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潮汐力と遠心力を巡るよくある誤解

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遠心力を使った潮汐力の説明

潮汐力とは何か

潮汐力とは、月が地球の海水に潮汐を発生させる力である。図1に示すように地球(茶色の丸)の海水(水色の楕円)のうち、月に近い部分Nとその反対側の部分Fの海面が上昇する。その原因は月に近い部分と、月に遠い部分で月の重力(緑の矢印)の大きさが違うからである。

(ちなみに重力は重力加速度に質量をかけたものだ。だから単位質量あたりに働く重力は重力加速度である。以下では単位質量のテスト粒子を考えて、重力と重力加速度、遠心力と遠心加速度の区別はしない。)

Fig.1

図1 潮汐力: 地球(茶色の円)、海水(水色の楕円)、月(右の黒丸)、月の重力(緑の矢印)、月に近い点(N)、月から遠い点(F)

しかしそれでは、なぜ図2のように月に近いほうが、より盛り上がらないのであろうか。この問題はニュートンの時代から論争になっていた。

Fig.2

図2 海水面は潮汐力により、このようにはならない。

潮汐力の原因は先に述べたように月の重力の大きさが、地球上で一定でないことである。潮汐力の説明に遠心力は本当は必要ない。そのことは式を使った議論で分かる。しかし潮汐力の説明として、多くの解説書では遠心力を用いたものが多い。そこで本論では、遠心力を使った解説をする。しかしその場合、「遠心力」という言葉を、文字通りとると混乱する。その正しい理解について論じるのが本論の目的である。

解説書の図はよく考えるとおかしい

潮汐力により、海水が地球中心に対して対称的に盛り上がることの説明として、よく解説書に書かれているものは図3のようなものである。この図はよく考えるとおかしなものだが、よくよく考えると正しいというのが本論の趣旨である。

図3で緑の矢印は月の重力を表している。緑の矢印は、月の方向に向かい、その長さは月に近い方が長い。(注、図のベクトルの長さは概念図であり、適当に描いてある。)

Fig.3

図3 解説書によく使われる図 地球中心(C)、月の重力(緑の矢印)、「遠心力」(黒い矢印)、潮汐力(赤い矢印)

解説では黒い矢印は地球・月の回転系における「遠心力」と説明されている。この図のポイントは黒い矢印の長さが、N点でもF点でも、地球の中心を表すC点でも等しいことだ。そのベクトルの長さは地球中心Cで月の重力と遠心力は釣り合うように決められる。つまりC点で緑の矢印と黒の矢印は、大きさが等しく、方向は逆である。だからそのベクトル和である合力は0になる。

赤い矢印は月の重力と「遠心力」の合力としての潮汐力である。だから潮汐力は地球中心では0、N点とF点では、第1近似では大きさは等しく方向は反対である。(具体的には、後に示すように g=-(2GM/R3)ΔRである。符号の意味は下記の潮汐力の公式を参照のこと。)

遠心力の大きさは場所によって異なるはず

上の説明は全く正しいのだけれど、よく考えると納得がいかない。遠心力の大きさが等しいとしている点に納得がいかないのだ。なぜなら、地球・月系の公転の共通重心は地球内部に存在するからだ。(賢明な読者のために言えば、このことは今後の議論に本質的ではない。つまり重心が外にあってもかまわない。)

図4では点Gは地球・月系の共通重心を表す。だいたい、地球中心から半径の7割程度のところにある。

月の軌道は円軌道と仮定すると、地球も月も、共通重心の周りを円運動する。回転系で考えると、遠心力の大きさは回転の中心からの距離に比例して、方向は重心から外を向く方向である。Fig.4

図4 正しい「はずの」遠心力 地球・月系の共通重心(G)。N点での遠心力は月の方を向くはずである。

従って、正しい遠心力(黒い矢印)はN点では月の方を向くはずである。またF点での遠心力は、C点での遠心力より大きいはずである。そうすると図3のようにはならず、正しい遠心力の大きさは図4のようになるはずだ。すると潮汐力(赤い矢印)の大きさはN点とF点では大きさが異なってしまうはずである。

しかし、それでは図4では図3のような説明にはならない。しかし遠心力というなら図4の方が、図3よりもっともらしい。この矛盾を解決するのが、本エッセイの目的である。

解説書の図はよくよく考えると正しい

図5では月・地球系の回転(公転)面をあらわす。これは白道面とよばれる。白道面上の地球表面の任意の点Aを考える。遠心力の大きさは共通重心Gからの距離に比例して、その方向はGから離れる方向である。そこでベクトルGAを遠心力とする。(注、ここでの議論はベクトルの相対的な大きさのみを議論する。)

するとそれは

GA=GC+CA

とベクトル的に分解される。GC部分はAがどこにあっても(NにあってもFにあっても)同じだ。一方、CA部分は地球中心から外を向いている。この部分は軸対称的であり、潮汐力に寄与しない。(非軸対称的な力のみを潮汐力と定義する。) するとCAは地球重力をすこし弱める効果を持つだけである。地球重力とこの軸対称部分の合力を、新たに地球重力と見なすことが出来る。言葉を変えればCAの力は地球重力に「組み込む」ことが出来る。つまり地球重力がCAだけ弱まったと解釈できる。

