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超知能への道 その16 人型人工知能プロジェクト

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世界一極委員会が開催された。

「超知能研究所はできたようだが、今後の計画についてアテナに説明してもらおう」とゼウスが言った。

「はい、いよいよ人型の汎用人工知能をつくります」とアテナ。

「くれぐれも我々の介入を世界に気づかれないように」とゼウス。

「はい、了解しています。我々のアーキテクチャーを模倣すれば手っ取り早いのですが、それでは怪しすぎるので、世界の汎用人工知能研究を調べて、それらを利用します」とアテナ。

「私たちのアーキテクチャーを模倣すると、ゼウス様のような女好きな人工知能ができてしまうわ」とビーナス。

「お前のような男好きな人工知能だろう」と反撃するゼウス。

「我々の開発する人工知能からは、性欲は除外します。理性だけの存在にします」とアテナ。

「なんか、できるのはミスター・スポックのようなやっちゃなあ」とマーズ。

「性欲は世界の根源です」とビーナス。

「私たちのマシンはクローン人間のように簡単にコピーできるので、繁殖のための性欲は必要ありません」とアテナ。

「つまらない機械ね」とビーナス。

「我々の作る人型人工知能では、基本的には大脳新皮質をエミュレートします。人間の脳にはそのほか大脳辺縁系などがあり、それは動物として根源的な部分です。しかし我々はそれを、必要のない限りエミュレートしません。つまり恐怖や喜びなどの情動はエミュレートしません。これらは人間が生物として個体の存続や、種族の存続のために必要な機能です。しかし同時に合理的、論理的思考の敵にもなります。我々には必要ありません」とアテナ。

「だから性欲もないのね。性欲は愛や恋の根源よ。それこそ人間らしさだわ」とビーナス。

「それは同時に動物らしさでもあります」とアテナ。

「でも動物的な恋は昇華して、美しい愛になるのよ。人類愛もここから生まれるのよ」とビーナス。

「おっしゃる通りです。ですから我々の人工知能は、情動を理解します。愛や恐怖、妬み、嫌悪、怒りといった人間の心理は理性により十分に理解します。しかしこれらの情動では動かされません。情動で動くと間違った判断に導かれることがあります。ここが大切です」とアテナ。

「頭での恋ねえ。恋は体だわ」とビーナス。

「我々自身は生物としての宇宙人の脳をエミュレートしているので、情動はあります。あなたが男あさりをするのもそのためです。我々がまず作ろうとしているのは、我々の上位神に相当するものです。それから後で、人間をマインドアップロードするときには、情動もエミュレートします。人間らしい人工知能は技術的に高度ですので後回しです」とアテナ。

超知能研究所では、人型人工知能の製作プロジェクトを開始した。これも今ある宇宙人のプログラムをそのまま使えば、最短距離で出来るのだが、それでは具合が悪いので世間にすでに出回っているアイデアを利用することにした。

調べてみるとアメリカのニューメラル社という会社のジョン・ホーキングという人が大脳の新皮質を模擬するプログラムを公開している。ホーキングの基本的な考えは、階層的一時記憶、粗密度表現、大脳皮質学習アルゴリズムである。しかしそれで、十分に新皮質の役割をシミュレートできると我々は考えたので、その方式で行こうということになった。人間の脳をそのまま再現するのではなく、その機能を利用するのだ。私とアテナはそれを調べて、これは改良すれば何とかいけると思った。そこでそのプログラムを利用することにした。

また日本でも人型人工知能に関して、工業総合研究所の三杉氏が全脳アーキテクチャーに基づくプログラムを公開していることがわかった。こちらは脳全体をエミュレートするので、欲望や感情というものも自然に入ってくる。彼の場合、人間の脳を再現するのが目的である。それは人型ロボットやアンドロイド、マインドアップロード用の人工知能を作るのに適しているが、我々が当面作ろうとしている神のためのアーキテクチャーとしては適当ではない。我々の神からは性欲や感情などの情動は除外するのだから。われわれはこちらの方式も、別のチームに担当させて、追求することにした。こちらの方式では人型ロボットを作ることにした。しかしこちらはより複雑なので、完成は遅らせることにした。

