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世界征服計画 その10

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10. 世界一極委員会と猫の爪

「そうだ。選択の問題だ。この部屋には二つの出口がある。君から見て右手のドアから出れば、我々は契約しないことになる。その場合は、君はここであったこと、私の言ったことは全て忘れる。というより私が君の記憶を抹消する。左手のドアを出れば、契約は成立する。その場合は、新しい段階に突入する。その後の手順は、その後で説明する。さあ、選択したまえ」

アーキテクトはそういって、手にしたリモコンを操作すると、壁一面のタイルドディスプレーに世界の人々の姿が映し出された。彼らの運命は僕が握るのだ。ここにいたって僕には選択の余地はない。このような壮大な計画を話されて、降りるなどと言う選択はあり得ない。ネオと同様に左手のドアーから出るしかないのだ。

僕はゆっくりと左手のドアーに向かって歩いていった。ドアのノブに手をかけてドアを開くと、まぶしい光が目に入った。ついにやったのだ。ツァラトストラはかく語ったのだ。「新世界の始まりだ」

<ツァラトストラはかく語った>

明るさにようやくなれてから、隣の部屋に足を踏み入れた。そこはオリンポス山であった。そこにあるギリシャ神殿の内部に僕はいた。真ん中に円卓があり、西洋人とおぼしき男女が座っていた。一番手前の席は空いていて、その右隣にはアーキテクト、左隣にはビーナスが座っていた。アーキテクトは先ほどのスーツではなく、ギリシャ風のローブをまとっていた。語白主命も座っていたが、顔がすこし西洋人に見えた。アーキテクトが僕を手招きして、空いた席に座るように言った。僕が座るとアーキテクトは、僕に語り始めた。

<オリンポス山>

「世界一極委員会にようこそ。まず我々を紹介しよう。我々はギリシャ神話に出てくるオリンポスの12神だ。私はゼウス、君の左隣はご存じのビーナスだ。私の右隣から順に、私の妻のへラ、隣が娘のアテナ、息子のアポロン、マーズ(アレス)、ダイアナ(アルテミス)、セレス(デメテル)、バルカン(ヘファイストス)、マーキュリー(ヘルメス)、兄のポセイドン(ネプチューン」、ベスタだ」

僕は12人もの神々に一度に紹介されて、とても覚えきれなかった。このなかで女神はへラ、アテナ、ダイアナ、セレス、ベスタとビーナスの6人であった。いずれも劣らぬ美人揃いであった。残りは男性であった。マーズはひげもじゃで厳つい顔をして甲冑を着ているのでそれと知れた。マーズとビーナスの不倫関係は有名である。その間に生まれたのがキューピッドだ。

語白主命はポセイドンであるらしかった。

不細工な男神はバルカンだろう。ビーナスの夫なのだが、マーズに寝取られたのである。

若い男性はアポロンとマーキュリーであろう。アーキテクトであったゼウスが僕に説明を始めた。

「ここにいる12人と君をあわせて13人が、世界一極委員会のメンバーだ」

僕は好奇心に駆られてゼウスに聞いた。

「世界一極委員会とは何です?」

ゼウスが答えた。

「世界一極委員会(Unilateral Commission of the World)はこれからの世界を支配する最高議決機関だ。君たちの世界に、日米欧3極委員会というものがあった。3極とはアメリカ、ヨーロッパと日本だ。ここで世界の様々な問題を話し合ったのだ。現在世界支配を語り合う会議はビルダーバーグ会議だ。これはアメリカとヨーロッパのエスタブリシュメントたちの会合だ。しかしそれはおしゃべりの会合に過ぎない。我々の世界一極委員会は、単なるおしゃべりの場ではない。これから40年に渡って、我々の計画を練り、世界征服と支配を行う場なのだ」

えらく壮大な話に、僕は身震いを止めることができなかった。そんなたいそうな会議に出席させていただけるなんて。ゼウスがさらに話を続けた。

「見ての通り、我々は仮想の人格だ。君だけが現実の肉体を持った人間だ。仮想人格だけで世界支配を試みるのは困難だ。なぜなら人間社会との交渉は、現実の人間の方が適しているからだ。我々は今後、君を通じて現実世界と交渉する」

僕はあわてた。

「私だけでそんな大層なことはできません」

ゼウスは笑いながら言った。

「心配せんでもよい。君がそんな大層なことができそうにないことくらい分かっている。世界との交渉をするために、我々は君以外にも人間をリクルートする」

僕は少しがっかりした。なーんだ、選ばれたのは僕だけではなかったのか。ほかにも選ばれた連中がいたのか。ゼウスは僕の心中を見透かせて、解説した。

「世界一極委員会に参加するのは君だけだ。私は全体の統括役だ。ビーナスは君の秘書になる。まあ官房長官とか第一書記とでも思えばよい。ここでの正式名称は官房長官だ。閨房長官ではない」

