科学交流セミナーへのお誘い(ブログ その41)
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2010年12月05日(日曜)13:14に公開
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作者: 坂東昌子
寺田寅彦の「ルクレチウスと科学」というエッセイがある。
ルクレチウスの「The Nature of Things」という長編詩は、は、昔子供のために買った「少年少女科学名著全集4」におさめられている。そこには、「ニュートン力学とか、相対性理論とか量子力学などといった科学が抽象的で分かりづらいのに比べると、原子はきわめて具体的で直感的なイメージにうったえて話を進めることができるのですから、かなりの部分は小中学生にも理解できるはずです。それなのに、これまで原子についての優れた本があまりありませんでした。」という紹介がついています。
確かに、小学校では原子が教科書に出てこないので、親子理科実験教室で、磁石は原子段階から磁石なのだ、と説明したくても、原子を使えないので、「豆磁石」という名前で説明を試みたのであった。
それはともかく、私が初めて愛知大学に赴任し、文系の学生を相手に講義を始めた頃、実は、文系に教える為に、この本を参考にしてじっくり読んでみた。そして、BC1世紀ごろに生きたルクレチウスの、今でも通用する素晴らしい説明と洞察力に圧倒されたのを覚えている。最も感銘を受けたのでは「恐怖は無知からくる。そしてその恐怖は暴力につながる」という彼の主張だった。
そして、この日曜日の朝、寺田寅彦のエッセイに出会って、「Beautiful Sunday」の気分に浸ることができた。なかでも、「天下に新しき何物もないと同時に、地上には古い何者もない」という寺田寅彦の言葉が実感を持って納得できた。これも、親子理科実験教室での体験があってのことだと思う。
その1つが、親子理科実験の準備で、でてきた、電流のエネルギーの流れである。きっかけは、電流の流れを、水の流れに譬えて、子供たちに分からせようと苦心していたときである。サイエンスクラブの加藤利三さん(京大名誉教授)が工夫して作られたペットボトルにビニール管をつないだ手作り教材(実はヘロンの噴水の模型だが)を使おうということになった。ビニール管の先に、噴水を電球代わりにつけた実験材料をお借りして、相談していた。
その時の会話、
A「でも変ねえ、水の流れの場合、水が噴水の出口のところに到達するまでに結構時間がかかるなあ」
B「そうだなあ。電気の場合スイッチを入れたらすぐに電気がつくよね」
C「最初から中に水を充填しておけば、すぐつくんじゃない?」 (ところてんモデルというそうな!)
A「そうねえ。本当は電子の流れ。だから、結局、電線の中に電子がつまっていてすぐに電流が流れる・・・」
M「それはないよ、それだったら音波の速度の筈だけど、電気は一瞬にしてつくじゃないか。」
A「そうか。結局、押し出すってことは、中に粗密波が伝わるってことだものね。」
B[ところで、電子の速度はどれくらい?」
それから大議論になった。松田さんが猛然と調べ出した。毎日この議論が沸騰した。
****** 松田さんのメールより ******
1.電流の速度は?
2.電流のエネルギーはどこを運ばれるか?
解答
1.電子の速度はドリフト速度で、カタツムリの速度以下。しかし電流の速度は光速。この矛盾をどう解決するか。それが問題2と関連する。
2.電流のエネルギーは電線の内部ではなく、外の空間を伝わる。その速さは光速である。このことはPoyntingの定理を見れば当然のことです。疑問の余地はありません。ですから、電子が電線の中で押し合うというトコロテンモデルは正しくありません。だいたい、あんなに細い電線の中を、発電所からの大エネルギーが、どうして運ばれるのでしょう。電線とアースの間でしょうね。3相交流の場合、一本の線をアースにする場合と、もう1本アース線を追加する方法があります。いずれにせよ、電流のエネルギーは主に電線の間の空間を通って運ばれる、というのが、より正確でしょうね。
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水流モデルの限界が見えてきたのである。もちろん水流モデルでうまく説明できるところもあるのだが、その限界も意識しておく必要がある。
松田さんは図書館で、大学の教科書まで含めて調べ尽くし、正しい認識をしている教科書が殆どないという事を発見した。さらに、電流のエネルギーの伝搬を説明するために、エネルギーの流れを可視化しようと議論が続いた。そして可視化ならぬ、可聴化できることを思いついた。
何度も実験し、親子理科実験教室の教材でお世話になっている教材会社リテンの社長、藤原さんにお願いして、金魚すくいならぬ「磁場すくい」の道具も作ってもらい、秋の親子理科実験教室では、この実験ショーに乗り出したのである。(実はこの磁場すくい道具は、藤原さんが、「これだけ使いこなしてもらったのだから、プレゼントします」ちうわれ、申し訳ないと思いながらも頂いてしまった!)
