2024年10月05日

第87回:「猫と語る -その7」by 青山

私はこのところずっと,猫のドロンコとの会話を書いてきたが,別に人間と会話しないわけでもない.

その証拠に,昨日,昔の友人と語り合った.彼はロジー・コンロッド君,私が米国の大学院に在籍していた時の同級生で,今はパリのある大学の教授となっている.

私「やあやあ,久しぶり.基研の協議員会で君が京都に来ることを知って,また会えることを楽しみにしていたよ.」
ロジー(以下,「ロ」)「ずいぶん久しぶりだね.一緒のオフィスに居たのはもう30年も前になるなんて,信じられないものだよ.」
私「その通り,あの頃君には赤ちゃんが生まれて,奥さんがキャンパスに連れてくるを見に行ったりしていたね.」
ロ「あはは,彼,Zaphod も,もう30歳だ.今度会ってやってくれ.」

私「それで,今回,日本に来るにあたって,震災のこと,特に原発のことは心配じゃなかった?何人かの外国人研究者は来日を中止したり,日本を引き上げた人も多かったよ.ある研究所ではせっかく来日の予算とスケジュールを組んだのに,先方の保険会社が来日には保険を無効にすると行って,本人は来る気だったのにやむなく中止せざるを得なかったなんてこともあった.」
ロ「いや,僕は何回も来日していて,京都の状況もよく知っているし,不安は無かったよ.」
私「そう,それはよかった.僕は3月にパリとロンドンに行って講演等をしたんだけど,その時にあまりに向うでの報道がひどかったので,英国の新聞 "The Times" に意見を投稿してそれが掲載された.これ,よかったら,読んでくれるかな.」

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ロ「そうか,じゃあ,もらっておくよ.」

ロ「ところで,君は最近ではすっかり経済物理学ばかりやっているそうだね?僕のまわりではあまりこの分野について聞かないけど,成果はどうなんだい?」
私「うん,僕がこの分野に手を染めて約10年,随分研究は進んだよ.特に最近では労働生産性について統計物理学の考え方が適用できて,それで
現象が説明できることが分かってきたのは大きな成果だ.」
ロ「ふ~~ん.じゃあ,統計物理学は原子・分子などが多く集まったものを対象とするけど,労働生産性に適用するとき,原子・分子に相当するのは何なんだい?」
私「それは経済主体 (economic agent),つまり,企業や労働者だ.そして労働生産性はそれらのエネルギー,全需要が全エネルギーに相当する.」
ロ「それは面白そうだね.で,株とかは?」
私「経済物理学っていうと,とかく人は株とかの金融市場を熱心に研究して,金儲けの秘策を探っているのでは,と勘繰ったりするけど,僕はそんな研究はしたくないからしないよ.僕はずっと実体経済,つまり企業や個人の経済活動を中心に扱ってきた.それが深い所で如何に機能していて,どのような法則性があるのかってね.もちろん,金融市場は企業資金の潤沢な流通を担っているからとても重要なんだけど,マネーゲームに走るのは資本主義のあるべき姿を踏みちがえているからね.」
ロ「たしかにそうだ.米国でもリーマンショックに代表されるように,金融市場の不安定性が経済全体に悪影響を及ぼすことは深刻に考えられているよ.今,僕が居るパリでも,欧州全体の危機感を背景に真剣なシステミックリスクの研究が進みつつある.」
私「そうそう.あるECの研究プロジェクトにも日本から僕のグループが参加する準備をしているよ.有益な成果を出して,よりよい経済社会の構築へとつなげていきたいものだ.で,この7月16日,17日は基研で『経済物理学2011 The Hitchhiker's Guide to Economy』を開くよ.講演は締め切ったけど,会場には余裕があるから当日参加でもいいよ,ぜひ来てくれないかな?」
ロ「おお,君も Douglas Adams の愛読者か!(笑)それはよいタイトルだ,ぜひ行かせてもらうよ.」

私「おお,もうこんな時間だ.このレストランも宇宙の終りにあるにしては,閉まるのが早い.今度は,我家に夕食に来ないか?君達は今はベジタリアンだそうだが,僕のガールフレンドの Trillian がきっちり,君達用の野菜食を準備するから.」
ロ「それは嬉しいな.じゃあそのときに,息子のZaphodとArthorも連れて行くよ.」
私「ああ,...」

レストランが閉まりつつあるのか,とても暑い.宇宙の終りはこんなものか,はやく21世紀頃の適当な時間枠に戻らなければ,いや待てよ,いつから私は時間旅行するようになったのだろう?天体核のTN先生でさえ,最近は時間を越えるのは止めたそうなのに...
変な話だ,真面目に経済物理学の話をしていたのに,すっかりDouglas Adams の世界...
ロジーって,そもそも誰? ロジー,ロージ,ジーロ,.....ジロー!猫!
そしてコンロッドは...うーーん,ロッドコン? ...ドコロン?
うーーーん,...おお,ドロンコ!猫!(愕然)

ふと気付くと節電のため,冷房のついていない30度を越える寝室で,私は汗まみれで横たわっているではないか!そしてそれを猫のドロンコが枕元で見下ろしている.
ベッドサイドには亡きジロー猫の写真が飾ってある.はてさて,私はまだ猫達とだけ会話しているのか......

[続く]