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聖子ちゃんの冒険 その4

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天狗の白玉先生と聖子ちゃん

天狗の白玉先生

今日もまた例の5人組が秘密研究所に集まった。いつものように松谷先生のお世辞が始まった。

「聖子ちゃん、君はなんて魅力的なのだ」
「ありがとうございます。でもそれほどでもありませんわ」
「いや、それほどでもあるよ」とは森先生。森先生も松谷先生に感化されて、結構言うようになった。
「うれしい」と、素直な聖子ちゃん。

聖子ちゃんは続けた。

「森先生、またお話をしてください」
「そうだね。それでは話そうか」
「今日はどんなお話ですか?」
「今日は天狗の白玉先生と聖子ちゃんの話だ」
「わあ、なんか面白そうだな。私が主人公なんですか?うれしいな。でも天狗の白玉先生って何ですか?」
「天狗の白玉先生は大文字山に住む天狗なのだ」
「なぜ白玉先生というのですか?」
「それはね、森見登美彦の『有頂天家族』という小説の中に出てくる、天狗の赤玉先生をもじったのだ。僕の話は森見さんのパクリだと言われても仕方ないが、キャラクターは借りているが、話はオリジナルだ」

「森見さんの小説では、なんで赤玉先生というのですか?」
「それは赤玉先生が、赤玉ポートワインが大好きだからだ」
「赤玉ポートワインとはなんですか?」
「サントリーが売っていた、甘いワインだ。今では赤玉スイートワインというそうだが」と松谷先生。
「赤玉が白玉か、なんか安易だな」と高山先生。
「うん、でもまあいいじゃないか。名前を考えるのは大変なんだ」と森先生。

「聖子ちゃんとは私の事ですか?」
「いや、滋賀県に住んでいた高校生の女の子のことだ。君に似て可愛い女の子だ。この聖子ちゃんが白玉先生にさらわれて、鬼の女房よろしく、白玉先生の家政婦兼、秘書兼、愛人兼、弟子になったという話だ。ちなみにこの聖子ちゃんも森見さんの小説のヒロインの弁天のパクリだ。でも話はオリジナルだ」
「なんか面白そうだな。ところで大文字山にはそんな天狗が住んでいるのですか?どこに住んでいるのですか?」
「それがこれからの話だ」

ある暑い夏の日だ。滋賀県の女子高生であった聖子ちゃんが、琵琶湖の湖畔をほとほとと歩いていた。その時上空を飛んでいた白玉先生が、聖子ちゃんを見かけた。先生は現在の家政婦兼・・・である幸代さんの代わりを探していたのだ」

「なんで幸代さんと言う名前なのですか」と聖子ちゃんが口を挟んだ。
「大学の女子学生の名前を拝借しただけだ」と森先生。

白玉先生は幸代さんを3年契約でさらってきたのだ。そろそろ年季奉公があけるので次を探さなければならない。上空から聖子ちゃんを見ると、白玉先生ごのみのいい女であった。そこで彼女をさらうことに決めたのだ。

白玉先生は聖子ちゃんの前にひらりと飛びおりた。そして驚く聖子ちゃんを右手に抱いて、空に飛びあがった。聖子ちゃんは驚愕して大声を出した。

「助けて」
「驚かなくてもいい。わしは白玉先生という天狗だ。大文字山に住んでいる。わしはお前を取って食おうという訳では無い。3年契約でわしの世話をしてもらいたいのだ。謝礼は弾む。詳細は大文字山のわしの家に着いてから説明する。それよりも下を見ろ。わし達は丁度、比叡山の真上を飛んでいるところだ。もうすぐ大文字山につく」

こうして2人は、東山の山中にある白玉先生の家に着陸した。その家は半径数十メートルの敷地の中央に建っていて、そのまわりを厚い森が遮断していた。家も木の下にあるので、上空からはよく見えなかったのだが。

