マイクロバイオームと潰瘍性大腸炎
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- 作成日 2020年3月09日(月曜)18:36
- 作者: 松田卓也
マイクロバイオームとは日本語では細菌叢というが、要するに人間の体に住み着いている細菌などの微生物のことである。人の体には様々な微生物が住み着いている。その主なものはバクテリアつまり細菌である。その他にもウイルスとか胞子とかいろいろあるが、ここでは細菌の話をしよう。
これらの細菌がどこに住み着いているかというと、口の中、鼻の穴、皮膚、膣、消化器など、ようするに皮膚を除けば穴である。今回のテーマはおもに消化器なかでも特に大腸に住み着いている腸内細菌の話をする。
腸内細菌の重要性を近年、指摘したのは日本の光岡知足(ともたり)東大教授で1950年代の話である。それが2000年代になって急速に注目をあびるようになったのはDNAのシーケンサーという分析法が画期的に進歩したからだ。それまでは培養皿で細菌を培養していたが、培養できない細菌が大部分なのだ。
なぜ腸内細菌が重要かというと、多くの慢性疾患や精神疾患が腸内細菌に関連しているらしいことが分かってきたからだ。腸内細菌が病気を引き起こすというよりは、細菌の不足やアンバランスが病気を引き起こすのだ。
腸内細菌の話の前に少し他の部分の細菌の話もしよう。体臭というものがあるが、人間は、本来は臭わないのである。細菌が作り出した化学物質が臭うのである。それではこれらの細菌は悪いやつだから単に殺菌すればよいかというと、必ずしもそうではなく、これらの細菌がないと不健康になる場合もある。
どのくらいの数の細菌がいるか? 人間の細胞の数は37兆個であるが、細菌の数はその1.3倍といわれている。その重さは1キログラムから1.5キログラムと言われている。細菌の多くは腸内細菌である。
細菌の種類の数は個人とか民族によって異なるが1000近く、あるいはそれ以上もある。人間の遺伝子の数は20000とか25000といわれているが、細菌の遺伝子の数はこの数百倍もあるのだ。人間の遺伝子は、地球上のどんな人間もほとんど同じだが、マイクロバイオームは指紋のように人によって違う。しかも人間の遺伝子と違って時間的にも変化する。口内と皮膚それに腸でも大きく違う。生まれたばかりの赤ん坊と大人でも違うのだ。
マイクロバイオームに問題があると、さまざまな慢性病の原因となる。また脳にも影響を及ぼし人間の気分をコントロールするだけでなく、たとえば自閉症のような精神疾患もこのせいであると言われている。このように腸と脳は密接に関連しているのだ。これを脳・腸相関と呼ぶが、それについては別にとりあげよう。
人間の赤ん坊は母の胎内にいるときは基本的には無菌である。生まれるときに一斉に細菌にとりつかれて住み着かれる。通常に生まれた場合は、赤ん坊は母親の産道を通過するので産道の細菌を受け継ぐ。しかし帝王切開の場合は、医者、看護師、母親の皮膚の細菌を受け継ぐ。
つまり生まれたかたにより赤ん坊のマイクロバイオームは大きく違うところから出発する。これがその後の生育にどう影響するかは詳しくはわかっていないが、不自然な生まれ方にはそれなりに問題があるだろう。最近の子供にアトピーなどが多いのはそのせいかもしれない。米国では1/3が帝王切開で出産するので、マイクロバイオームは大きな問題になるだろう。
この事をしるある研究者は、子供が帝王切開で生まれたので、母親の産道の液をガーゼに取って赤ん坊になすりつけたという。その後、赤ん坊は正常に育ったそうだ。
また母乳で育てるか人工栄養で育てるかでも異なる。母乳は特別なのだ。母乳の中には人間が消化できないオリゴ糖が含まれている。じつはこれは細菌のエサになる。つまり人間は腸内細菌と共生していくことを前提として進化してきたのだ。実際、母乳と混合栄養と人工栄養では赤ん坊の死亡率は1:2:3になるという。
赤ん坊は育っていく中で腸内細菌は、はじめは母親の産道の細菌または皮膚の細菌に似ているが、その後の生活で、家族やペット、家庭内の環境、自然環境などの影響で、2歳くらいになると大人の腸内細菌とおなじになる。
