| (続)静岡大学での出会い(ブログ その22) |
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| 作者: 坂東昌子 |
| 2009年 7月 29日(水曜日) 12:32 |
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年齢制限への挑戦・・・ 静岡大学での奇しき再開は、当法人の、「京都府の雇用促進プロジェクト『京都未来を担う人づくり推進事業』への応募者に対する年齢制限を問う」の アピール と関係している。佐藤名誉会長と連名で出したアピールのきっかけは、このプロジェクトに興味を持ち、応募しようと思ったあるポスドクが、「年齢を超えているので諦めます」といわれたことから始まっている。 アピールを出しながら、私は、はるか遠いある出来事を思い出した。実は静岡大学というと、なんとなく、温かい親しみの感触があった。どうしてかな、と思っていた。それが、ある出来事とつながっていたことがわかったのである。 それは、もう30年以上も前のはるか遠い記憶であった。当時、女性研究者のほとんどは、国立大学の助手以下の身分であった。つまり、当時でも、大学の教員の中で、助手までの階層には、多少は女性も存在した。しかし、女性研究者のほとんどは、それ以上の身分にはなかなかなれなかった。このことは、統計的には明らかであって、「The higher, the lower rate」(高い階層ほど比率が少なくなる)とか、「ガラスの天井(Glass Ceiling)」と言われた。目に見えない厚い天井があって、上へ昇れないのだという意味である。ポスドク問題は、今や男性にも重くのしかかっていて、まさに、非正規雇用から正規雇用になるのは「ガラスの天井」どころではなくなったが、当時は、女性特有の障害であった。その意味では、女性は、昔からこの重い問題をずっと抱え、経験してきたのである。私も、長く京都大学の助手をしていた。 塩川さんのことを思い出したのは、以下の事件があってからである。 そして、なんと、彼女は採用されたのだ!私たちは、この朗報に躍り上がって喜び、彼女の挑戦に拍手を送った。 塩川さんもあっぱれだけど、それより静岡大学が、公募できちんと評価して、年齢制限にも関わらず、正確にいいものを見て議論を深め、塩川さんに決めた、というのがうれしかった。静岡大学のスタッフは、相当なレベルだと感心したものであった。年齢だの、性別など、気にするのは、本当にみる眼をもたない自信のないあらわれではないか。 彼女は、期待にこたえて、いや期待以上に、スマートに研究をこなし、見事に、静岡大学工学部教授第1号になられ、期待以上の活躍をされたのだ。ところが・・・ 「塩川先生はスマートに教授職をこなし、スマートにやめられましたよ」 「え?やめたって?定年前に、ですか?」 「そうですよ。塩川先生は、ベンチャーの社長ですよ」 あの、塩川さんが、そんな人生をたどられたのか! 「あのときは、ダメモト(ダメでもともと)の気持ちでしたね.このこと以来,ダメモトという気持ちで自分を前に進めることができるようになりましたよ.」 という塩川さん。可能性がどんなに少なくても、応募しなかったら、可能性はゼロ、応募先に、どんな正論を吐く人が審査に加わっているかわからないではないか。その可能性はゼロではないのだ。挑戦してこそ可能性は開ける!人生、一度しかないのに、悔いを残してはいけない。「諦めないで、挑戦すること」を自ら実行したという例として、塩川祥子さんの挑戦は、大いにみなさんを励ますだろう。 早速メールアドレスを教えてもらい、メールを出した。
うれしいお返事が来た。
そうだったのか。こんなところにも、私を応援してくださっていたのか、そう思うと、目に見えないネットワークでつながっている、たくさんの仲間がいることを、ほんとに幸せだと思う。 そして、いつか、プロジェクトX、いやプロジェクトXX第1号として登場してほしいものだ。 |
