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超知能への道 その12 仮想ケンカ

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仮想世界の授業はどれも面白かったけど、私は特に武術に熱中した。ギリシャ式剣法は始めだけで、あとは合気道と対武器戦闘法に熱中した。さらに古式の柔術や剣術、抜刀術、さらに十手術まで学んだ。稽古は型の稽古から始まる。このやり方が実に特殊であった。エクゾスケルトンつまり外部骨格をつけた薄いパワードスーツを着せられる。薄い服のようなものである。これを着ると、体が勝手に動くのだ。始めは自分では動かないで、パワードスーツの動くままにさせる。例えれば習字の練習で、先生が生徒の筆を握って書かせてくれるようなものだ。あるいはお手本をなぞって書くようなものとも言える。慣れてくると自分で筋肉を動かす。よくあるようなチンタラした稽古ではない。練習に無駄がないのだ。体が動きを覚えると、脳のシナプスの配線をナノボットが書き換えていく。だから上達が極めて早い。それで短時間でいろんな武術をマスターできるのだ。

稽古は型から始めてあとは実戦になる。合気道、柔道などの体術では投げたり、関節を決めたりするだけだから普通なのだが、剣術では実際に切るのである。自分は薄いボディーアーマーつまり鎧を着ているので、真剣で切られても実際に肉や皮膚が切れることはなく、怪我はしない。しかしそうは言っても、痛いのだ。刀が当たった瞬間、その部分のボディーアーマーが硬化して、打撃を広い範囲に広げてくれるので、切られた場所は痛くない。しかし打撃に伴う運動量だけは、体で受けないといけない。真剣で面を思い切り打たれると、脳に衝撃が走り、痛いのだ。だからやはり切られるのは嫌だ。実戦の相手はアテナではなくロボットである。動きは人間そのものだが、顔はロボットロボットしている。私が切ると血を流して倒れる。その姿は結構衝撃的なのだが、すぐに血は止まって起き上がってくるので、殺したという罪悪感はない。というわけで十分に実戦的経験を蓄積できるのだ。私は何回切られて、死んだことになったか。

ロボット相手の実戦経験を重ねた後は、人間らしい顔をした、人間らしく振舞うロボットとの対戦になった。まずは不良高校生の格好をした一人のロボットと対戦した。そのロボットは私に向かって言った。

「おい、そこのおっさん、ちょっと金貸してくれへんか?」

私はなんと言って良いのか分からないのでぼっと立っていると、彼は再び言った。

「おっさん、金貸せ言うとるやろが。貸せへんかったら、しばいたるぞ!」

私がまだぼっと立っていると、高校生はいきなり殴りかかってきた。私はその手を受け止めて、入り身投げで思い切り高校生を床に叩きつけた。彼は頭を床にガンとぶつけて動かなくなった。アテナが言った。

「森君、頭打って死んでしまったじゃないですか。殺したらだめよ。手加減しなさい。相手は受身も取れない素人なのよ。はい、もういちどやって」

不良高校生ロボットは、その声を聞くとムックリと起き上がって、また私に同じことを言って、また殴りかかってきた。今度は投げるのを少し手加減した。それでもやはりガツンと大きな音がして、高校生は頭を打った。

「今度は死ななかったけれど、それでも重症ね。はい、もっと手加減をして」とアテナは注意した。私はなんども練習して、最後には相手が床に頭を打つ瞬間に、手のひらで相手の頭を救う方法まで発明した。

「森君、それでいいわ。次は二人がけよ」とアテナがいうと、今度は二人の不良高校生が現れた。その場合はまずは主犯格の男を早く先に倒すことだと教えられた。主犯格を倒すと、後は逃げるかおじけるから処理しやすいそうだ。それに慣れてくると、相手の数が増えてきた。この場合は囲まれないように、自分から動いて相手の輪の外に出る。そしてやはり、主犯格を先に倒す。そしてもう一人を倒すと、後は怖気づいてしまう。こうして素人相手の戦闘法をマスターした。

つぎは喧嘩慣れしたヤクザが相手になった。ヤクザロボットは

「ゴラアー、親父、金貸せ言うとるやろが」と言いつつ殴ってきた。こちらは不良高校生と違い喧嘩慣れしているので、倒すのに苦労したが、慣れて仕舞えばなんということはない。喧嘩慣れしていても、武術には素人なのだから。問題はこちらの心理面にあるとアテナは言った。脅し文句で萎縮すると負けるのだそうだ。ヤクザに散々悪態をつかれる練習をした。何を言われても、平然と丁寧な言葉で返答できるようになった。

「ゴラアー、親父、金貸せ言うとるやろが」とヤクザ。

「申し訳ありませんが、あなたにお貸しするお金はございません」と私。

「ナンやとー、いてもたろか?」

「そんなことをされると、あなたが怪我をされますので、おやめください」

「ナンやとー、このボケェ」

ヤクザは殴りかかり、そして頭を床に打ち付けて終わるのである。つぎに二人がけ、三人がけへと進む。

その次は対武器戦闘である。今度は、ヤクザは手にナイフを持っていた。これはなかなか厄介であった。対武器戦闘の型は十分に学んだけれども、相手もこちらも怪我をしないように武器を取り上げるのは、なかなか大変であった。

