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人工知性戦争

詳細

以下の論文は Hugo de Garis, “The Artilect War: Cosmists vs. Terrans: A Bitter Controversy Concerning Whether Humanity Should Build Godlike Massively Intelligent Machines”の抄訳である。

 人工知性戦争

宇宙派対地球派

人類は神のようにきわめて知的な機械を作るべきかどうかに関する激しい闘争

ヒューゴ・デ・ガリス(Hugo de GARIS)

中国福建省、アモイ大学情報科学技術部コンピュータ科学科人工知能研究所「中国頭脳プロジェクト」代表

要約 今世紀後半には人類の知能の一兆倍の一兆倍もの知能を持つ、神のような人工知能を作る可能性が生まれるが、それに関して、人類は3派に別れて大戦争になる。その3派のうち「宇宙派」はそのような機械を作るべきだとし、「地球派」は反対し、「サイボーグ派」は自分の体を改造して神になることを望む。

1 始めに

この論文は21世紀の後半に起きるであろう、人類の生存をかけた大戦争について論じる。問題は人類の知能の1兆倍の1兆倍もの知能を持つおそるべき神のような人工知能、それを本論文では「人工知性(Artilects=Artificial intellects)」とよぶが、を作るべきかどうかという問題である。人類は2派(または3派)に別れてお互い、数十億人が殺し合う大戦争になるだろう。第1派は「宇宙派」とよび、人工知性を作るべきだと考える。「地球派」はそれに反対し、「サイボーグ派」は自分の脳にコンピュータを接続して、自分自身が神になることを望む。

2  21世紀に人工知性を作ることが可能となる技術

2.1 ムーアの法則

1965年にインテルの共同創始者のゴードン・ムーアは集積回路のトランジスターの数は1-2年の間に倍増するという法則を発見した。この法則は過去40年間に渡り成立している。そしてトランジスターが原子サイズになるまで、あと15年は成立するであろう。

2.2 2020年には原子あたり1ビットになる

ムーアの法則を延長すると2020年頃には1原子に1ビットの情報を蓄えることが出来るだろう。そうするとコンピュータは1兆倍の1兆倍ビットの情報を蓄えられる。このようなコンピュータを「アボガドロ機: Avogadro Machine (AM)」と呼ぼう(注 アボガドロ数とは1モル中に含まれる原子の数で6×1023である。これはほぼ1024=(1012)12、つまり1兆倍の1兆倍である。1モルとは炭素でいえば12gである)。 

2.3 フェムト秒のスイッチング(Femto-Second Switching)

アボガドロ機は1フェムト(10-15)秒に1回、0と1の間のスイッチングができるだろうから、1秒あたりの処理数は1040ビットになる。

2.4 可逆計算(Reversible Computing)

現状のコンピュータはいわゆる非可逆演算(Irreversible computing)を行っており、熱発生が大きい。アボガドロ機ともなると、恐るべき熱発生が予想される。可逆演算を行うと熱発生がないので3次元回路を作ることができる。人工知性の大きさは1kmの大きさの小惑星程度になる。

2.5 ナノテク(Nanotechnology)

分子サイズのエンジニアリングであるナノテクを使ってアボガドロ機を作る。人工知性はナノテクで作られる。

2.6 人工発生学(Artificial Embryology)

21世紀の生物学の最大の課題は発生学の理解である。発生過程では1つの細胞から100兆個の細胞を持つ人間や動物に成長する。人工発生学を完成させ、発生生産技術を使って3次元構造の人工知性を作る。

2.7 進化エンジニアリング(Evolutionary Engineering)

人間の脳は1000兆のシナプスを持っている。人工知性はさらに複雑なので、それを作るには「遺伝アルゴリズム」に似た進化エンジニアリングが必要となる。

2.8 トポロジー的量子コンピュータ(Topological Quantum Computing)

量子コンピュータは古典的コンピュータよりはるかに強力である。古典コンピュータが一度に1ビットを処理する間に量子コンピュータは2Nのケースを処理する。ここでNは量子ビット数である。人工知性はトポロジー的量子コンピュータであるだろう。

2.9 脳科学に対するナノテクのインパクト(Nanotech Impact on Brain Science)

