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効果的なトマト勉強法

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今後2045年のシンギュラリティに向かって、人工知能、ロボットの発達により社会は急速に変化していく。多くの仕事が失われると同時に、新しい仕事が生まれてくる。現在あなたが持っている知識、技術は10年後には陳腐化してしまうかもしれない。そのような急速な変化に適応するには常に勉強するしかない。そのような問題意識で私は「シンギュラリティと生涯勉強の勧め」と題する一文を当「科学の散歩道」に書いた。

そこで私は勉強法の問題に関心をもった。その時にバーバラ・オークレイ教授のTED Talkを聴いて非常に感動した。そこで教授のその他の講演を何本も聞き、また解説ビデオを見たり、著書の要約のページを見たりして、効果的な勉強法について調べ、実践して見た。以下に私が重要と思った勉強法のエッセンスについてまとめる。

バーバラ・オークレイ教授

オークレイは1955年生まれの米国人女性である。現在はオークランド大学の工学の教授である。彼女は高校までに10回も転居したので数学の勉強に落ちこぼれてしまった。学校ごとに進度が違うので、内容が分からなくなったからだ。数学は順を追って勉強するものだ。彼女は外国語に興味を持ち、そちらの方向に進むことにした。しかし大学に入るお金がなかった。当時は奨学金制度が完備していなかったためである。そこでお金をもらいながら勉強するために陸軍に入った。陸軍からワシントン大学に派遣されて、そこでロシア語を学んだ。卒業後はドイツで通信関係の仕事に4年間従事して大尉にまで昇進した。

退役後に、それまで数学のできなかった頭脳を改造しようと決心した。テーマとしては通信関係に興味があったので工学を選んだ。ワシントン大学に入り勉強を始めて1986年(31歳)に卒業した。その間、ソ連の漁船で通訳として働いたこともある。また米国の南極基地に通信係として行き、そこで現在の夫と出会った。この男性に出会うために地の果てまで行ったそうだ。1984年に二人は結婚している。1989年にデトロイトに移りオークランド大学に入り、1995年に修士、1998年(43歳)に博士になっている。そしてすぐにオークランド大学の教授になった。

彼女は自分の体験からSTEM(科学・技術・工学・数学)の勉強法の研究に興味を持ち、神経科学的側面から研究して、神経科学の大家であるT. Sejnowski教授との共著論文もある。また通信コースとして有名なCouseraでLearning How to learnという講義を持ち、世界中で120万人もの学生が登録している。

集中モードと拡散モード

人間の頭脳の働きには、集中モード(Focused mode)と拡散モード(Diffuse mode)がある。集中モードとは文字通り、なにかに集中している時である。拡散モードとはリラックスモードともよべるが、要するに一見なにも考えていない、ポケッとしている状態である。効果的な勉強法には集中モードは当然必要なのだが、実は拡散モードも同時に重要である。集中モードでは合理的、論理的、解析的な思考を行う。一方、拡散モードでは(無意識下で)もっと大局的な直感的な思考を行っている。勉強にはこの両者が必要なのだ。

人間の頭の中には様々な知識・概念はチャンクというひとまとまりの塊として存在する(チャンクとはパンとか肉のひとかたまりのことをいう)。神経科学的にはチャンクは一群のニューロン間の密なシナプス結合のことである。

チャンクという概念はもともと、人間の一時記憶は7プラスマイナス2個と言われたことに始まる。電話番号のようなものを一時的に記憶できるのは、せいぜい7文字程度である。人によってはもっと少ないかもしれない。しかし覚え方を工夫して、例えばいくつかの数字をひとまとまりの塊、つまりチャンクにすると、もっと長い数字の列を覚えることができる。効果的な記憶法である。これからさらに進んで、チャンクとはひとまとまりの概念として定義されている。勉強するとは、ようするにチャンクの数を増やすことである。頭の中の引き出しのようなもので、偉い人はチャンクの数が多い。

さて集中モードのときは、思考は一つのこと、つまり一チャンクに集中している。思考はすでに知っている概念の周辺をウロウロしている。もし分からないことがあれば、それは新しい概念であるということだ。その場合、今のチャンクではなく、頭の別の部分にある別のチャンクと通信しなければならない。しかし集中モードではこれが難しい。

