2024年10月13日

「あいんしゅたいん」でがんばろう 42

いよいよ日食

5月21日朝、久しぶりに日本で皆既日食が見られる。昨今、科学教育の業界はこれの盛り上げで必死である。日本中どこでも皆既が見られる訳ではないが、西日本は条件がよく、関西は南部の方がよく、東日本での皆既は海上になってしまう。日本領土での皆既日食は、私が小学生の頃にあった、礼文島日食以来という。敗戦後まだ3年弱の1948年5月9日で、東北では比較的大きく欠けたのか、学校でお祭り気分だったのをよく記憶している。まだ占領時代で、専門家の観測は米国主導でなされたという。米国から見れば占領地だから、それが国際的な学術的責務と考えたのであろう。そんな、時代もあったのである。

最近、三大自然病というのがあるらしい。日食病、オーロラ病、南極病である。医療の病気ではなく「やみつき」になるという意味だが、南極ツアーは先進国の余裕のある層に急拡大だという。もちろん、世界一の金持ち国といわれる、日本もお得意様だ。南極病は相当に金がないと出来ないが、オーロラツアーは旅行会社のパンフレットなどを見るともっと手軽で、円高の安値感もある。こちらは太陽活動のサイクルと絡む自然ビジネスだが、まだ数年間は、オーロラの頻度が高い。私は宇宙天気予報のメール通報に登録してあるので、最近、よく太陽が荒れている様子が分かる。こうした特殊な場所に行くツアーと違って、日食は万人のものに見えるが、日本では滅多にないので世界各地に出かけていくツアーが組まれて来ている。そういうのに参加する熱心な層が日食病だが、日本の経済規模は2,3千人だという。これら自然病はツアー参加だけでなく、最近の映像機器の進歩に合わせたホビーとも結びつくので経済効果には寄与する。

日食ブームの記事を見ていると毎回マンネリが多い。ここまで関心を盛り上げるならこの機会に少し数字で計算できるテーマがないものかと考えて書いた文章を以下に付けておく。これは和歌山県紀美野町の「みさと天文台」のMpcという月間広報誌への連載に書いたものの簡略版である。

 

第一話:木漏れ日

日食の短い時間の間におこる現象の一つに「木漏れ日の変形」がある。木漏れ日自体はもちろん太陽の日差しのきつい日などに常時見られる。繁茂している樹木の影のなかにみられる明るいスポットのことである。日食の際に、この木漏れ日と呼ばれている明るいスポットの形が刻々と変形するのである。

光が漏れる穴の形はまちまちで風で始終変動するはずなのに形が変わらない。これは一見奇妙である。じつは、この円は穴の形ではなく、太陽の姿なのである。太陽像がピンホールカメラの原理で地面に結像しているのである。だから、日食で太陽が円形でなくなると木漏れ日の形も変形する。またこの像はレンスで出来る像のように上下左右が逆転した像である。したがって、部分日食で左が欠けておれば、像では右側が欠けている。時間変化も、太陽が右から欠けていけば、像は左から欠けていく。

この木漏れ日はピンホールカメラと同じ原理で結像するものである。ここではピンホールの大きさと太陽の大きさの関係を少し算数を使って考えてみる。 まず地球から見た太陽像の大きさ、すなわち太陽を見込む角度の大きさで押さえておこう。これは視角と呼ばれるが、大体32分である。普通、角度の単位は度であるが、60分で1度だから、32/60=0.533・・度となる。ところで、科学計算では角度は度でもなく、ラジアンという単位で表す。この単位では円周率のπ(パイ、3.14・・)が180度である。この角度単位の変換をすると視角は約1/108ラジアン=0.0092ぐらいの小さな角度である。ここで高校数学で習うサイン・コサインの三角関数をおもい起こすと30度のサインは0.5、30度をラジアンで表すと0.52ぐらいで、ほぼ同じになっている。実は角度が小さくなるとサインの値は角度をラジアンで表した数値とほぼ等しくなる。

太陽の大きさのように視角が小さい時には、その直径は、視角をラジアンで表すと、

[太陽の直径]=[太陽の視角θ]x[太陽までの距離]

と計算できる。実際に、天文学では[太陽までの距離](1天文単位という)から  [太陽の直径]が計算されている。[太陽までの距離]は地球の軌道から決められる。公転速度を光行差から求め、その速度で1年走った距離として軌道の円周長さが決まり、それからこの円周の半径として[太陽までの距離]が決まる。光行差とは運動していると光を受け取る方向が前方に傾くという効果である。音の速度は0.3kmぐらいだから、公転運動の速度30km/sは相当な高速である。傾く角度は[公転速度]/[光速]=0.0001ラジアンである。

