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(続)量子コンピュータ ~強化学習と量子ビットの世界~

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以前の「量子コンピュータ」のコラムの続編として、直近の科学的議論の方向性とそれに対する考え方について考察をしてみたい。また、日進月歩で活用が進む量子コンピューティングの実例を「強化学習」との関わりという観点から見ていく。

「量子超越性」の実証に期待をかける前に考えること

数年前までのことを振り返ると、「量子コンピュータ」という言葉が紙面にもメディアにもここまで取り上げることになろうとは思ってもみなかった。ここ1、2年でIT企業各社の研究チームが声高にその研究成果やコミュニティの広がりを明らかにし、はじめて世間が知るようになったといえるだろう。

そんななか「量子超越性(量子スプレマシー)」という言葉を耳にしたことがあるという方も多いのではないだろうか。2019年、量子コンピュータ研究を進めるグーグルは「量子超越性の実証」が出来たと発表し話題を呼んだ。つまりは、量子コンピューティングが古典コンピュータの計算能力を超えたと理論上説明できたというのである。

しかしこれは研究者の夢、とでも言おうか。量子情報学の大きな流れの中でのマイルストーンのようなものにすぎない。しかしながらメディアとっては大好物のニュースである。古典コンピュータはもう時代遅れで、量子コンピュータは何でも処理できるスーパーマシンだという早計を招きかねない。

このグーグルの主張に対し「その実証はまだ先だ」と反旗を翻したのがIBMである。IBMの最高技術者(フェロー)であり、量子コンピュータ研究チームの権威でもあるジェイ・Mガンベッタがその当事者だ。この反論はグーグルへの対抗心ではなく、大げさな議論で世間を賑わせる前に量子コンピュータの現在地を正しく理解し、有益な活用方法を増やす取り組みに焦点を当てるべきだと警鐘を鳴らす目的があったようだ。

以前の投稿「量子コンピュータ」でも述べたが、量子コンピュータは今のところ「専用コンピュータ」として位置づけられる。一方で、古典コンピュータは「汎用コンピュータ」である。その枠組みだけを比較してその優劣をつけるのは難しいことかもしれない。これまでも汎用が及ばない範囲を専用コンピュータで補完してきた歴史がある。さらには逆説的だが、専用機として「用途」を切り出すことで、汎用機が成り立った。具体的に言えば、古典コンピュータは特殊な半導体CPUを作りその役割を分離することで汎用機になれたわけである。今後もどちらが優勢ということではなく、適材適所な活用が進んでいくことに期待したい。

グーグルの研究者たちは「量子超越性」の実証としてこの二つを比較し対立軸に置いているが、科学の恩恵を受ける私たちは地に足を着けて、古典コンピュータ、量子コンピューティングの実例のどちらにも目を向けることを忘れてはならない。強化学習と量子コンピューティング量子コンピュータでは情報を0と1の重ね合わせで計算するというのは以前説明した通りだが、これが意味するところは量子重ね合わせによって並行して多くの計算をすることができるということだ。少し専門的になるが、量子が粒子と波という二重性を持っていることを利用して量子コンピュータで導いた無数の解を干渉させ、重ね合わせることでより「確からしい解」の確率を上げ、最終的な答えを求めるという仕組みだ。

この解の「確からしさ」を増幅するというコンセプトでは、量子コンピューティングと強化学習は似ている。

強化学習はAIが既存の学習データをもとに自己学習をしながら解を求める手法である。かなり前の話題になるが、米IBMのAI ワトソン」がクイズ大会ジョパディで人間に勝ったという話が注目された。(ちなみに同社は狭義のAI / “Artificial Intelligence”と区別して、ワトソンを“Augmented Intelligence 拡張知能”と呼ぶことにこだわっている)

ここでワトソンが用いた手法も強化学習である。複数の回答の候補を導いたうえで問題の文脈や過去の傾向から、いくつかの候補を正解となる確率が高い順に重みづけをする。残念ながら、不正解のこともある。しかしその正誤を自ら学習し、さらに次の出題に備えてデータを分析する。正しい解の確率を上げるべく連続的な分析をする「強化学習」の集大成だ。

AIが目指すのはこのような手法を用いて、専用AIからマルチタスクをこなせるようになり、さらには自律的に動く汎用AIに至ることであるが、重ね合わせという観点ですでに量子コンピューティングと似たものがあることは興味深い事実だ。

量子コンピュータの現在地 ~広がる適用可能性~

量子コンピューティングはディープデータの高速処理に長けている。強化学習との親和性もある。まだその役割は限定的で「専用コンピュータ」の域を出ていないことは確かだが、その活用方法が日に日に広がっていることには驚かされる。

一部にはなるが、そのいくつかを取り上げておきたい。特に、量子コンピューティング活用というと金融リスクの発見、宇宙開発、セキュリティ対策などが一般的で、あまり馴染みがないという方もいるかもしれないので、ここでは少し変わったものを紹介したい。

広告配信の最適化

リクルートコミュニケーションズは旅行情報サイト上でのホテル、宿の表示システムをD-Wave型量子アニーリングコンピュータと機械学習(特徴量
選択)を組み合わせて実装している。この結果、ユーザー目線で見ると、「人気の宿」といった一般情報ではなく、宿の多様性や利用履歴に基づく個人の嗜好によって最適化された情報が届くようになる。同社グループではこれまで‘数理計画法エンジンによる広告配信の最適化を行ってきたが、量子コンピュータとの組み合わせでアルゴリズムの計算がより高度化したという。

● 交通・物流の最適化

関連する変数が多岐に及ぶこの分野は、量子コンピュータが得意とする高速の組み合わせ計算の繰り返しである。交通渋滞の緩和や配車サービスの向上、ひいては都市計画などにも活用できる。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO が委託事業としてNEC 日立製作所、富士通、早稲田大学といった開発体制のもと行った研究では物流センターでの梱包・荷物配置といったパッキングの最適化にも量子計算が有効であったという報告がある。

● エネルギー研究

自動車のフォルクスワーゲンは量子コンピューティングを用いて複雑な分子構造のモデリングを実装し、電気自動車のバッテリー開発を進めているという。同社によれば、バッテリーにかかる長い研究開発プロセスを短縮するとともに、エネルギー効率などの要求項目に合わせた最適な形状や化
学構造を提供することが目的という。

まとめ

量子コンピューティングの進化は目覚ましい。しかしまだその技術は「専門コンピュータ」としてのテクノロジーが向上している範囲であるとも見てとれる。今後はその活用方法がより具体化し、私たちの生活に関わる大きな変化をもたらしてくれることに期待したい。また「量子超越性」という高尚な議論が飛び交う中ではあるが、最新技術の現在地と適用可能性について、私たちは常にアンテナを広げ、正しく理解する力が問われていると考えている。

   
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