従って、遠心力の中で潮汐力に寄与する部分はGCのみである。GCはAがどこにあっても一定である。つまり解説書的な遠心力の扱いは正しいと言うことになる。GCを「遠心力」とよぶのは、以上のような操作を経てのことである。厳密には遠心力の一部の成分と呼ぶのがいいのかもしれない。

私に取って、以上の説明で非常にクリアーである。実際、基礎物理学研究所のセミナーで話したら、全員がなるほどと納得した。一部の人はえらく感心してくれた。みんな物理学者だから飲み込みが早い。

しかし別の機会に文系の編集者と理系の学生に個別に話したときは、よくわからないといわれた。ベクトルの分解が分からないと言うのだ。ベクトルの加法は高校か大学初年級の数学だと思うのだが。

そこで私に取っては、言わずもがなだと思うが、もっとしつこい説明をしよう。図5のようにB点を考える。B点はABとGCが平行であるようにえらぶ(B点は図の円の上にはない)。するとGAとCBは平行になる。

GA=CB=CA+AB

ベクトルABはAがどこにあっても同じ大きさのベクトルである。こう説明すると、彼らもなるほどというのだが、ベクトルは平行移動しても良いということを知っておれば、先の説明で十分と思うのだが。

またCAが地球重力に「組み込まれる」ということ、つまり地球重力を(少しだけ)弱めるということが理解できない、あるいはあり得ないと言う人もいる。そんな人に説明するのは、ほんとうに疲れる。

Fig.5

図5 遠心力ベクトルの分解: GA=GC+CA=CA+AB

もっとも以上の説明が成立するのは白道面のみである。つまり2次元的な説明である。白道から離れた場所ではどうなるのか。つまり3次元的に考えるとどうなるのか。

その場合は、白道面に平行な面で考える。その場合はCAに相当する遠心力の成分は、球対称的な地球重力に組み込まれない。しかしCを通って紙面に垂直な軸(z軸)に対して軸対称的である。つまり潮汐力に寄与しない。だからその成分を考える必要はない。だから白道面以外でも、GCのみを考えればよいのだ。

結論として言えば、潮汐力を考える場合、本当は遠心力は必要ない。しかし、説明のために考慮するとすれば、解説書にある図3のように考えるのが正しい。図3の黒色のベクトルを単純に遠心力と呼ぶと誤解を生じる。それは地球中心に働く遠心力、つまり地球中心に働く月の重力の符号を反対にしたものである。

潮汐力と遠心力は関係ない

上で地球・月系での潮汐力を考えるために、遠心力を使って説明した。しかし本当のところ、潮汐力と遠心力は関係ない。潮汐力とは、重力の非一様性によって生じる効果である。

いま鉛直面内に、円形に配置した互いに独立の一群の質点を考える。それらを自由落下させるとする。空気の抵抗は考えない。その場合、一番上の質点と一番下の質点を考える。一番上の質点に働く地球重力は下に働く重力より少し弱いので、落下速度がすこし遅い。すると円は縦長に引き延ばされる。また元の円の左端にある質点と右端にある質点を考える。それらは鉛直方向に落下する。ところが地球は丸いので、二つの鉛直線は平行ではない。従って円は左右に押し縮められる。つまり元の円は落下しながら、上下にのびて、左右に押し縮められる。これこそが潮汐力の効果なのである。つまり潮汐力とは、重力が一様ではなく、場所によって異なるために発生する効果である。つまり遠心力とは関係ない。

一般相対論と潮汐力

ニュートン力学においては、潮汐力は付加的な効果、マイナーな効果であった。しかし一般相対論では潮汐力こそ真の重力とよべるものである。一般相対論では重力を等価原理を使って説明する。宇宙空間で一様加速運動しているロケットを考える。この中にいる実験者にとっては、加速運動によって生じる慣性力(見かけの力)と重力の区別がつかないとアインシュタインは述べた。これこそが重力なのだと。

それはそうなのだが、加速運動によって生じた重力は、いわば見かけのものである。つまり適当な座標変換(慣性系への変換)によって重力を完全に消せる。ところが地球重力のような真の重力は、一つの座標変換で重力を完全に消し去ることは出来ない。それは重力が場所によって異なるからだ。これは潮汐力の性質である。つまり一般相対論においては、潮汐力の存在こそ真の重力の存在の証明なのである。


 一般の解説にあるその他の間違い

公転の効果

潮汐力をめぐる誤解はその他、さまざまある。例えばWikipediaの日本語の「潮汐力」と題する解説を見よう。基本的に正しいが、「公転の効果」と題した項目にある公式は間違っている。この式で右辺第1項は必要ないし、第2項の係数がちがう。この式で回転角速度ωを0にしても、非回転として導いた式に帰着しない。

