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退職後の仕事・・・ヒューゴ・デ・ガリス教授の個人的意見

詳細

以下はヒューゴ・デ・ガリス教授による「退職後の仕事」と題するエッセイの抄訳である。

ARCing: After Retirement Careering

退職後の仕事

ヒューゴ・デ・ガリス教授

要約 平均寿命が増大し、人々がもはや従来の退職に関する考え方を受け入れなくなったときに、もっと普通になるライフスタイルについて述べる。

1 始めに

従来の退職後の生活に関する考え方は次のようなものであった。 65歳で金時計をもらって退職し、年金と投資で生活し、趣味を追求する。そして5年ぐらい経って病気になり死ぬ。

私はこのような従来型のモデルを拒否する。そしてここに別のモデルとして、退職後の仕事(ARC: After Retirement Careering)を提案する。私自身のケースを例として述べる。

増大する平均寿命

まずは平均寿命が増大しているという現象から始めよう。私は自分のiPadで昔の映画を何千と見るのだが、多くの俳優たちが60代で死んでいることを知り愕然とした。現在の我々はもっと健康に関心がある。我々は次のようにすればいいことを知っている。過食せず、脂肪分のある食事を避け、果物と野菜を食べ、ビタミン剤を飲み、毎日運動をして、煙草を吸わず、ストレスを避け、散歩をして、友達を持ち、世間と良い関係を築き、いいセックスをするなど。

足を引きずって歩き、タバコを吸って咳をし、背中が曲がり、筋肉が弱い老人を見ても、私は同情を感じない。私は彼らを単に馬鹿者だと思う。タバコを吸い、運動せず、筋肉を鍛えず、自分の人生を台無しにしているのだ。すぐに死ぬだろう。

私の場合は幸運である。私は2011年の時点で64歳であり、多分90歳まで生きるであろう。というのも私は長生きの遺伝子を持っているからである。私の父は92歳でまだ存命中だし、特に体調が悪いわけでもない。父方の祖父は97歳で死んだし、曾祖父は99歳まで生きた。私は普通10歳は若く見られ、これから30年は生きるであろう。非常に長い時間である。

2 ARCの条件

私は家に30年もゴロゴロしながら死を待つことはしたくない。馬鹿げている。私は新しい人生を始めることを決めた。そこで退職後の仕事(ARC: After Retirement Career)を始めるのだ。

長生きの秘訣は目的を持つことである。もし頭脳に挑戦すべき仕事があれば、体もそれに応じて元気になる。幸福で忙しい老人は、さらに幸福になり、ストレスが少なく、その結果長生きするであろう。

経済環境、感情、結婚生活、セックスライフなどの個人的な環境は人により違うので、人々が退職後の仕事をどのようにすべきかを一般化することは難しい。だから私はここでは自分のケースを、ひとつのモデルとして提案する。

お金

お金の話から始めよう。私は貧乏ではないし、毎月の給料で糊口をしのいでいる訳でもない。もしそうなら退職などできるわけがない。 給与生活をやめてARCを始めるには、十分なお金が必要である。

私の場合で言えば、アメリカで教授をしているときに、5年分の生活費を貯蓄した。私は現在中国で生活しているのでARCはもっと簡単に始められる。というのは中国の生活費はアメリカの7分の1だからだ。私は毎月1,000元(約150ドル)で生活している。私の年とった父は投資でかなり儲けたので、もし父が死ねば、かなりな遺産が相続できるだろう。だから私は長期的な意味でお金に関して心配しているわけではない。私はこれから30年、現在のような慎ましい生活を続ければ、自分の蓄えだけで生きていくことができる。

私はこれまでの人生で、100万ドルほど本に注ぎ込んだ。現在12,500冊の本を持っている。もし私がそのお金を株とか不動産に投資していれば、もっと金持ちになったであろう。しかし私にとってお金は、知的な資産に比べればそれほど重要では無いので、私は知的な意味において、かなり豊かであると感じている。私は中年のときに、人生設計をして、現在はその結果で生きているのだ。

新しい仕事を選ぶ

もしあなたが現在の仕事を愛しているのならば、仕事を変更する必要はない。もしあなたが停年制のない国で生活しているのならば、あなたの仕事を好きなだけ続ければいいのだ。アメリカでは1980年代の半ばから定年制が廃止された。ヨーロッパはアメリカに、数十年遅れて、同じ方向に向かい始めた。

しかしあなたが私同様、何十年も同じことをするのに飽きたら、ARCは非常に新鮮な代替案になるであろう。私の場合に関して言えば、私は人工頭脳の研究者であった。私は電子的な、進化するニューラルネット・モジュールが人工頭脳になっていく研究をしていた。私にはその回路がどのように進化していくのか見当もつかなかった。それは私にとっては完全なブラックボックスであった。私はこの研究を20年間続けて、今は飽きてしまったのだ。

私がアメリカで5年間教授をしているときに、マルチビタミン剤と魚油のタブレットをとり始めた。私の大学での生活は私の集中力を高めるのに役に立った。

私の知能(集中力?)が50代になって増大したことの説明として、多分頭脳が成熟し続け、自分で配線を組み替えたのであろう。私の頭脳は50代になって、あらかじめDNAにプログラムされていた自然な変化を遂げたのかもしれない。要するによく分からない。

