2024年10月12日

樟脳ボートあれこれ(ブログ その72)

来る10月30日は、親子理科実験教室『スイスイゆらゆら「NEW樟脳ボート」・・・樟脳の不思議』が開かれます。杉原和男先生が講師です。 


杉原先生の準備完了・・・・・

杉原先生から、写真とともに、「配布物品の追加準備を進め,今朝の3時に,ようやく,38人分ができました。隣で見ていた奥さん(元小学校教師)が,「過保護だ!と叫んでおりました。」というメールが届きました。

以前に,小学校3年生以上対象の講座をした時,かなり長時間かけても,なかなか完成しなかったことや、大学生対象でもたいして変わらなかったということで、どんなに大胆な工夫をして失敗をしても大丈夫な準備をしようと思ったそうです。
やっと出来上がった見事な細工に見入りました。

親子理科実験教室も、講師の先生方が1つ1つ、改善を重ねて磨きがかかっていくのだとつくづく感心しています。


今回の課題改善点

杉原先生は2つの課題を解決され、新たな意気込みで教室に臨まれます。杉原先生から次のようなお便りがありました。

せっかくの機会ですから,何らかの「改善」をしないと面白くありません。今回は,引っかかっていた2つの課題をほぼ克服し,とてもスッキリしました。

課題1「接着剤は何がよいか?」

ファイルホルダーはポリプロピレンであり,接着され難いのです。
今までは,安全性を考慮して無溶剤系の万能接着剤を用いていましたが,かなり高額な接着剤でプレゼントとはいかない共同利用でした。
そこで,溶剤使用の安価なプラスチック用接着剤の可能性を探りました。結果,臭気などの問題は軽微で,接着力も無溶剤系を上回るようです。
また,表面に微細なキズをつけるとよいこともわかり,その方法も検討しておりました。
ようやく,それらのメドがたち,スチールウールによる表面処理とダイソープラスチックボンドを用いることにしました。

課題2「樟脳薄板作りの押さえ板の工夫」

樟脳の破片を押さえ板で押さえ,ハンマーで叩くという方法を考えたのですが,その押さえ板の構造が意外と難しいのです。これも,かなりいろいろと再検討し,より,性能が向上する構造を見つけました。・用いる板は小さなものですから,ホームセンターで切断してくれるか不安でしたが(パネルソーで切るには少々コツがいる),若い担当者がやってくれました。「手慣れてますねえ。」というと,「私,この仕事が好きでねえ…」と,気持の良い答えが返ってきました。吉祥院のアヤハディオです。

子どもたちの顔その顔を思い描きながら、物づくりに興じておられる杉原先生の姿が見えるようですね。


日経新聞にみる東レ会長の前田勝之助さんと樟脳

ところで、日本経済新聞(朝刊)に「私の履歴書」というシリーズが出ていますが、今月は、東レ会長の「前田勝之助さん」だそうです。杉原先生は、東レ理科教育賞を授賞されたので、前田さんをご存じなのですが、その前田さんの大学で与えられた研究テーマが,なんと「樟脳を蒸留して純度を高める」というもので,その時のエピソードが掲載されました。
杉原先生によると次のような発見があったそうです。

私が,学生時代に樟脳化学工業と日本の関係を知ったのは,当時の日本の高分子科学の権威「井本稔さん」の著書「ナイロンの発見」の後半の付録「しょうのう物語」からです。東レは,日本で最初にナイロンを製造して戦後の化学産業をけん引した企業として有名です。(※ナイロンは,戦争で日本の絹の輸入が途絶えたためにデュポンのカローザスが開発した初の合成繊維です。)
前田さんの専門は有機合成で,ナイロンの合成にかかわったはずで,そのベースに樟脳の研究があったということです。もしかしたら,井本さんも同様のベースがあったのかもしれません。いずれにしても,井本さんがナイロンと樟脳を一冊の本にしたのは,特別な意図があってのことだと今になってようやく気づきました。各地にそびえるクスノキは,そんな日本の歴史を背負って,今は,静かに私たちを見下ろしているのです。


交通流理論と樟脳ボート

ところで、この9月に明治大学のGCOE Colloquium (No. 016) 第16回 現象数理談話会でお話させていただきましたが、ここで樟脳ボートとの出会いがありました。杉原先生にこのお話をしたら、杉原先生から
「交通流!?…そんな話のできる坂東さんにも驚きますが,そんな話をしてほしいと頼む方もなかなかの御仁なんでしょうね!? 樟脳ボートのシュミレーシン!?…これも謎で,興味しんしんです!」
というお返事を頂きました。そうでしょうね。

高速道路で、事故も発生していないのに、渋滞に巻き込まれた経験をお持ちの方は多いでしょう。私はもともと素粒子論が専門でしたので、交通流の話など「同じ名前のほかの人がやっているのだ」と思っていた人が多かったです。

そもそも、交通流を最初に考察したのは寺田寅彦です(寺田寅彦随筆集第五巻 「電車の混雑について」 1922年9月)。寺田寅彦は、社会現象も自然現象も共通の規則があることを見抜く本当の科学者の目を持っていました。この鋭い考察が、今では、数理科学のまな板にのせられ、科学の大きなテーマになっているのです。寺田寅彦の考察は、今、原子分子の世界から人間社会まで共通して理解する数理物理学という枠組みで研究され、沢山の人を虜にしているのです。実は、多数が集まる集団が引き起こす相転移現象という興味深い枠組みが、素粒子にも交通流にもみられるので、そこが気に入って、その突破口の1つを開いたことは楽しいことでした。明治大学にはこうしたテーマで先頭を走っておられる三村先生をはじめ、沢山の若い研究者が集まっています。

セミナーに高安美佐子秀樹さんも来てくださりお久しぶりのお会いできました。美佐子さんはブログ29でも紹介しました。秀樹さんはソニーコンピューターサイエンス研究所の所属だが、明治大学先端数理科学インスティチュートの客員教授でもあります。


樟脳ボートをめぐる論文の発見

講演の後の懇親会で「交通流理論を、樟脳ボートを使って実験し末松さん(明治大学 先端数理科学インツティチュートの講師)にお会いしました。「樟脳」という単語に反応して、私は早速「論文の別刷りないですか」といって頂きました。(別刷りというのは雑誌の中から自分の書いた箇所をまとめたパンフレットのような冊子を言います)。それは、アメリカ物理学会の雑誌(Physical Review E81 056210(2010))でした。樟脳ボートを使って交通流と似たふるまいを調べたのだそうです。
ずらっと樟脳ボートをたくさん列にして走らせて、その様子を観測している様子を思い浮かべると、なんだか愉快になります。ポリエステルを切って作った樟脳ボートを円形の水を張った表面に浮かべます。そして、だんだんたくさん詰め込んでいくと、混んできて渋滞が発生します。そのパターンが実に面白いのです。

せっかく今度は樟脳ボートを作るのだから、一度、樟脳ボートをたくさん集めて交通流のシミュレーションをやってみたいなあ、と思っているところです。ちなみに、この論文で使った樟脳ボートは円形のものですから、杉原先生の樟脳ボートの方が船の形をしており、性能もそれなりにいいのでは・・・とひそかに期待しています。何かわくわくしますねえ・・・。

exciteニュースにも案内が掲載されていていてびっくりしました。次の親子理科実験教室とても楽しみです。