米国のある研究者は子供を育てるのに積極的に泥だらけにしろ、犬を飼えという。一見不潔に見える環境がむしろ健康に良い影響を及ぼすというのだ。
ここで重要なことは、抗生物質が腸内細菌に大きな影響を及ぼすということだ。なぜなら抗生物質は良い腸内細菌も悪い腸内細菌も多くを殺す。するとそれらが占めていた縄張りに別の細菌が住み着くのである。現代は抗生物質の使いすぎで、腸内細菌が大きな影響を受けている。米国では子供に抗生物質を投与する。そのときにマイクロバイオームが大きく変化することがわかっている。抗生物質はもろ刃の剣なのだ。使いすぎは良くない。
私がなぜマイクロバイオームというテーマに関心があるかというと、自分自身が潰瘍性大腸炎という自己免疫疾患を30年近く患っているからだ。安倍首相も患っているあの病気だ。これは原因が不明であるとして国の特定疾患に指定されている。
主な症状は下痢である。ひどい場合は近くにトイレがないと生活できない。私も昔は自宅から職場までトイレ伝いに通勤したものだ。近くにトイレがないと安心できないのだ。電車に乗るのが怖い。いつトイレに行きたくなるかわからないからだ。行きたくなるとどこでも下車してトイレに駆け込む。だからいろんな駅のトイレの位置も把握していた。JRの新快速ならトイレのある車両に乗る。家から駅まで、駅から職場までトイレのある喫茶店がないと不安である。だからハイキングや山歩きなどはとんでもない。私はずっと屋内で過ごしてきた。
第一期安倍内閣で安倍首相が突然辞任した事件があるが、私の想像では外遊中に下痢で苦しんだのではないかと想像する。この病気の患者でなければわからないだろう。
大便は食物のカスと思うかもしれないが、食物のカスは半分ほどで残りは細菌と剥がれた腸の細胞である。実際、私は潰瘍性大腸炎で入院して一ヶ月間、何も食べなかった時があるが便は出たのである。
潰瘍性大腸炎はその原因がわからず難病指定されている。その治療法も対症療法でしかない。しかし潰瘍性大腸炎の原因は腸内細菌に原因があるのではないかと思われる。
私の主治医は知られている様々な療法を試してみたが、効かなかった。ステロイドで炎症を抑えるのが最も効果的だが、ステロイドは重大な副作用が様々ある。だから使いたくはない。しかし使わざるを得ない。
私には少なくとも症状に大きな変化があった療法が2つあった。一つは抗生物質を大量に集中的に投下する療法である。それで悪い腸内細菌を殺すという考えだ。たしかに一時的に治ったのだが、また再発した。もう一つ別の療法は、ある会社が発売していた発芽大麦という食物繊維の塊である(現在は発売中止)。これがなぜ効くかというと、善玉の腸内細菌のエサになり、善玉菌が増えることにより悪玉菌を抑えるからだという。現在の知識からすれば、抗生物質も食物繊維も腸内細菌の状態を大きく変えるので、なんらかの効果があるのだ。
最近になってC. diffという重篤な腸疾患に画期的な治療法が現れた。それは健康な人の腸内細菌を患者の腸内に移植する方法である。極端に言えば大便を移植するのだ。口からやる方法と肛門から入れる方法がある。口から入れるのが簡単だが、一言で言えば「うんこをたべる」のである。その治癒率は驚異的に高く90%以上にも達する。ただし日本ではまだ認可されていないようだ。ちなみに抗生物質による治療法では治癒率は20%程度だという。
私は糞便移植で潰瘍性大腸炎を治療するという論文を20年近くも前に読んだ。それが今や日の目を見たのだ。日本でも早く認可されることを希望する。
まとめ
マイクロバイオームという概念が近年、大きな注目を浴びている。マイクロバイオームとは人間に住み着いている主として細菌のことだ。特に重要なのが腸内細菌である。腸内細菌の異常は潰瘍性大腸炎などの原因らしい。潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患の根治療法は大便の移植、つまり糞便移植である。次回からは腸内細菌が肥満など多くの慢性病の原因である話をする。また腸と脳は密接に関係しているという話、脳腸相関の話をする。さらに腸内環境を良くするための一手法として食物繊維の話もする。