今度、12月11日(土)には、松田卓也さんが、京都科学カフェ・科学交流セミナー共催の講演会で、これを使って実験しながら、話をされる。
このセミナーの11月の講演は、「日本の惑星探査・・迷子になった「はやぶさ」の帰還をめぐって」、と題して、藤原 顕(前宇宙科学研究所教授)さんが話された。科学カフェはいつも60名以上の聴衆が集まる。ファンの1人は、「質問が沢山出来るので、よくわかり、楽しい」という。この世の中には、講演会は沢山あるが、これだけじっくり質問できる雰囲気のいい講演会はそうないので、とても貴重だと思う。
他にもたくさんのイベントが京大校内であったにもかかわらず、はやぶさの武勇伝を聞こうと集まった聴衆は、小学生まで含めて、いつもの倍、130名にも達した。小学生も質問をしたのが印象的だった。
今回は、日常の中の見慣れた電気、そのエネルギーの行方を極めるお話だ。こんな機会を見逃さないでぜひおいでいただきたい。
詳しくは、2010年第3回(通算第11回)科学交流セミナー案内 を見て頂きたい。
追記:「電子の速度は遅いのに、電流がすぐに伝わって遠くの家の電気をともす」という問題、水流とのアナロジーをとってみて、その間の違いを議論していって、初めてその矛盾に気がついた。この話を、素粒子論ドクターで、「ドクターを高校の先生に」という要望にこたえて、秋田県立横手清陵学院高等学校 教諭で活躍しておられる瀬々 将吏さんにも送ったところ、次のようなメールが来た。(瀬瀬さんのホームページは、http://allnatural.ddo.jp/~syojizeze/wiki/)
****** 瀬々将吏さんのコメント ******
坂東さんに議論にお誘いいただいたので、教育現場の現状などについてお知らせしたいと思います。まず、私自身がこの件(電子の移動速度は遅く、電磁場が光速で伝わっていきエネルギーを輸送すること)を認識しておらず、授業でも水流モデルを使っていました。
この話、高校物理業界でも知られた話で、うちの同僚(ベテランですごく力のある方です)も知っていました。「場」をあまり学習していない1・2年生には、「電子は遅いけど、「動け」という命令は光速で伝わる」と説明しているそうです。いいフレーズだと思いました。集会のときになかなか整列しない高校生の動きにたとえるとわかりやすいのではないでしょうか(先生のかけ声は音速ですが)また、「トコロテンモデル」が誤解されて使われている可能性もあるかと思います。
問題は、この事実がごく一部(物理IIを選択する高2、高3)にしか教えられていないのでは、ということです。おそらく中学では教えてないと思われますし、高校でもやっていない、さらには先生自身が認識していない(私のように)場合も多いのではと思われます。
だから、私自身の感想としては、水流モデルの是非も大切ですが、それ以上に「空気中の分子はすごいスピードでとびまわっている」とか「電子はトロいけれど、信号は導線の外を光速で伝わっている」という、身近な現象にかくされたすごい事実を、いかに説得力をもって生徒に教えるか、という方法、そしてこれらの事実を教科書に書いておくべきでは、ということが気になりました。
ちなみに、電流を使って光速を測定する実験は、オシロスコープを使えばできると思います。(慶応日吉にいたときに、電流でなくレーザー光そのものでやりました。1m程度のキョリで十分光速が測定できます。)今年度の末には自分の授業で「電気」をやりますので、その際に実験できれば、と思っています。
こうして、我々の議論は、秋田の瀬瀬さんをまきこみ、電磁気を教えておられる田中耕一郎(京大教授)さん(さすがにすぐに正答された)との議論にまで広がっていったのだ。
さすが瀬瀬さん、知らなかった事は知らなかったといえるその自信(だと思う)とその慧眼に感心した。こういう議論が出来るのも、その知恵を集めて発信できるのも、あいんしゅたいんだからこそ、かもしれないと思った。松田さんのすごい好奇心と探求心に感心する今日この頃である。