間に放出されたセロトニンが再取り込みされにくいので、セロトニンの濃度が上がる。そのために鬱が治ると考えられた。</p> <p>しかし、それは少しおかしいのだ。というのは、プロザックを飲むと、確かにすぐにシナプス間隙のセロトニンの濃度は上がる。しかしプロザックはすぐには効かないのだ。何週間も飲み続けて、初めて効くのである。のちの研究でわかってきたことは、プロザックは神経新生を促進するのである。そのために鬱が治るのである。そのことは鬱患者の中には、セロトニンの濃度が低くない人もいることからも分かる。さらにセロトニンではなくノルエビネフィリン再取り込み阻害剤とか、ノルエビネフィリン・ドーパミン再取り込み阻害剤も鬱に効くことがわかってきた。結局、セロトニン不足が鬱の原因ではなく、神経新生の不足が鬱の原因であることがわかってきた。</p> <p>神経新生が不足すると、記憶力減退、認知能力減退、慢性のストレス、不安、恐怖、鬱、免疫力低下、人生のはつらつさが失われて、最終的には認知症になる。神経新生の不足は年齢によるものではない。幾つになっても、神経新生を促進して、生き生きした生活を送ることは可能なのだ。この発見は、自分のような後期高齢者にはとても心強い。神経新生を促進するような、生き生きとした生活、リア充な生活を送れば、いつまでも脳を若く、保てるのだ。</p> <p>ところで問題はどうしたら神経新生を促進できるか。実はこれが簡単な話ではない。ある薬を飲めば良いとか、ある食べ物を食べれば良いとか、一つで全てに効くというものはない。生活スタイル全体を改める必要がある。先の本の著者のコートライトはそれをつぎの4つの要素に分解している。体、心、精神、魂である。といわれても何のことかわからないだろう。</p> <p>この中で体の部分は理解しやすい。肉体的な要素だ。具体的に言えば、食べ物と運動、その他である。心とは具体的には人間関係である。精神とは知的能力に関する部分、つまり勉強だ。魂とはマインドフルネスとか宗教の信仰といった要素だ。今後、この4つの要素について順次解説していきたい。</p> <p>しかしそれだけでは、フラストレーションが起きるだろうから、これを食べたら良いというカートライトのお勧めの食品とサプリメントをまず挙げておく。彼は何十もの候補を挙げているのだが、最も重要な4つとして、ブルーベリー、オメガ3脂肪酸、緑茶、カレーライスの黄色の元であるターメリックが挙げられている。5番目には豆腐などの大豆製品がある。</p> <p>神経新生とは主として海馬の神経細胞が新しくできる現象で、これは死ぬまで続く。神経新生は単に記憶力の減退を防ぐとかだけではなく、人生の質全体を決めるものである。生き生きとした生活を送ることにより、神経新生が促進され、より生き生きとした生活を送ることができる。具体的な手法に関しては、別に述べる。 </p></div> <div class="feed-description"><p>神経新生とは脳の神経細胞が新しく生まれることである。神経細胞を新しく作ることは、単に頭をよくするといったことにとどまらず、人生の幸福に関わるという話だ。年を取っても認知症にならずに生き生きとした生活をするには、脳の神経細胞をつねに作り続けなければならない。</p> <p>この話をしようと思ったのは、友人が最近、よく知っているものの名前が出てこないとこぼしていたからである。誰にでもある物忘れというものだが、年をとるとこれがひどくなる。私自身も時々、特定のものの名前が出てこないとか、ちょっとそこに置いたものが見つからないという経験をよくする。</p> <p>そこで気になって、以前に読んだアメリカの心理学者のブラント・コートライトが書いた「神経新生・食事とライフスタイル: The Neurogenesis Diet and Lifestyle」を読み直して見た。また彼の講演を聞き直して見た。この話は私のような年寄りはもちろん、若い人にも重要な話だと思うので再度取り上げる。</p> <p>神経科学に関して、昔からよく言われていた神話がある。脳の神経細胞(ニューロンというが)は20歳代までは増えるが、それ以降は決して増えずに減少するだけである。だから年をとると物忘れは激しくなり、知的能力は減退の一途(いっと)である。</p> <p>しかしここ20年ほどの研究により、そのことは正しくないことがわかってきた。神経細胞はいつになっても新しく生まれてくる。極端に言えば、死ぬまでそうである。ただしその程度は人により大きく異なる。脳に良い生活を送れば、神経新生は活発になるが、脳に悪い生活を送ると、神経は死ぬほうが新たに生まれるより多く、だんだんと認知症になっていく。</p> <p>神経新生が活発だと、その人は単に頭が良いというだけではなく、鬱とか不安にとらわれない、生き生きとした生活が送れる。逆に神経新生の割合が少ないと、その人はたんに物忘れがひどくなることや知的能力の低下だけではなく、不安、ストレス、鬱に苛まれる。また体が不健康になり、免疫力も低下する。つまり神経新生の割合が、単に頭だけでなく、体全体、さらには人生の質自体を決めるのである。</p> <p>それではどうしたら神経新生を促進することができるだろうか。それはネズミの実験からわかった。ネズミを生き生きとした環境下に置くと、海馬という脳の部分の神経新生の速さが4-5倍も促進されるのである。海馬の神経細胞の数全体が1/6も増加したのである。まさに天才ネズミが誕生したのだ。</p> <p>具体的には、ネズミが乗って走れるような回転する輪を与える。ねずみは運動が好きで、強制されなくても、輪に乗って走り続ける。またネズミの檻に探検することができる場所や、寝床の材料を与える。つまりネズミの好奇心をそそるのである。また仲間のネズミを入れる。ネズミに社交をさせるのだ。とくに異性のネズミと一緒にするのがよい。つまりネズミにリア充な生活を送らせるのだ。</p> <p>普通は、神経新生しても生まれた神経細胞はすぐに死ぬ。しかし豊かな環境をネズミに与えると、新しく生まれた神経細胞は死なずに根付くのだ。つまりネズミのライフスタイルを変えることにより、神経新生を促進するのである。単に、ある特定の食べ物を食べさせるとか、運動させるといったことにとどまらずに、ネズミの人生全体を生き生きとした刺激ある環境に置くのである。</p> <p>ところで海馬とはなにか。それは脳の奥深くにあるタツノオトシゴのような形をした器官である。ウインナソーセージのような形をしている。左右に一個ずつある。海馬は記憶を仮に蓄えておく器官だ。記憶は海馬に蓄えられて、そのうち重要な記憶は、大脳新皮質に移行して、長期記憶となる。海馬は記憶以外にも、感情にも重要な働きをする。海馬が萎縮すると、物忘れがひどくなるだけでなく、不安や鬱に苛まれる、免疫力が低下するなど体調が悪化する。アルツハイマー症では、特に海馬がやられる。脳のなかでもとくに海馬は人生そのものと密接に関わっているのだ。</p> <p>神経新生を増強することは、たんに記憶力をよくするだけではなく、不安や鬱を軽減する。このことが発見されたのは、抗うつ剤として有名なプロザックの研究を通じてである。プロザックは選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibiters: SSRI)の一種である。従来、鬱は神経伝達物質のセロトニンが不足するためだと言われていた。</p> <p>神経伝達物質とは神経細胞間の情報伝達にかかわる化学物質である。神経細胞同士はシナプスという構造が相対していて、その間で化学物質をやりとりして信号を伝達する。その化学物質が神経伝達物質だ。神経伝達物質にはたくさんの種類がある。ドーパミンとかギャバという言葉を聞いたことがあるだろう。ドーパミンやギャバも神経伝達物質だ。セロトニンは神経伝達物質のひとつなのだ。シナプス間の隙間をシナプス間隙という。シナプス間隙に放出されたセロトニンなどの神経伝達物質は、使用後はまたシナプスに取り込まれて再使用される。</p> <p>鬱はセロトニンが不足することにより起こると考えられていた。そこでセロトニンがシナプスに再取り込みされるのを防げば、鬱にならないだろうというのがプロザックなどの抗うつ剤のアイデアだ。つまりプロザックなどの選択的セロトニン再取り込み阻害剤を使えば、シナプス間に放出されたセロトニンが再取り込みされにくいので、セロトニンの濃度が上がる。そのために鬱が治ると考えられた。</p> <p>しかし、それは少しおかしいのだ。というのは、プロザックを飲むと、確かにすぐにシナプス間隙のセロトニンの濃度は上がる。しかしプロザックはすぐには効かないのだ。何週間も飲み続けて、初めて効くのである。のちの研究でわかってきたことは、プロザックは神経新生を促進するのである。そのために鬱が治るのである。そのことは鬱患者の中には、セロトニンの濃度が低くない人もいることからも分かる。さらにセロトニンではなくノルエビネフィリン再取り込み阻害剤とか、ノルエビネフィリン・ドーパミン再取り込み阻害剤も鬱に効くことがわかってきた。結局、セロトニン不足が鬱の原因ではなく、神経新生の不足が鬱の原因であることがわかってきた。</p> <p>神経新生が不足すると、記憶力減退、認知能力減退、慢性のストレス、不安、恐怖、鬱、免疫力低下、人生のはつらつさが失われて、最終的には認知症になる。神経新生の不足は年齢によるものではない。幾つになっても、神経新生を促進して、生き生きした生活を送ることは可能なのだ。この発見は、自分のような後期高齢者にはとても心強い。神経新生を促進するような、生き生きとした生活、リア充な生活を送れば、いつまでも脳を若く、保てるのだ。</p> <p>ところで問題はどうしたら神経新生を促進できるか。実はこれが簡単な話ではない。ある薬を飲めば良いとか、ある食べ物を食べれば良いとか、一つで全てに効くというものはない。生活スタイル全体を改める必要がある。先の本の著者のコートライトはそれをつぎの4つの要素に分解している。体、心、精神、魂である。といわれても何のことかわからないだろう。</p> <p>この中で体の部分は理解しやすい。肉体的な要素だ。具体的に言えば、食べ物と運動、その他である。心とは具体的には人間関係である。精神とは知的能力に関する部分、つまり勉強だ。魂とはマインドフルネスとか宗教の信仰といった要素だ。今後、この4つの要素について順次解説していきたい。</p> <p>しかしそれだけでは、フラストレーションが起きるだろうから、これを食べたら良いというカートライトのお勧めの食品とサプリメントをまず挙げておく。彼は何十もの候補を挙げているのだが、最も重要な4つとして、ブルーベリー、オメガ3脂肪酸、緑茶、カレーライスの黄色の元であるターメリックが挙げられている。5番目には豆腐などの大豆製品がある。</p> <p>神経新生とは主として海馬の神経細胞が新しくできる現象で、これは死ぬまで続く。神経新生は単に記憶力の減退を防ぐとかだけではなく、人生の質全体を決めるものである。生き生きとした生活を送ることにより、神経新生が促進され、より生き生きとした生活を送ることができる。具体的な手法に関しては、別に述べる。 </p></div> 元寇の蒙古軍は船酔いで負けた 2022-03-11T09:58:28+09:00 2022-03-11T09:58:28+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1904-topic190.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>今回も元寇つまり蒙古襲来の話である。蒙古襲来は二度あり、1274年の文永の役と1281年の弘安の役である。文永の役では蒙古と高麗の連合軍に、まず対馬と壱岐が襲われて、その後、九州が襲われた。対馬と壱岐では多勢に無勢で日本側は散々やられたが、九州では日本軍が勝っている。ほぼ完全な勝利である。</p> <p>通説では神風、つまり台風のおかげだというが、そんなことはない。日本の武士たちの活躍で蒙古軍を撃退したのだ。文永の役では、通説では蒙古・高麗軍は九州に上陸して、その翌日には撤退している。その理由は、よく言われる神風のためではなく、戦いに勝てないと判断したことが大きい。さらに副司令官が負傷したこと、撤退が遅くなると冬の対馬海峡を渡って帰還することが困難になることもある。以前に文永の役の具体的な戦闘状況を述べた。蒙古・高麗連合軍は不甲斐なく負けているのだ。なぜ彼らは勝てなかったか。それは彼らが船酔いでめろめろになっていたからだという説を紹介する。</p> <p>この説は最近発行された播田安弘(はりたやすひろ)さんの「日本史サイエンス」という本に書いてある。著者は攻め寄せてきた蒙古・高麗軍の船について、船舶の専門家の立場からその構造について研究した。その結果、軍船に乗ってきた蒙古・高麗連合軍の兵士は船酔いしていて、九州上陸時には多分、戦力のすくなくとも1/3は使い物にならなかったと推測している。</p> <p>1274年に元の皇帝フビライは、日本征服のために6ヶ月以内に大型軍船300隻、小型の上陸用舟艇300隻、水汲み船300隻を建造することを高麗に命じた。これは結構無理な要求である。大型船1隻を作るための木材を集めるには、東京ドーム150個分の面積の森林を必要とする。また建造に必要な船大工や人夫、食事係まで含めた人員として、1日に6万人を動員しなければならない。当時の高麗の人口は250万から400万人とされるので、とてつもない負担である。結局、建造できた大型船は300隻もなかったので、以前に作った中型船を流用した。</p> <p>当時の高麗船の構造だが、竜骨も肋骨もない、底が平たい、箱型の川船形状であったと推測される。また木材の接続に金釘を使わず、木釘を使っているが、これは強度が弱く、かつ作るのが困難である。竜骨や肋骨、それに金釘がないと、構造的に弱く、嵐に会えば破損しやすい。また船底の平たい船は外洋航行が困難である。日本の江戸時代の和船も、西洋の外航船も船底がV字型であり、波きりや安定性に優れている。つまり高麗船は外洋航行に向かず、かつ揺れやすかったのだ。</p> <p>播田安弘(はりたやすひこ)さんの推定では、高麗船の大きさは全長28メートル、幅9メートルで、乗員は兵士と兵站兵あわせて120名、船員60名の180名とした。大型船を300隻も作ることは困難であったので、すでに作っていた中型軍船も含めて300隻とする。中型軍船は兵士と兵站兵で95名、乗員19名の合計104名とする。すると日本に攻め寄せた蒙古・高麗連合軍は総勢44000人で、そのうち戦闘員は26000人と推定される。</p> <p>船の強度を持たせるために、船の底は二重底にして、その空間に水やバラスト用の石を積んだ。兵士や船員の居住区は上甲板の下にあり、寝るための空間として一人当たり長さ1.8メートル、幅0.8メートル、高さ0.8メートルとする。これで164名分となる。上甲板の下にずっとベッドが並んでいたとすると、ずいぶん窮屈であっただろう。</p> <p>士官や上級船員の居住区と航海室、食堂などは上甲板後部の構造物に置く。トイレは船尾にあり、単に板に穴が開いただけの構造だ。馬も積まねばならず、馬小屋は前部の上甲板にある。馬は大量の飼料と水を必要とするし、糞尿の処理もしなければならないので、甲板の下では無理なのだ。軍馬の数は一隻あたり5匹である。これは捕虜になった蒙古兵の証言である。つまり120名の兵士に馬が5匹ということは、馬に乗れたのは士官級のものだけであり、とても騎馬軍団と言える代物ではなく、日本に侵攻したのは歩兵軍団であった。その点、日本軍の方が馬は多かったはずだ。</p> <p>さて問題の船酔いだが、船のゆれには短い周期、例えば0.5-80ヘルツの振動と、長い周期、例えば0.5-0.1ヘルツの動揺がある。0.1 ヘルツだとすると10秒に一度の揺れである。船酔いするのは、この長い周期の揺れである。</p> <p>また船の上下運動の加速度も重要だ。地球の重力加速度の大きさを1Gというが、0.1Gの加速度なら、自分の体重が10%増えたり減ったりする。長期乗船するクルーズ船の船酔いの国際基準では、揺れの周期が3-10秒の場合、上下加速度が0.02G以下とされている。</p> <p>船の揺れの周期を決めるのは、基本的には波の周期である。対馬海峡の11月の波の周期は平均6秒で平均波高は1.1メートルである。多くの蒙古船は船底が平たいものであり揺れやすかった。船の速度を3ノット、波高を1メートルとすると、蒙古船は船酔いの国際基準を超えている。乗員のうち海になれた船員を除いた大陸系の兵士は、乗船経験がなく、多分泳ぐこともできなかったであろう。</p> <p>そんな彼らは長期の航海で確実に船酔いしたであろう。大勢が狭い船内に閉じ込められて長期間航海すると、船酔いのために吐いたであろうから、さらに船酔いは強まったはずだ。また船酔いのために食欲不振になったであろう。こうして彼らが博多に上陸したときは、すくなくとも1/3の兵士は満足に戦うこともできなかったであろうと推測される。</p> <p>さらに上陸作戦の問題点がある。300隻の船団から全軍26000人と、馬が700-1000頭上陸するためには、上陸用舟艇の定員を母船の1/10と仮定すると、10往復必要である。1往復に1時間かかるとすると、10時間必要である。まだ暗いうちの朝6時から上陸を開始しても、全員が上陸するのは夕方の4時である。もう暗くなり始めている。</p> <p>全軍が上陸するまで待てないので、上陸した部隊から順次進撃させたであろう。文永の役の戦いについては、以前に話したが、蒙古・高麗軍はまず麁原山(そはらやま、祖原山)という標高33メートルの小高い丘を占領して、そこを本陣とした。そして博多との中間の山にある赤坂警護所を一時占領したが、すぐに100騎300人の菊池武房の軍勢に反撃されて敗走している。</p> <p>そのあと、蒙古襲来絵詞で有名な竹崎季長はたった5騎で蒙古・高麗軍に突入を試みている。こんな少数で突入できたのは、敵が大軍でなかったからだ。竹崎季長はその時に負傷したが、その時に到着した白石通泰率いる100騎300人に救われた。</p> <p>しかし、これら少数の日本軍に、なぜ大軍のはずの蒙古・高麗連合軍は敗れたのだろうか。その理由の一つは、彼らは船酔いで体力を消耗していたことがある。もう一つの理由は、彼らが上陸に手間取り、まだ多くの兵士は上陸していなかったことがある。そこで戦力の逐次投入を行なった。これは戦術的にはやってはならないことだ。だから彼らは順次、撃破されたのであろう。</p> <p>さらに蒙古軍の副司令官の劉復亨(りゅうふくこう)が矢で射られて負傷したこともある。さらに別の原因として、11月の玄界灘は最大風速が21メートルもの強風が吹く日が多いことがある。彼らが朝鮮半島に帰還するには、向かい風、向かい波となり、当時の小さな船では航海できなかったであろう。そこで帰るなら早い方が良いという判断が働いて、その夜のうちに全軍を撤収して、撤退したのだと思われる。</p> <p>なぜ現在の暦で11月と遅い季節に日本侵略を始めたか。その理由として6月に高麗国王の元宗が病死したことがある。そこで次回の弘安の役では、もっと早い時期に侵略を開始したが、この時も蒙古・高麗連合軍は一部の島を除けば九州本土に上陸すらできなかった。</p> <p>蒙古襲来の第一回目である文永の役に関して、当時の高麗船を技術的に分析した結果、乗員には船酔いが激しかっただろうと推測される。そのために九州に上陸した蒙古・高麗連合軍は体力と気力にかけて、ろくに戦うことができずに、日本軍に駆逐されたと推測される。</p></div> <div class="feed-description"><p>今回も元寇つまり蒙古襲来の話である。蒙古襲来は二度あり、1274年の文永の役と1281年の弘安の役である。文永の役では蒙古と高麗の連合軍に、まず対馬と壱岐が襲われて、その後、九州が襲われた。対馬と壱岐では多勢に無勢で日本側は散々やられたが、九州では日本軍が勝っている。ほぼ完全な勝利である。</p> <p>通説では神風、つまり台風のおかげだというが、そんなことはない。日本の武士たちの活躍で蒙古軍を撃退したのだ。文永の役では、通説では蒙古・高麗軍は九州に上陸して、その翌日には撤退している。その理由は、よく言われる神風のためではなく、戦いに勝てないと判断したことが大きい。さらに副司令官が負傷したこと、撤退が遅くなると冬の対馬海峡を渡って帰還することが困難になることもある。以前に文永の役の具体的な戦闘状況を述べた。蒙古・高麗連合軍は不甲斐なく負けているのだ。なぜ彼らは勝てなかったか。それは彼らが船酔いでめろめろになっていたからだという説を紹介する。</p> <p>この説は最近発行された播田安弘(はりたやすひろ)さんの「日本史サイエンス」という本に書いてある。著者は攻め寄せてきた蒙古・高麗軍の船について、船舶の専門家の立場からその構造について研究した。その結果、軍船に乗ってきた蒙古・高麗連合軍の兵士は船酔いしていて、九州上陸時には多分、戦力のすくなくとも1/3は使い物にならなかったと推測している。</p> <p>1274年に元の皇帝フビライは、日本征服のために6ヶ月以内に大型軍船300隻、小型の上陸用舟艇300隻、水汲み船300隻を建造することを高麗に命じた。これは結構無理な要求である。大型船1隻を作るための木材を集めるには、東京ドーム150個分の面積の森林を必要とする。また建造に必要な船大工や人夫、食事係まで含めた人員として、1日に6万人を動員しなければならない。当時の高麗の人口は250万から400万人とされるので、とてつもない負担である。結局、建造できた大型船は300隻もなかったので、以前に作った中型船を流用した。</p> <p>当時の高麗船の構造だが、竜骨も肋骨もない、底が平たい、箱型の川船形状であったと推測される。また木材の接続に金釘を使わず、木釘を使っているが、これは強度が弱く、かつ作るのが困難である。竜骨や肋骨、それに金釘がないと、構造的に弱く、嵐に会えば破損しやすい。また船底の平たい船は外洋航行が困難である。日本の江戸時代の和船も、西洋の外航船も船底がV字型であり、波きりや安定性に優れている。つまり高麗船は外洋航行に向かず、かつ揺れやすかったのだ。</p> <p>播田安弘(はりたやすひこ)さんの推定では、高麗船の大きさは全長28メートル、幅9メートルで、乗員は兵士と兵站兵あわせて120名、船員60名の180名とした。大型船を300隻も作ることは困難であったので、すでに作っていた中型軍船も含めて300隻とする。中型軍船は兵士と兵站兵で95名、乗員19名の合計104名とする。すると日本に攻め寄せた蒙古・高麗連合軍は総勢44000人で、そのうち戦闘員は26000人と推定される。</p> <p>船の強度を持たせるために、船の底は二重底にして、その空間に水やバラスト用の石を積んだ。兵士や船員の居住区は上甲板の下にあり、寝るための空間として一人当たり長さ1.8メートル、幅0.8メートル、高さ0.8メートルとする。これで164名分となる。上甲板の下にずっとベッドが並んでいたとすると、ずいぶん窮屈であっただろう。</p> <p>士官や上級船員の居住区と航海室、食堂などは上甲板後部の構造物に置く。トイレは船尾にあり、単に板に穴が開いただけの構造だ。馬も積まねばならず、馬小屋は前部の上甲板にある。馬は大量の飼料と水を必要とするし、糞尿の処理もしなければならないので、甲板の下では無理なのだ。軍馬の数は一隻あたり5匹である。これは捕虜になった蒙古兵の証言である。つまり120名の兵士に馬が5匹ということは、馬に乗れたのは士官級のものだけであり、とても騎馬軍団と言える代物ではなく、日本に侵攻したのは歩兵軍団であった。その点、日本軍の方が馬は多かったはずだ。</p> <p>さて問題の船酔いだが、船のゆれには短い周期、例えば0.5-80ヘルツの振動と、長い周期、例えば0.5-0.1ヘルツの動揺がある。0.1 ヘルツだとすると10秒に一度の揺れである。船酔いするのは、この長い周期の揺れである。</p> <p>また船の上下運動の加速度も重要だ。地球の重力加速度の大きさを1Gというが、0.1Gの加速度なら、自分の体重が10%増えたり減ったりする。長期乗船するクルーズ船の船酔いの国際基準では、揺れの周期が3-10秒の場合、上下加速度が0.02G以下とされている。</p> <p>船の揺れの周期を決めるのは、基本的には波の周期である。対馬海峡の11月の波の周期は平均6秒で平均波高は1.1メートルである。多くの蒙古船は船底が平たいものであり揺れやすかった。船の速度を3ノット、波高を1メートルとすると、蒙古船は船酔いの国際基準を超えている。乗員のうち海になれた船員を除いた大陸系の兵士は、乗船経験がなく、多分泳ぐこともできなかったであろう。</p> <p>そんな彼らは長期の航海で確実に船酔いしたであろう。大勢が狭い船内に閉じ込められて長期間航海すると、船酔いのために吐いたであろうから、さらに船酔いは強まったはずだ。また船酔いのために食欲不振になったであろう。こうして彼らが博多に上陸したときは、すくなくとも1/3の兵士は満足に戦うこともできなかったであろうと推測される。</p> <p>さらに上陸作戦の問題点がある。300隻の船団から全軍26000人と、馬が700-1000頭上陸するためには、上陸用舟艇の定員を母船の1/10と仮定すると、10往復必要である。1往復に1時間かかるとすると、10時間必要である。まだ暗いうちの朝6時から上陸を開始しても、全員が上陸するのは夕方の4時である。もう暗くなり始めている。</p> <p>全軍が上陸するまで待てないので、上陸した部隊から順次進撃させたであろう。文永の役の戦いについては、以前に話したが、蒙古・高麗軍はまず麁原山(そはらやま、祖原山)という標高33メートルの小高い丘を占領して、そこを本陣とした。そして博多との中間の山にある赤坂警護所を一時占領したが、すぐに100騎300人の菊池武房の軍勢に反撃されて敗走している。</p> <p>そのあと、蒙古襲来絵詞で有名な竹崎季長はたった5騎で蒙古・高麗軍に突入を試みている。こんな少数で突入できたのは、敵が大軍でなかったからだ。竹崎季長はその時に負傷したが、その時に到着した白石通泰率いる100騎300人に救われた。</p> <p>しかし、これら少数の日本軍に、なぜ大軍のはずの蒙古・高麗連合軍は敗れたのだろうか。その理由の一つは、彼らは船酔いで体力を消耗していたことがある。もう一つの理由は、彼らが上陸に手間取り、まだ多くの兵士は上陸していなかったことがある。そこで戦力の逐次投入を行なった。これは戦術的にはやってはならないことだ。だから彼らは順次、撃破されたのであろう。</p> <p>さらに蒙古軍の副司令官の劉復亨(りゅうふくこう)が矢で射られて負傷したこともある。さらに別の原因として、11月の玄界灘は最大風速が21メートルもの強風が吹く日が多いことがある。彼らが朝鮮半島に帰還するには、向かい風、向かい波となり、当時の小さな船では航海できなかったであろう。そこで帰るなら早い方が良いという判断が働いて、その夜のうちに全軍を撤収して、撤退したのだと思われる。</p> <p>なぜ現在の暦で11月と遅い季節に日本侵略を始めたか。その理由として6月に高麗国王の元宗が病死したことがある。そこで次回の弘安の役では、もっと早い時期に侵略を開始したが、この時も蒙古・高麗連合軍は一部の島を除けば九州本土に上陸すらできなかった。</p> <p>蒙古襲来の第一回目である文永の役に関して、当時の高麗船を技術的に分析した結果、乗員には船酔いが激しかっただろうと推測される。そのために九州に上陸した蒙古・高麗連合軍は体力と気力にかけて、ろくに戦うことができずに、日本軍に駆逐されたと推測される。</p></div> 蒙古襲来 - 弘安の役 2022-03-06T09:56:29+09:00 2022-03-06T09:56:29+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1903-topic189.