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腸と自閉症

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前回はウツや不安は腸に原因があるとする説を紹介した。今回は自閉症も腸に原因があるとする説を紹介しよう。自閉症とは現在は自閉症スペクトラムとよばれ、単一の症状ではなく幅広い症状がある病気とされている。その症状は、次のようなものがある。

● 興味のあるものを指差さない。他人が指差したものを見ない。
● 他人との付き合いに困難がある。他人に対する興味はあるが、話したり遊んだりできない。
● 他人の話しかけに反応しないが、他の音には反応する。
● アイコンタクトを避けて、一人でいるのを好む。
● 他人の感情を理解しがたいし、自分の感情も話さない。
● 抱きしめられるのを嫌がる。
● 同じ言葉を繰り返したり、同じ動作を繰り返したりする。
● 「ごっこ」遊びをしない。

自閉症患者の脳はどうなっているか。脳は神経細胞(ニューロン)同士が複雑につながっている。神経細胞から軸索というものが出て、それが別の神経細胞の樹状突起にあるシナプスとつながっている。この繋がりの多くは近くの神経細胞同士の繋がりである。しかし少数ではあるが、遠くの神経細胞に軸索を伸ばしているものがある。こうして脳の神経細胞は全体がつながっている。ところが自閉症患者では、遠くの神経細胞との繋がりが少ないのである。これは神経回路網の欠陥だ。

問題はなぜ神経回路の繋がりが不十分になるかだ。神経回路網は赤ん坊が生まれてから、育つ中で形成される。このときになにか問題があると、神経回路網が十分に形成されず、自閉症になる。自閉症は幼児期の成長に問題があるようだ。

自閉症の原因は何か? 様々な説がある。以前言われていた、親の育て方が悪いという説は否定されている。遺伝が原因であるという説は、否定はできないがそれだけでは説明しきれない。というのは日本でも米国でも、自閉症患者が90年代以降、急速に増えているからである。米国では68人に一人の子供が自閉症であるという。これは環境要因が関わっていると言わざるを得ない。

どんな環境要因か? 米国ではワクチン接種がやり玉に挙がったが、それは多分違うであろう。

そもそも自閉症になる生理学的な機構はどんなものなのか。腸内細菌が自閉症の原因ではないかとする説が最近、有力になっている。その傍証として、自閉症患者には便秘とか下痢のような腸に問題がある場合が多い。実際、自閉症患者の85%は便秘である。腸内細菌のバランスが取れていない状態、ディスバイオシスであると便秘とか下痢が起こりやすい。だからディスバイオシスが自閉症の原因ではないかというわけだ。

もっと直接的な証拠としてネズミによる実験がある。人間の自閉症患者によく似た症状を示すネズミがいる。社交性にかけて孤独を好むネズミである。これを自閉症ネズミと呼ぶことにしよう。それとは別に腸内細菌を持たない無菌ネズミを用意する。その無菌ネズミに自閉症ネズミの腸内細菌を移植すると、無菌ネズミは自閉症ネズミになるのだ。前回、ウツと不安神経症に関しても、同様なネズミの実験があった。ウツや不安はネズミからネズミへ糞便を移植してうつるのであるが、同様に自閉症もうつるのだ。

パールミュターという人の書いた「ブレイン・パワー」という本を読んだ。その中で著者は、自閉症は腸内細菌に原因があるという可能性を述べている。パールミュターは精神科の医者であり、自閉症の子供の患者がいる。その母親が必死にパールミュターに治して欲しいと頼み込んだ。パールミュターは母親に腸内細菌が原因ではないかとする説を紹介した。母親は大いに喜んで、いろんな論文を読んで勉強した。まず善玉菌を飲むというプロバイオティックスを試みた。それで子供の症状が軽減した。それに力づけられて、さらに糞便移植を試みた。それでその子の自閉症は完全に治ったというのだ。現在では米国でも試験的に、自閉症患者の糞便移植治療が試みられている。ただし成功率は完全ではないようだ。

現在、米国ではある種の腸内細菌(C. diff)の異常繁殖による病気で、糞便移植が90%以上の成功率を誇っている。以前紹介したのだが、肥満の治療にも糞便移植は使える。うつ病や不安神経症の治療にも使えるだろう。私は潰瘍性大腸炎という難病にかかっているが、その治療に使えるかもしれない。ようするに腸内細菌のバランスが取れていないディスバイオシスが原因の病気には全て糞便移植は使えるはずだ。

自閉症は腸内細菌に原因があるとすると、どの菌が問題なのか。いろんな研究があるが決定的なことはわかっていない。しかしここで有力な説が最近、現れた。クロストロジウムという菌種が原因ではないかと言われている。自閉症のある患者でバンコマイシンという抗生物質を使って、この腸内細菌を殺したら、症状が大きく軽減したという。

クロストロジウムはどのような機構で自閉症を起こすのか。最近の研究ではこれが作り出すプロピオン酸が原因ではないかと言われている。プロピオン酸は短鎖脂肪酸の一種である。短鎖脂肪酸には酢酸、プロピオン酸、酪酸がある。以前も話したように、短鎖脂肪酸は基本的には健康に良いものである。特に酪酸は体に非常に良い物質で、腸壁の細胞のエネルギー源になっている。また腸壁を覆う粘膜を厚くして、腸壁を守る。潰瘍性大腸炎は酪酸で治る。

ところが短鎖脂肪酸の一種であるプロピオン酸は脳にとって毒性があるというのだ。プロピオン酸は小腸の透過性を高めて、つまりリーキーガットを招いて、血流に入り込む。それが慢性炎症を起こすらしい。実際、ネズミの実験でプロピオン酸を含む食事を与えると、ネズミは自閉症の症状を示した。

プロピオン酸をネズミに注射すると、2分後に自閉症に特有の行動を示しはじめた。同じ動作を繰り返し、動き回り、仲間と付き合わなくなった。もっともこの症状は30分後には消えた。

別の研究では自閉症ネズミにビフィズス菌フラジリスを食べさせたら、自閉症の症状が軽減した。というわけで、自閉症が腸内細菌と関係することがほぼ確立した。

しかし問題はそれだけでは解けない。なぜ近年、米国や日本のような先進国で自閉症が増えているかということだ。たとえばカンボジアのような発展途上国では自閉症は少ない。何が違うかといえば、先進国は清潔すぎるのである。それで人々が細菌に対する抵抗力をなくしている。これを清潔仮説とよぶ。また除草剤のような農薬に原因があるとする説、食品添加物に原因があるとする説などある。

まとめると自閉症は遺伝だけで決まるのではなく、環境要因が多い。先進国の清潔で、農薬を使いすぎ、加工食品をたくさん食べる、そんな環境が自閉症の原因なのかもしれない。この問題は自閉症だけでなく、肥満、糖尿病、炎症性腸疾患、うつ、不安神経症、パーキンソン病、アルツハイマー病など多くの生活習慣病に共通した原因でもあるのだ。 

   
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