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デジタル独裁(デジタル・ディクテイターシップ)

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そもそもデジタル独裁とは?

デジタル独裁とは、今後現れる独裁形態で、IT機器を駆使して過去にない精度で国民を監視する政治システムである。イスラエルの歴史学者で「サピエンス全史」、「ホモ・デウス」の著者として有名なユヴァル・ノア・ハラリ博士が、2018年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で語った概念である。

ユヴァル・ノア・ハラリは今、非常に人気があり、ダボス会議での彼のスピーチはドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領の間という高い待遇を受けた。彼の考えは非常に客観的で大局的で、非常な高みから人間を観察している。

たとえば彼は聖書をウソの話を広めるフェイクニュースにたとえる。また宗教とは一種のゲームであり、良い行いをすると良い点がもらえて、最後には天国にいけるという規則を作って遊んでいるようなものだという。ここまで真実を言い切った識者を私は知らない。私はユヴァル・ノア・ハラリこそ、釈迦やイエスにつぐ現代の預言者であると高く評価している。ただし宗教家ではなく、完全な無神論者である。

コンピューターサイエンス(機械学習やAI)の進展と生命科学の進化によって、生体情報(バイオメトリックデータ)の解析が可能になり、人間さえも「アルゴリズム」として把握される状況にあると博士は述べている。これを、人間をハッキングすると表現している。そのためのアルゴリズムは、「本人よりも本人をよく知るアルゴリズム」である。これによって、人が何を考えているのか、何を欲しているのか、どんな感情を抱いているのかなどといったことが、本人が自覚する以上に深く知ることができるようになるという。それは旧ソ連のKGBなど問題にならない国民監視システムだという。

このような人間を知るアルゴリズムは、人の感情を操作し意思決定を行うことさえ可能にするといい、その行きつく先が「デジタル独裁(Digital Dictatorship)」であるとしている。

ホームズと人間のハッキング

人間のハッキング、つまり人間の生体情報を通じて、その人の体調のみならず、感情や考えていることまで、外部から分かるようになるという考えには、私は驚かされた。でも思い当たる節がある。

シャーロック・ホームズを描いた英国のテレビドラマ「シャーロック」で、カンバーバッチ演ずるホームズが「あの女」とよぶ聡明なアイリーン・アドラーと頭脳対決をするシーンがある。最後のシーンでアイリーン、ホームズ、その兄のマイクロフトが語り合うシーンが私は大好きだ。勝負に勝ったと思ったアイリーンが勝ち誇るが、シャーロックは「君の負けだ」という。なぜならアイリーンがシャーロックに惚れたからだと匂わす。アイリーンは言下に否定するが、シャーロックは静かにいう。「(君の手を握った時)脈拍を測ったのだよ。上昇していた。また君の瞳孔も大きくなっていた」「感情など負ける人間の化学的欠陥にすぎないのだよ」要するにアイリーンは知らない間にシャーロックに恋したので、それに気づいたシャーロックが最終的にゲームに勝ったのだといい、証拠を見せ始める。アイリーンのスマホのパスコードを破ったのである。

アップルウオッチと生体情報

私がつけているアップルウオッチは脈拍を測ることができる。私が寝ているか、立っているか、歩いているか、走っているか、その速さはいくらか、どのくらいエネルギーを消費したかも分かる。実際、座りつづけていると、体に悪いので立てと知らせてくる。それで私は立つ。コンピュータの指示で動いているのだ。

これらのデータをアップルがハックしているとは思わないが、やろうと思えばできるだろう。アップルにその気がなくても、アメリカ政府はデータ収集を密かに強要できるだろう。実際、過去にアメリカの情報収集機関のNSAがグーグルやアップルの集めたデータを政府に密かに知らせるように強要した事件は、スノーデンが暴露したことで明らかになった。中国や北朝鮮のような独裁国家だけではなく、人権を尊重するという建前の民主主義国家ですら信用ならないのだ。

民主主義国家では生体情報の会社への提供を強要ではなく任意での提供を装うだろうとユヴァル・ノア・ハラリは言う。つまり会社があなたの生体情報をいつも監視して、体調が悪いときとか病気のときは知らせてあげますという体裁をとるだろうという。人々は健康のためだと思って、データの提供に同意するだろう。アップルなりグーグルなりが、それを、悪意を持って扱うとは思わない。でもアメリカならそのデータをFBIに密かに提供するよう、政府が強要する可能性は十分ある。それでテロリストや犯罪人を監視するのだと言う口実で。

シンギュラリティ時代のダークサイドとしての「デジタル独裁」

ハラリは、政治体制を情報処理という観点でとらえ、民主主義は組織や個人による情報の分散処理システムであり、独裁制は情報を一極集中させる中央処理システムであるとしている。そして、20世紀は分散処理がうまく機能したので、ソ連を筆頭とする共産主義国家は破綻したという。

しかしそれは20世紀の特質かもしれない。21世紀はAIや機械学習が進化し、かつコンピュータ・パワーが増大したので分散処理より中央処理の方が効率的となり「デジタル独裁」体制が敷かれるかもしれないという。ユヴァル・ノア・ハラリの講演の背景に中国の誇るスーパーコンピュータ神威太湖之光が大きく掲げられていたのは、まことに象徴的だ。このような膨大なコンピュータ・パワーを元にしてデジタル独裁は行われるのだろう。

あらゆる情報の管理が進む中国の状況は、「デジタル独裁」体制にまっしぐらに向かっていると思う。たとえば中国では社会信用システムが稼動し始めた。これは良い人には良い点を与えて、悪い人には悪い点を与えるシステムだ。良い悪いは、法を犯したということだけでなく、借金を返さないといったもっと低いレベルの話も含む。悪い点をつけられると、その人は飛行機や高速列車の切符を買うことができない。

問題は何が良いか悪いかを分けるかという問題だ。今までの例では、悪いとは運賃のごまかし、レストランの予約の無断キャンセル、ゲームの不正とかやりすぎ、借金の踏み倒しなどをする人だ。良い人は、たとえばボランティアや献血を多くした人などがある。

問題は何が良いか悪いかを政府が決めるという点にある。実際、政府に批判的な記事を書いた記者は悪い点を与えられ、航空機に乗れず、娘を良い学校に入れることもできず、不動産の購入もできなかった。中国ではこの社会信用システムを2020年までに全国民に拡大することを計画している。中国ではまさにデジタル独裁が始まっているのだ。

意思決定のコストや国際競争力という点で民主主義が不利だとすれば、遠からず民主主義は「デジタル独裁」に敗北するのだろうか。日本の政治の話はしたくないが、実際、日本と中国を比較すると、日本は良い意味でも悪い意味でも驚くほど民主主義国家だと思う。野党やリベラルを標榜する人は日本の政治が非民主的だと批判するが、批判できることじたい民主的な証拠だ。中国や北朝鮮で政府や共産党を批判すれば刑務所行きだ。

中国では権力は共産党に集中しているが、日本では立法をおこなう政治家、政治を実行する官僚、検察・警察・裁判所の司法権力、マスメディア、経営者と権力が5つに分散している。よく言えば権力が相互にけん制しあっているのだが、悪く言えば、頭がたくさんあるヤマタノオロチみたいで、物事は何事も効率的に進まない。科学技術の進歩においても中国の圧倒的なスピードに全くかなわない。これでは日本は中国に勝てないのではないだろうか。悩ましい問題だ。

   
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