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>前回は元寇の第一回戦であった1274年の文永の役について述べた。そこでは日本は武士団の奮戦により、元・高麗の連合軍を押し返した。それでも元の皇帝のクビライは日本征服をあきらめきれなかった。そしてついに7年後の1291年に元は総力を挙げて日本侵略を開始した。弘安の役である。</p> <p>前回との違いは中国の南宋軍の参加である。南宋は元の侵略に対して耐えてきたが、ついに文永の役の2年後の1276年に滅亡した。クビライは残された南宋軍を日本侵略に使おうとしたのだ。南宋は元の敵国だから、日本との戦いに勝てばよし、仮に敗れて南宋軍が壊滅しても、元にとっては厄介払いとなるのだ。</p> <p>今回は、文永の役にも参加した蒙古軍、漢軍、高麗軍を東路軍として、南宋軍中心の江南軍とで共同作戦をしようという計画だ。東路軍の戦力は前回の文永の役と同じく蒙古人のヒンドゥ(クドゥン)と高麗人の洪茶丘が率いる蒙古人、漢人主体の3万人と、高麗人の金方慶ひきいる高麗軍が1万人である。軍船は900艘である。</p> <p>江南軍は実質的な司令官である范文虎(はんぶんこ)率いる10万人の南宋軍と軍船が4400艘である。もっともこれらの数字は、歴史書に過大に書いてある可能性があり、およその目安だ。ともかく文永の役とは異なり、クビライは今度こそは日本を征服しようとする断固たる決意がうかがわれる陣容だ。</p> <p>作戦は東路軍と江南軍は別々に出発して、壱岐で落ち合ってから日本を攻めるというものであった。しかし現実は、江南軍の司令官交代などのごたごたで、江南軍の出発が東路軍よりひと月近くも遅れてしまい、東路軍だけがまず日本攻撃を開始した。江南軍はひと月遅れで出発して、壱岐にはいかずに直接に九州の北西部にある平戸島を占領して、そこを補給基地とした。そのあと平戸島の少し東にある鷹島を占領した。そこから大宰府を狙う計画であった。結果論になるが、江南軍は鷹島で台風に見舞われて、多くの船が沈没してボロボロになり、司令官クラスは逃亡した。そして鷹島に殺到した日本軍により江南軍は壊滅的な打撃を受けた。東路軍もそれを見て撤退した。</p> <p>それではまずは東路軍のほうから見ていこう。前回の文永の役では晩秋に出発したので、冬が近づき、気象条件が悪くなり撤退せざるを得なかった。そこで今回は5月3日に朝鮮半島の南端にある合浦を出港した。そして5月21日に日本世界村に上陸した。この日本世界村がどこかには異説がある。多くの書物は対馬の村だとしている。しかし「蒙古襲来」の著者の服部英雄氏は、それはあり得ないという。そもそも合浦から対馬までは通常、一日で来ることができる。19日もかかるわけがない。また高麗は対馬を日本領とは認めていない。高麗の一部だと主張している。だから高麗の歴史書が対馬の村を日本世界村と書くはずはないという。服部氏によれば日本世界村は、博多湾に浮かぶ島、志賀島(しかのしま)だという。ちなみに志賀島は金印が発見された島として有名だ。</p> <p>東路軍は博多に上陸を試みたのだが、博多湾岸にはすでに長さが20キロメートルに及ぶ防壁が築かれていた。元寇防塁という石築地である。それは頑強な部分では高さが3メートル、幅は2メートルある石垣である。前回の文永の役で博多の浜から、敵に容易に上陸を許してしまった教訓から、鎌倉幕府は九州の御家人に命じて防壁を作らせたのだ。これは極めて有効であった。馬が飛び越えることができないのである。東路軍はついに防壁を破ることはできなかったのだ。もっとも防壁のない川からは上陸できただろうが、日本軍はそこにも逆茂木を植えて、敵の上陸を阻止した。</p> <p>東路軍は結局、博多への上陸をあきらめて6月6日に志賀島を占領して、そこを基地とした。軍船は志賀島の周辺に浮かべて江南軍の到着を待つ構えだ。志賀島に立てこもる東路軍に対して、日本軍は海陸から攻撃を行った。実は志賀島は完全な島ではなく海の中道というものでつながっている陸繋島だ。日本軍は連日、志賀島に攻撃を行い、東路軍の副将の洪茶丘はあやうく討ち死にするまで追い詰められたが、何とか難を逃れた。志賀島攻撃には、蒙古襲来絵詞で有名な竹崎季長も参加している。6月9日にも志賀島で激戦が繰り広げられた。そこで東路軍は志賀島を放棄して壱岐に戻り、そこで江南軍を待つことにした。</p> <p>壱岐に戻った東路軍だが、江南軍は予定の6月15日を過ぎても現れなかった。しかも東路軍内では疫病が蔓延して3000人もの死者を出した。持参した食料も減ってきた。そこで東路軍の指揮官たちは撤退すべきかどうか議論したが、結論はそのまま持ちこたえることになった。しかし6月29日になって日本軍は壱岐に上陸して東路軍を襲い、激しい戦いになった。結局、東路軍は戦局が思わしくないし、江南軍が平戸島に到着したという知らせを受けたので、壱岐を放棄して平戸島に移った。壱岐での戦いは激しいもので、先の鎮西奉行であった少弐資能(すけよし)はその時の傷がもとで死んでいる。少弐資能の息子も戦死している。</p> <p>7月中旬になり平戸島周辺に停泊していた江南軍は4000人の軍勢をそこに残して守らせ、主力は鷹島に移動した。そこから九州本土に上陸して大宰府を攻撃するつもりであった。鷹島というのは、それなりに大きい島で、たくさんの入り江があり、港がある。江南軍の軍船はその港に停泊していた。7月27日になり、日本軍は鷹島の元軍の船隊に攻撃を行った。</p> <p>運命の日、7月30日に九州を激しい台風が襲った。それで元軍の多くの船が沈没するなどの被害を被った。そもそも東路軍が出発して3か月、博多に侵入してから2か月の後のことだ。夏の間の3か月も海上にいて、その間に台風が来ないと可能性は少ないだろう。つまりこの台風は幸運の神風などではなく、必然であったのだ。元の資料では4000艘の軍船で残ったのは200艘だという。多分これは誇張でそんなことはないだろう。戦闘のために敗れたのではなく、台風のために負けたのだと言えば、責任が逃れられると思ったのだろう。</p> <p>もっとも江南軍の指揮官クラスにも大きな被害が出た。江南軍の指揮官たちは撤退するかどうか議論した結果、撤退することにした。そこで無事だった船の将兵を鷹島に降ろしてトップの指揮官たちはその船に乗って逃げかえった。ひどい話だ。</p> <p>鷹島に残された兵は下級将校を指揮官として、木を切って船を作り、帰還しようとした。しかし日本軍は鷹島への総攻撃を開始した。記録では鷹島に残された10万余の元軍は壊滅して、2万‐3万人が捕虜になった。鷹島掃討戦の激しさを伝える地名がたくさん残っている。首徐(くびのき)、首埼、血埼、血浦、胴代、死浦、地獄谷などなどだ。元史によると「十万の衆、還ることの得るもの三人のみ」という。もっともこれも誇張であろう。実際に帰還できた元軍は1-4割程度とされる。東路軍の帰還者は26989人のうち19397人とされている。</p> <p>やはり元史によると日本軍は蒙古人、高麗人、漢人の捕虜は殺したが、南宋人は殺さずに奴隷にしたという。南宋とは以前から友好関係にあったからだ。</p> <p>というわけで元寇の第二回戦の弘安の役は、元軍の大敗北、日本軍の大勝利で終わった。日本の勝利の理由の一つには台風があるが、そもそも夏の3か月も日本を攻めあぐねて海上をうろついたのだから、台風に出くわすのは必然であろう。つまり日本の勝利はやはり武士の頑張りにあったのだ。軍事力の勝利である。こうしてクビライの日本侵略の野望は二度にわたりくじかれたのだが、それ以後もクビライは日本征服の夢を捨てなかった。しかしベトナム侵略の失敗などもあり、結局は日本征服の夢を果たすことなく、死んでしまった。</p></div> <div class="feed-description"><p>前回は元寇の第一回戦であった1274年の文永の役について述べた。そこでは日本は武士団の奮戦により、元・高麗の連合軍を押し返した。それでも元の皇帝のクビライは日本征服をあきらめきれなかった。そしてついに7年後の1291年に元は総力を挙げて日本侵略を開始した。弘安の役である。</p> <p>前回との違いは中国の南宋軍の参加である。南宋は元の侵略に対して耐えてきたが、ついに文永の役の2年後の1276年に滅亡した。クビライは残された南宋軍を日本侵略に使おうとしたのだ。南宋は元の敵国だから、日本との戦いに勝てばよし、仮に敗れて南宋軍が壊滅しても、元にとっては厄介払いとなるのだ。</p> <p>今回は、文永の役にも参加した蒙古軍、漢軍、高麗軍を東路軍として、南宋軍中心の江南軍とで共同作戦をしようという計画だ。東路軍の戦力は前回の文永の役と同じく蒙古人のヒンドゥ(クドゥン)と高麗人の洪茶丘が率いる蒙古人、漢人主体の3万人と、高麗人の金方慶ひきいる高麗軍が1万人である。軍船は900艘である。</p> <p>江南軍は実質的な司令官である范文虎(はんぶんこ)率いる10万人の南宋軍と軍船が4400艘である。もっともこれらの数字は、歴史書に過大に書いてある可能性があり、およその目安だ。ともかく文永の役とは異なり、クビライは今度こそは日本を征服しようとする断固たる決意がうかがわれる陣容だ。</p> <p>作戦は東路軍と江南軍は別々に出発して、壱岐で落ち合ってから日本を攻めるというものであった。しかし現実は、江南軍の司令官交代などのごたごたで、江南軍の出発が東路軍よりひと月近くも遅れてしまい、東路軍だけがまず日本攻撃を開始した。江南軍はひと月遅れで出発して、壱岐にはいかずに直接に九州の北西部にある平戸島を占領して、そこを補給基地とした。そのあと平戸島の少し東にある鷹島を占領した。そこから大宰府を狙う計画であった。結果論になるが、江南軍は鷹島で台風に見舞われて、多くの船が沈没してボロボロになり、司令官クラスは逃亡した。そして鷹島に殺到した日本軍により江南軍は壊滅的な打撃を受けた。東路軍もそれを見て撤退した。</p> <p>それではまずは東路軍のほうから見ていこう。前回の文永の役では晩秋に出発したので、冬が近づき、気象条件が悪くなり撤退せざるを得なかった。そこで今回は5月3日に朝鮮半島の南端にある合浦を出港した。そして5月21日に日本世界村に上陸した。この日本世界村がどこかには異説がある。多くの書物は対馬の村だとしている。しかし「蒙古襲来」の著者の服部英雄氏は、それはあり得ないという。そもそも合浦から対馬までは通常、一日で来ることができる。19日もかかるわけがない。また高麗は対馬を日本領とは認めていない。高麗の一部だと主張している。だから高麗の歴史書が対馬の村を日本世界村と書くはずはないという。服部氏によれば日本世界村は、博多湾に浮かぶ島、志賀島(しかのしま)だという。ちなみに志賀島は金印が発見された島として有名だ。</p> <p>東路軍は博多に上陸を試みたのだが、博多湾岸にはすでに長さが20キロメートルに及ぶ防壁が築かれていた。元寇防塁という石築地である。それは頑強な部分では高さが3メートル、幅は2メートルある石垣である。前回の文永の役で博多の浜から、敵に容易に上陸を許してしまった教訓から、鎌倉幕府は九州の御家人に命じて防壁を作らせたのだ。これは極めて有効であった。馬が飛び越えることができないのである。東路軍はついに防壁を破ることはできなかったのだ。もっとも防壁のない川からは上陸できただろうが、日本軍はそこにも逆茂木を植えて、敵の上陸を阻止した。</p> <p>東路軍は結局、博多への上陸をあきらめて6月6日に志賀島を占領して、そこを基地とした。軍船は志賀島の周辺に浮かべて江南軍の到着を待つ構えだ。志賀島に立てこもる東路軍に対して、日本軍は海陸から攻撃を行った。実は志賀島は完全な島ではなく海の中道というものでつながっている陸繋島だ。日本軍は連日、志賀島に攻撃を行い、東路軍の副将の洪茶丘はあやうく討ち死にするまで追い詰められたが、何とか難を逃れた。志賀島攻撃には、蒙古襲来絵詞で有名な竹崎季長も参加している。6月9日にも志賀島で激戦が繰り広げられた。そこで東路軍は志賀島を放棄して壱岐に戻り、そこで江南軍を待つことにした。</p> <p>壱岐に戻った東路軍だが、江南軍は予定の6月15日を過ぎても現れなかった。しかも東路軍内では疫病が蔓延して3000人もの死者を出した。持参した食料も減ってきた。そこで東路軍の指揮官たちは撤退すべきかどうか議論したが、結論はそのまま持ちこたえることになった。しかし6月29日になって日本軍は壱岐に上陸して東路軍を襲い、激しい戦いになった。結局、東路軍は戦局が思わしくないし、江南軍が平戸島に到着したという知らせを受けたので、壱岐を放棄して平戸島に移った。壱岐での戦いは激しいもので、先の鎮西奉行であった少弐資能(すけよし)はその時の傷がもとで死んでいる。少弐資能の息子も戦死している。</p> <p>7月中旬になり平戸島周辺に停泊していた江南軍は4000人の軍勢をそこに残して守らせ、主力は鷹島に移動した。そこから九州本土に上陸して大宰府を攻撃するつもりであった。鷹島というのは、それなりに大きい島で、たくさんの入り江があり、港がある。江南軍の軍船はその港に停泊していた。7月27日になり、日本軍は鷹島の元軍の船隊に攻撃を行った。</p> <p>運命の日、7月30日に九州を激しい台風が襲った。それで元軍の多くの船が沈没するなどの被害を被った。そもそも東路軍が出発して3か月、博多に侵入してから2か月の後のことだ。夏の間の3か月も海上にいて、その間に台風が来ないと可能性は少ないだろう。つまりこの台風は幸運の神風などではなく、必然であったのだ。元の資料では4000艘の軍船で残ったのは200艘だという。多分これは誇張でそんなことはないだろう。戦闘のために敗れたのではなく、台風のために負けたのだと言えば、責任が逃れられると思ったのだろう。</p> <p>もっとも江南軍の指揮官クラスにも大きな被害が出た。江南軍の指揮官たちは撤退するかどうか議論した結果、撤退することにした。そこで無事だった船の将兵を鷹島に降ろしてトップの指揮官たちはその船に乗って逃げかえった。ひどい話だ。</p> <p>鷹島に残された兵は下級将校を指揮官として、木を切って船を作り、帰還しようとした。しかし日本軍は鷹島への総攻撃を開始した。記録では鷹島に残された10万余の元軍は壊滅して、2万‐3万人が捕虜になった。鷹島掃討戦の激しさを伝える地名がたくさん残っている。首徐(くびのき)、首埼、血埼、血浦、胴代、死浦、地獄谷などなどだ。元史によると「十万の衆、還ることの得るもの三人のみ」という。もっともこれも誇張であろう。実際に帰還できた元軍は1-4割程度とされる。東路軍の帰還者は26989人のうち19397人とされている。</p> <p>やはり元史によると日本軍は蒙古人、高麗人、漢人の捕虜は殺したが、南宋人は殺さずに奴隷にしたという。南宋とは以前から友好関係にあったからだ。</p> <p>というわけで元寇の第二回戦の弘安の役は、元軍の大敗北、日本軍の大勝利で終わった。日本の勝利の理由の一つには台風があるが、そもそも夏の3か月も日本を攻めあぐねて海上をうろついたのだから、台風に出くわすのは必然であろう。つまり日本の勝利はやはり武士の頑張りにあったのだ。軍事力の勝利である。こうしてクビライの日本侵略の野望は二度にわたりくじかれたのだが、それ以後もクビライは日本征服の夢を捨てなかった。しかしベトナム侵略の失敗などもあり、結局は日本征服の夢を果たすことなく、死んでしまった。</p></div> 蒙古襲来 - 文永の役 2022-02-23T03:13:16+09:00 2022-02-23T03:13:16+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1902-topic188.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>前回は元寇の第一回目である文永の役で、最初に蒙古・高麗軍が対馬を襲った話を、漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」全10巻をもとに話した。それによれば対馬勢は壊滅的な打撃を受けた。</p> <p>今回は蒙古・高麗軍が九州を襲った話をする。それも「アンゴルモア 元寇合戦記 博多編」1, 2, 3巻に基づく部分もあるが、その他の文献調査も加味する。実は漫画の博多編はまだ結末までは至っていない。</p> <p>私が元寇について高校の日本史などで習ったことは、次のようなものだ。日本の武士は個人戦闘が主体で、戦う前に敵の前で名乗りを上げているうちに、集団戦法の蒙古軍にさんざんやられた。蒙古軍は鉄砲(てつほう)という手投げ爆弾を使用して日本軍にさんざん被害を与えた。日本軍は敗北を重ねて大宰府まで退いた。蒙古軍が夜に船に戻って寝ていたら神風と呼ばれる台風に出会い、多くの船が沈んだ。結局、蒙古軍は日本上陸の一日後には忽然として姿を消した。文永の役における蒙古の日本襲来の目的は、将来の本格的な侵攻に対する威力偵察であった。</p> <p>しかし、近年の研究では、これらは誤りで、文永の役では日本軍の勝利、第二回目の弘安の役では、日本軍の圧倒的勝利であったことが分かってきた。なぜ誤った解釈が幅を利かせたか。それは文献の読み方の問題がある。とくに「蒙古襲来」という本を書いた服部英雄氏によれば、八幡愚童訓という、神社の書いた記録を信頼しすぎたからだという。八幡愚童訓では、蒙古を撤退させたのは武士の活躍ではなく、神仏の加護によるものだという点を強調している。なぜなら、神社の立場としては加持祈祷のおかげで蒙古を敗北させたと主張して幕府に対して恩賞を要求できるからだ。しかし現代の科学的見地から見れば、神仏の加護など存在しない。日本が勝ったのは、物理的な力、具体的には武士の軍事力なのである。</p> <p>蒙古・高麗軍の陣容だが総司令官はヒンドゥあるいはクドゥンとよばれるモンゴル人だ。蒙古・漢軍の副将は女真族の劉復亨(りゅうふくこう)、高麗人の洪茶丘(こうちゃきゅう)である。高麗軍の司令官は金方慶(きんほうけい)である。これらの面々は漫画「アンゴルモア」にも登場する。</p> <p>軍船の数は900隻とされているが、そのなかで外洋を航走できる大型船は300隻で残りは、大型船に積み込まれた小型艇である。本当はもっと少なかったかもしれない。「蒙古襲来」の服部英雄氏によれば大型船は126艘だという。</p> <p>攻めてきた人数も元の歴史書では15000人、高麗史では蒙古が25000人と高麗が8000人としている。しかし「蒙古襲来」の服部氏は蒙古と漢軍は4000人ほど、高麗は1500人程度としている。確かにその程度でなければ、日本が勝つことは難しかっただろう。</p> <p>文永の役の起きた日時は文永11年10月5日から20日とされている。しかしこれは旧暦であり、現在の新暦では1274年11月4日から19日のことである。結構晩秋なのだ。11月の終わりに台風は来ないのが普通だ。だから神風とされたものは台風ではなく、単なる寒冷前線であったのだろう。ちなみに先の服部氏は元軍が撤退したのは10月20日ではなく、27日ころだとしている。たった一日で撤退する侵略軍などありえないだろうという。</p> <p>日本軍は、最初は蒙古軍の上陸を許したが、いろんなところで互角以上に戦った。蒙古軍が撤退した理由は、女真人の副将であった劉復亨(りゅうふくこう)が矢に射られて負傷したこと、戦況が思わしくなく援軍の当てもないこと、攻めてきたのが晩秋であり、冬に入って冬型気圧配置になると北風が吹き、海を渡って帰還するのが困難になるからだ。</p> <p>また威力偵察という説もたぶんないだろう。大軍を投じたのだから、勝てるなら、そのまま勝ち進んだはずだ。</p> <p>日本軍の司令官は鎮西西方奉行の少弐資能(しょうにすけよし)、その子供の兄の少弐経資(しょうにつねすけ)、弟の少弐景資(しょうにかげすけ)たちである。最終戦闘の時は弟の少弐景資(かげすけ)が総大将を務め、敵の副将の劉復亨(りゅうふくこう)を矢で射止めて負傷させて、それがもとで元軍は撤退したといわれる。そのほか日本軍には蒙古襲来絵詞で有名な御家人の竹崎季長(たけざきすえなが)、御家人の菊池武房、白石通泰などがいる。総大将少弐景助の手勢は500余騎、ただし徒歩の従士を含めると1500人程度、菊池武房の100余騎300人、白石通泰の100余騎300人などが主要な勢力である。</p> <p>戦況にはさまざまな説があるが、ほぼ以下のようだ。旧暦の10月19日(新暦11月25日)の夜に蒙古軍は博多の西にある早良郡(さわらぐん)の百道原(ももちはら)に上陸した。そして近くの小高い丘の麁原山(そはらやま)を占領して、そこに本陣を置いた。次にその東にある赤坂山を占領した。現在の福岡城の位置である。ここは古くから警護所がおかれていた防衛拠点である。刀伊の入寇のときも赤坂の警護所をめぐって戦闘が行われた。</p> <p>日本軍の本隊は博多で待機して、そこで戦おうとしていた。しかし西の赤坂近くに陣を敷いていた菊池武房の軍勢100騎300人が赤坂の松林の中に陣を敷いた元軍を攻撃して、上陸地点の近くの麁原山へと敗走させた。そのことが分かっているのは、先駆けをしようとして移動中の竹崎季長と、勝利して帰還中の菊池武房と遭遇したことが、蒙古襲来絵詞に書いてあるからだ。</p> <p>麁原山(そはらやま)に向かって敗走中の元軍に対して竹崎季長(すえなが)は、たった5人で、鳥飼汐干潟あたりで部下の止めるのも聞かずに敵に突入した。その時、竹崎季長の馬が元軍の放った矢に当たり、結局季長を含む3人が負傷している。この場面も蒙古襲来絵詞で有名だ。幸いなことにその時に白石通泰率いる100騎300人が到着して元軍に突入したため、元軍は麁原山の陣地へと退いた。</p> <p>やがて日本軍の本隊も到着して麁原山と赤坂山の中間にある鳥飼汐干潟で激戦が繰り広げられた。その結果、元軍は敗れて百道原まで後退した。日本軍はさらに追撃して百道原の戦いで少弐景資の部下の放った矢が元軍の副司令官劉復亨(りゅうふくこう)に命中した。百道原のさらに西にある姪浜でも日本軍は元軍を破った。鳥飼潟の戦いには日本軍の主力も参加して、日本軍が総力を挙げた一大決戦であった。</p> <p>元軍はその夜、船の上で司令官たちが相談した結果、劉復亨(りゅうふくこう)が負傷したこと、戦況も思わしくなく、援軍も見込めず、時機を逸すると帰りの航海が難しくなり帰れなくなるので、すぐに撤退することに決めた。そして元軍は10月21日に撤退を始めた。しかしその夜に悪天候に出会い多くの船が座礁した。志賀島で座礁した元の軍船に乗っていた130名の兵士は殺されたり捕虜になったりした。その船の司令官は自殺した。座礁した船の総数は150隻もあった。もっとも先に述べたように「蒙古襲来」の服部英雄氏は元軍の撤退は、もう少し後だろうとしている。いずれにせよ、日本軍の完全な勝利である。</p> <p>結局、文永の役で元軍の被った人的被害は高麗の資料では13500人にも上るとされている。さらに船のほかに多くの武器も失われた。文永の役のために船や兵士、食糧を供給した高麗は国力を疲弊させた。しかしそもそも日本を攻めるように元の皇帝クビライに勧めたのは、高麗の王である。自業自得といえよう。</p> <p>元寇の第一回目の文永の役は、九州においては日本軍の勝利であった。従来言われていたように、日本軍は劣勢であったが、神風が吹いて元軍が撤退したのではなく、武士たちの活躍で押し返したのだ。そのあとで暴風が吹いたのだ。その暴風も台風ではなく、寒冷前線であった。もっともそれで元・高麗軍に大きな被害が出たことは変わりがない。 </p></div> <div class="feed-description"><p>前回は元寇の第一回目である文永の役で、最初に蒙古・高麗軍が対馬を襲った話を、漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」全10巻をもとに話した。それによれば対馬勢は壊滅的な打撃を受けた。</p> <p>今回は蒙古・高麗軍が九州を襲った話をする。それも「アンゴルモア 元寇合戦記 博多編」1, 2, 3巻に基づく部分もあるが、その他の文献調査も加味する。実は漫画の博多編はまだ結末までは至っていない。</p> <p>私が元寇について高校の日本史などで習ったことは、次のようなものだ。日本の武士は個人戦闘が主体で、戦う前に敵の前で名乗りを上げているうちに、集団戦法の蒙古軍にさんざんやられた。蒙古軍は鉄砲(てつほう)という手投げ爆弾を使用して日本軍にさんざん被害を与えた。日本軍は敗北を重ねて大宰府まで退いた。蒙古軍が夜に船に戻って寝ていたら神風と呼ばれる台風に出会い、多くの船が沈んだ。結局、蒙古軍は日本上陸の一日後には忽然として姿を消した。文永の役における蒙古の日本襲来の目的は、将来の本格的な侵攻に対する威力偵察であった。</p> <p>しかし、近年の研究では、これらは誤りで、文永の役では日本軍の勝利、第二回目の弘安の役では、日本軍の圧倒的勝利であったことが分かってきた。なぜ誤った解釈が幅を利かせたか。それは文献の読み方の問題がある。とくに「蒙古襲来」という本を書いた服部英雄氏によれば、八幡愚童訓という、神社の書いた記録を信頼しすぎたからだという。八幡愚童訓では、蒙古を撤退させたのは武士の活躍ではなく、神仏の加護によるものだという点を強調している。なぜなら、神社の立場としては加持祈祷のおかげで蒙古を敗北させたと主張して幕府に対して恩賞を要求できるからだ。しかし現代の科学的見地から見れば、神仏の加護など存在しない。日本が勝ったのは、物理的な力、具体的には武士の軍事力なのである。</p> <p>蒙古・高麗軍の陣容だが総司令官はヒンドゥあるいはクドゥンとよばれるモンゴル人だ。蒙古・漢軍の副将は女真族の劉復亨(りゅうふくこう)、高麗人の洪茶丘(こうちゃきゅう)である。高麗軍の司令官は金方慶(きんほうけい)である。これらの面々は漫画「アンゴルモア」にも登場する。</p> <p>軍船の数は900隻とされているが、そのなかで外洋を航走できる大型船は300隻で残りは、大型船に積み込まれた小型艇である。本当はもっと少なかったかもしれない。「蒙古襲来」の服部英雄氏によれば大型船は126艘だという。</p> <p>攻めてきた人数も元の歴史書では15000人、高麗史では蒙古が25000人と高麗が8000人としている。しかし「蒙古襲来」の服部氏は蒙古と漢軍は4000人ほど、高麗は1500人程度としている。確かにその程度でなければ、日本が勝つことは難しかっただろう。</p> <p>文永の役の起きた日時は文永11年10月5日から20日とされている。しかしこれは旧暦であり、現在の新暦では1274年11月4日から19日のことである。結構晩秋なのだ。11月の終わりに台風は来ないのが普通だ。だから神風とされたものは台風ではなく、単なる寒冷前線であったのだろう。ちなみに先の服部氏は元軍が撤退したのは10月20日ではなく、27日ころだとしている。たった一日で撤退する侵略軍などありえないだろうという。</p> <p>日本軍は、最初は蒙古軍の上陸を許したが、いろんなところで互角以上に戦った。蒙古軍が撤退した理由は、女真人の副将であった劉復亨(りゅうふくこう)が矢に射られて負傷したこと、戦況が思わしくなく援軍の当てもないこと、攻めてきたのが晩秋であり、冬に入って冬型気圧配置になると北風が吹き、海を渡って帰還するのが困難になるからだ。</p> <p>また威力偵察という説もたぶんないだろう。大軍を投じたのだから、勝てるなら、そのまま勝ち進んだはずだ。</p> <p>日本軍の司令官は鎮西西方奉行の少弐資能(しょうにすけよし)、その子供の兄の少弐経資(しょうにつねすけ)、弟の少弐景資(しょうにかげすけ)たちである。