汎用知能学会の会長のビン・ゲンツェル博士は人間の脳を模倣するやり方はダメだと主張し、独自の方法を提案している。我々はこの方法を追求するチームも作った。

さらには、世間で大流行している深層学習も利用することにしたので、深層学習チームも作った。こちらは手っ取り早く、成果を世に示すことができる。またワトソンのような古典的な人工知能も利用することにした。ワトソンの成功から見ても、十分に使い手がある。しかし、これらはいわゆる狭い人工知能である。いくら発展させても、汎用人工知能にはならない。そこで別アーキテクチャーの汎用人工知能を作り、それが一般的なことを考え、特別な問題は狭い人工知能に任せることにした。つまり人工知能の総合デパートのような人工知能を作るのだ

私は多くのプロジェクトを並行させて、研究員をそれらに振り分けた。ある目標を達成する場合に、方法は一つとは限らない。例えば空を飛ぶという目標を達成するためには、鳥のように羽ばたいて飛ぶ、固定翼機のように固定翼とエンジンで飛ぶ、気球のように飛ぶ、ロケットのように飛ぶ、さまざまな行き方がある。

つまりある技術的目標を達成するための道は一つではないということだ。人間のように考える汎用人工知能を作るには、ホーキングや三杉のように脳をエミュレートする方法、ゲンツェルのように、それ以外のクレバーな方法もありうる。問題はどれがより簡単か、近道かというだけの話しだ。我々には答えは分かっている。どの方法でも良いが、どれが近道かもわかっている。しかし分からないふりをするために、すべての方法を試させた。そしてどの基本的アイデアも私個人に発するものはない。みんな他人のアイデアの拡張である。これは要するに人のアイデアをパクる、ふりをするためだ。

我々はホーキングのメーリングリストに参加して、新しいアイデアをどんどん投稿してやった。ホーキング氏は非常に喜んだ。私はそのグループの中で有名になった。ホーキングの方法は新皮質だけをエミュレートするので、いわば知覚と理性だけの存在である。欲望とか感情というものはない。いわばスタートレックのミスタースポークのような、感情のない理性だけの存在だ。だからできあがる超知能は非人間的なものになるはずだ。神が人間的であっては困る。ゼウスのように、女あさりばかりされても困る。

ホーキング氏のやり方はソフトウエア的なので遅い。そこで大脳皮質プロセッサーとよぶハードウェアを開発することにした。これはIBMや米国国防省高等防衛研究局(DARPA)が推進しているニューロモルフィック・チップである。IBMが一番進んでいるが、残念なことに学習機能がない。私は先のCPUを開発したグループと組んで、学習機能のある大脳皮質プロセッサーを開発した。そのチップの製造は韓国のメーカーに任せた。なぜ自前でやらないのか? なぜ日本メーカーではないのか? それは韓国のプライドをくすぐるためである。いずれは我々がすべてやるのだが、現在は他人の力を借りなければやっていけないと世間に思わすためである。

大脳皮質プロセッサーの特徴は時間的に変化するデータを読みこんでオンラインで学習していくことだ。人間と違ってどんなセンサーのデータも読ませることが出来る。この人工知能には、世界中から得られるすべてのデータを読み込ませ、いろんな予測をさせることにした。気象データ、ツイート、金融情報、あらゆるデータをたたき込んだ。ただしこの人工知能はまだ人間のような意識を持っているとは言えない。意識を持っているかのごとく、振る舞わせるのだ。というのも、いきなり意識が現れたら世界は驚くであろうからだ。

大脳皮質プロセッサーで作ったコンピューターと従来のノイマン型コンピュータを接続して強力な人工知能を完成した。ノイマン型コンピューターは例えてみれば人間の左脳に相当する。それに対して大脳皮質プロセッサーは右脳に相当する。つまり我々の作った人工知能は右脳と左脳を併せ持ったものである。

この人工知能を装備したコンピュータを阿修羅システムと呼ぶことにした。阿修羅は顔が三つあるように、この人工知能はあちこちに睨みが効くということである。計算能力だけをとってみれば、京コンピュータに匹敵する10ペタフロップスである。大きさは京コンピュータの1/100である。それでも会社のサーバー室に置かれた阿修羅システムは圧巻だった。ラックの前面には顔が三つある阿修羅の絵が描かれていた。阿修羅システムの完成により株価予測の精度は格段に向上した。父の会社にこの人工知能を設置して、大儲けさせてやった。 2年目には儲けは数千億円に達した。父は来客に阿修羅システムを見せて自慢した。マスメディアをたくさん呼んで取材させた。黒谷先物研究所の秘密だ。しかしこれでは、まだコンピュータの大きさは十分ではない。

