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嫉妬と恨みのマネージメント 糸川・隼からイトカワ・はやぶさへ

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小惑星「イトカワ」の砂を持ち帰った「はやぶさ」は、暗いニュースの多い中、久しぶり明るいニュースをもたらした。しかしなぜ「はやぶさ」はそのターゲットとしてイトカワを選んだのか。もちろん、イトカワの軌道が地球に近いという技術的なメリットはあった。しかし日本のロケット開発の父、故糸川博士が戦前に戦闘機隼(はやぶさ)を開発していたことを知る人は少ない。

先年、宇宙科学研究所を定年退職されて間もない桑原邦夫氏が心臓病で急死された。彼の「偲ぶ会」で聞いた糸川博士にまつわる興味ある話、それから私が調べたことを披露したい。この話は朝日新聞にとっては、一つの汚点であると思うのだが、愛読者にはご容赦願いたい。

桑原さんはバブル期に自宅に「計算流体力学研究所」を設立し、最盛期には7台もスーパーコンピュータを私費で導入して、それを国内外の研究者にただで貸して、研究を促進したという大人物である。私も私の学生も大いに世話になった。しかし、桑原さんはそのため周りの一部から妬まれて、ついに助教授のまま退職することになった。特に上司の教授からは徹底的に干された。

ここで披露したいのは桑原さんの話ではない。偲ぶ会で披露された、元の宇宙航空研究所所長で、日本のロケットの父とも言うべき糸川英夫博士に関する逸話である。糸川博士は、パリ工科大学で講義したときには、始めは数人の聴衆しかいなかったが、回を重ねる毎に聴衆が増えて、ついには会場には聴衆が溢れかえったという。そのときの講義のテーマが「嫉妬と恨みのマネージメント」であった。何事をするにも、周囲の嫉妬に気をつけろと言うことである。糸川博士も他人の嫉妬に足を引っ張られた当人である。

糸川博士は、戦前は戦闘機の隼や鍾馗を開発し、戦後は日本のロケットを0から開発した天才である。天才にありがちな、奇矯な振る舞いもあった。例えば、晩年にはバレリーナになるとか、音響工学に基づいてバイオリンを製作するとか。

彼は宇宙航空研究所の所長の時に、朝日新聞の執拗な攻撃に遭い、ロケット開発から手を引かざるを得なくなった。東大、宇宙研はロケット開発から手をひけというキャンペーンを朝日が張ったのである。他の新聞は無視、NHKは糸川博士にむしろ同情的であったので、朝日新聞のネガティブキャンペーンは異常であった。

その原因は、糸川博士の推測では、朝日の科学部長の糸川博士に対する嫉妬と恨みだという。当時の朝日新聞の科学部長は木村繁という人物で、糸川博士とともに東京一中、一高、東大を出た秀才である。しかし糸川博士は天才、木村は単なる秀才なので、どうしても糸川博士を学業成績で抜くことが出来ず、その嫉妬が後年の糸川ロケット攻撃になったのだというのが糸川博士の主張である。また一説では、銀座のママを巡る争いであるとも言う。

しかし、話はそれほど単純でもない。作家の梶山季之はこの事件を『作戦―"青"』という小説にした。梶山の仮説は、糸川追い出し事件の本質は、ロケットの国産派対技術導入派の対立にあるという。国産の固体ロケットの自主開発派は糸川を擁する宇宙研とその背後にいる文部省、ロケットを作った日産である。それに対して、アメリカから液体ロケット技術を導入しようとした宇宙開発事業団とその背後の科学技術庁、液体ロケットを製作する三菱重工、それと組んだ朝日の暗闘であるという。

しかしことはさらに国際政治が絡んでくる。それはアメリカである。アメリカは日本がミサイルにも直結する固体ロケットを自主開発することを好まず、アメリカの液体ロケット技術を買うように勧めた。支援戦闘機F2の自主開発にアメリカがイチャモンをつけて、アメリカの技術を無理矢理、日本に買わせたのと同じ構図である。糸川博士はそれに反対したのである。だから、宇宙開発事業団・科学技術庁・三菱重工・朝日新聞・アメリカという連合軍に足を引っ張られたのではないだろうか。

宇宙開発事業団は、それ以後は自主開発に転じたという。しかし、一から作っていないものには限界がある。アメリカとソ連、それに中国も、膨大な費用と資源を使ってロケットを自主開発したので、多くの実験データを持っている。しかし、日本にはそのデータがないという。私の航空工学時代の学生は、事業団にも宇宙研にも就職している。液体ロケット関係の開発をしているという元学生の話では、あちらさんの設計通りにする分には問題はないが、何か新しいことをしようとすると、歴史のなさが重大な支障になると言う。メーカーに勤める別の学生も、アメリカから買った技術をもとに改良を加えようとすると、逆に改悪になる場合があるという。例えばタービン翼が、なぜそのような形状になっているかが分からないという。アメリカは膨大な実験をして決めたのであろう。そこを、日本で生半可な知識で改変すると改悪になるのだ。

民主党の蓮舫議員事業仕分けの場でスパコンに関して「どうして二位ではいけないのか」という言葉で有名になった。実のところスパコンでは、最近中国が1,3位を占め、アメリカが2位、日本はようやく4位につけた。2位にすらなれなかったのである。

蓮舫議員は、はやぶさに関しても、税金の無駄遣いだと激しく攻撃した。はやぶさのイオンエンジンなどアメリカやヨーロッパが開発しているのに、なぜ日本で開発する必要があるのかといったとされる。しかし国会議員が、イオンエンジンがどーだとか、ジェネシス計画がどーだとか、宇宙技術に関して詳しい見識を持っているはずもない。その背後には、かならず国会議員に入れ知恵する学者がいるはずである。問題は彼らの嫉妬と妬みをいかにマネージメントするかである。

   
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