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新型コロナと免疫的ダークマター

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私の研究所

今回もコロナ関係の話題である。私は京都の鴨川沿いにある建物の一室に研究室を設けている。プロードバンドタワーというIT関係の会社の後援をえてAI2オープンイノベーション研究所と称している。研究テーマは一般的には人工知能だが、もう少し具体的にいうと機械学習という分野の研究をしている。機械学習とは膨大なデータのなかから隠れた規則性を発見して、様々な現象の予測に用いようというものだ。

ところが今年2020年の1月に新型コロナ感染症COVID-19が勃発して、安閑と人工知能の研究をしている場合ではなくなった。そこで私は研究テーマを新型コロナ感染症に変更した。感染症が広がる現象を数理的に解析する分野の研究である。8割おじさんというあだ名で有名な北海道大学の西浦教授が専門としている分野だ。ちなみに西浦先生は最近、北海道大学から京都大学の医学部の教授に移動されたので、ごく近くに来られたことになる。

研究所では週に三回、研究員が集まって研究会をしていた。ちなみに参加者は私を含む大学の名誉教授が3-4名、そのほかは、大手企業を退職した技術者たちである。というか元の私の学生たちである。新型コロナが流行して、いわゆる三密を避ける必要ができたので、研究室に集まって研究会をすることは憚られるようになった。そこで我々はzoomを使ったリモート会議に変更した。

カール・フリストン教授と自由エネルギー原理

いろんな論文を読んだが、最近特に集中的に勉強しているのは、英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのカール・フリストン教授たちの提唱している力学的因果モデルによるCOVID-19研究である。名前はややこしそうだが、要するに機械学習理論をコロナ感染症の流行の解析に使おうという試みだ。私は、これは画期的な理論だと評価している。

実は私はこのカール・フリストン教授を別の意味でも高く評価している。彼は脳の診断に使うfMRIの解析理論で有名なのだ。私も最近2度ばかり脳梗塞の疑いでfMRIのお世話になったので、間接的にフリストン教授のお世話になったわけだ。フリストン教授は彼の理論を拡張して、大脳の認識理論に適用しようとしている。彼はその理論を脳の自由エネルギー原理と称している。

私は今世紀半ばには人工知能が人間並み、いやそれ以上の知能を獲得して、シンギュラリティとよぶ時点が訪れると主張している。人工知能が人間の知能と同等の働きを示すものを汎用人工知能と呼ぶ。汎用人工知能を開発するのがシンギュラリティへの道である。汎用人工知能を作るためには、人間の大脳の働きを研究するのが近道だ。フリストン教授の自由エネルギー原理の理論は、まさにそれであると私は思っている。

私は、カール・フリストン理論は今世紀で最も重要な理論だとさえ思っている。そこまで言うのは大げさと思われるかもしれない。たかが機械学習の一分野なのだ。しかし、この理論を突き詰めて、もし汎用人工知能ができれば、世界は激変する。人間よりはるかに高知能な機械である超知能を作ることができるのだ。そうなると世界は激変する。

17世紀にニュートンはニュートン力学の基礎を創始した。19世紀にはマックスウェルが電磁気学の基礎方程式を作り上げた。20世紀には多くの天才たちが量子力学を作り上げた。またアインシュタインは相対性理論を作り上げた。これらの物理学理論は現代科学技術文明の基礎である。私はカール・フリストンの理論はそれらに匹敵する21世紀の基礎理論であると思っている。

汎用人工知能を作るとは、例えれば20世紀の初めにライト兄弟が飛行機を発明したようなものだ。飛行機が飛ぶのは、翼の揚力理論である。それと同様に、フリストンの理論を突き詰めると、飛行する機械ではなく、思考する機械が作れるかもしれないのだ。

