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食べ物と栄養神話

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前回はウイリアム・リ博士の「食べて病気を治すEat to beat disease」の話をした。その中で、どのようなものが体に良いか、病気を治すか、病気にかかりにくくするか例を挙げて説明した。そして200にもおよぶ推奨食品のリストが挙げられた。

今回は英国の医者で研究者であるティム・スペクター博士の本「食物神話Diet Myth」の話をしたい。ちなみにダイエットという言葉だが、日本では痩せるための方法みたいな意味になっているが、英語の本来の意味は食べ物、食品である。

私はスペクター博士の話をYouTubeで聞いて興味を持ったので、いろいろな動画を徹底的に聞いた挙句、彼の著書「食物神話Diet Myth」のKindle版を買って読んでしまった。

ちなみにKindleであるが、私は初めKindle派であった。本が簡単に買えることと、かさばらないので何冊も簡単に保管できるからだ。しかしある時から、ふたたび紙に印刷された本に後戻りした。というのも、科学書で複雑な式を含むような本はKindleには適さないことがわかったからだ。またKindleは一覧性に欠けて不便なのだ。それはともかく、今紹介したような一般書はやはりKindleの方が良い。というかKindleで十分だ。なぜなら前から後ろに順に読み、以前を参照することは少ないからだ。さらにKindleの本は読みたいと思って注文すれば即座に手に入るのが良い。

スペクター博士の講演は、彼がスキー中に体調が悪くなった逸話から始まる。ものが二重に見え始めたのだ。スペクター博士は医者なので、これは脳卒中とか重大な病気の前兆かとおもい心配した。結果的には目に行く神経の微小な障害で最終的には回復した。それで本格的に自分の健康に気をつけようと思った。

そこで食事法を改善しようと思い、食事法に関してあらゆる文献を調べたが、たくさんの食事法が提案されていて、どれが良いかわからない。そもそもそれらの食事法は一種の宗教みたいなもので、科学的根拠に欠けるものが多い。全く根拠がないわけではないが、どちらかというと特定の説を唱える教祖がいて、これは良い、これは悪いと宣言するのである。証拠(エビデンス)に基づく科学的事実というよりは、教祖の信念とか意見だ。

少し例を挙げよう。70年代にはやったパレオダイエットというのがある(今も一部で、はやっている)。パレオとは人間が農業を始める前の狩猟採集民時代のことだ。パレオダイエットとは、狩猟採集民が食べたであろう食事を取ろうという主義主張である。原始人食とか旧石器時代食とよぶ。パレオダイエットでは農業で手に入る穀物、豆、乳製品はだめ、さらに食塩、砂糖、加工油も禁止ということになる。穀物がダメなら、コメもパンもうどんも蕎麦もラーメンもパスタも全部ダメ、ジャガイモもサツマイモもダメということになり、日本人には食べるものがない。ちょっと極端過ぎないだろうか。

またケトダイエットとかケトジェニックダイエットというのがある。アトキンス法ともいい、アトキンス博士が唱えたものだ。これは蛋白質と脂肪を主として取り、澱粉は控えるという食事法だ。具体的にいえば、食べるべきものは肉、卵、魚、さまざまなオイル類、澱粉を含まない葉物野菜だ。逆に控えるものは、牛乳、チーズ、ヨーグルト、澱粉を含む野菜、豆、ナッツ、果物だ。食べてはいけないものは全ての糖類、コメ、パン、パスタなど。これはウイリアム・リ博士や、今回取り上げるスペクター博士とほとんど全く逆の行き方だ。確かに減量には一定の効果はあるという。私は、これは実に危険な食事法であると思う。第一、蛋白の取りすぎで息が臭くなるというのは嫌だ。というわけで、パレオダイエットもケトダイエットも私は全く勧めない。

パレオダイエットとケトダイエットという極端な食事法を紹介した。ケトダイエットは要するに肉食主体なのだが、これと正反対の行き方がビーガンである。ビーガンとはベジタリアンつまり植物中心主義の極端なもので、動物由来のものは一切食べないという行き方だ。だから牛、豚、鳥、魚はダメ、牛乳や卵もダメという。以前紹介したイスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリはビーガンだ。

ベジタリアンはビーガンほど極端ではない。生きた動物を殺すのはダメだが、卵とか牛乳は良いという。そのほかにセミベジタリアンとかフレキシタリアンというのもあり、これもさまざまな流派に分かれている。魚は良いとか、卵は良いとか、牛乳は良いとか、さらには肉も週に一二度は良いとか、色々ある。

