2024年10月12日

「学術会議 イン 京都」の思い出(ブログ その151)

学術会議の今回の任命拒否問題では、何が起こったのかと思った。科学者というか、科学というものそのものに対する不信感があるのかとびっくりした。いろいろなところで、「学術会議?そんなのは知らないなあ」そう言っているのを聞く。

学術会議の行事を見ればわかるが、必要な時には学術会議で議論して、シンポジウムや討論会など、さまざまな取組みも行われている。
もちろん、もっと大切なのは、いろいろな学問分野の科学者が、科学の将来計画を議論し提言する仕事である。行政が、その通り実行予算をつけるかどうかは政治の問題だが、その前に、異分野の科学者が集まり、どの分野で何が起こっているかを知り、更に広い視野で何が今後重要かを議論する。

確かに、けんかに近いやり取りもある。誰だって自分の分野が大切だと思っているからこそ、頑張っているのだからそれもありである。
でもそれは学問上の見解の相違であって、別に仲が悪いわけではない。物理学会ではまだ明確になってない理論の対立はいつもある。一見けんかしているように見えても、仲が悪いわけではない。時には、意見が対立している相手と一番仲良しということもある。間違っていたら訂正した例はたくさんある。

全て自然界も人間社会も一定の客観的な法則に従っている以上、それに反した行いをすればしっぺ返しを食うだけなので、科学はいずれ勝負が決まる。だから、理論上異なった主張をしても恨みがあるわけではない。異分野を交えた議論のなかで、狭い視野を乗り越えて未来を見渡せる目が養われる。

学者の国会と言われる学術会議の一番大切な仕事はここにある。その為にはしっかり現状を知り、自然や社会のルールを見つけ出すための訓練が必要である。その訓練をしているのが科学者である。科学者は、自然や社会の法則を、自分のイデオロギーや希望をいったん横において、客観的に対象を分析する訓練をしているのだ。

こうしたなか、ご近所のお母さんから、「何が起こったのですか?」と心配した声がかかった。というのは、実はこのお母さんは、学術会議のことを、一昨年(2018年)12月20日に開かれた「学術会議in 京都」の集いに出席されたので、身近に感じていているお一人である。

この、学術会議を身近にという思いを込めて行われた取り組みを、ここで紹介しよう。

それは、昨年(2018年)の12月のことであった。このNPOあいんしゅたいんの事業に関心を寄せて下さり、事あるごとにご支援頂いている小山田耕二先生(学術会議員)から、ご相談があった。

「学術会議が東京だけでシンポジウムなどをやっているが、もっといろいろなところの方々と交流しようという山極会長のご提案で、まずは、京都から始めようということになった。」という事。

日本学術会議 in 京都 伝統文化と科学・学術の新たな出会い」がそれである。

「そこで、市民や子供たちとの交流の場をたくさん持っている、あいんしゅたいんで1つ分科会を持ってほしい」ということであった。いつも活動を見てくださっているからこそのお声掛けである。

実は、当あいんしゅたいんは小山田研究室との共同研究を組んでいたことがあって、いつも面白い科学者が訪問されるたびに、小山田先生が議論をするためご一緒に訪問されていた。
その中のお一人が、統計疫学の田中司朗先生であった。統計については基本からいろいろ教えてもらうこともできた。これはほんの1例である。

こうして広がったコミュニケーションの場は貴重な財産となり、小山田研究室の院生、高保健太さんや尾上洋介さんたちとご一緒に論文を書いたこともある[1]。喜んでお引き受けすることとなった。 

分科会1.京都市民にとっての科学・学術

やんわりしていて新しがり屋、好奇心の強い京都。ここに市民の力で作った初の医学校ができ、日本初のノーベル賞をとった湯川先生が初の共同利用研究所を作った、今年の物理ノーベル賞は、異分野の成果をつないで新しいものを作ったこと、知っていますか?こんな町で、子供たちが実験教室を大学生や大学院生に教えてもらい、子供を持ったお母さんたちが市民と仲良く科学について議論しおしゃべりの会をもっている。そんな経験を交換します。あなたも何かやってみたくないですか?イノベーションを起こしてみませんか?

