太陽にゴミを捨てる!!??・・・ミッション・インポシブル
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- 2013年10月18日(金曜)11:04に公開
- 作者: 松田卓也
太陽に核ごみを捨てる
東北大震災があってしばらくした頃、女子高生たち数人と話をする機会があった。そのころ原発事故で発生した放射性廃棄物の処理が問題になっていた。どこの自治体も廃棄物を受け入れなくて処理が遅々として進まない状況が話題になったとき、彼らの一人が、そのゴミをロケットに積み、太陽へ捨てればいいのでは、と提案した。
私はそのナンセンスさを一つ一つ説明し、無理であることを伝えたのだが、提案した女子高生は思わず泣きだしてしまった。若い女性を泣かせるとは、私もまだまだ捨てたものではない!!なんてね。私はべつに彼女を泣かすつもりで言ったのではなく、科学的な不可能性を説明したつもりだが、私の言い方がきつかったのと、せっかく考えた案を一蹴されたので悔しかったのだろう。
なぜナンセンスか。その第一の理由は放射性廃棄物をロケットに乗せると言う案自体が、危険きわまりないからだ。ロケットの事故はそれほど珍しい事ではない。打ち上げ直後のロケットが爆発する事は、スペースシャトル・チャレンジャー号の事故が一番劇的であったが、結構起きる事なのだ。
またたとえ打ち上げに成功して、人工衛星軌道に無事に入ったとしても。そこから墜落する可能性もある。実際、1977年に打ち上げられた、原子炉を搭載した旧ソ連のコスモス954号は、運用終了後、原子炉の分離と、高度の高い軌道への移動に失敗して、1978年にカナダに落下した。人的被害はなかったが、 広い地域が放射能汚染された。
さて、第二の理由。放射性廃棄物に限らず、太陽へゴミを捨てようという発想が問題である。これがうまくいけば地球のゴミ問題がいっきょに解決する。しかしそれが難しいのは、技術的・経済的な理由である。ゴミを積んだロケットを太陽に落ちる軌道に乗せることは、現在の技術では、ほとんど不可能なのである。原理的に不可能ということではなく、コスト的に高すぎると言うことだ。この種のミッションを映画「ミッション・インポシブル」に習ってミッション・インポシブルとよぶ人がいる。なぜ不可能(に近い)か。
地球は太陽の周りを1年間掛けて、ほぼ円軌道で公転している。公転速度を計算するには、太陽・地球間の距離に2パイをかけて円周の長さを求め、それを365で割り、さらに24と60と60で割ると良い。するとほぼ秒速30キロメートルになる。つまり地球は太陽の周りを秒速30キロで回っている。これは恐るべき速度である。たとえば新幹線の時速300キロメートルを秒速に変えると、0.08キロメートルである。時速3000キロメートルを越える飛行機はSR71というアメリカの偵察機だけだが、それにしても秒速0.8キロメートルに過ぎない。
人工衛星を地球をすれすれで回る円軌道に乗せるために必要な速度を第一宇宙速度とよぶが、これは秒速7.9キロメートル(時速28,400キロメートル)である。衛星が地球の重力を振り切って地球の外に出るには第二宇宙速度、秒速11.2キロメートル(時速40,300キロメートル)が必要である。第2宇宙速度の大きさは第1宇宙速度の√2倍である。この速度をまた地球からの脱出速度とも呼ぶ。ここで注意する事は、ロケットがもともと第二宇宙速度を持っていたとしても、地球の外に出た時には、地球に対する速度はほぼ0になるということだ。
ちなみに地球軌道における、太陽系からの脱出速度を第三宇宙速度と呼び、秒速16.7キロメートル(時速60,100キロメートル)である。ただしこれは地球に対する速度である。
さてロケットが太陽に落ちるということは、ロケットの軌道が太陽の表面をこするということである。専門的に言えば、衛星の軌道が非常に細長い楕円軌道になり、その軌道の近日点(軌道上で太陽にもっとも近い点)が太陽表面以下になると言う事だ。ちなみに遠日点(太陽からもっとも遠い点)は、この場合、地球軌道上にある。(太陽でなく一般の星の場合は、近点・遠点、近星点・遠星点という。)
しかし太陽の大きさは太陽・地球間の距離に比べれば十分に小さいので、太陽を球ではなく点と考えてよい。すると先のややこしい話はを忘れて、太陽に落ちるとは、太陽目指して一直線に落ちる軌道に入ることと考えても良い。さてそんな軌道を取る事は簡単か? それが極めて難しいのである。なぜか?