欠けたのがくっきりと認識できるかというのは、デジカメでなじみの画像の画質の問題である。ピンホールの穴を通過して太陽像が出来るとすると、スクリーンまでの距離をR、像の大きさをsとして

s/R= [太陽の直径]/[太陽までの距離]= [太陽の視角θ]=1/108

という関係が成り立つ。だから、例えばRを3mとすれば、sは約2.8cmとなる。これは像全体の大きさで、この像の鮮明度の条件はデジカメの画素数の感覚が役に立つ。例えば1万画素程度なら1辺が100分割であるから、このは穴の大きさaはs/100=0.28 mm程度に小さい方がいいとなる。しかし小さ過ぎると回折でボケる。これを考慮すると穴の大きさは[波長(500nm)]x[3m]の平方根1.1mmが適当となり、千画素ぐらいの画質だとなる。

 

第二話:日食の継続時間

今回の日食、関西南部では、6時16分にかけ始めて、8時53分にもとの姿に戻るという。約2時間37分である。ちなみに、この時間は那覇では2時間24分、札幌では2時間44分、である。約20分もの差があり、緯度の高いほど時間が長い様である。開始時間は南から北に向って遅くなる。

日食とは太陽と地球を結ぶ線上に月がくることである。太陽を固定して見る視点に立てば、方角的に見て、動きの激しいのは月である。太陽も地球を止めて月を動かすと、月一回の頻度で重なり、地球の何処かで月一回日食があるとなる。しかし実際は、月の軌道(白道)は地球の軌道(黄道)に対して5度9分傾いている。立体的に考えて、両軌道が交叉するチャンスに線上に並ばねば日食にはならない。

重なっても点では食は起こらない。地上から見た太陽と月の視直径(角度表した直径)がほぼ等しく約30分である。太陽は一定だが、月の視直径は、距離の変化で、11%程変動する。これで金環日食かどうかなどの差が生ずる。また、地球は月より7.4倍も大きいので、地球のどの地点から見るかでも角度に幅ができる。これが本影や、半影の差を作る。

大きさのある像の同士の重なりという視点で日食を見ると、接触しただけの様な食も含めると、黄道と白道の交叉点の前後約15度、合計約30度、即ち大体一カ月の間(365日x(30度/360度))には月は必ず交叉点を通過するから、日食は、毎年一回、地上の何処かで見られると言える。

「線上に並ぶ  」とは月の影が地上を動くことである。太陽の距離は月の距離の340倍も遠いので光線は殆ど平行で、月の影の大きさはちょうど月の大きさ、1730km、そのものである。この地上に出来た影のスポットを最近は国際宇宙ステーションから撮影出来ている。地球の直径は12700km以上あるから、地上の一部分に落ちた影スポットである。それが「動く」というのは、地球の自転で、その影の中に次々といろんな地域が入っては出て行くのである。決して、太陽や月の動きで移動するのではない。

すなわち、月の端から端までを地球自転の速度で駆け抜ける所要時間が日食が起こっている時間なのである。距離は判っているから、必要なのは自転速度である。これは案外簡単に出せる。メートル法で1mを赤道から極までの距離の一千万分の一とした歴史を思い出せばいい。だから、地球一周は40000kmである。赤道での自転速度はこの長さを24時間で割ったものだ。しかし、緯度がθの所では一周する長さは赤道のcosθ倍である。だから、ラップタイムは

(1730km/(40000kmxcosθ))x24 時間=1.038時間/cosθ

となる。ここで関西での緯度として35度をとれば、1.267時間となる。さらにこの大きさの影のスポットは本影の部分であり、部分接触での食の時間も含めると、この長さの二倍になる。この意味での日食の時は2.53=2時間32分となる。

しかし、ここまで合ったの偶然の一致だ。時間の推定をもっと難しくしているのは、地軸の傾きである。皆既日食の時間帯が、今回、日本周辺では、北から南に上がるのは、春分の日以後で、朝方であることが、理由である。太陽系的には同じでも、地上に落ちる影の位置は23.4度という地軸の傾き(黄道面に垂直な方向からの傾きの角度)の故に等緯度にならないから、込みいったことになっている。また、那覇も、札幌も、今回は部分日食だけであり、いわば接触範囲が小さいから、緯度の効果以外に、日食継続時間の計算には、この補正がいる。だから、単純に上の公式は使えない。