研究所紹介  

   

活動  

   

情報発信  

   

あいんしゅたいんページ  

   

ボディタッチは頭に良い

詳細

今回もアメリカの心理学者ブラント・コートライトの著書「神経新生のための食事とライフスタイル」をもとに、海馬の神経新生の話をする。神経新生のためには良い食事が重要だが、その話はした。また運動も重要だがその話もした。神経新生に関係するその他の要素として、ボディタッチ、セックス、睡眠、新しいことをすること、音楽、静寂、自然にひたることなどがある。

今回はボディタッチの話をする。今後はボディタッチを簡単にタッチと呼ぶ。タッチつまり身体的接触である。ここでいうタッチとは性的な意味だけではなく、体に触れること、身体的接触一般を指す。

哺乳類は生まれるとすぐに、舐めたり、抱きしめたり、キスをしたり、ふざけてレスリングしたり、つねに何らかのタッチをしている。一方、爬虫類や魚はタッチを必要としない。

哺乳類一般にとってタッチ、つまり身体的接触は非常に重要である。特に人間を含む霊長類は社会的生物であり、タッチが特に重要なのだ。タッチは神経新生を促進する。

猿の群れを見ていると分かるが、かれらは常にいわゆるノミ取りをしている。老いも若きも、オスもメスもノミ取りに余念がない。これが猿のタッチなのである。チンパンジーは喧嘩をした後の仲直りのサインとして、互いに抱き合う。猿の群れがなんらかの危険を察知すると、互いに抱き合って不安感を鎮める。タッチは人間を含む社会的生物にとって、社会的な接着剤の役割をするのだ。

人間の赤ちゃんは、抱いてあやされないと死んでしまう。孤児になったり入院したりした赤ちゃんは、看護婦さんなどが抱きしめることが非常に大切なのだ。人間はタッチされるように遺伝的に組み込まれているのだ。

赤ちゃんが泣くと母親は抱き上げる。赤ちゃんを抱くと、赤ちゃんの神経系とお母さんの神経系が同期して、赤ちゃんの未熟な神経系が癒されるのだ。そして泣き止む。このことは赤ちゃんと母親だけの関係にとどまらない。大人もタッチを必要としている。友人の肩をポンと叩くとか、恋人同士が抱き合うとか、タッチすることにより二人の神経系が同期して、リラックスするのである。

もっともタッチには文化的な側面が大きい。あったかい気候のところはハグやキスなどのタッチが文化的に組み込まれている。欧米人は握手をするが、それもタッチだ。その点では日本人を含む東アジアの文明はタッチが少ない。しかしこのことは新型コロナの蔓延を防ぐという非常に皮肉な側面もある。

タッチをするとオキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンはいわゆるラブ・ホルモンと呼ばれるもので、互いの愛着とつながりを強化する。オキシトシンは子供を産む時、子供をあやす時、セックスする時、オルガズムの時に分泌される。タッチはオキシトシンの分泌を促進する。オキシトシンはストレスホルモンであるコルチゾールを減らし、血圧を下げて、心臓の鼓動を高め、免疫を促進し、鬱や疲労を軽減し、神経新生を増やす。

私の個人的経験だが、はじめて手術したときのことだ。麻酔をしているのだから痛くはないのだが、手術中は不安でいっぱいであった。そのとき、看護婦さんが私の手を握ってくれた。手術の間中、ずっと握ってくれていた。私はそれでどれだけ心が落ち着いたかしれない。多分、看護学の教程で手術中は患者の手を握ると良いと教えられているのだろう。その看護婦さんの手術における役割は患者の手を握ることだったのだ。それほどタッチは重要ということだ。

タッチは神経新生を促進する。子供は母親などにタッチされればされるほど、神経新生が促進される。それは大人でも同じことだ。ただしタッチは良いといっても、それは望む場合だけである。嫌な相手にタッチされることは逆効果である。相手を信頼していることが重要なのだ。

1940年代と50年代にハリー・ハーローという科学者がした有名な実験がある。生まれたばかりの猿を母親から引き離し、代理の母を与える。そのひとつは針金で母親を形取ったもの、もうひとつは柔らかい布で母親を形取ったものである。ミルク瓶は針金の人形につけておく。すると赤ん坊の猿は、針金の母親ではなく布の母親に抱きつくのである。お腹がすくと針金の母親からミルクをもらうが、飲み終わるとすぐに赤ちゃん猿は布の母親のところに戻る。そのほうが、心が癒されるのだ。大人になった後も、布で育った猿の方が、針金の母親だけで育った猿よりも精神的に安定していた。針金人形に育てられた猿は、より不安感が強く、鬱傾向にあり、免疫力が低かった。もっとも本物のお母さん猿に育てられた猿に比べて、代理の母人形に育てられた猿は、いずれも精神的に不安定であった。

現代社会はだんだん個人間の接触が少なくなっている社会だ。例えば赤ちゃんを抱えた母親ですら、時間が許せば赤ちゃんではなくスマホを見ていることが多い。このような社会が今後どのようになっていくのか、壮大な社会的実験である。

タッチが神経新生にとって良いということを述べた。そうするとセックスについても触れざるを得ない。セックスは頭によいのか? 答えはイエスである。セックスは適度な運動になるだけでなく、神経新生を通して頭をよくするのだ。これがここ十年の研究の重要な結論である。さらにセックスは免疫力を強化する、心臓発作の危険性を減らす、ストレスを軽減する、良い睡眠に誘う、血圧を下げるなど良いことだらけなのだ。

先にも述べたようにセックスの時、さらにオルガズムの時にオキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンは二人の親密度を増すだけでなく、ストレスホルモンであるコルチゾールを減らし、血圧を下げて、心臓の鼓動を高め、免疫を促進し、鬱や疲労を軽減し、神経新生を増やすのだ。つまりよりセックスをすることで、より健康になり、頭が良くなる。

このことは外国の研究で、知的労働者ほど、より多くセックスをしているという報告からも言える。頭が良いからセックスするのか、セックスするから頭が良くなるのか? 多分、セックスするから頭が良くなるのだろう。

ただしセックスが体と頭に良いと言っても、それは互いが望んだ場合だけである。レイプとか、イヤイヤのセックスは心にも頭にも良くない。ここでも信頼が鍵だ。セックスが良いのは、ひとつにはタッチを通じてだから、私の想像だが一人でするセックスよりは、愛し合っている相手とのセックスの方が遥かに良いと思う。このことは、コートライトは触れていない。

しかし、だとすれば、結婚する男女の数が減り、また恋人を持つ男女が減っている現代の日本社会は今後どうなるのだろうか。そのことで神経新生が減り、日本人の体と頭に悪影響を及ぼすとしたら、問題だ。もっともそのような観点で、恋愛、結婚問題を論じた議論を私は知らない。でもコートライトの議論を延長すれば、そういう結論にならざるを得ない。

ボディタッチは頭と体の健康に重要である。母親は赤ん坊を抱きしめることにより、赤ん坊の体と精神の健康を促進する。そのことは良いセックスに関しても言える。 

   
© NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん (JEin). All Rights Reserved