世界征服計画 その9
詳細- 詳細
- 2011年3月07日(月曜)07:05に公開
- 作者: 森法外
9. 哲人政治から鉄人政治へ
「古代ギリシャの哲学者にプラトンという人物がいる。ソクラテスの弟子で、アリストテレスの先生だ。プラトンは西欧哲学の源流であり、西欧哲学とはプラトンへの膨大な注釈だとまでいわれるほどの哲学者だ。プラトンは著書『ポリティア(国家)』の中で哲人政治という概念を提唱している。ちなみにプラトンの最高の生徒がアリストテレスだ。プラトンとアリストテレスはよい師弟関係だ。ところでプラトンの本は主としてソクラテスが語り手となった対話編だ」
「あなたが語り、私が聞いているようなものですね。あなたはソクラテスですね。ところで哲人政治とは何ですか」
「政治は哲学者、つまり賢者がやらなければダメだという主張だ」
「現在の日本の哲学者や歴史上の哲学者を見ても、彼らが政治をやればメチャメチャになりそうな気がしますがね」
「これはあくまでプラトンの理想論と見るべきだろう。プラトンは国家を構成する3つの階層を想定している。支配者、軍人、それに庶民だ。プラトンによれば、庶民は自分の仕事に専念すべきだという。例えば農夫なら農業、大工なら家を建てることなどだ。庶民が自分の仕事に専念している限り、賢者だといえる。しかし庶民が他人の仕事に手や口を出したり、ましてや政治に口を出したりすると、とんでもないことになる。庶民は欲望に突き動かされる愚民だというわけだ」
「ずいぶんな言いようですね」
「プラトンがそう考えたのには理由がある。プラトンの師匠のソクラテスが、自説をあちこちで説いて回り、いわゆる賢者や政治家を批判したことに不快感を感じた連中が、ソクラテスをあらぬ罪で告発して、そして民主主義国家であったアテネで、ソクラテスは民主的な手続きに従って死刑になったのだ。」
「ほお、その話は現在の日本も似ていますね」
「当時のアテネでは、将軍などの専門職は別として、政府の要職も市民の中からくじで選ばれていたのだ。直接民主制であり、完全に理想的な民主制だ。だから不適切な人物でも政治にあずかることになるのだ。つまり愚民だ。プラトンは、こういった愚民に権力をゆだねると、ひどいことになるということで、民主主義を毛嫌いしていたのだ。しかし不正義な専制君主による支配は最低であるとも述べている」
「愚民ねえ。よくわかりますよ」
「もっとも弟子のアリストテレスは民主制を支持している。アリストテレスは、庶民も含めて人間は全て、理性的存在だと考えている」
「人間がすべて理性的存在ですって!とんでもありません」
「確かに、人間は不合理の固まりだ」
「ところでアテネは小さいから直接民主制も機能したのでしょうが、現代の国家は大きすぎて直接民主制は不可能です」
「近代国家では、もはや直接民主制は機能しない。だから代表民主制にせざるを得ない。そこでは選挙で選ばれた議員という名の政治家が政治を行う。しかし政治家は皆、なりたくてなっている。ボランティアは、報酬はゼロだが、政治家には多大な報酬があるし、地位も名誉も権力もある。プラトンの言う哲人政治家は政治などしたくないし、報酬もないし、家族すらないのだが、現在の政治家は、皆なりたくてなっているのだ」
「だからといって、プラトンの言う哲人政治が機能するとは思えません。そもそも、プラトンの言うような理想的な哲人などいるはずもありません」
「そのとおりだ」
「あっさり言いますね」
「そうだ、そこで私が主張するのは哲人政治ではなく、鉄人政治なのだ」
「鉄人!!あの鉄人28号の鉄人ですか!!!!」
「そうだ。もっとも鉄人政治というのは言葉の綾だが、要点はコンピュータ、人工知能による政治だ」
「でも、あなたは人工知能の暴走が問題だと、あれほどおっしゃったではないですか」
