研究所紹介  

   

活動  

   

情報発信  

   

あいんしゅたいんページ  

   

聖子ちゃんの冒険 その2

詳細

鉄輪(かなわ)

聖子ちゃんと森先生

森先生が大学を出て京都の小学校の先生になった。その時に森先生が聖子ちゃんの担任になったのだ。さらに貧乏な森先生は、お金持ちである聖子ちゃんのお父さんのマンションに住むことになった。それで森先生は聖子ちゃん達姉妹と親しくなった。森先生は聖子ちゃんの家に行ったり、また聖子ちゃん達が森先生の部屋に来たりして、森先生はその姉妹と遊んだ。森先生は姉妹の中でも特に真ん中の聖子ちゃんが気に入っていた。森先生が撮った子供の頃の聖子ちゃんの写真が沢山残っている。

聖子ちゃん達が森先生に会うといつもお話をせがむのだ。「先生、お話をして頂戴」

森先生は子供達の気を引くために、色々なお話を考えだしたのだ。その関係が今まで続いていると言うわけだ。姉は大学を卒業して東京に行ってしまった。末娘はまだ高校生である。

アリスとドジソン

聖子ちゃんと森先生の関係は、「不思議の のアリスの冒険 Alice’s Adventures in Wonderland」の主人公であるアリスとルイス・キャロルことドジソンの関係と似ていなくもない。アリスの場合、子供の時はともかく、アリスがものごころついた頃に、アリスの母が2人の交際を禁じてしまったのだ。その理由はよく分かっていない。ドジソンの当日の日記が破られているからである。ドジソンは生涯独身を貫いたのだが、彼の甥が日記を破ったと考えられている。

アリスは大きくなって、ビクトリア女王 の王子と恋仲になったのだが、その結婚は女王に禁じられてしまった。いかにアリスが有名とはいえ、王子が王族でない娘と結婚するわけにはいかないのだ。結局、アリスは金持ちの地主のボンボンと結婚した。

ドジソンは当時流行り始めた写真術に凝っていた。だからアリス達姉妹の写真を沢山残している。ドジソンはアリスとの交際を禁じられた後も、多くの少女たちとつき合っている。更には少女たちのヌード写真すら撮っているのだ。これは芸術的なヌード写真の嚆矢ともいえるものだ。もっとも写真を撮るときは、少女の母親がついていたことは確かである。ドジソンがアリスのヌード写真を撮ろうとして、母親が危機感を感じたのかもしれない。あるいはドジソンがアリスに結婚を申し込んだとも言われている。真相は藪の中である。

もっとも、森先生と聖子ちゃんの関係は、アリスとドジソンとは違って、聖子ちゃんの母親公認であり、母親はなんとか二人を結婚させたいと思っているのだ。さらに、森先生は後に聖子ちゃんのヌード写真を撮ることに成功するのである。

4人組と聖子ちゃん

あるときにまた4人組が秘密研究所に集まるから、聖子ちゃんも来ないかと誘われた。 4人組とは数学の天才でロリコンの森准教授、人工知能とロボットの天才で2次元女性愛好家の高山准教授、コンピュータ・プログラミングだけの天才でリアル・ドール愛好家の林助教、それにマッドサイエンティストを自称する松谷名誉教授である。

その大学の3回生の聖子ちゃんは、講義の後でいそいそと、大学の某所の地下にある秘密研究所に出かけた。そこは聖子ちゃんのお父さんである森田工学部長の人工知能・ロボット研究室である。高山先生は森田研究室の准教授で林君は助教なのだ。

そこにはすでにいつもの4人組が待ち構えていた。

「みなさん、こんにちは。先生、こんにちは」
「やあ、聖子ちゃん、こんにちは。今日はフリフリの服がかわいいね」と森先生。
「はい、そう言ってくださって、うれしいです」
「君はいつ見ても、花のように美しい。この陰気な研究室がパッと明るくなるよ」と松谷先生。歯の浮くようなお世辞は松谷先生の得意だ。
「そこまで言っていただくと、なおうれしいです」と聖子ちゃん。

高山先生、林君も挨拶したが、なんせ学部長でボスの美しい娘だから、恥ずかしがって目を伏せた。だいたい、松谷先生のような、こそばいようなお世辞が言える歳ではない。

「皆さん、森先生はお話の名人なのですよ。私は子供の頃から、ずっと先生のお話を楽しみにしてきました」と聖子ちゃん。
「へえー、そうなのか、ぜひ聞きたいね」と高山先生。
「僕も聞きたいです」と林君。
「是非聞かしてくれたまえ」と松谷先生。

謡曲「鉄輪」

「そうだなあ、それじゃあご要望に応えて話をするか」と森先生。
「今日はどんなお話ですか?」と聖子ちゃん。
「今回は鉄輪(かなわ)の話だ」と森先生。
「鉄輪って何ですか?」