カール・フリストンのコロナ理論

さて先に英国のカール・フリストン教授のことを持ち上げたが、彼は最近、彼の理論をCOVID-19の研究に応用している。フリストンのMRIの理論、あるいは脳の認識の理論がなんで新型コロナと関係あるのか? 実は彼の理論はさまざまな問題に応用できるのである。だから新型コロナ感染症の解析も、彼の理論の応用例の一つにしか過ぎない。

8割おじさんこと西浦教授や、英国のコロナ対策の理論的支柱であるインペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授たちの理論はSIRモデル、あるいはSEIRモデルと呼ばれるものだ。Sとは未感染者、 Eは潜伏期患者、Iは感染者、Rは治癒した人ないしは死亡した人の人口である。これらの関係を表す方程式を解いて、感染者や死者がどのように増えていくかを予言する。

その理論に基づいて8割おじさんこと西浦教授は、日本で何の対策も打たなければ42万人が死亡すると予言して人々を恐れさせた。ファーガソン教授も英国で何の対策も取らなければ51万人が死亡すると言った。

ところが現実は、日本では8月末現在の死者数は1000人程度である。つまり42万人の0.25%程度なのだ。なぜ死者数がこんなに少ないのか? それは西浦先生の指示に基づいて政府が対策を取って、人々が自粛したからだであろうか?それにしても、日本政府の対策は世界レベルで見ると緩すぎるのである。それでも何でこんなに死者数が少ないのか? ノーベル賞学者の京大の山中先生は、その理由をファクターXとよぶ。

私は先に述べたカール・フリストンの論文を仔細に勉強した。彼の手法は西浦先生の採用した方法とは、真逆の行き方である。つまり観測された日々の検査陽性者(総感染者数とは違う)と死者数のみをデータとして与える。そして感染モデルに含まれるさまざまなパラメターを計算で求めるのである。普通の行き方では、パラメターは先に与える。

ここで特に興味深いパラメターとして人口がある。例えば日本や東京の人口は分かっているのだから、これは決まったパラメターとして方程式に与えるのが、従来の方法だ。ところがカール・フリストンの理論では人口が計算の結果として求まるのである。これを有効人口という。有効人口とは、例えてみればコロナ感染ゲームに参加している人口だ。残りの人口はそれをただ観戦しているだけの人々である。

そうして求められた有効人口は現実の人口よりかなり少ないのだ。その意味することは、コロナに感染する人口は実際の人口の一部にしか過ぎないということだ。例えばロンドンでは、感染しうる人口は全体の半分とか2割程度と計算で求められる。日本の場合は、それが非常に少ない。

なぜ多くの人がコロナに感染しない、あるいは感染しにくいのか理由はわからない。それを山中先生はファクターX、フリストンはそれを免疫的ダークマターとよんだ。フリストンの理論が正しければ、ファクターX、つまり免疫的ダークマターは存在する。その解明が今後のコロナ研究の最大の課題だと私は思う。

フリストンの理論による計算のためのプログラムは簡単にダウンロードできて、PCで計算できる。検査陽性者や死者のデータも、そのプログラムが自動的に読み込む。というわけで、PCで数時間計算すると、世界各国の有効人口やそのほかのパラメター、また今後の死者数の増え方の予測などが簡単にできる。

フリストンの理論の中身を理解することは極めて困難だ。恐ろしく難解な理論である。実際、私たちの研究所では過去2年間にわたってその勉強を続けてきた。なぜならそれがシンギュラリティへの道と思うからだ。しかし先にも述べたように、理屈はわからなくても、計算はできる。それは自動車のエンジンの仕組みや熱力学を理解しなくても、自動車は運転できるのと同じことだ。

まとめ

英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのカール・フリストン教授の理論は新型コロナ感染症の理論に応用できる。それによれば、新型コロナにそもそも感染しない人たちがたくさんいる。なぜ感染しないのかはわからない。それをファクターXとか免疫的ダークマターとよぶ。

付録

カール・フリストン教授のインタビュー記事:Covid-19 expert Karl Friston: ‘Germany may have more immunological “dark matter”

   
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