小学校で算数の基礎を楽しく学ぼう(ブログ その38)
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2010年11月07日(日曜)22:56に公開
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作者: 坂東昌子
子どもの理科嫌いが問題になり、最近では、理科実験教室など、いろいろな試みが企画されている。わがNPOも、この5月から「親子理科実験教室」を始めた。「なんでかな」「おもしろいな」という好奇心やものづくりの面白さを実感する取り組みは、かなり増えてきたように思われる。
この土・日曜日(11月6・7日)、京都市青少年科学センターで開かれた、第15回「青少年のための科学の祭典」京都大会に、私も、6日だけだが、参加させていただいた。学校の先生方、ボランティアサークル、企業からの参加を含め、創意的で楽しい手作りの実験道具を携えて、お店が沢山出ていた。報告によると、6日は合計2800人もの入場者があったそうである。子供たちは目を輝かせて、ものにさわったり、質問したり、モノづくりをしたりしていた。高校や中学校の熱心な先生方が、生徒と一緒にお店を出しておられるのも、頼もしいなあ、と思った。演示実験も、工夫された素晴らしいものがあり、大変感銘を受けた。
ところで、この好奇心のあふれた楽しそうな子供たちがが、中学校・高校に進んでいった時、そのまま素直に理科好きでいられるのだろうか。どうもそうでもないらしい。
私たちは今年2月11日「理科好きの入り口から真の理科好きへ」と題する研究会を行った。
そこで企画された「理科好きの入り口から次のステップへ」の討論会の様子は、サイエンスニュース にもある。そこには中西健一さんの問題提起で、このタイトルが決まったことにも触れている。
私たちが、お互いに意見を述べたり、意見を交換するときは、言葉を使う。一方、さまざまな現象を記述する、つまり自然と対話するときの言葉に当たるのは、数学なのである。一歩進んだ理解に至るには、理数というくくりで、理科好きへ導くことが大切なのではないか。
そこで今日は、小学校の算数について考えてみたい。遠山啓著作集7「数学のたのしさ」では次のように述べている。
「算数は、小学校の1年から6年まで一つにつながった学問です。つまり、一つ一つの事実が全部つながっていて、ちょうど一つの大きな長編小説のようなものです。けっして短編小説の集まり、短編小説集ではない」と書いてある。
同時に、「数学は、きちんとやれば誰でもできるのに、初めから難しい問題をやりすぎる」というのである。数学の面白さはクイズのような面白さもあるのだが、逆にいえば、「数学は、現象を記述する言葉である」ので、自然に言葉を覚えるように、知らない間に使えるようになることが必要である。それは、易しい表現から徐々に難しい表現を使えるようになるのと同様に、積み上げていけばできるのである。もっとも、徐々に難しい問題が解けるようになることも数学の特徴である。
ところが、一番ナンセンスなのは、中学入試で頻繁に出てくる鶴亀算に代表される「ひねくれた問題」だという。ができないために数学が嫌いになることが多いという(遠山著作集「数学のおもしろさ」PP19-21)。
こういう話をすると、「でも鶴亀算などは、とても面白くて頭の訓練になった」という人が多い。特に、特に数学が得意だった人がそうである。確かに、「架空的に極端な場合にどうなるか、現実は複雑でも、まず簡単な場合を考えて、現実に近づくというアプローチの仕方が、その解法に示されているからである。つまり全部鶴だったり亀だったりした時を想定してみて、そこから出発して現実がどうなっているのか、それを推定する」という科学の1つの謎解きのアイデアを発見するのは、とてもやりがいがあり、わくわくする場合も結構ある。
しかし一方、遠山氏は、「彼は中学に行って代数を教わったら、小学校の時に苦労して鶴亀算でやったものがすぐできてしまった。そんなに易しい問題だったのに、何故あんなに苦労して勉強したのか。馬鹿を見た、やらされて損をしたと怒っているのです。」と(P22)ある中学生が云ったと述べている。もっとも、苦労して解くのもまたわくわくする楽しさがあるだろうから、それをやってはいけないということでもない。ただ、自然にはいくらでも謎がある。