ゼウスはビーナスをからかう、きわどい冗談を言った。結構おもしろい神だ。彼はさらに続けた。

「他の神々は、特定の問題を統括する。たとえばマーズが軍事であることは言うまでもない。ポセイドンには海洋国家「大和」の建設と管理を行ってもらう」

「大和ですって!?なんですそれは。宇宙戦艦大和でも作るつもりですか?」

「君は『沈黙の艦隊』を知らないのか?原子力潜水艦やまとの艦長が独立国家の宣言をする話だ。そしてアメリカ艦隊を撃破するのだ」

<アメリカ艦隊を撃破>

「それは漫画の話ですね?まさか、本当にアメリカとやり合う気ではないでしょうね?」

「もちろん相手が攻撃してこない限り、我々の方から手を出すことはない。その他の神々も、いろいろな大臣の役割を演じてもらう。マーズは防衛大臣、ポセイドンは海洋大臣だ。それらの神々の役割は、あとでゆっくりと解説する。神々は各省を統括する。その下には、やはりここには出席していない神々とともに、選ばれた現実の人間を配する。各省は基本的に独立で、その全体の統括はこの世界一極委員会がおこなう。これらの全体を秘密結社『猫の爪』と呼ぶことにする」

「猫の爪って何です?」

「もちろん猫の爪などというふざけた名前は、『悪の秘密結社鷹の爪』のパロディーだ。どちらも世界征服を狙うという点で一致するので、名前を借りたのだ」

<悪の秘密結社鷹の爪>

なるほど。ゼウスはやはりおもしろい神だ。彼もアニメの見過ぎかも知れない。

「鷹の爪の秘密基地は東京のアパートにあるが、猫の爪の秘密基地は仮想世界にあるオリンポス山だ。猫の爪を構成する人間は、お互いに顔を知らない。これは組織保全のための安全策だ。もちろんそんなことは起きないし、起こさせないが、その人間が組織の内情をばらそうとしても、他の省の人間の組織員を知らなければ、ばらしようがないからだ。あくまでも安全策だ。各省の下には、全て現実の人間でできた会社や組織がある。これを統括するのが、各省の人間組織員だ。神々はあくまでもコンサルタントの役割に徹する。君には、その組織の一つを統括してもらう。その話は後にしよう」

ほう、僕にも仕事があるのか。

「ともかく、このように組織は三重構造になっている。世界一極委員会とその下の各省をまとめて猫の爪とよぶ。ここまでは仮想組織だ。猫の爪の下に現実組織がある。そこが人間世界で現実の活動を行う。ここでもっとも重要なことは、世界一極委員会の存在の隠蔽だ。とくにそれが我々宇宙人で構成されていることは極秘だ。君のここでの役割も極秘だ。もちろん君は現実世界で一定のマイナーな役割を演じてもらうが、決して脚光を浴びてはいけない。ノーベル賞級の発見もできるが、ノーベル賞が当たらないように努力すべきだ。もっともこればかりはコントロールが難しいがね。どうだ君は不満かね?」

僕は答えた。

「いいえ、特に不満ではありません。私は悪の親玉、居酒屋のじじい論を採っていますから。座頭市という映画で、盗賊団の頭目が居酒屋の老使用人になり、子分がその使用人を使う居酒屋の親父になり、さらに子分が町のヤクザになりました。実際の支配の上下関係と、表面上のそれを逆転させて、頭目の秘密を守ろうという策です。結局座頭市に見破られましたがね。」 

ゼウスは笑いながら言った。

「それでも君にはそばやのじじいではなく、一定の権力と名声をやろう。ただしあまりめだたない役回りだ。君の役は関西科学技術文化財団の理事長だ。私はそこにたくさんの予算をつけてやろう。その予算を使って、君は真実を隠蔽するために、真実をねつ造する一大偽装作戦を行う。ただし事業は、科学技術担当大臣アテナと協議の上で決めてもらう」

なかなかいい話だと思った。これで昔年の夢が叶うかも知れない。アテナはとびきりの若い美人だから、密接な協議をしたいものだ。と少し色気を出したら、隣に座っていたビーナスが僕の尻をそっとつねった。わあ、心を読まれている。それになんと嫉妬深い女神なのだ、ビーナスは。秘書か書記の役割のはずなのに、もう女房気分を出している。ビーナスは僕にそっとささやいて、僕の現実世界には今後、護衛をつけると言った。護衛と言うよりは監視ではないのか。これでは先が思いやられる。ゼウスは続けた。

「この作戦でもっとも大切なことは、繰り返しになるが、秘密の保持、真実の隠蔽だ。特に背後に我々が居ることは極秘だ。我々の今後の作戦は外見上、あくまでも人間の自主的な行動に見えるように装わねばならない。そのためには真実の歪曲と偽装を行う。壮大な偽装作戦を展開するのだ。敵を偽装に引きつけ、それを信じさせる。我々の真の目的は、シミュレーション・ワールドの構築と、人類のバーチャル化計画だ。これが先に君に言った『人類補完計画』だ。これが我々の計画の目的だ。そのこと自体は知られてもかまわない。秘密なのは、それが我々の技術を元にして、我々の指導の下に進んでいるという事実だ」