「そうだ。だから人工知能に支配を任せるのではなく、人間と人工知能が共生して、人間の知能を人工知能が補強して、人間の考えの基に、人工知能に、政策の最適解を見いださせるのだ」
「最適解、まるで数学の問題ですね」
「そのとおりだ。政治とは数学だ」
「それは聞いたこともない説ですね」
「君、政治の目的は何かね?」
「人々を幸せにすることです」
「その通りだ。しかし、それだけでは完全な解答ではない。まず人々とは誰か?これをきちんと定義しないと意味がない」
「人々とは、もちろん一般国民、庶民、人民、英語で言えばピープルです」
「ふむ、それは現代の民主主義国家の場合だ。しかし王政の場合では国王とその家族、あるいは貴族達を幸せにするのが、政治の目的だ。現在でも中東諸国を中心にこの手の国家はたくさんある。共産国家なら、共産党の指導者、共産党員、官僚、軍人、彼らを幸せにするのが政治の目標だ。庶民や人民の幸せなどどうでもいい。彼らが暴動を起こさない程度に、幸せのお裾分けをするだけでよいのだ。中国、北朝鮮はこのカテゴリーだ」
「私の念頭にあるのは、日本を含む民主主義国家です」
「その民主主義国家に限ったとしても、次の問題は幸せとは何かという問題だ」
「例えば、北朝鮮の金日成は政治の目標として、白米を食べて、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住むことを上げました。北朝鮮の問題は、指導者がそういいながら、実際はその恩恵に浴しているのは、人民ではなく指導層だけだという点にあります。それはともかく、この目標は例としては明快ですね。要するに物質的に豊かな生活をすることが幸せであると定義しています。もっとも現代の日本人で、それが政治の目標だという人はいないでしょう。日本がその目標を十分にクリアーしているからです」
「その幸せの定義は明快だ。それを数値指標でいうなら、国民の平均所得を上げると言うことになるだろう。さらに国民の健康の促進、平均寿命の延長なども目標になるだろう。これなどはきちんとした数値で測定できるので、政治の明快な目標になるように見える」
「見える?実に明快な定義ではありませんか」
「いや、実はそれだけではまだ、問題は完全には定式化されていない。例えば国民の平均所得と言っても、アメリカのように一部の大金持ちが極端に金を持っていて、そのため平均値を上げている場合と、アメリカに比べれば平等な日本の平均所得とでは意味が違う。だから所得の分散を小さくするという制限条件の下に、人々の平均所得を最大にするというのが、公正な政治目標になる。標語的に言うなら、『最大多数の最大幸福』とか『最小不幸の社会』だ。政治の目的はある目的関数を、ある制限条件の下に、最大ないしは最小にすることだ。問題は目的関数をどう定義するか、制限条件をどうつけるか、ここは政策の問題で、人間が関与すべきだ。一度それが定義されれば、後は最適化問題であり、数学の問題に過ぎない」
「お言葉ですが、『最小不幸の社会』という言葉は評判が悪いようですが」
「それはその言葉を使った人物に対する批判と、言葉自体への批判をごっちゃにしているのだ。言葉自体は正しい。もっとも、不幸とは何かという定義をきちんとしないと、単なる言葉遊びに終わるだけという問題はある」
「しかし、幸福を一人あたり所得で測定できますかね?日本人はこのような客観的な指標では幸福であるはずなのに、幸福度は先進国の中では低いそうです」
「目的関数として幸福度を使うとしても、それが国家の予算項目の関数として定義されない限り、どうしようもない。また幸福度が職場や家庭の人間関係で決まるとしたら、それは政治の立ち入る場所ではない」
「それで政治家はなにをどうするのです」