最終戦闘の時は弟の少弐景資(かげすけ)が総大将を務め、敵の副将の劉復亨(りゅうふくこう)を矢で射止めて負傷させて、それがもとで元軍は撤退したといわれる。そのほか日本軍には蒙古襲来絵詞で有名な御家人の竹崎季長(たけざきすえなが)、御家人の菊池武房、白石通泰などがいる。総大将少弐景助の手勢は500余騎、ただし徒歩の従士を含めると1500人程度、菊池武房の100余騎300人、白石通泰の100余騎300人などが主要な勢力である。</p> <p>戦況にはさまざまな説があるが、ほぼ以下のようだ。旧暦の10月19日(新暦11月25日)の夜に蒙古軍は博多の西にある早良郡(さわらぐん)の百道原(ももちはら)に上陸した。そして近くの小高い丘の麁原山(そはらやま)を占領して、そこに本陣を置いた。次にその東にある赤坂山を占領した。現在の福岡城の位置である。ここは古くから警護所がおかれていた防衛拠点である。刀伊の入寇のときも赤坂の警護所をめぐって戦闘が行われた。</p> <p>日本軍の本隊は博多で待機して、そこで戦おうとしていた。しかし西の赤坂近くに陣を敷いていた菊池武房の軍勢100騎300人が赤坂の松林の中に陣を敷いた元軍を攻撃して、上陸地点の近くの麁原山へと敗走させた。そのことが分かっているのは、先駆けをしようとして移動中の竹崎季長と、勝利して帰還中の菊池武房と遭遇したことが、蒙古襲来絵詞に書いてあるからだ。</p> <p>麁原山(そはらやま)に向かって敗走中の元軍に対して竹崎季長(すえなが)は、たった5人で、鳥飼汐干潟あたりで部下の止めるのも聞かずに敵に突入した。その時、竹崎季長の馬が元軍の放った矢に当たり、結局季長を含む3人が負傷している。この場面も蒙古襲来絵詞で有名だ。幸いなことにその時に白石通泰率いる100騎300人が到着して元軍に突入したため、元軍は麁原山の陣地へと退いた。</p> <p>やがて日本軍の本隊も到着して麁原山と赤坂山の中間にある鳥飼汐干潟で激戦が繰り広げられた。その結果、元軍は敗れて百道原まで後退した。日本軍はさらに追撃して百道原の戦いで少弐景資の部下の放った矢が元軍の副司令官劉復亨(りゅうふくこう)に命中した。百道原のさらに西にある姪浜でも日本軍は元軍を破った。鳥飼潟の戦いには日本軍の主力も参加して、日本軍が総力を挙げた一大決戦であった。</p> <p>元軍はその夜、船の上で司令官たちが相談した結果、劉復亨(りゅうふくこう)が負傷したこと、戦況も思わしくなく、援軍も見込めず、時機を逸すると帰りの航海が難しくなり帰れなくなるので、すぐに撤退することに決めた。そして元軍は10月21日に撤退を始めた。しかしその夜に悪天候に出会い多くの船が座礁した。志賀島で座礁した元の軍船に乗っていた130名の兵士は殺されたり捕虜になったりした。その船の司令官は自殺した。座礁した船の総数は150隻もあった。もっとも先に述べたように「蒙古襲来」の服部英雄氏は元軍の撤退は、もう少し後だろうとしている。いずれにせよ、日本軍の完全な勝利である。</p> <p>結局、文永の役で元軍の被った人的被害は高麗の資料では13500人にも上るとされている。さらに船のほかに多くの武器も失われた。文永の役のために船や兵士、食糧を供給した高麗は国力を疲弊させた。しかしそもそも日本を攻めるように元の皇帝クビライに勧めたのは、高麗の王である。自業自得といえよう。</p> <p>元寇の第一回目の文永の役は、九州においては日本軍の勝利であった。従来言われていたように、日本軍は劣勢であったが、神風が吹いて元軍が撤退したのではなく、武士たちの活躍で押し返したのだ。そのあとで暴風が吹いたのだ。その暴風も台風ではなく、寒冷前線であった。もっともそれで元・高麗軍に大きな被害が出たことは変わりがない。 </p></div> 漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」 2022-02-16T09:42:12+09:00 2022-02-16T09:42:12+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1901-topic187.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>これは元寇における対馬の戦いを描いた漫画とテレビアニメである。著者はたかぎ七彦氏である。</p> <p>なぜこれを取り上げるか。私は歴史的な日本の対外戦争について関心がある。日本は明治維新以前には対外戦争はあまり経験がなく、海外に攻め込んだのは神話的な神功皇后(じんぐうこうごう)の対高句麗戦を除けば、大敗を期した白村江の戦いと秀吉の朝鮮出兵である。白村江の戦いについては別に触れた。</p> <p>攻め込まれたのは、平安時代の刀伊の入寇と、今回の鎌倉時代の蒙古襲来つまり元寇の二度である。刀伊の入寇については別に触れた。刀伊の入寇は外国による侵略というよりは、大規模な海賊の侵入といったものであろう。しかし元寇は刀伊の入寇とは比較にならない大規模な外国による本格的な日本侵略の試みであった。それについて語ると、一度では済まされない。そもそも蒙古襲来は1274年の文永の役と1281年の弘安の役の二度にわたっているので、それぞれについて述べたい。</p> <p>ところで元寇という言葉だが、もともとは蒙古襲来と呼ばれていた。江戸時代になって元寇と呼ばれはじめ、明治以降はそれで統一された。倭寇という言葉があり、日本の海賊というか武力を備えた貿易商人が朝鮮や中国を荒らしたとされているものだ。それに対して、日本が元に荒らされたので元寇と名付けたわけだ。元寇とは言うが、攻めてきたのは蒙古人だけではなく高麗人つまり朝鮮人、刀伊の入寇で攻めてきた女真族、それに元に征服されてその配下になっていた漢人、つまり中国人である。</p> <p>私は元寇を語るためにそれについての本を二冊読んだ。「世界史の中の蒙古襲来」宮脇淳子著と「蒙古襲来」服部英雄著である。「世界史の中の蒙古襲来」はタイトル通り、世界史的視点から蒙古襲来を語っていて、日本における戦いの詳細を述べたものではない。服部氏の「蒙古襲来」は文永の役と弘安の役を資料の批判的検証という視点から学術的に解説した本で、なかなか簡単に読める本ではない。</p> <p>今回は、元寇に関する多くの本でほとんど取り上げられない対馬における戦いについてふれる。というのも漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」は対馬の戦いを主題にしているからだ。</p> <p>ところでいろんな資料を読んでも対馬の戦いに触れた部分はわずかである。上陸してきた千名ほどの元軍に対して、対馬の守護代の宗助国が80数人で応戦したがほとんどが戦死した。島民は多くは殺されたり、奴隷として連れ去られたりした。女は手のひらに穴をあけられて、船の舷側に縛り付けられた。元は対馬の次に壱岐を襲い、そこでも守護代平景隆は100人ほどを率いて応戦したが全滅した。という程度の記述しかない。</p> <p>私は、対馬は小さな島で、元の大群が上陸して島全体を埋め尽くして住人を皆殺しにしたと思っていた。しかし漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」を読んで、私は対馬に関して何も知らないことを思い知らされた。グーグルアースで対馬を見ると、意外に大きく、ほとんどが山で、海岸の一部にのみ人々が住んでいることを知った。これなら元の大群が島々に充満することはないだろう。</p> <p>実際、対馬は南北に82キロメートル、東西に18キロメートルと細長い。徒歩で行くと南北縦断に5日間、東西の横断に1日かかるとされる。対馬は本来は一つの島であるが中央部に浅茅湾(あそうわん)という西からの大きな切れ込みがあり、実質的に上島と下島の南北の二つの島に分かれている。浅茅湾(あそうわん)のあたりは、小さな島々と入江の入り組んだリアス式海岸になっている。</p> <p>歴史的にも対馬の中心部として国府がおかれたのは南の下島の東側である。元軍が上陸したのは、国府の裏側に相当する西海岸の小茂田浜(こもだはま)である。その知らせを聞いた対馬守護代の宗助国は、兵を率いて山を越えて小茂田浜に向かった。上陸したのは1000人ほどの高麗兵であった。高麗とは従来から付き合いがあったので、通訳を通して話し合いを持ち掛けたが、敵は矢を射かけてきたので、戦闘になった。結果、宗助国を始めとする対馬勢はほぼ全滅した。生き残った二人の若者が、博多に向けて出港し、大宰府に蒙古襲来を知らせた。</p> <p>先に述べたような知識は、蒙古の対馬襲来に関して本に書いてあることのほとんどすべてである。私は戦闘の詳細が知りたいと思った。そこで見つけたのが「アンゴルモア 元寇合戦記」という漫画である。対馬編が全10巻ある。そこで私は全部買って読んでみた。漫画であるので、すべてが歴史的事実に基づくものではなく、フィクションである。でも歴史的事実を踏まえて書かれているので、なかなか読みごたえがある。</p> <p>主人公は鎌倉の御家人の朽井迅三郎(くちいじんざぶろう)、守護代宗助国の娘の輝日(てるひ)、刀伊祓(といはらい)の長嶺判官(ながみねはんがん)たちである。いずれも架空の人物である。</p> <p>主人公の朽井迅三郎は鎌倉でそれなりの御家人であったが、ある事件に巻き込まれて罪人となり、対馬に島流しになる。漫画の設定では、蒙古襲来が近いことを予想した対馬の守護代の宗助国は、死罪に相当するような罪人を対馬に送って防衛の一助にしてほしいと幕府に願い出ていた。それで罪人が船で対馬に送られてきたというのが話の発端である。</p> <p>罪人の彼らを迎えたのが守護代の娘の輝日である。彼らに対馬のために戦って死んでほしいという。漫画では輝日は安徳天皇の曾孫(ひまご)という設定である。いったいどういうことか。安徳天皇は、源平の最後の戦いである壇之浦の合戦で、6歳の若さで乳母に抱えられて入水自殺したはずだ。平家物語にはそう書いてある。その安徳天皇に曾孫がいるとはどういうことか? 実は安徳天皇は壇之浦の合戦では死んでいずに、落ち延びたという伝説がある。どこに落ち延びたかというと、鹿児島県の鬼界が島だとか、四国だとかいろいろあるのだ。その一つに対馬に落ち延びたという伝説があり、宗氏の先祖になったという。壇之浦の合戦は1185年のことで、蒙古襲来の文永の役は1274年だから、その間に89年の差がある。漫画では95歳の安徳天皇が生きていて、朽井や輝日と白嶽(しらたけ)の頂上で対面する。白嶽は対馬の霊峰で頂上から浅茅湾(あそうわん)が一望に眺められる。</p> <p>第三の登場人物が刀伊祓(といばらい)とその指導者の長嶺判官(ながみねはんがん)である。刀伊祓とはなにか。それは防人の子孫である。663年の白村江の戦いに敗れた日本は、唐に攻められることを恐れて、西日本の防衛のために防人(さきもり)の制を敷いた。防人とは主に東日本から集められた兵士で、九州の大宰府や対馬、壱岐の防衛に充てられた。防人は武器や行きかえりの旅費は自前であり、負担がきつかった。また行きは付き添いがいるが、帰りは勝手に帰るので、途中で野垂れ死にする者もいた。そこで防人の中には派遣地に住み着くものも出てきた。漫画では、対馬に住み着いた防人の子孫が刀伊祓になったという設定だ。</p> <p>ところで刀伊祓の刀伊は1019年に起きた刀伊の入寇の刀伊である。この時に刀伊を追い払ったのは防人ではなく、大宰権帥(だざいのごんのそち)藤原隆家のもとに集まった武士であった。刀伊は対馬も襲い、実際の長嶺判官とその家族を拉致した。長嶺判官は脱出したが、妻子はとらえられた。後に刀伊が高麗の水軍に敗れて、拉致された人たちが救出された。しかし長嶺判官の妻子は皆殺しされていて、叔母だけが生き残ったという話である。漫画では刀伊祓の指導者が長嶺判官というのは、そこからの着想だろう。</p> <p>刀伊祓は金田城(かねだじょう、かねたのき、かなたのき)を防衛拠点にする。これも興味深い。金田城は白村江の戦いに敗れた日本が、対馬防衛のために667年に作った山城である。朝鮮式の山城で、浅茅湾を見下ろす山の頂上を石垣でひろく囲んだ防衛施設だ。現在も残っていて、観光名所になっている。金田城は予想される唐の攻撃から対馬を守るために作られたので、唐と友好関係を結んだのちは廃止された。しかし明治になって、対馬海峡を防衛するために1901年に金田城跡に砲台が設置された。これも現在は観光名所になっている。</p> <p>「アンゴルモア 元寇合戦記」は蒙古襲来時の対馬の戦いを描いた全10巻の漫画である。内容はフィクションであるが、安徳天皇、刀伊の入寇、金田城などの歴史的事実をもとにしたフィクションであり、歴史愛好家にはとても興味深い。またご当地巡りをするのも楽しいだろう。はやくコロナが終わって自由に観光できるようになってほしいものだ。ところで「ゴースト・オブ・対馬」という米国製のロールプレイイングゲームが流行っていて、ゲーマーたちの間で対馬が注目を浴びている。海に浮かぶ和多都美神社の鳥居が台風で倒壊したが、その復旧のためのクラウドファンディングに予定以上のお金が集まったそうだ。</p></div> <div class="feed-description"><p>これは元寇における対馬の戦いを描いた漫画とテレビアニメである。著者はたかぎ七彦氏である。</p> <p>なぜこれを取り上げるか。私は歴史的な日本の対外戦争について関心がある。日本は明治維新以前には対外戦争はあまり経験がなく、海外に攻め込んだのは神話的な神功皇后(じんぐうこうごう)の対高句麗戦を除けば、大敗を期した白村江の戦いと秀吉の朝鮮出兵である。白村江の戦いについては別に触れた。</p> <p>攻め込まれたのは、平安時代の刀伊の入寇と、今回の鎌倉時代の蒙古襲来つまり元寇の二度である。刀伊の入寇については別に触れた。刀伊の入寇は外国による侵略というよりは、大規模な海賊の侵入といったものであろう。しかし元寇は刀伊の入寇とは比較にならない大規模な外国による本格的な日本侵略の試みであった。それについて語ると、一度では済まされない。そもそも蒙古襲来は1274年の文永の役と1281年の弘安の役の二度にわたっているので、それぞれについて述べたい。</p> <p>ところで元寇という言葉だが、もともとは蒙古襲来と呼ばれていた。江戸時代になって元寇と呼ばれはじめ、明治以降はそれで統一された。倭寇という言葉があり、日本の海賊というか武力を備えた貿易商人が朝鮮や中国を荒らしたとされているものだ。それに対して、日本が元に荒らされたので元寇と名付けたわけだ。元寇とは言うが、攻めてきたのは蒙古人だけではなく高麗人つまり朝鮮人、刀伊の入寇で攻めてきた女真族、それに元に征服されてその配下になっていた漢人、つまり中国人である。</p> <p>私は元寇を語るためにそれについての本を二冊読んだ。「世界史の中の蒙古襲来」宮脇淳子著と「蒙古襲来」服部英雄著である。「世界史の中の蒙古襲来」はタイトル通り、世界史的視点から蒙古襲来を語っていて、日本における戦いの詳細を述べたものではない。服部氏の「蒙古襲来」は文永の役と弘安の役を資料の批判的検証という視点から学術的に解説した本で、なかなか簡単に読める本ではない。</p> <p>今回は、元寇に関する多くの本でほとんど取り上げられない対馬における戦いについてふれる。というのも漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」は対馬の戦いを主題にしているからだ。</p> <p>ところでいろんな資料を読んでも対馬の戦いに触れた部分はわずかである。上陸してきた千名ほどの元軍に対して、対馬の守護代の宗助国が80数人で応戦したがほとんどが戦死した。島民は多くは殺されたり、奴隷として連れ去られたりした。女は手のひらに穴をあけられて、船の舷側に縛り付けられた。元は対馬の次に壱岐を襲い、そこでも守護代平景隆は100人ほどを率いて応戦したが全滅した。という程度の記述しかない。</p> <p>私は、対馬は小さな島で、元の大群が上陸して島全体を埋め尽くして住人を皆殺しにしたと思っていた。しかし漫画「アンゴルモア 元寇合戦記」を読んで、私は対馬に関して何も知らないことを思い知らされた。グーグルアースで対馬を見ると、意外に大きく、ほとんどが山で、海岸の一部にのみ人々が住んでいることを知った。これなら元の大群が島々に充満することはないだろう。</p> <p>実際、対馬は南北に82キロメートル、東西に18キロメートルと細長い。徒歩で行くと南北縦断に5日間、東西の横断に1日かかるとされる。対馬は本来は一つの島であるが中央部に浅茅湾(あそうわん)という西からの大きな切れ込みがあり、実質的に上島と下島の南北の二つの島に分かれている。浅茅湾(あそうわん)のあたりは、小さな島々と入江の入り組んだリアス式海岸になっている。</p> <p>歴史的にも対馬の中心部として国府がおかれたのは南の下島の東側である。元軍が上陸したのは、国府の裏側に相当する西海岸の小茂田浜(こもだはま)である。その知らせを聞いた対馬守護代の宗助国は、兵を率いて山を越えて小茂田浜に向かった。上陸したのは1000人ほどの高麗兵であった。高麗とは従来から付き合いがあったので、通訳を通して話し合いを持ち掛けたが、敵は矢を射かけてきたので、戦闘になった。結果、宗助国を始めとする対馬勢はほぼ全滅した。生き残った二人の若者が、博多に向けて出港し、大宰府に蒙古襲来を知らせた。</p> <p>先に述べたような知識は、蒙古の対馬襲来に関して本に書いてあることのほとんどすべてである。私は戦闘の詳細が知りたいと思った。そこで見つけたのが「アンゴルモア 元寇合戦記」という漫画である。対馬編が全10巻ある。そこで私は全部買って読んでみた。漫画であるので、すべてが歴史的事実に基づくものではなく、フィクションである。でも歴史的事実を踏まえて書かれているので、なかなか読みごたえがある。</p> <p>主人公は鎌倉の御家人の朽井迅三郎(くちいじんざぶろう)、守護代宗助国の娘の輝日(てるひ)、刀伊祓(といはらい)の長嶺判官(ながみねはんがん)たちである。いずれも架空の人物である。</p> <p>主人公の朽井迅三郎は鎌倉でそれなりの御家人であったが、ある事件に巻き込まれて罪人となり、対馬に島流しになる。漫画の設定では、蒙古襲来が近いことを予想した対馬の守護代の宗助国は、死罪に相当するような罪人を対馬に送って防衛の一助にしてほしいと幕府に願い出ていた。それで罪人が船で対馬に送られてきたというのが話の発端である。</p> <p>罪人の彼らを迎えたのが守護代の娘の輝日である。彼らに対馬のために戦って死んでほしいという。漫画では輝日は安徳天皇の曾孫(ひまご)という設定である。いったいどういうことか。安徳天皇は、源平の最後の戦いである壇之浦の合戦で、6歳の若さで乳母に抱えられて入水自殺したはずだ。平家物語にはそう書いてある。その安徳天皇に曾孫がいるとはどういうことか? 実は安徳天皇は壇之浦の合戦では死んでいずに、落ち延びたという伝説がある。どこに落ち延びたかというと、鹿児島県の鬼界が島だとか、四国だとかいろいろあるのだ。その一つに対馬に落ち延びたという伝説があり、宗氏の先祖になったという。壇之浦の合戦は1185年のことで、蒙古襲来の文永の役は1274年だから、その間に89年の差がある。漫画では95歳の安徳天皇が生きていて、朽井や輝日と白嶽(しらたけ)の頂上で対面する。白嶽は対馬の霊峰で頂上から浅茅湾(あそうわん)が一望に眺められる。</p> <p>第三の登場人物が刀伊祓(といばらい)とその指導者の長嶺判官(ながみねはんがん)である。刀伊祓とはなにか。それは防人の子孫である。663年の白村江の戦いに敗れた日本は、唐に攻められることを恐れて、西日本の防衛のために防人(さきもり)の制を敷いた。防人とは主に東日本から集められた兵士で、九州の大宰府や対馬、壱岐の防衛に充てられた。防人は武器や行きかえりの旅費は自前であり、負担がきつかった。また行きは付き添いがいるが、帰りは勝手に帰るので、途中で野垂れ死にする者もいた。そこで防人の中には派遣地に住み着くものも出てきた。漫画では、対馬に住み着いた防人の子孫が刀伊祓になったという設定だ。</p> <p>ところで刀伊祓の刀伊は1019年に起きた刀伊の入寇の刀伊である。この時に刀伊を追い払ったのは防人ではなく、大宰権帥(だざいのごんのそち)藤原隆家のもとに集まった武士であった。刀伊は対馬も襲い、実際の長嶺判官とその家族を拉致した。長嶺判官は脱出したが、妻子はとらえられた。後に刀伊が高麗の水軍に敗れて、拉致された人たちが救出された。しかし長嶺判官の妻子は皆殺しされていて、叔母だけが生き残ったという話である。漫画では刀伊祓の指導者が長嶺判官というのは、そこからの着想だろう。</p> <p>刀伊祓は金田城(かねだじょう、かねたのき、かなたのき)を防衛拠点にする。これも興味深い。金田城は白村江の戦いに敗れた日本が、対馬防衛のために667年に作った山城である。朝鮮式の山城で、浅茅湾を見下ろす山の頂上を石垣でひろく囲んだ防衛施設だ。現在も残っていて、観光名所になっている。金田城は予想される唐の攻撃から対馬を守るために作られたので、唐と友好関係を結んだのちは廃止された。しかし明治になって、対馬海峡を防衛するために1901年に金田城跡に砲台が設置された。これも現在は観光名所になっている。</p> <p>「アンゴルモア 元寇合戦記」は蒙古襲来時の対馬の戦いを描いた全10巻の漫画である。内容はフィクションであるが、安徳天皇、刀伊の入寇、金田城などの歴史的事実をもとにしたフィクションであり、歴史愛好家にはとても興味深い。またご当地巡りをするのも楽しいだろう。はやくコロナが終わって自由に観光できるようになってほしいものだ。ところで「ゴースト・オブ・対馬」という米国製のロールプレイイングゲームが流行っていて、ゲーマーたちの間で対馬が注目を浴びている。海に浮かぶ和多都美神社の鳥居が台風で倒壊したが、その復旧のためのクラウドファンディングに予定以上のお金が集まったそうだ。</p></div> アウトブレイク -感染拡大- 2022-02-10T09:47:28+09:00 2022-02-10T09:47:28+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1900-topic186.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>新型コロナウイルスを予言したともいわれるカナダのテレビドラマ「アウトブレイク-感染拡大」を紹介したい。10回物のテレビドラマである。アマゾンプライムでたまたま見つけて第一回目を見て、はまってしまって、最終回まで見た。今日の話は少しネタバレを含むがご容赦を願いたい。</p> <p>このドラマの何がすごいかというと、制作されたのが2019年であり、放映されたのが2020年の1月7日だということだ。しかも内容が新型コロナウイルスによる感染拡大の話なのだ。つまり現在の新型コロナウイルスの感染が知られる以前に制作されたというのがすごい。また非常にリアリティに富んでいるのである。</p> <p>ドラマではこのコロナウイルスはアメリカコロナウイルスCoVA(コヴァ)と命名されている。現実の新型コロナウイルスはSARS-CoV2と呼ばれているが、似ていて面白い。トランプ元大統領は新型コロナウイルスを中国ウイルスと呼ぼうと提案したが、この映画ではそれがアメリカウイルスと呼ばれているのは、偶然とはいえ皮肉が効いていて面白い。</p> <p>このドラマは実際の新型コロナウイルスの感染が発見される以前に撮影されたので、専門家の意見を十分に取り入れているとはいえ、現実の新型コロナウイルスに慣れた我々から見れば、少し甘い点もある。例えば、医者ならちゃんとマスクをしろとか、病院でマスクを脱いで咳をするなとか、そこで握手をするな、キスをするなとか、そこに触れたらダメだろ・・・とか。またマスクの転売とか、インチキ薬のネット販売とか、病院で咳をした人が殴られるとか、あるあるの話がいっぱいだ。だから十分にハラハラして、楽しめるのである。</p> <p>ドラマの舞台はカナダのケベック州のモントリオールである。ケベック州はカナダの中でもフランス語圏であるので、セリフもフランス語である。字幕があるので問題ないが、英語の勉強を期待したなら、期待外れだ。モントリオールは人口178万の大都会である。ちなみにカナダ最大の都市はトロントで人口は273万人である。モントリオールが舞台といっても、ドラマに登場するのは病院と主人公が所長を務める緊急衛生研究所、登場人物の自宅などに限られている。モントリオールらしさはどこにも見えない。</p> <p>話の始まりは、モントリオールの公園に住むイヌイットのホームレスの間で奇妙な病気がはやり、人々が次々と亡くなり始めたことだ。その調査を始めたのは、緊急衛生研究所の所長であるアンヌ・マリー・ルクレール博士である。結構美人でやり手の女性である。</p> <p>最初に感染するアラシーという名の患者の顔が東洋系であったので、私は中国人だと思ったのだが、そうではなくてイヌイット、つまりエスキモーであったのだ。イヌイットはアジア人が氷河時代に凍結したベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移住する途中に、北極圏に住み着いた人々だ。だから北アメリカに住み着いたアメリカインディアンと同様に東洋系の顔立ちをしているのだ。また白人でない先住民は経済的にも困窮していて、ホームレスの多くがイヌイットなのだ。カナダの社会問題があらわになる。</p> <p>ドラマの初めにフェレットが登場する。イヌイットの女性がたまたま逃げ出したフェレットを飼うのだ。実はこのフェレットがウイルスの感染源なのだが、それを突き止めるのがこのドラマの筋である。いわば一種のミステリーなのだ。</p> <p>アラシーというイヌイットのホームレスのいとこの女性はネッリーといって、結核菌を研究している大学院の博士課程の院生である。アンヌ・マリー博士はこの大学院生に、本来の研究を中止して自分を助けてほしいと依頼する。そのほか3人の研究所員とともに、アンヌ・マリー博士は感染症の謎の解決に向かうのである。最初に犯人つまりフェレットが分かっているという筋立てのミステリーと思えばよい。</p> <p>ドラマの本筋は感染源を調べることと、治療薬の開発に絡む話であるが、それ以外にややこしい人間ドラマが展開する。アンヌ・マリー博士の夫マルクは感染した患者たちが運び込まれるサン・アンドレ病院の医者である。その患者を治療するのがクロエという女性の医者だが、夫のマルクとクロエは不倫関係にある。そのことを発見したアンヌ・マリー博士は夫の懇願にもかかわらず、夫を追い出す。夫のマルクはしかたなく愛人宅に身を寄せる。ところがその愛人のクロエ医師が患者の治療中に新型コロナに感染してしまうのである。アンヌ・マリー博士は夫の愛人を救うべきか? 話がややこしいのは、夫婦の一人娘である高校3年生のサブリナは父親の愛人のクロエ医師を慕っているのだ。このサブリナという娘はとても良い娘なのだが、最後に新型コロナに感染するのである。</p> <p>主人公のアンナ・マリー博士が所長を務める緊急衛生研究所ではたびたび記者会見が開かれる。それにはアンヌ・マリー博士の上司であるローラン・ドゥメール公安大臣が同席する。ちなみに公安大臣とあるが、たぶんカナダ政府の大臣ではなく、州政府の大臣だと思う。カナダは米国と同様に連邦制で、地方分権制だ。各州にはそれぞれ首相がいるし大臣もいる。カナダ中央政府の大臣がいちいち地方都市であるモントリオールでの記者会見に同席しないと思う。</p> <p>このドゥメール公安大臣がまたややこしい人物である。彼のパートナーは女性ではなく、パスカルという男性なのだ。つまり二人は同性愛者である。それでもドゥメール大臣は、子供は欲しいので、フランソワーズという女性に人工授精させて代理母に仕上げようとしている。