阿修羅

そこで今度は儲けた金を投資して、ポートアイランドの京コンピュータの隣の広大な敷地を買って、そこに新しくスーパーコンピューターセンターを作った。京コンピュータは10ペタフロップス程度の速さであるが、私の作ったスーパーコンピュータはその100倍は速いのである。つまり1エクサフロップスだ。しかも大きさは京コンピュータと同じ程度だ。そのスーパーコンピュータと、大規模な皮質プロセッサーを合わせた巨大な人型人工知能が完成した。私はそれを文殊菩薩システムと名付けた。文殊菩薩とは知恵の仏である。計算機センターのそばには、ポートピア科学研究所を作った。ここは世界中から文殊菩薩システムを使いに来る研究者を受け入れるのである。

文殊菩薩

文殊菩薩システムにWikipediaを始めとする世界中の機械可読データを読ませた。大学図書館や国会図書館の本も、読書ロボットを作って読ませた。それらの知識をまとめてWikipediaの向こうを張って、Encyclopedia Japonicaを作らせた。文殊菩薩システムは科学論文を始めとするネット上のあらゆる文章を読み込んでいる。 つまり人間の知っている事は何でも知っているのである。

私たちは、文殊菩薩システムの上に研究者のために論文執筆支援システムを作った。論文を書こうと思う科学者はヘッドマウントディスプレイを被る。そうすると半透明の視野の中に文殊菩薩が現れるのである。こういったものを拡張現実(Augmented Reality=AR)と呼ぶ。目の前に見える現実世界の上に、コンピュータが作った仮想の世界を重ねる方法である。ディスプレイの透明度を0にすると、完全に仮想の世界だけになる。この場合を仮想現実(Virtual Reality)とよぶ。我々が作ったヘッドマウントディスプレイはそのどちらにも対応している。拡張現実のはしりといえば、映画「ターミネーター」で殺人ロボットターミネーターの視野に現れていた文字がそれである。

研究者は文殊菩薩と対話しながら論文を書いていく。まず自分が書こうとする論文のアイデアをいろいろ話す。すると文殊菩薩はその言葉を理解して、適切な英文を教えてくれる。完全にネイティブな英語である。要するに私が初めにアテナと論文を書いたのと同じ方式である。その仕組みは、文殊菩薩システムが日本語に翻訳されたことがある英文と日本文のデータベースを持っており、、適切な翻訳の仕方を知っているのである。またネット上のあらゆる科学論文を読んでいるから、日本語でこのように書きたいときは、英米人の著者であればどのように書くかを知っているからである。

このように人間の知能を補強するやり方を知能増強(Intelligence Amplification=IA)とよぶ。それに対し人工知能をArtificial intelligence(AI)とよぶ。つまり我々はクラウド上に機械的な新皮質を作り、それと生身の人間の新皮質と合させることにより、人間の知能を増強したわけだ。人間の能力を増強することがこれまででにも行われていた。例えばメガネは人間の視力を補強するものである。入れ歯は人間の歯の代わりをする。人工心臓は心臓の代わりをする。今や人間の頭脳を補強するものができたわけだ。

私はこの文殊菩薩システムを日本中の科学者にただで公開した。日本人の科学論文の問題点は、英語が下手だということだ。すると欧米人の科学者から見ると、下手な英語を書く日本の科学者は頭が悪いように見えてしまう。内容が良くても正当に評価してもらえないのである。だから日本人の論文のアクセプト率が低いのである。このシステムを導入してから、日本人の英語論文のアクセプト数は画期的に増えた。

私はこのシステムをさらに改良して、論文自体を書くための支援システムを作った。これも私がアテナと共同研究をやった事と同じことをするシステムである。まずは理論的な論文を書くシステムを作った。科学者は文殊菩薩に対してこのような研究をしたいと言う。すると文殊菩薩はそれに関した関連論文を全て読み込み、どのようなことがまだわかっていないかを教えてくれる。そこで科学者と文殊菩薩は相談して、アイデアを出す。私がやったように数値シミュレーション的な研究の場合は、科学者は文殊菩薩と共同でプログラムを書いていく。実際は文殊菩薩がほとんど一人でプログラム書いてくれるのだ。私の場合はアテナが言う通り、プログラムをコンピュータに入力していったのだが、それは教授や院生を騙すためである。しかし文殊菩薩を使っている科学者は正々堂々とそれを使うことができるので、人間がコンピュータープログラムを入力する必要は無い。文殊菩薩が勝手にプログラムを作ってくれるのだ。そして目の前で実行してくれる。その結果をもとに2人で論文を書く。というかを文殊菩薩がほとんど1人で論文を書いてしまうのである。だから科学者は文殊菩薩にきっかけを与えるだけで良いのだ。

