科学者の信頼を取り戻そう!~ ワイズ博士との出会い(ブログ その121)
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2015年5月25日(月曜)18:34に公開
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作者: 坂東昌子
今、私たちは、「Wolfgang Weiss 博士 講演会」を開く準備で忙しくしています。
ど き:5月28日午後3時~5時
ところ:京都大学北部総合教育棟 益川ホール
今問題になっている低線量放射線のリスクを科学者が協力して研究するためネットワークをつくろうと、この講演会を皮切りに、活動を始めるつもりをしています。ですのが、この講演会には、単に専門の研究者のみならず、テーマに関心を持つ市民も専門外の科学者にも、ぜひ集まっていただきたいと願っています。
ヨーロッパでは、低線量放射線の影響についてのさまざまな評価をより明確にし、「リスクを高く見積もっても低く見積もっても社会に与える影響はマイナス」という認識の下、Multidisciplinary European Low Does Initiative (MELODI) というのが立ち上がって検討されています。日本でもこうしたプロジェクトを国の大プロジェクトとして立ち上がるべきだという思いがあります。このような認識の下で、今回、ヨーロッパの様子をワイズ博士に紹介してもらうことになりました。
詳しくは、http://jein.jp/jmelodi/symposium.html
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yipqs.project/entry_test.php?id=292
http://www.yukawa.kyoto-u.ac.jp/contents/seminar/detail.php?SNUM=51911
をご覧になって申込をしてください。
これは、「低線量放射線の影響を科学的に検討するプロジェクトにむけて(JMERODIプロジェクト)」という大きな目標へ向かっての出発点にしたいと考えています。このプロジェクトは、社会的な要請に応える科学者の責務という大切な意味があります。しかし、それに加えて、未開拓のテーマへの物理学からの挑戦という科学としての面白さもなければ、科学者の情熱や盛り上がりを期待できないでしょう。そんなわけで、まずは、これらのいきさつをご紹介いたします。また、この分野に挑戦する若い人が出てくることを希望して、先輩からのメッセージも、担当のページに掲載しますのでみて下さいね。
皆さんにもぜひご協力をお願いしたいと思います。
ワイズ博士との出会い
ワイズ博士と初めてお会いしたのは、2012年12月14日京大原子炉(KURRI)主催の国際会議「International Symposium on Environmental of residents after accident of TEPCO’s Fukushima Daiichi Nuclear Power Stations’」(芝蘭会館)の折でした。高橋千太郎先生から会議が始まる前に紹介くださいました。物理出身の方だということでより親近感を持ったことも事実です。会議が始まるとWeiss博士は、かなり福島の事情やそこで議論されている噂話まで含めて広く情報を収集しその1つ1つを確かめる鋭い質問をされたのが印象的でした。「すごい方だなあ、日本で議論していることをみんな把握されている」と思いました。日本では、巷で、ムラサキツユクサやチョウチョなどに変種が現れたという話が広まって大騒ぎしていましたが、それを丁寧に調べて確かめる姿勢が、これらの質問からその熱意と共に伝わってきました。物理屋らしい鋭い質問にも共感しました。会議が終わったとき、ワイズさんに、「今日のご発言感銘を受けました。」といったら、ワイズさんは真剣な顔をされて、
「いや、今回の事故の最大の問題は、科学者と科学の信頼が失墜したということです。これは事故のリスクよりもっと大きな損害を人類に与えると思います。このままにしておくと、それは100年のオーダーで影響が残ると思われます。科学が信頼されなくなったら、人類にとって大きな損失です。私は、これを何とかしないといけないと思います。それは科学者自身の責任でもあります」
といわれました。人類の課題としてこの問題を位置づけておられるスケールに圧倒されました。