そこでは幸代さんが2人を迎えた。

「おお、幸代か、出迎え御苦労、ここに連れて来た女がお前の後継ぎだ、よろしく説明と世話を頼む」

白玉先生はそれだけいうと、さっさと家の中に入ってしまった。幸代さんは驚いている聖子ちゃんに向かって次のような説明をした。

「こんにちは、私は幸代と言います。3年前に白玉先生にさらわれて来て、それ以来ここに住んで、先生の家政婦兼、秘書兼、弟子をしています。3年契約ですので、次の方が来られたら、下界に帰ります。あなたが、天狗先生が気に入った次の方ですね。お名前は何といいますか?」
「聖子といいます」
「聖子ちゃんですか。とてもお美しいですね。白玉先生の好きそうな方ですね」

「そもそも白玉先生とは何者なのですか?」
「白玉先生はこの大文字山の主である天狗ですよ。なんでも桓武天皇の御代にお生まれになったとか。桓武天皇が平安遷都をされたのは794年ですから、白玉先生のお年も1200歳以上ということになりますか」
「ひえー、信じられない」
「白玉先生は藤原の道長も顧客だったと豪語しておられますよ」

「へえ!ところで幸代さんは、その白玉先生の家政婦兼何とかとおしゃいましたが、具体的には何をしておられるのですか?」
「先ず白玉先生の身の回りのお世話です。食事を作ったり、風呂を沸かしたりします。さらに白玉先生の家計も預かっています。後でお見せしますが、白玉先生はとてもお金持ちで、金庫には何十億円も入っているのですよ。銀行預金もそれくらいあります。それをこれからはあなたが管理するのです。といっても私たちは、ここを簡単に出ることはできませんので、幾らお金があっても意味がありませんが」

「すごいですね」
「あっ、それから申し上げておきますが、私の月給は月100万円です。それが毎月みずほ銀行の出町支店の私の口座に振り込まれています。しかし私はお金を使うことができませんので、すでに3600万円も溜まってしまいました。退職金も400万円いただけるそうです。このお金を持って私は下界に降りて、マンションを借りて、それから OL でもしようかと思います」
「そんなにもらえるのなら、白玉先生の家政婦になるのも悪い事ではありませんね」

「いえ、さらに申し上げておきますが、そのお金には白玉先生の夜のお世話も含まれているのですよ。白玉先生はお年寄りですが、そちらの方もお元気なので、毎晩お世話しなければなりません」

ここで本物の聖子ちゃんが口を挟んだ。

「夜のお世話って、何ですか? あっそうか。白玉先生はお年寄りだから、おねしょうして、それの世話ですか? いやだなあ」

一同は困って、聖子ちゃんのとんちんかんな問いに、答えられなかった。ようやく松谷先生が言った。

「いずれ君も、森先生の夜のお世話をすることになるよ」
「へえー、そうなんですか? なにをするのだろうな」と聖子ちゃんは不審そうであったが、森先生はかまわずに話を進めた。

「ひえー、私は高校生ですよ。男の人の夜のお世話なんかしたことありません。それにあんなおじいちゃんは私のタイプではありませんから、夜のお世話なんてイヤですよ」と物語の聖子ちゃん。

ここでまた本物の聖子ちゃんが口を挟んだ。

「森先生は私のタイプですから、森先生の夜のお世話はイヤじゃありませんよ」

みんなは、なんと言って良いか分からず、苦笑いして、何も答えなかった。

「確かに私が3年前さらわれて来た時に、そう思いました。でもね、白玉先生は天狗ですよ。あとでその商売の詳細を先生からお聞きになると思いますが、先生の持っている神通力はすごいのですよ。きっとあなたも病み付きになると思いますよ。私も本当はもっといたいのだけれども、白玉先生は千年たっても、どうも若い女ばかりが好みなようで、困ったことです。1200年で3年契約の女房ですから、これまで400人の女をものにしたと自慢たらたらなのです」

と言って、幸代は家の中を案内した。玄関を入ったところは20畳敷きぐらいの大きな部屋になっていて、真ん中にはいろりが掘ってあった。白玉先生はその横で寝ていた。その部屋の奥には白玉先生の寝室と幸代さんの自室があった。幸代さんの部屋には本が沢山あった。さらに台所、食堂、風呂、トイレ、書庫、納戸などもあった。結構な広さである。幸代さんの説明によれば、水は山から引いてくる。それをタンクにためて、食事や風呂やトイレに使う。ちなみにトイレは浄化槽式になっているという。燃料は山から取って来た薪である。家の外の納屋に積んであった。

