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運動は頭に良い

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アメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」をもとに、海馬の神経新生の話をしている。

神経新生を促進する身体的な要素として、コートライトは次のような要素をあげている。運動、体の接触(ボディタッチ)、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然などである。これらについて順次話していこう。

まず運動である。ネズミの実験ではネズミに運動させると神経新生が通常の4倍から5倍も増えることがわかっている。しかしこうして増えた新しい神経細胞も、その4割から6割しか生き残らない。新しく生まれた神経細胞が定着するには、豊かな生活環境を与える必要がある。豊かな生活環境とは何か? それが先に述べた運動、ボディタッチ、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然にひたることなどである。

まず運動の話をしよう。我々の体は進化の過程で運動するように作られてきた。動物を狩り、植物や貝などを集めて狩猟採集していた我々の祖先は、動き回っていた。特によく歩いた。歩けない、動けない人間は淘汰されて死んでいったのだ。現代では動かなくても生きられる。しかしそれは生物として不自然なのだ。

現代人の多くはほとんど運動しない。多くの人は、会社ではずっと椅子に座って仕事している。家に帰ってもソファに座って何時間もテレビを見ている。1日に8時間から12時間も座っている生活は、ごく最近のことである。これが体に良くないことは当然だろう。体に良くないことは頭にも良くないのだ。

運動が神経新生に良いことはネズミの実験でわかった。それではどんな種類の運動でも良いのだろうか。そうではなく有酸素運動が頭に良いのだ。運動は大きく分けて、有酸素運動と無酸素運動、それにストレッチに分けることができる。どの種類の運動も体には良いのだが、頭に良いのは有酸素運動だ。

有酸素運動とは、歩くこと、走ること、自転車に乗ること、ダンスをすること、泳ぐこと、水中歩行、階段登り、サッカーやテニス、山登りなどである。要するに息が速くなり、動悸が激しくなるような運動である。ちなみに無酸素運動は重いものをあげたりするいわゆる筋トレと呼ばれるものだ。ストレッチは筋肉を伸ばし、関節の可動域を広げる運動だ。

なぜ有酸素運動が頭に良いのか。それは有酸素運動が神経新生を妨害する物質を減らすからだ。また有酸素運動をして心臓の動悸が激しくなると、血流が増える。つまり体の隅々に新しい血が届く。神経新生のためには新しい血が必要だ。だから運動すると頭が良くなるのだ。

運動の利点は頭が良くなるだけではない。運動は慢性炎症を抑えるので体に良いのである。中年以降に運動することは、海馬を鍛えて認知症になる危険性が減るのだ。

運動すれば良いことはわかったが、強制された運動はダメだ。ネズミに運動する輪を与えると、ネズミは喜んで走り続ける。しかしネズミに運動を強制すると逆効果である。つまり楽しく運動をすることが重要なのだ。体に良いからといって無理に運動するのは良くない。楽しみながらジョギングする、散歩する、ダンスをする、テニスをする、これが重要なのだ。

運動が良いことは分かったが、普段から運動していない人が、いきなりジョギングを始めるのは難しいだろう。最も簡単な運動は歩くことだ。20分から30分、週に3、4回歩くことは、それほど抵抗はないだろう。一旦歩く習慣をつけたら、少し早歩きをしよう。そして少しずつ歩く距離を伸ばそう。息が速くなり、心臓の鼓動が速くなるのが良い。早歩きをすると血液の循環が良くなる。それが体だけでなく、頭にも良いのだ。また駅ではエレベーターを使うよりは階段を登ろう。

私は週に何度か研究所に通っている。バスで6駅ほどの距離で3キロメートル程度ある。歩けば30-40分程度だ。私は後期高齢者なので、京都市では老人に対する敬老乗車証という制度がある。年に5000円払うと、市バスや地下鉄にいくらでも乗れるのである。私は以前は研究所に行くのにバスに乗っていた。でも新型コロナが流行して以来、敬老乗車証を使わずに歩くことにした。バスに乗りたくないからだ。幸いなことに歩く道は、高野川と鴨川の河畔の道である。川にはサギやカモなどの鳥が多くいる。それらを見ながら歩くのは楽しい。自然に触れることは脳に良いことはのちに述べる。

運動は頭に良いことは分かったが、ここで注意することがある。頭にダメージを与えないことだ。例えばアメリカンフットボールの選手は40-50台からアルツハイマー症にかかりやすいことが知られている。アメリカでは訴訟沙汰にもなっている。ボクシングも頭には良くない。頭に衝撃を与えるような運動はどんなものでも良くない。実は私自身若い時に、防具をつけて殴り合う日本拳法という武術を練習したことがある。防具をつけていても、頭を殴られると、たとえ痛くはなくても脳に衝撃が走るのだ。とても嫌な感じだ。これは脳に良くないと直感して、しばらくしてやめた。

普通の人はアメリカンフットボールやコンタクト系の武術はやらないだろう。ここで問題になるのは自転車による転倒だ。転倒した時に頭を打たないようにヘルメットをかぶることは必要だ。子供はヘルメットをかぶっているが、自転車に乗っている大人でヘルメットをかぶっている人は少ない。

私の先輩にあたる女性の科学者がいる。日本物理学会の会長を務めたような人だが、それにしても80歳を超えて新しい分野の研究を始めて、それで論文を書き、国際会議に行って講演して世界で認められるとはたいしたものだ。その元気の秘密はなんだろうか。知的好奇心、人付き合いの好きなことなどだろう。その人は自分の研究所に行くのに自転車に乗っていたのだが、ある時に転倒して頭を打った。それで医者や家族に止められて、今では歩いているという。

もうひとつ運動で注意すべきことは、過度な運動は逆に体に良くないということだ。過度な運動が頭に悪いというよりは、免疫力を下げるので良くないのだ。コロナの流行している現在、過度な運動をして免疫力が低下して、コロナにかかっては運動した甲斐がない。走るのも軽いジョギング程度は良いが、マラソンのような過度なランニングは体に良くない。

コートライトがジョギングに関して気にしていることは、着地する時に頭に衝撃が行くが、それは大丈夫かという点だ。この問題に関する研究は少ない。日本での研究では足の着地時の適度な衝撃は、むしろ頭に良いということだそうだ。ここでも重要なのは適度なということだろう。なにごともほどほどが良い。

海馬に新しい神経細胞を作るためにはさまざまな要素がある。今回は特に運動を取り上げた。適度な運動は体にも頭にも良い。特に有酸素運動が頭に良い。簡単にできる有酸素運動に歩行がある。みなさんも座ってばかりいないで積極的に歩こう。そうすれば80歳を過ぎても、生き生きと生活することができるだろうし頭もボケないだろう。 

   
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