超知能の作り方と超人類への道3
詳細- 詳細
- 2021年3月30日(火曜)17:55に公開
- 作者: 松田卓也
シンギュラリティを起こして超知能を作るためには、大脳新皮質で働いている基本的なアルゴリズムであるマスターアルゴリズムを解明しなければならない。アルゴリズムとは計算手順のことだ。それが一度、解明されて汎用人工知能ができれば、あとはそれを強力なものにして超知能を作ることができる。
超知能ができれば世界は変わる。その知識を獲得した組織は世界覇権を握れる。世界を支配できるのである。それほど重大な問題であると私は考えている。どこがそれに成功するであろうか。当面の候補者は米国のGAFAと呼ばれるIT企業、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルか中国であろう。ちなみに英国のディープマインド社はグーグルの配下にある。
今回は大脳新皮質で働いているマスターアルゴリズムの候補としてベイズ脳理論の話をする。そのためにベイズ統計、ベイズ確率の話をする。なぜなら脳はベイズ確率に基づくベイズ的推論をする機械であると私は思うからだ。
まず脳の存在理由と目的について考えてみよう。いやその前に生命の目的について考えよう。普通言われることは、生命の目的は自己の保存と種族の保存である。しかしその考えは正しいだろうか。つまり自然は生命に自己保存と種族保存を命じたのだろうか。私はそうは思わない。むしろ種族保存に成功したものだけが生き残っているに過ぎないと思う。ダーウィン的な適者生存である。その種族保存のためにはまず自己保存をしなければならない。自己保存できない個体は死んでしまって種族保存ができないからだ。つまり自己保存と種族保存は生命の目的というよりは、結果ではないだろうか。
つぎに脳・神経系の存在目的について考えてみよう。そもそも脳・神経系は生命の自己保存と種族保存のために必須かというと、そんなことはない。細菌やウイルスや植物は神経系も脳もないが、非常に繁栄している。しかし一部の動物は、細菌やウイルスよりも複雑なものに進化した。その場合、餌をえる活動を合理化したい。また効率的に外敵から逃れたい、適切な生殖相手を探したい。そのために脳・神経系ができたのだと思う。
動物は、外界を正しく認識して餌を獲得すること、外敵から逃れること、生殖相手を探すことなどを合理的、効率的に行わねばならない。脳・神経系はそれらの活動を上手くこなすための器官だと考えよう。そう考えると、外界を正しく認識した動物のみが生き残る。そのようなダーウィン的な適者生存の結果として、脳・神経系の高度な機能が生まれてきたのであろう。
まとめると脳・神経系は外界を正しく認識して、動物が生存・生殖のために最適な行動をするための器官である。だとすると、いかにして正しく外界を認識するか、その方法が問題になる。
ここで話を一転して確率の話をする。なぜかと言うと、脳のマスターアルゴリズムを理解するためにはそれが必要だからだ。現在、確率論の世界には二種類の確率があり、ある意味、競い合っている。頻度主義の確率とベイズ確率である。頻度主義の確率とは、普通我々が学校で習う確率である。例えば10円玉をテーブルに投げた場合、表が出る確率は1/2、裏が出る確率も1/2であると言われる。その意味は、硬貨投げをなんどもした場合、例えば1万回硬貨を投げた場合、ほぼ5千回は表が出て、残りのほぼ5千回は裏が出るということだ。もっともきっちりと5千回ということはないが、だいたいその程度であろう。このような意味での確率を頻度主義の確率と呼ぶ。頻度主義の確率は何度も試行できる場合の確率である。
ところが例えば明日雨が降る確率が50%だと天気予報が言ったとしよう。しかし明日はまだきていないのだから、明日雨が降る場合が例えば5千回で、雨が降らない場合が5千回ということはない。つまり明日雨が降る確率は、頻度主義では説明できない種類の確率である。これがベイズ確率である。明日雨が降る確率が50%といっても、気象庁はそう予報をするかもしれないが、別の気象予報士は別の予報をするかもしれない。ベイズ確率は気象予報士が、明日雨の降る確率は50%だと思うという主観的なものなのだ。頻度主義の確率は客観的な確率であり、ベイズ確率は主観が入るのだ。
科学的であるべき確率に主観が入るとはどういうことか。競馬の予想のほうがわかりやすい。ある馬が一位になる確率が80%であるといったとすれば、それは競馬予想をしている人がそう思うということなのだ。仮に勝ち馬のかけをした場合を考える。ここにかけのオッズという概念がある。オッズとは起きる確率を起きない確率で割った値だ。例えば絶対に起きると思えば、つまり確率が1ならオッズは1割る0で無限大になる。絶対に起きないと思えば、つまり確率が0と思えばオッズは0割る1で0になる。つまりオッズにしたがって最適な掛け金が変わる。八百長をして絶対勝つと分かっていれば、オッズは無限大だから、有り金全部投じれば良いわけだ。
