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神経新生と幸福な生活

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神経新生とは脳の神経細胞が新しく生まれることである。神経細胞を新しく作ることは、単に頭をよくするといったことにとどまらず、人生の幸福に関わるという話だ。年を取っても認知症にならずに生き生きとした生活をするには、脳の神経細胞をつねに作り続けなければならない。

この話をしようと思ったのは、友人が最近、よく知っているものの名前が出てこないとこぼしていたからである。誰にでもある物忘れというものだが、年をとるとこれがひどくなる。私自身も時々、特定のものの名前が出てこないとか、ちょっとそこに置いたものが見つからないという経験をよくする。

そこで気になって、以前に読んだアメリカの心理学者のブラント・コートライトが書いた「神経新生・食事とライフスタイル: The Neurogenesis Diet and Lifestyle」を読み直して見た。また彼の講演を聞き直して見た。この話は私のような年寄りはもちろん、若い人にも重要な話だと思うので再度取り上げる。

神経科学に関して、昔からよく言われていた神話がある。脳の神経細胞(ニューロンというが)は20歳代までは増えるが、それ以降は決して増えずに減少するだけである。だから年をとると物忘れは激しくなり、知的能力は減退の一途(いっと)である。

しかしここ20年ほどの研究により、そのことは正しくないことがわかってきた。神経細胞はいつになっても新しく生まれてくる。極端に言えば、死ぬまでそうである。ただしその程度は人により大きく異なる。脳に良い生活を送れば、神経新生は活発になるが、脳に悪い生活を送ると、神経は死ぬほうが新たに生まれるより多く、だんだんと認知症になっていく。

神経新生が活発だと、その人は単に頭が良いというだけではなく、鬱とか不安にとらわれない、生き生きとした生活が送れる。逆に神経新生の割合が少ないと、その人はたんに物忘れがひどくなることや知的能力の低下だけではなく、不安、ストレス、鬱に苛まれる。また体が不健康になり、免疫力も低下する。つまり神経新生の割合が、単に頭だけでなく、体全体、さらには人生の質自体を決めるのである。

それではどうしたら神経新生を促進することができるだろうか。それはネズミの実験からわかった。ネズミを生き生きとした環境下に置くと、海馬という脳の部分の神経新生の速さが4-5倍も促進されるのである。海馬の神経細胞の数全体が1/6も増加したのである。まさに天才ネズミが誕生したのだ。

具体的には、ネズミが乗って走れるような回転する輪を与える。ねずみは運動が好きで、強制されなくても、輪に乗って走り続ける。またネズミの檻に探検することができる場所や、寝床の材料を与える。つまりネズミの好奇心をそそるのである。また仲間のネズミを入れる。ネズミに社交をさせるのだ。とくに異性のネズミと一緒にするのがよい。つまりネズミにリア充な生活を送らせるのだ。

普通は、神経新生しても生まれた神経細胞はすぐに死ぬ。しかし豊かな環境をネズミに与えると、新しく生まれた神経細胞は死なずに根付くのだ。つまりネズミのライフスタイルを変えることにより、神経新生を促進するのである。単に、ある特定の食べ物を食べさせるとか、運動させるといったことにとどまらずに、ネズミの人生全体を生き生きとした刺激ある環境に置くのである。

ところで海馬とはなにか。それは脳の奥深くにあるタツノオトシゴのような形をした器官である。ウインナソーセージのような形をしている。左右に一個ずつある。海馬は記憶を仮に蓄えておく器官だ。記憶は海馬に蓄えられて、そのうち重要な記憶は、大脳新皮質に移行して、長期記憶となる。海馬は記憶以外にも、感情にも重要な働きをする。海馬が萎縮すると、物忘れがひどくなるだけでなく、不安や鬱に苛まれる、免疫力が低下するなど体調が悪化する。アルツハイマー症では、特に海馬がやられる。脳のなかでもとくに海馬は人生そのものと密接に関わっているのだ。

