私の夢・・・日本からシンギュラリティを起こす
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- 2016年9月11日(日曜)17:49に公開
- 作者: 松田卓也
シンギュラリティとは
私およびPEZYコンピューティングの創業者会長である齊藤元章さんの夢は日本からシンギュラリティを起こすことである。私の目的は日本の今後のほぼ必然的な衰退を跳ね返すことである。日本は現状のままでは長期的衰退をして、今後10-20年後に経済的大破局にいたるというのが、私の見立てである。現在の若者、子供達に明るい未来は無い。なぜか? それは少子高齢化による生産年齢人口の減少による。この傾向において、日本は世界のトップを切っているのである。日本は皮肉混じりに課題先進国と呼ばれている。日本は韓国の20年先を行き、中国の30年先を行っている。韓国、中国だけでなく、欧米先進国も早晩、日本の後を追うことになると私は予想している。
豊かさを一人あたりのモノとサービスの生産量で定義するなら、生産性が劇的に向上しない限りは、日本の将来に対する上記の予測は的中するだろう。そこでシンギュラリティである。シンギュラリティの定義はいろいろあるが、私は人間を遙かに凌駕する超知能の実現と、それによる科学技術の爆発的発展、さらにそれにともなう生産性の爆発的向上と考える。シンギュラリティ後の世界は人間が働く必要はなく、ほとんどの仕事が人工知能とロボットによりまかなわれると予想している。これを駒澤大学の井上智洋氏は純粋ロボット経済と呼んでいる。
http://singularity.jp/news160227/
私は超知能が人類を滅ぼすとか支配するといったハリウッド的世界観は支持しない。もっと現実的に考えている。人間的な意識や欲望は持たない純粋の機械知能を作り、それと人間を一体化させ人間の知能増強を行う、いわば超人間を作る方向に進むと予想する。攻殻機動隊の世界を想像していただければよい。人間の精神をコンピュータにアップロードするマインドアップローディングとか、ロボットが意識を持ち人間に対して反乱する、このような話はSF的にはおもしろいけれども、現状では技術的に具体的なロードマップが描けない。私は夢と現実は分けるべきだと考えている。ここでは現状の知識で10-20年後には実現可能なことに話を絞りたい。後で述べるが私は2045年ではなく2029年にもシンギュラリティが可能だと期待している。
シンギュラリティに日本の命運がかかっている
それではなぜ日本からシンギュラリティを起こす必要があるのか? それには二つの理由がある。一つにはある国、具体的には米国か中国であろうが、シンギュラリティを起こすと、経済的、科学技術的、軍事的、文化的な世界覇権を握り、他国はその支配下に置かれるだろうからだ。世界はシンギュラリティに成功した21世紀の先進国と乗り損ねた発展途上国に別れるだろう。これを先の井上さんは第二の大分岐と呼んでいる。第一の大分岐は産業革命で、これに乗り遅れた中国は、乗ることに成功した欧米や日本に蹂躙された。中国の支配層も国民もこの悔しさをバネに、現在、挙国一致の努力を重ねている。南シナ海、尖閣列島の問題もこの文脈で考えるべきである。これについては後に中国のスーパーコンピュータに関して述べる。
日本からシンギュラリティを起こさないと、あるいは少なくともそれについて行かないと、日本は21世紀の発展途上国に転落して、覇権国に蹂躙されるかも知れない。第二の理由は米国、中国が真っ先にシンギュラリティを起こせば、かならず軍事利用するだろうからだ。超知能の軍事理由を防ぐ意味でも平和国家である日本からシンギュラリティを起こす意義があると私も齊藤さんも考えている。
スパコンを巡る大建艦競争
第二次世界大戦の前に、当時の大国であった米英日は世界覇権を巡って、当時の戦略的兵器であった戦艦の建艦競争を繰り広げた。あまり競争が激しく経済を圧迫するのでワシントン条約が結ばれて、米英日で10:10:7という比率が決められた。しかし条約が失効してから建艦競争は再開され、日本は戦艦大和を建造した。しかし、時代は戦艦から空母と航空機に移っており、国力に劣る日本は惨めな敗戦を遂げたことはよく知られている。
