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ニュートンビーズの力学と逆懸垂線

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要約

ニュートンビーズの不思議な振る舞いを実演したYouTubeのビデオが話題を呼んでいる。ビーカーに入れたニュートンビーズの一端を垂らすと、鎖があたかも生き物のように、少し上昇して縁を越えて落下していく。鎖は重力で下にひかれているのに、あたかも反重力が働いているかに見える。この現象の説明として、筆者がネットで調べた限りでは満足できるもの内外になかった。筆者は、ニュートンビーズの運動を研究して、その形は逆懸垂線と呼ばれるものであることを証明した。懸垂線とは鎖や電線が垂れ下がっている形である。ニュートンビーズはこの懸垂線を逆にした形をしている。鎖を形作る金属の球が上昇する理由は、球が流れるように運動しているからだ。鎖が曲がっていると、球は運動方向を変えるときに力を受ける。鎖が上に凸の形をしていると、鎖に上向きの力が働くのである。鎖の最初の形状がどうであれ、最終的には逆懸垂線になる。

(以下に英語の解説を付けたのは海外向けですので、飛ばしてください。)

Dynamics of the Newton Beads and inverse catenary

Abstract

The Newton Beads is a phenomenon in which a thin flexible chain exhibits arch like pattern, when it is dropped from a beaker held at a high position.  We analyze the dynamics of the Newton Beads and derive a formula for the chain velocity. We compare the theory with our experiment, and good agreement is obtained.

Our theoretical chain velocity is v=sqrt(2gH/(1+f)), where g, H and f are the gravitational acceleration, the height of the beaker and the energy loss coefficient due to the entrance loss and the air drag. This equation can be derived simply by the energy conservation low similar to the Bernoulli equation:

Kinetic energy+Potential energy-Tension+Energy loss=constant

If we assume the energy loss is proportional to the kinetic energy, we may write the equation as

mv^2/2+mgz-T+fmv^2/2=E=constant.

Energy loss consists of the entrance loss f_e (by generating wave), the air drag f_a, and the exit loss, 1, due to the final hit against the floor:

f=f_e+f_a.

In the beaker, the total energy E is

E=0+mgH-0+0.

On the ground

E=0+0-0+(1+f_e+f_a)mv^2/2.

Equating these, we have

mgH=(1+f_e+f_a)mv^2/2.

Then we have

v=sqrt(2gH/(1+f)),

where f=f_e+f_a

We made an experiment using chains of about 3mm diameter and the length 30m, 50m and even 100m. The heights of the beaker are about 1.5, 2, 5 and 9m. We measured the velocity, the maximum height and the shape of the chain. As to the velocity, we got

 H=1.46 1.96, 5.22, 9.15 (m)

v=4.3, 5.4, 7.6, 10.1 (m/s)

If we assume f=0.6, our theoretical velocity is

v_th=4.2, 4.9, 8.0 and 10.6 m/s, respectively.

In the above analysis, we did not distinguish between  f_e and f_a. If we  assume

f=f_e+f_a=a+bH,

we obtain the following formula:

f=0.395+0.0459H.

This gives

v_th=4.4, 5.1, 7.9, 9.9 (m/s)

As to the shape of the chain, we may prove that the steady state is the inverse catenary.

However, because of the wave generated at the entrance, the shape of the chain is very wavy. The speed of the wave on the chain is

v_w=sqrt(T/m),

where T is the tension. We may prove that the tension is

T=mgz.

This wave propagates backward. At the top of the chain, z=H+L, we have

v_w=sqrt(g(H+L))

which is very similar to the chain speed:

v_w=4.0, 4.7, 7.5, 9.8 (m/s).

Therefore, the wavy pattern seems to be almost steady in the air near the top.

The maximum height of the chain is not unique and depends on various factors. However, the maximum height should be

L_max=(1-f)/(1+f)H.

If there is no energy loss, i.e. f=0, we have L_max=L, while if f=1, then L_max=0.