神経新生を増強することは、たんに記憶力をよくするだけではなく、不安や鬱を軽減する。このことが発見されたのは、抗うつ剤として有名なプロザックの研究を通じてである。プロザックは選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibiters: SSRI)の一種である。従来、鬱は神経伝達物質のセロトニンが不足するためだと言われていた。

神経伝達物質とは神経細胞間の情報伝達にかかわる化学物質である。神経細胞同士はシナプスという構造が相対していて、その間で化学物質をやりとりして信号を伝達する。その化学物質が神経伝達物質だ。神経伝達物質にはたくさんの種類がある。ドーパミンとかギャバという言葉を聞いたことがあるだろう。ドーパミンやギャバも神経伝達物質だ。セロトニンは神経伝達物質のひとつなのだ。シナプス間の隙間をシナプス間隙という。シナプス間隙に放出されたセロトニンなどの神経伝達物質は、使用後はまたシナプスに取り込まれて再使用される。

鬱はセロトニンが不足することにより起こると考えられていた。そこでセロトニンがシナプスに再取り込みされるのを防げば、鬱にならないだろうというのがプロザックなどの抗うつ剤のアイデアだ。つまりプロザックなどの選択的セロトニン再取り込み阻害剤を使えば、シナプス間に放出されたセロトニンが再取り込みされにくいので、セロトニンの濃度が上がる。そのために鬱が治ると考えられた。

しかし、それは少しおかしいのだ。というのは、プロザックを飲むと、確かにすぐにシナプス間隙のセロトニンの濃度は上がる。しかしプロザックはすぐには効かないのだ。何週間も飲み続けて、初めて効くのである。のちの研究でわかってきたことは、プロザックは神経新生を促進するのである。そのために鬱が治るのである。そのことは鬱患者の中には、セロトニンの濃度が低くない人もいることからも分かる。さらにセロトニンではなくノルエビネフィリン再取り込み阻害剤とか、ノルエビネフィリン・ドーパミン再取り込み阻害剤も鬱に効くことがわかってきた。結局、セロトニン不足が鬱の原因ではなく、神経新生の不足が鬱の原因であることがわかってきた。

神経新生が不足すると、記憶力減退、認知能力減退、慢性のストレス、不安、恐怖、鬱、免疫力低下、人生のはつらつさが失われて、最終的には認知症になる。神経新生の不足は年齢によるものではない。幾つになっても、神経新生を促進して、生き生きした生活を送ることは可能なのだ。この発見は、自分のような後期高齢者にはとても心強い。神経新生を促進するような、生き生きとした生活、リア充な生活を送れば、いつまでも脳を若く、保てるのだ。

ところで問題はどうしたら神経新生を促進できるか。実はこれが簡単な話ではない。ある薬を飲めば良いとか、ある食べ物を食べれば良いとか、一つで全てに効くというものはない。生活スタイル全体を改める必要がある。先の本の著者のコートライトはそれをつぎの4つの要素に分解している。体、心、精神、魂である。といわれても何のことかわからないだろう。

この中で体の部分は理解しやすい。肉体的な要素だ。具体的に言えば、食べ物と運動、その他である。心とは具体的には人間関係である。精神とは知的能力に関する部分、つまり勉強だ。魂とはマインドフルネスとか宗教の信仰といった要素だ。今後、この4つの要素について順次解説していきたい。

しかしそれだけでは、フラストレーションが起きるだろうから、これを食べたら良いというカートライトのお勧めの食品とサプリメントをまず挙げておく。彼は何十もの候補を挙げているのだが、最も重要な4つとして、ブルーベリー、オメガ3脂肪酸、緑茶、カレーライスの黄色の元であるターメリックが挙げられている。5番目には豆腐などの大豆製品がある。

神経新生とは主として海馬の神経細胞が新しくできる現象で、これは死ぬまで続く。神経新生は単に記憶力の減退を防ぐとかだけではなく、人生の質全体を決めるものである。生き生きとした生活を送ることにより、神経新生が促進され、より生き生きとした生活を送ることができる。具体的な手法に関しては、別に述べる。 

   
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