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価値関数とディラック

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ちょっとした前置きから始める。
実は、私は教員免許更新のKAGACのe-ラーニングの講師として、「お母さんと語る環境問題」や「子供と語る資源エネルギー」を、この2年間受け持っている。毎年質問が来るが、学ぶことが多い。

さて、「お母さんと語る環境問題」の構成は、最初にいくつかの文献を紹介し、論評を加えることから始まって、地球の成り立ち、グローバルな地球の環境を、まず頭に入れてもらうということにしている。科学的な考察を加えるとすれば、まずは、宇宙の始まりからのグローバルな流れの中で、この我々の住む地球を把握することが大切だと思っている。そして、地球誕生からの歴史に入る。生命の住む地球の特性を理解し、そして初期の地球では、生命にとって「酸素は猛毒だった」という説明から始める。なにしろ酸素は「科学的に活性な元素なのである。さらに、大気圏・水圏・陸圏にわけて、その中での物質の流れとエネルギーの流れを説明し、続いて、現代の環境問題をとりあげる。地球温暖化については、どうして地球の温度が決まっているのかを把握することが大切だ。私の位置づけでは、地球温暖化については、これからのさらなる検討が必要だと思っている。むしろ、すでにある程度科学的に解明された環境問題としては、大気汚染とオゾン層破壊の問題が教訓的であると考えている。そして、「科学者と市民の努力で克服した」実例として、大気汚染、オゾン層問題を取り上げるという構成である。

ところで、今年はちょっと様子が違っていて、2010年の「お母さんと語る環境問題」では、受講生から、特に温暖化に関して沢山の数の質問を受けた。私は、できるだけ講義を補う意味も含めて、質問に答えてきた。温暖化の問題は、いつかまたお話しするとして、それとは別に、次のような質問もうけた。そのやり取りは次のようなものであった。

それは、リサイクルに対する武田邦彦先生の本を取り上げたのに対してでたものである。

-----------受講生からの質問-----------

「リサイクル幻想」が科学的であっておもしろいとされていますが、たとえば、どのような点が科学的な内容でしたでしょうか。また、講義担当者様からみて、当該書籍の「ときどき誇張やうそが、ないことも、ない」点であるのでしょうか。例示していただきたいと存じます。

その時の私の回答を次に記す。

-----------回答-----------

「リサイクル幻想」は、著者が「分離工学」の専門であることからきているのだと思いますが、分離にかかるエネルギー評価が、大変しっかりした基礎の上に展開されています。この本では、まず、資源として、①金属・なかでも鉄銅のようなありふれた金属資源とレアメタルのように最近の半導体などの材料に必要なレアメタルを区別しつつ、その特性を原子構造から説明しリサイクル技術を紹介している②プラスチックなどの石油資源から加工される素材の特性を、分子の構造(高分子)から説明して、リサイクルのコストを推定している。という風に、原理に戻りつつ説明しています。
また分離というのは、純度を上げるほど、いわば指数関数的にコストが上がることを(実はエントロピーの概念ともいえるのですが、その言葉を使わずに)「分離に必要なエネルギー」ということで説明しています。この辺りは、圧巻だと私は思っています。お読みになりましたでしょうか?この本が出たころは、今の地球温暖化ではありませんが、なんでもリサイクルするだけが万能のような世論でした。実は、このころは、私も「分ければ資源、混ぜればごみ」と言って授業で説明していました。その時、受講生から教えて頂いたのがこの本でした。よんでみて、私は、「目からうろこ」で、この本は、説得力がありました。

その後、情勢はだんだん「リサイクルが万能ではない」ことが明らかになって世論も変わっていったというのが実情です。ただ、実際のペットボトルのリサイクルでは、どれくらいのエネルギーコストがかかるか、という推定値によると、およそバージンの石油資源から作るのに比べて3.5倍と書いてあったと思います。後の著者の出版物「リサイクルしてはいけない」ではそれが7倍にもなっていましたので、どう見てもおかしいと思いましたが、この本
の3.5倍もその根拠がよくわからない形になっており、ちょっと誇張して大きく見積もっているのではないかと思いました。とはいえ、私は専門家ではありませんので、それがどのくらいの値になるかはわかりません。ただ、3.5などという大きな値だとすると、現在、ペットボトル廃棄物は中国がほとんど購入している事実と矛盾するなあ、という気がしています。中国では、人件費が安いためにもあるでしょうが、ペイしているのだとすると、3.5倍という大きな値にはなっているとは思えないのです。同じ著者のその後の7倍というのは、ペットボトルの廃棄量が増えた分もすべて入れているので、「同じペットボトルの廃棄物をリサイクルすると・・」という風に直すと、1.5倍となりこの書き方はひどいと思いました。そのようなことを書いた私の愛知大学当時の授業用論考がありますが、そこにはこの計算のおかしなところを指摘しています。(「拝啓 武田先生」というタイトルです)。

