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フェノロジ ー 生物は季節の気配を感じるか?

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あいんしゅたいんホームページでのブログ「理事長日記」の「ブログ その43」では、中西健一さんと最後に交わした「生物は季節の気配を感じるか」というテーマをめぐってのメール交換を紹介した。ここでは、もう少し立ち入ってフェノロジーの突っ込んだ紹介を中西さんから来たメールから抜粋して紹介する。

1.原因の同定

生物実験で、実験室に外から光が入らないように暗幕を張りめぐらし、温度を調節して植物やメダカなどの生物を飼育して、観察し、変化を観察し、ミクロな構造の違いを追求する、という実験は、よく見かける。
ところが、これだけ条件をそろえた環境に調整しても、春になると春に育つ植物がやはり芽を出すそうだ。これをみて、「生物は季節の気配を感じる」といよくいうそうである。
何か実験を行う時、「同じ条件」とはどういうことか、これをはっきりさせるのと、その原因を突き止めるのは、そう簡単なことではない。

2.ニュートリノの季節変動

例えば、宇宙からやってくるニュートリノの観測は、日本が思う存分創意性を発揮して、神岡鉱山の廃坑を利用して作られたカミオカンデ、その大きな水タンクと光電子増倍管を用いて、たまたまやってくる超新星(1987年に見つかったので、1987Aという名前が付けられている)のニュートリノをとらまえ、その功績で小柴昌俊先生がノーベル賞を受賞したことは、皆さんご存じだろう。
しかし、本当にすごいのはこれだけではない。むしろ、ニュートリノの性質を詳細に調べる為に、宇宙からやってくる主に2種類のニュートリノ(μニュートリノとeニュートリノ)を見分け、その本性を徹底的に調べ尽くしたことがすごいのである。
このとき、実は、季節によってニュートリノの観測頻度が違うことも分かっていて、seasonal dependenceとして必ず報告に入っている。これを「ニュートリノは季節の気配を感じる」とはだれも言わない。地球が太陽の周りをまわり、その太陽からくるニュートリノ(主にeニュートリノ)の数が、太陽からの距離によって決まるのだということが分かってしまうと、実は、これは計算できることになるのだ。
季節ではなく、距離に依存する話として納得できる計算ができるのである。

3.地上のニュートリノは土地の気配を感じるか?

その後、日本はものすごい勢いで、さまざまな工夫をして正確に測定し、できるあらゆるニュートリノの実験を成し遂げた。
その1つは、KAMLAND(カムランド)と言われているが、ここでは、eニュートリノの種類をより正確に捉えた。このときは、地上の原子炉からくるニュートリノが問題になる。どこの原子炉がいつ運転を休止したかまで分かるぐらいの正確さで捉える必要がある。だから、本当を言えば、原子力エネルギーを取り出している個所は日本であろうと、近くの韓国や北朝鮮であろうと、日本の観測に引っ掛かるのである。
その他に、実は、地熱を発生する地下の情報まで必要になってきた。カムランドが、2002年3月9日から2009年11月4日迄のデータを解析して約106個の地球ニュートリノ事象を観測したことは、その成果である。この、信頼度の高い地球ニュートリノの観測は、地球科学に新しい情報をもたらした。この場合も、「ニュートリノは土地の神さんの気配を感じる」とは言わないのである。
「ニュートリノ観測によって地球科学に制限を与える初めての快挙であると同時に、世界的な多地点観測によるニュートリノ地球科学の幕開けでもあります。」と発表している
このように、目に見えないがいろいろな環境が、そこにある生物に影響を与えるのである。確かに、温度と可視光線だけを調整しても、部屋の周りの壁の温度は外側の温度を反映して異なるだろう。そうすると、そこから出てくる赤外線は季節によって違う。また、太陽光といえども、可視光線以外の成分に対してどの程度建物を通過するかも違ってくる。それをどこまで突き詰めるかで、真犯人を突き止められるかどうか違ってくるのである。
中西さんが植物の赤外線照射の影響を研究されているのを思い出して、どの程度調べられているのかを聞いたのである。

4.重力は人の気配を感じるか

もうひとつ面白い話がある。
それは、重力の測定である。質量をもった物質が動くと、まわりの時空に重力波が放射される。これを検出する重力波検出装置がいろいろなところにおかれている。日本では、国立天文台のTAMAがある。これは、東京都三鷹市にあるのだが、おかしな現象が起きることが分かった。それは朝と夕方になるとどうやら測定装置が動き出すのだ。どうやら、この測定器は、「1日の気配を感じるらしい」のである。
しかし、その原因を、物理学者は、すぐに探り当てた。朝と夕方には、通勤客で三鷹の駅にたくさんの人が行き来する。その影響が出ていたのである。
レーザー干渉計を用いて精密測定する重力波検出器は、微妙な重力場の変化を捉えるものであるから、ちょっとした雑音も取り込まれる。人間も、質量に応じた重力波の源になるのだから、詳細に測れば人間が近づくとみだされるのである。