こんな家をどのようにして作ったかと聞くと、鞍馬山に住む烏天狗に頼んだそうだ。彼らの時給は1万円、1日に8時間働いて日給8万円、そんな烏天狗を10人雇って1日80万円、30日間雇って2400万円支払ったという。烏天狗達との友好関係を保つためにはこのぐらいの金はおしくないと白玉先生は言ったという。烏天狗達は家を建てる資材を飛んで運んだそうだ。比較的最近作ったもので、結構現代的な設備がそろっている。

幸代さんの説明によると、一番の問題は電気だという。一応太陽電池パネルが設置してあるのだが、大した電力が得られないので、あまり電化生活は期待しない方が良い。ラジオはあるがテレビがない。電灯はあるが、夜は早く休むという。

食料品だが、これは白玉先生と一緒にカナートに買いに行くと言う。幸代さんは空を飛ぶことはできないが、白玉先生に抱かれると、空を飛ぶことができる。日中に空を飛ぶと、人目につくので、夜になってから出かけると言う。白玉先生に抱かれて、2人で飛び上がり、高野川の河川敷に着陸する。夜だから人には見つからない。カナートで8時近くになり、半額になった刺身を買うのが白玉先生の趣味だそうだ。そんなに金持ちなのにどうして半額の刺身を買うかと言うと、何か得したみたいで、楽しいからだと言う。その時間になるとカナートには半額ねらいの人々が集まって来ている。それらの人々と競争して、いかにして良いものを半額で買うかが楽しいのだという。

幸代さんは朝早く起きて、先ず第1にする仕事は朝食の準備である。ご飯を炊くのが結構大変だそうだ。薪に火をつけて、ご飯を炊き、味噌汁を作り、お湯を沸かさなければならない。朝食が済むと白玉先生は仕事に出て行く。帰ってくるのは、夜になってからだ。

だから日中は、幸代さんは暇なのだそうだ。白玉先生は帰ってくるときにその日の新聞を何誌か買って来てくれる。だから半日遅れの新聞を読むのが楽しみだという。日中は幸代さんはもっぱら読書をして過ごすという。本はカナートの本屋で買ってくる。だから幸代さんの部屋は本で一杯なのだ。聖子ちゃんにこの本を全部譲るという。

さらに裏にある書庫には白玉先生が平安時代以来集めた本があるという。源氏物語の初期の写本とか、枕草子の原本とか、現代の学者が見たら仰天するようなものがいっぱいあるという。さらに歴代の鬼の女房が集めた本もある。江戸時代の本とか明治の本とか。でもこれらは読むのが難しい。聖子ちゃんは高校生なので、将来の大学入試を目指して、ここで受験勉強をすればどうかと幸代さんは言った。

幸代さんが説明を終わった頃に白玉先生が起き出して来た。大きくあくびしながら、聖子ちゃんに白玉先生の仕事について話し始めた。

「わしは天狗じゃから神通力を持って居る。しかし人間には神通力がない。そこでわしは神通力を人間に与える商品をレンタルしているのだ」
「レンタル?どういうことです」
「わしは日本中にお金持ちのお得意さんを沢山持っている。そのお得意さんにわしの商品をレンタルするのだ。売り切るよりレンタルの方が、結局は儲かるのだよ」

「そのレンタルするというものは、どんな商品なのですか?」
「先ず天狗眼鏡と言うものがある。商品名は TG300シリーズだ。これは物を通して向こうを見る眼鏡だ。 TG301型が一番安いもので、これを付けると、衣服を通して肌が見えるのだ。つまりありていに言えば女の裸が見られると言うわけだ」
「きゃー、イヤラシイ」
「わしは神通力があるから、眼鏡なしでお前の身体が透けて見えているのだ」
「ひえー、イヤラシイ」
「そんなお前、胸を隠しても、前を隠しても、わしの目はその向こうも見えるのだよ。だいたいわしがお前を選んだのは、上空から見てお前がいい体をしているのが分かったからだ」
「イヤラシイ」