「政治の大きな仕事として、予算の作成と法律の制定がある。ここでは予算について限定して考えよう。話を簡単にするために、目的関数はGDPだとしよう。人口は一定として、ある予算の範囲内でGDPを最大にするには、どのように予算を組めばよいかという問題を設定する。予算項目が100あれば100次元空間の中に、1万あれば1万次元空間内のGDP分布が計算できる。ただし予算一定という制約条件があるから、超曲面になるだろう。その超曲面上でGDPが最大になる点を探せばよいわけだ」
「共産主義で言うところの、資源配分の最適化問題ですね」
「共産主義でも資本主義でも資源配分の最適化は必要だ。共産主義はそれを官僚という人間がやろうとして失敗した。共産主義の失敗は、こんな複雑な問題を人間が解けると過信したことにある。結果として最大化したのは、共産党員の幸福だ。資本主義では市場を通じて資源最適化ができると信じている。しかし結果として、金持ちの幸福を最大化したに過ぎない。最大多数の最大幸福を実現するには、制約条件を課す必要がある。それが政治の役割だ」
「それで、可能ですか」
「不可能だ」
「そんな!!!どうしてです?単に資源の最適化問題に過ぎないなら、コンピュータが発達したら可能になるのではないですか」
「現実世界というものは、だれかの幸福を最大化しているのだ。これを数学では局所最大という。全体の最大ではないのだ。そのだれかというのが、支配層であり、既得権益者なのだ。全体の幸福を最大にするために、既得権益者の幸福を少し減らそうと思うと、猛烈な反発に出会う。つまり最大多数の最大幸福を狙うことは一種の革命であり、それは既得権益者からは受け入れられない」
「それでは革命を起こせと言うのですか?」
「いや、そんなことはいわない。二つ方法がある。一つは、君が我々と共に作ろうとするシミュレーション世界の設計をうまく考えて、そこでの幸福を最大化する。その世界に入る人間の幸福を最大にして、残りの人間は無視するという立場だ」
「そんなあ!」
「もうひとつは、この現実社会に干渉して、革命ではないが、漸進的に改善していく道だ」
「そっちにしましょう」
「下手をすると戦争になるぞ。この世の既得権益層、もっと具体的に言えば日米の支配層が君の命を狙うぞ。CIAがゴルゴ13を雇うぞ。その覚悟はあるのかね?」
「そんなあ!」
「ははは、安心したまえ。そんなことはさせん」
「宇宙人に保証されたら安心です。あなたがたは万能なのですから」
「さて私は君に我々の目的と計画を話した。まとめると、我々は1万年前に地球にやってきた宇宙人だ。宇宙人といっても、肉体を持つ生物ではなく、コンピュータの中にシミュレーション現実を作って、そこに存在する純粋精神体だ。そのコンピュータは衛星や小惑星群にある。我々はこれまで人類には干渉せずに見守ってきた。しかし人類の進歩、とくにコンピュータの進歩が急速で、これから40年程度で技術的特異点に至る可能性がある。そのときに意識を持った人工知能が現れ、それをアメリカが開発した場合、暴力的なものになる恐れがある。そして我々と人類に敵対する可能性がある。それを未然に防ぐためという理由が一つ、もう一つは我々が倫理的・宗教的な目的から人類を正しい超人類に導く使命があるという考えがある。そこで我々は君を選んだ。君が承諾すれば、君を指導して我々と同様なシミュレーション現実世界を作る。その世界は可能な限り天国に近い楽園だ。そうして徐々に人類を生身の肉体から、純粋精神体に変えていくのだ。これを人類補完計画と呼ぶ。その計画を実現させるために、世界の既得権益層からの妨害を押さえなくてはならない。我々を妨害する勢力は使徒なのだ。そのためには、今までとは違って我々が人類の行動に介入する必要がある。これを私は人類の支配と征服と呼ぶ。しかし軍事的に人類を支配するのではなく、可能な限り実力行使は押さえて、情報的にそれをおこなうのだ。これが我々の計画だ。さあどうする」