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世界征服計画 その28

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28. エージェント襲撃

2025年某月某日、米帝CIA長官であるケーツは、ヒューストンにあるCIA本部の執務室に、腕利きのエージェントであるスミスたち3人を呼んだ。スミス達はエージェントらしく、黒いスーツをきちっと着こなして、いずれもサングラスをかけていた。ケーツは口火を切った。

「スミス君、君に新しい任務だ。森某という奴を消せ」

「森某とは何者です?」

スミスがエージェントを代表して聞いた。

「森某とは日本の関西科学財団という組織の理事長だ。また関西科学研究所の所長も兼ねておる。この組織はどうやら世界覇権を狙っているらしいことは、我々の分析官の意見だ。そうすると米帝の敵と言うことになる。奴を消せ」

こう言ってケーツ長官は、森某の写真やら経歴を記したデータを入れた紙製のファイル入れを広げて、スミス達の方に押しやった。この時代、紙のファイルなどアナクロニズムに過ぎないが、ケーツ長官は昔風のやり方を好んだ。スミス達はしばらく、資料を読んでいたが、やがて質問した。

「森某の日常の生活はどのようなものです?」

「奴は日本の大阪の近くの京阪奈という研究学園都市にある、オフィス兼用住宅に住んでいる」

こう言いながら長官は今度は、壁に液晶ディスプレーでパワーポイントを使って要塞住宅の写真を示した。液晶ディスプレーにパワーポイントというのも、この時代、古くさいのだが、長官はノスタルジックなのだ。

「見ての通り、この建物は要塞のようで簡単には侵入できない。我が大使館員や研究者が、この建物にある関西科学財団のオフィスを何度も訪ねて調査している。その報告では、入ったところの右にあるオフィスと応接室以外には外来者は入れない。建物の内部の構造は不明だ。入り口のロビーの左には警備員室があり、警備員がいつも詰めている。理事長が訪問者に会うこともまれだ。その意味で、ここで襲撃するのは得策ではない。ところが理事長は、その近辺で開かれる国際会議の開会式やレセプション、バンケットには時々出席して、挨拶をする。参加者によると奴の英語は完璧で、これも驚異的だという。どこでそんな英語能力を獲得したのか。奴にはアメリカの長期滞在の記録はない。英国に滞在したことはあるらしいが、英国風の訛りはない。ところが英国人と話すときは、完全なBBC英語になると言う。科学的な会合での奴の発言も、参加者に言わせると、恐るべき知識と、知能を持ち合わせているという。ともかくも驚くべき能力の持ち主だ。その能力の出所が怪しいと分析官は言う。ミュータントではないかとか、超人類ではないかとか、分析官の意見は様々あるが、多分ハリウッド映画の見過ぎだろう。しかし皇帝のご意見は、怪しい奴は消せ、これだけだ。単純明快なご発想だ。さすがオババ皇帝様だ」

ここでオババ皇帝にごまを擦っても仕方がないのだが、そうせずにはおれない質なのだろう。ケーツはこれで出世してきた男だ。ケーツ長官は森某のスピーチを録音したものを聞かせた。確かにきれいな英語だった。オババ皇帝やケーツ長官の英語より英語らしいとスミスは思った。ケーツ長官は続けた。

「さて、どこで襲撃するかだが、先に言ったように、オフィスでは難しい。国際会議への出席は、我々の観察によると防弾装備を施したリムジンで行われているようだ。だからそれも難しい。やはり国際会議に出席して、そこで奴がスピーチしている瞬間を狙撃するしかあるまい」

「奴にボディガードはいないのですか?」

とスミスは聞いた。それに対してケーツは答えた。

「イヤ、たくさんいるようだ。十重二十重とは言わないが、少なくとも3重の防御網が観察されている。どうも我々のシークレット・サービスのまねをしているみたいだ。そのこともますます怪しい」