拡散モードは、一見なにも考えていないように見えるが、実はそうではなく、無意識のうちにいろんな考えに思いを巡らしているのである。つまりいろんなチャンクをあちこち訪れているのである。

いろいろな実例がある。フランスの著名な数学者のポアンカレは、ある問題を集中して研究していたが、どうしても解けなかった。そこでバカンスに行った。その帰りに列車に乗ろうとした時に、いきなり答えがひらめいたという。つまりバカンス中は拡散モードであり、そのときに無意識下に問題を考えていたのだ。

シュールレアリズムの大家サルバドール・ダリは創作に行き詰まると、ソファに座ってリラックスする。その時、手にはカギを持っている。リラックスし過ぎて居眠り始めると、それが手から落ちて床に音を立てる。ハッと目覚めるとアイデアが湧いたことに気づく。そして早速、創作に取り掛かる。トーマス・エジソンも同じだ。かれはボールベアリングを手に持ってリラックスする。居眠り始めるとそれが床に落ちて音を立てる。その時に閃いて、新発明ができるという。これらの例は拡散モードの重要性を意味している。

しかし重要なことは、拡散モードの前に集中モードで考えに考えて、行き詰まっているという点が重要だ。勉強も仕事もせずに、ずっとポケッとし続けていて、よいアイデアが勝手に湧いてくるわけではない。

ポモドーロ法

集中モードと拡散モードを行き来して効率的に勉強や仕事を進める効果的な手法がある。これがポモドーロ法である。ポモドーロとはイタリア語でトマトのことである。イタリアの作家が80年代末に提案した手法だ。

具体的には25分間集中して5分間休憩する、このサイクルを繰り返すのである。ただそれだけである。極めて簡単だからだれにでもできる。その作家はそのためにゼンマイ巻きのキッチンタイマーを使った。そのタイマーの形がトマトであったのでポモドーロ法と名付けたのだ。いわばトマト勉強法というわけだ。

集中モードでは勉強・仕事に集中するために、気が散るようなものは一切排除する。テレビは論外だ。メールやその他の着信音も切る。スマホは飛行機モードにしておくのが良い。25分はひたすら集中するのである。

拡散モードではリラックスする。飲み物も良いし、トイレに行くとかストレチも良い。ただしメールを見たりフェイスブック、ツイターを確認したりするのは、この5分の短い拡散モードの時は避けた方が良い。ゲームはさらにやめた方が良い。ついついのめり込んでしまうからだ。ある人はこの25分、5分の単位を1ポモドーロと呼んでいる。4ポモドーロほど勉強、仕事をすれば、次はもう少し長い休み、例えば15分の休憩を取るのが良いだろう。このあたりはポモドーロ法に関するスマホのアプリに任せたら良い。いろいろなアプリがある。

頑張り過ぎないこと

この集中、拡散のサイクルにおいて重要なことは頑張り過ぎないことだという。どういうことか? 勉強・仕事において過程(Process)と成果・結果(Product)という概念がある。過程とはつまりやること、成果・結果とはできたことである。たとえば宿題をやるということについて考えると、1ポモドーロで宿題をやり終えようと頑張る必要はない、25分間集中してやることが重要だとオークレイはいう。ちょっと意表をつく考えだ。会社なら上司は部下に向かって「仕事をしたかどうかより結果が全てだ」というであろう。

なぜ成果・結果より過程に重点を置くのかは、オークレイは講演では述べていない。私が思うに、結果に意識を集中するとストレスを感じる。できたかどうかより、やったかどうかだ、しかもたった25分間集中すれば良いのだと言われれば、それは誰にでもできることだから、ストレスにはならない。こうして集中、拡散を繰り返していると、成果・結果は自然についてくるのだといいたいのだろう。

頑張り過ぎない方が良いとか、成果・結果より過程だといわれると、うれしくなる。さらにポケッとしている時も遊んでいるのではなく実は考えているのだと言われれば、ますますうれしくなる。この安心がストレスを生まない秘訣なのだろう。さらに勉強テーマも一つに集中しない方が良いという。もちろん数ポモドーロは一つのことに集中する必要があるだろうが、一日中同じことをやるよりは、色々と分散した方が良いという。