「かなわとは普通は金属製の輪だが、囲炉裏で使った生活用品のことだ。これは五徳とも言う」
「五徳って、織田信長の娘の名前ですね?」
「ハハハ、よく知っているね」
「へへへ、所で鉄輪ってどんな形をしているのですか?」
「丸い鉄の輪に三本の足が付いている。その足を下にして囲炉裏の灰の中に立てる。そして輪の上にナベを置く」
「その鉄輪と先生の話と何の関係があるのです」

「今日は鉄輪という世阿弥作の謡曲の話だ」
「ヘエ~、謡曲ですか。チョッと苦手だなあ。どんな話です?」
「ある女の夫が別の女の元に走ったので、嫉妬に狂った女が、男と女に復讐を試みる話だ」
「浮気ですね ?」
「いやかならずしも、そうとも言い切れない。当時の貴族の男性はたくさんの女性を妻にすることができたのだ。例えば光源氏の場合、紫の上は正室ですらない」
「それなら夫が他の女性のところに行っても良いのですか」

「当の女としては面白くないだろう。平安時代の話だ。橋姫という女の夫が他の女に走った。それに対する嫉妬のあまり、橋姫は貴船神社に詣でて、男と女への復讐のために鬼になりたいと願った。社人に教えられた方法は、赤い着物を着て、顔には朱を塗り、頭には鉄輪をのせて、その先にロウソクを差し、それに火を付け、怒りの心を持てという。これで貴船大明神のお告げどおりに鬼になったのだ」

「ほおっ」と一同。

「ところが当の男は、なんか夢見が悪く身体の調子が悪いので、陰陽師として有名な安倍晴明に見てもらった。そうしたら安倍晴明は、あなたは女に呪われていて、今夜にも命が危ないと言う。そこで男は安倍晴明になんとかしてほしいと懇願する。そこで安倍晴明は一計を案じる。男と女のわら人形に二人の名前を書いたものを入れて、それを人間に見せかける。それを竹で作った台の上に置き、その背後には三十番神を配置して、襲いかかる怨霊を退散させようという計画だ。橋姫は、その夜、鬼になって、二人を襲うのだ。人形を恋しい、恨めしい男と思った女は、人形に語りかける。謡曲ではこうなる」

「 臥したる男の枕に寄り添い いかに殿御よ めずらしや 恨めしや  御身と契りしにその時は 玉椿の八千代二葉の松の末かけて 変らじとこそ思ひしに などしも捨ては果て給ふぞや あら恨めしや 捨てられて 捨てられて 思ふ思ひの涙に沈み 人を恨み 夫(つま)をかこち 或る時は恋しく または恨めしく 起きても寝ても忘れぬ思ひの因果は今ぞと 白雪の消えなん命は今宵ぞ いたわしや 悪しかれと 思わぬ山の峯にだに 思わぬ山の峯にだに 人の嘆きは生うなるに 況や年月思いに沈む恨みの数々 積もって執心の鬼となるも理(ことわり)や いでいで命を取らん いでいで命を取らん」

「あー、怖いー、女の恨みは恐ろしい」と男たち一同。

聖子ちゃんは言った。

「謡曲を聞くと、悲しい話ですね。その女が一概に悪いとばかりは言えませんね。『御身と契りしに』と言っているわけですから。そのあとで男は女を捨てて、別の女のもとに走っている。女は男を恨みながらも愛することを止めることができない。相手の女にやるくらいなら、男を殺そうとしたわけですが、それは愛情の裏返しですね」

「君はこの謡曲は男の論理だと言いたいのだろう」
「そうですわ。私は先生のお嫁さんになるのが、子供の頃からの夢ですから、先生も私を捨てたら、私は橋姫になりますよ」
「おお怖い。僕は聖子ちゃんに呪い殺されるのか」
「冗談、冗談、冗談ですよ。先生、本気にしないでください」
「ああ、怖い」

橋姫伝説

森先生は続けた。

「この謡曲では、橋姫は貴船神社に丑の刻に参詣して、社人から鬼になる方法を学んだ。このように丑の刻に神社に参ることを丑の刻参りという」
「丑ノ刻って何時ですか」
「午前1時から3時までの真夜だ。先ほどの橋姫は夜中に京都からわざわざ貴船まで行ったことになる。当時は叡山電車はないから、大変だったろうな」

「どのみちを通ったのでしょうね」
「女は五条あたりに住んでいた。そこから北に上がり、深泥池のそばを通って、市原を通過していくのだ」
「なかなか大変な道のりですね」
「今なら自動車だろうね」
「私、貴船神社には遠足で行ったことがあります。いいところですよ」
「いや、今でも貴船神社は丑の刻参りのメッカになっている」
「へえっ」と一同。
「実際、貴船神社の神木には五寸釘が打ち込まれた跡がある」
「五寸釘?」
「憎い相手の人形を作って、それに五寸釘を打ちこんで、呪殺するのだ」
「おお、怖っ」