幸代さんが言葉を挟んだ。

「聖子ちゃん、男ってみんなそんなものよ。男はみんなバカなのよ。そんな事に一々驚いていては、天狗先生のお世話はできませんよ」

「 TG302を使うと壁の向こうが透けて見える。だからこの眼鏡をかけて公衆浴場に行って、男湯から女湯を覗くことができる」
「イヤラシイ」
「 浴場で眼鏡をかけている男は、ワシの顧客だと思ってよい。TG303型を使うと、これは千里眼で望遠機能があるので、ラブホテルの外から中を覗くことができるのだ」
「イヤラシイ」

「 TG201型は天狗耳という。これを付けると、壁の向こうの声が聞こえるのだ。 TG300シリーズを使っても、音は聞こえないから、無声映画と同じことで味気ない。だから TG300シリーズをレンタルされたお客様には TG200シリーズもおすすめしている」
「イヤラシイ」

「これらのレンタル料は TG300シリーズで月に1万円、2万円、4万円だ。 TG201型で1万円だ。ほとんどのお客様は TG303と TG201をセットで借りられるので、月に5万円だ。こんな客を俺は200人も抱えているから、月収は1千万円だ。つまり年収はそれだけでも1.2億円ということになる。その中から、幸代には1200万円支払っているのだ。お前にも1200万円支払うから、わしの世話をよろしく頼む」

「月に100万円もくださるのは嬉しいですが、身の回りのお世話はともかくとして、夜のお世話っていうのは、高校生の私には困ります」
「わしが扱っている商品にはその他に惚れ薬もある。これを使うと、どんな女もイチコロだ。だからそのうちにお前もイヤ応なくわしに惚れることになる」
「そんな、私の自由意志をねじ曲げるなんて」

「聖子ちゃん、それは本当ですよ。だから私は、本当はここを出たくないのですよ。でも先生が、出て行けとおっしゃるのだから仕方ありません。あたしは本当はあなたが妬ましくて、仕方がないのですよ。先生、また何かありましたら、ぜひ私をお呼びください」
「そうだな、その時はよろしく頼む」

結局、仕事の引き継ぎのために、幸代さんはさらに10日間、この家に残って、聖子ちゃんに具体的な仕事を教えてくれた。聖子ちゃんは夜になると白玉先生と幸代さんに連れられて空を飛んで、カナートに買い物に行った。夜のお世話のやり方についても幸代さんは教えてくれたが、それについては、詳細は言わないことにしよう。

「私、夜のお世話の仕方を聞きたいな」とは本物の聖子ちゃん。

森先生は無視して話を進めた。

幸代さんは10日たって、いやいやこの家を出て行った。先生の話によると、幸代さんは出町商店街の裏通りにあるコーポ出町柳というマンションの一部屋を借りて、そこに住んだ。そして仕事を探して OL になったという。先生も時々、幸代さんのマンションに行くようであった。幸代さんはそれで満足した。でももう以前ほどにはお手当は出なかったのだが。

このようにして3年近くがあっという間に過ぎた。白玉先生は聖子ちゃんがことの他、気に入ったようで、他の女房には教えなかった、最高の秘技、空を飛ぶ方法を教えてくれた。

ところがある夜、白玉先生は張り切りすぎて、ぎっくり腰になってしまったのだ。先生は空を飛ぶどころか、立って歩くことすらできなくなった。トイレにもはっていく始末であった。

白玉先生の仕事は聖子ちゃんが引き継いだ。顧客に集金に行くと、金持ちの男たちは、にやにやしながら天狗眼鏡で聖子ちゃんの体を見て喜んだ。そんな事で年収1億2千万になるならたやすい事だと聖子ちゃんは思った。幾らでも見せてあげるわ。幸代さんの言うように、男はバカばかりだと聖子ちゃんは思った。

白玉先生が動けなくなり、聖子ちゃんは老人介護をしなければならない羽目になった。もはやこの家では不便極まりない。出町に住んでいる幸代さんと相談した結果、幸代さんの隣の部屋に先生を住まわせて、幸代さんが世話を引き受けることになった。そのかわり、月に100万円のお手当が再開された。幸代さんは OL として働いて、月に20万円にしかならない生活に、うんざりしていたのだ。もっとももはや夜のお世話は必要なくなったけれども。