この分科会では、パネリストの藤田晢也先生(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターシニアフェロー)が京都の医療の取り組みの歴史、佐藤文隆さん(京都大学名誉教授、NPO法人あいんしゅたいん名誉会長 坂東の同級生です!)が、大学を超えた共同研究所を立ち上げた湯川秀樹博士お話、鈴木和代さん(京大医学部附属病院先制医療・生活習慣病研究センター特定助教)が、日本で開かれた国際会議の世界の研究者と市民の交流会を企画した「福島から何を学ぶか」の経験談、草場哲さん(京大理物理専攻D3)が「2018 年ノーベル物理学賞の受賞対象となった「Chirped Pulse Amplification(チャープパルス増幅法)とは」というお話を、そして、中川寛司さん(京大理生物科学専攻M2)が親子理科実験教室を取り組んだお話、そしてその教室の受講生だった天羽悠月さん(神戸市立平野中学校2年:今は高校1年です!将来は素粒子論をやりたいそうです!)が、実験教室で学んだことを紹介した。
この中でも、特に、科学好きのまだ中学生の天羽悠月さんの報告は、とても聴衆の印象に残ったことを思い出す。

こうして、この京都の民家で市民と交流しているこのNPOが、ささやかながら場所を持っている意味がとても大切だということも伊奈さんわかったようだった。
でも、大きなイベントを企画するときはどうしても公共の会場が必要で、物理学会京都支部と連携した企画を行っているおかげで実験教室が開催できていることなど、結構苦労しながらネットワークを広げているという話も出た。
「とにかく、たまり場や場所があることが重要なんですね」などという話にもなった。そして、集まったお母さんたちをはじめたくさんの市民や科学普及活動に努力しておられる方々と経験を語り合い、「もっとこうした話し合いの広場があったら、いいのになあ」といってくださり、「そうですね。結局地域のたまり場がもっとないといけないのですね」といった声も出て、学術会議会員の先生方も一緒になって議論して、盛り上がった。こんな話し合いのなかで、一気に学術会議が身近な存在となったのである。

この時、予算が少ない中で、学術会議員の先生方が、自らマイク係になったり、案内係になったりと、走り回っておられる姿に、企画する側の大変さも身に染みたものだった。

<シンポジストと学術会議員片づけをした後に取った写真 学術会議員2名と共に>

少ない予算で、会場や旅費の負担も大変なこともわかった。たまに、会員が自発的に、各地方懇談会などを開くこともあるが、市民との交流の場というと、今までは東京での開催となるので、限られた方々が参加しているのが現状であった。少ない予算で、何とか科学と社会を繋ごうと頑張っておられる学術会議の皆様の様子を知っていただきたいと思って紹介した。
このあと、調べてみると、第2回は北海道で、また第3回「日本学術会議in 富山(2019)」に続けて、第4回も今年度開かれるはずだったに違いないが、こんな騒動になって、せっかくの企画も余裕がなくなっただろうと心を痛めている。

他にも、学術会議の最近の様子が、日本学術会議のホームページにある。特に、いろいろなうわさが流れているので、正しい情報をできるだけ公開するということで、ホームページを研究者だけでなく、市民の方もぜひご覧になって正しい情報を得ていただけるとうれしい。以下、これ等の情報を紹介する。

2020年10月29日、日本学術会議の活動と運営に関する記者会見を行いました。記者会見冒頭の梶田隆章会長の挨拶にありますように、国民のみなさまに学術会議の活動を正確にお伝えするために行ったものです。記者会見で配布いたしました資料とともに、ぜひご覧ください。

 *日本学術会議の活動と運営について(記者会見要旨)
 *第25期幹事会記者会見資料

また、加藤茂孝さんからは、以下のような情報もいただいた。

そのほか、コロナ対策についても、 新型コロナでは、学術会議も早くから動いていました。

「感染症に対する恒常的な対策機関の設置」を提言するものでした。念頭には米国のCDCがあり、CDCに3年滞在した経験を買われて検討会の参考委員として声を掛けられ、私も議論に参加しました。提言は2つ出され、会長の記者会見もありましたが、NHKが小さく取り上げた以外どこの記事にもなっていません。どう受け止められたのかどういう影響があったのか、全く分かりません。提言作成後の交渉や提言の実現には動いていないようです。
もっと、本気で動かないと提言文が残るだけになりそうです。実は、ほぼ同じ提言を2009年の新型インフルエンザでもしていました。今回参考委員になって私も初めて前回の提言の存在を知った次第です。これでは、影響力が無いのではないかと感じました。

 1)提言:感染症の予防と制御を目指した常置組織の創設について(7月3日)
 2)提言:感染症対策と社会変革に向けたICT 基盤強化とデジタル変革の推進(9月15日)

さらに、コロナ禍を乗り越えて未来を展望する議論もHPには出ている。


[1]尾上洋介, 高保健太,小波秀雄, 真鍋勇一郎, 小山田耕二, 坂東昌子「科学者への意識調査を通じた低線量放射線の生体影響に関する認知の可視化―福島第一原子力発電所事故を例に―」可視化情報学会誌, 37, Suppl.2(CD-ROM), ROMBUNNO.GS4‐26、2017/11