新型コロナとジョンソン首相、トランプ大統領
詳細- 詳細
- 2020年4月15日(水曜)19:07に公開
- 作者: 松田卓也
要約
米国のトランプ大統領と英国のジョンソン首相はどちらもポピュリストと言われているが、彼らのスピーチを聞く限り、ジョンソン首相の方が、圧倒的に品性があり、知的であり信頼がおける。そのスピータは感動的ですらある。ジョンソン首相の政治目的は英国民の死者数を最小にすること、トランプ大統領の政治目的は自分自身の再選確率を最大にすることであるように思われる。
本文
ジョンソン首相、新型コロナウイルスに感染して闘病し勝利した 新型コロナウイルス問題で世界が騒然としている。私は主として米英とカナダとオーストラリアの英語圏のニュースと解説を毎日YouTubeで見ている。そこで印象的だったのは英国のボリス・ジョンソン首相とアメリカのドナルド・トランプ大統領の違いである。これを書いている時点(2020年4月13日)で、ジョンソン首相が新型コロナウイルスに感染して発病し、集中治療室に入り、そこから出て、ついに退院したというニュースを聞いた。英国民に大きな希望を与えたに違いない。
ジョンソン首相のスピーチの英語は極めて明快である。ゆっくりと喋り、強調すべきところは強調する。プレゼンターとしては一流であると私は判断する。もっともトランプ大統領のスピーチも明快であり、こちらもプレゼンターとしては一流である。
両者を比較すると、まず品格と知性が違うように感じられる。ジョンソン首相は品格と知性が感じられるが、トランプ大統領にはそれが全く感じられない。実際の人格はともかくとして、スピーチを聞く限りにおいて私はそう思う。
ここで実際の人格は別だと言ったが、ジョンソン首相には二度の離婚歴があり、また不倫で愛人を妊娠、流産させた経験もある。しかし政治家と個人の経歴は分けるべきとする西欧の考えでは、そのことはあまり問題視されていない。例えば昔、フランスのミッテラン元大統領がジャーナリストに隠し子のことを尋ねられた時に、「それが何か問題ある?」と聞き返したという逸話は有名だ。日本なら徹底的に叩かれるだろう。つまり日本では政治家としての能力よりは、無能であっても品行方正を求める。
ジョンソン首相もトランプ大統領のどちらも政治家としては大衆の受けをねらうポピュリスト政治家であると言われている。しかし経歴を調べるとボリス・ジョンソンは英国の名門校であるイートン校とオックスフォード大学を卒業したエリートである。また先祖には英国国王とオスマントルコ帝国の内務大臣がいるという超エリートである。その点、成金であるトランプ大統領とは格が違う。
ジョンソン首相は政治的には英国のEUからの離脱、つまりブレグジットを主導した政治家であり、それを支持する人たちの人気は高いが、離脱反対派からは非常に嫌われている。嫌われているのはボリス・ジョンソンの政治家としての能力が侮れないからだ。実際、彼は庶民からはジョンソンではなくボリスと呼ばれて親しまれている。容貌もボサボサ頭がトレードマークである。英国の政治家に多い、よそよそしい知的エリートという感じはない。下半身は多少だらしないが、親しみの持てるおじさんでありながら、しかし経歴はエリートなのだ。
ジョンソン首相が新型コロナウイルスに感染したというショッキングなニュースが流れた時、彼は家からビデオメッセージを伝えたが、私はそれを聞いて感動した。まず自分は感染しても職務を遂行すると述べた。ついでNHSという英国の保健システムの人たちへの感謝を述べた。お医者さんや看護師さん、その他、新型コロナと戦っている人たちに感謝した。そして国民に自宅にとどまり、NHSを助けようという力強いメッセージを発した。私は涙がこぼれそうになった。なんと力強い信頼の置けるリーダーだろうと思った。言葉の力は強い。
Coronavirus: Boris Johnson has tested positive for coronavirus (コロナウイルス : ボリス・ジョンソンはコロナウイルス検査で陽性が判明)
ジョンソン首相が入院して、悪化して集中治療室に入ったというニュースが流れた時には、ニュースキャスターは(言外に)、ジョンソン首相が亡くなった時の、英国の受ける衝撃について語った。
ジョンソン首相が退院した時に発したメッセージも感動的であった。まず国民の努力に感謝した。それから病院のスタッフ全員に感謝している。なかでも48時間付き添って看護してくれたニュージーランド人とポルトガル人の看護婦に感謝した。どちらも外国人だ。ジョンソン首相はブレグジットを主導したが、それは外国人をできるだけ英国に入れないためであった。しかし特にポルトガル人の看護婦にここまで献身的に看護されたのは皮肉としか言いようがない。最後は国民に対する強いメッセージで終わっている。私にはとてつもなく感動的なスピーチであった。一国を率いる人はこれでなければならない。
Coronavirus: Boris Johnson discharged from hospital, thanks NHS
(コロナウイルス : ボリス・ジョンソンは病院から退院し、国民保健システムNHSに感謝する)
