超知能への道 その23 単冠市の建設
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- 2015年5月25日(月曜)19:27に公開
- 作者: 森法外
世界一極委員会でのゼウスの発言である。
「択捉島(えとろふとう)の状況はどうなっている?」
「はい、用地選定を終わり、いよいよ単冠市(ひとかっぷし)の建設を始めるところです」とアテナは答えた。
「単冠市? 聞いたことがないな」とゼウス。
「もちろん、今から作る町の名前ですから。でも単冠湾は昔、連合艦隊が真珠湾攻撃の前に集合したことで有名です」とアテナ。
「なんでそんな場所に」
「島の中心部にあり、平地です。それに空港が近いし、大きな湾があるので、港を建設するにも都合がいいからです」とアテナ。
「島の北側の方が津波の心配がないのじゃないかな?」
「いえ、そのかわり冬には流氷が流れてきて、港が使えなくなります」
「なるほど、そちらはオホーツク海か。でも単冠湾に都市を建設するとなると、また真珠湾攻撃でもするつもりかね? 」とゼウスは言った。
「ほほほ、そんなことありませんが、何か象徴的ですね」とアテナが応じた。
われわれは単冠市(ひとかっぷ市)の建設を始めた。建設は小林組、竹下工務店などのコンソーシアムが請け負った。建設にはロックスソロス社のロボットが大量に使用された。少数いる労働者もロックスソロス社のパワードスーツで強化されていたので、建設作業は非常に速く進んだ。ロボットは24時間労働が可能である。それだけでも人間の3倍の生産性がある。ロボットは力が強いので、最低でも人間の数倍の生産性はあり、結局、10数倍の生産性がある。だから工期は普通の10分の1以下になった。工事手順はすべてコンピュータが指示するので、とても能率的である。工事は昼夜兼行で行われた。
また単冠湾に面した湾岸から沖合に向かって何本もの桟橋が建設された。桟橋には何本ものクレーンが設置された。船で運ばれてきた膨大な建築資材は、できあがった桟橋から陸揚げされた。港湾の建設と同時に天寧空港と単冠市を結ぶ高速道路と鉄道を建設した。空港の滑走路の拡張ともう1本の滑走路の建設、および立派なターミナルビルの建設も行った。さらに単冠市から東に離れた山中には、深くトンネルを掘ってトリウム溶融塩炉型原子力発電所が建設された。これらの建設作業が猛烈な速さで進んだ。
択捉島の年間平均気温は4.3度、夏の平均気温は16度、 2月の平均気温は-6.8度である。まあ北海道の内陸部と同じ程度だ。原子力発電所から温水を給湯して、町の主要部分と地下道を温めて、常に夏の平均気温を保った。夏といっても内地の春程度の温度だ。だから単冠市を常春の楽園にする予定だ。
単冠市の都市計画は次のようなものだ。街は単冠湾に面したほぼ東西4キロメートル、南北4キロメートルの正方形である。単冠湾の一番奥まったところに作ると、道路を完全に東西、南北の線に平行に沿わすことが出来る。我々は美意識のため、そうした。津波を警戒して、街の南端は海岸線から少し北に離れたところにした。標高は数十メートルから百メートルあるので、津波は大丈夫である。街の東側は巨大な沼、南側も小さな沼に接している。これらは取水源として利用できるだろう。街の北側にも沼がある。予定地の中にも小さな沼があったが、そこは公園として残した。周りに平地はまだいくらでもあるので、将来的な発展には困らないだろう。
街は端から端まで歩いて1時間程度である。街の北の端と南の端を北大路と南大路が走っている。東の端と西の端を東大路と西大路が走っている。中央を南北に朱雀大路が縦断している。北大路の南側から南に向かって一条、二条・・・と九条まで大通りがある。朱雀大路から東に東一丁・・・東四丁まで大通りがあり、西に向かって西一丁・・西四丁とある。大通りの間隔は400メートルである。さらにその間にたくさんの小路がある。朱雀大路の南端には巨大な羅城門が作られた。市の入り口だ。
市内の交通は朱雀大路を朱雀一条から朱雀南大路まで貫く路面電車が中心だ。これは無料であり、ピストン運転をしている。朱雀大路の地下には地下道が走っている。地下道の中には商店街やレストランが軒を連ねている。この地下道は、原子力発電所から給湯された湯で、いつも夏の平均気温を保っている。街の周辺部から朱雀大路までは近ければ歩くか、オンデマンドの自動運転の電気自動車に乗る。もちろん目的地に直接行っても良い。こちらはタクシーみたいなものである。これも無料だ。化石燃料は使用しないので排気ガス汚染はない。
市の1番北側には、横4キロメートル弱、奥行400メートル弱の巨大な事代主命データセンターがある。町は道路中心から測って東西南北400メートルのブロックでできている。建築計画はまずは朱雀大路を挟む東西のブロックから開始された。そこは公共的な建築で占められる。住宅地はそれらの東西に配置されて、お金持ちには分譲で売り出す。