ドラマで大臣とパートナーの男と、代理母のフランソワーズとその子供が一緒にいる場面があり、その人間関係がよく分からなかった。このパスカルがペットショップからフェレットを買って、それがもとで子供と母のフランソワーズが感染する。</p> <p>話の途中で米国の製薬会社が開発した薬が新型コロナに効くことが分かる。その薬の開発担当者はアンヌ・マリー博士の昔の友人であるシルヴィ・ガドボア博士だ。しかもアンヌ・マリーの夫は、もとはシルヴィのボーイフレンドであったのをアンヌ・マリーが奪ったという設定だ。この夫のマルクという男は三人の女性を渡り歩いたけしからん、いや、うらやましい男なのだ。</p> <p>新薬のテストを計画するが患者の数に比べて薬の数が少ない。そこで試験をする患者を選ばなければならない。私情をさしはさまないようにするために、薬を投与する患者はランダムに決められた。ところが公安大臣のために代理母になってくれたフランソワーズが新型コロナに感染して入院する。そこで大臣は、試験担当の医師に、新薬を他の患者を外してフランソワーズに試してほしいと頼む。その見返りとしてアンナ・マリー博士をクビにして、代わりにその医師を研究所所長に充てるという。</p> <p>試験リストから外された子供が死ぬ。その子の母親が公安大臣の不正に気付いて詰め寄る。もうなにがなにやら、ハラハラドキドキ。最終回まで見たが、完全に話が終わったようには見えない。第2シーズンが作られるのであろう。</p> <p>「アウトブレイク-感染拡大」は、2019年に制作されたカナダのテレビドラマだが、新型コロナウイルス感染症を主題にしており、まさに予言的なドラマなのだ。現実の新型コロナ感染症をまさに予言したような映画で、2020年1月に放映されて大きな反響を生んだ。舞台はカナダの都市モントリオールだ。話の筋は感染源であるフェレットを突き止めるという一種のミステリー仕立てである。我々視聴者は、現実の新型コロナ感染症で様々な知識を身に着けたので、このドラマを見ると登場人物の一挙手一投足にハラハラドキドキとするのだ。</p></div> <div class="feed-description"><p>新型コロナウイルスを予言したともいわれるカナダのテレビドラマ「アウトブレイク-感染拡大」を紹介したい。10回物のテレビドラマである。アマゾンプライムでたまたま見つけて第一回目を見て、はまってしまって、最終回まで見た。今日の話は少しネタバレを含むがご容赦を願いたい。</p> <p>このドラマの何がすごいかというと、制作されたのが2019年であり、放映されたのが2020年の1月7日だということだ。しかも内容が新型コロナウイルスによる感染拡大の話なのだ。つまり現在の新型コロナウイルスの感染が知られる以前に制作されたというのがすごい。また非常にリアリティに富んでいるのである。</p> <p>ドラマではこのコロナウイルスはアメリカコロナウイルスCoVA(コヴァ)と命名されている。現実の新型コロナウイルスはSARS-CoV2と呼ばれているが、似ていて面白い。トランプ元大統領は新型コロナウイルスを中国ウイルスと呼ぼうと提案したが、この映画ではそれがアメリカウイルスと呼ばれているのは、偶然とはいえ皮肉が効いていて面白い。</p> <p>このドラマは実際の新型コロナウイルスの感染が発見される以前に撮影されたので、専門家の意見を十分に取り入れているとはいえ、現実の新型コロナウイルスに慣れた我々から見れば、少し甘い点もある。例えば、医者ならちゃんとマスクをしろとか、病院でマスクを脱いで咳をするなとか、そこで握手をするな、キスをするなとか、そこに触れたらダメだろ・・・とか。またマスクの転売とか、インチキ薬のネット販売とか、病院で咳をした人が殴られるとか、あるあるの話がいっぱいだ。だから十分にハラハラして、楽しめるのである。</p> <p>ドラマの舞台はカナダのケベック州のモントリオールである。ケベック州はカナダの中でもフランス語圏であるので、セリフもフランス語である。字幕があるので問題ないが、英語の勉強を期待したなら、期待外れだ。モントリオールは人口178万の大都会である。ちなみにカナダ最大の都市はトロントで人口は273万人である。モントリオールが舞台といっても、ドラマに登場するのは病院と主人公が所長を務める緊急衛生研究所、登場人物の自宅などに限られている。モントリオールらしさはどこにも見えない。</p> <p>話の始まりは、モントリオールの公園に住むイヌイットのホームレスの間で奇妙な病気がはやり、人々が次々と亡くなり始めたことだ。その調査を始めたのは、緊急衛生研究所の所長であるアンヌ・マリー・ルクレール博士である。結構美人でやり手の女性である。</p> <p>最初に感染するアラシーという名の患者の顔が東洋系であったので、私は中国人だと思ったのだが、そうではなくてイヌイット、つまりエスキモーであったのだ。イヌイットはアジア人が氷河時代に凍結したベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移住する途中に、北極圏に住み着いた人々だ。だから北アメリカに住み着いたアメリカインディアンと同様に東洋系の顔立ちをしているのだ。また白人でない先住民は経済的にも困窮していて、ホームレスの多くがイヌイットなのだ。カナダの社会問題があらわになる。</p> <p>ドラマの初めにフェレットが登場する。イヌイットの女性がたまたま逃げ出したフェレットを飼うのだ。実はこのフェレットがウイルスの感染源なのだが、それを突き止めるのがこのドラマの筋である。いわば一種のミステリーなのだ。</p> <p>アラシーというイヌイットのホームレスのいとこの女性はネッリーといって、結核菌を研究している大学院の博士課程の院生である。アンヌ・マリー博士はこの大学院生に、本来の研究を中止して自分を助けてほしいと依頼する。そのほか3人の研究所員とともに、アンヌ・マリー博士は感染症の謎の解決に向かうのである。最初に犯人つまりフェレットが分かっているという筋立てのミステリーと思えばよい。</p> <p>ドラマの本筋は感染源を調べることと、治療薬の開発に絡む話であるが、それ以外にややこしい人間ドラマが展開する。アンヌ・マリー博士の夫マルクは感染した患者たちが運び込まれるサン・アンドレ病院の医者である。その患者を治療するのがクロエという女性の医者だが、夫のマルクとクロエは不倫関係にある。そのことを発見したアンヌ・マリー博士は夫の懇願にもかかわらず、夫を追い出す。夫のマルクはしかたなく愛人宅に身を寄せる。ところがその愛人のクロエ医師が患者の治療中に新型コロナに感染してしまうのである。アンヌ・マリー博士は夫の愛人を救うべきか? 話がややこしいのは、夫婦の一人娘である高校3年生のサブリナは父親の愛人のクロエ医師を慕っているのだ。このサブリナという娘はとても良い娘なのだが、最後に新型コロナに感染するのである。</p> <p>主人公のアンナ・マリー博士が所長を務める緊急衛生研究所ではたびたび記者会見が開かれる。それにはアンヌ・マリー博士の上司であるローラン・ドゥメール公安大臣が同席する。ちなみに公安大臣とあるが、たぶんカナダ政府の大臣ではなく、州政府の大臣だと思う。カナダは米国と同様に連邦制で、地方分権制だ。各州にはそれぞれ首相がいるし大臣もいる。カナダ中央政府の大臣がいちいち地方都市であるモントリオールでの記者会見に同席しないと思う。</p> <p>このドゥメール公安大臣がまたややこしい人物である。彼のパートナーは女性ではなく、パスカルという男性なのだ。つまり二人は同性愛者である。それでもドゥメール大臣は、子供は欲しいので、フランソワーズという女性に人工授精させて代理母に仕上げようとしている。ドラマで大臣とパートナーの男と、代理母のフランソワーズとその子供が一緒にいる場面があり、その人間関係がよく分からなかった。このパスカルがペットショップからフェレットを買って、それがもとで子供と母のフランソワーズが感染する。</p> <p>話の途中で米国の製薬会社が開発した薬が新型コロナに効くことが分かる。その薬の開発担当者はアンヌ・マリー博士の昔の友人であるシルヴィ・ガドボア博士だ。しかもアンヌ・マリーの夫は、もとはシルヴィのボーイフレンドであったのをアンヌ・マリーが奪ったという設定だ。この夫のマルクという男は三人の女性を渡り歩いたけしからん、いや、うらやましい男なのだ。</p> <p>新薬のテストを計画するが患者の数に比べて薬の数が少ない。そこで試験をする患者を選ばなければならない。私情をさしはさまないようにするために、薬を投与する患者はランダムに決められた。ところが公安大臣のために代理母になってくれたフランソワーズが新型コロナに感染して入院する。そこで大臣は、試験担当の医師に、新薬を他の患者を外してフランソワーズに試してほしいと頼む。その見返りとしてアンナ・マリー博士をクビにして、代わりにその医師を研究所所長に充てるという。</p> <p>試験リストから外された子供が死ぬ。その子の母親が公安大臣の不正に気付いて詰め寄る。もうなにがなにやら、ハラハラドキドキ。最終回まで見たが、完全に話が終わったようには見えない。第2シーズンが作られるのであろう。</p> <p>「アウトブレイク-感染拡大」は、2019年に制作されたカナダのテレビドラマだが、新型コロナウイルス感染症を主題にしており、まさに予言的なドラマなのだ。現実の新型コロナ感染症をまさに予言したような映画で、2020年1月に放映されて大きな反響を生んだ。舞台はカナダの都市モントリオールだ。話の筋は感染源であるフェレットを突き止めるという一種のミステリー仕立てである。我々視聴者は、現実の新型コロナ感染症で様々な知識を身に着けたので、このドラマを見ると登場人物の一挙手一投足にハラハラドキドキとするのだ。</p></div> 刀伊の入寇 2022-01-19T10:45:15+09:00 2022-01-19T10:45:15+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1899-topic185.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>明治以前に日本が海外出兵したのは3回しかなく、最初は5世紀、朝鮮半島の高句麗との戦い、2回目がさきに紹介した7世紀の白村江(はくすきのえ)の戦いである。この戦いで日本は唐と新羅の連合軍に惨敗した。三回目が16世紀の秀吉の朝鮮出兵である。いずれも朝鮮半島で戦っている。</p> <p>逆に大々的に侵攻されたのは、今回取り上げる11世紀の平安時代の刀伊(とい)の入寇と、13世紀の鎌倉時代の元寇つまり蒙古襲来である。元寇については別に取り上げる。</p> <p>今回は刀伊の入寇を取り上げるが、これを知っている人はあまりいないと思う。11世紀の平安時代、藤原道長が権力をふるっていた時代である。清少納言や紫式部が活躍した時代だと言っておこう。</p> <p>平安時代の半ばの1019年に、現在のウラジオストックあたりに住む女真族という野蛮人の海賊の大軍が、対馬、壱岐と北九州を襲い、人々を殺し、捕虜にして連れ去り、牛や馬を食ってしまったというショッキングな事件だ。それ以前からも、朝鮮半島の新羅や10世紀にその後を継いだ高麗からの海賊が対馬、壱岐、北九州を襲う事件はあったが、どれも小規模なものであった。それに比べて刀伊の入寇は非常に大規模な侵略であった。</p> <p>刀伊とは高麗語で東の夷狄(いてき)という意味の東夷を日本語にあてたものだ。つまり東に住む野蛮人という意味だ。刀伊の入寇の当初は敵の正体が分からなかったのだが、のちの調査で女真族であることがわかった。女真族は後の12世紀には中国で金という国をたて、17世紀には清をたてた民族である。当時の女真族は現在のロシアのウラジオストックあたりの沿海州に住む未開の民族であった。</p> <p>事件の経緯はこうだ。1019年の3月27日、現在の暦では5月4日に、50隻の船に乗った3000人の海賊が対馬に襲来した。そこでは36人が殺され、346人が拉致された。当時対馬を治めていた対馬の守の大春日遠春(おおかすがとおはる)は島から脱出して、九州の博多にある太宰府にそのことを報告した。</p> <p>次に賊は壱岐を襲った。壱岐の守の藤原理忠(まさただ)は147人の兵を率いて戦ったが、3000人の大軍には敵わず藤原理忠は殺された。次に賊は国立の寺院である島分寺を襲った。寺の僧侶は島民を組織して戦って、三度まで敵を撃退したが、僧侶一人を除いて全滅した。逃げ延びた僧侶は九州に渡り太宰府に事の次第を報告した。</p> <p>その報告によれば敵の船は長さが15メートル程度で、櫂が30-40あり、50-60人が乗っている。人ごとに盾を持ち、前陣のものは鉾、次陣のものは太刀を持ち、その次のものは弓を持っている。10-20隊が山野を駆け巡り、牛馬や犬を食う。老人児童は全て殺し、男女を拉致し、穀物を奪う。</p> <p>壱岐の損害は殺された人数が148人、拉致されたものが239人、燃やされた家は45軒、食われた牛馬は189頭で、生き残ったのは35人であった。</p> <p>対馬、壱岐をほぼ全滅させた賊はその後、北九州に攻め寄せた。賊は博多にある警護所という防衛施設を攻撃したが、太宰府の実質的な長官であった太宰の権帥(ごんのそち)の藤原隆家は兵士を率いて戦い、撃退した。博多上陸に失敗した賊は松浦郡を襲ったが、そこでも地元の武士に撃退され退却し、対馬を再び襲ったあと、朝鮮半島に撤退した。北九州の被害は三箇所で殺されたもの180名、拉致されたもの911 人、食われた牛馬は107匹であった。</p> <p>太宰府では、逐次報告を京都の朝廷に飛脚で伝えた。今日、刀伊の入寇の詳細がわかっているのは、その報告を聞いて書いた公家の日記による。</p> <p>事の次第は先に話した通りだが、ここでは逸話を紹介しよう。まず太宰の権帥であった藤原道隆という人物だが、藤原道長の甥という身分の高い貴族だ。そんな貴族がどうして、賊と戦ったのか。彼は公家でありながら武芸に優れていたのだ。それが地方の役所に過ぎない太宰府に行ったのには色々わけがある。</p> <p>藤原隆家の兄の伊周(これちか)という人物がいた。伊周は藤原道長と権力闘争をしていた。伊周は道長と口論をして、部下同士が殺し合いをするまでにいたっていた。ところが伊周は長徳の変という馬鹿馬鹿しい事件を起こして、権力闘争に敗れたのだ。どんな事件かというと、先の天皇であった花山(かざん)法王と女のことで争ったのだ。その喧嘩のときに弟の藤原隆家が法王に矢を射かけて袖を射抜いてしまったのだ。先の天皇に矢を射かけるなどとんでもない話だ。それで伊周は左遷されて太宰府に飛ばされ、藤原隆家も地方に飛ばされた。もっとも、のちに許されて京都に戻ってきたが、藤原道長がしっかりと権力を握っていた。</p> <p>ところが花山法王の花山だが、地名である。私は京都市の山科区の御陵(みささぎ)というところに、特異点庵と称するオフィスを構えている。そのオフィスの裏山が花山なのである。その頂上には京都大学の花山天文台がある。僧でありながら女たらしの花山法王には親しみがわく。また法王に矢を射かけるなどという大胆な公家である藤原隆家も好きだ。</p> <p>藤原隆家はあるとき目に尖ったものを刺してしまい、眼病になった。九州には中国の宋から来た眼科の名医がいると聞いて、自分から太宰部に行くことを志願したのだ。そんなわけで、武芸に優れた貴族が太宰の権帥になっていたことは日本にとって幸運なことであった。</p> <p>次に京都の公家たちがいかにダメかという話である。藤原隆家は刀伊の入寇に関する報告を飛脚で京都にあげていた。初めて報告を受けた朝廷は大混乱に陥った。藤原道長をはじめとする三人の政府首脳は報告を聞いて、あわてて御殿の下に降りて議論を始めたが、それを見ていたある公家は、御殿の下に降りるとはみっともないと批判したという。形式主義もここに極まる。</p> <p>藤原隆家が、賊の撃退に手柄のあった部下たちに恩賞を与えるように朝廷に要請した。それを審議する会議で、ある公家は、隆家は朝廷から賊を撃退せよと命令されてから賊を撃退したのではないから、恩賞を与えるべきではないという、トンデモな議論を展開した。こんな馬鹿げたことを言った公家とは書家として有名な藤原行成と百人一首で有名な藤原公任(きんとう)である。しかし藤原実資(さねすけ)は、もしそんな理由で恩賞を与えないなら、今後誰も外敵に向かわなくなるだろうという正論を展開して、結果的にはそちらが通った。そもそも京都の公家たちは国防ということにあまり関心を持っていなかった。彼らが関心を持っていたのは、自分の昇進と詩歌、恋愛だけであった。</p> <p>実は平安時代には国家の常備軍も警察もなかったのだ。死刑制度も廃止されていた。現代の平和愛好家には理想的な国に見えるが、当時の社会が平和だったかというと、とんでもない。都も地方も治安が乱れていた。地方の治安が乱れたからこそ、農民は自衛のために武装して、それが武士になっていくのである。</p> <p>刀伊の入寇を撃退したのも、国の軍隊ではなく地方の武士たちであった。つまり民間のボランティアである。刀伊の入寇の時の賊は3000人くらいだからそれで対処できたが、のちの蒙古襲来の時のように10万単位で攻められていれば、とても保たなかったであろう。蒙古襲来が起きた鎌倉時代は武士の時代であり、当時の武士は平安時代の貴族と違って、とても乱暴などう猛な人たちであった。それが結果的には良かったことになる。</p> <p>平安時代の半ばの1019年に刀伊の入寇といわれる女真族の海賊の日本侵略があった。賊は対馬、壱岐の人々を惨殺して、拉致した。太宰の権帥であった藤原道隆が賊を追い払った。京都の公家たちは全く無策であった。平安時代は常備軍も警察も死刑もなく、そのために平和な時代ではなかった。 </p></div> <div class="feed-description"><p>明治以前に日本が海外出兵したのは3回しかなく、最初は5世紀、朝鮮半島の高句麗との戦い、2回目がさきに紹介した7世紀の白村江(はくすきのえ)の戦いである。この戦いで日本は唐と新羅の連合軍に惨敗した。三回目が16世紀の秀吉の朝鮮出兵である。いずれも朝鮮半島で戦っている。</p> <p>逆に大々的に侵攻されたのは、今回取り上げる11世紀の平安時代の刀伊(とい)の入寇と、13世紀の鎌倉時代の元寇つまり蒙古襲来である。元寇については別に取り上げる。</p> <p>今回は刀伊の入寇を取り上げるが、これを知っている人はあまりいないと思う。11世紀の平安時代、藤原道長が権力をふるっていた時代である。清少納言や紫式部が活躍した時代だと言っておこう。</p> <p>平安時代の半ばの1019年に、現在のウラジオストックあたりに住む女真族という野蛮人の海賊の大軍が、対馬、壱岐と北九州を襲い、人々を殺し、捕虜にして連れ去り、牛や馬を食ってしまったというショッキングな事件だ。それ以前からも、朝鮮半島の新羅や10世紀にその後を継いだ高麗からの海賊が対馬、壱岐、北九州を襲う事件はあったが、どれも小規模なものであった。それに比べて刀伊の入寇は非常に大規模な侵略であった。</p> <p>刀伊とは高麗語で東の夷狄(いてき)という意味の東夷を日本語にあてたものだ。つまり東に住む野蛮人という意味だ。刀伊の入寇の当初は敵の正体が分からなかったのだが、のちの調査で女真族であることがわかった。女真族は後の12世紀には中国で金という国をたて、17世紀には清をたてた民族である。当時の女真族は現在のロシアのウラジオストックあたりの沿海州に住む未開の民族であった。</p> <p>事件の経緯はこうだ。1019年の3月27日、現在の暦では5月4日に、50隻の船に乗った3000人の海賊が対馬に襲来した。そこでは36人が殺され、346人が拉致された。当時対馬を治めていた対馬の守の大春日遠春(おおかすがとおはる)は島から脱出して、九州の博多にある太宰府にそのことを報告した。</p> <p>次に賊は壱岐を襲った。壱岐の守の藤原理忠(まさただ)は147人の兵を率いて戦ったが、3000人の大軍には敵わず藤原理忠は殺された。次に賊は国立の寺院である島分寺を襲った。寺の僧侶は島民を組織して戦って、三度まで敵を撃退したが、僧侶一人を除いて全滅した。逃げ延びた僧侶は九州に渡り太宰府に事の次第を報告した。</p> <p>その報告によれば敵の船は長さが15メートル程度で、櫂が30-40あり、50-60人が乗っている。人ごとに盾を持ち、前陣のものは鉾、次陣のものは太刀を持ち、その次のものは弓を持っている。10-20隊が山野を駆け巡り、牛馬や犬を食う。老人児童は全て殺し、男女を拉致し、穀物を奪う。</p> <p>壱岐の損害は殺された人数が148人、拉致されたものが239人、燃やされた家は45軒、食われた牛馬は189頭で、生き残ったのは35人であった。</p> <p>対馬、壱岐をほぼ全滅させた賊はその後、北九州に攻め寄せた。賊は博多にある警護所という防衛施設を攻撃したが、太宰府の実質的な長官であった太宰の権帥(ごんのそち)の藤原隆家は兵士を率いて戦い、撃退した。博多上陸に失敗した賊は松浦郡を襲ったが、そこでも地元の武士に撃退され退却し、対馬を再び襲ったあと、朝鮮半島に撤退した。北九州の被害は三箇所で殺されたもの180名、拉致されたもの911 人、食われた牛馬は107匹であった。</p> <p>太宰府では、逐次報告を京都の朝廷に飛脚で伝えた。今日、刀伊の入寇の詳細がわかっているのは、その報告を聞いて書いた公家の日記による。</p> <p>事の次第は先に話した通りだが、ここでは逸話を紹介しよう。まず太宰の権帥であった藤原道隆という人物だが、藤原道長の甥という身分の高い貴族だ。そんな貴族がどうして、賊と戦ったのか。彼は公家でありながら武芸に優れていたのだ。それが地方の役所に過ぎない太宰府に行ったのには色々わけがある。</p> <p>藤原隆家の兄の伊周(これちか)という人物がいた。伊周は藤原道長と権力闘争をしていた。伊周は道長と口論をして、部下同士が殺し合いをするまでにいたっていた。ところが伊周は長徳の変という馬鹿馬鹿しい事件を起こして、権力闘争に敗れたのだ。どんな事件かというと、先の天皇であった花山(かざん)法王と女のことで争ったのだ。その喧嘩のときに弟の藤原隆家が法王に矢を射かけて袖を射抜いてしまったのだ。先の天皇に矢を射かけるなどとんでもない話だ。それで伊周は左遷されて太宰府に飛ばされ、藤原隆家も地方に飛ばされた。もっとも、のちに許されて京都に戻ってきたが、藤原道長がしっかりと権力を握っていた。</p> <p>ところが花山法王の花山だが、地名である。私は京都市の山科区の御陵(みささぎ)というところに、特異点庵と称するオフィスを構えている。そのオフィスの裏山が花山なのである。その頂上には京都大学の花山天文台がある。僧でありながら女たらしの花山法王には親しみがわく。また法王に矢を射かけるなどという大胆な公家である藤原隆家も好きだ。</p> <p>藤原隆家はあるとき目に尖ったものを刺してしまい、眼病になった。九州には中国の宋から来た眼科の名医がいると聞いて、自分から太宰部に行くことを志願したのだ。そんなわけで、武芸に優れた貴族が太宰の権帥になっていたことは日本にとって幸運なことであった。</p> <p>次に京都の公家たちがいかにダメかという話である。藤原隆家は刀伊の入寇に関する報告を飛脚で京都にあげていた。初めて報告を受けた朝廷は大混乱に陥った。藤原道長をはじめとする三人の政府首脳は報告を聞いて、あわてて御殿の下に降りて議論を始めたが、それを見ていたある公家は、御殿の下に降りるとはみっともないと批判したという。形式主義もここに極まる。</p> <p>藤原隆家が、賊の撃退に手柄のあった部下たちに恩賞を与えるように朝廷に要請した。それを審議する会議で、ある公家は、隆家は朝廷から賊を撃退せよと命令されてから賊を撃退したのではないから、恩賞を与えるべきではないという、トンデモな議論を展開した。こんな馬鹿げたことを言った公家とは書家として有名な藤原行成と百人一首で有名な藤原公任(きんとう)である。しかし藤原実資(さねすけ)は、もしそんな理由で恩賞を与えないなら、今後誰も外敵に向かわなくなるだろうという正論を展開して、結果的にはそちらが通った。そもそも京都の公家たちは国防ということにあまり関心を持っていなかった。彼らが関心を持っていたのは、自分の昇進と詩歌、恋愛だけであった。</p> <p>実は平安時代には国家の常備軍も警察もなかったのだ。死刑制度も廃止されていた。現代の平和愛好家には理想的な国に見えるが、当時の社会が平和だったかというと、とんでもない。都も地方も治安が乱れていた。地方の治安が乱れたからこそ、農民は自衛のために武装して、それが武士になっていくのである。</p> <p>刀伊の入寇を撃退したのも、国の軍隊ではなく地方の武士たちであった。つまり民間のボランティアである。刀伊の入寇の時の賊は3000人くらいだからそれで対処できたが、のちの蒙古襲来の時のように10万単位で攻められていれば、とても保たなかったであろう。蒙古襲来が起きた鎌倉時代は武士の時代であり、当時の武士は平安時代の貴族と違って、とても乱暴などう猛な人たちであった。それが結果的には良かったことになる。</p> <p>平安時代の半ばの1019年に刀伊の入寇といわれる女真族の海賊の日本侵略があった。賊は対馬、壱岐の人々を惨殺して、拉致した。太宰の権帥であった藤原道隆が賊を追い払った。京都の公家たちは全く無策であった。平安時代は常備軍も警察も死刑もなく、そのために平和な時代ではなかった。 </p></div> 白村江の戦い 2022-01-11T11:43:11+09:00 2022-01-11T11:43:11+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1898-topic184.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>日本の対外戦争の歴史について語る。日本はいつも対外戦争をしていたように思う人はいるかもしれない。たしかに明治維新以降は、わずか150年ほどの間に、日清戦争、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争と4度の大きな戦争を体験した。そして太平洋戦争では日本は大敗した。</p> <p>しかし明治維新以前では対外戦争はまれであった。こちらから海外に出兵したのは、神功皇后の三韓征伐という伝説でしられる対朝鮮出兵、それから今回取り上げる白村江の戦い、それと秀吉の朝鮮出兵である。日本が攻められたものとしては、国ではないが大規模な海賊に襲われた刀伊の入寇と蒙古襲来が有名である。</p> <p>ヨーロッパや中国などの大陸国家の戦争の頻度と激しさは、日本の比ではない。しょっちゅう侵略し、侵略されることをくり返している。その点、大陸国家に比べると日本は極めて平和な国であった。日本で対外戦争が少なかった理由は、地理的に海で隔離されていたことが大きい。昔は海を渡って大軍を送ることが難しかったからだ。</p> <p>さてここでは、日本史において、第二次大戦の敗北に匹敵する最大の敗北であった白村江の戦いについて話す。ある本では日本史史上最大の敗北と書いてあった。ところでこの白村江の読み方だが私は高校の日本史では「はくすきのえ」と習ったが、根拠ははっきりしていないので「はくそんこう」でもよい。白村江は現在の韓国の西海岸にある川の河口である。</p> <p>白村江の戦いは7世紀の半ば663年に、当時は倭国といった日本と朝鮮半島にあった百済という国の残党の連合軍、それに対してこれも朝鮮半島にあった新羅と現在の中国にあった唐の連合軍との戦いだ。戦場は先に述べた朝鮮半島の白村江であった。その戦いで日本軍は完敗した。ちなみに百済(くだら)の読み方だが「ひゃくさい」でもよい。新羅(しらぎ)も「しんら」でもよい。ここでは高校で習った通り「くだら」と「しらぎ」で通す。