5.「フェノロジー( phenology )、生物季節」(中西→坂東メールより:2009年9月)

生物学や生態学では「フェノロジー( phenology )、生物季節」などといいますが、それぞれの生き物が出芽や展葉、開花、繁殖行動などを四季の変化に応じてコントロールしていることをさしています。
「桜前線」や「発情期」などという現象からわかるように、どの生き物も自分の生理活動のタイミングを、外部環境の何らかの変化を感知して自律的に制御しているものと考えられています。一般には気温や日照量などが基本だとされていると思いますが、ほかにどんなシグナルに反応しているか、とか、どんなメカニズムで制御されているかなど、詳しいことはほとんどわかっていないと思います。
研究レベルでは、それぞれの種にどのような季節的生理変化があるのかを調べるところから始まりますので、それが詳しく知られているのは一部の主要な農作物か、林産樹木などに限られ、野生種の植物、昆虫、菌類などについては、それすらわかっていないというものが多いと思います。実用レベルでは、イネや果樹などの重要な農作物に関しては、出穂や開花時期の予測のために「積算気温」や「有効積算温度」などの数値がよく用いられますし「積算日照量」なども近年は作柄予測や糖度推定には重要だと考えられているようです。またこれらの数値は、もっと広域の環境指標や気候変動の評価などにも使われています。
しかしこれらの量がどのような仕組みで生物のフェノロジーに影響しているか、言い換えると「生き物がどのように季節を感じているか」についてはあまり調べられていないと思います。たとえば「有効積算温度(℃・日)」は、日平均気温からある基準温度を引いた値の積算値であり、ある品種のイネは発芽してから、日平均気温から5℃を引いた数値の積算値が184℃・日に達したときに、最初の葉が出る、とされていますが、これがどのような仕組みで実現されているか実証した研究はないんじゃないでしょうか。

いま仮に非常に単純なモデルを考えるとすると、たとえば、「基準温度を超えると反応が開始する酵素反応があって、その反応速度が系の温度(と基準温度の差)に比例しているとする。この酵素反応による生成物が分解されることなく生物体内に蓄積し、その濃度があるレベルを超えたところで展葉が開始する」というような機構が考えられます。
たぶん生物学者はなんとなくこのようなイメージでこの現象を解釈しているように思いますが、厳密に立証した研究があるかどうかは知りません。

さらに坂東さんのお話では、温度や日照量をある程度コントロールしても、何らかのシグナルを生物が感知しているのではないかというものですが、残念ながらそのあたりの先端研究については私も詳しく知りません。ただ、私がこれまで生物の研究に多少なりとも関わった経験から言うと「生物(特に植物や菌類)が外部の環境を感知する方法やシグナルはたいてい非常に複線的で、単一のシグナルや単一の機構のみに依存しているということは考えにくい。
なぜなら、特に植物や菌類は一度定着した環境から移動することは非常に困難で、その環境にどんなシグナルや物理的化学的要因が存在するかを予め想定することは不可能だから。」つまり、基本は温度や日照であったとしても、それらによる季節の感知が難しいとき、坂東さんのいうような、遮蔽物からの赤外線放射や太陽光のスペクトルの変化に反応して季節的生理変化を実現できるような能力を生物が持っていることは十分考えられると思います。

つまり、「生物が季節を感じていることは誰しも疑わないが、その仕組みについては(おそらく)詳しくわかっていない」「その仕組みはたぶん、いくつかの異なったチャンネルが相補的、同時平行的に存在するだろう」←空想

まとまりのない文章ですが、答えになったでしょうか?

6.中西さんの期待(2009年11月)

そのあと、中西さんから、「三重大の同僚に聞いたら、面白い情報がありました。外部から遮蔽された状態でも季節変化を感じるという話は、三重大の放線菌の研究をしている先生もバクテリアで同じような現象を観察したことがあるそうです。」という情報を頂いた。
告別式の日に、三重大学の亀岡教授にお会いした。「これから、農学を科学にするために、期待していた」という言葉が、耳にこびりついている。

「科学としての科学教育」もまた、中西さんがやり遂げたかった課題であった。

   
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