 

2014/1/4追記

鎖の速度は、エネルギー損失も含めた意味でのエネルギー保存則から求められる。それはv=sqrt(2gH/(1+f))という形に表される。ここでg, H, fは重力加速度、ビーカーの高さ、エネルギー損失係数である。実験との比較でf=0.6程度であることが分かった。

ビデオで見られる鎖の複雑なうねりは、張力の波である。その鎖の頂点付近における速さは鎖の速度にほぼ等しく、したがってパターンが空間に静止しているように見える。

ニュートンビーズとは何か

ニュートンビーズとは、ボールチェインとよばれる小さな金属球をつなげた鎖のことである。ボールチェインは家庭の風呂の排水孔、洗面台の排水孔などの蓋についているもので、そういわれると誰でも知っているものだ。

このボールチェインがなぜニュートンビーズと呼ばれるかというと、長いボールチェインを例えばビーカーに入れて、高い位置に置き、鎖の一端を落下させると、鎖はあたかも生き物のようにビーカーの縁を越えて落下していく。ニュートン力学的に見て、一見あり得ないような振る舞いをする。

石や野球のボールを投げあげると、放物線軌道を描いて上昇するが、それは投げあげたからだ。ところがニュートンビーズは、投げあげるのではなく、上向きの力を加えないのに、勝手に少し上昇するのだ。鎖の他端は、下に向かって引かれているにも関わらず、あたかも上向きの力を受けたように、放物線軌道に似た軌道を描いて落下していく。後で示すのだが、この曲線は放物線ではなく、懸垂線(Catenary)と呼ばれるものを上下逆にしたものである。筆者はそれを逆懸垂線(Reverse catenary, Inverted catenary)とよぶ。懸垂線とは鎖の両端をもってだらりと垂らしたときに出来る曲線で、電線や吊り橋の形である。

ニュートンビーズの紹介ビデオと入手法

ニュートンビーズを紹介したのは2009年の「クールな科学実験」という番組でSteve Spanglerという人が初めてのようだが、最近Steve Mouldの実験がBBCで取り上げられ、それがYouTubeにアップされた。このビデオのキモは高速度撮影にある。そのビデオは現在170万ものヒット数がある。その後、日本でも色んな人が実験している。ボールチェインはどこにでも売っているのだが、実験をするためには長い方が都合がよい。ビデオの例では、8000個のビーズをつないだ、50メートルのボールチェインを使っている。

ビデオをよく観察すると、二つの奇妙な特徴的な現象が観察される。ひとつは先に述べたように、鎖がビーカーから少し持ち上がって落下していくことだ。もう一つは、鎖の上部が奇妙なくねくねした運動をすることだ。後で述べるのだが、ニュートンビーズの力学を理解するのに、この二つの現象を区別する必要がある。別の現象なのだ。本解説では、主として第一の現象について述べる。

ニュートンビーズの実験はきわめて簡単だから、だれでも長いボールチェインさえあれば出来る。ネットでNewton beadsとしてググると、西欧では科学実験用のおもちゃとして売られている。長さによって値段は違うが、10メートルクラスのものなら千円程度、50メートルクラスで5千円程度である。日本でも科学実験用ではなく、業務用のものが通販されている。それも1メートルあたり百円程度である。

http://www.xeneger.com/cart/shop.cgi?order&class=1%2F7&keyword&FF=0&price_sort&pic_only&mode=p_wide&id=252&superkey=1

ニュートンビーズの不思議な振る舞いの理由

ニュートンビーズの不思議な振る舞いの理由について、上記のビデオでは実験者が簡単な説明を加えている。ビーカーの外のビーズが落下すると、ビーカーの中のビーズも同じ速さで上昇する。ところがビーカーの縁のところで、急には曲がれない。曲がるためには無限大の力が必要だ。だからビーズはしばらく慣性で上昇するのだという。

もう少し詳しく言うと、ビーカーの中のビーズの速度ベクトル(運動量ベクトル)は上を向いている。一方、外のビーズのベクトルは下を向いている。これらが滑らかにつながるためには、ベクトルがだんだんと傾いて、そのうち水平になり、そして下向きにならねばならない。だからビーズは始め少し上昇しなければならない。

あるいはこういう例えが適切だ。自転車が全速力で前方に走っているとする。ところが急に後ろの方向に向きを変えなければならないとする。ブレーキをかけてはいけない。さあどうするか。急に速度を変えることは出来ないので、自転車ならハンドルを切って右(左)に回り、そして進行方向と垂直方向に少し進み、最後に後ろ向けに走る。だからある程度、前方に出ざるを得ない。よくある解説は「慣性の法則」によってこうなるという。もちろんそれは間違いではないが、なぜあの形になるのかの説明にはなっていない。