</p> <p>当時の東アジアの情勢を知らなければ、なぜ白村江の戦いが起きたのか、なぜ日本が負けたのかを知ることはできない。現在の日本を取り巻く諸国は、朝鮮半島には南の韓国と北の北朝鮮がある。中国には中華人民共和国がある。そしてロシアもある。</p> <p>7世紀当時は、現在のロシアに相当する国は極東にはなかった。朝鮮半島は現在の北朝鮮に相当する場所に高句麗(こうくり)があった。現在の韓国に相当する位置には、その西半分に百済、東半分に新羅があった。現代で例えて見れば、北朝鮮と西韓国、東韓国がある、みたいなものだ。</p> <p>高句麗は紀元前1世紀ごろにできた国で、668年に唐により滅ぼされた。百済は4世紀前半に始まり、660年に新羅と唐の連合軍により滅ぼされた。白村江の戦いは百済が滅んだ660年の3年後の663年に起きている。</p> <p>もういちど、まとめると660年に百済は新羅と唐の連合軍により滅亡した。663年に百済の復興をかけて日本と百済連合軍が、新羅と唐の連合軍と白村江で戦い、日本は大敗した。668年には高句麗が唐と新羅の連合軍により滅ぼされた。つまり7世紀は朝鮮半島の激動期であり、日本もそれに巻き込まれたわけだ。</p> <p>中国の情勢も見ておこう。中国は紀元前206年に前漢ができて統一帝国を作った。漢は紀元後8年に一時滅亡したが、紀元後25年には後漢として復活した。しかし後漢は220年に滅亡し、その後は三國時代などを経て中国は分裂していた。しかし6世紀になり581年に隋が統一国家を作った。その隋もわずか37年後の618年には滅亡して、その年に唐が成立した。つまり7世紀の東アジアは、隋、百済、高句麗が滅亡して、中国では唐が覇権を握り、朝鮮半島では新羅が半島統一を果たした。</p> <p>現代流で例えれば、東韓国が中国の助けを得て、西韓国を滅ぼした。日本は西韓国と仲が良かったので、西韓国の残党と組んで復活戦をやったが、中国と東韓国の連合軍に大敗した。そして東韓国が韓国となった。中国と韓国は組んで北朝鮮を滅ぼし、韓国が朝鮮半島を統一する。ようするに日本は朝鮮半島にちょっかいを出して、中国と韓国の連合軍に大敗北をした、そんな感じだ。</p> <p>白村江の戦いが起きた原因は660年の百済の滅亡にある。当時の日本と百済は友好国であり、百済の皇太子が日本に留学していた。百済が滅んだ大きな原因は、当時の百済王であった義慈王がバカで、酒色に溺れるなど乱れきっていたのだ。さらにそれを諌めた忠臣を投獄した。唐はそれを知り、百済を滅ぼすチャンスと考えて、密かに戦争準備をした。そのことを日本に知られないために、当時、唐に滞在していた遣唐使は帰国させなかった。遣唐使を送るぐらいだから日本は唐と敵対関係にあったわけではない。</p> <p>660年に百済は唐と新羅の連合軍に敗れて滅亡した。敗れた原因も義慈王の馬鹿さ加減にある。忠臣が唐の侵攻を予想して、適切な作戦を提案したが、王も取り巻きもそれを聞かずに、逆に忠臣を殺した。これでは滅びるのも当然だ。</p> <p>唐の目標は高句麗の征服であり、百済を滅ぼした後、軍は高句麗に向かった。そのすきに、百済の遺臣たちは百済復興運動を起こした。そのため日本に留学している皇太子をたてて、日本に助力を要請した。当時の日本の天皇は女帝の斉明天皇であったが実権を握っていたのは皇太子であった中大兄皇子、のちの天智天皇である。中大兄皇子は百済の遺臣の要請を引き受けて、唐と新羅の連合軍と戦うことにした。</p> <p>白村江の戦いにおける唐・新羅連合軍は、兵士の数で唐軍13万人、新羅軍5万といわれる。もっともこの数値は盛りすぎているかもしれない。水軍は7000名で船は170隻であったとされる。</p> <p>日本軍は661年に派遣された第一派が1万人と水軍170隻、662年に派遣された主力軍の第二派が2万7千人、第三派は1万人とされる。百済の皇太子はまた忠臣を殺すという馬鹿げたことをしでかしている。もう百済はどうしようもないのである。</p> <p>663年に日本の水軍は大挙して白村江の河口に向かった。そこには唐の水軍が待ち構えていた。日本の水軍には作戦というものが存在せず、戦場に到着したものから順に白村江の河口にいる唐の船に攻撃を仕掛けてはやられ、また次の部隊が攻撃してはやられるという、作戦とも言えないずさんな攻撃をした。4度突撃して、4度敗れた。なんでこんなにいい加減な戦いをしたかというと、当時の日本はまだ中央集権国家としては完成しておらず、派遣された軍は地方豪族の寄せ集めであったのだ。だから統一した司令部が存在しなかったのだ。</p> <p>日本の水軍の1000隻の船のうち、400隻は炎上した。日本軍の兵士や指揮官クラスの地方豪族で、唐の捕虜になったものも多い。のちに帰国を許されたものもいる。</p> <p>中大兄皇子は白村江の大敗北を知り、次は唐が日本に攻めてくることを懸念して、日本の防衛を固めた。具体的には九州に大宰府という防衛拠点を作った。これがのちの、刀伊の入寇と蒙古襲来の時に生かされた。また唐軍が攻めてくるなら瀬戸内海を通って、当時の難波、現在の大阪にあった首都に攻め込むであろうと想定して、首都を近江、現在の滋賀県の大津市に移転した。</p> <p>結果的には唐は攻めてこなかった。むしろ、新羅が唐と対立することになる。そこで新羅も唐も日本と友好関係を結ぼうとしたが、日本は唐と友好関係を結んだ。この戦争の敗戦で、地方豪族の力が弱まり、中大兄皇子は結果的には日本を中央集権国家に仕上げることに成功したのである。</p> <p>朝鮮半島はどうなったか。現代風にいえば韓国と中国が手を組んで北朝鮮を滅ぼした。その後、中国は北朝鮮を自国領にしたが、中国がチベット問題で手こずっている間に、韓国は北朝鮮領を奪って朝鮮統一を成し遂げた。しかし中国に怒られると、韓国は日本に救いを求めたが、それを断られると中国に寝返った、そんな感じである。当時も現在も朝鮮半島情勢は複雑であり、日本にとってそれに関わることは利益がなく、無視するのが良い。</p> <p>ちなみに私は京都に住んでいるが、山科の御陵(みささぎ)というところに特異点庵と称するオフィスを構えている。御陵とは天皇の墓のことである。どの天皇かというと天智天皇なのだ。その意味でも、私は中大兄皇子、のちの天智天皇に関心を持つのである。</p> <p>663年に日本はすでに滅んだ百済の復興のために、大軍を朝鮮に派遣して、唐と新羅の連合軍と戦い、徹底的に敗れた。しかし結果として、当時の日本の支配者であった中大兄皇子、のちの天智天皇は日本を中央集権国家に変えて行く契機をえたのである。 </p></div> <div class="feed-description"><p>日本の対外戦争の歴史について語る。日本はいつも対外戦争をしていたように思う人はいるかもしれない。たしかに明治維新以降は、わずか150年ほどの間に、日清戦争、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争と4度の大きな戦争を体験した。そして太平洋戦争では日本は大敗した。</p> <p>しかし明治維新以前では対外戦争はまれであった。こちらから海外に出兵したのは、神功皇后の三韓征伐という伝説でしられる対朝鮮出兵、それから今回取り上げる白村江の戦い、それと秀吉の朝鮮出兵である。日本が攻められたものとしては、国ではないが大規模な海賊に襲われた刀伊の入寇と蒙古襲来が有名である。</p> <p>ヨーロッパや中国などの大陸国家の戦争の頻度と激しさは、日本の比ではない。しょっちゅう侵略し、侵略されることをくり返している。その点、大陸国家に比べると日本は極めて平和な国であった。日本で対外戦争が少なかった理由は、地理的に海で隔離されていたことが大きい。昔は海を渡って大軍を送ることが難しかったからだ。</p> <p>さてここでは、日本史において、第二次大戦の敗北に匹敵する最大の敗北であった白村江の戦いについて話す。ある本では日本史史上最大の敗北と書いてあった。ところでこの白村江の読み方だが私は高校の日本史では「はくすきのえ」と習ったが、根拠ははっきりしていないので「はくそんこう」でもよい。白村江は現在の韓国の西海岸にある川の河口である。</p> <p>白村江の戦いは7世紀の半ば663年に、当時は倭国といった日本と朝鮮半島にあった百済という国の残党の連合軍、それに対してこれも朝鮮半島にあった新羅と現在の中国にあった唐の連合軍との戦いだ。戦場は先に述べた朝鮮半島の白村江であった。その戦いで日本軍は完敗した。ちなみに百済(くだら)の読み方だが「ひゃくさい」でもよい。新羅(しらぎ)も「しんら」でもよい。ここでは高校で習った通り「くだら」と「しらぎ」で通す。</p> <p>当時の東アジアの情勢を知らなければ、なぜ白村江の戦いが起きたのか、なぜ日本が負けたのかを知ることはできない。現在の日本を取り巻く諸国は、朝鮮半島には南の韓国と北の北朝鮮がある。中国には中華人民共和国がある。そしてロシアもある。</p> <p>7世紀当時は、現在のロシアに相当する国は極東にはなかった。朝鮮半島は現在の北朝鮮に相当する場所に高句麗(こうくり)があった。現在の韓国に相当する位置には、その西半分に百済、東半分に新羅があった。現代で例えて見れば、北朝鮮と西韓国、東韓国がある、みたいなものだ。</p> <p>高句麗は紀元前1世紀ごろにできた国で、668年に唐により滅ぼされた。百済は4世紀前半に始まり、660年に新羅と唐の連合軍により滅ぼされた。白村江の戦いは百済が滅んだ660年の3年後の663年に起きている。</p> <p>もういちど、まとめると660年に百済は新羅と唐の連合軍により滅亡した。663年に百済の復興をかけて日本と百済連合軍が、新羅と唐の連合軍と白村江で戦い、日本は大敗した。668年には高句麗が唐と新羅の連合軍により滅ぼされた。つまり7世紀は朝鮮半島の激動期であり、日本もそれに巻き込まれたわけだ。</p> <p>中国の情勢も見ておこう。中国は紀元前206年に前漢ができて統一帝国を作った。漢は紀元後8年に一時滅亡したが、紀元後25年には後漢として復活した。しかし後漢は220年に滅亡し、その後は三國時代などを経て中国は分裂していた。しかし6世紀になり581年に隋が統一国家を作った。その隋もわずか37年後の618年には滅亡して、その年に唐が成立した。つまり7世紀の東アジアは、隋、百済、高句麗が滅亡して、中国では唐が覇権を握り、朝鮮半島では新羅が半島統一を果たした。</p> <p>現代流で例えれば、東韓国が中国の助けを得て、西韓国を滅ぼした。日本は西韓国と仲が良かったので、西韓国の残党と組んで復活戦をやったが、中国と東韓国の連合軍に大敗した。そして東韓国が韓国となった。中国と韓国は組んで北朝鮮を滅ぼし、韓国が朝鮮半島を統一する。ようするに日本は朝鮮半島にちょっかいを出して、中国と韓国の連合軍に大敗北をした、そんな感じだ。</p> <p>白村江の戦いが起きた原因は660年の百済の滅亡にある。当時の日本と百済は友好国であり、百済の皇太子が日本に留学していた。百済が滅んだ大きな原因は、当時の百済王であった義慈王がバカで、酒色に溺れるなど乱れきっていたのだ。さらにそれを諌めた忠臣を投獄した。唐はそれを知り、百済を滅ぼすチャンスと考えて、密かに戦争準備をした。そのことを日本に知られないために、当時、唐に滞在していた遣唐使は帰国させなかった。遣唐使を送るぐらいだから日本は唐と敵対関係にあったわけではない。</p> <p>660年に百済は唐と新羅の連合軍に敗れて滅亡した。敗れた原因も義慈王の馬鹿さ加減にある。忠臣が唐の侵攻を予想して、適切な作戦を提案したが、王も取り巻きもそれを聞かずに、逆に忠臣を殺した。これでは滅びるのも当然だ。</p> <p>唐の目標は高句麗の征服であり、百済を滅ぼした後、軍は高句麗に向かった。そのすきに、百済の遺臣たちは百済復興運動を起こした。そのため日本に留学している皇太子をたてて、日本に助力を要請した。当時の日本の天皇は女帝の斉明天皇であったが実権を握っていたのは皇太子であった中大兄皇子、のちの天智天皇である。中大兄皇子は百済の遺臣の要請を引き受けて、唐と新羅の連合軍と戦うことにした。</p> <p>白村江の戦いにおける唐・新羅連合軍は、兵士の数で唐軍13万人、新羅軍5万といわれる。もっともこの数値は盛りすぎているかもしれない。水軍は7000名で船は170隻であったとされる。</p> <p>日本軍は661年に派遣された第一派が1万人と水軍170隻、662年に派遣された主力軍の第二派が2万7千人、第三派は1万人とされる。百済の皇太子はまた忠臣を殺すという馬鹿げたことをしでかしている。もう百済はどうしようもないのである。</p> <p>663年に日本の水軍は大挙して白村江の河口に向かった。そこには唐の水軍が待ち構えていた。日本の水軍には作戦というものが存在せず、戦場に到着したものから順に白村江の河口にいる唐の船に攻撃を仕掛けてはやられ、また次の部隊が攻撃してはやられるという、作戦とも言えないずさんな攻撃をした。4度突撃して、4度敗れた。なんでこんなにいい加減な戦いをしたかというと、当時の日本はまだ中央集権国家としては完成しておらず、派遣された軍は地方豪族の寄せ集めであったのだ。だから統一した司令部が存在しなかったのだ。</p> <p>日本の水軍の1000隻の船のうち、400隻は炎上した。日本軍の兵士や指揮官クラスの地方豪族で、唐の捕虜になったものも多い。のちに帰国を許されたものもいる。</p> <p>中大兄皇子は白村江の大敗北を知り、次は唐が日本に攻めてくることを懸念して、日本の防衛を固めた。具体的には九州に大宰府という防衛拠点を作った。これがのちの、刀伊の入寇と蒙古襲来の時に生かされた。また唐軍が攻めてくるなら瀬戸内海を通って、当時の難波、現在の大阪にあった首都に攻め込むであろうと想定して、首都を近江、現在の滋賀県の大津市に移転した。</p> <p>結果的には唐は攻めてこなかった。むしろ、新羅が唐と対立することになる。そこで新羅も唐も日本と友好関係を結ぼうとしたが、日本は唐と友好関係を結んだ。この戦争の敗戦で、地方豪族の力が弱まり、中大兄皇子は結果的には日本を中央集権国家に仕上げることに成功したのである。</p> <p>朝鮮半島はどうなったか。現代風にいえば韓国と中国が手を組んで北朝鮮を滅ぼした。その後、中国は北朝鮮を自国領にしたが、中国がチベット問題で手こずっている間に、韓国は北朝鮮領を奪って朝鮮統一を成し遂げた。しかし中国に怒られると、韓国は日本に救いを求めたが、それを断られると中国に寝返った、そんな感じである。当時も現在も朝鮮半島情勢は複雑であり、日本にとってそれに関わることは利益がなく、無視するのが良い。</p> <p>ちなみに私は京都に住んでいるが、山科の御陵(みささぎ)というところに特異点庵と称するオフィスを構えている。御陵とは天皇の墓のことである。どの天皇かというと天智天皇なのだ。その意味でも、私は中大兄皇子、のちの天智天皇に関心を持つのである。</p> <p>663年に日本はすでに滅んだ百済の復興のために、大軍を朝鮮に派遣して、唐と新羅の連合軍と戦い、徹底的に敗れた。しかし結果として、当時の日本の支配者であった中大兄皇子、のちの天智天皇は日本を中央集権国家に変えて行く契機をえたのである。 </p></div> 映画「ファイナル・アワーズ」 2022-01-09T05:00:01+09:00 2022-01-09T05:00:01+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1897-topic183.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>私はコロナが猖獗を極めているときは外を出歩くことは最小になり、勉強以外はもっぱらアマゾンプライムで映画を見ている。たくさんの映画を見たが、面白いもの、興奮するもの、さまざまある。しかし感動するというか、心を動かされるものは少ない。今回紹介する映画「ファイナル・アワーズ」には久々、心を動かされた。もっとも人々の評価はまちまちで、全員が高い評価というわけではない。どこを見るかによって感想も異なるのだろう。</p> <p>この映画はいわゆる終末ものと呼ばれるジャンルで、人類の最後を描いたものだ。このジャンルにはいろいろある。そのなかでも巨大な隕石、小惑星、彗星が地球に落下するというシチュエーションの映画としては、「アルマゲドン」とか「ディープ・インパクト」などが有名である。それらの映画はすごい特撮をして、有名な俳優を出演させて、ハラハラドキドキの映画である。そしてハリウッド映画の常として、最後にはハッピーエンドで終わる。</p> <p>しかし今回紹介する「ファイナル・アワーズ」はオーストラリアの映画で、舞台もオーストラリアの西海岸にあるパースという地味な街だ。そして最後には人類全員が死ぬ。アメリカ映画的なハッピーエンドは用意されていない。俳優も特に有名人を起用しているわけではない。また大掛かりな装置もない。ストーリーも淡々と進行する。しかも極めて地味な低予算の映画だ。要するに地味な映画だ。</p> <p>その映画のテーマは人類が後12時間で滅びるとしたら、人々はどうするか、あなたならどうするかである。主人公はジェームズという若いオーストラリア人の男性だ。彼は立派な男性というわけではなく、ヤクもやるし刺青もしているという、どちらかというと街のチンピラという感じの男だ。</p> <p>冒頭シーンはジェームズと恋人のゾーイの激しいセックスシーンから始まる。とてもお子様とともに見る映画ではない。セックスの直後にジェームズはゾーイから妊娠していることを告げられる。しかし後12時間で世界が滅びるというのに、生まれてくる子供のことなど考えていられないとジェームズはいう。</p> <p>ジェームズは死の恐怖を紛らわせるために、ゾーイを捨てて金持ちの友人の主催する乱痴気パーティに行くことを選ぶ。そこには友人の妹であり、ジェームズのもう一人の恋人であるヴィッキーがいる。二人の恋人の間を行き来するジェームズという男は、なんといい加減な奴かと見る人は呆れるであろう。</p> <p>パーティへ行く途中の町の光景は殺伐としている。集まって祈るもの、車を燃やしている暴徒、無意味な殺人をしている男、自殺死体などが溢れている。</p> <p>ジェームズは途中で男に襲われている少女を救う。ローズという小学生である。彼女は父親と離れ離れになってしまい、父親がいるはずの親類の家に連れて行ってほしいとジェームズに頼む。ジャームズはローズの処置に困って、姉に頼もうとして姉の家に行く。するとそこでは姉夫妻は自殺していて、子供達の墓もあった。</p> <p>しかたなくジェームズはローズを連れてパーティに行く。そこでは男女が踊り狂い、セックスしまくっている。ジェームズは別の恋人のヴィッキーから兄が作った地下の退避壕を見せられる。ジェームズはそんなことをしても無駄だと、入ることを拒む。</p> <p>ローズを遊ばせていたが、ある狂った女が、ローズが自分の娘だといいはる。そして無理やりローズにヤクを飲ます。体調の悪くなったローズを連れたジェームズは助けを求めて、仲違いしていた自分の母の元に行く。母は一人で気丈に、ジグソーパズルをしながら最後を迎えようとしていた。母の家でローズの看病をする。母はジェームズにガソリンを、ローズには服を与える。ジェームズはローズを連れてローズの父親の親類の家にたどり着く。しかしそこでは全員が自殺していたのだ。嘆き悲しむローズは父親のポケットに入っていた父と今は亡き母と自分の写真を見て、昔を懐かしむ。</p> <p>エンディングが一番感動的だ。ジェームズはローズに、最初に捨てた恋人のゾーイの話をする。一緒に行くかと聞かれ、ローズは父親の亡骸とともに最後を迎えるという。最愛の人と最後を迎えるのだという。ジェームズに対して、まだ時間があるからゾーイのところに行けという。自分はジェームズの車が見えなくなるまで、見送るという。車の後を追いながら手を振り続けるローズ。このシーンが一番感動的だった。本当はジェームズにいて欲しいローズ。しかし最愛の人と最後を迎えるべきだというローズ。結局、多くの右往左往する大人たちの中で一番、まともでしっかりしていたのは少女のローズだったのだ。それとジェームズの母親もそうだが。</p> <p>ジェームズは車を走らせるが途中でエンコしてしまう。最後は走りに走って、海岸にあるゾーイの家にたどり着く。海岸で迫り来る燃え盛る津波を見ているゾーイ。ジェームズは、ゾーイを捨てたことを詫びて、抱き合いながら最後を迎える。ゾーイは真っ赤な津波を見て綺麗だという。</p> <p>結局、この映画を見て感じたことは、人間は生きる目的がないと、まともに生きられないということだ。少女のローズは離れ離れになった父親を探して一緒に死ぬという目的のために残り少ない人生を生きる。ジェームズはローズを父親のところに連れて行くという使命感のために生きる。ジェームズがローズの世話をしたのは、恋人が妊娠したことを告げられ、本来なら自分は父親になったはすだからだろう。だからローズを自分の娘と思って、愛したのではないか。ジェームズは最後には、捨てた恋人のゾーイに会いに行くという目的のために生きる。</p> <p>それらの生きる目的を持てない人々は、狂乱したり、セックスをしたり、殺人をしたり、自殺したりする。どんな最後が迫ろうが、人間として毅然と終わりを迎えたいものだというのが、この映画のメッセージではないだろうか。</p> <p>もう一つは、人間は社会的生物だから、他人との関わりがないと不幸だということだ。最後は愛する人、たとえば家族や恋人と過ごすべきだということだ。このメッセージも結構重い。現在でも孤独死する人は多い。それは一つの大きな不幸だ。</p> <p>この映画を見ている私は、なんで映画の中の人々が自殺を選ぶのか不思議に感じた。どうせ死ぬのだから、自殺する必要もないのにと思う。もっと毅然と生きたら良いのにと思う。しかしそれは私が、映画の登場人物のように究極の状況にさらされていないから、そんなことが言えるのだ。</p> <p>この映画を見終わって昔見た映画「渚にて」を思い出した。グレゴリー・ペック主演の映画で、舞台もやはりオーストラリアのメルボルンであった。米ソの核戦争が勃発して、世界は放射能雲に覆われて、人類は全滅する。その放射能雲は南半球にあるオーストラリアには最後に到着する。オーストラリアの人々は放射能で死ぬよりはと、政府の配る毒薬で自殺する。グレゴリー・ペックは米海軍の潜水艦の艦長で、彼の潜水艦以外の米国海軍は全滅したので、彼が海軍全体の指揮を任される。艦長は潜水艦を太平洋で自沈させることに決めて出航して行く。</p> <p>私は神戸大学の教授時代に、学生たちにたいしてレポートの提出を求めた。テーマは、もし世界が明日に滅びるとしたら、あなたはどうしますかというものだ。まさに「ファイナル・アワーズ」のテーマであった。その答えは色々あった。レストランで美味しいものを食べまくるというのがあった。しかし明日世界が滅びるという時に、レストランは開いていないであろう。従業員もオーナーも店を開く目的がないからだ。友人に会いに行くという回答もあった。六甲山に登り、世界の最後を眺めるという回答もあった。家族に会いに行くという答えはなかった。</p> <p>ところで世界を滅ぼすような隕石、小惑星、彗星の衝突はあるのだろうか。可能性はあり、よく研究されている。最近の例では100年以上前の1908年にロシアのシベリアに落ちたツングースカ隕石がある。ツングースカ隕石の正体は多分、隕石ではなく彗星であろうといわれている。天体の大きさは60-100メートルで、爆発規模は5メガトンの水爆に匹敵する。シベリアの奥地に落ちたので、人的被害は報告されていない。しかしこのクラスの彗星が東京とかニューヨークに落下すると、数百万の死者が出るであろう。しかし世界が滅びるほどのことはない。</p> <p>地球の歴史を変えた衝突として6550万年前にメキシコのユカタン半島に落下したチクシェループ衝突体がある。これは直径が10-15キロメートルの小惑星で、この衝突エネルギーは広島原爆の10億倍であり、恐竜絶滅の原因となった。当然、今落ちたら人類も滅亡するだろう。</p> <p>現在ではNASAや世界の天文台が、地球に衝突する可能性のある天体を徹底的に調べている。現在わかっていることは、当面は人類を滅亡させるほどの規模を持つ小惑星衝突はないだろうということだ。小さいものは十分あり得る。</p> <p>映画「ファイナル・アワーズ」を紹介した。巨大隕石が落下して、後12時間で世界が滅びるとしたら、あなたはどうしますかというテーマだ。やはり人間は、何らかの目的を持っていないと、最後には取り乱すということだ。そして最後は愛する家族や恋人と過ごすのが良いだろうというのが結論だ。</p></div> <div class="feed-description"><p>私はコロナが猖獗を極めているときは外を出歩くことは最小になり、勉強以外はもっぱらアマゾンプライムで映画を見ている。たくさんの映画を見たが、面白いもの、興奮するもの、さまざまある。しかし感動するというか、心を動かされるものは少ない。今回紹介する映画「ファイナル・アワーズ」には久々、心を動かされた。もっとも人々の評価はまちまちで、全員が高い評価というわけではない。どこを見るかによって感想も異なるのだろう。</p> <p>この映画はいわゆる終末ものと呼ばれるジャンルで、人類の最後を描いたものだ。このジャンルにはいろいろある。そのなかでも巨大な隕石、小惑星、彗星が地球に落下するというシチュエーションの映画としては、「アルマゲドン」とか「ディープ・インパクト」などが有名である。それらの映画はすごい特撮をして、有名な俳優を出演させて、ハラハラドキドキの映画である。そしてハリウッド映画の常として、最後にはハッピーエンドで終わる。</p> <p>しかし今回紹介する「ファイナル・アワーズ」はオーストラリアの映画で、舞台もオーストラリアの西海岸にあるパースという地味な街だ。そして最後には人類全員が死ぬ。アメリカ映画的なハッピーエンドは用意されていない。俳優も特に有名人を起用しているわけではない。また大掛かりな装置もない。ストーリーも淡々と進行する。しかも極めて地味な低予算の映画だ。要するに地味な映画だ。</p> <p>その映画のテーマは人類が後12時間で滅びるとしたら、人々はどうするか、あなたならどうするかである。主人公はジェームズという若いオーストラリア人の男性だ。彼は立派な男性というわけではなく、ヤクもやるし刺青もしているという、どちらかというと街のチンピラという感じの男だ。</p> <p>冒頭シーンはジェームズと恋人のゾーイの激しいセックスシーンから始まる。とてもお子様とともに見る映画ではない。セックスの直後にジェームズはゾーイから妊娠していることを告げられる。しかし後12時間で世界が滅びるというのに、生まれてくる子供のことなど考えていられないとジェームズはいう。</p> <p>ジェームズは死の恐怖を紛らわせるために、ゾーイを捨てて金持ちの友人の主催する乱痴気パーティに行くことを選ぶ。そこには友人の妹であり、ジェームズのもう一人の恋人であるヴィッキーがいる。二人の恋人の間を行き来するジェームズという男は、なんといい加減な奴かと見る人は呆れるであろう。</p> <p>パーティへ行く途中の町の光景は殺伐としている。集まって祈るもの、車を燃やしている暴徒、無意味な殺人をしている男、自殺死体などが溢れている。</p> <p>ジェームズは途中で男に襲われている少女を救う。ローズという小学生である。彼女は父親と離れ離れになってしまい、父親がいるはずの親類の家に連れて行ってほしいとジェームズに頼む。ジャームズはローズの処置に困って、姉に頼もうとして姉の家に行く。するとそこでは姉夫妻は自殺していて、子供達の墓もあった。</p> <p>しかたなくジェームズはローズを連れてパーティに行く。そこでは男女が踊り狂い、セックスしまくっている。