放射線の影響についての認識
そもそも、低線量放射線の影響について、私自身も、ビキニ事件の後に得た知見を更新しないまま今日に至っていたので、3・11以後、生物分野の方々と議論して、驚きました。認識の差がこれほどひどいとは思っていなかったのです。私自身は「ALARA」の原則、というか、放射線は少しでも浴びたらそれだけリスクを負う、と思い込んでいたこともありました。当時から、核兵器開発競争が、東西冷戦の中で強力に進められており、核実験が至る所で放射性物質をまき散らしていたのだから、核兵器廃絶という目標から見ても、核実験からの放射線はゼロにしたいという思いがあったことも事実でした。
しかし、いろいろと議論をしているうちに、科学者間でこれだけの認識の差があることが、市民に混乱を引き起こし、「いったいどっちなんだ」と疑心暗鬼にさせている事態に直面すると、そんないいかげんな知識でいるのは無責任だと強く思うようになりました。そして、「低線量放射線検討会」をあいんしゅたいんで立ち上げて、ほぼ毎日のように激論を飛ばしながら、分野間のギャップを埋めていったのです。
「市民が放射線のことを分かっっていない」と嘆く科学者もいるのですが、今回の混乱は、ホントに市民の無知が問題なのでしょうか?いや、むしろ、科学者の中が真っ二つに割れており、そのどちらもの主張が市民に伝われば、市民が混乱するのは当たり前ではないでしょうか。もちろん、科学者も様々ですから、どんな問題でも、意見が多少異なることはありますが、これほど極端に評価が分かれる例はさほどありません。なぜなら、科学者の世界で、一応の議論をしている問題については、ある程度の平均的な評価があって、そのまわりに多少の意見のずれがあるのが普通です。ですから極端な意見が科学者から発信されることはあったとしても、市民も「大体、このあたりの評価だな」とわかるから、市民が混乱するほどの影響はありません。今回は、その評価があまりにも極端な意見だけが出回ったことが大きく響いています。
こういう事態が生じたのは、それはやはり科学者の責任です。実際、私もそうですが、科学者が本気でこの問題に対して徹底的に議論を戦わし、そして今までの成果をしっかり元の論文に立ち返って精査して、お互いに納得のいく共通の認識がどこまでかを明らかにするということがあまりにもなされていなかったのではなかったでしょうか。しかも、分野が異なると、違った評価がされているのです。そのため、両極端の意見が飛び交い、その間のコミュニケーションを通じて科学的認識の共通項をしっかり把握していなかったのではないか、そういう反省がありました。こういう実情を見ると、いかに、科学者の分野間のネットワークが不足していたかを痛感します。果たして、日本のなかで、こうした問題を本当に異分野と連携して明らかにしようとした科学者がどれだけいたでしょうか。
このため、良心的な科学者たちは、御用学者にされたり、反対に、極端に危険を振りまいたりする科学者にされたり、どちらにもついていけず、責任をとれないことから良心的な科学者も発言しなくなりました。私たちは、科学者の間で、情報が共有されていないことを痛感したのです。
ワイズさんとの再会
ワイズさんの言葉がずっと気になっていました。ところが、2014年11月、ワイズさんがUNSCAREの一員としてUNSCAREのまとめた知見を説明されるために、福島に来られることを知り、とにかくもう一度お会いしたいと、名刺を探したが見つからず、高橋先生にワイズさんのメールアドレスをお聞きして、連絡を取りました。そして、お忙しいスケジュールの中、講演会の後、ご一緒に食事をしながら、お話しする機会を持つことができたのです。このとき、ワイズさんを招待したホストの団体の方々には、ずいぶんお世話になりました。
ワイズさんは「来年もこの企画があると思うので、その時は京都に行きますよ」と言ってくださいました。その日はレストランの閉店までじっくり話し合いました。特に印象に残ったのは、「日本は福島も含めて4度も被ばくした国なので、特に放射線に対しては危険を感じる割合が大きいのです」といったら「いや、ヨーロッパも、冷戦時まのあたりに国境があり、しかも、チェルノブイリを経験しています。」とおっしゃいました。そうなのか、人類全体が苦い経験を持っているのだと思いました。