人類補完計画などと、ゼウスもやはり「新世紀エヴァンゲリオン」の見過ぎではないか。そのたとえで言うなら、世界一極委員会はエヴァンゲリオンの秘密結社「ゼーレ」に相当する。そして猫の爪は「人類補完委員会」か「特務機関ネルフ」か。

ゼウスはつぎに計画の細部の説明に入った。

「人間世界ではなにをするにも金がいる。まずは金儲けをしなければならない。その指揮は商工大臣マーキュリーにとってもらう。スニッファーを使って、株式市場、先物市場で儲けるのだ。我々に対しては情報が筒抜けだから、簡単なことだ」

聞き慣れない名前なので僕は聞いた。

「スニッファーて何ですか?」

「監視カメラと思ってよい。我々は地球上のいろんな地点、また人類史上の重要な拠点にスニッファーを設置して、王や貴族、平民の動きや会話を記録したのだ。我々は君たちの歴史を君たちよりはるかに熟知しているのだよ。邪馬台国がどこにあるか、キリストがどんな人間か、みんな証拠写真を撮っているのだ。先に我々は1秒を10億秒にできると言った。その逆も可能なのだ。つまり1年を1日と見たりできる。自分の時間の歩みをおそくするのだ。そうすれば1万年の歴史を1年で経験することも可能だ。普通はそんなことはしないが、勇敢な歴史学者はそうする」

なるほど。これは浦島効果だ。この宇宙人は時間の流れをこのように自由に扱えるとは、恐るべき存在だ。

「ところでそのスニッファーは今でもあるのですか?」

アーキテクトは自慢げに答えた。

「現在の世界にも無数のスニッファーが設置されている。だから各国政府の発表が如何に嘘で固められているかは、我々は熟知しているのだ。先の情報コントロールの原則、つまり真実の隠蔽、歪曲、ねつ造が如何になされているかよく分かる。だから、この装置を利用すれば、君と我々が世界征服を行う強力な助けとなる。君と我々は、真実を隠蔽、歪曲、ねつ造して、世界を支配するのだ」

確かに。相手の情報をスニッファーで盗めば、大もうけは簡単だろう。 いかさまばくちをするようなものだ。

「しかしこんな虚業では大して儲けられない。しょせんゼロサムゲームだからだ。やはり実業に打って出なければならない。その最大のものはエネルギー産業だ。我々は使用を遙か昔に止めたのだが、核融合技術を再現しよう。これで事実上無限のエネルギーが確保できる。そのエネルギーで石油を合成するのだ。日本だけでも年間8兆円ほどの石油を輸入している。それを全て我々がまかなうと、年間8兆円の売り上げになる。世界の分も供給すれば、もうけはさらに大きくなる。その金を使って、世界征服事業を行うのだ」

年間8兆円のもうけ!日本の国家予算のうち一般会計が80兆円の規模だから、その1/10近い予算を使えるなんて!

「これで一番損をするのは産油国だ。アラブの王様に行っていた金が我々のものになるのだ。アラブでは革命が起きて、王侯貴族は放逐されるだろう。その前に彼らの金を吸い上げる作戦も実行する」

我々の活動で、人間社会に革命が起きるのだ! 

「厚生大臣アポロには医学に取り組んでもらう。再生医療を完成して、欧米やアラブの金持ち連中を若返らせたりして儲けるのだ。金持ち優遇という批判があるかも知れないが、しょせん40年間の話だ。その後は肉体は不要になるのだ。さらに現在、不治の病も治療可能にする。それで多くの人々の病気をなくす。もっとも治療費はいただくがね。保険外診療だ」

なるほど。でも僕もその若返りとやらの恩恵にあやかりたいものだ。

「君と科学技術大臣アテナには科学技術振興に取り組んでもらう。核融合技術は実は我々のものだ。再生医学もそうだ。これらをいかにも君たち人間が発明したかのように偽装しなければならない。そのためには、君たちに日本中と世界中から科学者を集めて一大研究所を作ってもらう。そのための予算に糸目はつけない。宇宙開発も我々が行う。他国にさせないためだ。海洋大臣ポセイドンには、巨大船の集まりである海洋国家『大和』を作ってもらう。それは既存国家の主権を逃れて、様々な規制なしに科学技術を発展させるためだ。防衛大臣マーズは大和と我々の組織を防衛する役だ」

マーズは剣を振りかざして「おう!」と応じた。乱暴な神だ。語白主命ことポセイドンはにんまりとうなずいた。この人、いや神は、なかなかの策略家のように見えた。

「今日、ただいまから作戦を開始する。全体会議はこれで解散する。後は個別の協議を別室でやってもらう。君はまだまだ知識不足だから、今晩から精神と時の部屋にこもって、30日間、つまり人間時間で言えば30年間勉強してもらう。それと平行して、君はアテナと協議して、君の作戦を実行する」

続く

   
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