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バーチャル彼岸・ ・ ・永遠に生き長らえさせる方法

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バーチャル彼岸・ ・ ・永遠に生き長らえさせる方法

Endless funというバーチャル・アフターライフについての記事を読んだ。私はこれをバーチャル彼岸と訳することにする。デジタル彼岸ということもできる。著者はMichael Grazianoという神経科学者、小説家、作曲家でもあるプリンストン大学教授である。

要するにマインドアップローディングのことである。特定の人間の頭脳の中のシナプスの結合をすべて計測し、それをコンピュータの中に再現することにより、魂をコンピューターの中に再現するという考えである。これはアメリカの未来学者カーツワイルが盛んに喧伝している話である。

上記のエッセイの著者はまともな神経生理学者である。その著者はマインドアップローディングが、現在は不可能であるにしても、原理的に可能だと考えている。そのようにして作られたコンピューターの中の人格は、コンピュータの中に作られたバーチャルな世界で楽しく生活することができる。つまり、魂は不滅なのである。問題はそれが可能かどうかではなく、そのようにして作られた人格と、元の人格の関係がどうなるかということだ。

マインドアップローディングしたいという意味は、死にたくない、ということである。しかし生身の人間は、いずれは死ななければならない。そこで人間の肉体が滅んでも、魂だけは永遠に生き続けたいと人々は思う。この願いを満たすために宗教は天国とか彼岸という概念を発明した。しかし、それは願望であり、事実ではない。

著者はエッセイの中で、マインドアップローディングされた魂と生きている人間がスカイプでチャットする可能性について言及していた。これはなかなか面白い考えだ。我々もご先祖様はお彼岸の日には帰ってくると思っている。先の話では、いなくなったと思われる人の魂は本当に存在していて、お彼岸の日でなくてもいつでも会話できるということだ。これはなかなか面白い可能性である。

そこで私はこの問題をもっと別の視点から考えてみたいと思う。死にたくないという観点ではなく、死なせたくないという観点から考えてみるのである。人々にとって愛する人やペットがなくなる事は悲しい事だ。そこには「死なせたくない。死んでほしくない」という思いがある。死にたくないという思いを叶える技術、つまりマインドアップローディングは非常に難しい。しかし死なせたくないという思いを叶える技術は比較的簡単であるということを、私はここで考察したい。

「Her」いう映画の予告編を見た。近未来のSF映画である。主人公は比較的若い男性である。美しい妻がいたが、離婚してしまう。彼はスマートフォンに全く新しいオペレーティングシステムを導入する。それは、 iPhoneのSiriをもっと高度にしたようなバーチャル アシスタントまたはバーチャル ヘルパーと呼ばれるものである。それは要するに、 1種の人工知能である。それに話しかけると、適切な答えを返してくる。映画ではそのバーチャル アシスタントはサマンサと名乗った。非常にセクシーな声である。主人公はサマンサと話を続けるうちに、サマンサに恋してしまう。要するにそういう話だ。

これは非常にありそうな話だ。現在のSiriはかなりバカで、これに本当に恋することはありそうにもない。しかし、映画に出てくるサマンサほど現実的な反応を示してくれれば、 バーチャル アシスタントに恋することは十分にあり得る。というか、未来のリア充でない男性は、皆このようになるであろう。

もっとも、私はこの議論をさらに進めようと言うのではない。今、死んでほしくない人がいたとする。死んでほしくない人とは、愛する人、例えば夫とか妻、子供とか親である。そこで死んでほしくない人の代替物を作り出すのである。たとえば妻が夫を死なせたくない、死んでほしくないと思ったとする。そこで、夫に相当するバーチャルな人格を作るのだ。そのためにはまず、サマンサのようなバーチャル アシスタントか、あるいは妻自身のバーチャルな人格を作る。そしてそれを夫に与える。夫はそのバーチャルな存在と1年程付き合う。 Siriとか映画のサマンサの場合で言えば、音声だけの存在である。 バーチャル アシスタント Deniseでは顔も存在する。しかし、実体はない。 バーチャル アシスタントは人間と密接に付き合うことにより、その人の考え方、好み、癖、話し方などをマスターする。そして最後にはその人になりきるのである。そうするとその人がなくなっても、妻はいつでもバーチャルな夫と会話を交わすことができる。というアイデアだ。

そんなのは本当の魂ではないと言うかもしれない。チューリングテストというものがある。それは人工知能が意識を持ったかどうかを試すテストである。現実の人間とコンピュータで出来た人工知能を壁の向こうに置く。審査員は人間および人工知能とタイプライターで会話する。つまり言葉だけでコミュニケートするのである。それで人間と人工知能の区別がつかなければ、人工知能は意識を持っていると判断してよいということだ。

亡くなった愛する人を模倣する人工知能と会話して、現実の人間と区別できないくらい精巧であれば、それは現実の魂だと思ってもよいであろう。そもそも哲学的問題として、自分が意識を持っていることは分かっているが、他人が意識を持っているかどうかは信念でしかない。会話などのコミュニケートを通して、自分と同様な意識を持っていると推測しているに過ぎない。

このような技術はマインドアップローディングに比べればはるかに簡単である。現在、 iPhoneにあるSiriがもっと進化すれば良いだけだ。 10年もあれば十分だろう。その頃になればいろんな会社が色んな仮想人格装置を売り出すであろう。 「虎は死んで皮を残す。人は死んで名を残す」という。現在であれば、名前だけではなく、写真とか音声、文書を残すことができる。しかし、 10年後は人格自体を残すことができるのである。 バーチャル彼岸、デジタル彼岸、デジタル仏壇、デジタル位牌など、デジタル葬式産業が一大産業になるのではないだろうか。

