人間は真実を見ていない 見たいものを見ているだけだ
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- 作成日 2020年1月20日(月曜)19:25
- 作者: 松田卓也
視覚の機構について述べる。あなたが目で何かの物体を見るとする。その場合、その物体からでた光が目の網膜を刺激する。その信号が脳に伝わってものが見える。目でものを見るのだが、最終的には脳がそれを知覚して初めてものが見える。つまりものを見ているのは脳なのだ。
もう少し詳しく言うと、網膜からきた信号は頭の後ろ、つまり後頭部にある大脳新皮質の視覚野とよばれる部分に伝わる。そこで処理された信号はさらに、頭のてっぺんにある頭頂葉に伝わる。また一部の信号は頭の側面にある側頭葉にも伝わる。このようにして物体の位置やなんであるかが知覚される。これがもっとも単純な視覚の機構である。
ただし人間を含む哺乳類生物がものを見るのは、そのような単純な仕掛けだけではないようなのだ。なぜか?例えば夢を考えよう。夢の中では、ふつうは夢とは思わない。夢の中では意識もあるし、ものも見えている。しかし目には光は入っていないのだ。つまり人がものを見るのは、光が目に入るからといった単純なものではないのが夢の例から分かるだろう。
ボトムアップ信号とトップダウン信号
いま目から第一視覚野をへて高位の視覚野への信号の流れをフィードフォワード信号とかボトムアップ信号と呼ぶ。信号の伝達経路で目に近いほうを下、遠いほうを上と呼ぶからボトムアップなのだ。たとえてみれば、会社での情報の流れが営業の現場から上司を経て経営層にまで届くような情報の流れがボトムアップである。
ところでものを見るためには、フィードフォワードとは逆の信号、つまりフィードバック信号も同じくらい重要な役割を果たすことが知られている。これはボトムアップの逆だからトップダウンとも呼ばれる。会社でたとえると、社長から現場への命令の流れである。
脳ではボトムアップ信号とトップダウン信号の両方を勘案して、物体は認識される。会社でたとえると、中間管理職がなにごとかを意思決定する場合に、ボトムアップ信号のみを使うということは、現場からの情報だけでものごとを決めて、社長は事後報告を聞くだけといった場合だ。逆に、トップダウン信号だけを使うとは、現場を知らない社長の理想論だけで物事を決める場合だ。どちらも都合が悪いだろう。中間管理職の効果的な意思決定法は、社長の命令や要望を勘案して、さらに現場からの報告を加味して意思決定することだろう。
ちなみに夢はボトムアップの情報の流れがなく、トップダウンの情報のみで決まる。夢でない場合に、ものを知覚するのはボトムアップの信号とトップダウンの信号の両者を勘案して認識されるのである。実際、それにはいろんな証拠がある。例えば物体までの距離を推定することを考えよう。目が二つあるので立体視ができると学校で教わっただろう。でもそれだけではない。
実際、片目だけでものを見ても、物体までの距離は推測できる。例えば人間を見ることを考える。近くの人間は大きく見えて、遠くの人間は小さく見える。だから、大きさで距離が分かるのだ。それは人間の大きさはこれくらいであるという事前知識があるからだ。普通はありそうにないが、遠ざかると距離に比例して大きくなるような物体があったとしたら、距離は判断できないだろう。じっさい、大きさをあらかじめ知らないものの距離は判断できない。
会社の例でたとえるなら、社長には長年の経験でどんなものが売れるかなどという事前知識がある。いっぽう一番下の新入社員には経験はない。みたままを上部に伝えるだけだ。中間管理職はその両方を勘案して物事を決める。
ベイズ脳理論と事前知識
目で錯視という現象がある。それは、過去の経験からして、ものはこう見えるはずだという事前知識を利用というか、悪用して錯視を起こすのだ。事前知識というのは生まれてからこのかたの経験から得られたものである。なかには遺伝的に生まれたときからあるものもある。事前知識とは、あるものはこのように見えるはずだという思い込みでもある。つまり人間が夢でない場合にものを見るのは、半分はそのものを見て、残り半分は事前知識、つまり自分の頭の中にある物体のイメージをみているのである。これが「人間は見たいものを見ている」という意味だ。
視覚とは、目からのフィードフォワード、つまりボトムアップ情報だけではなく、高位の脳部分からのフィードバック情報、つまりトップダウン情報の両方を利用するとのべた。それを会社の例では、現場からの報告と社長からの命令にたとえた。このような脳の理論をベイズ脳理論とよぶ。
興味深いことは、情報の上下方向の二つの流れを総合して判断するというベイズ脳理論は、なにも視覚だけに適用されるのではない。聴覚も触覚も同じことだ。このように聞こえるはずだとか、このような肌触りであるはずだといった事前知識が重要なのだ。それがあるからすばやい判断が可能なのだ。
ボトムアップとトップダウンのバランスが重要
ところでこの二方向の情報の流れはそのバランスが重要だ。実はトップダウンの流れを重視しすぎると、それは錯覚、錯視、認知バイアスとか偏見につながる。例えば政治ニュースでも、ニュースを虚心坦懐に読み聞きするのではなく、ちょっと聞いただけで事前知識という自分の思い込みで判断する人が多いのではないだろうか。
それでは逆にボトムアップの情報を重視しすぎるとどうなるか。人間では統合失調症という精神疾患がそれではないかといわれている。統合失調症の大きな症状として幻覚と妄想がある。幻覚とはないものが見えたり、本来はない音が聞こえたりするような症状だ。幻聴の場合、人が自分の悪口を言っていると思い込む場合が多い。妄想とは幻覚で見たり聞いたりしたものを、自分なりに合理化する思考傾向である。例えば、自分は他人に操られているとか、自分に対する陰謀が張り巡らされているとか。
聴覚の場合、周りの音が聞こえすぎると、例えば人の話し声が自分への悪口に聞こえる。もし事前知識が有効に働けば、そんなことがないことは分かるはずだ。幻視の場合も、見えないものが見えるが、それは事前知識より知覚情報を重視しすぎるからおきるのだ。
まとめ
頭の中の認知作用はベイズ脳理論で理解できる。それは情報のボトムアップの流れと、トップダウンの流れの調和ある協調で行われる。トップダウン情報のほうが強すぎると錯視、錯覚、認知バイアス、偏見などが生じる。ボトムアップ情報のほうが強すぎると統合失調症を発症する。なにごともバランスが大事だ。