完全食
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- 作成日 2021年3月22日(月曜)22:32
- 作者: 松田卓也
これまで私はマイクロバイオームや栄養のことを書いて来た。栄養に関して言えば、どの栄養をどれだけ取るべきかという推奨リストがある。しかしその通りの栄養を普通の食事で摂るのはなかなか難しい。ある特定の栄養素が多すぎたり少なすぎたりするからだ。
そこで全ての栄養を過不足なく含む食物を食べれば良いことになる。これを完全食と呼ぶ。卵とか牛乳が完全食に近いという説もあるが、どちらも食物繊維に欠けるので、これだけ取れば良いというものではない。また卵と牛乳に関しては、取るべきでないという反対意見もあるし悩ましい。
完全食を人工的に作ったらどうか。米国のあるベンチャーがソイレントという完全食を2014年に発売した。それは液体であり、その液体を飲めばカロリーと全ての栄養素が過不足なく取れるというものだ。
ちなみに「ソイレント」という言葉に聞き覚えはないだろうか。昔SF映画で「ソイレントグリーン」というのがあった。食料に困窮した未来の社会で人肉を混ぜた食べ物ソイレントグリーンを配るという話だ。もっともSFのオリジナルは人肉ではなく、純粋な植物食である。そこでそのベンチャーも植物だけから完全食を作り出した。それをソイレントとなづけた。
ソイレントは米国の製品だが、日本で完全食は買えるのだろうか。ネットで調べてみるとさまざまな製品があることが分かった。具体的な商品名は避けるが、ソイレントのように液状のもののほかに、粉末のもの、パン、パスタとさまざまある。パスタはインスタントラーメンを作っている某有名メーカーの製品だ。粉末のものはコーヒやスープに溶かして飲むので、基本的には液状のものと変わりはない。一方パンやパスタは固形食である。
それらの広告を元に成分を調べると、まさに完全食であり、仮に3食をそれで賄ったとすれば、1日に必要なカロリーと栄養素が全て取れる。私が関心を持つ食物繊維も、十分にある。十分どころか、平均的な日本人や米国人の取る食物繊維量である1日15グラムの倍以上もある。だから成分表だけ見れば、まさに理想的な食品である。
ただし普通の食事、これを仮に自然食と呼ぶとすれば、自然食と完全食が大きく異なることは、パンとパスタを除く完全食は液体状だということだ。自然食は基本的に固形である。人間は生後しばらく母乳という液状食を取るが、離乳後はずっと固形食を食べて来た。だから完全食は自然食とは非常に異なる。つまり不自然なのである。はたしてこんなものを食べて良いのだろうか?
液体状の完全食は固形の自然食とは大きく異なる。はたして液体状の自然食ばかり食べて良いものだろうかという疑問がわく。実際、米国ではソイレントを2週間食べたとか1ヶ月食べたという報告がある。結構大変なようで、あとで自然食に戻った時はホッとしたという。恋人から体臭がソイレントになったと言われたそうだ。また友人と食事を共にした時、友人は自然食を食べ、本人は液体のソイレントだけというのは、間が悪いようだ。つまり食事というのは、単に栄養補給だけではなく、社会的な行為なのである。
日本でも東大卒のエリートサラリーマンが3食を液体状の完全食に変えたという話を読んだ。その人によればも食事とは要するにうんこを作る作業で、そんなことにエネルギーと金を注ぐのは不合理だという。それよりは仕事をした方が良いという。ちょっと極端な意見だ。それより、その人の顎が細いという記述に興味を持った。
江戸時代に大奥で過ごした徳川将軍は、柔らかいものだけを食べていたので、顎が細かったという。将軍の正妻は京都の公家の娘であることが多いので、やはり顎が細い。一方、側室は公家ではない庶民の娘なので顎が太いという。もっとも後には顔が細い方が美人ということになり、側室も顔が細い人が好まれるようになったそうだ。確かに浮世絵美人は細顔だ。あれは柔らかいものだけを食べると、ああなるのである。顔立ちというものは、食べるもので決まるのだ。
さて完全食であるが、液体のものである場合、徳川将軍の食べた柔らかいもの以上に柔らかい。というか噛む必要がない。液体食の特徴は噛む必要がないということだ。はたして噛まないとなんらかの悪影響はないのだろうか。実は、噛むという動作は認知機能の維持に必要だという説がある。つまり、液体状の完全食だけで栄養をとった場合、晩年になると認知症になりやすいのではないだろうか。ここらはまだ実例がないので、証拠がなくなんとも言えない。
また噛むことは消化機能に大きな影響を及ぼすことが知られている。それは食べる速さの問題だ。あまり速く食べると、栄養が小腸で急速に吸収されて、血糖値が急速に上昇する。そしてインシュリンが出て血糖値は急速に下がる。これを血糖スパイクと呼び、体に良くないとされている。血糖値上昇の程度を表す指標をグリセミック・インデックス(GI)と呼び、いろんな食品のグリセミック・インデックスが調べられている。液体食は極端なグリセミック・インデックスを持つのではないだろうか。まだ証拠は出揃っていないが、体に良いというわけでもなさそうだ。
まとめると、完全食というものが最近流行りだした。それは完全な栄養とカロリーを備えた食品である。栄養の観点からみて不完全な自然食よりは、科学的に考えられた完全食の方が体に良いように見える。理論上はそうだが、とくに液体状の完全食で3食を賄うのは問題だ。噛まないので顎が細くなるとか、将来、認知機能が衰えるとか、血糖値の急上昇とか、いろんなよくない影響が予想される。
私の意見では、液体状、または粉末状の完全食は取るとしても日に一度程度、最大2度が限度であろう。3食をそれで取るのは大きな問題がある。しかしパンとかパスタの場合はこの限りではない。その場合は値段が問題になる。ソイレントの場合、米国で一食は300円程度だが、日本の場合は調べると600円程度と高い。これで3食を賄うのは、食事が単純化するという問題もある。やはり完全食は忙しい人の朝食とかランチ、あるいは災害時の非常食と考えた方が無難であろう。人間はやはり自然に生きるのが最も健康的だと思う。