トランプ大統領の新型コロナに対する政策にはマスメディアや顧問たちからも強い批判が出ている。一方、ジョンソン首相に対するメディアの批判は、私が聞く限りにおいてほとんどない。ジョンソン首相が新型コロナに感染して、集中治療室に入り、そこから生還したことは彼の政治的立場をとてつもなく強化したと思う。トランプ大統領のように新型コロナを人ごととして語っていないからだ。トランプ大統領の頭には自分の再選のことしかないように見える。国民の命は二の次である。
ところでNHSに関して、私のことを言えば、英国滞在中はずいぶんお世話になった。外国人でも無料で医療サービスが受けられたのである。この点も英国と米国は非常に異なる。米国では健康保険は個人で加入するものなので、貧乏人は保険のない人が多く、それが新型コロナとの戦いで英国と米国の違いになる。
ブレグジット: 英国はヨーロッパではない
ブレグジットに関して英国と大陸ヨーロッパの関係について少し述べておきたい。私は1975年からほぼ2年間、英国ウエールズの首都であるカーディフにあるユニバーシティ・カレッジ・カーディフの応用数学・天文学教室の客員教授として滞在した。その意味では英国には大変親しみを持っているし英国人の友人も多い。英国の後はWHOのあるスイスのジュネーブに移動して、少しそこに住んだ。
あるとき、英国からフランスに行く用事があった。カーディフからロンドンまで汽車に乗り、ロンドンで乗り換えてドーバーまで行き、そこから連絡船に乗った。これが一番安いのである。当時のその他の行き方としては、ドーバーから高速のホバークラフトに乗る、ロンドンから飛行機に乗る、カーディフから飛行機に乗るというのがあった。値段を比較検討した結果、一番安い連絡船を選んだのだ。もっとも現在は英国とフランスはトンネルでつながっているので選択肢はあまりないだろう。
このときロンドンのビクトリア駅からドーバー行きの列車に乗ったのだが、ビクトリア駅についてびっくりしたのは、プラッフォームに「ヨーロッパ行き」と書いてあったことだ。つまり英国はヨーロッパではないということだ。私が学校で地理を勉強したとき、英国もフランスもドイツもイタリアも、みんなひとまとめにしてヨーロッパであると教わった。しかし英国人の意識では、英国はヨーロッパではないのである。だからブレグジットという考えが出てくるのは当然なのだ。
このことはアジアにおける日本の位置を考えると理解しやすいのではないだろうか。欧米人から見れば、日本と韓国と中国の人々は容貌も似通っているし、区別がつきにくい。だからアジア人と一括りにされやすい。でも私が中国人と間違われたら、いや私は中国人ではなく日本人だと強調する。私の意識の中では日本人はアジア人と一括りにされたくないのである。
英国も日本も島国である。大陸国家ではないのだ。その地政学的な差を理解する必要がある。日本は朝鮮半島経由で中国文明の影響を受けた。英国もフランス経由でローマ帝国が進出して文明の恩恵を受けた。カーディフの近くには当時のローマ軍の兵舎の跡が存在している。
ジョンソン首相とトランプ大統領の新型コロナ対策の差
さてジョンソン首相とトランプ大統領の新型コロナ対策に関する態度は大きな違いが見受けられる。ジョンソン首相が記者会見する時には、左右に科学顧問と医学顧問を従えている。ジョンソン首相の話す新型コロナ対策は完全に科学顧問の言うことに従っている。その新型コロナ対策の内容については別に詳しく説明したが、要するにジョンソン首相の政策は科学的知見に基づいている。
一方、トランプ大統領の記者会見も後ろにペンス副大統領はじめ、主要機関の長を配している。しかしトランプ大統領の発言を聞くと一貫して楽観論を通そうとしてきた。そのこと自体は十分にありうる。国民を不要に不安に陥れるのは好ましいことではない。例えばパニック買いを煽るからだ。しかしあまりに楽観論すぎて、現実を見ようとしなかった。
トランプ大統領は科学顧問のいうことを全然聞こうとしない。実際トランプ大統領はこれまでも、自分の意に染まない閣僚や顧問、役人を次々とクビにしてきた。科学顧問が新型コロナの脅威を強調しても、トランプ大統領はそれを無視して楽観論を展開してきた。その目的はどう考えても、自分の大統領選挙での再選の確率をあげることしか頭にないように感じられる。
Trump vs Trump on Coronavirus: the US President's changing tone in just a few weeks
(トランプ対トランプ: 米国大統領はほんの数週間のうちに口調を変えた)
まとめ
ジョンソン首相の目的は英国の国民の死者数を最小限にすることである。一方トランプ大統領の目的は自分の再選の確率を最大限にすることである。ジョンソン首相は国のことを第一に考え、トランプ大統領は自分のことを第一に考えている。議院内閣制の英国の国民は首相を選べない。しかし米国は、大統領は国民の選挙で選ばれる。新型コロナとの戦いが今後どのような推移になるかは、今はわからない。しかし一国を率いるリーダーの役割は大きいと思う。