ロケットが第二宇宙速度を出して、地球の外に出たとしよう。それでもようやく地球から出るだけでほとんどのエネルギーを使い果たしてしまい、そのままでは地球の近くをふらふらしているだけである。そのような軌道は太陽から見ると、秒速30キロメートルで地球とともに公転しているものである。つまり太陽周りをほぼ円軌道で回っているので、太陽に落下しない。
そこで地球を出て、地球の進む方向と反対の方向に秒速10キロメートルで進むと、太陽に対する公転速度は秒速20キロメートルになり、その時はロケットの軌道は、後で説明するのだが、ケプラーの第一法則から、太陽を一つの焦点とする楕円軌道になる。その遠日点は地球軌道であり、近日点は地球軌道よりも内側、つまり太陽に近いところになる。そこでこの考えを進めると、地球を脱出したロケットを、地球の進行方向とは反対に秒速30キロメートルに加速してやると、太陽に対する公転速度は0になる。そのときはロケットはまっしぐらに太陽に落下して行くのだ。つまり太陽にゴミを落とすには、単純化して言えば、地球を出るのに秒速約10キロメートル、太陽に落ちるのにさらに秒速30キロメートル、あわせて秒速40キロメートルが必要と言う事だ。
現在のロケットの技術では、第二宇宙速度かそれよりちょっと速い程度の速度を出すのが精一杯である。2006年に打ち上げられ、現在冥王星に向かって飛んでいる探査機ニュー・ホライズンを打ち上げたロケットは秒速16.2キロメートルであった。これが現在、最速のロケットであろう。例えば秒速30キロメートルを出すことを考えよう。それはニューホライズンのほぼ2倍の速度であるから、ロケット燃料が2倍あればいいかというとそうでは無い。エネルギーは速度の2乗に比例するから、エネルギーは4倍必要である。それなら燃料が4倍あればよいかというと、そうでもない。というのは燃料を飛ばすためにも燃料が必要だからだ。ツィオルコフスキーの公式を使った、非常に単純な計算ではペイロードの速度を2倍にするためには、燃料の質量は7.4倍なければならない。もっともロケットは普通は多段式であり、ことはそう単純ではない。ロケットは飛び出してから、一段目を切り離し、次に2段目を切り離して、最終的には1番上に乗っているペイロードだけが飛んでいく。
惑星探査機は、イオンエンジンを積んで途中加速したり、あるいは惑星の重力を利用してスイングバイしたりして、速度を稼ぐ。そのような工夫を凝らしても非常に困難なのがミッション・インポシブルである。
その他のミッション・インポシブル
その他のミッション・インポシブルの例として、たとえば土星の輪に着陸する事がある。土星の輪の公転速度はほぼ秒速20キロメートルである。これは土星の環の位置における第一宇宙速度だ。その点における第二宇宙速度は、第一宇宙速度の√2倍で秒速28キロメートルである。土星に近づいてくる探査機の軌道は、後で説明するのだが、土星に対して双曲線軌道である。それがもっと速度の遅い放物線軌道だとしても、探査機の土星に対する速度は第一宇宙速度になる。という事は探査機を、秒速28キロメートルから秒速20キロメートルに減速する必要がある。つまり秒速8キロメート減速しなければならない。そのためには十分な燃料が必要である。はるばる土星まで旅してきた探査機にそれほどの燃料は残っていない。つまり探査機は、土星の輪の軌道の近くを通過することはできるが、土星の輪の速度にまで速度を落とすことはできないのである。つまり土星の輪を構成する粒子に着陸することはできないのだ。