「橋姫に関しては更に面白い話がある」
「どんな話ですか ?」
「橋姫は相手の男と女だけではなく、夜な夜な京都の町に現れて、道行く人を殺したと言う話に発展したのだ」
「おお、怖っ」
「橋姫が京都の夜に現れたので、誰も夜には外を出歩かなくなった。そのとき源頼光の四天王のひとりであった渡辺綱が、主人の用事で一条大宮に行った。その帰りに一条堀川の戻り橋を通る時に、若い女が歩いていた。綱は、夜は危ないので五条まで送りましょうと言って、その女を馬に乗せた。女は実は家は都の外なので、そこまで送ってくれませんかと頼んだ。綱は分かりましたと言って女を送ろうとしたら、その女は急に鬼の姿になり、愛宕山へ行こうといって、綱の髪の毛をつかんで飛び立った。渡辺綱は髭切丸という太刀を引き抜いて鬼の腕を切り取った」

「怖い話ですね」
「これにはまだ話の続きがある。腕を切り取られた鬼が、老婆に化けて腕をとり返しに来るという話だ」
「酒呑童子の話ですね」
「そうだ。いろんな話がごっちゃになっている」

丑の刻参りの作法

「女には場合によっては、丑の刻参りをしなければならない状況もありますね。参考の為に、丑の刻参りの作法をもういちどきちんと教えてください」と聖子ちゃん。

「そんな余計なことは覚えなくてよいよ」と森先生。
「いえ、私が先生を呪おうというわけではありません。単なる好奇心ですから、安心して話してください」

「うん、後世に確立した方法では、白装束を着て、顔にお白粉を塗り、頭に鉄輪をかぶり、それにろうそくを立て、1本歯の下駄を履き、鏡を胸に下げ、守り刀を持ち、口に櫛をくわえ、神社のご神木に、憎い相手に見立てた藁人形に、相手の体の一部や名前をいれ、それに五寸釘を打ち込む。丑の刻参りをしている姿を人に見られると、呪いが自分にはね帰ってくると信じられ、見た相手を殺さねばならないとされている」
「怖いですね。というより実行するのは大変ですね」

「ネットを調べると丑の刻参りセットが売られているよ」と高山先生。
「すごいですね。どんなものですか?」と聖子ちゃん。
「これだ。このセットでは神社のご神木の代わりに、板が入っている。これに藁人形をうち付けるのか」
「なるほど、丑の刻に丑虎の方角に向かって呪いをほどこすか。白い衣服をまとい、口に五寸釘を咥えて、右手に金槌、左手に憎い相手に見立てた人形を持って、呪いの言葉を発しながら、五寸釘を人形に打付けるか。お参りは長い程よく、7日間連続で行うか。最後に縄で首をしめると良いとも書いてある。しかも純正の京都北山の杉を使っているそうだ。なかなか凝っているな」と高山先生。

「ネットを見ると、丑の刻参りの代行システムというのまであるよ。なんと14日間で5万円だそうだ」と松谷先生も口を挟んだ。
「すごいですね。でもちゃんと、心を込めて呪ってくれたのか、確認する方法がありませんね」と聖子ちゃん。
「何とここには『呪い方、教えます』という本までありますよ。定価1600円だそうです」と林君。

「平安時代も現代も、男と女の間の闇は深いのだ」と森先生。
「身につまされますね」と聖子ちゃん。
「愛し愛され、ハッピー、ハッピーという状態は非常に珍しいのだ。始めはそうであっても、それを持続させることは極めて困難なことだ」と森先生。
「そんなあ、愛は永遠ですよ」と聖子ちゃん。

「いや、恋は数年しか続かない事は、科学的に証明されているのだよ」と、無粋なことを言う松谷先生。
「そんなあ、私はそんなことはありませんよ。でも、どうしてですか?」
「恋は、人間の体内に生成されるPEAホルモンのせいなのだ。ところがこれが分泌される期間は短いのだ。半減期は2年以下だよ。4年で0になる」
「なんか、放射性元素みたいですね」と高山先生が混ぜ返した。
「恋と放射能を一緒にしないでください」と、少しむっとした聖子ちゃん。

「男が浮気なのは生物学的に理由のあることだって知ってるかい?」と。また無粋な事をいう松谷先生。

「そんなあ、なぜです」
「男にとって、自分の子孫を残すための良い方法は、できるだけ多くのメスに自分の精子をばらまくことだ」
「そんなあ、私は先生一筋です」と聖子ちゃん。
「うん、メスにとっては、多数のオスを相手にしても意味は無い。身ごもった子供を大事に育てることが、メスにとって一番有効な手段だ」

「ともかく、私は先生一筋ですから。先生、忘れちゃダメですよ」と聖子ちゃん。
「それでも、森先生が浮気したら、聖子ちゃんはどうする?」と、無粋を極める松谷先生。
「その場合は、丑の刻参りをします。じゃあ方法を、よく勉強しておこおっと」
「松谷先生、聖子ちゃんをけしかけないでくださいよ」と、困惑顔の森先生。
「ははははは、ごめんごめん」

「ところでこれで話は終わりですか?」と聖子ちゃん。
「いやこれから、僕の話が始まるのだ。今までは単なる予備知識の復習だ」と森先生。
「待ってました」と一同。

続く

   
© NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん (JEin). All Rights Reserved