現在はふたたびスーパーコンピュータ(スパコン)を巡って、今度は米英日ではなく米中日の間で大建艦競争が繰り広げられていることはあまり知られていない。スパコンとは、主として科学研究に用いられる、速度が速くメモリの大きなコンピュータである。米中では核兵器のシミュレーションのような軍事研究に広く使われている。米中の指導層はスパコンが科学技術の発展を通じて世界覇権を握る武器であることを熟知していて、膨大な投資を惜しまない。一方、日本では一部の指導者の「二番じゃダメなんですか?」という発言に象徴されるように、大局観があるとは言い難い。
スパコンはその絶対性能においてトップ500というランキングがあり、毎年2回発表されている。ここ数年の一位は中国の天河2号であった。スパコンの絶対性能はリンパックというベンチマークテストで計られて、1秒間あたりの浮動小数点演算数で計る。天河2号は33ペタフロップスである。ペタフロップスとは1秒間に千兆回の演算能力を意味する。日本の京コンピュータは10ペタなので、1京回の演算が出来るわけだ。2位と3位は米国で18、17ペタフロップスであった。日本は4位であった。
ところが今年のトップ500で中国は神威太湖之光というスパコンを発表し、それがなんと93ペタフロップスであることで世界の度肝を抜いた。中国が今年のトップ500で躍進することは噂で分かっていたので、それを妨害するために、米国はインテルのチップを中国に対して禁輸することに決めた。それに対して、中国はなんと全て自主技術で93ペタを達成したのである。やぶ蛇であった。米国の中国に対する油断と侮りである。現在上位スパコンのペタフロップス値の比率で言うと、米中日は35対126対10なのである。米国も日本も中国に対して圧倒的に後れを取っているのが現状なのである。ちなみにヨーロッパもロシアもスパコンに関しては目ではない。
米国は中国に巻き返すために、次期計画として2018年に150ペタと180ペタのスパコンを計画していた。しかし中国の躍進を受けてその値を200ペタに増やそうとしている。しかし噂では中国は来年にも100ペタを数台、2019年には、1000ペタを目指しているという。翻って日本はどうか。次期京計画が富士通を中心に進められている。当初の予定では2020年に400ペタであったが、中国の発表に慌てて2022年に1000ペタを目指すと言っている。中国は多分2019年までに1000ペタを達成するであろう。米国が1000ペタを達成するのは早くても2023年だろう。これがスパコンに関する世界の現状である。
齊藤スパコンの驚異
さてここで齊藤元章さんの登場である。齊藤さんは、本来は放射線科の医者であった。東大で研修医と博士課程大学院生をしているときに、起業して診断機器の開発を始めた。そしてシリコンバレーで起業して一定の成功を収めた。しかし東北大震災をきっかけに日本に戻り、CPUチップを開発した。2014年にPEZY-SCとよぶ1024コアの多重命令多重データ(MIMD)のCPUチップを開発した。ちなみにインテルの現状のMIMDチップは60コアである。
それを評価した日本のスパコンの権威者が齊藤さんにスパコン作りを勧めた。齊藤さんはそこで7ヶ月でスパコンを完成させ、2014年のグリーン500で2位を獲得した。グリーン500とは、トップ500の中で省エネ度、つまり1ワットあたりのスピードを競うランキングである。さらに齊藤さんは2015年6月には、グリーン500で1,2,3位を独占した。2015年の秋には1位から5位まで独占をはかったが、1位しかとれなかった。中国が大挙、スパコンを登録したので、比較的小型の齊藤スパコンは、そもそもトップ500からはじき飛ばされたからである。2016年の6月にもリベンジをはかったが、やはり1位と2位しかとれなかった。中国がさらに大量のスパコンを登録して、性能のみならず台数でも米国を抜いたからである。もはや米国も日本も中国に対抗するすべがないように見える。