「分かりました。具体的な襲撃方法はこれから検討いたします。結論が出たらご報告をして、早速我々は日本に飛びます」

ケーツ長官とエージェント・スミスたちの会合はこれで終わった。

しかし、その様子は長官室に密かに設置された宇宙人のスニッファーで、逐一オリンポス山のゼウス、ビーナス、アテナ、マーズ達の所に伝わっていたのだ。

「いよいよ敵は動き出したようね、楽しみだわ」

とアテナは言った。マーズはそれに応じた。

「俺のアバターが出張って、奴らを叩き切ってやろうか」

「それはちょっと乱暴じゃない。彼らが交通事故に遭うように細工したらどうかしら」

とアテナは言った。ビーナスは別の意見を言った。

「あなたたちも乱暴ね。私の息子のキューピッドを派遣して、彼らのハートに矢を射込んで、そこで見た女性でも男性でもいいから、恋に陥らせるのよ。そうしたら、恋の病で暗殺どころではなくなるわ」

そこで初めてゼウスが口を挟んだ。

「マーズの案は、少し乱暴すぎる。アテナの案が順当だろうが、ビーナスの案はきわめておもしろいので、まずはビーナスの案で行こう」

ということで、ビーナス案が採用された。キューピッドは人の目に見えないインビジブル・クロークを着ている。背中に羽があるので、ふわふわと飛ぶことができる。キューピッドはCIA本部に容易に侵入した。スミスがケーツ長官に森某の襲撃の具体案を述べているときに、キューピッドはスミスに矢を射た。スミスは何が起きたか分からなかったが、急に眼前にいるケーツ長官が好きで好きでたまらなくなった。そこでスミスは報告を中断して、ケーツに愛を打ち明けた。奥さんと離婚してゲイマリッジをしてほしいと頼み込んだ。ケーツは自分にはそんな趣味はないと退けたが、スミスは引き下がらなかった。やむなくケーツは護衛を呼んでスミスを追い出して、スミスをクビにした。

エージェント・ジョンソンの場合は、相手は女性であった。しかし太った掃除のおばさんであった。ジョンソンはおばさんに愛を打ち明けた。おばさんには亭主も子供もいるのだが、このところ亭主に全く相手にしてもらえず、いらいらしていた。そこに渋いサングラスをかけた年下のジョンソンが迫ったものだから、いちころで恋に陥った。おばさんにとって青春の恋の再来である。二人は掃除用具部屋で逢い引きを重ねた。おばさんはやがて妊娠してしまったのだが、元々太っているために、誰も気がつかなかった。しかしついに亭主の知るところとなり、修羅場が訪れた。亭主はナイフを持ち出してジョンソンを追いかけまわした、ジョンソンはCIAを退職して、どこかに隠れてしまった。

ウイリアムズの場合はもっとも幸いだった。恋に陥ったのが独身の秘書であったので、彼女はたやすくウイリアムズの愛を受け入れて、二人は結婚した。しかし新婦はウイリアムズの任務が危険なことを知っているので、辞職するように強く勧めた。結局、ウイリアムズも辞めてしまった。

こうしてケーツ長官の計画は失敗した。しかし、失敗しましたとオババ皇帝に言うわけにはいかない。ケーツ長官はブラウンをチーフとする第二のグループを呼んだ。今度は神々はアテナの案を採用した。ブラウンはCIA本部を出たところで車が交通事故を起こし、大けがをして入院してしまった。ジョーンズはCIAの本部内の階段で、誰が捨てたか知れないバナナの皮に足を取られて階段から転げ落ちて、大けがをした。テイラーは考え事をしながら道を歩いているときに、電柱に激突して大けがをしてしまった。

こうしてケーツ長官の第二の試みも失敗に終わった。それでも懲りないケーツ長官は第3のグループを呼んだ。チーフはミラーであり、あとデイビスとガルシアがメンバーである。オリンポスの神々は、それを知ってまた集まった。