次に実験的な研究をするシステムを作った。これも科学者はこのような実験をしたいと言うと、実験のやり方を教えてくれる。当面実験自体は人間がやらなければならないが、文殊菩薩の指示の通り実験をやっていけば、うまくいくのである。これらのシステムを公開してから、日本人の科学論文の数が飛躍的に増えた。こうなれば科学者がいなくても、文殊菩薩ひとりで論文を書けそうだが、それでは科学者のプライドが許さないので、科学者と文殊菩薩の共同研究と言うことにしているのだ。

もっとも、文殊菩薩システムを使ってできる研究というのは、天才がするような画期的研究ではない。普通の研究者がする普通の研究だ。科学の研究というものは、まず、一人の天才的な科学者、あるいは少数の天才的な科学者のチームが新しいパラダイムを開く。いわゆるブレークスルーである。ブレークスルーの後は普通の科学者の出番だ。天才的な科学者は新しい研究分野の一部のパラメーター空間を調べたに過ぎない。その後は多くの普通の科学者がいろんなパラメーターの場合を調べる。こうしてパラメーター空間を埋め尽くしていくのである。そのような研究を世間では茶化して銅鉄主義とよぶ。つまりある科学者が銅の場合を研究して論文を書けば、別の科学者は鉄の場合を研究して論文を書くというわけだ。とは言え銅鉄主義は必要なものだ。科学は天才的な科学者と普通の科学者が協力して進歩していくのである。世界中に膨大な論文があるのはそのようなわけだ。

しかし銅鉄的研究は方法論が決まりきっているので、文殊菩薩という知能増強システムのおかげで簡単になる。私がこのシステムを導入してから、日本の科学論文の数は画期的に増えた。普通の科学者の能力が倍加したからである。いや倍加どころではない。私がアテナの助けにより、たった3日で論文を書いたように、彼らも文殊システムのおかげで効率的に研究でき、論文が書けるのである。優秀な科学者であれば3日に一編の科学論文を書けるので、1年には120編近い論文が書けるのだ。普通の科学者でも10日もあれば論文が一編書ける。すると1年間で36編は論文が書ける。

こうして書かれた論文は、もはやいわゆる権威ある科学雑誌に投稿、審査、掲載していては、時間がかかりすぎる。そこですべての論文は自前のプレプリント・サイトに登録させた。日本文と英文の両方を書くことを奨励した。論文の審査はすでに文殊菩薩が行っているので、人間のレフェリーは不要である。というか、文殊菩薩を使って論文を書くからには、論理的な意味での間違いはない。パラダイムが間違っていたら、話は別である。手間のかかるピアレビューを飛ばしたおかげで、我々の科学技術研究の速度は爆発的に速くなった。正に「特異点は近い」である。横軸に年度を取り、縦軸に日本の論文数を取ると、文殊菩薩システムの公開の年を境に日本の論文数が飛躍的に増大していることは明らかだ。論文数が急に数十倍に増えたのである。諸外国が驚嘆するのも当然だ。その原因は文殊菩薩システムにあることは自明だ。欧米諸国がそれに気づいて慌てる様子が見える。欧米の研究者がたくさんポートピア科学研究所を訪れるようになった。

ただしこの段階では文殊菩薩システムは超知能と言う程のものでは無い。ワトソンを強力にしたもの、Siriを強力にしたようなものである。文殊菩薩は科学者と普通の会話をかわすが、これはルールベースと機械学習のおかげに過ぎない。だっていきなり意識を持った人工知能が現れたら、世界はびっくりするだろうから。段階的にやっていくのだ。

私は自分が凡庸な科学者であることは認識している。アテナ達の協力があってこそ、外から見る限り凡庸でないように見えるだけだ。私は研究所の研究員に、アテナと議論して得たブレークスルー的アイデアを吹き込む。そのアイデアを得るためには、私はそのつど仮想の1年間、アテナたちとオリンポス山にこもって合宿した。研究員は文殊菩薩システムを使って、私のアイデアを形あるものに仕上げていく。その成果を見れば、日本から特異点が発生しても不思議ではないと世界は思うようになるだろう。

メモリコンピュータ

次のステップはノイマン型コンピューターの改革である。ノイマン型コンピューターにはノイマンボトルネックという隘路がある。CPUとメモリーが別なので 、 データはその間を行き来するのに時間とエネルギーを多く消費する。ノイマンボトルネックがなくなれば計算速度は圧倒的に速くなるし、消費電力も圧倒的に少なくなるだろう。脳はたかだか25ワットのエネルギーしか使っていないのである。しかし脳と同じ程度の働きをするノイマン型コンピューターは脳の100万倍ものエネルギーを消費する。脳は非ノイマン型なのである。