ケンカ慣れしたヤクザの後は、プロの格闘家、武術家が相手である。これはさらに大変だった。そう簡単なことでは勝たしてくれない。結局、プロの相手に勝つには、仮想世界で何年もかかった。こちらの強みは、合気道の場合、先生はアテナだけではなく、なんと創始者の植芝盛平先生が直々にお出ましになり、稽古をつけてくださったことだ。塩田剛三先生も現れた。さらにはなんと植芝先生に大東流合気柔術を教えた武田惣角師範まで現れて、大東流の必殺技を教授してくださった。剣術でも柳生新陰流の免許皆伝まで受けた。仮想世界ではなんでもありなのだ。

体術、剣術の次はピストルの使い方をFBIの教官から学び、ライフル射撃法をアメリカの学校に入り学んだ。要人警護法はシークレットサービスで学んだ。私が要人を警護することはないが、警護されるのでやり方を学んでおくのが良いからだ。これでゴルゴ13になれるかなあと夢想した。

それから飛行機である。プロペラ練習機から始まり、ジェット練習機と進み、最後にはジェット戦闘機に乗った。普通はフライトシミュレーターで練習するのだろうが、こちらはいきなり実機である。実機といっても仮想的なものだから、極めて現実的なフライトシミュレーターと言える。操縦に失敗すると墜落するのである。私は何度墜落して、何度死んだことやら。世界中のどんなパイロットも、私ほどには墜落経験はないはずだ。ましてや死んだ経験を持つ者などいない。これが私の強みだ。こうして私は超一流のパイロットに育っていった。

こうした訓練の成果は変な形で現れた。ギリシャの神々は宴会が好きだ。土曜の夜にはよく宴会が催される。神々は酒を飲むのだが、私はあまり飲まないことにしている。ジュースを飲んでいるのだ。ある宴会の時のことだ。バルカンもマーズもベロベロに酔っていた。私がトイレに立った。トイレから出るとそこにビーナスが立っていた。

「森君、前はバルカンに邪魔されたけど、今はベロベロに酔っているから大丈夫よ。いらっしゃい」と言って、私の手を取って小部屋に連れて行った。そこにはソファが置いてあった。そこでビーナスはらりと衣服を脱ぎ捨てて、全裸になった。そして私を手招きした。ついに、その時が来たのだ。私は喜びに胸が震えながらビーナスに近づいていった。

その時だ。ドアがガタンと開いて、酔っ払ったマーズが入ってきた。マーズはギリシャ風の甲冑を着て、頭には兜をかぶり、手には剣をぶら下げていた。

「ビーナス、お前は何をしとるんじゃ? 」

「何もしてないわ、酔っ払って暑いので、服を脱いで涼んでいるだけよ。それが何か?」

「涼んでいるだけ? アホぬかせ。それにオイそこの若造。ゴラアー、俺の女に手を出すと、いてもたるど!」

「私は何もしていませんよ」と私は言いながら、心の中で「まだ」と付け加えた。マーズはいきなり斬りかかってきた。半分冗談、半分脅しのつもりであろう。それに酔っているので、振り下ろす剣の速度は遅かった。私は反射的に剣をかわして、マーズの右側面に入り込み、左手でマーズの首を囲むように掴み、私の胸にいきなり引き寄せた。マーズはよろよろとなって、私の方に倒れかかってきた。私は右手をマーズの顎に当て、左手をマーズの首に巻き、体を思い切り左に開いた。マーズはよろよろと体勢を崩した。そこで私はマーズの頭を思い切り、床に叩きつけた。神だから死ぬこともあるまい。マーズの兜は思い切り床にぶつけられてガッシャーンという大きな音がした。マーズは脳震盪を起こしたのだろう、床に伸びてしまった。その音を聞きつけて、神々が部屋に入ってきた。全裸のビーナスと床に伸びているマーズ、それに呆然と立っている私を見てゼウスは言った。

「ビーナス、お前はまた浮気心を出したのか。マーズはまた乱暴を働こうとしたのだろう。頭がアホな上に、乱暴なやつで困る。森君が教訓を与えてくれたというわけか」

「森君、すごいわねえ、戦争の神をのしてしまうなんて。私の訓練の賜物だわ」とアテナ。

マーズは神々に抱き起こされて、目が覚めた。そして私を見ていった。

「お前は強いやっちゃなあ! ワシは感心したで。ワシは強い奴が好きや。今後は仲良くしたってんか。それにその女、お前にやるわ」

それ以後、マーズは私に絡むこともなくなり、逆に私たちは仲良しになったのだ。一件落着ではあるが、またもビーナスをいただき損なってしまった。

続く

   
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