現状のスーパーコンピューターでも人間の頭脳のビット処理能力(秒あたり1016ビット)を持っている。しかしその知能は人間の知能に比べれば遥かに劣っている。コンピュータを人間の知能に近づけるためには、人間の頭脳がどのように働いているかを理解する必要がある。そのためにナノテクを使って人間の頭脳を調べることができるだろう。この知識は人工知性を作るのに役に立つ。

2.10 人工頭脳(Artificial Brains)

上記の技術を使って人工頭脳工業が生まれ、各国は競って、宇宙産業におけるNASA やESAのような組織を作るであろう。そうして頭脳産業が最大の産業となるであろう。

3 人工知性(The Artilect): 人類の1024倍の能力

人間の頭脳の情報処理能力は1秒あたり1016ビット程度である。その根拠は以下のようなものだ。人間の頭脳には1011程度の数のニューロンがある。それぞれは104程度のシナプスを通じて他のニューロンとつながっている。それぞれの信号処理速度が毎秒10ビットだとすると、結局、毎秒1011+4+1=1016ビットの処理能力がある。一方、先に述べたように、一握り程度の材料でできた人工知性は毎秒1040ビット程度の処理能力がある。つまり人間の1024倍の能力がある。小惑星程度の人工知性であれば、毎秒1052ビット程度の処理能力があり、それは人間の1036倍の能力がある。それは人間の能力の1兆倍の1兆倍の1兆倍である。

4 種族間優越論争(The Species Dominance Debate)の始まり

人類は人工知性を作るべきかどうかという種族間優越論争は、すくなくとも英語圏と中国ではすでに始まっている。この論争は21世紀最大の問題となり、数十億人が死ぬような大戦争に発展するであろう。

人工知能を使った家庭製品が出回り、毎年賢くなるにつけて、人々は「ロボットは我々より賢くなるのか?」、「ロボットの知能に上限を設けるべきか?」、「人工知性の発生を止められるか?」、「もし止められないとして、人類が2番ではダメなのか?」、「人類は神のような機械を作ってもいいのか」という問題が21世紀の一大政治問題になる。

5  宇宙派(Cosmists)、地球派(Terrans)、サイボーグ派(Cyborgs)

論争が白熱化すると人類は次の3派に分かれる。

a)    宇宙派: 人工知性をつくるべき
b)    地球派: 作るべきでない
c)     サイボーグ派: 自分の脳を改造して自分自身が人工知性になる

6  宇宙派の議論

6.1 「巨視的視点」(Big Picture)論

宇宙には1兆の1兆倍の星があり、100億年もの年齢があるが、人間はせいぜい80年程度しか生きられない。宇宙派は巨視的な観点から、人類ではなく人工知性こそが、宇宙を理解し操作することができると考える。

6.2 科学宗教

宇宙派は、既存の宗教は、科学が生まれる数千年前に人類が発明したものであると考えている。しかし人間は本来、宗教を信じるようにできているので、宇宙派といえ、科学的宗教を信じる傾向がある。つまり人工知性に対する畏怖の念と信仰である。

6.3  人工知性神を作る

宇宙派の主目的は人工知性を作ることである。宇宙派の信念によれば、人類の使命は進化の次の段階、人類より進んだものを生み出すことにある。人工知性神が作られる。

6.4 人類の努力は止められない

人間とは好奇心旺盛な生き物だ。その傾向は遺伝子に組み込まれている。神のような人工知性を作ることは、とても興味深く、人間性に根差したことである。

6.5 経済的側面

人工知能産業が勃興すると、それを止めるのはむつかしい。

6.6 軍事的側面

軍事的側面はさらに大きい。中国は米国を追い越そうとしている。中国は一党独裁であり、米国は中国の台頭を許せない。これからの戦争はロボット戦争であるので、どちらの軍部も人工知能をもつロボット兵器の研究をやめられない。国防省は宇宙派の論理を採用する。

7  地球派の議論

7.1 人類を救う

地球派は、もし人工知性が生まれたら人類を劣等種として、害虫のように絶滅させるかもしれないことを危惧する。それを防ぐには、宇宙派を絶滅するしかない。人類の生存がかかっているのだから、国家の生存を競った過去の戦争よりも、次の戦争は激しいものになる。