ベイズ確率の名前のベイズとは18世紀の英国の牧師であったトーマス・ベイズから来ている。彼は牧師であるとともに、数学者でもあった。彼の理論は死後に友人により発表された。しかしベイズ確率の理論をきちんと数学的に論じたのは、18世紀から19世紀にかけて活躍したフランスの有名な数学者のラプラスである。ラプラスは数学者であり物理学者でもあった。ちなみにラプラスはナポレオンに仕えたことでも知られている。
ところがラプラス以後、ベイズ確率は20世紀の後半に至るまでほとんど顧みられなかった。確率といえば頻度主義の確率であった。学校でも頻度主義の確率しか教えない。教科書もそれしか書いていない。というのも、科学は客観的であるべきなのに、主観が入るベイズ確率はおかしいと言う強い批判があったからだ。しかし21世紀に入り、ベイズ確率は極めて重要なものであることがわかって来た。
実はベイズ確率の公式自身は簡単なのだが、それを正しく計算するのが大変なのだ。21世紀に入り、その数学理論が整備されたこと、コンピュータの発達により複雑な計算が迅速にできるようになったことなどがあり、ベイズ確率の理論は長足の進歩をとげた。私にとってベイズ確率理論が重要なのは、脳はベイズ確率の計算をする機械であると思っているからだ。超知能を作るためにはベイズ確率の理論は避けて通れないと思っている。
ベイズ確率の公式はそんなに難しくはないのだが、口で言うのは難しいので、ここでは詳細には言及しない。しかし重要な点は、ある物事が起きる確率を計算するために、その物事の起こりやすさをあらかじめ知っている必要があるということだ。物事が起きる確率を知りたいのに、その確率を予め知っているとはどう言うことか。それは事前の予備知識である。それを事前確率という。ベイズの公式は事前確率を使って、事後確率を計算する公式なのだ。事前の知識が正確であるほど、当然のことながら事後の確率も正確になる。
ベイズ確率と脳になんの関係があるのか。脳は外界を目で見る視覚、耳で聞く聴覚、皮膚で感じる触覚、鼻で嗅ぐ嗅覚、舌で味わう味覚という五感を駆使して外界を正しく知覚して、最も適切な行動をとろうとしている。
例えば視覚を考えると、外界に存在するものは三次元の立体的な物体である。ところがそれが目の網膜に映った像は二次元である。脳はこの二次元像から、元の3次元像を復元しなければならない。また物体までの距離や大きさを判断しなければならない。私は脳はそれをベイズ推論で行っていると思う。ベイズ推論をするためには、事前確率が必要になる。事前確率は事前知識とも呼ばれ、外界の物体がどのようなものなのかを予め知っていることだ。例えばコップを掴もうとした場合に、コップまでの距離を正しく推定できないと掴めない。そのためにはコップの大きさがどれくらいかを予め知っている必要がある。このように我々は外部世界のモデルを脳内に持っているのだ。それを世界モデルと呼ぶ。ベイズ理論的には生成モデルと呼ぶ。ようするに我々は脳内に、世界のミニチュアモデルを持っているのだ。それと網膜像などの知覚刺激と比較して、正しい推定を下すのである。これがベイズ脳理論である。
脳内に世界モデルがあると言ったが、それはどのようにして作られたのだろうか。哺乳類でない、たとえばカエルなどの両生類や爬虫類では、世界モデルを予め持って生まれてくる。これを本能という。本能の世界モデルは変更がきかないので、爬虫類や両生類の行動はワンパターンである。つまり行動は決まりきっていて融通がきかない。しかし哺乳類などの高度な生物は、生まれてからの経験で脳内に世界モデルを構築していくので融通が効くのだ。
人間の赤ん坊も生まれたばかりの時は、脳内に世界モデルをほとんど持たない。例えばものを見ると言った基本的なことすら赤ん坊はできないのだ。ものを見るのも生まれてからの練習である。赤ん坊はいろんなものを触ったり、舐めたり、落としたりして経験を積んで脳内に世界モデルを作っていくのだ。その脳内モデルは具体的には神経細胞間の結合、つまりコネクトームで表現される。脳を模擬した人工知能も様々な経験を積ませて、人工知能内部に世界モデルを構築しなければならない。初めからうまく動くわけではないのだ。
汎用人工知能のためのマスターアルゴリズムの概要は以上のようなものだと私は思う。しかしそれは数学的に極めて難解で高度な理論である。まだ世界の誰も、そんなプログラムを書いた人はいない。誰が世界一番乗りで、マスターアルゴリズムを解明するか。世界の運命がかかっているのだ。私は京都の鴨川近くにある秘密研究所でマスターアルゴリズムを求めて、日夜研究している。
シンギュラリティを起こすには、汎用人工知能を作る必要がある。そのためには大脳新皮質で働いている計算手順であるマスターアルゴリズムを解明しなければならない。私は、それはベイズ脳理論だと思っている。それが完全に解明されれば、ライト兄弟が飛行機を作ったように、超知能が作れるのだ。そうすれば世界覇権が握れる。