ジェームズは別の恋人のヴィッキーから兄が作った地下の退避壕を見せられる。ジェームズはそんなことをしても無駄だと、入ることを拒む。</p> <p>ローズを遊ばせていたが、ある狂った女が、ローズが自分の娘だといいはる。そして無理やりローズにヤクを飲ます。体調の悪くなったローズを連れたジェームズは助けを求めて、仲違いしていた自分の母の元に行く。母は一人で気丈に、ジグソーパズルをしながら最後を迎えようとしていた。母の家でローズの看病をする。母はジェームズにガソリンを、ローズには服を与える。ジェームズはローズを連れてローズの父親の親類の家にたどり着く。しかしそこでは全員が自殺していたのだ。嘆き悲しむローズは父親のポケットに入っていた父と今は亡き母と自分の写真を見て、昔を懐かしむ。</p> <p>エンディングが一番感動的だ。ジェームズはローズに、最初に捨てた恋人のゾーイの話をする。一緒に行くかと聞かれ、ローズは父親の亡骸とともに最後を迎えるという。最愛の人と最後を迎えるのだという。ジェームズに対して、まだ時間があるからゾーイのところに行けという。自分はジェームズの車が見えなくなるまで、見送るという。車の後を追いながら手を振り続けるローズ。このシーンが一番感動的だった。本当はジェームズにいて欲しいローズ。しかし最愛の人と最後を迎えるべきだというローズ。結局、多くの右往左往する大人たちの中で一番、まともでしっかりしていたのは少女のローズだったのだ。それとジェームズの母親もそうだが。</p> <p>ジェームズは車を走らせるが途中でエンコしてしまう。最後は走りに走って、海岸にあるゾーイの家にたどり着く。海岸で迫り来る燃え盛る津波を見ているゾーイ。ジェームズは、ゾーイを捨てたことを詫びて、抱き合いながら最後を迎える。ゾーイは真っ赤な津波を見て綺麗だという。</p> <p>結局、この映画を見て感じたことは、人間は生きる目的がないと、まともに生きられないということだ。少女のローズは離れ離れになった父親を探して一緒に死ぬという目的のために残り少ない人生を生きる。ジェームズはローズを父親のところに連れて行くという使命感のために生きる。ジェームズがローズの世話をしたのは、恋人が妊娠したことを告げられ、本来なら自分は父親になったはすだからだろう。だからローズを自分の娘と思って、愛したのではないか。ジェームズは最後には、捨てた恋人のゾーイに会いに行くという目的のために生きる。</p> <p>それらの生きる目的を持てない人々は、狂乱したり、セックスをしたり、殺人をしたり、自殺したりする。どんな最後が迫ろうが、人間として毅然と終わりを迎えたいものだというのが、この映画のメッセージではないだろうか。</p> <p>もう一つは、人間は社会的生物だから、他人との関わりがないと不幸だということだ。最後は愛する人、たとえば家族や恋人と過ごすべきだということだ。このメッセージも結構重い。現在でも孤独死する人は多い。それは一つの大きな不幸だ。</p> <p>この映画を見ている私は、なんで映画の中の人々が自殺を選ぶのか不思議に感じた。どうせ死ぬのだから、自殺する必要もないのにと思う。もっと毅然と生きたら良いのにと思う。しかしそれは私が、映画の登場人物のように究極の状況にさらされていないから、そんなことが言えるのだ。</p> <p>この映画を見終わって昔見た映画「渚にて」を思い出した。グレゴリー・ペック主演の映画で、舞台もやはりオーストラリアのメルボルンであった。米ソの核戦争が勃発して、世界は放射能雲に覆われて、人類は全滅する。その放射能雲は南半球にあるオーストラリアには最後に到着する。オーストラリアの人々は放射能で死ぬよりはと、政府の配る毒薬で自殺する。グレゴリー・ペックは米海軍の潜水艦の艦長で、彼の潜水艦以外の米国海軍は全滅したので、彼が海軍全体の指揮を任される。艦長は潜水艦を太平洋で自沈させることに決めて出航して行く。</p> <p>私は神戸大学の教授時代に、学生たちにたいしてレポートの提出を求めた。テーマは、もし世界が明日に滅びるとしたら、あなたはどうしますかというものだ。まさに「ファイナル・アワーズ」のテーマであった。その答えは色々あった。レストランで美味しいものを食べまくるというのがあった。しかし明日世界が滅びるという時に、レストランは開いていないであろう。従業員もオーナーも店を開く目的がないからだ。友人に会いに行くという回答もあった。六甲山に登り、世界の最後を眺めるという回答もあった。家族に会いに行くという答えはなかった。</p> <p>ところで世界を滅ぼすような隕石、小惑星、彗星の衝突はあるのだろうか。可能性はあり、よく研究されている。最近の例では100年以上前の1908年にロシアのシベリアに落ちたツングースカ隕石がある。ツングースカ隕石の正体は多分、隕石ではなく彗星であろうといわれている。天体の大きさは60-100メートルで、爆発規模は5メガトンの水爆に匹敵する。シベリアの奥地に落ちたので、人的被害は報告されていない。しかしこのクラスの彗星が東京とかニューヨークに落下すると、数百万の死者が出るであろう。しかし世界が滅びるほどのことはない。</p> <p>地球の歴史を変えた衝突として6550万年前にメキシコのユカタン半島に落下したチクシェループ衝突体がある。これは直径が10-15キロメートルの小惑星で、この衝突エネルギーは広島原爆の10億倍であり、恐竜絶滅の原因となった。当然、今落ちたら人類も滅亡するだろう。</p> <p>現在ではNASAや世界の天文台が、地球に衝突する可能性のある天体を徹底的に調べている。現在わかっていることは、当面は人類を滅亡させるほどの規模を持つ小惑星衝突はないだろうということだ。小さいものは十分あり得る。</p> <p>映画「ファイナル・アワーズ」を紹介した。巨大隕石が落下して、後12時間で世界が滅びるとしたら、あなたはどうしますかというテーマだ。やはり人間は、何らかの目的を持っていないと、最後には取り乱すということだ。そして最後は愛する家族や恋人と過ごすのが良いだろうというのが結論だ。</p></div> アップロード ~ デジタルなあの世へようこそ 2022-01-06T06:30:30+09:00 2022-01-06T06:30:30+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1896-topic182.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>SFの話である。アマゾンプライムで配信された米国のドラマシリーズの「アップロード ~デジタルなあの世へようこそ」の話をする。全10回で一回30分のドラマだ。5時間ぶっ通しで見れば、一度で全部見られる長さだ。</p> <p>ドラマの舞台は2033年の米国である。主人公はネイサン・ブラウンというイケメンのアプリ開発者の青年だ。彼は自動運転車の事故で重体になる。止まれと命令したのに、車は止まらなかったのだ。</p> <p>ネイサンが死にそうになったので、彼の金持ちの恋人のイングリッドがネイサンの魂をホライズン社のコンピュータにアップロードする。死んだ人の魂をアップロードする会社がいろいろあり、イングリッドはホライズン社を選び、ネイサンの魂はレイクビューという湖のほとりの豪華ホテルに転送される。レイクビューは現実には存在しない仮想リゾートなのである。</p> <p>死にかけているネイサンに、アップロードのための複雑な契約書を読んでサインしろとか、このドラマは実はコメディなのだ。魂をコンピュータにアップロードした瞬間に、頭部は切断され、肉体は氷詰めにされる。将来、生き返る時を見越しての措置である。</p> <p>ネイサンは湖畔のホテルの豪華な一室をあてがわれる。窓の外の景色はスイッチひとつで、秋になったり冬になったりと、好きなものを選べる。そのホテルにはAIの従業員と、客であるアップロードされた死者たちがいる。</p> <p>死んだ人の魂の世話をするのは、ホライズン社のカスタマー・サービスである。彼らはエンジェルとよばれ、何人もの死者の世話をしている。レイクビューの仮想ホテルは、例えてみれば現実社会の介護施設のようなものだ。介護施設は老人の世話をするが、ホライズン社は死者の世話をするのだ。エンジェルは、呼べば眼前にバーチャルな姿として現れる。実際は、コンピュータのオペレーター室でオキュラスのような仮想現実用の埋没型ディスプレーをつけて応対しているのだ。</p> <p>地獄の沙汰も金次第という諺がある。アップロード先は一種の天国なのだが、天国の沙汰も金次第なのである。なんか食べると料金が発生する。また急に目の前に広告が現れたりする。金を持っている人は豪華な部屋を、貧乏人は2ギガとよばれ、地下のみすぼらしい部屋をあてがわれている。データの転送量が2ギガバイトに制限されていて、それを越えると止まってしまうのである。</p> <p>ネイサンは恋人が金持ちであるので、良い部屋をあてがわれている。しかし、恋人もいつまでも死んだボーイフレンドのために金を使ってくれるかどうかわからない。ネイサンの母親は生きているが金がない。一度、安い会社の天国に移動しようと見学に行くが、あまりひどいのでやめる。実は私は、この映画を観る前からいつもモルディブにある海に浮かぶ豪華リゾートでの仮想生活を妄想していたのである。目的は遊びではなく、美女たちを集めて勉強会をするのだ。だからこの映画を気に入ったのだ。</p> <p>ネイサンの担当はノラという美人の黒人女性である。ノラがこのドラマのヒロインだ。ノラはニューヨークに住んでいて、貧乏だ。母親は死んでいて、父親は死にそうな病気だ。父親の死後にアップロードしたいが、金がないので、社員優待のアップロードをしたいと思っている。しかし父親は、亡くなった妻と天国で再会することを夢見ているので、アップロードを拒否する。</p> <p>ネイサンが死んだので葬式が行われる。しかし死んだネイサンも自分の葬式に参加できるのである。恋人のイングリッドは豪華な葬式を企画する。ネイサンは葬式に参加するための衣装を恋人の趣味で選ばれてしまう。なんせ衣装代を出すのも恋人なのだから、逆らえないのだ。葬式会場には大きなガラスの壁があり、現実世界はその片側にあり、仮想世界はもう一方の側にある。生きた人と死者は同じ場を共有できて会話もできるが、そのガラスの壁を越えることはできない。葬式の参加者にネイサンの親友はいない。みんな欠席か早退したのだ。悲しむネイサン。</p> <p>ノラには黒人のボーイフレンドがいる。しかしそのボーイフレンドに飽き足りないノラは次第にネイサンに惹かれて行く。ドラマはネイサンとノラとイングリッドを中心に展開される。ホライズン社の規則ではエンジェルは死者と恋愛してはならない。ノラの上司の女性は、ノラのネイサンに対する恋愛感情を知り、ノラを叱責する。</p> <p>イングリッドはネイサンと再びセックスしたいと願う。セックスには視覚と聴覚だけではダメで、触覚が必須である。そのための装置としてボディスーツというものがある。それを着ると、触覚がシミュレートされるのだ。イングリッドはそれを着て、ネイサンとセックスをする。</p> <p>一方、アップロード同士のセックスは問題ない。あらゆる感覚をシミュレートできるからだ。年齢も関係ない。100歳を超えた女性と、若い男性のセックスも描かれている。</p> <p>さて長々と映画「アップロード」の紹介をしたが、果たしてこのようなことは可能だろうか。アップロード、あるいはマインド・アップローディングはシンギュラリティの一つの究極の目標である。シンギュラリティを喧伝している米国のレイ・カーツワイルはその著書の中で、シンギュラリティ後はマインド・アップローディングが可能だとしている。つまりこの映画はカーツワイルの思想を元にしたものだ。</p> <p>しかし現実問題として、私は、マインド・アップローディングは極めて困難だと考えている。人間の脳は極めて複雑であり、例えば記憶もコンピュータのようにどこか一箇所に蓄えられているわけではない。脳の複数の部分に分散して蓄えられている。そのような複雑な脳をコンピュータモデルでシミュレートするのは至難の技だと思う。</p> <p>私は死者と生きている人間のコミュニケーションよりは、生きている人間同士の仮想的なコミュニケーションのほうがはるかに現実的だと考えている。我々は面と向かって会話する他に、コロナの時代にはzoomなどを使って会話している。Zoomでは視覚と聴覚を使う。さらに嗅覚もシミュレートすることは、比較的現実味がある。アロマ・セラピーのように、匂いを作り出して与えれば良いからだ。</p> <p>やはり触覚が最大の難関だ。ドラマのセックススーツのようなものは原理的には可能だが、ちょっと使いたくない。現実世界にはラブドールというセックス用、愛玩用の人形が売られているが、それを買うのは普通の人にはちょっとはばかられる。それと同様に、セックススーツも技術的には可能としても、ラブドールと同様のキワモノ扱いになるのではないだろうか。</p> <p>私は触覚のシミュレートには、イーロン・マスクのニューラリンク社が開発しているニューラル・レースという装置の方が、はるかに現実味があると思う。ニューラル・レースは頭蓋骨に数カ所穴を開けて、コンピュータチップを埋め込む技術である。埋め込む場所は当面は、触覚を司る体性感覚野と、運動を司る運動野である。ニューラリンク社は2019年7月17日に大々的な報告を行い、ネズミと猿では実験に成功したと発表した。次の目標は人間だ。最初の用途は健常人ではなく、例えば手を動かせないひとのための装置だ。心で念じると腕を動かす信号が運動野で発生して、その信号を頭に埋め込んだチップで受けて、それを元にロボットの腕を動かすのだ。これは技術的に十分可能で、その気さえあれば比較的短期間で実用化されるであろう。もちろん安全性の問題など、乗り越えるべき障壁は色々あるが、マインド・アップローディングに比べれば、はるかに現実的な技術だ。</p> <p>アマゾンプライムで放映されている「アップロード ~デジタルなあの世にようこそ」の紹介をした。死んだ人の魂をコンピュータに保存して、死後も仮想的な世界に生きさせるという話だ。2045年頃に起きるとされるシンギュラリティ後の世界では可能かもしれない。しかし2033年ではまだ無理だと私は思う。</p> <p>それよりは、頭蓋骨に穴を開けてコンピュータチップを埋め込むニューラリンク社の技術の方が現実性がある。死者と生きている人の間の会話ではなく、生きている人同士の遠隔の仮想現実的コミュニケーションはコロナ後の世界には必須の技術であり、今後急速に進歩するであろう。触覚までシミュレートした遠隔恋愛も可能になるかもしれない。 </p></div> <div class="feed-description"><p>SFの話である。アマゾンプライムで配信された米国のドラマシリーズの「アップロード ~デジタルなあの世へようこそ」の話をする。全10回で一回30分のドラマだ。5時間ぶっ通しで見れば、一度で全部見られる長さだ。</p> <p>ドラマの舞台は2033年の米国である。主人公はネイサン・ブラウンというイケメンのアプリ開発者の青年だ。彼は自動運転車の事故で重体になる。止まれと命令したのに、車は止まらなかったのだ。</p> <p>ネイサンが死にそうになったので、彼の金持ちの恋人のイングリッドがネイサンの魂をホライズン社のコンピュータにアップロードする。死んだ人の魂をアップロードする会社がいろいろあり、イングリッドはホライズン社を選び、ネイサンの魂はレイクビューという湖のほとりの豪華ホテルに転送される。レイクビューは現実には存在しない仮想リゾートなのである。</p> <p>死にかけているネイサンに、アップロードのための複雑な契約書を読んでサインしろとか、このドラマは実はコメディなのだ。魂をコンピュータにアップロードした瞬間に、頭部は切断され、肉体は氷詰めにされる。将来、生き返る時を見越しての措置である。</p> <p>ネイサンは湖畔のホテルの豪華な一室をあてがわれる。窓の外の景色はスイッチひとつで、秋になったり冬になったりと、好きなものを選べる。そのホテルにはAIの従業員と、客であるアップロードされた死者たちがいる。</p> <p>死んだ人の魂の世話をするのは、ホライズン社のカスタマー・サービスである。彼らはエンジェルとよばれ、何人もの死者の世話をしている。レイクビューの仮想ホテルは、例えてみれば現実社会の介護施設のようなものだ。介護施設は老人の世話をするが、ホライズン社は死者の世話をするのだ。エンジェルは、呼べば眼前にバーチャルな姿として現れる。実際は、コンピュータのオペレーター室でオキュラスのような仮想現実用の埋没型ディスプレーをつけて応対しているのだ。</p> <p>地獄の沙汰も金次第という諺がある。アップロード先は一種の天国なのだが、天国の沙汰も金次第なのである。なんか食べると料金が発生する。また急に目の前に広告が現れたりする。金を持っている人は豪華な部屋を、貧乏人は2ギガとよばれ、地下のみすぼらしい部屋をあてがわれている。データの転送量が2ギガバイトに制限されていて、それを越えると止まってしまうのである。</p> <p>ネイサンは恋人が金持ちであるので、良い部屋をあてがわれている。しかし、恋人もいつまでも死んだボーイフレンドのために金を使ってくれるかどうかわからない。ネイサンの母親は生きているが金がない。一度、安い会社の天国に移動しようと見学に行くが、あまりひどいのでやめる。実は私は、この映画を観る前からいつもモルディブにある海に浮かぶ豪華リゾートでの仮想生活を妄想していたのである。目的は遊びではなく、美女たちを集めて勉強会をするのだ。だからこの映画を気に入ったのだ。</p> <p>ネイサンの担当はノラという美人の黒人女性である。ノラがこのドラマのヒロインだ。ノラはニューヨークに住んでいて、貧乏だ。母親は死んでいて、父親は死にそうな病気だ。父親の死後にアップロードしたいが、金がないので、社員優待のアップロードをしたいと思っている。しかし父親は、亡くなった妻と天国で再会することを夢見ているので、アップロードを拒否する。</p> <p>ネイサンが死んだので葬式が行われる。しかし死んだネイサンも自分の葬式に参加できるのである。恋人のイングリッドは豪華な葬式を企画する。ネイサンは葬式に参加するための衣装を恋人の趣味で選ばれてしまう。なんせ衣装代を出すのも恋人なのだから、逆らえないのだ。葬式会場には大きなガラスの壁があり、現実世界はその片側にあり、仮想世界はもう一方の側にある。生きた人と死者は同じ場を共有できて会話もできるが、そのガラスの壁を越えることはできない。葬式の参加者にネイサンの親友はいない。みんな欠席か早退したのだ。悲しむネイサン。</p> <p>ノラには黒人のボーイフレンドがいる。しかしそのボーイフレンドに飽き足りないノラは次第にネイサンに惹かれて行く。ドラマはネイサンとノラとイングリッドを中心に展開される。ホライズン社の規則ではエンジェルは死者と恋愛してはならない。ノラの上司の女性は、ノラのネイサンに対する恋愛感情を知り、ノラを叱責する。</p> <p>イングリッドはネイサンと再びセックスしたいと願う。セックスには視覚と聴覚だけではダメで、触覚が必須である。そのための装置としてボディスーツというものがある。それを着ると、触覚がシミュレートされるのだ。イングリッドはそれを着て、ネイサンとセックスをする。</p> <p>一方、アップロード同士のセックスは問題ない。あらゆる感覚をシミュレートできるからだ。年齢も関係ない。100歳を超えた女性と、若い男性のセックスも描かれている。</p> <p>さて長々と映画「アップロード」の紹介をしたが、果たしてこのようなことは可能だろうか。アップロード、あるいはマインド・アップローディングはシンギュラリティの一つの究極の目標である。シンギュラリティを喧伝している米国のレイ・カーツワイルはその著書の中で、シンギュラリティ後はマインド・アップローディングが可能だとしている。つまりこの映画はカーツワイルの思想を元にしたものだ。</p> <p>しかし現実問題として、私は、マインド・アップローディングは極めて困難だと考えている。人間の脳は極めて複雑であり、例えば記憶もコンピュータのようにどこか一箇所に蓄えられているわけではない。脳の複数の部分に分散して蓄えられている。そのような複雑な脳をコンピュータモデルでシミュレートするのは至難の技だと思う。</p> <p>私は死者と生きている人間のコミュニケーションよりは、生きている人間同士の仮想的なコミュニケーションのほうがはるかに現実的だと考えている。我々は面と向かって会話する他に、コロナの時代にはzoomなどを使って会話している。Zoomでは視覚と聴覚を使う。さらに嗅覚もシミュレートすることは、比較的現実味がある。アロマ・セラピーのように、匂いを作り出して与えれば良いからだ。</p> <p>やはり触覚が最大の難関だ。ドラマのセックススーツのようなものは原理的には可能だが、ちょっと使いたくない。現実世界にはラブドールというセックス用、愛玩用の人形が売られているが、それを買うのは普通の人にはちょっとはばかられる。それと同様に、セックススーツも技術的には可能としても、ラブドールと同様のキワモノ扱いになるのではないだろうか。</p> <p>私は触覚のシミュレートには、イーロン・マスクのニューラリンク社が開発しているニューラル・レースという装置の方が、はるかに現実味があると思う。ニューラル・レースは頭蓋骨に数カ所穴を開けて、コンピュータチップを埋め込む技術である。埋め込む場所は当面は、触覚を司る体性感覚野と、運動を司る運動野である。ニューラリンク社は2019年7月17日に大々的な報告を行い、ネズミと猿では実験に成功したと発表した。次の目標は人間だ。最初の用途は健常人ではなく、例えば手を動かせないひとのための装置だ。心で念じると腕を動かす信号が運動野で発生して、その信号を頭に埋め込んだチップで受けて、それを元にロボットの腕を動かすのだ。これは技術的に十分可能で、その気さえあれば比較的短期間で実用化されるであろう。もちろん安全性の問題など、乗り越えるべき障壁は色々あるが、マインド・アップローディングに比べれば、はるかに現実的な技術だ。</p> <p>アマゾンプライムで放映されている「アップロード ~デジタルなあの世にようこそ」の紹介をした。死んだ人の魂をコンピュータに保存して、死後も仮想的な世界に生きさせるという話だ。2045年頃に起きるとされるシンギュラリティ後の世界では可能かもしれない。しかし2033年ではまだ無理だと私は思う。</p> <p>それよりは、頭蓋骨に穴を開けてコンピュータチップを埋め込むニューラリンク社の技術の方が現実性がある。死者と生きている人の間の会話ではなく、生きている人同士の遠隔の仮想現実的コミュニケーションはコロナ後の世界には必須の技術であり、今後急速に進歩するであろう。触覚までシミュレートした遠隔恋愛も可能になるかもしれない。 </p></div> 最果てのアレクサンドリア 2021-12-24T08:28:18+09:00 2021-12-24T08:28:18+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1895-topic181.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>アレクサンドリアと聞けば、エジプトにある都市を思い描くであろう。しかしアレクサンドリアとは、古代ギリシャのアレクサンダー大王が、東方遠征の途中につくった町のことで、実はたくさんあるのだ。その数は諸説あるが20いくつもある。なぜ街を作ったかというと、従軍した兵士がけがをしたり退役したりした場合に、彼らを住まわせるためだ。</p> <p>アレクサンダー大王の軍隊は、はじめは男だけであったが、のちには妻子を同行するようになった。だからアレクサンドリアを作って住んだのは男だけではない。アレクサンドリアはいわばギリシャ人の植民地である。そこにはギリシャ風の神殿や競技場も作られた。</p> <p>最果てのアレクサンドリアとはアレクサンドリア・エスハテといい、現在のタジキスタンにある。これらの東方にあるアレクサンドリアに、なぜ私が興味を持ったかというと、古代ギリシャ文明がこれらの街を経由して中国に伝わり、最終的には日本にまでその影響が伝わったからだ。例えば、奈良の唐招提寺や法隆寺の円柱の柱は、ギリシャ神殿の柱の形式エンタシスをまねているという。</p> <p>ここでアレクサンダー大王のことを少し復習しておこう。アレクサンダー大王は紀元前356年にマケドニア王ピリッポス二世の子供として生まれ、父が暗殺されて20歳で王位を継いだ。そしてギリシャを統一したのちに、紀元前334年に当時の世界最大の帝国であったアケメネス朝ペルシャに攻め込んだ。というのも、それ以前にペルシャ帝国がギリシャに何度か攻め込んだので、その仕返しであろう。</p> <p>古代ペルシャ帝国は、西はエジプトから東はインド近くまで広がる広大な版図をかかえた人類史上初の世界帝国であった。現代の地図で言えば、中心はイランで、西はエジプト、東はアフガニスタン、パキスタンまで広がる広大な帝国であった。</p> <p>アレクサンダー大王は、ペルシャ帝国に攻め込み、イッソスの戦いやガウガメラの戦いをへて、ペルシャ皇帝のダレイオス三世を打ち破り、ペルシャ帝国を制圧した。その後、ペルシャ帝国内を制圧して回り、最終的には紀元前326年にインドまで攻め込んだ。アレクサンダー大王が30歳のころだ。しかしそこで部下の反抗に会い、それ以上進むのをあきらめた。その後、首都にする計画だったバビロンに戻り、そこで32歳の若さで病死した。</p> <p>このへんの話はオリバー・ストーン監督による2004年のハリウッド映画「アレキサンダー」に、比較的史実に忠実に描写されている。主役のアレクサンダーはコリン・ファレルで、母のオリンピアスはアンジェリーナ・ジェリーである。私はこの映画が好きで、DVDを買って何度か見直した。</p> <p>さて今回の話の主題は最果てのアレクサンドリアである。それはアレクサンドリア・エスハテといい、現在のタジキスタンのフェルガナ盆地にある。紀元前329年8月に建設された。アレクサンダー大王のマケドニア帝国の中央アジアにおける領土としては最北端に当たる。その町はシルダリア川の南岸に建設された。ギリシャの都市であるから、そこにはギリシャ風の神殿や競技場が作られたことであろう。</p> <p>この都市は地元のソグディアナの諸部族に周囲を囲まれていた。最も近い味方の都市である、現在のアフガニスタンにあるアレクサンドリア・オクシアナまで300キロメートルもある。だから何かあったときに、救援を呼ぶことができない。そこでその都市を築いたギリシャ人たちはわずか20日間で6キロメートルにも及ぶ城壁を作ったという。</p> <p>その後、アレクサンドリア・エスハテの住民は周囲の先住民と何度も衝突を繰り返した。紀元前250年ころには、そこから南のほうのバクトリアにギリシャ人が築いたグレコ・バクトリア王国と密接な関係を結んだ。アレクサンドリア・エスハテはその後、中国で「偉大なイオニア人」または大宛(だいおん、たいあん)といわれた国がそれにあたるらしい。</p> <p>アレクサンドリア・エスハテから東に400キロメートルほど行ったところには、現在の中国の新疆ウイグル自治区のタリム盆地がある。当時はそのあたりには、ホータン、烏孫、大月氏といった王国があった。紀元前200年ころには中国との交易が始まったようだ。</p> <p>紀元前129年ころには前漢の武帝が送った張騫がこのあたりにやってきた。漢の武帝は敵対関係にあった匈奴を討つために、大月氏国と同盟を結ぼうと、張騫を派遣したのだ。大月氏は匈奴に攻められて国をうつしたのだ。張騫は大宛について、そこの人の案内で大月氏国に行った。しかし大月氏はその時は、移住先が気に入っていて、もはや匈奴と争う気はなかった。