聖子ちゃんはそれまでにもらった3600万円を元にして、マンションを買った。大文字山の家は気に入っているのだが、電気がこないことが最大の欠点であった。実は家にある金庫の暗証番号は、聖子ちゃんだけが知っているので、金はいくらでも自由になるのだ。白玉先生は家に戻れないし、それにあの家は、周りに結界が張ってあるので、他人は入ることはできない。空から入るしかないのだ。たとえ入っても金庫から金を取り出すことはできない。幸代さんも暗証番号を知らないから、金を取り出すことができない。白玉先生の預金を別とすれば、財産は全部、聖子ちゃんの手中に入ったのだ。がらんとした家の真ん中に立って、聖子ちゃんは両手を広げて叫んだ。

「これはみんなウチのもんや!!」

白玉先生は幸代さんの看護でようやく歩けるようになった。でも空を飛ぶことはできなくなった。一番大切な神通力が失われたのだ。のぞき見の神通力だけ残っても何の意味もない。

白玉先生は聖子ちゃんに対する、恋情が高まって、逢いたくて仕方がない。その事を幸代さんに言った。幸代さんも今では、白玉先生との関係は月給100万円が目当てになっていたので、白玉先生の心が聖子ちゃんに向かっても気にならなかった。

幸代さんは白玉先生の夜のお世話ができないので、別にボーイフレンドを作っていたのだ。幸代さんはそのボーイフレンドに、白玉先生からもらった金をせっせと貢いでいた。そのボーイフレンドはその金でルイヴィトンのバッグを買って、別の女に貢いだ。もっともそのヴィトンは、烏丸今出川にある質屋の加藤商店で買ったものなのだが。女はそのヴィトンをもらうと、早速、加藤商店に行って、それを売った。男と女の関係は複雑なのだ。

白玉先生は聖子ちゃんへの恋文を書いて幸代さんに託した。幸代さんは聖子ちゃんのところにそれを届けて、返事をもらって来た。

白玉先生はどうしても聖子ちゃんと会いたいと書いた。聖子ちゃんの返事では 、何月何日の夜10時に、京都四条の鴨川の近くに建っている南座の屋根の上でデートをしようと指定してきた。神通力のなくなった白玉先生にとって、南座の大屋根にはい登ることは大変なことであった。しかし聖子ちゃんが恋しい白玉先生は必死の思いでようやく屋根の上にはい上がった。

「あら先生、お久しぶり」
「聖子ちゃん、わしはお前のことが恋しうてたまらん、どうかわしのもとに戻って来てくれ。また月に100万円やるから」
「ほほほほほ、もう私は月に100万円では釣られませんよ」
「じゃあ、200万円ではどうだ?」
「200万円も出せるなら、幸代さんにあげてください。私はビタ一文いりません」
「そんな事言わんで。なあ、頼む」
「話はそれだけですか。それでは先生さようなら」 

聖子ちゃんはそれだけ言うと、ひらりと飛び上がり、対岸の東華菜館の屋根に飛び移った。白玉先生は呆然とその姿を眺めているだけであった。

「というわけだ。聖子ちゃん」と森先生。
「面白かったですわ。でも東山山中にそんな天狗の家があるのかしら。先生はどうしてそんな事を考えられたのですか?」
「松谷先生のブログに東山山中の秘密神社『九十四露神社』という記事があったのだ。それに着想を得たのだ」
「ああ、前回の橋野姫子さんが丑の刻参りをした秘密神社ですね」と聖子ちゃん。
「うん、そうだ」
「あの九十四露神社は僕と島田製作所の井坂さんとで、その昔、発見したのだ。最近になって、その場所が分からなくなり、大学院生の山田誠子さんに頼んで再発見してもらったのだ」と松谷先生。
「へえ、そうなんですか。ぜひ行って見たいですね」
「今度行ってみるかね?」と森先生。
「ええ、ぜひ行きたいです」と聖子ちゃん。

森先生は九十四露神社が何かパワースポットのような気がした。そこでパワーをいただければ、10年も恋している聖子ちゃんに、キスぐらいできるかもしれないと期待したのだ。聖子ちゃんも、もし森先生と二人だけで行ければ、ひょっとしたら、そこでプロポーズでもされるのではないかと密かに期待したのだ。しかし、他の3人組が一緒についてくることは、明らかだった。「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死ねばよい」という言葉が、聖子ちゃんの脳裏をふとかすめた。

続く

   
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