スペクター博士の主張は、いろんな食事法が提案されているが、その多くは科学的根拠を欠いているということだ。たとえば一時期、脂肪が目の敵にされてきた。特に飽和脂肪酸はダメという。しかし地中海食というのがあり、これは豊富な野菜、果物に加えて魚や肉をとる。だから豊富な飽和脂肪酸をとっているが、特に問題はない。問題ないどころか健康に良いという証拠がある。

実際、スペインで地中海食の効果を調べる10年にわたる実験が行われた。一つのグループは地中海食で魚、野菜、果物、乳製品、鶏肉、ナッツ、オリーブ油、ワインを推奨された。もう一方のグループはこの中から肉、オリーブ油、ナッツ、乳製品は禁止された。ただし魚、果物、全粒穀物、野菜は推奨された。

実験は5年で中止された。なぜなら非人道的だからだという。高脂肪を含む地中海食のグループは心臓病、脳卒中、記憶減退、乳がんが地中海食を取らないグループよりも30%も少なかったのだ。実は地中海食グループもオリーブ油を多く使うグループとそうでないグループに分けられたが、オリーブ油をたくさん使うグループの方が良かった。

この実験はそれまでの高脂肪は良くないという神話を粉砕した。なぜなら地中海食ではたくさんの脂肪をとるからだ。オリーブ油が特に良いと結論された。もっともエクストラバージンオリーブオイルでなければならない。安物には効果はないという。

スペクター博士は英国ガットプロジェクトの主催者である。彼は一卵性双生児研究の権威者だ。一卵性双生児は遺伝的に全く同じ遺伝子を持っている。だから例えば肥満が遺伝的に決まるなら一卵性双生児の肥満度は同じになるはずだ。実際に調べると、多くの一卵性双生児はたしかに肥満度が似ているのだが、中には大きく異なる双生児がいる。だとすれば、肥満は遺伝子で決まるのではなく食事などの環境で決まるのではないか。一卵性双生児は普通、一緒に育つので環境は基本的には同じだが、二人が独立して住むと環境は変わる。すると食事も変わり、二人のマイクロバイオームも変わる。だから肥満は遺伝よりはマイクロバイオームつまり腸内細菌で決まるというわけだ。

リ博士もスペクター博士も推奨する食事は結果的には、セミベジタリアンの一つと考えて良いだろう。肉食に関して、加工肉つまりハム、ソーセージ、ベーコンは体に良くないことは証拠がある。肉に関して特にレッドミートと呼ばれる肉、つまり牛肉と豚肉はよくないという意見が多い。ホワイトミートと呼ばれる鶏肉には反対意見は少ない。魚はむしろ推奨されている。とくにオメガ3不飽和脂肪酸を含むマグロやイワシなどの青身の魚だ。リ博士は鶏肉と魚だけを推奨している。つまり特例を除いて牛肉と豚肉は推奨していない。スペクター博士は地中海料理を推奨しているから、魚はおすすめだ。地中海料理では牛肉も米国産のように大豆やトウモロコシで育てた牛ではなく、草で育てた牛なら良いとしている。ただし肉を食べてもほどほどにというわけだ。

肉で注意することは、米国で育てられた牛、豚、鶏は抗生物質まみれであり、危険であるということだ。米国で生産された抗生物質の7割が人間ではなく農業で使われている。それと同様に養殖の魚も注意した方が良い。

というわけで、私が色々勉強した結果得た結論は次のようだ。食物繊維の重要性に着目して、できるだけ野菜と果物をとる。また加工食品はできるだけ避ける。また砂糖を多く含む菓子類、コーラ類も避ける。甘いものはブラックチョコレートに限る。ここまでは多くの科学者の一致した意見である。動物蛋白に関しては科学者の意見が分かれる。しかし安全側に見て、動物蛋白を取るなら魚か鶏肉だ。

実際、スーパーに行ってみると牛肉が一番高く、豚肉はその次で、鶏肉は一番安い。鶏肉が安いというなら、なにも高い牛肉や豚肉を買う必要はない。牛乳に関しては意見が分かれていて悩ましい。

まとめると、いろんな食事法があるが、私が色々勉強した結果採用したのは、植物中心食(Plant Based Diet)と呼ばれるセミベジタリアン的行き方だ。つまり多くの野菜と果物を食べる。それもできるだけ多様なものを食べる。肉は鶏肉と魚に限る。それもたまに食べれば良い。それで結果はどうなったか。マイクロバイオームの調子が良くなったのか、潰瘍性大腸炎に関しては極めて調子が良い。調子が良いどころか便秘になった。潰瘍性大腸炎の患者が便秘とは、食物繊維の威力は恐るべきものだ。また腸の調子の良さが脳に反映して、気力に溢れている。だからこのブログも書けるのだ。

   
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