しかしそれくらいでへこたれる齊藤さんではない。齊藤さんのロードマップでは2017年に100ペタフロップスのスパコンを開発して、トップ500の1位を狙うという。当然中国も手を打って来るであろう。米国は当面、出る幕がない。来年は日中の熱い戦いになるかも知れない。さらに齊藤さんは2018-2019年に1000ペタフロップス、つまり1エクサフロップスのスパコンを作り、世界1位を狙っている。もっともそれには政府が必要な予算を出せばという前提がついている。
1エクサを狙う富士通の次期京スパコンは2022年完成予定で、予算規模は1400億円と言われている。ちなみに京コンピュータは1200億円であった。来年に向けて計画中の齊藤さんの100ペタスパコンは100億円強と想像される。また2018-19年に完成を目指す1エクサスパコンは次期京の3分の1程度の値段であろうと思われる。
齊藤スパコンにも問題はある。それはソフトである。全く新しいアーキテクチャなので、圧倒的に基本ソフトが不足しているのだ。実は同じ問題が京コンピュータにもあった。京コンピュータは富士通が内製するスパーク・チップを使っている。これは世界標準ではないので、ソフトが少ないのだ。ちなみにスパーク・チップは本来、米国のサン・マイクロ・システムズが開発したチップである。サンはオラクルに吸収されたので、今やスパークを使うのはほぼ富士通だけだ。そこで富士通は次期京では、最近ソフトバンクが買収したことで有名なアームのチップを使う予定に変更した。
齊藤スパコンは、基本は独自設計のPEZYチップを使うが、同時にアームと同じく英国企業のミップス・チップも使う。それでも、ソフトが不足することに変わりはない。私は日本のソフト陣が総力を挙げてPEZYチップ用のソフトを開発しないと難しいのではないかと憂慮している。少なくとも齊藤さんの会社には、優秀な若いソフトウエア・エンジニアが入社して、日本のために働く必要があると考える。
汎用人工知能と世界覇権
シンギュラリティから話を始めたのに、途中でスパコンと建艦競争の話になった。それには理由がある。スパコンは戦艦と同じではないかという気が最近、少ししているからだ。第二次世界大戦において英独間の戦争ではまだ戦艦が活躍した。ドイツの戦艦ビスマルクが英国のフッドを撃沈して、プリンス・オブ・ウエールズを大破させた。しかし結局、英国の戦艦ロドニーに撃沈された。しかし太平洋戦争では、日本は先のプリンス・オブ・ウエールズを航空攻撃で撃沈し、真珠湾では米国の戦艦多数を撃沈した。戦艦から航空機へのゲームチェンジを日本が起こしたのである。しかしそのゲームチェンジを行った日本海軍自身が、まだ戦艦至上主義を完全には捨てきれず、航空機と空母に完全にゲームチェンジした米国に完敗した。同じ事は日米のスパコン競争で、1980-90年台に再現された。米国は一度痛い目に会うと変わり身が早いのである。
さて私は21世紀のゲームチェンジャーはスパコンよりはむしろ人工知能であると考えている。それも現状の特化型人工知能ではなく、人間のように考える汎用人工知能である。それが超知能とシンギュラリティへの道なのである。それがひいては世界覇権への道なのである。いわばスパコンが戦艦、汎用人工知能が航空機に例えられるのではなかろうかと考えるようになった。
汎用人工知能の重要性に米国はすでに気がついていて、膨大な研究投資をしている。日本でも一部の識者はそのことに気がついている。中国も気がついているだろう。人工知能などのIT関係の投資額で言うと、日本政府は年間100億円程度、米国政府も300億円程度である。しかし民間投資額で言うと、日本は3千億円、米国は5.6兆円と圧倒的差がついている。中国は百度一社で2千億円、中国政府は最近1兆円投資することにしたらしい。このままでは、太平洋戦争のように日本と米中の国力の差がものを言って、ズルズルと敗北するのではないだろうか。
汎用人工知能を巡るグレート・ゲーム
人工知能には先に述べたように特定目的のための特化型人工知能と汎用人工知能がある。後者はまだ実現していない。シンギュラリティを達成するのは、汎用人工知能である。人工知能にはソフトウエアとハードウエアが必要である。ソフトウエアに関しては、昨今、深層学習が有名であるが、深層学習理論で汎用人工知能が達成できるかどうかは分からない。私はむしろ懐疑的である。