だから、そういう謎解きや、現実の現象の中から、興味をそそる問題を見つけて探求することには事欠かない筈だ。なら、簡単にできることは簡単にやればいいのではないだろうか。
こういう趣旨で遠山啓が考案された水道方式のテキストは、私も昔から面白いと思っていた。ただ、できたら友達と一緒に自習ができて、教えあい学びあいながら伸びていけるのがいいなと思っていた。自分の理解したことを、人に話したり教えたりすることによって、より理解が深まるのは大人も子供も同じである。学びあいのあるところには、新しい発見があるものだ。
さて、先の2月11日の討論会にご出席いただき、問題提起をしていただいた西村和雄教授(元経済学研究所長・この4月から京都大学経済研究所 特任教授 統合複雑系科学国際研究ユニット代表)の編集された「まなぼう 算数」を見て、これなら一度子供に教えてみたいなと思った。この本は、最初はあたり前のようなところから入って、易しいなと思わせながら、進んでいくと、「割合、比、分数」といった低学年ではっきりとした理解をしないまま演算だけを覚えている最も弱いところをしっかりと身につけさせながら、徐々にその理解を深め、小学校6年生では、実は代数を使った応用問題にと進むようにできているので、中学入試レベルに対応できるものなのだ。
西村先生は、自分のお子さんが小さい時、子供をみていて矛盾を感じたそうで、「ひねくれた問題があるから、塾が流行るのですね」といわれた。塾通いにいけるほど経済的に余裕のない家庭の子もいるし、無理して塾に通わせている家庭でも、「これは中学校に行ったらどうでもいいのだけどな。代数でやればいいのに」と思っても、学校や塾で代数を使ってはいけないといわれているのに、それをあえてやると混乱を招くと思って我慢している人も多いだろう。もちろん、矛盾を感じつつ、そのうちに子供が大きくなっていくという経験をしている家庭も結構あるような気がする。
その結果、大学に行っても、分数が分からないという学生が続出したのではないか。「分数のできない大学生」(岡部 恒治 西村 和雄 戸瀬 信之 編著)もうなずける話である。私も大学で、コンピュータの授業のなかで、エクセルの使い方を練習問題でやった時、各国の人口と面積の表から人口密度を計算するのに、「人口密度の計算をする関数はどれですか」と聞かれて、割合が分からない大学生がいるのだと思ったことがあった。その時の議論の中で、「はじき」という覚え方があることを知った。図のように、速さを出す式、距離を出す式、時間を出す式が覚えられるように工夫しているのだそうだ。一旦意味が分かったら覚えてもいい場合もあるのだが、初めから丸暗記したのではさっぱり使い道が分からなくなってしまう。元に立ち戻って、大学生もためしに、きちんと理解することが大切だかもしれない。
「特に”比”に関しては3年生からくどい程出てきます。X(エックス)を使う式も5年辺りから出てきます。方程式の概念、比の概念など、小4でもきちんと理解できます」とあったが、確かにそうなっている。この本の紹介は、こちらのサイト に詳しく出ている。明快な方針で貫かれていて、共感できる。もちろん、この教科書でも、すべて、満足できるというわけではないだろし、使っているうちに、これをさらに改善することも可能だろう。東京あたりでは、この教科書を使った経験があり、その効果についても報告されているが、京都でも、一度試してみたいと思っている。
昔、参考書のコーナーに行ってみて、極端に難しい中学受験用と、落ちこぼれたこどものための極端に易しい参考書の2つの種類しかなかったので、とても残念に思ったものだ。インターネット上では、「教科書は自由発行、自由使用にすべきです。そうすればもっといい教科書が出てくると思います。こういう丁寧な教科書が与えられることが教育における貧富の差の拡大も防ぐことができると思います」という意見もあった。
それも、お互いに教えたり教えられたりしながら、昔のそろばん塾のように、学年にとらわれず、自分の進度に合わせて次々と進んでいって、「どこまで進んだか」を確認できて、達成感を味わうのがいいな、そういう寺子屋式の方法をとってみたいなと思うようになった。できたら高校ぐらいのお兄さんやお姉さんが、原理を理解しながら小学生に教える形が理想だけど・・・・・。