公共的なブロックとして朱雀大路の西側には単冠総合研究所、単冠大学、単冠総合病院、文化芸術地区、行政地区と続く。朱雀大路の東側には事代主命を祀る単冠大社、単冠総合運動公園、単冠動物園 、単冠植物園、ホテル地区などがある。その南はビジネス地区である。それらは寒さを防ぐために巨大なガラスの覆いで覆われている。その中に建物や森や遊歩道が作られている。内部は温水で温められている。単冠大学は京阪奈大学と同様全寮制の無料の大学であるが、ターゲットは世界中の学生である。単冠総合研究所も世界中から研究者を集める。単冠総合運動公園は将来のオリンピック開催を目指している。鉄道のターミナル、単冠駅も朱雀五条の地下にある。街の中にはたくさんの公園も配置した。土地はいくらでも余っているのである。ビルや住宅は一挙に作ってしまうのではなく、何年にもわたり朱雀大路を中心として徐々に拡張していく予定である。
我々は単冠市が国際情報集約電脳都市であると説明して、内外のディベロッパーに投資を勧めた。ロシアと中国と韓国の資本がそれに応じて、オフィスビルと従業員のための住宅建設を始めた。日本の資本は、日本政府に遠慮して大手は投資しなかった。政府はこのような巨大都市ができると北方領土の返還は未来永劫無理になると思ったからである。しかし、そのままにしておいても未来永劫無理なのだから、実を取ればよいと言うのが我々の立場だ。
もちろん我々も様々な会社のオフィスビルを作ったので、日本人もいることにはいる。しかし日本政府の方針のせいで、本来は日本人があふれるはずの都市が、ロシア人と中国人と韓国人であふれることになった。ゼウスたちにとっては、そんなコップの中の嵐はどうでも良いことだ。もっともロシア人、中国人、日本人、韓国人が混在していることは、アメリカからの攻撃に対する盾になって好都合ではある。ロシア資本が投資したのは、自国領(と思っている)でかつ将来的発展が見込めるからである。中国資本が投資したのは、近い将来に予想される共産党政権の崩壊の混乱時の逃げ場の確保である。そのため彼らは熱心に高級住宅をたくさん建設した。そのせいで人口のかなりの部分が中国人になった。それに従ってチャインタウンも形成された。街を歩いても聞こえるのは多くが中国語だ。
単冠市の西と南西部には広大な平地がある。我々はそこを工業団地にした。全てがほとんど無人の工場だ。豊富な電力を利用して、あらゆるものを生産した。とくに野菜や食肉などの食料品も工場生産した。そのため単冠市は完全に自給自足である。さらに工業製品や食料品は日本、ロシア、中国、韓国などに輸出された。
択捉島は多くの部分が自然保護地域に指定されている。そこで我々は択捉島だけでなく、その南西の国後島(くなしりとう)、北東の得撫島(うるっぷとう)まで含めて、多くの温泉リゾートやホテルを建設して、一大観光地にした。単冠市は文化の中心、周辺は自然観察と温泉のメッカと役割分担して、北方領土を夢の島に仕立て上げた。
我々が単冠市を作った究極の目的は、ここを地上の天国にすることである。地上の天国とは何か。映画「エリジウム」が描く宇宙植民島を想像してもらえれば良い。そこの住人に対しては健康管理は完全で、人々は大きな病気になることもなく、100年近くを健康に幸福に生きたあと自然死することが約束されている。自然死した後は、死んだ人の魂を、今後作る予定の天国に収納する。
教育はすべて無料である。また文化・芸術活動を奨励した。諸外国からさまざまなアーティストを招いて演奏会を行った。入場料はただではないが、極めて安価である。
気候は厳しいが、都市の主要部と屋内は常春の温度に保たれている。食料品を含む生活必需品は全て近くの工場で生産され、極めて安価である。今後の予定だが、外国人のお金持ちは別として、主として日本から移民を受け入れる。彼らにはベーシックインカムを与えるので、働かなくても、楽しく遊んで一生を暮らせるのだ。そんないいところなら、誰もが来たがるであろう。それは事代主命が目的達成のために厳しく選択するのである。
厳しい自然の北方領土にあるので、難民が来ることは難しい。しかも入国管理は厳重にする。市内での生活は事代主命が管理する。市民や観光客、参拝客の顔は事代主命が全て把握している。市民は当然として、観光客や参拝客も入国の時にお金を預けると全て顔パスで支払われる。つまり完全な管理社会なのである。それがいやなら来なければ良いだけだ。地上の天国を作った目的は、事代主命の、つまり我々の世界征服のためなのだ。京阪奈大学を無料にしたのと同じことだ。単冠市での夢の生活をただで差し上げます、ただし事代主命の言うことを聞けばということだ。世界を金で買おうというのである。