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ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』を読む

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まず、ユヴァル・ノア・ハラリという人物はなにものか? 1976年生まれのイスラエル人の歴史学者である。オックスフォード大学で中世軍事史を専攻して博士号を取得し、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書『サピエンス全史』は邦訳もあり、世界的には800万部以上を売り上げ、世界的なベストセラーとなった。

彼は自分がゲイであることをカミングアウトしている。講演の中でもときどき「自分の夫は」という言葉が聞かれる。エルサレムではユダヤ人とアラブ人が住んでいるが、彼らは基本的にいがみ合っている。でも年に一度だけ気持ちをひとつにするイベントがある。それはゲイの人々のパレードの時である。ゲイのパレードに抗議するのである。

ハラリはビーガンである。ビーガンとは完全な菜食主義者のことで卵すら口にしない。彼は人間に食べられる牛や豚、鶏たちの悲惨な運命に同情的である。植物から作った人造肉が開発されているが、将来もっと安くなれば、人間はそれらを食べるべきだ。

毎年1月にスイスの小さな村ダボスで開かれるダボス会議には世界中から指導的人物が集まる。ハラリは2018年のダボス会議で講演した。メルケル・ドイツ首相とマクロン・フランス大統領の講演の間に講演したという。メルケル首相はわざわざハラリに著書を読んだとあいさつした。

ハラリは現代の預言者である。彼の思想はきわめて包括的である。歴史家といっても、個々の小さな出来事を対象にするのではなく、人類がなぜ、地球を支配し現在の地位を勝ち得たのか、これからどこへ向かうのかを語る。私は、ハラリはブッダ、孔子、キリスト、ムハンマドといった人類の歴史に影響を及ぼした偉大な思想家、預言者の一人と思う。もっともハラリは宗教家ではない。あくまでも学者である。

人類の歴史をこのように大局的、俯瞰的に見た人物として他にジャレッド・ダイアモンドがいる。「銃・病原菌・鉄」という著書で、なぜ西欧が現在世界を支配しているかという問題にメスを入れた。ハラリの考察対象はダイアモンドの考える西欧人よりひろく人類全体を対象にしている。ダイアモンドの話は別の機会にしよう。

『サピエンス全史』は私たちがどこからやってきたのかを示した。『ホモ・ デウス』は私たちがどこへ向かうのかを示す。ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』に書かれた、人類の未来のありうる歴史について考察していきたい。

生物工学と情報工学の発達によって、資本主義や民主主義、自由主義は崩壊 していく。ダボス会議でハラリがとくに強調したことは、人間のハックという概念である。ハックとはハッキングのことである。現在のハッキングとは例えば、他人のメールを盗み見ることなどで、米国のNSA(アメリカ国家安全保障局)などはすでにやっている。中国もそれをやっている。しかし今後の技術とコンピュータの発展はそれ以上に、支配者が人民を徹底的に把握できるのだ。

今までも支配者は支配される人間を把握しようと努めてきた。例えばソ連のKGBや東ドイツのシュタージなどの秘密警察は人々の行動、思想を徹底的に調査した。しかし人々の言動を調査しても、本当に何を考えているかまではわからなかった。ところが今後それが技術的に可能になる。今までは必要な技術とコンピュータ・パワーがなかっただけである。

具体的には人々の生体情報、たとえば心拍数とかホルモン量といったものを把握すれば、人々の感情や思考を本人以上に正確に把握できる。人は自分の思うほど自分自身を把握していない。今後、支配者はあなた以上にあなたのことを把握するようになるだろう、ハラリはそういう。

実際、私はアップル・ウオッチをしているが、これで心拍数を測れる。またGPSがあり、私がどこにいるか把握できる。加速計をもち、私の運動を把握できる。だから私が立っているか座っているかを把握できて、座りすぎているときは立ったらどうかと言って来る。私の運動をモニターしていて、運動不足にたいして警告を発する。最新のアップル・ウオッチは心電図すら測定できる。

アップルはそれをハックしないしモニターしないと言っている。アップルの善意は信用するとしても、国家の善意は信用できない。実際スノーデン事件で明らかになったように、米国のNSAはグーグル、マイクロソフト、アップルを含む全てのIT企業に情報の提示を強要した。支配者はあれやこれやの手段を使って国民の情報を集めようとするだろう。IT企業がそれに対抗できるかどうかわからない。中国のような独裁国家では、企業は積極的に国家に協力しているし、しなくてはならない。デジタル独裁はまず中国から始まる。

米国のような自由主義国家ではどうか。IT企業が人々の生体情報を集める手段として、まずは人々の健康のためだと訴えるだろう。人々はそのために喜んで自分の生体情報をIT企業に提供するだろう。最終的に国家はそれを、権力を使って知ろうとするだろう。結局、今後恐るべきことはデジタル独裁である。中国は確実にその方向に進みつつある。

人工知能や遺伝子工学といったテクノロジーとホモ・サピエンスの能力が合 体したとき、人類は何を求め、何のために生きるのか、そして世界に何が起き るのか?

ホモ・デウスとは人間と機械を合体させて超人類になった存在である。いわば人間が神になったものをホモ・デウスという。問題は全員が神になれるかどうかだ。ハラリによれば、それは金持ちだけだろうという。今後、人類は神と普通の人間という究極の格差社会になっていくかもしれない。

まとめ

ハラリによれば、今の我々は多分人類の最後の世代である。22世紀には我々とは全く異なる超人類が世界を支配しているであろう。

   
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