集中、拡散の一連のサイクルを繰り返した後は、もっと長い拡散モード、つまり比較的長い休憩に入っても良い。その時にすることで推薦されるのは、運動、絵を描く、風呂・シャワー、(声のない)音楽を聴く、歌うといったことだ。逆にあまり推薦されないのはネットサーフィン、ビデオゲーム、友達と話す、メールをする、テレビを見るなどだ。いずれも深みにはまり、時間管理ができないからであろう。どうしてもする時は、例えば10分と時間を切って終了時間がきたらきっぱりとやめる。

一連のサイクルの後で居眠りすることも推薦される。眠気は勉強の大敵だ。だから居眠りは良い。ただしあまり長時間の居眠りは良くない。1ポモドーロ程度であろうか。居眠りでは直前に考えたことの夢を見るかもしれない。夢を見ると記憶が整理されてチャンクになる。

また1日の終わりの睡眠も重要だ。人間は寝ている間に、頭に溜まった疲労物質を流し去る。疲労物質がたまると、それ以上記憶が難しくなる。一時的な記憶が長期的な記憶に移行するのも寝ている間だ。実際にネズミの実験では、寝た後では海馬のニューロンにシナプスが増えて、前日学習したことが定着する。ちなみに海馬とは一時的な記憶に重要な脳の一部だ。だから試験前の一夜漬けは効果的ではないことが大脳生理学的にも証明されるのである。疲れたら寝るに限る。そして翌朝早く起きて勉強を再開する方が良い。寝るのも勉強の一部だと言われればうれしくなる。

その他の手法・問題

● 復習の重要性。人間の記憶にはまず電話番号を覚えるようなごく短時間の記憶がある。これは大脳皮質の前頭葉が司る。つぎに1日とか数日の記憶があり、これは海馬に蓄えられる。その記憶はいずれ寝ている間に大脳皮質に移行して長期の記憶になる。長期記憶に移行させるには、海馬に覚え続けさせることが必要だ。海馬に蓄えられた記憶は日とともに急速に薄れて行く。それを避けて大脳新皮質の長期記憶に移行させるためには、数日置いた復習が大切なのである。

● メモはコンピュータでタイピングするよりも手で書く。

● 先延ばしの弊害。嫌な勉強があると人間はだれしも先延ばしをしたくなる。例えば勉強せずにゲームをするとか。先延ばしすると一時的にはストレスが解消して救われる。しかし先延ばしすると実は脳の痛みを感じる部分で痛みを感じる。そこでなんでも良いからともかく勉強・仕事を始めると、その痛みは徐々に消えていく。先延ばしも一度二度は問題ないだろう。しかし先延ばしはクセになる。それが問題だ。先延ばしの習慣は人生にとって非常に良くない悪癖である。

● 先延ばし防止法。嫌なこと、つまり勉強を開始するには、なにか儀式を設定する。たとえば特定の時間がきたら勉強する、好物の飲み物を飲んでから勉強する、ある椅子に座ったら勉強を始めるなど。

● 大きな仕事は分割して、小さな仕事の束にする。そして1日1日、それらをこなしていくと、いつか仕事は完成する。

● 運動の重要性。大脳生理学的研究によると記憶の定着には運動が重要である。単に歩くだけでも構わない。

● 思い出すことの重要性。本を読んでいて重要な部分があれば、下線を引いたりマークしたりするよりは、目をそらせて今読んだ大事な部分を思い出すのがよい。こうして記憶は定着する。

● 演習の重要性。理解するとは、例えば本を読んでわかることである。理解することは必要だが、しかし理解だけでは十分ではない。試験では問題が解けなければならない。分かっていると言ってみても、問題が解けなければ意味はないからだ。だから演習をするべきである。試験は重要であるとオークレイは言う。その意味で彼女は公文式数学を評価している。

● 1日の終わりに、その日にやった重要なことを思い出して書き出す。1日のうち重要なことを最低3ポモドーロはやる。次の日に何をやるかを考えておく。するし拡散モードが働きやすくなる。