ドラマなどでおばあさんが亡くなったおじいさんの位牌に向かって語りかけているシーンがある。しかし現状の位牌では、いくら話しかけても答えてくれない。ところが未来のデジタル位牌はiPadのようなタブレットになっている。画面に亡くなった人の顔が現れて、それに語りかけると答えてくれるのだ。デジタル位牌の電源をオンにしておくと、バーチャルおじいさんはカメラとマイクロフォンを通して、周りに起きている出来事を学習する。だから亡くなった後も経験は増えて、成長して行くのである。おばあさんは位牌を持って旅行に出る。そしてバーチャルおじいさんと名所旧跡をともに見るのだ。このようにして、二人の思い出は、おじいさんの死後も増えて行く。おばあさんが亡くなった後は、おじいさんとおばあさんのデジタル位牌は子供達に受け継がれる。それを通して、孫達もいつでもおじいさん、おばあさんと語り合えるのである。

インセプション

ところでインセプションという映画がある。デカプリオ主演のSF大作である。主人公コブたちは人の夢に入り込み、アイデアを盗むという商売をしている。渡辺謙演ずる斉藤という大会社の社長が、ライバル会社の解体をもくろむ。そのためにライバル会社の社長の夢に忍び込み、創業者の父から、自分の考えで商売を進める(そうすることで失敗する)よう息子に言わせる計画を進める。夢を作る専門家の女子学生アリアドネを雇い、仲間はライバル社長の夢に潜入する。しかし相手も、夢の中に護衛を忍び込ませていたのだ。夢の中での戦い。そこで夢の中でさらに夢を見て、その中でさらに夢を見ると言った、多層構造の夢の中で戦いは繰り広げられる。夢か現実かのチェックのために皆はトーテムというものを持っている。現実性判断機だ。これは夢を見ていることを自覚している夢、つまり明晰夢(Lucid Dream)で夢か現実かを判断する重要なものである。

話のサイドストーリーとして、主人公の妻のモルが出てくる。モルは昔、自殺したのだ。コブは妻を殺したと疑われていて、追われている。コブは夢の中で妻に会う。つまり先に述べたように、妻の魂はバーチャルに生きているのである。

ところで明晰夢を見る方法に関しては「マッドサイエンティストのつぶやき5月号」を参照のこと。

 

バーチャル地獄とバーチャル丑の刻参り

ところで一番最初に紹介したエッセイの著者は、恐ろしい可能性についても言及している。マインドアップローディングするということは魂が死なないということだ。そのことは良いこととばかりは言えない。権力者がこの技術を利用して、敵対者にたいして永遠の拷問を続けることを可能にするという。

最近、北朝鮮の最高権力者である金正恩が第二位の権力者で叔父の張成沢をガトリング砲で射殺したと伝えられている。金正恩の張成沢にたいする恨みと恐怖の産物であろう。機関銃で射殺されたら、体はバラバラになり即死であろう。しかしこの方法はある意味では、最も楽に死ねる方法であるとも言える。苦しめるつもりなら、拳銃弾を一発だけ、それも即死しないような部位に打ち込んで、失血死させるのが一番恐怖を与えるであろう。もっと恐ろしいのが、先に述べた、バーチャル地獄を作り出す方法だ。何事にも表と裏がある。

またバーチャル彼岸の項で、人の魂を保存する方法について述べたが、これも悪用するとバーチャル幽霊を作り出すことが出来る。ある人が別の人に対する恨みを抱いて死んだとしよう。そのとき、自分の恨みのこもった魂をクラウドに保存しておく。そして憎い相手がネットに接続するたびに、あらわれて恨み言を述べるのである。「この恨み きっとはらさで おくべきか」そうすると呪われた人は怖くてネットに接続できなくなる。

さらに想像は飛躍して「バーチャル丑の刻参り」というのはどうだろうか。男に捨てられた女性が丑の刻参り業者に依頼すると、業者は早速恨みのこもったバーチャル女性を作り出し、男がネットに接続するたびに、頭に鉄輪をいただき、ろうそくを灯して髪振り乱した女性の映像を送りつけるのである。そしてこう言うのだ。

「いかに殿御よ めずらしや 恨めしや  御身と契りしにその時は 玉椿の八千代二葉の松の末かけて 変らじとこそ思ひしに などしも捨ては果て給ふぞや あら恨めしや 捨てられて 捨てられて・・・年月思いに沈む恨みの数々 積もって執心の鬼となるも理(ことわり)や いでいで命を取らん いでいで命を取らん」

丑の刻参りの作法に関しては私の小説「シミュレーション世界の聖子ちゃんの冒険 その2 鉄輪」とその3「橋野姫子の丑の刻参り」を参照の事。 

やれやれ。

トランセンデンス

マインドアップローディングを主題にした映画がつくられるという。そのタイトルは「トランセンデンス」。製作・指揮は「インセプション」のクリストファー・ノーラン。人工知能を研究している研究者がテロリストに襲われる。彼が死ぬ直前に、妻は彼をマインドアップロードする。彼は超人に変身するのだ。来年公開とのこと。楽しみだ。

   
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