ワイズさんも加わった研究会ができたらいいなと思いもあり、国際的な視野で、科学者が純粋に科学的知見を寄せ集めて、偏見を排除した議論ができる場としては、基研が適しています。すでに私たちは、2013年に「基研主導研究会 2012ー原子力・生物学と物理」を、原子力、生物学、放射線教育まで含んだ分野横断の研究会を開催し、今まで交流のなかった科学者が一堂に会して、しかも関心のある市民、学校の先生なども巻き込んで取り組んだ覚えがあります。こんどは、その経験も生かして、的を絞った研究会を医学物理士の皆さんと共同企画でやってみようという話になりました。この方向で、基礎物理学研究所に研究会の申請うぃし、予算は少ないが採択されました。研究会のタイトルは、「生物・医学を物理する」というタイトルで、「放射線と物理」「医療を物理する」「生命システムのモデリング」というテーマで、この11月に研究会を開催する運びとなりました。これは国際的な視野で行う専門の研究会です。
私は、この春(2015年)の物理学会に参加したのですが、このようなプロジェクトも頭にあったので、生物関係のセッションにいくつか出てみました。そこでは、若い人たちが活発に議論していて、心強く感じました。私の見たところ、年寄りと若手という2つの層の参加が多かったのが印象的でした。確かに、生物物理の分野は、若い層が増えて、勢いがありますし、最近活発に議論する様子が見えてきました。既に、医学物理の分野で指導的な役割を果たしている物理出身の方が増えてきて頼もしいと思っておりましたが、物理サイドから、医学物理の立場から、大いに議論をしたいですね。これらの方々が、講演の申し込みをしてくださることを期待しています。
ワイズ博士とのテレビ会議(2015年月11日)
ワイズさんとのテレビ会議は、3月11日、偶然にも、ちょうど震災後4年目に当たりました。ただ、このテレビ会議については、ワイズさんが訪日されていることを知った私たちが、訪問先のみなさまにお手数をおかけして、テレビ会議の時間を取っていただくようにお願いしたのです。
その時開口一番言われたことは、次のようなコメントでした。
1 Japan should organize a big national project to to develop low dose ionizing radiation risk research. Europe MELODY was organized in 2010 and is now in progress. Also in USA similar project is now on going. Especially after Fukushima accident, Japanese scientists are in a responsible position to pursue such project.
2 It is our urgent task to introduce young scientists to challenge to such field and we, senior scientists should do something to encourage them.
(勝手にあとで思い出して書いたので英語は私の下手な文章で、ワイズさんがお話しされた英語通りではありません。趣旨はこんなことでした)
1つ目は、福島事故を経験したあなたの国で、もっと真剣に超低線量率での長期被曝の生物への影響を日本の大きな課題として取り組むプロジェクトがあればいいですね、ということで、2番目は若い人が情熱をもってこの分野の研究に取り組んでほしいという希望です。この2つをきいて、私たちは、「低線量放射線の影響を検討する国家プロジェクト、日本版MELODY、JMERODIの立ち上げをアッピールすることを決心したのです。さらに、若い人々がこの分野に魅力を感じるには、この分野が単に「社会的に緊急重要課題だ」と言われても、「科学としてのわくくわく感があるのか」がなければ、なかなかこの分野に挑戦してくれません。この点に関しては和田先生からのメッセージとそれを巡っての私と和田先生の議論をご紹介するつもりですが、次のことだけは言っておきたいです。
20世紀を個別学問の進化の時代だとすると、21世紀はそれらつなぐ、専門分野間のクロスオーバーの性格を帯びた、より複雑な現象の解明に焦点が移っていると思われます。そういった「自然の豊かな構造を探求する科学」の醍醐味が味わえる時代、生物と物理とのクロスオーバーを軸にして、「ヒトの存在」にもかかわるロマンのあふれたテーマに挑戦することは、やりがいのあるテーマだと思います。
多くの皆さんが、この講演会に来てくださり意見交換ができることを期待しています。