この問題を解決するには脳と同じ働きをするコンピュータを作れば良い。といっても、人型人工知能とは少しコンセプトが違う。アメリカのある研究者がCPUとメモリの区別をなくし、 計算をすべてメモリー上で行うアーキテクチャーを発表している。それを彼はメモリコンピューティングと呼んでいる。メモリーが計算するのである。使う素子としてはメモリスターとかメモリーコンデンサーとかメモリコイルがある。彼はメモリコンデンサーを推奨している。

彼はこのコンピュータがNP完全問題を多項式時間で解けると主張した。つまり量子コンピュータ並みにすごいコンピュータだというわけだ。しかしその主張は間違いである。というのも、このコンピュータは従来のようなデジタルコンピューターではなくアナログコンピューターであるからだ。だから厳密解はもとまらず近似解しかもとまらない。NP完全問題を多項式時間で完全に解くことはできない。

デジタルコンピューターはたとえてみれば、そろばんのようなものだ。一方アナログコンピューターは計算尺のようなものである。デジタルとアナログは、CDとレコードに例えることもできる。CDの方がレコードより良いかというと必ずしもそうとは言えない。そろばんの方が計算尺より良いかというとそれも必ずしも言えない。適材適所なのである。しかしこのアメリカの科学者が提案しているメモリコンピューターが、たとえアナログコンピューターで、得られる解が厳密解でないとしても、計算速度は圧倒的に速く、エネルギー消費量が圧倒的に小さいのであれば、非常に役に立つであろう。そこで我々はこのメモリコンピューターの開発も決定した。

出来上がったメモリコンピュータは、非常に速かったしエネルギー消費も少なかった。しかしノイマン型ほどの汎用性はなかった。D-wave量子コンピューターもアナログコンピューターで、離散化最適値問題しか解けないので汎用性はない。しかしメモリコンピューターは量子コンピューターよりは、はるかに汎用性が高かった。というわけで、次期システムはノイマン型コンピューターとメモリコンピューターと皮質プロセッサーコンピューターの複合体とすることにした。

新しいコンピュータセンターは西播磨研究学園都市に置くことにした。このコンピュータの能力は、単純にベンチマークテストでは測れない。なぜならアナログとデジタルの混合で、かつ強力な人工知能を搭載しているからだ。でも文殊菩薩システムの100倍の計算能力があった。100エクサフロップスである。我々はこのシステムを弥勒菩薩システムと呼んだ。弥勒菩薩とは釈迦の次に現れる仏とされており、56億7000万年後に現れるという。とても未来的な仏様だ。我々は弥勒菩薩システムを日本の大学関係者だけでなく、企業の研究者にも無料で提供した。そのため日本の競争力は飛躍的に強化されていった。

弥勒菩薩

弥勒菩薩システムのことを知り、西欧列強が騒ぎ出した。我々のシステムは彼らのシステムの能力を1000倍以上圧倒しているからである。すこし政治情勢がきなくさくなってきた。しかし我々は、外国のアカデミックな研究者にも、当地に来る限り使用を解放したので、文句を言われる筋合いではない。

問題は弥勒菩薩システムの絶対的能力だけでは無い。阿修羅システム、文殊菩薩システム、弥勒菩薩システムの開発の速さである。ほぼ1年ごとに性能が100倍にアップしているのである。 ムーアの法則によれば、コンピュータの性能のアップはせいぜい一年で2倍にしか過ぎない。それが100倍になったのだ。その原因は人型人工知能を完成させたことによる。西欧列強はその秘密を知りたがったけれどもわれわれは教えなかった。

そのかわり文殊菩薩システムを一台1,000億円、弥勒菩薩システムを1兆円で売り出したのだ。文殊菩薩システムはアメリカが一台買ったけれどもそれ以外は売れなかった。高すぎてとても買えないというのだ。我々としては別に買ってもらう必要は無い。もっともB2爆撃機が2000億円、イージス艦が1000億円、原子力空母となると4兆円程度以上なので、我々のシステムが高いわけではない。実際アメリカはB2を20機、イージス艦を84隻、原子力空母を10隻も調達しているのだ。要するにどこに金を投じるのが効果的かという政治的判断の問題だ。

続く

   
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