人工知能ソフトの研究に関しては欧米がダントツである。最近、囲碁でイ・セドル9段を破ったことで有名なアルファGoは、米国のグーグルに買収された英国のディープ・マインド社が作ったソフトだ。ディープ・マインド社は英国人の天才デミス・ハサビスに率いられた、200人の秀才の集団である。グーグルはハサビスの他にも深層学習の創始者のヒントン、シンギュラリティを喧伝していることで有名なカーツワイルも雇っている。
グーグルと対抗するフェイスブックはヒントンの弟子のフランス人のヤン・ルカンを雇って人工知能研究所を作った。IBMはワトソン、人工知能用チップのトゥルー・ノース、それに後に述べる皮質学習センターの三本柱だ。米国の異才ジェフ・ホーキンスに率いられるニューメンタ社は15名程度の会社だ。ホーキンスの弟子とも言うべき、インド人のディリープ・ジョージはニューメンタを飛び出して30名規模のバイカリアス社を創始して、多大な資金を調達した。マイクロソフトもアマゾンも人工知能研究に力を注いでいる。
ハードに関してはIBMのウィルクスはホーキンスのHTM理論に感化されて、100人規模の皮質学習センターを作った。それでHTM理論用のハードウエアを作る計画だ。国防高等研究局も多分ホーキンスの考えを採用して、皮質学習チップの研究に投資している。IBMは先に述べたように人工知能チップを作っている。米国だけではない。スイスでもチェコでも10名程度の汎用人工知能研究を専門とする会社ができた。
齊藤脳コンピュータの驚異
先に述べたように人工知能にはソフト的側面とハード的側面がある。人工知能ソフトを普通のコンピュータか、GPUという高速計算専用チップを使って走らせている。その問題点は電気を食うことである。そこで人工知能専用チップが考えられている。それにも従来のノイマン型から派生したもの、それと全く違うアーキテクチャの脳型コンピュータ・チップがある。グーグルは最近、8ビットのノイマン型の人工知能専用チップを発表した。先に述べたIBMのトゥルー・ノースは脳型である。IBMの皮質学習センターはノイマン型のチップを考えているようだ。
さてここで再び、齊藤さんの登場である。齊藤さんは従来の千倍速いというノイマン型の人工知能専用チップを開発するディープ・インサイツ社を2016年の6月に立ち上げた。2018年の完成を目指すという。またスパコンなどを使って人工知能駆動科学を行うための会社も立ち上げた。いずれも10人程度の小規模なスタートアップである。
齊藤さんのもっとも衝撃的な計画はニューロ・シナプティック・プロセシング・ユニット(NSPU)という脳型チップ計画である。これは千億のコアと100兆のインターコネクトを備え、大きさは1リットル以下のコンピュータである。この数字は人間の脳から来ている。人間の大脳皮質には100-300億のニューロンがある。さらに小脳まで含めると、1000億近いニューロンがあるといわれている。そのニューロン同士はシナプス結合でつながって、回路網を形成している。シナプスの数は100兆個あると言われている。齊藤さんのNSPUはこの数を念頭に置いたものだ。
ニューロンは動作が遅いがシリコンチップは速い。従って、齊藤さんによれば6リットル程度の体積の中に、全人類の知的能力に匹敵する計算能力を詰め込むことが出来るという。そのようなチップを2020年から2025年程度をめどに完成するという。とてつもない話ではあるが、わずか7ヶ月でスパコンを完成させた齊藤さんとその会社の能力をもってすれば可能かも知れない。
為せば成る、為さねば成らぬ
このとてつもない計画を2015年7月に大阪のナレッジサロンで私が主催しているシンギュラリティ・サロンでお聞きした。その時の私の齊藤さんに対するインタビューは以下の記事にある。
http://wired.jp/2015/08/25/motoaki-saito/
また同じ種類のインタビューが拙著「人類を超えるAIは日本から生まれる」(廣済堂)に収録されている。