さらに当時私は、最後のほうで金属資源に触れ、レアメタルを含めて、日本はレアメタルの人工鉱山を持っている、だからどんどん金属資源を捨てればいいという著者の主張にはついていけませんでした。当時、私はこんな話は「むちゃくちゃだ」と思ったものでした。
しかし、レアメタルを含めて金属資源をリサイクルする動きが出てきた現在、これは先見の明があった主張だと思うようになっています。人工鉱山を最初に提唱したのは、手塚治虫のマンガだそうです。現在日本では、こうしたリサイクルが動き出しつつありますが、どれだけ成功するかは見守っていきたいものです。

以上、評価できる点を述べました。もちろん、これもまた押し付けるつもりはありません。
どの本にも、それなりに納得できる点もあればできない点もあります。しかし、科学的知見を分かりやすく伝えてくれて、かつ人の意見に左右されず事実をきちんと伝えてくれる本と、「危機を訴える為に」あるいは「間違いを指摘するために」、事実を誇張したり、一部を強調する本は好きになれません。が、これも人によって評価は違うでしょう。
 質問された方だけでなく、他のみなさんとも、率直に交流できると、この質問コーナーが生きてくると思います。私たちは、質問された方だけでなく、受講者のみなさんとこういう形で議論できることを、とても望んでいます。それこそ、○×式でなく、「議論する中で学び、先のことを考える力」を養えるのだと思います。

私はここに出てくる価値関数というのがとても印象に残っていて、「リサイクル幻想」の本の科学的な話の進め方は、他の本にはない、優れて説得力のある主張だったのでずっと印象に残っていた。筆者の武田邦彦先生は、ウラン分離に取り組まれた先生であるからご専門の知識を駆使して、リサイクルの評価に取り組まれたのだと思った。さすが、というよりほかない。

ところで、話が突然変わるが、当基礎科学研究所の松田副所長とは、常々、議論をよく交わすのだが、あるとき、松田さんが、理学部の大学院を出た後、工学部の助手として、職を得た頃の研究の話になった。その頃、松田さんも、ウラン分離を研究されていたことから始まり、その頃の国際情勢の話になった(この頃の話については別にまた、原さんや政池さんとの会話に続くのだが、それはまた別に述べるとして、先を急ごう。この時、「価値関数」という単語が松田さんの口から飛び出した。
「え?価値関数? それって、分離工学で出てくる価値関数のこと?」と聞いたら、そうだという。これは、最初提唱したのは、ディラックだそうで、ディラックの価値関数というのだそうだ。ディラックは当時、アメリカにいて、やはりウラン分離問題にかかわっていたらしい。それも意外だったが、それよりも、武田邦彦先生の使われている価値関数が、ディラックの仕事だったというのが、驚きだった。

この価値関数の詳しい説明は、「リサイクル幻想」を読んでもらうのがいいと思うが、価値関数の意味は次の引用で、おぼろげながらも分かってもらえるだろう。

****武田邦彦「リサイクル幻想」 63ページより****

人間があるものを資源として利用しようとしたときに、原料となるものの濃度が小さすぎると、価値関数の値が小さくなり、循環量が膨大となって、結果的に資源としての価値がなくなるといえます。これまで自然が受け持ってきた「分散したものを集める労力」を誰がどのように分担するのかが、最大のポイントであることを示しています。

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思いもかけないところで、分野を超えたつながりを発見して、その概念が、なんと、かの、量子力学で活躍した天才、ディラックの仕事であることに、驚いてしまった。
ただ、その後、ネットでいろいろ探してみても、どこにも価値関数とディラックのつながりらしきものが、でてこない。ご存知の方はぜひ解説をしてほしい。

   
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