7.2 格差の恐れ

地球派は自分の子供たちが人工知性になることを恐れている。なぜなら、そんな子供は親よりはるかに賢明であり、親にとっては宇宙人に等しくなるからだ。それを防ぐためにも、宇宙派を根絶やしにせねばならない。

7.3 サイボーグ派の拒否

地球派にとってはサイボーグ派も宇宙派と差はない。だからサイボーグ派も宇宙派とともに絶滅させる。

7.4 予想もできない複雑さ

人工知性を作るには進化エンジニアリングの技術を用いるので、人工知性の行動はあまりに複雑で予測できない。人工知性論争のキーワードは危険性である。宇宙派が人工知性とともに宇宙に飛び出してくれればよいのだが、しかし人類絶滅の危険性を冒すわけにはいかない。

7.5 宇宙派の無分別

地球派によれば、宇宙派は自己中心的である。人工知性を作って、自分が滅びるのは勝手だが、地球派を道ずれにするのは許せない。滅ぼすしかない。

7.6 宇宙派、サイボーグ派に対する先制攻撃

地球派はゆっくりと構えておれない。というのは、時間がたてばたつほど、人工知能は賢くなり、宇宙派、サイボーグ派にとって有利になる。だから早い時期に先制攻撃をかける必要がある。しかしそのことは宇宙派、サイボーグ派も気が付いている。そして21世紀の進歩した兵器を使った大戦争が勃発する。

8 サイボーグ派の議論

8.1 自分が神になる

サイボーグ派の目的は、進歩したコンピュータを脳に植え付けて、自分自身が人工知性になる、つまり神になることである。

8.2 宇宙派と地球派の紛争に巻き込まれない

サイボーグ派は人類が人工知性になれば問題はないと主張する。しかし地球派はその議論を受け入れない。地球派にとっては、サイボーグ派も宇宙派も同じである。

9 人工知性戦争はどのようにして白熱化するか

9.1 ナノテクが脳科学を革命化する

ナノテクを用いた分子サイズのロボットを使って脳の働きを調べると、脳の働きが解明できるだろう。人間の全脳シミュレーションが可能になり、脳科学はついに脳の働きを解明する。その知識は人工知性をつくるのに応用される。

9.2 神経技術(Neuro-Engineering)と神経科学(Neuro-Science)の融合

理論物理と実験物理がひとつのものの二つの側面であるように、神経科学と神経技術は一つに融合するだろう。神経科学者は人工脳モデルの上で理論を確かめ、知性がどのように生まれるかを急速に理解するようになる。

9.3 人工脳(Artificial Brain)技術は巨大な産業を形成する

人間の頭脳の知識に基づいた、もっと高度な人工知能やロボットはますます賢くなり、家庭用として役に立つようになる。人工脳に基づく産業が巨大産業に成長する。

9.4 「知性理論(Intelligence Theory)が発展する

神経科学者と頭脳製作者が人間の知性の作り方をマスターすると、新しい「知性理論」が「理論神経科学者」により作られる。その理論においては、人間の知性は巨大な知性空間の中のひとつのデータ点に過ぎない。その理論を使って知能を増強することもできるし、ある人は賢く他の人はそうでない理由もわかる。

9.5人工知性は毎年賢くなる

神経科学と神経工学の融合の結果、人工頭脳に基づく産業は、毎年賢くなっていく製品を作り出す。しかも知能が毎年増大していくという傾向は4章に述べたように人々を不安に陥れる。種族間優越論争が知識人の間から始まり、やがて大衆に広まっていく。

9.6 論争は過激になり政党が結成される

ロボットと人間の間の知能指数の差が狭まるにつれ、種族間優越論争が激しくなる。そして政党が結成され、先に述べたように三つの主な派閥、宇宙派、地球派、サイボーグ派に分かれる。そして論争は加熱する 

9.7 論争は暴力的になり暗殺や破壊が行われる

ロボットや人工知能がますます賢くなるにつれ、人々の警戒心は高まりパニックに陥る。ロボット製造会社のCEOが殺され、ロボット工場が破壊される。人工知性戦争が近づく。

9.8 地球派はあまり遅くなる前に第一撃を加えるだろう

地球派は第一撃の準備を始める。そして21時世紀中ごろに存在するであろう世界政府をクーデターで掌握する。そして宇宙派やサイボーグ派を、世界的な規模で殺戮し始める。少なくとも地球派の計画はそのようなものだ。

