2024年10月05日

第48回:「技術革新と研究手法の変化:多項目ビーズアレイとの格闘」by 宇野

1,サイトカインハンティングの歴史から

2003年秋、日本インターフェロン・サイトカイン学会のNewsletter編集長となった私は、目玉企画を考えていた。この号には川出から―インターフェロン(IFN)の歴史から学ぶ:長野・小島の「ウイルス抑制因子」はIFNか―という非常に挑戦的な原稿がよせられた。その後これに対する小島、他の反論が寄せられ、議論が盛り上がって行く。また、今だったら語れる、記録に残しておきたいと多くの方が書いてくださり、編集委員会では「サイトカインハンティング:先頭を駆け抜けた日本人研究者達」の企画を、展開していく事となる。

 この企画を進めていて、思ったことは、サイトカインハンティング:先頭を駆け抜けた日本人研究者達は間違いなく「日本のバイオの今」を作った人達だということである。この企画は、つい先日2010年Newsletterの春号をもって、一つの区切りとなる。これらの原稿は今年6月末に、京大出版会から出版予定である。この顛末記はいずれ、書きたいと思っている。

ただ、これをまとめる過程で、研究手法の発展が、大きく変わっていったのをつくづくと感じた。1980年代までは時には何トンという培養上清を集めて、精製し、そこから微量の活性蛋白を分離、どのフラクションに目的の物質があるか各フラクションの活性を測定して、目的とするサイトカインの存在を明らかにしていた。

その後、最初にインターフェロンの存在が示唆されて25年後、1979年にIFN-β、1980年にIFN-αの後遺伝子が単離された。IFNの塩基配列が明らかになり、遺伝子組み換えインターフェロンが可能となるまで25年以上の月日がかかっている。この後、サイトカインは1983年にはIL-2(谷口、羽室)、1986年IL-4(本庶),IL-5(本庶、高津),IL-6(平野、谷口、岸本) IL-3,IL-3R,GM-CSF(DNAX研究所、新井他)と次々とクローニングがなされる。この頃の学会では、ものを取ってから(クローニングが出来て、分子配列を明らかにしてから)言え!などと、いうきつい質問も飛び交ったと聞く。私自身もある高名な分子生物学者から、そんなに汚い(純度0.1%)IFNを使っての実験ではなにも言えませんよ、もうすぐ純度99.9%の遺伝子組み換えIFNが出来るので、それで実験すべきですよ!と言われたことがある。(1985年頃の事である。)

1990年代になるとサイトカインハンティングの様相はさらに大きく変わる。シグナル配列トラップ法という、様々な蛋白質をコードする遺伝子群(cDNAライブラリー)から、分泌蛋白質および膜蛋白質に共通して存在する特定のアミノ酸配列(シグナルシークエンス)を有する分泌蛋白質および膜蛋白質を選択的に同定する方法が開発される。要するに細胞が分泌するようなタンパク質は特定の遺伝子配列を共通して持っているはずであるとの認識で、その共通の遺伝子配列をもつ遺伝子を、網羅的に選び出してクローニングしたら、その中には細胞間のコミュニケーションに働く候補タンパク質も含まれているはずだとの発想である。この方法は、特に細胞の移動や呼び寄せに関係する、ケモカインの発見に大きな力を発揮した。

さらに1995年になると,データベースからホモロジー検索により新規ケモカインの存在が明らかにされるようになる。これ以後,存在が示唆,遺伝子の単離,機能解明と,今までとはまったく逆のコースを辿るようになっている。

今後の方向性は?明らかに旧い研究者である私には?である。

こうしてサイトカインハンティングの歴史を辿ってみると,サイトカインハンティングの歴史はバイオの発展の歴史でもある.サイトカインハンティングを通じて,色々なバイオ技術が発展してきたと言ってもよいだろう。その先頭を駆け抜けた研究者達は,また,バイオの今の繁栄を導いた研究者達でもあったというのは疑いがない。 

2,新しい機械との格闘

ところで、今私は多項目ビーズアレイを用いた仕事にはまっている。これは、旧い研究者である、私が今までの経験の上に扱える、最新の方法ともいえなくもない。

つまり今まで1項目づつしか測定の出来なかった血液中や培養液中のサイトカインが一度に何十項目も測定可能となったのである。例えば、今私が専ら使っているBio-rad社のBio-plexの27項目アレイで言えば、27項目のサイトカインの測定には、従来の方法なら3ccの血液が必要とされ、27回の測定を繰り返す必要があり、その測定には少なくとも27回 x 5時間がかかったのであるが、多項目ビーズアレイを用いれば、25μlの血液で、5時間程度で測定可能である。材料費は60万程度で一見高いが従来法ではもっとかかるから、安くなったともいえる。技術としては、これまで1枚のシャーレの表面に一つのサイトカインに対する抗体(1次抗体)が結合していて、そこに測りたいサンプルを入れると、もしそのサイトカインがサンプル中に含まれていれば1次抗体によりトラップされ、次に2次抗体を入れて、最後に発色させると発色量により含まれるサイトカイン量がわかるということになる。ところが多項目ビーズアレイは、1個1個のビーズに特異抗体がついていて、27plexということになれば、27種類のビーズが入っていて、27項目一度に測れることになる。どうやって27種を見分けるかというと、フローサイトメトリーと言う方法の応用である。つまり、27種類のビーズの位置が決まっていて、第1のレーザー光で、ビーズの位置を特定し、第2のレーザー光の強さで量が蛋白量と相関するというわけである。この方法は私どもの機械では100種類のビーズ一度に測れるということである。近い将来は1000種類の項目が1度に測れることになるという機種も出るらしい。 

この方法を導入することにより、私自身の研究スタイルは大きく変わった。これまでは、特定の病気と関連が予想されるサイトカイン・ケモカインを考え順次測定していた。まあ、せいぜい測定して1つの病気で10項目というところであった。ところがこの方法では、ともかく測ってみてそれから、各サイトカインとの関連性を考えるということになる。また、何百という検体を一日に測ることも可能である。時には、今日一日で200万からの研究費をつかっているのだということになる。この機械の導入により、考えている時間と、測定の準備にかける時間の方が長くなった。時には今まで関連が予想していなかったものも、ひっかかってくることもある。

つまり、今までは関連性を考えてから、実験する(測定する)という手法が、ともかく網羅的に測ってから考えるというように、対象とするグループがしっかりしていれば、かならず結果はでると思えるようになった。

もっとも、この方法に確信がもてるようになるまで、多少の紆余曲折はあった。本当にでた結果を信用していいのか、ものによっては以前に測定した結果と一致しないということで、悩んだりもした。特に患者の検体となれば、メーカーも十分な情報をもたない。これも各ステップでビーズを洗浄する洗浄機の導入により、かなり改善した。メーカーは標準品というような、純品を用いて、測定系を確立している。しかしながら、私が相手とするのは、ここのヒトの(患者)のサンプルである。血液の蛋白濃度もPHも微妙にちがう。この微妙な条件を超えて、安定した結果が得られるには、更なる技術が必要なことも多い。

新しい技術の進歩と研究の進展のコラボが、形をなすまでに、やはり一定の時間がかかる。そんなところで、ただ機械的にメーカーの言うままに測定し、出た結果を鵜呑みにするのでない、旧いタイプの研究者の役割が少しはあるのかなと思っている。

横に50項目、縦に150人分のEXCELの表をみて、ため息をついている日々である。でもデータの解析を通じて、私の統計学的解析手法は、頼りになる師にも巡りあい、少しは進歩したようである。