私は50代になって、ますます頭が良くなってきた。それは驚きである。歳をとれば頭も悪くなると思っていた。しかし私はそうではなかった。少々物忘れが激しくなったかもしれないが、10代と20代に非常に興味を持った、非常に難しい純粋数学や数理物理学の問題に挑戦することができる。

私は長年に渡り、博士課程相当の純粋数学と物理学の本を買ってきた。そして定年退職したら、これらの「強力に美しい本」を読もうと思っていた。そして実際その時が来たのだ。

私は過去5年間で2冊の本を出版した。私は現在は博士課程相当の純粋数学と数理物理学の勉強をしている。数年後には例えば「トポロジカル量子コンピューティング」とか「フェムトテクノロジー」のような教科書を書くことができるだろう。純粋数学と数理物理学は大学における科目の中で、最も知的に難しいものである。だから私は挑戦し続けているのである。その勉強をすると脳にストレスがたまるが、それも挑戦の一部である。易し過ぎれば、満足出来ないだろう。

人生を三等分する。その真ん中の部分では、あなたは普通は雇われ人であり、ボスの手のひらで踊らなければならない。自分のやりたいことを完全にやる自由は無い。ARCの最も有利な点は自由になるということだ。例えば私の場合、私は夜型である。私は夜の静寂を愛している。うるさい外界は寝静まっているので、私は自分の考えに集中することができる。私は普通、昼の2時に起きて、朝の7時に眠る。太陽が昇っているので、アイマスクをかけて寝るのだ。午後になって、天気が良ければ、公園に小さな折りたたみ式の椅子を持って行き、そこに座り太陽が沈むまで、重い教科書を勉強するのだ。

このような生活スタイルをしている私は、午後は美しい自然に、夜は静寂に囲まれる。その結果、 客観的には明らかに貧乏人であるのだが、非常に幸福であり、非常に生産的である。以前ほどの収入はないので、たくさん旅行することはできない。しかし私の考えが世界のメディアの注目を引いたので、私は何度も講演したり、テレビ番組に出演するように招待される。その場合は航空運賃、ホテル代が支払われる。だから旅行に困ることはない。私は過去20年間に、年に2-5回も海外旅行してきたので、大陸間の航空機の座席に座っているのは飽きた。私は海外旅行の回数が減っても構わないが、全く辞めると言う事はしたくない。

3 ARCの地球的・社会的影響

世界中の何百万人の人々がARCを始めれば、それは社会的な影響力を持つと思う。つまり退職者の態度や価値観が、仕事をってしている人々に影響を及ぼすという意味においてである。人生の半ばを送っている人たちが、ARCの退職者たちの自由を羨んで、自分も早く退職したいと思うようになるだろう。

人間は食べなければならないし、家もなければならない。それらを得るためには仕事をして、お金を稼がなければならない。しかし現代の世界では、技術が進み生産性が増大したので、いまや人々は以前よりは早く退職生活を送ることができる程度に、蓄えることができるはずだ。例えば私の場合、今後30年は健康であると仮定して、これから30年続く、新しい第二の仕事を始めることができる。それはかなり長い時間であり、私の人生の主要な部分になるであろう。

私は自由であり、それはつまり給料がないということだが、そのおかげで私の首筋に息を吹きかけてくるボスはいないし、ボスがやりたい仕事を強制されることも無い。私がやる仕事は私が選んだ仕事であり、それを成し遂げた喜びは、以前にくらべはるかに大きい。私は以前とは違って力強く生きている。私はこの生き方を強く推薦する。

健康に対する注意

私は60代半ばなので健康には十分注意しなければならない。だから私は毎晩15分間運動して心臓と肺を強くし、背筋、胸筋、足の筋肉を鍛える。こうするとリフレッシュされる。一日の終わりに、それほど疲れない体が作られるのだ。

スリムであることも重要だ。BMI=体重(Kg)/身長(cm)^2は18-23の範囲が理想的である。この値を保つために、私は一日に普通の食事は一度しか取らない。お腹が空いた時は果物を食べる。私は体重のコントロールには非常に気を使っている。そのためにカロリーには十分に注意を払っている。毎日風呂場で体重を測って、体重をコントロールしている。

健康なARC生活を送れる年数は、どのくらい健康を保てるかによるだろう。だからARCを何十年にもわたって伸ばすためには、健康に注意を払わねばならない。

4 ARCの問題点?

いったいARCに問題点はあるのだろうか。すぐに思いつくのは次のようなものだ。仕事を変えると、地位や評判が下がるということである。というのは、その仕事に対して十分な評判をまだ獲得していないからである。人々はその仕事を趣味と見なすであろう。しかし給料をもらっているわけでないから、他の人々がどう思うかはあまり問題にならない。雇われ仕事をしているときは、ボスの評価は重要である。なぜならばそれが給与に響くからである。評判が悪ければクビにさえなる。

評判を非常に気にする人々は、仕事を変えることは問題になるであろう。私の場合は仕事を変えることを選択した。というのも私は昔の仕事には飽きたからである。私は強い意志を持った個人主義者であり、人生で自分の道を歩むことを選んだ。だから偉い数学者や物理学者が、私の名前など聞いたことがないといっても気にしない。私がARCをするのは、それが好きだからだ。私は自分が研究している対象を愛しているので、重要なのはそこなのだ。もし自分がしていることが好きならば、人生の幸福さは増大する。

   
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