今の説明には、あまり力学的な考察は入っていない。ビーズが少し上昇するのは、なにか重力に反するような力が働いているように見える。この力は何だろうか。今、自動車が高速道路を走っているとする。道路が右にカーブしているとする。自動車が右に曲がる時に、乗っている人は左の方に押しつけられる力を感じる。これが遠心力である。それと同様に、ビーズが上に凸な軌道を描くと、上の方に力を感じる。これが反重力的な力である。もっともこの説明では、それでは下に凸な軌道ならどうかという反論が出るだろう。しかし別に数学的に証明するのだが、ビーズの走行速度が0の時は、鎖の形は下に凸な懸垂線である。しかし鎖の速さが十分に速いと、上に凸の曲線になるのだ。

今こういう実験を考えよう。鎖を同じ高さの2点で支持する。一点はビーカーの縁、もう一点は少し離れた同じ高さの位置とする。もう一点の外で鎖は重みで垂れている。鎖が動かない時は、鎖は懸垂線になる。外に垂れている部分の長さが十分に長くなると鎖は動き出す。すると2点の支えの間の懸垂線の垂れ具合が減る。さらに速くすると鎖は水平になる。さらに速く走らせると、上に凸の逆懸垂線になるであろう。これは実験してみる必要がある。なぜ懸垂線なのか、なぜ円弧ではないのか、あるいは放物線ではないのかは、方程式を使わないと説明できない。

数学的な説明

ここでは数学的な扱いのさわりだけを述べよう。具体的な計算は別のところで述べる。走っている1次元の鎖を考える。簡単のために軌道の頂点を原点とする。そこからの距離をsとする。鎖の質量線密度をm、速さをv、重力加速度をg、鎖の張力をT、運動量流束をPとすると

P=mv2-T

である。

今、長さがdsの鎖の短い部分(線素)を考える。この線素が水平線となす角度をθとする。その線素に入ってくる運動量、出て行く運動量、左右から引っ張る張力、下に引く重力、これらのバランスを考えると、鎖の形が決まるのである。計算式はここでは出さないが、結果は

tanθ=mgs/A

である。これは懸垂線の方程式である。

ここでAは積分定数で、これが正の時はsが大きくなるとθが正で大きくなるので、ふつうの懸垂線になる。Aが0の時は、水平な直線になる。Aが負の時は上に凸な懸垂線、つまり逆懸垂線になるのだ。Aの正負は鎖の走る速さvで決まる。

もうすこし物理的に説明しよう。流体力学を知っている人は、流体の場合の運動量流束は、圧力をpとして

P=mv2+p

となることを知っているだろう。つまり張力Tは圧力pと符号が反対である。張力は鎖をピンとまっすぐにしようと働く。2点で支えられた静止している鎖は、重力が鎖を曲げようとし、張力がそれを真っ直ぐにしようとする。この二つの力のせめぎ合いで、鎖の形、つまり懸垂線が決まる。

ところが圧力は張力と符号が逆なので、もしあれば鎖を余計に曲げようとする働きをする。運動量流束の方も、符号を見ると正だから、これは圧力に似て、鎖を余計に曲げようとするのだ。

波動運動

先に述べたようにニュートンビーズのうねうねした運動は波動現象である。その原因はビーカーの中におかれたビーズの位置がまちまちなので、ビーズの運動の初期位置がことなり、波動を生み出すのである。スローモーションビデオを見ていると、3次元的な螺旋的な波動も存在して興味深い。波動はビーカーの表面が固定端になるので、そこで反射して定在波を作っている。一つ興味深いことは、波動が頂点付近に限定されていることだ。これは波動が先に進むに連れて減衰することを意味するのであろう。ニュートンビーズの波動を研究することは興味深い。

2013/12/24 追記

理論結果と実験の比較

今日、私のニュートンビーズ理論にとって大きな成果が得られた。精密な実験を行い、その結果を説明する公式を導く事に成功したのである。実験は京都女子大学の小波秀雄教授とそこの1年生の学生さんに行っていただいた。その結果を今日いただいたのだ。簡単な実験はお茶の間でも可能だが、高さを稼ぐには大きな建物が必要なので、自分のところでは出来なかったのだ。

今回、小波先生は京都女子大の建物で、9mもの高さまで4ケースについて実験を行った。そして持ち上がる高さと、鎖の速度を測定した。具体的には高さが測定できるように、メモリを書いた紙を背後に貼付けて、遠くから撮影した。速度を測定する為に、鎖に1m間隔に細い赤い糸をつけて、それを8倍速の高速度撮影が出来るデジカメで撮影して、コマを分析する事で速度を決定した。実験の詳細は別に発表するとして、ここでは理論式を導く。