ここで私が驚愕したこと、興味を抱いたことは、NSPUの常軌を逸した規模ではあるが、それよりもこのような常軌を逸した事を平然という齊藤さんという人物であった。もちろん根拠のない大言壮語を言うことはだれでも出来る。しかし齊藤さんは、本来は医者でありながら、わずか7ヶ月でスパコンを完成したという実績があるのだ。だからNSPUも単なる大言壮語と聞き流すわけにはいかない。しかも、もし出来れば人類史に革命を起こすことが出来る。シンギュラリティを実現できるかも知れないのだ。私は齊藤さんの天才にかけることにした。
齊藤さんのその時点での業績はスパコンだが、それには二つの要素がある。その一つは先に述べたPEZYチップである。もう一つはコンピュータ全体をフロリナートという液体にズボッと浸けて冷却する液浸冷却システムである。高速コンピュータの大きな問題は発熱である。コンピュータをいかに冷却するかが大きな問題である。普通は空冷で、要するに扇風機で冷やす方法をとっている。この問題は、多大な体積と電気代を必要とすること、騒音などである。水冷システムもあるが、これはパイプで水を循環させて冷やす方法で、最終的には空冷になる。
そこでコンピュータを液体に直接浸けたらというアイデアが考えられるが、水は導電体でありダメである。油浸式はすでにあるが、メンテナンスが困難である。ボードを引き上げたあと油が残るので清掃がしにくい。その点、フロリナートは揮発性であるので、ボードを引き上げると乾くのである。実は従来からフロリナートを使った冷却方式はあった。クレイ2というスパコンである。しかしそれは沸点が低いフロリナートを使い、気化熱で冷却する方式であった。この場合、気化した気体を逃がさないために閉じ込めなければならず、そのためシステムが高価になる。齊藤さんのアイデアは、沸点の高いフロリナートを使って、ボードをそのまま液体に浸すというアイデアである。
私はその話を聞いて疑問を感じた。だってアイデアとしてはそれほどたいしたことはなく、だれでも出来そうだし、それほどハイテクでもない。PEZYチップはハイテクの固まりだが、液浸冷却はちょっとしたアイデアだ。齊藤さんも3日で出来たという。私は聞いた。「なぜ他の人が出来ずに、齊藤さんに出来たのですか?」それに対する答えは「やってみないからじゃないですか?」というものだった。さらにPEZYチップのようなものも「出来ると思えば出来る、出来ないかも知れないと思えば出来ない」と言われた。私はさらに聞いた。「齊藤さんは、本来はお医者さんですよね。CPU開発には本来は素人ですよね?」それに対する答えは「素人だからこそ出来ることもあります、プロは知りすぎていて出来ない理由をいくらでも挙げることが出来ます」と言われた。恐れ入るしかない。
私はそれらの言葉の淵源を推測して、一人の人物に思い至った。米沢藩藩主の上杉鷹山公である。公の短歌がある。「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」齊藤さんは新潟県の長岡出身である。上杉家も本来は越後の出身で、後に会津に移り、さらに米沢に移った。
そのインタビューに齊藤さんの会社の幹部の方もおられた。その一人が言われたことは、NSPUについての今日の話は初耳だというのだ。その人は「私は人生の岐路に立っている、果たしてこの人について行って良いのだろうかと、今真剣に悩んでいる」との事だった。その次の年に同じ方にお会いしたときに「この1年にあまり多くのことがありすぎて、3年たったような気がします」と言われた。私は「歳を取ると3年が1年のように感じられるものです。その意味であなたは人生を3倍生きています」と申し上げた。
齊藤さんは起業家としてたくさんの会社を興している。現状でも5社ある。それらを恐るべきリーダーシップで率いている。ところがそのような齊藤さんが驚くほど腰が低い。いままで偉い人でこんなに謙虚な人は見たことはない。偉い人は少し傲慢だったりするのが普通だと思っていたが、全くそんなことはない。もっともいろいろ調べて、それが天性のものかには少し疑問が出てきた。これはあくまでも想像だが、思うところがあって性格を改造されたのではないだろうか。そうだとすれば、それは常人には出来ないことである。その意志力はたいしたものであると言わざるを得ない。
