マイクロバイオームと食物繊維
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- 作成日 2021年1月02日(土曜)16:04
- 作者: 松田卓也
マイクロバイオームという概念が近年、注目を浴びている。マイクロバイオームとは人間に住み着いている微生物である。これらは口、鼻、皮膚、生殖器、消化器官に住み着いている。そのなかでもとくに腸内細菌が重要である。これらの細菌の細胞数は人間の細胞数と匹敵するか、それよりも多い。遺伝子の数でいうと、マイクロバイオームの遺伝子数は人間の数百倍近くもある。つまり人間は細胞数で言えば半分、遺伝子数で言えばほとんどが微生物の集まりなのだ。慢性病の多くはマイクロバイオームのバランスの崩れ(ディスバイオシス)が原因である。
いろんな病気の原因として遺伝的要素が関係している。しかし遺伝的要素を努力で変えることはできない。一方さまざまな慢性病はマイクロバイオームと関係している。ところがマイクロバイオームは人間の努力次第で変えられる。
なぜ現代人のマイクロバイオームには多様性がなく、そのためさまざまな慢性疾患が起きているのか。その原因の一つとして抗生物質の使い過ぎがある。もうひとつ重要な原因として食事がある。もっと詳しくいえば、食物繊維が不足していることに原因があることが近年の研究で分かってきた。今回は食物繊維の話をする。
人間を狩猟採集時代の人間、農業時代の人間、現代工業社会の人間に分けると、マイクロバイオームの多様性がこの順で減っていることが分かっている。昔の狩猟採集民のマイクロバイオームを調べることはできないが、現在でもアフリカのタンザニアに住む狩猟採集民のマイクロバイオームが調べられている。かれらのマイクロバイオームは非常に多様である。植物の根を多食して大量の食物繊維を摂取するからだ。
欧米と日本以外の、農業を主体とした発展途上国の人々のマイクロバイオームの細菌の種類も多様で2000近くある。ところが西欧と日本という先進国にすむ人たちの腸内細菌の種類は1000以下であり、また細菌の種類も大きく異なっている。そのことが肥満や糖尿病、炎症性腸疾患などの慢性病が先進国に多い原因であろう。
それではなぜ先進国の人々のマイクロバイオームの多様性がないのか。その原因は食物繊維の不足と肉食にあると考えられている。食物繊維について言えば、狩猟採集民は1日150グラムも食べる。発展途上国ではそれが1日35グラム程度である。日本を含む先進国では15グラム程度しかない。このことから、先進国病とも言える慢性疾患の原因の一つとして、食物繊維の不足が考えられる。
人間は食物繊維を消化できない。それでもなぜ食物繊維が重要なのか。食物繊維は腸内細菌のエサになるからだ。腸内細菌は人間にとって重要な役割を果たしている。食物繊維を分解して酢酸や酪酸のような短鎖脂肪酸と呼ばれるものを作る。これらは人間の健康にとって重要な働きをする。またビタミンBやビタミンKを作る。さらにまた免疫を強化する。
食物繊維を十分に取らないと、腸内細菌は食べるものがなく、死にたえるか下手をすると腸を食べてしまう。もっと正確に言えば、腸壁を覆う粘膜を食べてしまうので、腸壁と細菌が直接接する。またいろんな原因で腸壁に小さな穴が空くことがある。この小さな穴を通して、本来は通過できない大きな分子とか、極端な場合は細菌自体が腸壁を通過して血液の流れに乗る。それらは免疫組織からみれば異物なので、免疫細胞が攻撃する。これがさまざまな慢性病の原因である。
このように腸に小さな穴が開く現象をリーキーガットという。リーキーとは漏れやすいということ、ガットは腸である。つまり食物繊維を十分に取らないと、リーキーガットを起こし、異物が腸壁を通過して体内に侵入して悪さをするのだ。
ある英国の研究者が劇的な実験をした。大学生の息子に小遣いをあげて、マックを好きなだけ10日間食べるという実験だ。息子は4日目頃に体調の不調を訴えたが、実験はそのまま続行された。その結果、実験後に息子の体調は非常に悪くなった。調べた結果、腸内細菌の種類が実に40%も減ったのだ。その原因は、カロリー不足ではない。マックにはカロリーは十分ある。また脂肪の取りすぎでもない。理由は食物繊維の不足にあったのだ。腸内細菌がエサ不足で死に絶えたのだ。結局その息子のマイクロバイオームは、それ以降も元に戻らなかったという。
マイクロバイオームの多様性をふやすために、米国の研究者は家に家庭菜園を作り、徹底的に食物繊維を取った。その結果、腸内細菌の種類は800程度から1200程度まで増えた。その研究者の奥さんも同じ研究者なので、二人で家庭を取り巻く環境を大きく変えた。家には二人の小さな女の子と犬がいる。子供達にも家庭菜園を作らせたので、野菜嫌いがなくなった。また子供達に泥遊びを勧めた。土の中の細菌を積極的に取り入れるためだ。犬は外で遊び泥まみれになる。その犬と接することで、犬から人間に細菌がうつり、人間のマイクロバイオームが改善される。実際、家庭で犬を買っていると子供にアレルギーが少ないという。
現代人とくに日本人には清潔信仰がはげしい。そのためマイクロバイオームの多様性が減り、肥満、糖尿病、アレルギー症、炎症性腸疾患、喘息、多発性硬化症、自閉症などが増えている。さらにガン、脳卒中、心臓疾患、パーキンソン病、うつ病などさまざまな慢性病もマイクロバイオームの多様性のなさと関連づけられている。
腸内細菌だけではない。寄生虫も慢性病に関係すると言われている。回虫などの腸内の寄生虫がいると普通は健康に良くないのだが、実は寄生虫がいないことも健康に良くないのである。現代人には回虫やサナダムシのような寄生虫がいないことによりアレルギー症が多いのだという。私の子供の頃は、みんな寄生虫を持っていて、学校ではときどき検便が行われて、学校で一斉に虫下しを飲んだものだ。だから僕たちの世代にはアレルギー症は少ない。結局は全てが程度問題なのである。寄生虫が多いのも少ないのも問題である。不潔なのも問題だが、清潔すぎるのも問題なのだ。
まとめると、現代人の慢性疾患には腸内細菌の多様性のなさに起因するものが多い。腸内細菌を育てるのに有用なのは、食物繊維である。食物繊維をとるために野菜と果物を積極的に食べよう。そしてあまり清潔にしすぎないようにしよう。そうすればマイクロバイオームの多様性を回復することができるかもしれない。