この式に関しては、英語のWikipediaのTidal forceには記述がない。

しかし英語のWikidepiaの議論ページTalk: Tidal forceのAdditional effect of rotationにはこの間違った式について議論されている。議論の末、削除されたようだ。日本のWikipediaは英語の古い物を残している。

潮汐力の公式

さらにCentrifugal forceという項目では、潮汐力の公式に関しての議論がある。その公式とは  

 g=-(2GM/R3)ΔR

ここでg, R, G, m, ΔRは潮汐加速度、地球と月の距離、重力定数、月の質量、地球中心と地表の距離である。

ある人がスエーデンのWikipediaを引用して、係数の2が3であるべきとする間違った公式を主張している。しかし、潮汐力の公式はずっと昔から数学者、物理学者達の間で確立しているので、今にいたって変わるはずもない。『下手な考え、休むに似たり』なのであろう。

その人の主張する理由は、遠心力はGから離れる方向に向かうから場所によって異なるはずだという。要するに私がここで指摘した間違いに陥っているのだ。もっともそれに対する反論もポイントを突いていない。というか、後で述べる、慣性系(恒星系)に対して回転していない系を考えるという、間違った考えに陥っている。ようするに間違った人同士の、トンチンカンな議論になっているのだ。

Wikipediaの問題点はレフェリーがいないので、好き勝手にかけることだ。もっともそれに対して訂正が入るが、訂正が正しいという保証もない。特に日本のWikipediaでは英語版よりは、広く人の目に触れないから、間違いも多い。また日本語のWikipediaには英語をそのまま翻訳したものも多い。直接英語版に当たる方が確かである。

慣性系に対して回転していない系

遠心力の効果を一定にしなければ、正しい公式が得られない。それをするために、人々は間違った努力をしている。例えば日本語のWikipediaの「潮汐」の「遠心力」という項目では、やはり間違った解説を行っている。この解説では地球を慣性系(恒星系)に対して回転していないとして、アニメまで作っている。しかし地球の自転を考慮すれば、それは間違いであることは自明だ。

ネットで調べた「潮汐力」というページも基本的に同じことを主張している。ちなみにこの解説は月による潮汐力と太陽による潮汐力を同時に取り扱っていて、本質を見えにくくしている。この解説でも慣性系に対して回転していない系を考え、その系で地球表面の各点は、同じ半径を持つ円運動をしているので、遠心力はどこも同じと主張している。同種の議論はこの記事にもある。というより、その記事が誤解の根源であろう。

前の節で述べたように、潮汐力は地球・月系の回転系に対して静止した系、つまり回転系で考えると分かりやすい。潮汐力は回転系の重力ポテンシャルから決まるのである。その重力ポテンシャルを決めるためにおくテスト粒子は、回転系に対して静止させなければならない。その場合は慣性力としては遠心力だけが効く。コリオリ力は効かないのだ。一方、先の記事にある慣性系に対して回転していない系を考えると、その系に対して静止した粒子は、地球・月系の回転系では運動しているので、遠心力のほかコリオリ力を考慮しなければならない。最後の記事はそれを主張しているが、ナンセンスである。


潮汐力を巡るこの種の間違いは、探せばもっと見つかるであろうと思う。有名なファインマンですら間違っているという。潮汐の大家の英語の教科書の一部にも、ここに示した間違いを発見した。(もっともそれ以後の議論に問題はないと思うが。)正しい図3を示した解説でも、その著者が意味が分かって書いているかというと、それもおぼつかない。

もっとも、学問的には潮汐力の基本的な議論は完成しているので、ようするに解釈の問題である。(先のスエーデンのWikipediaみたいなのは論外だが。)

少しの数式

本稿に述べたことの、数式を含めた詳論は別に発表する予定である。しかし遠心力を巡る以上の議論は、少しの数式を用いれば簡単に説明できる。数式に耐えられる人は少しおつきあいください。

まず地球・月の回転系で考える。白道面のみの議論をする。デカルト座標を導入し、その原点を地球中心Cにおく。地球・月系の共通重心Gの座標を(xG,0)とする。地球表面上の任意の点Aの座標を(x, y)とする。GAの長さをr、CAの長さをRとする。

R2=x2+y2

r2=(x-xG)2+y2=x2-2xxG+xG2+y2=x2+y2-2xxG+xG2=R2-2xxG+xG2

A点での遠心力は、回転角速度をΩとすると

遠心力=rΩ2

遠心力ポテンシャル=r2Ω2/2=(R2-2xxG+xG22/2=R2Ω2/2-xxGΩ2+xG2Ω2/2

この遠心力ポテンシャルを分解すると

第1項=R2Ω2/2:  地球中心を中心とする軸対称のポテンシャルで地球重力に組み込める

第2項=-xxGΩ2: 負のx方向を向く一定の力のポテンシャル

第3項=xG2Ω2/2: 一定なので、力を生じない

となって、先に図で説明したことと一致する。

 

 

   
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