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超知能の作り方と超人類への道2

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前回はシンギュラリティとは人間の知的能力をはるかに上回る人工知能ができて、それによって科学技術が飛躍的に発展して、人類社会が大きな変革をとげる時点であると定義した。そのためには人類の知的能力をはるかに上回る人工知能である超知能を作る必要がある。そのまえに現在の、特定のことしかできない特化型人工知能ではなく、一応なんでもできる汎用人工知能(Artificial General Intelligence=AGI)を作らなければならない。

また機械としての超知能が人類を支配したり、滅ぼしたりしない方策を考えねばならない。私はその一つの方向性として、人間と機械である超知能を脳機械インターフェイスで接続して、人間の知能を増強して人間を超人類に飛躍させるのが良いと思う。つまり人間と機械を一体化させてサイボーグ人間にするのである。アニメで言えば攻殻機動隊の世界だ。

まず特化型人工知能ではなく、人間のように一応はなんでもできる万能の人工知能である汎用人工知能の作り方を考える。一番手っ取り早い方法はたくさんの種類の特定目的の特化型人工知能を集めて、場合に応じて使い分けることだ。これを巨大スイッチング型人工知能とよぶと、それはすでにできている。つまり最も現実的な方法だ。この手法だと、あとは脳機械インターフェイスの完成を待つだけで良い。多分10年以内に可能であろう。でもそれではあまり夢がない。

次に考えられる方法は人間の脳をコンピュータで完全にシミュレートする方法である。人間の脳は大脳、小脳、大脳基底核などの器官でできている。大脳には約300億個、小脳には約600億個の神経細胞つまりニューロンがある。これらの神経細胞は軸索とよばれる細い線で複雑につながっている。軸索と神経細胞のつなぎ目の部分にシナプスがある。ひとつの神経細胞にはシナプスが1000ほどあるので、脳全体ではシナプスの数は数百兆個もある。この神経細胞同士のつながりをコネクトームという。結局、人間の記憶や思考はコネクトームで決まるのだ。

そこで思考に特化する人工知能を作るために大脳にある神経細胞の働きをコンピュータでシミュレーションすればよいと考えられる。神経細胞つまりニューロンは、それに付随する樹状突起上のシナプスを経由して、他の神経細胞からの情報を受け取る。その情報の強さがある一定値を超えると、細胞内の電位が上昇する。これを発火とよぶ。神経細胞が発火するとその神経細胞に付随する軸索という細い通信路を通じてパルス状の電気信号を送り出す。そのパルスはシナプス結合を通して別の神経細胞に伝えられる。だからこれらの様子を全部コンピュータ内で再現すれば、人間の知能も再現できるのではないかと考えられる。

神経細胞の電位の変化を記述する方程式はホジキン・ハクスレイ方程式といい、4元連立の常微分方程式である。4元では大変なので方程式を1本に限定した積分発火モデル、2本にしたイジケビッチモデル、フィツヒュー・南雲モデルなどがある。ともかくニューロンの動作を記述する方程式は分かっているのだ。

そこで大脳全体の神経細胞でホジキン・ハクスレイ方程式を力任せにとけば良いのではないかという考えがある。このような方向性で進んでいる代表的なプロジェクトにEUのヒューマン・ブレイン・プロジェクトがある。2013年に始まり10年計画なので、そろそろ終わりに近いがどうなっているのだろうか。このプロジェクトを進めたヘンリー・マークラムはその手法の強引さのために他の研究者の批判を浴びて辞めてしまった。

ちなみに日本での計画はどうだろうか。今は大脳の話をしているが、小脳のシミュレーションに関しては電通大の山崎先生が猫の小脳のシミュレーションに成功したと話されていた。しかし小脳は運動を司る器官であり、ロボットの制御には向いているかもしれないが、汎用人工知能が小脳のシミュレーションから生まれるわけではない。大脳新皮質のシミュレーションも日本で進んでいる。

しかし私は、この方法では汎用人工知能はできないだろうと思う。なぜかというと、知能にとって重要なのは神経細胞間のシナプス結合、つまりコネクトームにあるからだ。人間の記憶や思考を司るコネクトームは、もともと生まれた時に完成しているのではなく、体と感覚器官をもった人間が、生まれてからの生活の中で獲得してきたものだ。つまり脳型の人工知能は、作っただけではダメで、生活させて教育してコネクトームを作り上げなければならない。

人間の脳の動作をそのままコンピュータシミュレーションしただけでは、汎用人工知能は作れないだろうという予想を述べた。私は脳をそのままシミュレートするだけが汎用人工知能への道とは思わない。それは「空を飛ぶのに鳥である必要はない」からである。どういうことか。