まず鎖のエネルギー保存則を考える。これは流体力学に於けるベルヌーイの公式に対応する。鎖の運動エネルギーは、mv^2/2、位置エネルギーは地面から測定した高さをzとするとmgz、張力をTとすると

E=mv^2/2+mgz-T

である。理想的には、摩擦などがなければこの値が一定なのだが、出発時の絡まりなどの為に、エネルギーが失われる。その損失を水理工学のパイプ流のアナロジーで、入口損失とよぶ。パイプ流ではそのほか、管壁との摩擦による摩Fig1擦損失、パイプの最後で容器に流れ込み、静止する時に運動エネルギーが失われる出口損失がある。ニュートンビーズでは空気抵抗による摩擦損失は無視してよい(と思う)。入口損失は比例係数をfeとして

入口損失=femv^2/2

出口損失=mv^2/2

とする。(熱エネルギーまで含めた)一般化されたエネルギー保存則は

mv^2/2+mgz-T+損失=一定

となる。この式を鎖がまだ上のビーカーにある時、落下して地面で止まった時で比較しよう。すると次の式が成立する。

0+mgH-0+0=0+0-0+(1+fe)mv^2/2

これを解くと

v=sqrt(gH/(1+fe))

となる。小波先生のデータから平均を取ってfeを求めると

fe=0.6となった。つまり

v=sqrt(2gH/1.6)

である。

  高さ(H) 上昇高さ(L) 速度(v)

理論速度

sqrt(2gH/1.6)

Bhatiaのブログの公式

sqrt(g(H+2L)/2)

ケース1 1.46 0.2 4.3 4.2 3.0
ケース2 1.96 0.28 5.4 4.9 3.5
ケース3 5.22 0.5 7.6 8.0 5.5
ケース4 9.15 0.56 10.1 10.6 7.1

 2013/12/26 追記

空気抵抗の影響

 先には入口損失のみ考慮して、空気による抵抗を無視した。するとビーカーを置く高さが高くなれば、落下速度はいくらでも大きくなる。しかし、そうなると鎖の長さも長くなり、空気抵抗を無視することはできないだろう。この場合の空気抵抗とは、空気を引きずることによる摩擦抵抗である。それは鎖の長さH+2Lに比例するはずである。しかし理論的にはLは予言できないので、Hに比例すると仮定しても、それほどの間違いでないだろう。そこで損失係数を

損失係数=fe+f'H

とおいてみる。すると次の式が成り立つ

v^2=2gH/(1+fe+f'H)

線形回帰分析を使って測定値を一番うまく表す係数を求めてみたら

損失係数=0.39+0.046H

となった。

ニュートンビーズの速度の理論と実験の比較

すると入口損失係数は0.39となり、摩擦損失係数は0.046となる。1/0.046=22mとなるから、高さが20mを超えると、空気摩擦抵抗が優勢になると言うことだ。図にそのようにして計算した理論速度と実験結果の比較を示す。横軸はビーカーの高さ、縦軸は速度の2乗である。黒い線は実験結果、赤い線は理論予想を表す。

上の式からいえることは、高さが非常に高くなると、鎖の速度は、ある終端速度に収束する。それは雨の速度が無限に大きくならないことと同じ理屈である。

 

 

 

 

 

2014/1/4 追記

ニュートンビーズに関して分かったことをまとめて論文に書こうとしている。そのために作った図をここで公Fig1開しよう。次の図は横軸に床からビーカーまでの高さを取り、縦軸にさまざまな速度の2乗を描いた。黒い丸は測定点である。赤い直線は自由落下速度v^2=2gHである。緑の線はv=gHである。一番下の青い線はArtish Bhatiaという人のブログ記事The physics of that gravity-defying chain of metal beadsからとった公式 v^2=g(H+2L)/2から求めたものである。ここでLはビーカー内の鎖の出発点と最高点の高さの差である。

この図を見ていえることは、実験による測定値は自由落下速度よりかなり小さく、v^2=gHに近いが、それよりは少し大きいことである。またBhatiaの理論値とは、全く合わない。