さらに別のミッション・インポシブルとして、地球の軌道と直角に交わるような軌道に入ることがある。地球の軌道面を黄道面と呼ぶ。惑星や探査機の軌道が黄道面となす角度を軌道傾斜角と呼ぶ。軌道傾斜角が90度の軌道に探査機を投入することは極めて難しい。それをするためには、地球軌道と垂直な方向に秒速30キロで探査機を打ち上げなければならないからだ。しかし実はこのミッションは不可能ではない。このような軌道をとっているユリシーズという探査機があるのだ。そのような軌道に入るためには、いちど木星まで行って、その重力でスイングバイして、速度をもらって、黄道面と垂直な軌道に入るのである。
先の太陽にゴミを捨てる話だが、一度木星まで行き、そこでスイングバイして太陽に落ちる軌道に入ることは出来る。その意味で、完全に不可能ではないが、とてつもなく高い計画になるということだ。そんなことなら太陽にゴミを捨てないで、木星に捨てたらどうだろうか。環境保護団体あたりが文句を言うだろうか。
今冥王星に向かって飛んでいる探査機ニューホライズンは、冥王星で止まらず、衛星カロンの側を通り過ぎてフライバイする計画になっている。この計画でだれもが疑問に思うことは、なぜ、そこまで行きながらしっかり止まって調査できないのかということだ。何年もかけて飛び、膨大な予算も使って、数日ほど写真を撮るだけで、あっという間に通り過ぎてしまうのはもったいない気がする。
探査機の冥王星に対する軌道が双曲線軌道であるので、冥王星を回る楕円軌道に移るためには逆噴射して減速しなければならない。しかしそれをするだけの燃料がないのだ。それだけの燃料を積む余力がないのだ。つまりは予算の問題、金の問題ではあるのだが。
これらの問題を考えるには、ケプラーの法則の知識が必要である。ドイツの天文学者ケプラー(1571〜1630)は惑星の運動について3つの法則を発見した。これは天体の運行に関する法則で、ケプラーの師匠のティコ・ブラーエ(1546-1601)の観測をもとにして発見した法則だ。それを数学と物理学を使って定式化したのはニュートンである。ニュートンは運動の第二法則と、さらに彼の発見した万有引力の法則とを組み合わせて、ケプラーの法則を数学的に証明した。
ケプラーの法則とは、
第一法則:惑星は太陽を焦点とする楕円軌道を描いて公転している。
第二法則:惑星と太陽を結ぶ動径は等時間に等面積を描く。
第三法則:惑星の公転周期の2乗は太陽からの平均距離の3乗に比例する。
というものである。
このうちここでの議論には、第一法則が最も重要である。第二法則は面積速度一定の法則ともいう。第三法則は、要するに公転速度が惑星の太陽からの距離とある関係があり、太陽に近いほど速く、遠いほど遅くなるということである。
ケプラーの第一法則では、惑星の軌道は太陽を焦点とする楕円軌道であるという。しかしニュートン力学と万有引力の法則を使うと、楕円軌道以外の軌道もある。放物線軌道と双曲線軌道である。太陽を回る彗星の軌道には、楕円軌道、放物線軌道、双曲線軌道のものがある。円軌道は楕円軌道の特別なものだ。
楕円、放物線、双曲線をまとめて円錐曲線と呼ぶ。円錐を水平に切ると、断面は円である。斜めに切ると楕円になる。円錐の母線と平行に切ると、断面が放物線になる。それをもっと急に切ったとき現われるのが双曲線である。放物線というのは、楕円と双曲線のちょうど境目になる。
地球の軌道はほぼ円軌道である。これがひしゃげると楕円軌道になる。楕円軌道が非常に細長くなった極限が放物線軌道である。さらにひしゃげると双曲線軌道になる。
ロケットがブラックホールに落ちる?