人間は昔から鳥のように空を飛びたいという夢を持っていた。その夢を実現したのがライト兄弟である。20世紀初頭の1903年に動力飛行に成功した。19世紀末にドイツのリリエンタール兄弟は鳥の飛行を研究してグライダーを作り、飛行に成功していた。リリエンタールは鳥の翼に働く揚力を研究するために実験装置を作った。リリエンタールの兄は実験飛行中に墜落事故を起こして亡くなった。

米国で自転車屋をしていたライト兄弟は、リリエンタールの実験結果を取り寄せ、また自身でも風洞を作り揚力の実験を行った。その結果が1903年の初飛行の成功である。ライト兄弟の成功の大きな原因は、鳥のように羽ばたく飛行機を作らなかったことにある。鳥の羽ばたきは鳥を空に浮かべる揚力と同時に、前に進む推進力も生み出す。そのため羽ばたき運動は極めて複雑である。しかしライト兄弟は飛行機の揚力は固定翼がにない、推進力はプロペラが担うというように、揚力と推進力を分離した。これがライト兄弟の成功の大きな原因である。

現代に至るまで、人間は本当に役に立つという意味での羽ばたき飛行機を作っていない。つまりライト兄弟は飛行機を作るのに、鳥をそっくり真似なかったことが成功の原因である。そうしてできた飛行機は、鳥よりも圧倒的に速く飛ぶことができ、非常に高空に上がることができる。またたくさんの荷物を運ぶこともできる。つまり飛行機はある意味で鳥をはるかに凌駕しているのである。

しかし人間は鳥を完全には再現できていない。鳥は単に空を飛ぶだけではない。木に止まったり、巣を作ったり、子供を育てることができる。飛行機はそれができない。でもそんな飛行機を作る意味がないのだ。

ここでシンギュラリティの話に戻る。人工知能の専門家の中には、シンギュラリティなど起きないと主張する人もいる。しかしその人たちの話をよく聞くと、人間そっくりの機械は作れないのだから、汎用人工知能も作れないという主張だ。それはある意味では正しい。確かに人間そっくりな機械、例えば映画「ブレードランナー」に登場する、人間そっくりの機械レプリカントを作ることは不可能か極めて困難だ。私はその意見には反対しない。それは鳥をそっくり再現することは極めて困難だという話と同じだ。

しかし空を飛ぶのに鳥そっくりの機械を作る必要がないのと同様に、人間のように考えるのに人間そっくりの機械を作る必要はないというのが、私の主張である。飛行の先駆者たちは確かに鳥の飛行を研究したが、そのなかから揚力の機構を見出したのが成功の原因である。揚力は固定翼に、推進力はプロペラにと役割を分担させた。揚力の基礎理論はクッタ・ジューコフスキーの定理と呼ばれる。その定理はライト兄弟の初飛行と前後する1902年から1906年にかけて完成した。

私の主張の要点は、飛行における揚力理論であるクッタ・ジューコフスキーの定理に相当する思考の理論を発見すれば良いというものだ。その近道は脳の大脳新皮質で働いている基本的なアルゴリズムの発見である。アルゴリズムとは計算手順のことだ。大脳新皮質で働いているアルゴリズムをマスターアルゴリズムと呼ぶことにする。マスターアルゴリズムを発見することが重要だ。

もっとも思考のアルゴリズムは人間の大脳新皮質で働いているものに限定する必要はないかもしれない。空を飛ぶことの例で言えば、空を飛ぶのに鳥の真似をするのではなく、気球とかロケットとか、全く別の原理で飛行する機械もあるのと同じことだ。それと同様に、人間の思考様式とは完全に別な原理で働く思考機械があってもよい。しかし我々の知る限り、現状で汎用人工知能として働いているのは人間の大脳だけなのだから、当面はそれを真似るのが近道だと思う。

鳥の羽も単に飛行のためだけにあるのではない。保温する目的もあるだろう。鳥の羽はいろんな役割を兼ね備えている。それと同様に、脳は単に考えるためだけにあるのではない。恐怖とか喜びといった感情を感じるのも脳である。私は、当面は感情のような要素はさておいて、脳を純粋に思考するための機械と考えたい。そのための基本原理を発見したいと思っている。

空を飛ぶために鳥を研究したように、思考機械を作るのに大脳を研究することは意味がある。しかし出来上がった飛行機は鳥そっくりではない。それでも鳥よりはるかに高性能である。それと同様に汎用人工知能を作るのに大脳新皮質で働くマスターアルゴリズムを研究する必要がある。しかし人間そっくりなものを作る必要はない。次回はそのマスターアルゴリズムの姿が見えてきたという話をする。 

   
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