結局、上に述べたように、入口損失と摩擦損失を考えると、きれいに泡らることができる。

もう一つ分かったことは鎖のうねりについてである。これは波動と考えられる。鎖とともに運動する座標で考えると、鎖は静止している。そこには張力が働くので、張力の波、張力波が発生する。そFig5の速度は弦の振動における波の速度と同じで、その速度をcとすると、

c^2=T/m

である。ここでT,mは張力と、質量線密度である。張力はある点から下の鎖の重量に比例する。そこで鎖の頂点(床面からH+Lの高さ)における張力波の速度はc^2=g(H+L)となる。次の図は鎖の速さの2乗と張力波の速度の2乗を比較したものだ。極めて近いことが分かるだろう。つまり鎖の流れに逆らって進む波は、鎖の頂点付近でほぼ静止する。ニュートンビーズのビデオを観察すると、螺旋状の波が空間にほぼ静止しているのが観察されるのは、以上の理由からだ。

2014/4/23 追記

ニュートンビーズの力学 補遺 

 

フジテレビの「目覚ましテレビアクア」という番組でニュートンビーズの実験をするので、解説してほしいと頼まれた。ニュートンビーズに関しては私は既に別のテレビ局2 局から同様な質問を受けた。また共同研究者の京都女子大学の小波秀雄教授も出演を打診されたが、スケジュールがあわずに止めたとのことである。つまり最近、ニュートンビーズにかなり注目が集まっているようだ。

Briggs論文との比較と批判

ところでこの問題を研究しているのは我々のグループと、ケンブリッジ大学のJ.S. Briggsという人である。

Growth and Shape of a Chain Fountain by John S. Briggs

私はBriggsの論文を詳細に調査した。ちなみにこの論文はニューヨークタイムスでも紹介された。落下速度に関する公式は我々のものと似ているが、考え方は少し違う。一番違うのは、Briggsはチェインが浮上するのは、出発点のビーカーの中でチェインを押し上げる力が働いているとしている点、それに落下点でチェインを床に引きづり込む力が働いているとしている点だ。

我々の落下速度の式は

v=sqrt(2gH/(1+f_e+f_a))

である。ここでgは重力加速度、Hはチェイン出発点の床からの高さ、f_eはチェインの引っかかりや、波動を生み出すことによる損失(入口損失)、f_aは空気摩擦による損失だ。二つをあわせて

f=f_e+f_a

をエネルギー損失係数と呼ぶ。f=0の場合は何の損失もなく、チェインの落下速度は自由落下速度になる。f=1になると、チェインは浮上できなくなる。実験ではf=0.6程度の値を得ている。つまり

v=sqrt(1.25gH)

となる。

一方Briggsの公式は

v=sqrt(gH/(1-α-β))

である。ここでαはチェインの出発点でチェインを押し上げる力の係数である。具体的に書くと、押し上げる力をF_pとして

F_p=(1-α)mv^2

ここでmはチェインの質量線密度である。Briggsはαの値を求めるために、チェインが円筒の連なりであると仮定して、理論式を出している。

βはチェインが着地する時に、床下に引きずり込まれる力の係数を表し、床面直上での引き込む力をTとすると

T=βmv^2

としている。Briggsは実験と理論との比較から

α=0.12, β=0.11

としている。従って

v=sqrt(1.3gH)

となり、我々の結果とそれほどは違わない。

しかしBriggsの理論は承服しがたい。まずチェインを床面下に引きずり込む力などあるはずが無い。つまりβ=0でなければならない。このことはエネルギー保存則から簡単に証明できる。なぜならチェインが床面に衝突直前のエネルギーと直後のエネルギーを比較すると

mv^2/2-T=0+0+mv^2/2

となる。ここで左辺第1項はチェインの運動エネルギー、第2項は問題の張力である。右辺の第1項は運動エネルギーで0、第2項の張力は床に落下した後だから0、第3項は運動エネルギーが失われた相当分の熱エネルギーである。故に

T=0

でなければならない。

もしβが0でないとして、チェインが床に引きずり込まれるとしたら原理的には永久機関ができる。なぜなら、他の損失が無いとしたら、チェインの速度は自由落下速度を超えるからである。もしそんなことが起きたら、落下したチェインのボールを自由落下速度で上に投げ上げると、元のビーカーの位置に戻り、差額のエネルギーが取り出せるからである。

αに関しても、Briggsの理論はチェインが円筒の連なりと仮定して理論を立てているが、実際のニュートンビーズはボールチェインであり、球の連なりである。もっともBriggsはパスタで円筒のつらなったチェインを作り実験して成功している。しかし彼の理論では、ボールチェインは取り扱えない。

我々の結論として、Briggsの論文は良い所まで行ってはいるが、物理学的には間違いであると思う。

 

