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断食と長生き

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前回はヴァルター・ロンゴ教授の著書「長寿食:Longevity Diet」について説明した。ロンゴ教授の主張の要点は2つに分けられる。一つは長生きするための食事法、つまり長寿食についてである。長生きするためには糖分とタンパク質を制限することがポイントだ。具体的な食事法としては野菜などをたくさん食べて、タンパク質は少なくする。タンパク質も魚以外の動物性タンパクは避けるというものだ。食事法の分類でいうと、ゆるいビジタリアンつまり植物中心食(Plant Based Diet)である。

ロンゴ教授のもうひとつの論点は、断食は若返りに良いというものだ。ロンゴは断食模擬食(Fasting Mimicking Diet)というものを提案している。今回の話は断食模擬食についてである。

断食療法というものはすでに世の中に知られている。ネットを調べると色々出てくる。しかしなぜ断食が体に良いかという科学的な根拠はそれほど明らかではない。ネットには色々書いてあるが、それは思いつき程度のものが多い。ロンゴ教授は実験で断食が生物を長生きさせることを証明した。

具体的にはまずイースト菌の実験から始めた。イースト菌を砂糖水の中で飼う。砂糖水はイースト菌の栄養だ。つぎにイースト菌を二つに分けて、一方はそのまま砂糖水で飼い続ける。もう一方は栄養分の砂糖を遮断して、水の中で育てる。要するにイースト菌に断食を強要する。ふつう食べ物がなくなれば死ぬと思うかもしれないが、水の中で飼ったイースト菌は砂糖水の中で飼われているイースト菌より、ほぼ倍長生きする。砂糖は確かに栄養でありカロリー源だが、老化を加速するのである。

イースト菌は生物としては簡単すぎて、断食が人間の長生きにとって良いとの証明にはならない。そこでつぎにハエで実験したところ、やはり同じ結論になった。しかしハエも人間とは違いすぎる。そこでネズミで実験したところ、やはり同じ結論になった。ネズミは人間と同じ哺乳類だから、ねずみが断食で長生きするということは、人間にも当てはまりそうだ。つまり断食が体に及ぼす影響の分子的な機構はイーストでもハエでもネズミでも、そして人間でも同じということだ。

なぜ断食が生物の健康にとって良いのか? それは、断食は生物にとってごく普通のことだから、それに対処する機構がもとから組み込まれているのだ。生物にとって長期間、食物が得られない時期があることは、極めて普通である。たとえば熊やリスなど冬眠する多くの動物が知られている。冬眠中は当然、食物は食べない、つまり断食をしているわけだ。冬眠ではないが皇帝ペンギンなども、長期間絶食する。雛を育てるためと食物を摂るために長距離を歩くからだ。最長120日間も食物を食べないのである。

狩猟採集時代の人間も、毎日、食物に出会えたわけではない。人間も最長60日間は食べ物を食べずに生きていくことができる。ロンゴの指導教授であったロイ・ウオルフォードはバイオスフェアー2の実験に参加した。そこでは計画したように食物が育たなかったので、2年間カロリー制限食を食べた。ウォルフォードはカロリー制限が生物の寿命を延ばすという研究をしていたからだ。2年間の実験を終えて出てきた時、ウォルフォードはガリガリに痩せていた。臓器は小さくなり、例えば肝臓は半分の大きさになっていた。ところが普通の食事に戻ったら、体格も臓器も元に戻った。つまり生物は断食後に、いろんな臓器をまったく新しく再生できるのだ。これがロンゴの断食模擬食の根拠だ。

断食をすると不要な組織やダメになった組織は死ぬ。しかし断食を終えた後、ふつうの食事に戻ると、死んだ組織は新しく生まれ変わるのだ。つまり若返るのである。

ロンゴ教授の提案する断食模擬食(Fasting Mimicking Diet)はカロリーを必要量の半分以下に制限した食事を5日間摂る方法である。つまり食事を完全に遮断する純粋な断食ではない。だから普通の人にも挑戦しやすい。またその少ない食事にはビタミンなどの必要な微小栄養素は十分含まれている。だから健康への悪影響は少ない。断食模擬食は一度やれば良いのではなく、一年に何度か周期的に行う。つまり時々若返りをするのだ。

それでは断食模擬食の具体的なやり方を紹介しよう。

1日目 1日の摂取カロリーは1100キロカロリーと、必要量の半分程度である。500キロカロリーは例えばブロッコリ、トマト、にんじん、かぼちゃ、きのこなどの野菜類からとる。つまりコメなどのような消化のしやすい炭水化物ではなく、難消化性の炭水化物である。さらに500キロカロリーはオリーブ油などのような健康な脂肪分からとる。マルチビタミンとミネラルのサプリメントと、オメガ3不飽和脂肪酸のサプリメントを摂る。砂糖の入っていないお茶を1日に3-4杯飲む。25グラムの植物性タンパク質を例えばナッツ類からとる。水はいくら飲んでも良い。

2日目から5日目まで 1日の摂取カロリーは800キロカロリーで、複雑な炭水化物から400キロカロリー、健康な脂肪酸から400キロカロリー摂る。その他はタンパク質もサプリメントも1日目と同じである。

6日目には普通食に戻るが、野菜やシリアル、パスタ、コメ、パン、果物を中心にして魚、肉、飽和脂肪酸、チーズ、牛乳などは避ける。

断食中におきる副作用として、疲れる場合があるが、逆に気力が充実する人もいる。初めは軽い頭痛がするが後になると軽減する。最初は非常な空腹を覚えるが、後半はそれが薄らぐ。人によれば背中が痛くなる場合もある。しかし断食を終えれば治る。

断食模擬食の効果は次のようなものだ。

1 体重が減少する。とくに腹回りの脂肪が減る。
2 筋肉の総体重に対する比は増加する。つまり痩せて筋肉質になる。
3 糖尿病体質の人は血糖値が下がる。
4 コレステロールが減る。
5 炎症性マーカーであるCRPが小さくなる。

以上の効果から、断食模擬食の利点は次のようなものだ。

1 皮膚が新しくなり、つまり若々しくなる。
2 集中力が強化される。
3 通常食に戻った場合、以前ほどには砂糖が欲しくなくなり、カロリー摂取量も減る。コーヒー、酒、デザートもあまり欲しく無くなる。

ただし断食模擬食を試みてはいけない場合もある。妊娠中の女性、体重が軽すぎる人、体力のない人、肝臓病、腎臓病の人、低血圧の人、練習中や試合前の運動選手などである。また70歳以上もダメである。私自身に関していえば、70歳以上であり、体重が軽く痩せ型であり、また低血圧なので残念ながら断食模擬食を試みることはできない。

またガン、糖尿病、循環器病、アルツハイマーの患者には、断食模擬食に効果があることは、ロンゴ教授はさまざまなデータで示しているが、ただし実行は医者の監督下でやらなければならない。

以上に述べたようにロンゴ教授の提案する断食模擬食は本格的な断食よりはやりやすく、とっつきやすい。とくに70歳以下の健康な人なら、自分で試みることもできる。とはいえ、さっそく試してみようとはしない方が良い。私はロンゴ教授ではないので、断食模擬食の安全性は保証できないからだ。やるなら十分に研究してからにしてほしい。断食模擬食は、体を体内から若返らせる効果があり、70歳以下の健康な人なら、自分でやることができる。

   
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