アテナが口火を切った。

「ケーツはしぶといわね。なかなかあきらめないわね。今度はどの手で行きます?マーズの手下を派遣して、逆にミラー達を暗殺しますか?」

ゼウスは発言した。

「それは乱暴すぎる。今度は彼らに好きにやらせたらどうかね。森君にはビーナスの派遣した助さん、格さんを始めとするシークレット・サービスがついているじゃないか。彼らに任せたらどうだ」

「それは少し危険ではありませんか?もし森君が死んだらどうするのです?」

とビーナスは心配そうに言った。

「死んだってかまわないじゃないか。彼の人格のコピーはすでに取ってあるから、肉体が死んでも、精神はこのオリンポス山にそのままとどまることができる。それに彼の肉体が死んでも、彼のアバターを作って人間界に出せばいいのだ。誰も気がつかないはずだ。それに私には一案がある。彼を死なすようなことはしない、まかせてくれ」

この一言で、方針は決定された。僕はゼウスの冷酷さを知らず、彼らのおもちゃになっていることを知らなかった。

ミラー達は日本に到着した。大使館があらかじめ調査した僕の日程の中から、京都国際会館での『国際人工知能会議』における僕の開会式の挨拶を狙うことにした。彼らは偽名で会議に登録して、京都のホテルに泊まっていた。助さん格さんを中心とするシークレット・サービスはすでにそのことを知って、見張りをつけていた。

やがて当日が来た。エージェント達はまんまと会場に潜り込んだのだが、いつもの黒いスーツとサングラスを着用しており、耳にはイヤフォンを装着していたので、彼らだけが異様に浮いていた。参加者は怖がって彼らを避けたので、彼らの周りはぽっかりと真空状態になっていた。彼らは前方の席に三人分散して着席した。

一方、シークレット・サービスはというと、壇上の僕の背後に助さんと格さん、最前列に5人、最後尾に5人、左右の壁際に5人ずつ、2階席にも15人が配置されるものものしさであった。彼らもきちんとしたスーツを着て、イヤフォンをしていた。眼光の鋭い男女であったので、彼らが護衛であることは見え見えであった。

僕はというと、ミラー達の襲撃はあらかじめ知らされており、コロンビア製の防弾チョッキを着用していた。これは兵士の着用するボディーアーマーのようなたいそうなものではなく、カジュアルなものであった。僕の場合は防弾タキシードである。

<コロンビア製の防弾チョッキ>

さて司会の挨拶の後に、僕は壇上に上がってスピーチを始めた。僕の目からはミラー達三人が見え見えであった。僕が話し始めたとき、ミラーがやおら立ち上がって僕にピストルを向けた。助さんがさっと僕の前に出た。ミラーは発砲した。パーンという音ともに、銃口から飛び出たのは弾丸ではなく、ひもにくくりつけられた花であった。ミラーは何が起きたか分からず、呆然としていた。そのとき右手のデイビスが立ち上がり発砲した。今度は飛び出したのは、日本の国旗であった。ガルシアも発砲したが、銃口からはアメリカ国旗が飛びだした。シークレット・サービスの面々は、わっとミラー達に飛びかかり、上に折り重なった。この情景はあらかじめテレビで撮影するようにセットされていた。その日の夕方のニュースは、ミラー達の襲撃とその失敗を世界に知らせた。それを見てオババ皇帝は烈火のごとく怒り、ケーツCIA長官をクビにした。

事の成り行きは後で聞いたのだが、目に見えないエンジェルが、ミラー達がホテルの部屋に入るときに同時に忍び込んで、彼らが寝入ったときにドアの鍵を開けて、シークレット・サービスを中に入れ、そしてミラー達のピストルを取り替えたのだそうだ。ミラー達はとらえられて警察に突き出されたが、特に罪を犯したわけでもないので、無罪放免となった。しかし事が事だけに強制国外退去になった。

後日談であるが、CIAをクビになったケーツ長官は、奥さんにも愛想を尽かされて逃げられてしまった。そこに再び言い寄ってきたスミスの愛を受け入れて、二人はゲイマリッジをして、その後は幸せに暮らしているという。

続く

   
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