なぜ鎖(チェイン)が浮き上がるか

チェインが浮き上がる事の直感的説明は難しい

チェインの形に関しては我々もBriggsも同じ結論を得ている。つまり逆懸垂線である。その出し方は少し異なるが、基本的には同じである。式は簡単に導出できて、その解も簡単に求まる。難しいのは式の解釈である。

問題はチェインが浮かび上がる理由を直感的に、一般の人に分かるように簡単に説明することである。これがデレビ局に求められている説明だ。これが実に難しい。

慣性系で式を書くと、チェインに働く力は重力と鎖の張力「だけ」である。重力の方向は当然下向けである。張力も下向きの力になる。だからそれらの合力も下向きだ。それではなぜチェインは上に上がるのか? これは当然の疑問だが、物理的には不適切な質問だ。

なぜならボールは投げ上げると、なぜ上に上がるのか? 重力は下向きに働いているのに。という質問と基本的に同じであるからだ。力は下向きでも物体が上向きに運動するのは可能だ。チェインの場合、重力の他に張力も働いて、結果的にあのような運動をするのである。しかしそういわれても、納得する人は少ないであろう。

そこで少し強引ではあるが、次のように説明しよう。慣性系で考えると腑に落ちないので、チェインとともに運動する系で考える。するとチェインの形が上に凸であるので、上向きに遠心力が働いて、それと重力、張力が釣り合うと考えるのだ。

いまチェインの一部を取り、その線素にたいする力の釣り合いを考える。チェインに働いている力は、1) 重力、2) 張力、それに3) チェインが運動することによる遠心力だ。

チェインが定常状態にあるとすると、これらの3力が釣り合い、合力は0と考えるのだ。重力は下向きの力である。チェインの張力の合力は下向きである。張力の合力のチェインに垂直な成分をケルビン力とよび、大きさはT/rになる。ここでrはチェインの曲率半径である。チェインが運動することによる遠心力は上向きである。

チェインの一部を取り出し力のバランスを図示すると図のようになる。つまり

遠心力+張力+重力=0

という式になる。ここで慣性系で考える為に遠心力を右辺に移項する。

張力+重力=-遠心力=向心力

つまり慣性系での式は

向心力= 張力+重力

となって、ボールの運動の式と基本的には同じになる。ニュートンビーズの浮上の説明

ハンマー投げと遠心力

このことは次の例で考えると分かると思う。今、人がハンマー投げのハンマーをぶん回している。その時の力はどうなるか。ここで重力は無視できるとする。ハンマーに働く真の力はロープにかかる張力だけである。この状況をハンマーに乗った回転系で考える。するとハンマーにはロープによる張力とともに、遠心力が働く。ハンマーは回転系にたいして静止しているのだから、それに働く合力は0だ。つまり

張力+遠心力=0

この式を慣性系で考えると

張力=-遠心力=向心力

つまり

向心力=張力

という運動方程式になる。

この例は月がなぜ地球に落下しないかと言う、ニュートンの疑問の答えでもある。月は地球に引かれている。でも地球に落下しない。なぜか? 月とともに運動する回転系で考えると、地球に引かれる重力と、月の公転による遠心力が釣り合う。これを慣性系で考えると、月は地球重力のもとで円運動する。その向心力は遠心力と大きさが等しく、逆向きである。

チェイン浮上の流体力学

チェインの例はつぎのようにも説明できる。いまチェインに伴う運動量流速Pを考える。

P=mvv-T

ここでmはチェインの質量線密度、vは流速、Tは張力である。このmvvが、遠心力になったり向心力になったりする項である。しかしその項をマイナスの張力、つまり圧力と考えるのだ。するとPは全体として疑似圧力とみなせる。ニュートンビーズが空中に浮かぶのは、Pが正の時である。この解釈ではチェインはPという疑似圧力を持った流体の重力場中での運動という事になる。

ニュートンホースの提案

すると次のような実験も考えられる。水が流れるホースを、その位置が鉛直面内に制限されていると仮定する。そして一方の端から勢よく水を入れると、ホースは運動量による疑似圧力、水の圧力、ホースの張力により上に浮き上がるだろう。このときもしホース自体の張力が無視できるなら、つまりフニャフニャのホースなら、ホースの形は逆懸垂線になるはずだ。さらにいえば、この状況でホースをサイフォンにする。つまりホースの一端を高い位置に置いた水の容器にいれるのだ。するとホースはニュートンビーズのように浮き上がるだろう。これをニュートンホースとよぼう。

 

 

   
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