それで張騫はむなしく漢に帰ったのだが、そのことでこのあたりの地理が明らかになった。</p> <p>やがて漢と大宛は国交を結んだ。武帝は大宛には汗血馬とよばれる名馬がいることを知り、それが欲しくなった。騎馬民族の匈奴と戦うためだ。そこで使節を送り、その馬を買おうとしたが、大宛側は武帝の足元を見て断った。どうしてもその馬が欲しい武帝は紀元前102年に大軍を送ったが、一度目は失敗した。それでさらに大軍を送り、二度目で勝利した。これを汗血馬戦争という。というように、アレクサンドリア・エスハテは歴史好きの好奇心をそそるのである。</p> <p>アレクサンドリアとは古代ギリシャのアレクサンダー大王が東方遠征の途中で作った町である。現在までにそのままの名前で残っているのはエジプトのアレクサンドリアだけであるが、本当はその他に20近くもあったのだ。ようするにアレクサンドリアはギリシャ人の植民都市であったのだ。その中でも最果てのアレクサンドリアであるアレクサンドリア・エスハテはアレクサンダー帝国の最北端にあたる。その町にすむギリシャ人たちは、のちに中国と関係するようになる。このようにして、ギリシャ文明が東に伝わり、最終的には日本にまで影響を及ぼした。</p></div> <div class="feed-description"><p>アレクサンドリアと聞けば、エジプトにある都市を思い描くであろう。しかしアレクサンドリアとは、古代ギリシャのアレクサンダー大王が、東方遠征の途中につくった町のことで、実はたくさんあるのだ。その数は諸説あるが20いくつもある。なぜ街を作ったかというと、従軍した兵士がけがをしたり退役したりした場合に、彼らを住まわせるためだ。</p> <p>アレクサンダー大王の軍隊は、はじめは男だけであったが、のちには妻子を同行するようになった。だからアレクサンドリアを作って住んだのは男だけではない。アレクサンドリアはいわばギリシャ人の植民地である。そこにはギリシャ風の神殿や競技場も作られた。</p> <p>最果てのアレクサンドリアとはアレクサンドリア・エスハテといい、現在のタジキスタンにある。これらの東方にあるアレクサンドリアに、なぜ私が興味を持ったかというと、古代ギリシャ文明がこれらの街を経由して中国に伝わり、最終的には日本にまでその影響が伝わったからだ。例えば、奈良の唐招提寺や法隆寺の円柱の柱は、ギリシャ神殿の柱の形式エンタシスをまねているという。</p> <p>ここでアレクサンダー大王のことを少し復習しておこう。アレクサンダー大王は紀元前356年にマケドニア王ピリッポス二世の子供として生まれ、父が暗殺されて20歳で王位を継いだ。そしてギリシャを統一したのちに、紀元前334年に当時の世界最大の帝国であったアケメネス朝ペルシャに攻め込んだ。というのも、それ以前にペルシャ帝国がギリシャに何度か攻め込んだので、その仕返しであろう。</p> <p>古代ペルシャ帝国は、西はエジプトから東はインド近くまで広がる広大な版図をかかえた人類史上初の世界帝国であった。現代の地図で言えば、中心はイランで、西はエジプト、東はアフガニスタン、パキスタンまで広がる広大な帝国であった。</p> <p>アレクサンダー大王は、ペルシャ帝国に攻め込み、イッソスの戦いやガウガメラの戦いをへて、ペルシャ皇帝のダレイオス三世を打ち破り、ペルシャ帝国を制圧した。その後、ペルシャ帝国内を制圧して回り、最終的には紀元前326年にインドまで攻め込んだ。アレクサンダー大王が30歳のころだ。しかしそこで部下の反抗に会い、それ以上進むのをあきらめた。その後、首都にする計画だったバビロンに戻り、そこで32歳の若さで病死した。</p> <p>このへんの話はオリバー・ストーン監督による2004年のハリウッド映画「アレキサンダー」に、比較的史実に忠実に描写されている。主役のアレクサンダーはコリン・ファレルで、母のオリンピアスはアンジェリーナ・ジェリーである。私はこの映画が好きで、DVDを買って何度か見直した。</p> <p>さて今回の話の主題は最果てのアレクサンドリアである。それはアレクサンドリア・エスハテといい、現在のタジキスタンのフェルガナ盆地にある。紀元前329年8月に建設された。アレクサンダー大王のマケドニア帝国の中央アジアにおける領土としては最北端に当たる。その町はシルダリア川の南岸に建設された。ギリシャの都市であるから、そこにはギリシャ風の神殿や競技場が作られたことであろう。</p> <p>この都市は地元のソグディアナの諸部族に周囲を囲まれていた。最も近い味方の都市である、現在のアフガニスタンにあるアレクサンドリア・オクシアナまで300キロメートルもある。だから何かあったときに、救援を呼ぶことができない。そこでその都市を築いたギリシャ人たちはわずか20日間で6キロメートルにも及ぶ城壁を作ったという。</p> <p>その後、アレクサンドリア・エスハテの住民は周囲の先住民と何度も衝突を繰り返した。紀元前250年ころには、そこから南のほうのバクトリアにギリシャ人が築いたグレコ・バクトリア王国と密接な関係を結んだ。アレクサンドリア・エスハテはその後、中国で「偉大なイオニア人」または大宛(だいおん、たいあん)といわれた国がそれにあたるらしい。</p> <p>アレクサンドリア・エスハテから東に400キロメートルほど行ったところには、現在の中国の新疆ウイグル自治区のタリム盆地がある。当時はそのあたりには、ホータン、烏孫、大月氏といった王国があった。紀元前200年ころには中国との交易が始まったようだ。</p> <p>紀元前129年ころには前漢の武帝が送った張騫がこのあたりにやってきた。漢の武帝は敵対関係にあった匈奴を討つために、大月氏国と同盟を結ぼうと、張騫を派遣したのだ。大月氏は匈奴に攻められて国をうつしたのだ。張騫は大宛について、そこの人の案内で大月氏国に行った。しかし大月氏はその時は、移住先が気に入っていて、もはや匈奴と争う気はなかった。それで張騫はむなしく漢に帰ったのだが、そのことでこのあたりの地理が明らかになった。</p> <p>やがて漢と大宛は国交を結んだ。武帝は大宛には汗血馬とよばれる名馬がいることを知り、それが欲しくなった。騎馬民族の匈奴と戦うためだ。そこで使節を送り、その馬を買おうとしたが、大宛側は武帝の足元を見て断った。どうしてもその馬が欲しい武帝は紀元前102年に大軍を送ったが、一度目は失敗した。それでさらに大軍を送り、二度目で勝利した。これを汗血馬戦争という。というように、アレクサンドリア・エスハテは歴史好きの好奇心をそそるのである。</p> <p>アレクサンドリアとは古代ギリシャのアレクサンダー大王が東方遠征の途中で作った町である。現在までにそのままの名前で残っているのはエジプトのアレクサンドリアだけであるが、本当はその他に20近くもあったのだ。ようするにアレクサンドリアはギリシャ人の植民都市であったのだ。その中でも最果てのアレクサンドリアであるアレクサンドリア・エスハテはアレクサンダー帝国の最北端にあたる。その町にすむギリシャ人たちは、のちに中国と関係するようになる。このようにして、ギリシャ文明が東に伝わり、最終的には日本にまで影響を及ぼした。</p></div> フレイル、サルコペニア、ロコモ 2021-12-14T06:26:04+09:00 2021-12-14T06:26:04+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1894-topic180.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>フレイル、サルコペニア、ロコモ、どれも聞いたことのない名前ではないだろうか。もしご存知の方がおられれば、それはかなりの物知りといえよう。どれも私のような老人に関係した言葉である。</p> <p>フレイルとは英語のフレイルティを日本語化した言葉であり、直訳では虚弱とか衰弱という意味である。サルコペニアとは筋肉量の減少と筋力低下のことである。ロコモとはロコモーティブ・シンドロームのことで運動器症候群、つまり立つ、歩く、座るといった運動機能が低下した状態である。だからフレイルもサルコペニアもロコモも老人に関連した概念である。</p> <p>まずはフレイルのもう少し詳しい定義から始めよう。フレイルの定義として1 体重減少、2 疲労感、3 活動量の低下、4 歩行速度の低下、5 筋力の低下がある。この5項目のうち3個以上当てはまる場合をフレイルと定義して、それが1-2個の場合はプレフレイル、つまりフレイルの前段階とする。</p> <p>私自身で言えば体重が減少して、BMIが一時18.5を切ったことがあるのでプレフレイルと言える。しかし特に疲労感はないし、活動的だと思う。歩行速度は若者並みだから、まずは問題ないだろう。歩行速度に関して言えば、歩いていて若者を追い抜かすことに生きがいを感じている。</p> <p>サルコペニアはもっと具体的な概念だ。ちなみにサルコは筋肉でペニアは減少という意味だ。1989年にアメリカで提案された比較的新しい概念である。</p> <p>サルコペニアの詳しい定義は次のようなものだ。「進行性で全身性に認める筋肉量の減少と筋力低下であり、身体機能障害や生活の質の低下、死のリスクを伴う」というものだ。具体的には握力が衰えてペットボトルの栓が開けなくなる、歩くスピートが遅くなり信号が青の間に横断歩道を渡りきれない、杖や手すりが必要になるなどである。</p> <p>サルコペニアになる1番の原因は加齢、つまり年をとることだが、そのほか病気が原因の場合もある。サルコペニアの診断の基準は歩く速さと握力である。握力を測るのは握力計が必要だから簡単には測定できない。日本でのサルコペニアの簡易基準としては、1 65歳以上、2 歩行速度が秒速1メートル未満、3 BMIが18.5 未満というものがある。私は後期高齢者だから65歳ははるかに越している。またBMIは18.5を切ったことがある。その意味でサルコペニア寸前だ。</p> <p>私のBMIに関しては、現在ではできるだけ食べて太って、BMIを増やそうとしている。私にとっては痩せることは簡単だが、太ることが難しい。世の中には痩せる方法の話は多いが、太る話はあまりない。あったとすれば、筋トレでムキムキになる話が多い。私は別にムキムキになるつもりはない。</p> <p>歩行速度に関してしは、秒速1メートルということは、時速では3.6キロメートルである。私は大体時速6キロメートルは出ていると思うし、早足で歩けば秒速8キロメートルは出せると思う。その意味ではまだ大丈夫だろう。</p> <p>サルコペニアになる理由だが、まずは加齢、つまり年をとることだ。そのほかカウチポテトなどのように、活動をしないこと、病気、栄養不足などがある。若い人なら病気や怪我で一時的に寝たきりになって筋肉量が落ちてサルコペニアになっても、回復が早いから、元の生活に戻ればサルコペニアは解消する。しかし老人の場合は、回復が難しい。</p> <p>老人がサルコペニアになると、転倒しやすくなり、介護状態になるリスクが増える。実際に老人が寝たきりになるのは、転倒が多い。要介護になる原因の一位は脳卒中、二位は衰弱、三位が転倒である。一年間の転倒発生率は12%だという。</p> <p>なぜ老人がサルコペニアになりやすいか。筋肉量は筋タンパクの合成と分解で維持されている。だから筋タンパクの分解が合成を上回ると筋肉量は減少する。人は30歳を超えると、その傾向が現れる。</p> <p>そこでサルコペニアにならないためには、まず食事である。筋肉を作るのはタンパク質だから、年寄りはタンパク質の摂取が重要だ。具体的には一食あたり薄切り肉なら1-3枚、卵なら1個、豆腐なら1/2丁、魚なら切り身一切れといった程度のものを毎回とることだ。</p> <p>さらに骨折して寝たきりにならないためには、骨を強くしなければならない。そのためにはカルシウムとビタミンDの摂取が重要だ。カルシウムは牛乳など、ビタミンDは太陽に当たることで補充できる。さらにビタミンKも必要で、納豆にはビタミンKが多く含まれている。</p> <p>サルコペニアの防止には運動も重要である。ここでは歩行のような有酸素運動よりは、筋トレが有効だ。別にジムに行かなくても、スクワットなどで十分である。</p> <p>ともかく、フレイル、サルコペニアを防ぐことは、少子高齢化の日本にとって、今後の医療費の増大などの社会的負担を減少させるために必須であろう。 </p></div> <div class="feed-description"><p>フレイル、サルコペニア、ロコモ、どれも聞いたことのない名前ではないだろうか。もしご存知の方がおられれば、それはかなりの物知りといえよう。どれも私のような老人に関係した言葉である。</p> <p>フレイルとは英語のフレイルティを日本語化した言葉であり、直訳では虚弱とか衰弱という意味である。サルコペニアとは筋肉量の減少と筋力低下のことである。ロコモとはロコモーティブ・シンドロームのことで運動器症候群、つまり立つ、歩く、座るといった運動機能が低下した状態である。だからフレイルもサルコペニアもロコモも老人に関連した概念である。</p> <p>まずはフレイルのもう少し詳しい定義から始めよう。フレイルの定義として1 体重減少、2 疲労感、3 活動量の低下、4 歩行速度の低下、5 筋力の低下がある。この5項目のうち3個以上当てはまる場合をフレイルと定義して、それが1-2個の場合はプレフレイル、つまりフレイルの前段階とする。</p> <p>私自身で言えば体重が減少して、BMIが一時18.5を切ったことがあるのでプレフレイルと言える。しかし特に疲労感はないし、活動的だと思う。歩行速度は若者並みだから、まずは問題ないだろう。歩行速度に関して言えば、歩いていて若者を追い抜かすことに生きがいを感じている。</p> <p>サルコペニアはもっと具体的な概念だ。ちなみにサルコは筋肉でペニアは減少という意味だ。1989年にアメリカで提案された比較的新しい概念である。</p> <p>サルコペニアの詳しい定義は次のようなものだ。「進行性で全身性に認める筋肉量の減少と筋力低下であり、身体機能障害や生活の質の低下、死のリスクを伴う」というものだ。具体的には握力が衰えてペットボトルの栓が開けなくなる、歩くスピートが遅くなり信号が青の間に横断歩道を渡りきれない、杖や手すりが必要になるなどである。</p> <p>サルコペニアになる1番の原因は加齢、つまり年をとることだが、そのほか病気が原因の場合もある。サルコペニアの診断の基準は歩く速さと握力である。握力を測るのは握力計が必要だから簡単には測定できない。日本でのサルコペニアの簡易基準としては、1 65歳以上、2 歩行速度が秒速1メートル未満、3 BMIが18.5 未満というものがある。私は後期高齢者だから65歳ははるかに越している。またBMIは18.5を切ったことがある。その意味でサルコペニア寸前だ。</p> <p>私のBMIに関しては、現在ではできるだけ食べて太って、BMIを増やそうとしている。私にとっては痩せることは簡単だが、太ることが難しい。世の中には痩せる方法の話は多いが、太る話はあまりない。あったとすれば、筋トレでムキムキになる話が多い。私は別にムキムキになるつもりはない。</p> <p>歩行速度に関してしは、秒速1メートルということは、時速では3.6キロメートルである。私は大体時速6キロメートルは出ていると思うし、早足で歩けば秒速8キロメートルは出せると思う。その意味ではまだ大丈夫だろう。</p> <p>サルコペニアになる理由だが、まずは加齢、つまり年をとることだ。そのほかカウチポテトなどのように、活動をしないこと、病気、栄養不足などがある。若い人なら病気や怪我で一時的に寝たきりになって筋肉量が落ちてサルコペニアになっても、回復が早いから、元の生活に戻ればサルコペニアは解消する。しかし老人の場合は、回復が難しい。</p> <p>老人がサルコペニアになると、転倒しやすくなり、介護状態になるリスクが増える。実際に老人が寝たきりになるのは、転倒が多い。要介護になる原因の一位は脳卒中、二位は衰弱、三位が転倒である。一年間の転倒発生率は12%だという。</p> <p>なぜ老人がサルコペニアになりやすいか。筋肉量は筋タンパクの合成と分解で維持されている。だから筋タンパクの分解が合成を上回ると筋肉量は減少する。人は30歳を超えると、その傾向が現れる。</p> <p>そこでサルコペニアにならないためには、まず食事である。筋肉を作るのはタンパク質だから、年寄りはタンパク質の摂取が重要だ。具体的には一食あたり薄切り肉なら1-3枚、卵なら1個、豆腐なら1/2丁、魚なら切り身一切れといった程度のものを毎回とることだ。</p> <p>さらに骨折して寝たきりにならないためには、骨を強くしなければならない。そのためにはカルシウムとビタミンDの摂取が重要だ。カルシウムは牛乳など、ビタミンDは太陽に当たることで補充できる。さらにビタミンKも必要で、納豆にはビタミンKが多く含まれている。</p> <p>サルコペニアの防止には運動も重要である。ここでは歩行のような有酸素運動よりは、筋トレが有効だ。別にジムに行かなくても、スクワットなどで十分である。</p> <p>ともかく、フレイル、サルコペニアを防ぐことは、少子高齢化の日本にとって、今後の医療費の増大などの社会的負担を減少させるために必須であろう。 </p></div> 免疫と食事 2021-12-08T03:24:12+09:00 2021-12-08T03:24:12+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1893-topic179.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>新型コロナウイルスを防ぐ方法は、普通のインフルエンザや風邪を防ぐ方法と共通している。この病気にかからない方法は手洗いとマスクの着用だと言われているが、それにうがいも大事だろう。</p> <p>さらに免疫力が大事だ。新型コロナウイルスで亡くなる人の多くは免疫力の弱い老人である。またなんらかの疾患を抱えた人である。医療関係者で、この病気で亡くなる人も多いが、それは多分、働きすぎと睡眠不足による免疫力低下であろう。</p> <p>そもそも免疫とは何か? それは体内に入り込んだ細菌やウイルスを殺す仕組みである。免疫はまたその人のものでない異物が入り込んだ時にもそれを排除する仕組みである。だから免疫がないと、人はすぐに死ぬ。免疫力が弱いと、病気にかかりやすくなる。</p> <p>免疫には自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫は人体に最初から備わっている防御機構である。細菌やウイルスが体内に入ったときに、まっさきに発動するのがこの自然免疫だ。もう一つの免疫機構として獲得免疫がある。これは特定の細菌やウイルスに対抗する仕組みである。これは細菌やウイルスが体内に入ってから作られる。ここでは主として自然免疫の話をする。</p> <p>免疫の実態は何かというと白血球とそれが作り出す抗体である。血液の中には白血球の他に、酸素を運ぶ赤血球、出血を止める血小板などもある。免疫に関しては白血球が重要だ。</p> <p>白血球にはいろんな種類があり、顆粒球、単球、リンパ球などである。それぞれ役割が違い、細菌やウイルスを殺す方法も違う。リンパ球にも色々あり、ナチュラル・キラー細胞つまりNK細胞というのがあり、ウイルスやがん細胞を攻撃する。このNK細胞が重要だ。</p> <p>これらの免疫細胞の力を強めることが免疫力を強化して、ひいてはインフルエンザや風邪にかかりにくくなるのだ。だから多分、新型コロナウイルスにもかかりにくくなるだろう。</p> <p>免疫を増強する方法として以前には睡眠を取り上げた。さらに運動も重要だ。笑いも免疫力を強化するという証拠がある。しかし今回は食事と栄養について話す。</p> <p>免疫を強化する食べ物には様々ある。まずキノコ類である。しいたけ、まいたけ、しめじ、えのきだけ、キクラゲなどだ。これはベータグルカンというものを含み、NK細胞を活性化する。</p> <p>また海藻である。たとえば昆布、わかめ、ひじき、もずくなどだ。これらにはフコダインというものが含まれていて、やはりNK細胞を活性化する。</p> <p>つぎにニンニクである。これもNK細胞を活性化する。ニンニクが風邪に良いというのは、風邪をひいてから治すのではなく、あくまでも防止のためである。</p> <p>いろんな野菜も免疫力強化に役に立つ。例えばキャベツ、レタス、ほうれん草、ナス、キュウリ、大根、人参、玉ねぎなどだ。これらにはベータカロテン、ビタミンC、さまざまなポリフェノールが含まれていて、活性酸素の害を抑える抗酸化作用があり、また白血球を活性化する。バナナ、ぶどうなどの果物もさまざまなポリフェノールを含み、白血球を活性化する。</p> <p>飲み物としては緑茶、コーヒー、赤ワインもポリフェノールを含み、抗酸化作用がある。緑茶が含むポリフェノールはカテキンである。緑茶はこれでうがいするとよい。水によるうがいよりも、緑茶でのうがいは、インフルエンザ予防にはるかに効果があることが実証されている。緑茶は抗酸化作用による老化予防と免疫力強化、抗がん作用、高脂血症予防、抗ウイルス作用など、さまざまな良い効果がある。緑茶を飲もう。</p> <p>納豆、味噌、ヨーグルト、キムチなどの発酵食品は腸内の善玉菌を増やして、免疫力を強化する。</p> <p>そのほかにも様々なベリー類、例えばラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリーがある。さらにエクストラ・バージン・オリーブオイル、海産物の牡蠣などもある。</p> <p>まとめるとインフルエンザ、新型コロナ感染症にかからない為には、マスク、手洗い、うがいのほかに免疫力を強化することがある。免疫力強化のための食事と食べ物について述べた。免疫力をつける食べ物にはたくさんあるが、まとめるとキノコ、海藻、ニンニク、野菜、緑茶、発酵食品などである。緑茶は飲むだけでなく、それでうがいをするのも一つの手だ。 </p></div> <div class="feed-description"><p>新型コロナウイルスを防ぐ方法は、普通のインフルエンザや風邪を防ぐ方法と共通している。この病気にかからない方法は手洗いとマスクの着用だと言われているが、それにうがいも大事だろう。</p> <p>さらに免疫力が大事だ。新型コロナウイルスで亡くなる人の多くは免疫力の弱い老人である。またなんらかの疾患を抱えた人である。医療関係者で、この病気で亡くなる人も多いが、それは多分、働きすぎと睡眠不足による免疫力低下であろう。</p> <p>そもそも免疫とは何か? それは体内に入り込んだ細菌やウイルスを殺す仕組みである。免疫はまたその人のものでない異物が入り込んだ時にもそれを排除する仕組みである。だから免疫がないと、人はすぐに死ぬ。免疫力が弱いと、病気にかかりやすくなる。</p> <p>免疫には自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫は人体に最初から備わっている防御機構である。細菌やウイルスが体内に入ったときに、まっさきに発動するのがこの自然免疫だ。もう一つの免疫機構として獲得免疫がある。これは特定の細菌やウイルスに対抗する仕組みである。これは細菌やウイルスが体内に入ってから作られる。ここでは主として自然免疫の話をする。</p> <p>免疫の実態は何かというと白血球とそれが作り出す抗体である。血液の中には白血球の他に、酸素を運ぶ赤血球、出血を止める血小板などもある。免疫に関しては白血球が重要だ。</p> <p>白血球にはいろんな種類があり、顆粒球、単球、リンパ球などである。それぞれ役割が違い、細菌やウイルスを殺す方法も違う。リンパ球にも色々あり、ナチュラル・キラー細胞つまりNK細胞というのがあり、ウイルスやがん細胞を攻撃する。このNK細胞が重要だ。</p> <p>これらの免疫細胞の力を強めることが免疫力を強化して、ひいてはインフルエンザや風邪にかかりにくくなるのだ。だから多分、新型コロナウイルスにもかかりにくくなるだろう。</p> <p>免疫を増強する方法として以前には睡眠を取り上げた。さらに運動も重要だ。笑いも免疫力を強化するという証拠がある。しかし今回は食事と栄養について話す。</p> <p>免疫を強化する食べ物には様々ある。まずキノコ類である。しいたけ、まいたけ、しめじ、えのきだけ、キクラゲなどだ。これはベータグルカンというものを含み、NK細胞を活性化する。</p> <p>また海藻である。たとえば昆布、わかめ、ひじき、もずくなどだ。これらにはフコダインというものが含まれていて、やはりNK細胞を活性化する。</p> <p>つぎにニンニクである。これもNK細胞を活性化する。ニンニクが風邪に良いというのは、風邪をひいてから治すのではなく、あくまでも防止のためである。</p> <p>いろんな野菜も免疫力強化に役に立つ。例えばキャベツ、レタス、ほうれん草、ナス、キュウリ、大根、人参、玉ねぎなどだ。これらにはベータカロテン、ビタミンC、さまざまなポリフェノールが含まれていて、活性酸素の害を抑える抗酸化作用があり、また白血球を活性化する。バナナ、ぶどうなどの果物もさまざまなポリフェノールを含み、白血球を活性化する。</p> <p>飲み物としては緑茶、コーヒー、赤ワインもポリフェノールを含み、抗酸化作用がある。緑茶が含むポリフェノールはカテキンである。緑茶はこれでうがいするとよい。水によるうがいよりも、緑茶でのうがいは、インフルエンザ予防にはるかに効果があることが実証されている。緑茶は抗酸化作用による老化予防と免疫力強化、抗がん作用、高脂血症予防、抗ウイルス作用など、さまざまな良い効果がある。緑茶を飲もう。</p> <p>納豆、味噌、ヨーグルト、キムチなどの発酵食品は腸内の善玉菌を増やして、免疫力を強化する。</p> <p>そのほかにも様々なベリー類、例えばラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリーがある。さらにエクストラ・バージン・オリーブオイル、海産物の牡蠣などもある。</p> <p>まとめるとインフルエンザ、新型コロナ感染症にかからない為には、マスク、手洗い、うがいのほかに免疫力を強化することがある。免疫力強化のための食事と食べ物について述べた。免疫力をつける食べ物にはたくさんあるが、まとめるとキノコ、海藻、ニンニク、野菜、緑茶、発酵食品などである。緑茶は飲むだけでなく、それでうがいをするのも一つの手だ。 </p></div> 走ることと健康 2021-11-30T03:11:28+09:00 2021-11-30T03:11:28+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1892-topic178.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>前回は歩くことと健康について話をした。歩くことは健康に良いということを話した。その理由は、人間の祖先はチンパンジーやゴリラと違って、森ではなく草原で生活していたので、食料を獲得するために歩かなければならなかった。つまり人間は進化的に見て、歩く生物なのである。だから歩くことは健康に良いのである。</p> <p>それでは走ることはどうだろうか? 皆さんの中にはジョギングを趣味としている人も多いだろう。実は私は自宅から研究所に歩いて来る途中に京都マラソンに出くわした。交通規制があり最短距離ではいけない。そこで、とてつもなく大回りをして歩いて研究所に来たのだ。走っている人を見ると、基本的には若い人が多いが、それでも老人もいた。最後尾近くの人たちはもはや歩いていたが、それでもゴールまでたどり着こうという執念を感じた。