汎用人工知能への道
以上述べたように、齊藤さんはエクサスケール・スパコンを作る計画がある。齊藤さんの著書「エクサスケールの衝撃」によれば、エクサスケール・スパコンが出来ることで世界が変わるという。そしてその時点をプレ・シンギュラリティと名付けられた。私は先にも述べたように、スパコンはもちろん重要だが、それ以上に汎用人工知能が重要で、これこそが人類史を変えると考えている。齊藤さんはそちらの方向にも抜かりなく、ノイマン型人工知能用チップを2018年までに、千億コアで100兆のインターコネクトをもつNSPUを2020-2025年までに作ると言われている。これこそがシンギュラリティを招く夢のマシンである。ここで最大の問題はソフトである。
私は汎用人工知能を作るには人間の大脳新皮質をまねるのが、もっとも近道であると考えている。新皮質は先に述べたように複雑にシナプス結合したニューロンで出来た回路網である。そこで働く基本アルゴリズムを私はマスター・アルゴリズムと呼んでいる。このマスター・アルゴリズムはまだ出来ていない。どんなものかも分からない。しかしこれが出来たら、世界が変わるほどのインパクトがある。たとえばニュートンの運動方程式みたいなものを想像すればよい。いや影響力はそれ以上であろう。
私はこのマスター・アルゴリズムを解明したいと思っている。それが新皮質を模したものであるなら、神経科学の知識が必要になる。私は1700ページに達する神経科学の本を買った。また機械学習の知識も必須だ。私はそれ関係で4冊の英語の教科書を買った。そのうちの一冊は1200ページもある。私はどちらにも全くの素人である。
私はブロードバンドタワーという会社にお願いしてAI2オープンイノベーション研究所というものをつくっていただいた。専属は所長の私一人である。実はブロードバンドタワーの会長の藤原洋さんは、彼が京大の宇宙物理学科の学生だった時に少しお世話をしたという関係だ。藤原さんは、京大に望遠鏡を寄付したり、慶応大学にホールを寄贈したり、数理科学の賞を作って若手数学者を顕彰しておられる。藤原さんには、さらに私が主催しているシンギュラリティ・サロンの後援もしていただいている。ちなみに藤原さんも齊藤さんとは別の意味で天才だと思う。
研究所は京大医学部近くの鴨川河畔にある近畿地方発明センターというビルの一室にある。周りは学会や京大の研究室が多い。私はそこで一日、勉強している。70の手習いというではないか (言わないか?)。伊能忠敬は50を過ぎて隠居してから自分より若い先生について数学や天文学を勉強し、偉業を成し遂げた。年だから出来ないと言うことはないはずだ。その研究所で週末には勉強会を開いている。また週末の夜には、京都、東京、会津をつないでテレビ勉強会をしている。
私の夢は自分の手でマスター・アルゴリズムを解明することである。しかし世界には天才、秀才を数百人も抱えた企業がある。数限りない大学研究室がある。それらを向こうに回して勝てるか? もちろん常識的に言って勝てないだろう。しかし齊藤さんの「出来ないのは、やってみないからじゃないですか?」「出来ると思えばできる、できないと思えばできない」を胸にやってみる気である。少なくとも世界のどこがで、誰かがマスター・アルゴリズムを解明した時に、それを理解できるようになっていたいと思う。
草莽崛起(そうもうくっき)
一番始めに述べたように、日本は今危機的状況にある。現在の若者と子供には明るい未来はない。しかしそのことは、あまり誰も分かっていない。危機がジワジワとやって来るからである。日本人は実はゆでガエル状態にあるのだ。
でも日本人は危機だと分かると、頑張るのである。最近の例では幕末の黒船襲来と太平洋戦争の敗戦がその例である。黒船襲来の時に、いわゆる志士と呼ばれる人たちが立ち上がった。幕末の志士の多くを育てた吉田松陰が草莽崛起ということを言っている。草莽とは草、崛起とは立ち上がるということだ。当時の支配層である将軍や大名ではなく、下級の武士が立ち上がったのだ。齊藤さんも草莽崛起が必要だと言っている。私は未来を担う若者が立ち上がるしか、この国を救う道はないと思う。