9.9 宇宙派は第一撃を予測し準備をする

宇宙派は地球派やサイボーグ派の議論を注意深くモニターしているので、この戦いの準備を始めるであろう。彼らは独自のプランと武器と軍隊を持っている。もし地球派が最初に攻撃を行うならば、宇宙派は反撃を加え、人工知性戦争が始まるであろう。

9.10 21世紀後半の兵器は数十億人の死をもたらす

横軸に1,800年以来の年代と、縦軸に主な戦争で殺された人々の数をプロットしてみる。 19世紀初めのナポレオン戦争では死者は100万人の程度であった。 20世紀初めの第一次大戦では2,000万人、20世紀半ばの第二次世界大戦では5,000万から1億人の死者が出た。この傾向を延長すると、21世紀の人工知性戦争では数十億人の死者が出るであろう。実際20世紀でも、政治的な理由により3億人の人々が殺された。

10 10億人規模の虐殺

11 世論調査

私はこの問題に関する講演の最後でいつも聴衆に次のような質問を投げかける。

「人類は滅ぼされる危険を冒しても、神のような人工知性を作るべきと思いますか?」

その答えは普通50:50, 60:40, 40:60の程度である。大部分の人は私同様に人工知性を作るべきかどうかに関しては非常にアンビバレントである。人々は人工知性がどのようになるかを畏怖し、人工知性戦争の予感におののいている。宇宙派と地球派が、このように半々に分かれるという事実は、人工知性戦争が非常に激しくなるであろう事を予感させる。この分離は次のようなスローガンで表現できる

「われわれは神を作るべきか、あるいは我々の殺戮者を作るべきか? 」

12 哲学者へのアピール

人工知性の問題は、哲学的に非常に重大であるが、現在、哲学者のコミュニティーはほとんどこの問題に気がついていないので、彼らを教育する必要がある。この問題が科学技術者だけに限定されているのは、とくに驚くことでは無い。この問題を生み出しているのがまさにそのコミュニティーである。例えば私は「中国頭脳プロジェクト」を指揮しており、その計画は4年間で3万元を使い、15,000のニューラルネット・モジュールをもつ人工脳をつくる計画で、2008年にスタートする。哲学者は応用倫理学の新しい分野を作るべきである。その分野を私は「人工知性倫理学」とよんでいるが、人工知性の権利などについて議論する分野である。

13 引用

「私が現在に生きていることは喜ばしいことだ。少なくとも私はベッドで平和に死ねるだろう。しかし私は自分の孫達の事を非常に心配している。彼らは人工知性戦争にかかわり、多分それで殺されるだろう」

ヒューゴ・デ・ガリス教授2000年、ディスカバリー・チャネル

BBCでのカーツワイル対デ・ガリスの論争

人工知性の勃興が人類にとって良いことか悪いことかに関する論争はBBCのTV番組「人間ver 2.0 」で、デ・ガリス教授とレイ ・カーツワイル博士がその問題について議論した。このプログラムを見たい場合は「Human V2.0 」と「BBC 」で検索してみればわかる。このプログラムにおいてカーツワイル博士は楽天的であり、デ・ガリス教授は悲観的である。

文献

Hugo de Garis, “The Artilect War: Cosmists vs. Terrans: A Bitter Controversy Concerning Whether Humanity Should Build Godlike Massively Intelligent Machines”, ETC Books, 2005, ISBN 0882801546 

 

抄訳 松田卓也 NPO法人あいんしゅたいん副理事長

松田 注 6/25

デ・ガリス教授は「神は数学者か?」というエッセイで、人工知性ができたとして、その神のような機械は新しい宇宙を作り出すと予想している。 つまり神が世界や人を作ったのではなく、人が神を作り、その神が新たな世界と人を作るというのである。松田の「人間原理と数学原理・・・宇宙はなぜこれほどうまくできているのか?」参照。

6/26

デ・ガリス教授の容貌や話し振りは、私のブログ「マッドサイエンティストのつぶやき、6月後半6月25日ヒューゴ・デ・ガリス」を参照のこと。何巻にもわたる英語のインタビューだから、どんな人物かを見るだけなら、最初の部分を見るだけでよいだろう。

   
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