● 分からなかった場合の対処法。勉強で分からないところがあり詰まったら、別の切り口から考える。具体的には友人、アシスタント、先生に聞いてみる。新しい観点が開けるかもしれない。試験で難しい問題で詰まったら、別のやさしい問題に移る。そして間を開けて、難問に再挑戦すると新しい観点が開けるかもしれない。

● 教えることは最善の勉強法である。他人に教えるためには自分が理解していなければならない。他人がわかるように問題を簡単化することは、自分の理解にも役立つ。

実行と感想

バーバラ・オークレイ教授の講演をまとめてみたのが上記だ。講演を聞いて自分も実行してみようと思い立った。まずは何と言ってもポモドーロ法である。この方法は結構有名なようで、YouTubeを見てもブログを見てもさまざまな解説がある。またスマホアプリもいろいろある。やり方は極めて簡単で、単にやるかどうかだけの問題だ。

初日はテストに2ポモドーロやっただけだが、次の日は10ポモドーロ、さらに次の日は16ポモドーロやった。それに味をしめて、フリーランスで仕事をしている友人にドヤ顔で話したら、ポモドーロ法は有名ですでに実行しているとのこと。さらに1日になんと24ポモドーロ、つまり12時間は仕事しているとのことであった。これにはさすがに負けたと思った。

サラリーマンの友人に聞くと、会社ではくだらない会議が多く、25分すら集中する時間はないとのことであった。むしろ会議を25分に区切るか、ある議題は25分に区切ると能率的かもしれないと言う話になった。結局、ポモドーロ法が有効なのは、私のような定年退職者、フリーランスで仕事をしている人、学生、生徒であろう。サラリーマンなら、空いた勉強時間にポモドーロ法を採用するのが良いだろうが、1日に8時間とか12時間も勉強する時間はないだろう。でもオークレイが言うように、1日最低3ポモドーロは勉強するのが良いと思う。

やって見ての経験だが、本当に集中すると25分があっという間に過ぎてしまう。今この原稿をポモドーロ法で書いているのだが、今始めたばかりなのに、もう終了のサインをアップルウオッチが知らせてくる。まだできるのに、むしろまだやりたいのに、強制的に休みを取らされる感じだ。こんなに簡単で良いのだろうかと思ってしまう。ここまでで日曜日の朝の9時から初めて8ポモドーロ、つまり4時間経過した。

この調子でいけば、なんでもできそうな気がしてくる。私は今、機械学習の勉強をYouTubeの英語のビデオ講義で受講しているのだが、どんどん進む。この講義は全体で160コマあり、一コマが15分程度なので全部で40時間程度だが、1日16ポモドーロやれば5日で終わる。流石にそれはないだろうが、8ポモドーロで10日間である。もっともオークレイの言うように復習もしなければならないから、二度聞くとしても20日で終わるだろう。余裕を見て一ヶ月だろうか。これで一つのテーマをマスターできたらたいしたものだ。

ただしこれは別の人が言ったのだが、単に聞き流すだけではなく手でノートを取るのが良いと言う。と言うわけで先生の話を聞きながらノートを取る昔の学生時代に戻っている。ビデオ講義の良い点は、途中でストップできることだ。先のビデオ講義は1本が15分程度なので1ポモドーロで1.5本程度聴ける。カナダの大学の機械学習の講義も聞いているが、これは1時間以上あるので3ポモドーロである。ロンドン大学の強化学習の講義では1時間半以上あるので4ポモドーロもかかってしまう。現実の大学の講義を4つに分割して、休憩を入れながら聞くなどできないが、ビデオ講義ではそれが可能なのである。

先のブログ記事で紹介したように、世界にはCoursera, Khan Academy, Udacity, Udemyなどたくさんのオンラインコースがある。また欧米の大学のオンライン講義が山のようにアップされている。どれもただで聴き放題なのだ。あとは聴く意志と英語のリスニング力である。私の主張はSTEM教育をただで受けようとするなら必須のリテラシーは英語、数学、コンピュータだというものだ。英語では読む力と聞く力が最も重要である。これが科学技術系の人間がシンギュラリティ時代を乗り切る方法であろう。

   
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