なぜここまでして走るのか。</p> <p>私はジョギングをしない。それにはある理由がある。ジョギングが体に良いことに対する科学的根拠に疑問があるからだ。その疑問には二つある。一つは膝や背骨の軟骨に対する衝撃だ。もう一つは脳に関する衝撃だ。</p> <p>まず膝に関しては、ジョギング愛好家のスポーツ障害では、ひざ周辺の痛みが最も多く、50%が膝の痛みである。ひざの痛みは変形性膝関節症である。原因は練習過多、フォームの不良、筋力の低下、柔軟性の欠如、ランニングシューズの不適合、硬い道路などがある。だから膝を守るには慎重に走る必要があるだろう。</p> <p>しかしスペインの研究によると趣味程度に走る人が腰やひざの関節炎を起こした割合は4%以下、まったく走らないデスクワークの人は10%という。だとすれば走るほうが膝に良いことになる。ところがプロのランナーになるとなんと34%もの人が膝や腰に問題を抱えているという。つまり運動もやりすぎはよくないのだ。</p> <p>私の友人に二人のジョギング愛好家がいる。一人は変形性膝関節症で手術をした。もう一人は、背中の骨の椎間板ヘルニアで手術をした。彼の話によれば、ジョギングをしているとランニングハイになって辞められないのだそうだ。つまり運動のやりすぎが問題だと思う。</p> <p>つぎはランニングの脳への影響だ。脳の健康に関する本を読むと、脳への衝撃はよくないと書いてある。脳にもっとも衝撃を与えるスポーツとしてはアメリカンフットボールとボクシングがある。アメリカンフットボールの選手は引退後に40台、50台でアルツハイマー病になる人が多いという。ボクシングも脳に激しい衝撃を与える。ボクシングチャンピオンのモハメッド・アリがパーキンソン病になったのは有名な話だ。</p> <p>実は私は若い時に一時、日本拳法をやっていたことがある。日本国憲法ではなく日本拳法だ。つまり日本式のボクシングだ。これは頭に剣道の面をかぶり、手にはボクシングのグローブをはめるので、頭を殴られても直接に拳が顔面をヒットするわけではない。それでも経験してみればわかるのだが、顔面に一撃を受けると頭の中を衝撃波が通過していくような感じがする。とてつもなく嫌なものだ。私は、これは脳に良くないと直感して、半年ほどでやめてしまった。私は科学者であり、脳が商売道具なのだ。私がそれまでにしていた合気道はコンタクトスポーツではないので、脳への衝撃はほとんどないので安心だ。コンタクト系のマーシャルアーツは脳に良くない。</p> <p>以前紹介した神経新生、つまり神経細胞は新しく生まれることに関して書いた本でも、著者によれば運動は脳に良いことは確かだが、しかしランニングが脳に良いかどうかは確信が持てないと書いてあった。かかとから着地すると脳に衝撃が走るので、走り方を工夫して、つま先または足の中心から着地する走法がよいだろうと書いてあった。もつとも科学的根拠はないとも正直に書いてあった。</p> <p>ところが最近、ランナーにとって良いニュースがあった。これは日本の理化学研究所がネズミで行った実験だ。ラットを分速20メートルで走らせると前足の着地時に約1G程度の衝撃を受ける。1Gとは地球の重力加速度の大きさである。マウスの場合は分速10メートル、人間なら時速7キロメートル程度の速さで走ると、これくらいの加速度を感じる。</p> <p>それが脳に良い影響があるというのだ。なぜその加速度が脳に良いのか? それは神経細胞を取り巻く脳内間質液という液体が秒速にして100万分の1メートル程度の流れがリズミカルに発生して、それが脳にとって良いというのだ。</p> <p>これはなかなか画期的な発見だ。走ることができない寝たきりの人でも、脳をリズミカルにゆすって1G程度の加速度を与えればよいのだ。</p> <p style="text-align: center;"><まとめ></p> <p>走ることと健康への影響に関して述べた。適度なランニングは膝への負担は少ないが、しかし激しいランニングは膝や背中の軟骨に衝撃を与える。ランニングの脳への影響に関しては、適度な走りの場合は脳に好影響を与えることがネズミの実験で示された。しかし過度なランニングは、やはり脳にとって良くないであろう。<strong> </strong></p></div> <div class="feed-description"><p>前回は歩くことと健康について話をした。歩くことは健康に良いということを話した。その理由は、人間の祖先はチンパンジーやゴリラと違って、森ではなく草原で生活していたので、食料を獲得するために歩かなければならなかった。つまり人間は進化的に見て、歩く生物なのである。だから歩くことは健康に良いのである。</p> <p>それでは走ることはどうだろうか? 皆さんの中にはジョギングを趣味としている人も多いだろう。実は私は自宅から研究所に歩いて来る途中に京都マラソンに出くわした。交通規制があり最短距離ではいけない。そこで、とてつもなく大回りをして歩いて研究所に来たのだ。走っている人を見ると、基本的には若い人が多いが、それでも老人もいた。最後尾近くの人たちはもはや歩いていたが、それでもゴールまでたどり着こうという執念を感じた。なぜここまでして走るのか。</p> <p>私はジョギングをしない。それにはある理由がある。ジョギングが体に良いことに対する科学的根拠に疑問があるからだ。その疑問には二つある。一つは膝や背骨の軟骨に対する衝撃だ。もう一つは脳に関する衝撃だ。</p> <p>まず膝に関しては、ジョギング愛好家のスポーツ障害では、ひざ周辺の痛みが最も多く、50%が膝の痛みである。ひざの痛みは変形性膝関節症である。原因は練習過多、フォームの不良、筋力の低下、柔軟性の欠如、ランニングシューズの不適合、硬い道路などがある。だから膝を守るには慎重に走る必要があるだろう。</p> <p>しかしスペインの研究によると趣味程度に走る人が腰やひざの関節炎を起こした割合は4%以下、まったく走らないデスクワークの人は10%という。だとすれば走るほうが膝に良いことになる。ところがプロのランナーになるとなんと34%もの人が膝や腰に問題を抱えているという。つまり運動もやりすぎはよくないのだ。</p> <p>私の友人に二人のジョギング愛好家がいる。一人は変形性膝関節症で手術をした。もう一人は、背中の骨の椎間板ヘルニアで手術をした。彼の話によれば、ジョギングをしているとランニングハイになって辞められないのだそうだ。つまり運動のやりすぎが問題だと思う。</p> <p>つぎはランニングの脳への影響だ。脳の健康に関する本を読むと、脳への衝撃はよくないと書いてある。脳にもっとも衝撃を与えるスポーツとしてはアメリカンフットボールとボクシングがある。アメリカンフットボールの選手は引退後に40台、50台でアルツハイマー病になる人が多いという。ボクシングも脳に激しい衝撃を与える。ボクシングチャンピオンのモハメッド・アリがパーキンソン病になったのは有名な話だ。</p> <p>実は私は若い時に一時、日本拳法をやっていたことがある。日本国憲法ではなく日本拳法だ。つまり日本式のボクシングだ。これは頭に剣道の面をかぶり、手にはボクシングのグローブをはめるので、頭を殴られても直接に拳が顔面をヒットするわけではない。それでも経験してみればわかるのだが、顔面に一撃を受けると頭の中を衝撃波が通過していくような感じがする。とてつもなく嫌なものだ。私は、これは脳に良くないと直感して、半年ほどでやめてしまった。私は科学者であり、脳が商売道具なのだ。私がそれまでにしていた合気道はコンタクトスポーツではないので、脳への衝撃はほとんどないので安心だ。コンタクト系のマーシャルアーツは脳に良くない。</p> <p>以前紹介した神経新生、つまり神経細胞は新しく生まれることに関して書いた本でも、著者によれば運動は脳に良いことは確かだが、しかしランニングが脳に良いかどうかは確信が持てないと書いてあった。かかとから着地すると脳に衝撃が走るので、走り方を工夫して、つま先または足の中心から着地する走法がよいだろうと書いてあった。もつとも科学的根拠はないとも正直に書いてあった。</p> <p>ところが最近、ランナーにとって良いニュースがあった。これは日本の理化学研究所がネズミで行った実験だ。ラットを分速20メートルで走らせると前足の着地時に約1G程度の衝撃を受ける。1Gとは地球の重力加速度の大きさである。マウスの場合は分速10メートル、人間なら時速7キロメートル程度の速さで走ると、これくらいの加速度を感じる。</p> <p>それが脳に良い影響があるというのだ。なぜその加速度が脳に良いのか? それは神経細胞を取り巻く脳内間質液という液体が秒速にして100万分の1メートル程度の流れがリズミカルに発生して、それが脳にとって良いというのだ。</p> <p>これはなかなか画期的な発見だ。走ることができない寝たきりの人でも、脳をリズミカルにゆすって1G程度の加速度を与えればよいのだ。</p> <p style="text-align: center;"><まとめ></p> <p>走ることと健康への影響に関して述べた。適度なランニングは膝への負担は少ないが、しかし激しいランニングは膝や背中の軟骨に衝撃を与える。ランニングの脳への影響に関しては、適度な走りの場合は脳に好影響を与えることがネズミの実験で示された。しかし過度なランニングは、やはり脳にとって良くないであろう。<strong> </strong></p></div> 免疫と睡眠とシシリー島 2021-11-09T04:39:29+09:00 2021-11-09T04:39:29+09:00 https://www.jein.jp/jifs/scientific-topics/1891-topic177.html 松田卓也 <div class="feed-description"><p>新型コロナウイルスに関して私はアメリカのシュワルツ博士が、新型コロナウイルスに関する統計数値を出して解説しているYouTube番組を見ている。初期の頃の番組で新型コロナウイルスに罹患しないためにはどうすればよいかを話していた。それは免疫を強化することであるという。今回は免疫の話だ。</p> <p>彼の話では新型コロナウイルスに罹患しないためには免疫の強化こそ重要だという。インフルエンザや風邪にかからないように免疫力をつけることは、同時に新型コロナウイルスに感染する可能性を減らす一つの方法なのだ。</p> <p>免疫力に影響を及ぼす因子はいろいろある。これから話す睡眠、それから適度な運動、適切な食事、笑いなどがある。運動に関しては適度な運動であり、過度の運動は、かえって免疫力を落とす。ちなみにシュワルツ博士は睡眠の専門家だ。</p> <p>コロナ流行の初期の頃の中国で、医療関係者が新型コロナウイルスに感染して亡くなる人が多かった。あれほど防護マスクをしていてもそうなのだ。その理由のひとつは、ほとんど寝る間もなく働いていたので、睡眠時間が不足して、免疫力が弱っていたからであろう。痛ましい話だ。</p> <p>ある実験がある。人々を8時間以上寝るグループと、7時間以下のグループに分ける。すると睡眠時間の短いグループは長いグループに比べて3倍も風邪をひきやすくなる。つまり睡眠時間が短いと、免疫力が上がらないのだ。</p> <p>睡眠時間だけではない。睡眠の質も問題になる。一度寝たら、最後まで目覚めないような睡眠を良い睡眠、途中で目覚めるような睡眠をよくない睡眠とする。睡眠の質が低いと5倍も風邪をひきやすくなるという。</p> <p>私にはこの話は耳が痛い。というのも、私は後期高齢者なので睡眠時間が短く、また睡眠の質も低いからだ。だいたい、新型コロナウイルスで亡くなる人は老人が多い。免疫力が弱いからだ。</p> <p>睡眠には深い眠りの時期と浅い眠りのレム睡眠の時期がある。レム睡眠のレムとはRapid Eye Movementのことである。人は寝始めるとまず深い眠りに落ちて、やがて浅い眠りのレム睡眠になる。その時に目覚めなければまた深い眠りに落ちる。この周期は90分ほどだ。この様な周期を夜中に4-5回繰り返す。免疫にとって重要なのは最初の深い睡眠の時であるという。途中で目覚めるのはレム睡眠の時である。ちなみに夢を見るのもレム睡眠の時が多い。</p> <p>それではどのようにすればよい睡眠をとれるか。これも耳の痛い話だが、眠る前はスマホやタブレットは見てはいけないという。特にブルーライトがいけないのだが、そうでなくても明るい光を見るのはよくない。テレビを見るのもよくない。要するに睡眠をとる前に光が目に入るのはよくないのだ。また睡眠中も目に光を当てるのはよくない。寝室は真っ暗にしたほうが良い。逆に目覚めたときは明るい光を浴びるのがよい。外に出て朝の日の光を全身に浴びるのが理想的だ。</p> <p>徹夜のシフト勤務をしている人は、なかなか大変だ。シフト勤務している場合はシフトを変更しないほうがよい。また途中で例え20分でも寝るのがよい。またシフト勤務から帰ったらすぐ寝ることが重要だ。その時は部屋を暗くする。土日もそのサイクルを続ける。</p> <p>不眠症というのがある。寝床に入ってもなかなか寝付けない。寝付けないと不安になって、ますます寝付けない。寝室には寝ること以外のことをしないのがよい。例えばテレビは寝室に置かない。パソコンも置かない。眠くなれば寝室に行って寝る。起きたら別の部屋で食事なり仕事をする。これがよい睡眠をとるための条件付けだそうだ。</p> <p>私は睡眠時間が短い。ということは昼間に眠くなることがある。その場合は昼寝をする。特に眠くなるのは昼食後のことが多い。文献によれば、昼寝をすることは非常に良いという。ただし長すぎる昼寝は、夜に眠くなくなるのでかえってよくない。20-30分の昼寝が適切だ。長くても1時間以内だ。私はアップルウオッチをしているので、人工知能のSiriに「30分経ったら起こして」と頼んでから寝る。そうしたら時間が来たら、彼女はブルブルと震えて起こしてくれる。アレクサに頼んでもいいのだが、彼女は声が大きいので、人の迷惑になる。いつでも昼寝をすることができるというのは、我々のような退職者の特権である。</p> <p>イタリアなど南欧諸国ではシエスタといって昼寝が社会的に制度化されている。ある時、イタリアのシシリー島のパレルモ空港について、銀行でお金を替えようとしたらシエスタの時間で銀行が閉まっていて、非常に不自由したことがある。</p> <p>その時はシシリー島の西端のトラパニの近くの山の上の街エリチェにいく途中であった。エリチェの僧院で開催される「相対論的宇宙物理夏の学校」に参加するためである。この学校の主催者は友人のローマ大学の教授だ。パレルモからトラパニまでは汽車で数時間なのだが、遅くなりそうなのでパレルモのホテルを予約した。そしてタクシーに乗ってパレルモに向かった。タクシーの運ちゃんがどこにいくのかと聞くからエリチェだと言ったら、このままタクシーで行ったらどうかという。でもホテルを予約しているというと、そんなことは無視して、このまま行こうとしつこく勧める。まあそれもいいかと思ったが、そこまでの現金は換金していないといったら、トラベラーズチェックでいいという。</p> <p>夏の学校の参加者のイタリア人に面白い若い人がいて、南イタリアジョークをたくさん話してくれた。イタリアは北部と南部は別の国だそうだ。ローマより北が北部で、ナポリより南は南部だ。北部の人間は南部をバカにしている。南部はイタリアではなくアフリカだという。そしていかに南部の人間がどうしようもないかという話が、南イタリアジョークだ。終戦後のナポリでの話だ。米軍のジェット戦闘機が盗まれた。解体された戦闘機がトラックに乗せられて国道を走っていた。尾翼が荷台から突き出ていたので分かったそうだ。ナポリの清掃局の職員が、職場に来ないでまったく仕事をしない。でも給料日には来たという(この種の話は実は、日本でもあったのだが)。</p> <p>彼がパレルモからトラパニ行きの列車に乗った。禁煙車に乗ったのに、タバコを吸っている乗客がいる。注意してもらおうと車掌を呼んだら、車掌はタバコを吸いながらやってきた! 私がエリチェでトラベラーズチェックを換金しようと銀行に行った。彼についてきてもらった。換金したら、どうもお金が足りない。そのことを彼にいうと、銀行員に掛け合ってくれて、ちゃんとした金額を手に入れることができた。彼によれば、シシリー島では銀行員も警官も信用してはダメだという。</p> <p>エリチェという街は、断崖絶壁の山の上にある中世そのままの町である。古い城や僧院、教会がいろいろある。街の道は石畳である。ちなみにエリチェとはヴィーナスの子供だそうだ。エリチェは古来、カルタゴ、ローマ、ノルマン、アラブなどに支配されて、それらの文化が入り混じっている。近くにはセジェスタとセリヌンテという古代ギリシャ風の遺跡もある。エクスカーションで行った。</p> <p>この夏の学校で私が一番気に入ったのは、ビデというシステムを知ったことだ。トイレの後で洗うことができる。私の部屋には備え付けではなく携帯のビデがあった。これが実に快適だった。後に住んだジュネーブのアパートにも備え付けのビデがあり重宝した。日本人の旅行客の中にはビデの使い方がわからず、大をしてしまって、流すのに苦労したという話がある。現代の日本ではウオッシュレットがあるから、もはやビデは必要ない。私はウオッシュレットがない国は文明国とは認めない。また文明国以外には行きたくない。というわけで私には、もはや行ける外国はないのだ。</p> <p>エリチェで次の年の冬にあった「相対論的宇宙物理冬の学校」にも参加した。その時の宿泊施設は古い石造りの僧院であった。暖房がなく部屋があまりに寒いので、管理人に電気ヒーターはないのかと聞きに行った。彼は二台あるという。それを貸してくれというと、ある美人の女子学生に二台とも貸したという。一台回して欲しいと言ったが、ダメだという。やはりイタリア男性は女性に優しい。これがイタリアでありシシリー島である。</p> <p>こんな話をするとシシリー島の人はいかにも酷い人達に見える。そんなことはない。私の神戸大学時代の学生がパレルモ大学の研究者を訪ねて数ヶ月滞在したことがある。その間ある民家に泊めてもらった。帰るときに宿泊料はいくら払えば良いかと聞いたら、その家のおばあさんは要らないと言ったそうだ。シシリー人は親切なのだ。北イタリア人の話だけをまともに受けてはいけない。</p> <p>話が脱線してしまった。まとめると新型コロナウイルスに罹患しないためには、免疫力をつけるのがよい。それはインフルエンザでも風邪でも同じことだ。特に重要なことは睡眠である。十分な時間の睡眠、良質な睡眠をとることが免疫力を強化して、病気にかかりにくくなるのだ。夜寝られない場合は、短い昼寝をするのは良いことだ。南欧諸国では昼寝がシエスタとして制度化されている。エリチェは良いところだ。</p></div> <div class="feed-description"><p>新型コロナウイルスに関して私はアメリカのシュワルツ博士が、新型コロナウイルスに関する統計数値を出して解説しているYouTube番組を見ている。初期の頃の番組で新型コロナウイルスに罹患しないためにはどうすればよいかを話していた。それは免疫を強化することであるという。今回は免疫の話だ。</p> <p>彼の話では新型コロナウイルスに罹患しないためには免疫の強化こそ重要だという。インフルエンザや風邪にかからないように免疫力をつけることは、同時に新型コロナウイルスに感染する可能性を減らす一つの方法なのだ。</p> <p>免疫力に影響を及ぼす因子はいろいろある。これから話す睡眠、それから適度な運動、適切な食事、笑いなどがある。運動に関しては適度な運動であり、過度の運動は、かえって免疫力を落とす。ちなみにシュワルツ博士は睡眠の専門家だ。</p> <p>コロナ流行の初期の頃の中国で、医療関係者が新型コロナウイルスに感染して亡くなる人が多かった。あれほど防護マスクをしていてもそうなのだ。その理由のひとつは、ほとんど寝る間もなく働いていたので、睡眠時間が不足して、免疫力が弱っていたからであろう。痛ましい話だ。</p> <p>ある実験がある。人々を8時間以上寝るグループと、7時間以下のグループに分ける。すると睡眠時間の短いグループは長いグループに比べて3倍も風邪をひきやすくなる。つまり睡眠時間が短いと、免疫力が上がらないのだ。</p> <p>睡眠時間だけではない。睡眠の質も問題になる。一度寝たら、最後まで目覚めないような睡眠を良い睡眠、途中で目覚めるような睡眠をよくない睡眠とする。睡眠の質が低いと5倍も風邪をひきやすくなるという。</p> <p>私にはこの話は耳が痛い。というのも、私は後期高齢者なので睡眠時間が短く、また睡眠の質も低いからだ。だいたい、新型コロナウイルスで亡くなる人は老人が多い。免疫力が弱いからだ。</p> <p>睡眠には深い眠りの時期と浅い眠りのレム睡眠の時期がある。レム睡眠のレムとはRapid Eye Movementのことである。人は寝始めるとまず深い眠りに落ちて、やがて浅い眠りのレム睡眠になる。その時に目覚めなければまた深い眠りに落ちる。この周期は90分ほどだ。この様な周期を夜中に4-5回繰り返す。免疫にとって重要なのは最初の深い睡眠の時であるという。途中で目覚めるのはレム睡眠の時である。ちなみに夢を見るのもレム睡眠の時が多い。</p> <p>それではどのようにすればよい睡眠をとれるか。これも耳の痛い話だが、眠る前はスマホやタブレットは見てはいけないという。特にブルーライトがいけないのだが、そうでなくても明るい光を見るのはよくない。テレビを見るのもよくない。要するに睡眠をとる前に光が目に入るのはよくないのだ。また睡眠中も目に光を当てるのはよくない。寝室は真っ暗にしたほうが良い。逆に目覚めたときは明るい光を浴びるのがよい。外に出て朝の日の光を全身に浴びるのが理想的だ。</p> <p>徹夜のシフト勤務をしている人は、なかなか大変だ。シフト勤務している場合はシフトを変更しないほうがよい。また途中で例え20分でも寝るのがよい。またシフト勤務から帰ったらすぐ寝ることが重要だ。その時は部屋を暗くする。土日もそのサイクルを続ける。</p> <p>不眠症というのがある。寝床に入ってもなかなか寝付けない。寝付けないと不安になって、ますます寝付けない。寝室には寝ること以外のことをしないのがよい。例えばテレビは寝室に置かない。パソコンも置かない。眠くなれば寝室に行って寝る。起きたら別の部屋で食事なり仕事をする。これがよい睡眠をとるための条件付けだそうだ。</p> <p>私は睡眠時間が短い。ということは昼間に眠くなることがある。その場合は昼寝をする。特に眠くなるのは昼食後のことが多い。文献によれば、昼寝をすることは非常に良いという。ただし長すぎる昼寝は、夜に眠くなくなるのでかえってよくない。20-30分の昼寝が適切だ。長くても1時間以内だ。私はアップルウオッチをしているので、人工知能のSiriに「30分経ったら起こして」と頼んでから寝る。そうしたら時間が来たら、彼女はブルブルと震えて起こしてくれる。アレクサに頼んでもいいのだが、彼女は声が大きいので、人の迷惑になる。いつでも昼寝をすることができるというのは、我々のような退職者の特権である。</p> <p>イタリアなど南欧諸国ではシエスタといって昼寝が社会的に制度化されている。ある時、イタリアのシシリー島のパレルモ空港について、銀行でお金を替えようとしたらシエスタの時間で銀行が閉まっていて、非常に不自由したことがある。</p> <p>その時はシシリー島の西端のトラパニの近くの山の上の街エリチェにいく途中であった。エリチェの僧院で開催される「相対論的宇宙物理夏の学校」に参加するためである。この学校の主催者は友人のローマ大学の教授だ。パレルモからトラパニまでは汽車で数時間なのだが、遅くなりそうなのでパレルモのホテルを予約した。そしてタクシーに乗ってパレルモに向かった。タクシーの運ちゃんがどこにいくのかと聞くからエリチェだと言ったら、このままタクシーで行ったらどうかという。でもホテルを予約しているというと、そんなことは無視して、このまま行こうとしつこく勧める。まあそれもいいかと思ったが、そこまでの現金は換金していないといったら、トラベラーズチェックでいいという。</p> <p>夏の学校の参加者のイタリア人に面白い若い人がいて、南イタリアジョークをたくさん話してくれた。イタリアは北部と南部は別の国だそうだ。ローマより北が北部で、ナポリより南は南部だ。北部の人間は南部をバカにしている。南部はイタリアではなくアフリカだという。そしていかに南部の人間がどうしようもないかという話が、南イタリアジョークだ。終戦後のナポリでの話だ。米軍のジェット戦闘機が盗まれた。解体された戦闘機がトラックに乗せられて国道を走っていた。尾翼が荷台から突き出ていたので分かったそうだ。ナポリの清掃局の職員が、職場に来ないでまったく仕事をしない。でも給料日には来たという(この種の話は実は、日本でもあったのだが)。</p> <p>彼がパレルモからトラパニ行きの列車に乗った。禁煙車に乗ったのに、タバコを吸っている乗客がいる。注意してもらおうと車掌を呼んだら、車掌はタバコを吸いながらやってきた! 私がエリチェでトラベラーズチェックを換金しようと銀行に行った。彼についてきてもらった。換金したら、どうもお金が足りない。そのことを彼にいうと、銀行員に掛け合ってくれて、ちゃんとした金額を手に入れることができた。彼によれば、シシリー島では銀行員も警官も信用してはダメだという。</p> <p>エリチェという街は、断崖絶壁の山の上にある中世そのままの町である。古い城や僧院、教会がいろいろある。街の道は石畳である。ちなみにエリチェとはヴィーナスの子供だそうだ。エリチェは古来、カルタゴ、ローマ、ノルマン、アラブなどに支配されて、それらの文化が入り混じっている。近くにはセジェスタとセリヌンテという古代ギリシャ風の遺跡もある。エクスカーションで行った。</p> <p>この夏の学校で私が一番気に入ったのは、ビデというシステムを知ったことだ。トイレの後で洗うことができる。私の部屋には備え付けではなく携帯のビデがあった。これが実に快適だった。後に住んだジュネーブのアパートにも備え付けのビデがあり重宝した。日本人の旅行客の中にはビデの使い方がわからず、大をしてしまって、流すのに苦労したという話がある。現代の日本ではウオッシュレットがあるから、もはやビデは必要ない。私はウオッシュレットがない国は文明国とは認めない。また文明国以外には行きたくない。というわけで私には、もはや行ける外国はないのだ。</p> <p>エリチェで次の年の冬にあった「相対論的宇宙物理冬の学校」にも参加した。その時の宿泊施設は古い石造りの僧院であった。暖房がなく部屋があまりに寒いので、管理人に電気ヒーターはないのかと聞きに行った。彼は二台あるという。それを貸してくれというと、ある美人の女子学生に二台とも貸したという。一台回して欲しいと言ったが、ダメだという。やはりイタリア男性は女性に優しい。これがイタリアでありシシリー島である。</p> <p>こんな話をするとシシリー島の人はいかにも酷い人達に見える。そんなことはない。私の神戸大学時代の学生がパレルモ大学の研究者を訪ねて数ヶ月滞在したことがある。その間ある民家に泊めてもらった。帰るときに宿泊料はいくら払えば良いかと聞いたら、その家のおばあさんは要らないと言ったそうだ。シシリー人は親切なのだ。北イタリア人の話だけをまともに受けてはいけない。</p> <p>話が脱線してしまった。まとめると新型コロナウイルスに罹患しないためには、免疫力をつけるのがよい。それはインフルエンザでも風邪でも同じことだ。特に重要なことは睡眠である。十分な時間の睡眠、良質な睡眠をとることが免疫力を強化して、病気にかかりにくくなるのだ。夜寝られない場合は、短い昼寝をするのは良いことだ。南欧諸国では昼寝がシエスタとして制度化されている。エリチェは良いところだ。</p></div>