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マイクロバイオームと肥満

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前回はマイクロバイオームと潰瘍性大腸炎の話をした。今回はマイクロバイオームと肥満の関係について話す。また過度の清潔思想の害についても話す。

 

マイクロバイオームとは人間と共生している微生物のことである。そのなかでも特に腸内細菌が重要である。私は潰瘍性大腸炎という難病にかかっていて、これは腸内細菌と大きな関係があることが分かってきた。慢性の消化器疾患としてはそのほかにクローン病とか過敏性大腸炎がある。これらもみんな腸内細菌と関係があるらしい。

さらに病気とは言えないが肥満は先進国、とくに米国において大きな問題になっている。そのため痩せるためのダイエット産業が大きな産業になっている。肥満していると糖尿病、脳卒中などさまざまな病気にかかりやすいだけでなく、年をとると認知症にかかる危険性も増大する。

肥満の原因が腸内細菌にあることが実験的に証明されたことが、マイクロバイオーム研究の劇的な発展理由のひとつである。

無菌マウスというものがある。母ネズミから帝王切開で出産させて、外界に触れないように厳重に隔離して、腸内細菌をゼロにしたネズミである。それ自体はいろんな問題を抱えながらもなんとか生きている。その無菌ネズミに他のネズミの腸内細菌を移植する。前回に述べた糞便移植である。

そのとき太ったネズミの腸内細菌を移植すると、無菌ネズミは太り、太っていないネズミの腸内細菌を移植すると太らないのである。さらに驚くべきことは、太った人間の腸内細菌を移植してもネズミは太るのだ。つまり肥満は人間からネズミへと生物の種を超えて感染するのだ。

なぜ肥満するかは2つの可能性がある。食べ過ぎと効率的な栄養摂取である。食べ過ぎの原因は腸内細菌が脳に影響を及ぼし、食欲が増える可能性である。腸内細菌が脳にもっと食べろと命令するのだ。腸と脳の関係に関しては脳腸相関として別に取り上げる。

肥満のもうひとつの原因として栄養摂取の効率性がある。先の実験では、同じ餌を与えても、太ったネズミの腸内細菌を移植された無菌ネズミは太ったのである。つまり栄養摂取の効率が上がったのだ。腸内細菌はネズミや人間などの動物が消化できないものも消化して動物に供給しているのである。

こんな例もある。母親と娘がいた。母親が重篤な腸疾患にかかり、腸内細菌の移植しか手がないとわかった。問題は誰の腸内細菌を移植するかだが、母親の希望で娘の腸内細菌が移植された。その結果、腸疾患は治ったのだが、母親は太ってしまった。娘が太っていたからだ。娘の肥満が感染ったのだ。今後は移植元のドナーの選択が重要な問題になってくる。

1980年頃を境にして糖尿病、潰瘍性大腸炎、クローン病、喘息、多発性硬化症などの慢性疾患が劇的に増大している。花粉症や食物アレルギーなどのアレルギー疾患もそうである。これらはある種の自己免疫疾患である。つまり本来は体を守るはずの免疫が、自分の体を攻撃するから生じる病気らしい。

これらの病気はすべて腸内細菌と関係があるらしい。さらに子供の自閉症なども腸内細菌と関係があるらしい。

細菌と聞くと病気の原因つまり悪いものと思いがちである。実際、コレラ、ペスト、赤痢、結核などの感染症は細菌が原因で起きる。20世紀の前半までは、人類は感染症との戦いであった。ところが抗生物質の発見と清潔思想の普及により、これらの感染症は劇的に改善した。とくに先進国においては、これらの感染症で死ぬひとは激減した。

ところが皮肉なことに、このことが逆にいろんな慢性疾患を劇的に増加させている原因なのだ。それは抗生物質の過度の使用や、過度の清潔のためである。そのために腸内細菌の種類が激減したのだ。腸内細菌は一方では、さまざまな病気を引き起こしながら、他方ではそれが多様でないことが病気の原因にもなるのである。重要なことは腸内細菌の多様性である。腸内細菌が多様であると、慢性病にかかりにくいのだ。

腸内細菌にはビフィズス菌や乳酸菌などのように、いわゆる善玉菌と呼ばれるものもあれば、病気の原因になる悪玉菌と呼ばれるものもある。さらに日和見菌とよばれる関係のないものも多い。

これらの細菌が主として大腸の表面や内部に多数生息している。これをお花畑にたとえて腸内フローラと呼ぶこともある。かれらは互いに縄張り争いをしている。健康な人では、それらの縄張りは安定している。抗生物質を投与するとこの縄張りの均衡が破れる。つまり多くの腸内細菌が死んで、縄張りに隙間ができる。すると生き残った菌とか、食物とともに後から入ってきた細菌が縄張りを占拠する。そのときに悪玉菌がふえると具合が悪いのだ。

もう一度強調すると、近年の慢性病の増加の原因は抗生物質の使い過ぎと、過度の清潔にある。過度の清潔が病気の原因と聞くと違和感を感じるだろう。それを清潔仮説とよぶ。

過度の清潔とは、細菌を全て悪者と考えるところから始まる。たとえば学校では食事の前には手を洗えと教えられる。病院以外でも手などを消毒する薬品を多く見かける。公衆トイレでも紫外線で手を消毒する装置が普及している。

京都に北野天満宮というところがある。菅原道真公をお祭りしている神社だ。そこによだれかけをした牛の彫像がたくさんある。その牛に触ると病気が治るという信仰がある。たとえばお腹をさするとお腹の病気が治るとか。頭をさすれば頭が良くなるかもしれないので、お参りに来た修学旅行の高校生が牛の頭をさすつているのをよく見かける。ところがある年、この牛の前に手を消毒する消毒液が置かれていたことがある。みんなが牛をさするので、悪い細菌が感染するといけないから消毒液を置けと、参拝客の誰かからクレームがきたのであろう。これなど清潔思想の行き過ぎである。

日本人にはマスクをしている人が多い。風邪を人にうつさないという点では意味があるが、人や環境から悪い細菌をもらわないためであろう。日本人は世界一の清潔信仰の民族だと思う。度を過ぎた清潔信仰はかえって体に悪い。

そんなことを言いながら私自身も、清潔信仰の信者である。ウオッシュレットとかシャワートイレというものがある。いまやこれがない生活は考えられない。日本以外の外国ではこれが普及していないので、海外に行く気がしない。国内でも携帯シャワートイレを愛用している。

しかしある研究者に言わせると、これは行き過ぎだという。しかしなんと言われようとも、シャワートイレはやめられない。

まとめ

腸内細菌は体の健康に大きな影響がある。腸内細菌の多様性のなさが病気の原因である。たとえば肥満も腸内細菌のせいであることがネズミの実験で証明された。いくら運動しても腸内細菌を改善しない限り、痩せにくいのである。また行き過ぎた清潔思想がアレルギー疾患をはじめとする慢性疾患の原因であるらしい。

   
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