米中覇権闘争とツキディデスの罠
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- 作成日 2019年3月27日(水曜)20:19
- 作者: 松田卓也
以前にファーウェイ事件と、それが米中覇権闘争の始まりであるという私の観測を述べた。また現在の米中摩擦は1980年代の日米摩擦を彷彿とさせることを私の経験とあわせて述べた。日米摩擦では日本は米国に完敗したが、こんどの米中摩擦ではどうであろうか。当時の日米摩擦が戦争にいたる可能性はゼロであったが、今回の米中摩擦はそうではない。戦争に至る可能性がかなり高いという話をする。
ツキディデスの罠という話がある。ツキディデスは紀元前5世紀ころの古代ギリシャの歴史家であり「戦史(ペロポネソス戦争の歴史)」という本を書いた。それが米中覇権闘争となんの関係があるかと言うと、アメリカのハーバード大学教授のグレアム・アリソン教授が「ツキディデスの罠」という言葉を言い出したからだ。覇権国家があり、それに挑戦する新興国家が現れると、大きな確率で戦争になるという説で、アメリカの外交政策にこの考えは浸透している。
ツキディデスに話を戻すと、古代ギリシャの覇権国家はスパルタであったが、それに挑戦したのが新興国家のアテナイだ。アテナイはデロス同盟を結成し、スパルタを中心とするペロポネソス同盟に挑戦して、結果的にはペロポネソス戦争にいたる。この戦争は最終的にはアテナイの敗北に終わった。
アリソン教授は1600年以降の覇権国と挑戦国の歴史を調べ、16ケースのうち12ケースが戦争に至ったと述べる。戦争に至らなかったのはわずか4ケースである。それは15世紀末のスペイン対ポルトガル、20世紀始めのアメリカ対イギリス、冷戦下のアメリカ対ソ連、1990年代以降のドイツ対イギリス・フランスである。この中で20世紀始めのアメリカ対イギリスというのは興味深い。多分日本人は誰も知らないであろう。現在ではアメリカとイギリスが戦争するなど考えられないが、20世紀始めは大英帝国の没落と新興国アメリカの台頭で、相当危うい状況にあった。そもそもアメリカとイギリスの独立戦争以来、両国の仲は良いものではなかった。イギリスはアメリカの南北戦争のときに、南軍に加担しておけば、アメリカが力をつけるのを防げたかもしれない。
なぜ戦争が起きるか?戦争は指導層が始めたくて起こすものとは限らない。民衆が好んで戦争を始める場合もあるし、偶発的に起きる場合もある。日本でも日露戦争の終結を日本の指導層が画策した時、民衆も新聞ももっと戦争を続けろと大反発した。太平洋戦争だって軍部だけが悪いとは言い切れない。朝日新聞を筆頭とするマスメディアが戦争をあおったし、民衆もそれに踊らされた。
第一次世界大戦直前の世界情勢をみると、およそ戦争が起きるとは考えられなかった。ドイツの皇帝はイギリスの王室と親戚関係にあるし、仲は良かった。しかしセルビア人のテロリストがオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子を暗殺した事件をきっかけに戦争が始まってしまった。つまり偶然の事件をきっかけとして戦争が始まってしまったのだ。
現在の米中関係を見ると、第一次大戦前のイギリスとドイツの関係よりはるかに悪い。
2018年10月8日にアメリカのペンス副大統領はハドソン研究所という保守系のシンクタンクで演説し、アメリカは中国に断固立ち向かうと述べた。この演説は後世になって歴史的な演説と評価されるかもしれない。というのもアメリカの指導層がこれほどはっきりと中国と敵対関係になると述べた事は初めてだからだ。ペンス副大統領は概略次のようなことを述べた。
米国は中国に自由なアクセスを与え、世界貿易機構に招き入れたのは経済が発展すれば中国が自由を尊重するようになることを期待したからだがその期待は裏切られた。
中国政府はあらゆる手段を使って米国の知的財産を盗もうとしている。
また習近平国家主席はホワイトハウスで南シナ海を軍事化する意図はないと言ったが実際には軍事化している。最近、中国海軍の艦艇が米海軍のイージス艦に異常接近した。
中国は国民を監視し反政府的人物は外を歩くのすら難しい。中国はキリスト教徒や仏教徒、イスラム教徒を迫害している。
中国はアジア、アフリカ、欧州、南米で借金漬け外交を展開している。借金を払えなくなったスリランカは港を引き渡すように圧力をかけられた。インド洋に中国の軍事基地を作るためである。
中国は米国の企業や映画会社、大学、シンクタンク、学者、ジャーナリスト、政府当局者に圧力をかけたり報酬を与えたりしている。また米国の通商政策を批判しなければ事業の許可を与えないと脅した。
ハリウッドには中国を好意的に描くように要求している。
我々のメッセージは「トランプ大統領は引き下がらないし米国民は惑わされない」というものだ。トランプ政権は米国の利益、雇用、安全保障を守るために断固として行動する。
面白いのはペンス副大統領とトランプ大統領の役割だ。ペンス副大統領がこれほど激しい言葉で中国を批判しているのにトランプ大統領のほうは習近平中国共産党主席を好きだと言ってみたり、結構褒めたりしている。これはよくある悪い警官と良い警官の役割を思い出させる。警察が容疑者を落とすために悪い警官は脅し、良い警官は容疑者に同情的なフリをする。そして容疑者は、結局は自白させられるのである。トランプ大統領にそこまでの考えがあるのかは知らないが興味深い。
ペンス副大統領が演説したハドソン研究所は、アメリカの政策に影響を与えることのできる保守的なシンクタンクである。
その所長のピルスベリーは「China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」」という本を書いた。ピルスベリーは、元々はパンダハガーと呼ばれる親中派であったのだが、中国に騙されたと悟って最近立場を変えたのだ。彼らは、中国に好意をもち、中国の発展を促せば、やがて米国のような自由主義の国家になると期待したのだが、その期待は見事に裏切られた。
中国は19世紀に英国、フランスをはじめとする欧米諸国、さらに日本にまでさんざんしてやられた。それを 100年国恥として、欧米や日本に復讐することを決意している。しかし鄧小平はその野望を隠して、まずは中国を経済的に発展させることを優先した。鄧小平の言葉「黒い猫でも白い猫でもネズミを取るネコは良い猫だ」という言葉が有名だ。
しかし習近平がトップに立ってから、この仮面を投げ捨て、中国が世界覇権を握ることを宣言したのだ。それでアメリカの親中派もようやく気がついたと言うわけだ。まあ言ってみればお人好しかバカである。私は中国の肩を持つわけではないが、中国の立場からして当然のことだろう。自分が中国人の指導者なら同じことをする。
まとめ
ツキディデスの罠という言葉があるが、覇権国と新興国がある場合、かなりの確率で戦争になるという説だ。現在米国が覇権国で、中国が新興国である。米国の支配層のなかの親中派は、これまで中国に好意を持ち、中国の経済発展を援助すれば、中国はやがて米国のような自由な国になるであろうという幻想を抱いていた。それは鄧小平に騙されたからである。しかし習近平が主席になってから、中国は欧米と日本に復讐するというその本心を明らかにした。アメリカに代わって2049年までに世界覇権を握ることを宣言したのだ。そして米国の親中派もそのことにようやく気がついて、今になって中国と対決することを決意した。その宣言がペンス副大統領の演説である。遅すぎる。