私はSFが好きだが、日本の有名なSF作家の書いた作品の中にも、ニュートン力学やケプラーの法則を理解しないことによる間違いがしばしばある。例えばある作家は、ロケットの燃料がなくなってしまったので、ロケットは宇宙空間に静止してしまったというような記述があった。これなどニュートンの第一法則に反するのである。ニュートンの運動の第一法則によれば、慣性系において、力を受けない物体は、最初静止していれば静止を続ける、動いていればそのまま等速直線運動を続けるというものである。宇宙空間でロケットが飛んでいて、燃料がなくなったら、停止するのではなく、停止できなくなるのである。
またある作家は、太陽の周りを回る発電衛星に宇宙人の宇宙船が衝突し、発電衛星はだんだんと太陽に落下する軌道に入ったと書いていた。多分この作家は、発電衛星が螺旋状の軌道に入ったと想像しているのであろう。先に述べたケプラーの法則によれば、発電衛星の軌道は太陽を1つの焦点とする楕円軌道であり、螺旋状の軌道など存在しない。
ここではケプラーの第一法則をきちんと理解していない別の例として、映画化もされた、ある有名な日本のSF 小説を挙げる。その話の設定は、太陽に向かって、太陽の質量の10分の1の質量のブラックホールが近づいてくるというものだ(この時点ですでにおかしな点がある。理論上、もっとも小さなブラックホールでも太陽の約3倍の質量があるからだ。しかし、これは小説の設定として目をつぶろう)。
この小説のごく些細な記述をここでは問題にする。話では、ブラックホールを観測するため、地球から探査機が飛ばされた。探査機はブラックホールを周る周回軌道に入った。ところが、探査機が燃料切れになり、探査機は次々ととブラックホールに向かって落ちていき、やがて吸い込まれてしまった……。
これは先程のSF作家の間違いと同じようなものだ。これをケプラーの法則に照らして考えて見よう。探査機がブラックホールに向かって飛んでいる場合、その軌道はブラックホールに対して双曲線軌道になる。ブラックホールに近づいた時点で逆噴射をして速度を落とす。そうしてブラックホールを回る楕円軌道に入る。探査機がブラックホールから十分離れている場合、探査機の軌道はブラックホールを1つの焦点とする楕円軌道になる。だから燃料がなくなったら、単にその楕円軌道を維持するだけである。ブラックホールに落下するためには、さらに逆噴射して速度を落とし、その軌道の近日点がブラックホールの表面以下になるように減速しなければならない。つまり燃料がなくなると、探査機がブラックホールに落下するのではなくて、落下できなくなるのである。ブラックホールというと、何か不可思議なようなものに考えて、何でも飲み込んでしまうと想像したのであろう。ブラックホールから十分離れた空間では、一般相対性理論を使う必要はなくニュートン力学で考えて十分なのである。
ただしブラックホールの半径の3倍以内に近づくと、もはやブラックホールを回る円軌道は存在しない。そんなに近い空間では一般相対性理論の効果が顕著になるからだ。太陽質量の10分の1のブラックホールの場合、ブラックホールの半径は300メートルであるので、その3倍はほぼ1 キロメートルである。つまり探査機がブラックホールの1 キロメートルぐらいに近づかないと、一般相対性理論の効果は効かないのだ。これは極めて近い距離だ。
ブラックホールに関して多くの人がもつ誤解は、それがアリジゴクのようなもので、近くに行けばかならず引き込まれるものだというものである。しかしその「近く」というのは非常に近くなのだ。そんなに近くに近づくことが、エネルギー的に難しい。
この映画は駄作という評判が高いが、私はこの小説に影響を強く受けて、ブラックホールと太陽が衝突したらどうなるかを研究しようと思った。その延長として、アクリーション流の研究という、私の生涯の研究テーマを発見したのである。
以下はディズニーの映画「ブラックホール」である。